ロゼリア編
仲直りの印、光の石



 結局、ニダンギルとヒトツキの救出作戦は、全員無傷の状態でニコニコハウスにたどり着き、大成功という結果で終わった、無傷どころか、全く暴れることも出来なかったパチキやテラーは、無傷なことを喜びつつも、時間を無駄にしてしまった事などは少し欲求不満そうである。
 ともあれ、新しいニコニコハウスの仲間を助けるために労力を使ったことは決して無駄ではない。ニダンギルはとりあえず仕事や住む場所が決まるまでの間はニコニコハウスに厄介になることが決まり、幼いヒトツキもニコニコハウスで預かることが決まった。ちなみに、夫のダストダスだが、彼は早々に妻を見限ってしまっており、妻であるニダンギルはあんな薄情な男とは思わなかったとショックを受けており、もうあんな男は要らないと彼女もまた夫を見限るのであった。
 ニダンギルの母親の名は、アイロンと言う名前で、ヒトツキの名前はスティール。これが、新たなニコニコハウスの仲間である。

 さて、仲間も加わって少しだけにぎやかになったニコニコハウスであるが、あの日の夜からカノンは少しだけ集中力を欠いていた。
「やっぱり、あのダンジョンが気になる……」
 ギスギスタウンのすぐそばに出来た、交易の妨げになるという不思議のダンジョン、血塗られた川。あそこから自分を呼ぶ声のような者が聞こえたのだ。それは、誘うような声と言うよりは、会漬けを求めるような悲痛な声。テラーはそれを、『残留思念のようなものが君に語り掛けてきたのではないか』と説明していた。『自分がそれを感じられなかったのは、君だからこそ残留思念が語り掛けたくなるような何かがあったのだろう。例えば、君が色違いだからこそ、助けを求めたのかもしれない』とも付け加える。
 その残留思念を無視して今ここにいるわけなのだが、最近はその声が今でも聞こえるような気がして、気になって仕方がない。運動をしていれば集中力も元に戻るのだが、例えば不思議枝を作ったりなどしている時はすぐに集中力が途絶えてしまって、遅々として進まない。
 そのため、カノンは枝作りを諦め、気晴らしに街でもぶらつこうかと市場へと繰り出すのであった。

 すると、市場に進化道具の行商人の姿が見える。ロゼリアは、光の石という道具があればロズレイドという新たな姿を得ることが出来、それによって強さを増すことも出来る。カノンはユージンから、卒業するまでは結婚は無しと言われたため、卒業できる年になるまでは慌てて進化する必要もないかと考えていたし、今もそう思ってはいるが、いざ卒業した後に中々進化道具が買えずに進化できないというのでは笑い話にはならない。
 なので、また卒業まで半年近くあるが、ここらへんで卒業の日のために購入しておくのも良いだろうと、カノンはお店を覗く。
「おう、いらっしゃ……お前、色違いか?」
 店の店主はドンファンで、彼はカノンの事を見るなり色違いであることに気付き、苦虫を噛み潰したような表情でカノンに尋ねる。
「何か問題でも?」
 この後の言動が容易に予想できるため、カノンの口調は少々きつい、
「問題大ありだ! この街には色違いのガキどもを飼っている孤児院があると聞いたが、本当のようだな。その醜い花を見せるな、とっととうせろ!」
 ここで反論の一つでもしたかったが、あいにく今はイレーヌもパチキもテラーもこの場にはいない。こういった手合いには、カノンの言葉なんてどれだけ真面目に訴えても効いてもらえないし、だからと言って殴って言う事を聞かせても、相手は被害者面をするだけだ。
「そうですね、色違いの私はあなたの頭に深刻な災難を連れて来てしまったようです。頭、直してもらったほうがいいですよ。おかしいみたいですから」
 カノンは吐き捨てるようにそう言ってその場を後にする。後ろ手はドンファンが、色違いのくせに生意気だ、二度とその顔を見せるなと喚いていたが、すべて無視してカノンは怒りで肩を震わせつつも帰り道を急いだ。
「あーあ……ニコニコハウスに戻って買い物頼もう。テラーかイレーヌ、いるかな……」
 独り言をつぶやきながら、カノンは憂鬱な気分で帰り道を歩む。このランランタウンでは大体のお店が色違いのポケモンに対して寛容で、そしてカノンも寛容な態度を取る店にしか足を運ばなかったため忘れていたが、やはり外から来た行商なんてものは、大体こうやって色違いを毛嫌いするのだ。
 こうなったらもう進化道具を売ってもらえないと分かるので、カノンはニコニコハウスに戻って他の誰かに買い物を頼むことにした。
「待てよ、カノン!」
 だが、それをする前にカノンを呼び止める、変に上ずった声。振り返ってみればそれは、エーフィのアルトである。顔には殴られたような痕があり、体の所々に切り傷や火傷もある。
「何、あんた? というか久しぶりだね?」
 あまり見たくもない、エーフィの顔を見て、カノンは露骨に嫌そうな顔をする。
「呼び止めちゃってごめん……その、話したいことがあってさ」
「あんたが? 昔私が毒々で攻め続けたら、アロマセラピーで治してくれって泣き付いてきたくせに、これ以上どんな恥をかくために私に話があるっていうの?」
「恥ならいくらでもかいていい! だから、今は真面目に話を聞いてくれ!」
 明らかに不機嫌そうにアルトへ暴言を吐くカノンに、アルトは必死な口調で頼み込む。
「分かったよ。なんの用なの?」
 それで、今までの雰囲気と違うものを感じたカノンは、数年ぶりに彼との会話をすることを渋々ながら了承し、アルトの事を見た。
「さっきお前が買い物をしていたところを、俺とポルトの二人で見ていたんだ」
「それで?」
「いま、俺がお前を引き留めて、ポルトには光の石を購入してもらうように頼んでいる。だから、ちょっとだけ待っていてほしいんだ」
「そりゃまた、どういう風の吹き回しよ? 私に光の石を自慢でもして悔しがってもらいたいの?」
「そうじゃない! お前にプレゼントと言うか、謝りたいんだ」
「謝るって、今更? それは一体どうして?」
 アルトの言葉に、カノンは怪訝な表情を取る。
「昨日、イレーヌの奴が、俺達の家に来たんだ。あいつ、妹のシャントと仲がいいから、先日越してきたニダンギルの面倒をうちの果樹園で見てもらえないかって頼みに来たらしい……仕事を与えてくれってさ」
「あぁ、そう言えばアイロンさんの住む場所もお仕事もまだ決まっていないからね。それで、結果はどうなったの?」
「とりあえずは、今日の朝に家族で話し合いをして住み込みで働いてもらうってもいいって事に決めたから、それをイレーヌに伝えに行こうかと思ったら、お前が進化道具を買い物してたから……そんで、購入を断られるのを見てたら、いてもたってもいられなくなって。だからさ、俺達が代わりに買い物をしたんだ」
「なにそれ……イレーヌが仕事を探していたのは知ってるけれど、あんたの家にも行ってたなんて……」
 寝耳に水なアルトの話を聞いて、カノンが眉をひそめる。
「その時、ついでに色々話してね。イレーヌさんはカノンのことをたくさん自慢して、そして自慢できる分だけ、色違いだって理由だけで思い通りに活躍させてあげられないのが悲しいって言っていた。暴言を吐かれたりするのもすごく悔しいって……もしもカノンが色違いじゃなければって、嘆いていたよ」
「それはもう気にしていないから。私は、色違いだからこそお母さんに……シャムロックさんに出会えて、そして成長できたわけで、そうじゃなかったらシンゲツタウンで平凡な暮らしをしていたはず。私は色違いだったからこそ、こうして今強くいられるの。もう、色違いの子とはどうでもいいから」
「だけれど、昔の俺達みたいに酷い言葉をかける奴がいる。俺達はそれを謝っていなかったし……今更謝っても遅いし、それを光の石をあげるからって許してもらえるとは思っていないけれど……」
「じゃあ、何なの? 私を物で釣って何がしたいの? 私は貴方達をそんなもので許すつもりなんてない!」
 呆れた様子で問いかけるカノンに、アルトは気まずくなって顔を伏せる。
「どうも出来ないさ。ただ、許さなくってもいいから、俺達が反省していることを知って欲しくって……だから、話を聞いてほしいんだ」
 嫌味ったらしく、アルトを責めていると、だんだんと彼がしょげてきているのが手に取るように分かってしまい、何だかカノンは自分が悪い事をしている気分になってしまう。
「分かった、聞けばいいんでしょ?」
「うん、なんかごめん」
 そういって、アルトはふぅとため息をついた。
「おい、二人とも! 光の石を買ってきたぞ!」
 そんな時にニンフィアのポルトが光の石を伴って掛けて来る。ただ、駆け寄る時は大声で元気よく近寄っていたが、二人の険悪な雰囲気を感じ取ってか、徐々にその声は曇っていった。ポルトの体もまた傷だらけで、どうやら最近喧嘩でもしたようだ。しかし、その傷を見る限りでは二人が喧嘩したような傷ではない。炎タイプの攻撃と、何か斬撃のような傷だとカノンは思う。
 心当たりがあるとすれば、リーフィア。この街に来てシャムロックが最初に絡まれたという、この兄弟の祖父と、二人の父親であるブースターだ。
「あー……その、なんだ。今は話はどこまで進んでる?」
「まだ何も話していないよ」
 ポルトの問いにアルトはそう返し、とにもかくにも三人は道端に座り込んで話をすることにした。


「さっきも言っていたようにさ、俺達の妹……スカンプーのシャントはイレーヌと仲がいいんだ。それで、あいつイレーヌから文字の読み方を教わっていたみたいでさ。自分が文字を読むのが完璧になったら、今度は俺達に文字を教えてくれたんだ」
 アルトが語る。
「へぇ。いい妹じゃん、もしも文字が読めない人に出会ったら文字絵を教えてあげなさいって、ミック先生から言われたことがあったけれど、イレーヌも君達の妹もそれをきちんと実践しているわけなんだね」
 アルトが語る話を聞いて、カノンは笑顔でそういった。
「そう、あいつはニコニコハウスの奴にも全く偏見を持っていないいい奴だった。俺達と違ってさ」
「どうして兄弟でそんなに違っちゃったんだろうね。あんたの妹は立派じゃん」
 アルトの言葉に、呆れた口調でカノンが言う。
「言い訳になっちゃうけれど、俺達の爺さんがリーフィアの男なんだけれどさ……なんだか、言いたくはないけれどシャムロックさんを異様に毛嫌いしているろくでもない奴でさ。『ニコニコハウスのあいつらは薄汚いから、同じポケモンだと思って接する必要はない』とか、俺達にそういう風に何回も言ってきたんだ。子供のころは、それを信じてた……
 男の俺達に対してはいろいろ気にかけているくせに、女の子にはどうでもいいらしくって、シャントについては全く興味を示していないからさ。だから、シャントは爺さんの影響を受けなかったんだ。俺達は、影響を受けまくってお前達を馬鹿にして……それで、なんだかんだあって、俺達もシャントから文字を学んだわけだけれどさ。そうして、文字を読めるようになったら……シャントがこの国、この大陸で色違いが嫌われる理由についてを調べてきたんだ。
 そしたらさ、爺さんが話していた内容と、シャントが調べた内容が大分違うんだ。ゴウカザルの王様は生まれた時から自分勝手みたいに聞かされたけれど、ゴウカザルを育てた従者も、親も、大臣も、彼をひたすら甘やかしていたらしい」
「うん、だからゴウカザルの王様は自分勝手で傲慢になった」
 アルトの言葉に補足するようにカノンが言う。
「そして、それをファイアローがきちんと諭したんだ。『国の良し悪しは王の贅沢で決まるのではなく、民の幸福によって決まるのです。贅沢三昧よりも、そのお金を民に返すことを考えましょう』って。でもさ、俺のじいさんは『とにかく色違いが悪い』って感じで、取り付くしまもないわけ。小さい頃はそれを信じていたけれど、だんだんと俺達も疑うようになってさ。
 それで、シャントがニコニコハウスから本を借りて、俺達と一緒に昔話の真実について調べてみたわけだ。内容は、どこまで正確に書き上げられた者かもわからないから、信憑性はいまいちだそうだけれど……でも、ゴウカザルの王は、祭り上げられる過程で、他の貴族や大臣などが利権を吸い取れるように都合していたんだとさ。というより、周りの奴らは利権にあやかるために、王を祭り上げ、無能な君主に仕立て上げたんだ。
 ゴウカザルの王は、周りのみんなに馬鹿であることを求められていて、しかしファイアローだけは唯一無二の親友で、彼の言葉だけは耳を傾けていたのだけれど……周りの大臣とか、そういう奴らは、賢いファイアローの存在が疎ましくなったんだ。だからファイアローを、『王を陥れようとしている悪人』として牢に閉じ込めたんだ。それからは、歯止めが効かなくなったゴウカザルの贅沢三昧はよりひどくなっちまった。
 無茶苦茶な話だろ? 結局、ゴウカザルが贅沢三昧を続けたのも、ファイアローが怒り狂ったのも、大臣やその他の貴族のせいだ。確かに、ゴウカザルがホウオウを怒らせ、ホウオウが災厄を引き起こしたのは事実かも知れないけれど、その原因は色違いなど関係ない、普通の色のポケモン達によるものだったってわけ」
 そこまで言い終えて、アルトはふうとため息をつく。
「アルトが言った通りの事さ。爺さんの言い分は間違っているって、シャントのおかげで俺達も気付いたんだ。色違いだろうが何だろうが、そんなに特別扱いされる状況になったら誰だってゴウカザルみたくろくでなしになるし、まっとうな事を言っているのに閉じ込められたら色違いじゃなくたって怒るだろうってさ……恥ずかしいよな、俺達よく知りもせずに色違いを批判していて」
「ねぇポルト、それ前から私が言っていたことなんだけれど? ……まぁ、あんたらに言ったことはなかったかな?」
 ポルトの言葉に、カノンは苦笑した。
「多分、色違いに偏見がなければ皆カノンと同じ意見になるんだよ……きっと、そうなんだ。だからさ、俺はお前の事を馬鹿にしたり、下に見るのを止めたんだ……だってさ、カノン。お前っていい奴じゃん。人助けはよくするし、怪我をした子供の手当をしたり、食中毒をアロマセラピーで症状を和らげたりとか、そういう事をやっているだろう? そんな奴が災厄を運ぶわけなんてないじゃないか。それを理解するのに、何年もかかっちまった」
「うん、そりゃあね……災厄なんて運ばないよ。私は悪い事なんてしたくないし」
 ポルトが語る言葉に、カノンは頷く。
「シャムロックさんにも言われたんだ。災厄ってのは、どこからともなくやってくることかもしれないけれど、自分だけ得しようとしたり、自分だけ助かろうとしたりすると悪化するんだって。そして、そう言った自分勝手な振る舞い自体が災厄を生み出すこともあるって。真実を学んでみれば、その通りだったよ……本当に、悪かった。
 それで、謝りたくって、でもきっかけがなくって。それで、謝ることも出来ずにずるずると、時間が経っちゃったけれど、昨日の事があって……イレーヌに頼まれたこともあってこのままじゃダメだって思ったんだ。
 あんたがヒトツキの子供を救ったって聞いて、俺も居てもたってもいられなくなった。今日の朝の会議では爺さんと親父が断固として反対したけれど、俺がいずれ家を継ぐ長男だからな。じじいも親父も殴って黙らせて、俺がニダンギルのおばさん、アイロンさんを雇うことを決めさせたよ。力づくでさ」
「家族会議って言ってたけれど、それ会議って言わないよ……」
 アルトの言葉にカノンは苦笑する。
「それはともかく、俺達が謝りたいのは嘘じゃない。俺は反省したんだ。もう二度と、ニコニコハウスの事を馬鹿にしないし、周りの奴にも馬鹿にさせない。色違いだって蔑まない。お前みたいに、どっかの街まで色違いの子を助けに行けるほど強くないけれど、出来ることなら何でもやる」
 アルトが強く訴えかけて、カノンの目を見る。紫色の澄んだ彼の目は、昔の彼とは違いカノンの事を蔑むような濁りは一切ない。
「俺も、一人じゃとてもじゃないけれど親父たちに勝てなかったから参戦したよ。それでこの傷」
 見てよこれ、酷いだろうとばかりにポルトが傷を見せびらかす。
「そのおじいさん、よくやるね……孫と喧嘩だなんて」
「爺さん、まだ元気だから。全く、やんなっちゃうぜ」
 そう言ってポルトは力なく笑う。
「ともかくさ。もしよかったら、俺達の光の石を受け取って欲しいんだ。こんなとこで許してもらえるとは思っていないけれど、もう酷い事は絶対にしないし、今ニコニコハウスにいる子達を大事にすると誓った証として。頼む、受け取ってくれ」
「俺からも、お願いだ」
 二人に頭を下げられて、カノンは言葉に詰まる。確かに、この二人には何度も絡まれて、その度に苛立ちを隠せなかった。イレーヌやパチキに助けてもらったりもしたが、その度に悔しさは増すばかりだ。こいつらの顔を見すまで悔しさも忘れかけていたとはいえ、思い出せば悔しい事は今も同じ。だけれど、二人の体に付いた傷、この光の石。それらが、この二人の気持ちがが本気であるという事を感じさせる。
「分かった。酷い言葉を浴びせられた時は傷ついたけれど、そんな傷をつけた君達が反省して、ここまで傷を負って、そして私のために買い物をしてくれた。光の石そのものの値段もさることながら、私の代わりに買いに行ってくれたっていうのが私には嬉しい。許すかどうかはこれから決めようと思うけれど、とりあえずはこれを受け取っておくよ。だから、顔を上げて」
 カノンに促されて二人は顔を上げる。
「それでね、なんていうかさ。私、皆が色違いだとか、そんな事に偏見を持たない世の中になればいいなって思っていたんだけれど……貴方みたいに、偏見をなくして付き合ってくれるなら、嬉しい。もしもあなたたちに子供が生まれて、ニコニコハウスに預けられた色違いの子供と遊ぶような年齢になったなら……その時は、子供達にも仲良くするように伝えてあげて」
「そりゃもちろんさ。いつになるかわからないけれど……でも、絶対にお前達を馬鹿にするようなことはさせたくない」
 ポルトは力強く頷いてカノンに言う。二人の言葉を聞いて、カノンは一人納得したように頷く。
「そっか……これでいいんだ。私が、いい事をしていれば、いつかは私が色違いだからと言って、災厄を運ぶ存在だなんて信じない人が出てくるはず。そういう人を増やせば、いつかは自然と色違いに対する偏見はなくなるはず……それでいいんだ」
「何のことかわからないけれど、その通りじゃないかな? カノンがいい事をしていれば、頭の固いお年寄りはともかく、若い連中なら意見を変えるさ。爺さんばあさんなんて、死ぬのを待てばいいんだよ」
 カノンの独り言を聞いてアルトは彼女を励ました。カノンはそれを聞いて、ますます嬉しくなって立ち上がる。
「そう言ってくれて嬉しいよ。その、以前は色々あったけれど……そうやって、私の言葉で反省してくれて嬉しい。だけれど、貴方みたいに表立って反論をしていなくっても、昔の貴方達みたいに私に反感を持っている人は多いから……いつかは、そういう人達にも、分かってもらえるといいよね。私はもっと頑張らなきゃ」
 希望を口にしたカノンは、それを自分に言い聞かせるように頷く。
「頑張ってるのはあんただけじゃない。ミック先生だっけ? あの人も頑張ってるみたいだね。熱心に勉強を教えて、この街で文字を読める人が増えてきてる。俺のじいさんは文字を覚える必要なんてないとか言っているけれど、俺は文字を学んでこうやってスッキリできたし、文字を学んでよかったって思ってる。
 だから、そうやってミックさんもきっと感謝されると思うし、感謝されれば皆が見直してくれるよ。すぐには無理でも、きっと変わっていくはずだ。俺達もカノンとおんなじ気持ちで、出来ることは少ないけれど、昔の俺と同じような奴を見たらそれとなく注意している。だからカノン、偏見をなくしたいって言うんなら頑張れよ。俺も協力する」
 アルトは、そう言ってカノンを励ました。カノンはその言葉に、ゆっくりと頷いてはにかみ笑う。

 その後も、カノンは積もり積もった想いを口にしていた。今まで大嫌いだった相手を許せるようになったこともあり、自分がイレーヌやパチキにどれだけ助けられてきたかを、恨み節も含めて二人に聞かせる。昔の事を持ち出されると、二人はその行いをひどく恥じているようで、恥ずかしそうに顔を伏せるのをカノンは面白がってからかった。
 やがて、話にも満足したカノンは、立ちあがって二人を見上げる。
「二人とも今日はありがとう……その、光の石は大事に使わせてもらうよ。それと、アイロンおばさんをよろしくね。ギスギスタウン暮らしで、農業とは無縁だったから、最初は右も左もわからなくってあんまり役に立てないと思うけれど。きっと頑張ってくれると思うから」
 カノンは二人に頭を下げて、微笑みを投げる。
「おう……シャムロックさんやイレーヌちゃんによろしくな」
「アイロンさんのことは、俺達に任せておけよ。親父や爺さんの好きにはさせないからさ」
 二人はそう言ってカノンを見送る。カノンは振り返って手を振り、帰路を急ぐ。今までずっと嫌っていた相手と仲直りできたその嬉しさが今になってあふれ出して、少し涙がにじんでいた。
「よし、決めた。卒業できる年になったら、私はロズレイドに進化してもう一度ギスギスタウンに行こう……きっと、そこに何かがあるはずだ」
 そう決めたカノンは、涙をぬぐって前を見る。今までの景色が違って見えるような、そんな気分だった。

Ring ( 2015/12/31(木) 21:30 )