新たな命を救おう
その日、遠くの街では小さなヒトツキが生まれていた。ただしそのヒトツキは通常の色ではなく、刀身がまるで幾多の血を吸ったかのような深紅の色をしている。卵からかえった子供がヤブクロンなのか、それともヒトツキなのか。男の子なのか、女の子なのか、ワクワクしながら待ち構えていたというのに、その結果は拍子抜けというレベルではない。
「なんてこった……うちの子供がまさか色違いだなんて」
ダストダスの夫はあまりの失望に頭を抱え、ニダンギルの妻はこの後予想される周りの反応に怯えていた。
この街、ギスギスタウンは色違いに対して他の街よりも非常に厳しい態度を取られてしまう。以前、この街で色違いの子供が生まれた時には、母親すらも穢れた存在として扱われて、母親ごと殺されてしまった事すらある。もちろん、この街には明確に色違いの子供を産んだ母親を殺さなければいけないとか、殺しても構わないとか、そんな物騒な法律はないし、殺人事件などが起きたら通常ならば犯人を暴き出してきちんと裁くはずである。しかし、街の住民の私刑によって色違いの子供やその家族に被害が及ぼうと、警備隊などの街の治安を預かる組織は腰を動かそうとしない。色違いの子供が殺されても、見て見ぬふりである。
ニダンギルの母親は、いずれ自分も子供も殺されてしまうならばと、周りの殺気立った大人たちを黙らせるべく、『私を殺す気ならばお前らも殺す』と、『みちづれ』の構えを取ったのである。ニダンギルの殺気があまりにすさまじく、その場にいる全員を殺しかねない殺気であったため、色違いの子供を殺そうと殺気立った大人達も、一歩引いてしまわざるを得なかった。
だが、いかにニダンギルが不眠不休で睨みを効かせていても、それがいつまでも続くわけではなく、そして子供の体力もいつまでも持つわけではない。家に備蓄していた食料で食いつないではいるが、その前にニダンギルの体力が尽きてしまうだろう。
困極まったニダンギルは、本来こういう時に使うものではないが、テレパシーを発信することが出来る不思議な珠を用いた救助要請をダンジョンエクスプローラーに出す。『この街から私を助けてください』と、そういった内容のテレパシーを周囲に飛ばして、助けを求めた。
その結果、ランランタウンのシュリンとナオの下にも、その内容の知らせが届いた。テレパシーによって発信された情報を閲覧する不思議珠を覗いて、マッスグマのナオは眉を顰めながらクリムガンのシュリンにその内容を見せた。
「シュリン、これを見ろ。件名が『助けてください』で、内容が……『色違いの子供が生まれたことで、私の周りのみんなが殺気立っています。今はなんとか道連れをちらつかせて脅して、何とか相手を退けてはいますが、それもいつまで続くかはわかりません。誰か、誰でもいいので、私達を安全な場所に逃がしてください。私が出来ることは何でもします、何でも差し上げます』……だと。これはまずくないか?
ほら、ギスギスタウンと言えば、色違いに対する世間の目が他の街よりもすごくって、カノンとかミックが暮らしていたような町とすら比べ物にならないだろ? 助けてあげないと、この人近いうちに死ぬぞ」
ナオに言われ、シュリンもその内容を覗く。
「これは問題ね。助けに行きましょう……でも、これじゃ私達で助けられるかしら? こんな仕事受けたがるエクスプローラーもいないだろうし、そうなると孤立無援で仕事を受けることになりそうじゃない?」
「……母さんにでも援護を頼むか? お母さんならば、やる気を出してくれると思う」
シュリンが戦力の不安を口にすると、ナオは真っ先に思いつく手段を提案する。
「それが一番簡単よねー……でも、お母さんに頼っているようじゃこの先似たような事があった時も、何回も頼ることになってしまうし……私達だけで出来るといいんだけれど。だってさ、ほら……確かにお母さんならば簡単に解決できるよ? でもさ、もしも奴らが、母さんさえいなければ大丈夫だとか、そんな事を考えたらどうするのかしら? 母さんが不在の時に襲撃でもされたら面倒よ」
「どうするって……」
「マッスグマのあなたには、真っ向勝負以外は考えられないかもしれないけれど……母さんがいない時を狙って、ニコニコハウスに放火とか、そういう強引な手段を取ろうとした老人がこの街にもいる。その時は、近くの住民やニコニコハウスの子供が協力して炎を消し止めて、犯人は母さんと共に大空に高く飛びあがって、全町民に公開尻叩きで事なきを得たけれど……」
「それ事なきを得ているのか? いや、確かにニコニコハウスは無事だが」
「ま、そんな事はどうでもよくって、ともかく、ニコニコハウスに暴徒が押し寄せて直接殺しに出も来られたらどうするのよ?」
「……確かに、そこまで行くといかに母さんでも止められないタイミングもあるかもしれないが」
シュリンの言葉に、ナオも頷く。
「だからこそ、母さんだけに頼っちゃダメなのよ。母さん以外にも、たくさんの兵隊がこの街にはいるんだって、理解させなきゃ。そのために、母さんに頼らず私達で何とかしたいな」
「一理ある……だが、色違いの子供を救出などという酔狂な依頼は、受けてくれる者などごくわずかだぞ……コネは……あるか?」
そんな仕事を受けてくれる知り合いはいないと、ナオは考える。
「あるじゃない。カノンちゃんやイレーヌちゃんが。今ではそこら辺のエクスプローラーよりもよっぽど優秀よ。それに、いっつも暇そうなユージンさんも誘おう。パチキは……今は暇あるかなぁ?」
難しく考えるナオにシュリンは気軽に言う。
「確かに、彼らなら……強力な戦力だな。だが強くとも幼い子供に、喧嘩ならともかく殺し合いになりかねない戦いをさせても大丈夫だろうか? 彼女はまだ、お尋ね者の逮捕には参加させていないぞ。それに、色違いの子供を差別するような奴らに引き合わせて大丈夫なのか? 彼女にとっては辛い記憶なのでは? 私は、まっすぐに生きてきた。だからカノンにもまっすぐ生きて欲しい」
「鉄は叩かれて。麦は踏まれて強くなるのよ。辛い事があってもまっすぐ生きるには、大きな辛い事を体験する前に少し辛いことで心を慣らしておかなくっちゃ」
「あのなぁ、シュリン……そんなに簡単に考えるものではないぞ? 今のカノンは一二歳。多感な時期なんだ。あまり変な影響があることはよした方がいいんじゃ……」
「でも、あの子は色違いだからと言って馬鹿にしている子供を一人で叩き返していたじゃない? 彼女を嫌う老人に対しても毅然と反論して逆に論破する始末だし。あの子は強い子だから。それに、仲間を募るにあたって、一番誘いやすく、話が早いのも彼女らよ? 急がないと死ぬんだし、悩んでなんていられない」
シュリンの言葉に、ナオは考える。
「分かった、本人次第だ。ユージンさんからも意見を聞く。だが、人数が集まらなければ母さんと一緒に行くからな」
ナオはあまり乗り気ではなかったが、シュリンが引き下がろうとしないので諦めて彼女の意見を尊重することにした。
カノンがランランタウンに訪れてから、六年が経っていた。メラはニコニコハウスを卒業して別の大陸へと行き、ホーホーのアウリ―もヨルノズクに進化して卒業し、高速飛行便のエージェントとして、毎日忙しく周囲の街を飛んでいく毎日だ。
イレーヌは卒業できる年になったが、彼女はまだニコニコハウスに所属して、ダンジョンに出かけながら力をつけ、お金を溜めて別の街に旅立つ準備をしている。道場を建てる場所はランランタウンではなく、もっとダンジョンエクスプローラーが多い場所を想定しており、そんな街に集まる猛者が自分に教えを乞いてくれるようになるには、まず自分が弟子たちよりも強くあらねばならない。そのため、日々精進の毎日だ。
カノンも日々精進の毎日であることは変わらず、今ではシャムロックに首のバンドを外してもらって相手をしてもらう日々である。イレーヌと一緒であればこの状態のシャムロックでも十分に勝利は出来るのだが、一人でシャムロックに勝利するのはまだまだ厳しい状態だ。ただ、以前から鋭かった彼女の技はさらに鋭さを増しており、シュリンが言う通り大人のダンジョンエクスプローラーなんかよりも、彼女の方がよっぽど優秀であることに疑いの余地はない。
勉強ほうもおろそかにしないように、五日のうち四日はミックの下で勉強を受けている。結局、生まれた子供をチョロネコのままでは抱くことが出来ないからとレパルダスに進化した彼は、あと一年もせずに基礎の教育を終える彼女の事を惜しみながらも、勉強の最終段階を嬉々として教えていた。
パチキはと言えば、卒業できる年齢になった際には皆に惜しまれながらも卒業し、彼は建築家の親方の下に弟子入りした。すでにラムパルドに進化した彼は、短い手足で器用に仕事をこなしており、勉強の成果もあってか仕事の覚えが早いと親方にも褒められていた。
要するに、イレーヌとカノンは未だに戦いの中に生き方を見つけているのだが、パチキはすでに戦う必要のない生き方を見つけているという事だ。シャムロックの教育方針が活きたのか、今でも体の鍛錬は欠かしていないものの、血気盛んだった昔と比べると、今は落ち着いてしまったと言えるだろう。力だけならばイレーヌとカノンの二人が束になっても敵わないだろうが、戦いにおける強さでは、もはやイレーヌとカノンのどちらにもかなわない。
テラーも今は材料集めにダンジョンに潜ることはあれど、難しいダンジョンに挑戦してお金稼ぎなどという事はやらなくなってしまい、すっかり戦いからは身を引いてしまった。それでも、後輩たちがお小遣い稼ぎに出かけようとすると、自作のリングルを持って見守りに行ったりなど面倒見はいいし、最低限の自衛のために体を鍛えることはきちんとしている。ユージンの親が殺された件以降の武闘派な教育方針は、彼らに根強く刻み込まれているのだ。
テラーがコロボーシのボックルや、その下に新しく入って来たビッパのオックスなどの安全を見守っているおかげで、ニコニコハウスはいつでも安全で、皆がニコニコ笑顔なのは変わらない。
そんな生活の中、カノンはあいも変わらず不思議枝を作っており、食休みの最中や、シャムロックとの鍛錬の後で体が疲れている時に、木の枝に文様を刻み込んで探検に便利な道具を作っている。ダンジョンに出かける際にはそれらを有効活用するのだが、最近ではピンチになることも少なくめっきり使用していないとか。
そのため、余った分は仕事で難易度の高いダンジョンに向かうシュリンやナオ達に譲ったり、子供達に託している。今日も、そうして枝を作っている最中にカノンは呼ばれ、作業の手を止めて立ち上がる。シュリン達に促されるままテレパシー情報の端末を覗くと、あまり目にしたくない目をそむけたくなるような情報が映る。
「色違いの子供とその親から救援要請ですか? それは、助けないとダメなんですか? 私はほら、村から子供を追放すれば大丈夫って感じでしたけれど……送り迎えじゃ、ダメなんですか?」
自分の場合は、母親のノブレスはカノンを死産だったという事にして、カノンを家の中でかくまっていたが、それが発覚した時も、村から追い出せば許してもらえるような感じであった。もしも、今回の依頼人が言うように、母親も合わせて殺されるような町であれば、今頃カノンは生きてはいない。
「ギスギスタウンはそんなもんじゃないのよ。色違いの子供が生まれたら、それだけで母親まで非難されるような場所で……だから、早めに助けに行かないといけないんだけれど」
ナオが語る言葉を現実のものとは認めたくなかったが、いつもまっすぐな彼女が嘘をつくとは思えず、カノンは言葉を信じて頷いた。
「分かりました、行きます。場所はどこですか……ってギスギスタウンでしたね」
「そう、ギスギスタウン。それで、イレーヌはどこにいるの? あの子も誘いたいんだけれど」
シュリンに言われて、カノンは記憶を思い起こす。
「あの子なら今、街の広場で子供達に技を教えている最中じゃないかな? 道場を建てる前に、技を教えるのに慣れておくんだって」
「分かった、行きましょう……と、その前にナオから聞いておけって言われたことがあったわ。その、今回はダンジョンに登場するものではない、生きたポケモンを相手にすることになる。それはつまり、私達のように言葉を操るものを相手にすることになるし、貴方も色違いである以上、酷い言葉を投げかけられる可能性もある。それでも大丈夫かしら?」
「問題ないってか、むしろぶっ飛ばします。私は、何も恥ずべきことをした覚えはありませんので、色違いが生きているだけで文句を言うような恥ずかしい奴に負けてなんてやりませんとも」
「わかった。それだけ言えるなら大丈夫ね。」
毅然と言い放つカノンを見て、大丈夫そうだと判断したシュリンは連れて行くことを笑顔で了承する。その後、イレーヌを誘うと彼女もすぐさまついていくことを決めた。話しを聞いていたテラーも、何かの助けになれればと参加を申し入れたため、シュリンは参加を認めるのであった。
最後にシャムロックにもしもの時は助けを呼ぶかもしれませんと断ってから、シュリンとナオは合流する。ナオはユージンとパチキを連れていて、パチキは仕事中だったのを抜け出してきたようだ。
大工の親方であるローブシンは、パチキが仕事を抜けようとしたときは、色が違うだけで殺されそうな子供が居るのであれば、助けに行けと快く送り出してくれた。ユージンは暇なこともあって一も二もなく参加を決め、ついでに、高速便の依頼待ちをしていたヨルノズクのアウリーも、半ば強引に参加を決められてしまった。
「あの、なんで僕が……僕は戦いは苦手なんですってば」
小さい頃からお小遣い稼ぎにも消極的だった彼は、いきなり参加を決められて怯えている。色違いの子供を救出する仕事など、絶対に戦いになることが予想もつくので、参加などしたくない。
「貴方は、ダンジョンの出口で待機して、子供を無事にニコニコハウスまで届ける仕事を頼むから。血なまぐさい戦いとは無縁よ……追いつかれなければ」
シュリンは怖いことをさらりと言って笑う。
「まぁ、私達から言えることはただ一つだ。まっすぐ帰れ。追いつかれないようにな。家まで帰れば母さんもいるから」
「は、はい……」
ナオは簡潔にアドバイスをするが、もとよりそのつもりのアウリーはため息がちに頷くだけであった。
「大丈夫大丈夫。私達が貴方に子供を渡す予定の場所は森にあるダンジョンよ。夜の森ならば、羽ばたく音すらしない貴方の飛行ならば誰も追いつくことも、追いかけることも出来ないわ」
「だといいけれど……」
戦闘経験に乏しいアウリーは、戦いにならないでくれと望むことしか出来なかった。
「さて、皆。作戦といえるほどのものでもないけれど、作戦を説明させてもらうわ。目的地はギスギスタウンの四番街にある一軒家。そこにはいま、多くの住民に親子が監視されている。母親の精神状態が極限に達しているせいか、挑発もいちゃもんも効かないほどに集中力が高まっている。でも、集中力が切れれば、道連れすら出来なくなって殺されてしまう。母親はそうなる前に、周囲にいる全員を道連れにして、子供を寂しくしないように地獄へ連れて行くつもりのようだ。
だが、そうなる前に相手に取り押さえられ、眠らされたまま殺されることもありうるだろうし、犬死にの確率は高い。そんな悲しい事は断固として防ぐため、気丈な母親と、その息子を我々の手で助けることが今回の作戦だ。
まず、先ほども言ったようにアウリーは街の付近にある森のダンジョンのとある出口近くで待機して、一気にニコニコハウスまでヒトツキの男の子を届ける役。そして、私達はそのダンジョンの反対側の出口……つまるところ、街に近い入り口であるその場所にまで逃げ込むわけだ。
もちろん、その前にギスギスタウンに入り込んで、子供を救出しなければいけないわけだけれど、それについてはまず、イレーヌとユージンさん……そしてカノンに人目を引き付ける役を頼みたいわ」
「二人はいいとして、私? 私色違いだけれど街を歩いて大丈夫なのかしら?」
「ダメだからいいのよ。貴方達の強さなら多分問題ないと思うから、目立ってしまいなさい。目立っている位置に、私達がこっそり救出するから」
戸惑うカノンに、シュリンはしれっと言い放つ。
「えー、でもそれって、ナオとシュリンが楽な仕事じゃない? なんだって私とユージンがそんな危険なことを……」
さすがにこの仕事の頼み方にはイレーヌも不満なのか、彼女がそう言って不平を漏らすが、それについてはナオが説明する。
「二人はこの指とまれが出来るからな。だから何でもいい、住民に注目されればね方法は何でもいいから、私達が家に突入するまでの時間を稼ぎなさい」
「いいけれど……私は自分の身を守る方法をきちんと持って行かなきゃいけないなぁ。何人もの相手をするのは少し疲れそう」
カノンはそう言って考える。
「それなら、私がいい技を持っているわ。その技の事でちょっと相談したいんだけれど……ユージンさん、後でちょっとお話しましょう」
イレーヌはそう言って得意げに笑う。
「構わんが、いったい何をするつもりだ?」
イレーヌはドーブルであり、どんな技を使うのかまるで予想がつかない。イレーヌが何かをたくらむ笑みが悪すぎて、ユージンは思わず苦笑した。
「で、俺は何をすればいいんだい?」
まだ何の指示も与えられていないパチキがシュリンに尋ねる。
「貴方は、カノンたちを見守って、いざとなったら後ろから襲い掛かって蹴散らす係かしらね。カノン達に助けを求められたら、その時は殺さない程度に容赦なくやっちゃいなさい。貴方は守りはダメダメだけれど、攻撃ならば大の得意でしょう? 不意打ちで敵を半壊させなさい。助けを呼ばれるまでは、一般人の振りをしていればいいわ」
「わかった、手加減せずにやらせてもらうぜ」
シュリンに仕事を与えられて、パチキは胸を張って言う。
「テラーも同じように見守っていてもらうけれど、貴方が見守るのは私達。一般人のフリをして、何かあった時のために待機していなさい」
「はい、分かったよ」
シュリンに仕事を与えられてテラーは頷く。
「それで、私達だけれど、母親はもう命が助かるならば何もいらないと言っているわ。なので、最低限の持ち物だけを持ち出して、そのまま逃げる。ナオが前を行き、いざという時はナオとヒトツキだけでも逃がす。私がしんがりを務めるわ」
「だが、その場合俺達は街に取り残されるわけだが……注意を引いた後にどうすればいい?」
作戦の概要を聞いて疑問に思ったことをユージンが尋ねる。
「それはね……」
思わせぶりにシュリンが言う。
「それは?」
それに対してユージンは律義に反応してあげる優しさを見せる。
「何も考えていない」
しかし、それに対する答えがこれでは、ユージンもあきれるばかり。
「シュリン、殴るぞ?」
呆れるままにユージンはそういったが、シュリンは悪びれずに笑ってごまかしている。
「でも、実際有象無象の連中ならば私達でどうにかなるし……なにより、相手だって色違いを殺しても暗黙の了解的に罪を追及されないけれど、反撃されても自己責任だという事は、街の奴らも理解しているはず。貴方達は好き勝手暴れてもいいのよ」
少々乱暴な言葉を吐くユージンを諌めるようにイレーヌが言う。
「そもそも、ニコニコハウスで鍛えられた私達が、ただの街の住民や、それに毛が生えた程度のエクスプローラーごときにやられはしない。そして、敵に手練れのダンジョンエクスプローラーが居るのならば、とっくにニダンギルの奥さんは殺されている。つまり、相手には手練れがいないという事。それならばお前達ならば余裕のはずだ」
と、ナオは言う。
「大丈夫、いざという時のために私も不思議珠をたくさん持ってきたから。爆睡珠、ふらふら珠、縛り珠、釘づけ珠、何でもあるよ? 枝もたくさんあるから、なんとでもなるよ」
ナオに言われて、カノンは得意げに言った。
「カノンがそういうのなら信じるが、基本は戦うよりも逃げる事を優先するんだぞ?」
そんなカノンが強がりではない事を信じ、ユージンはそう言って念を押す。
「大丈夫、逃げることならダンジョンで慣れている。立ち向かうだけじゃないってのは、この六年で学んだことだよ。それと……基本的に私は攻撃せず、するとしても毒々や痺れ粉まで、でしょ? 分かってる、基本的に手出しはしない」
カノンが言うなり、パチキとイレーヌに目をやると、二人は任せろと言わんばかりに頷いた。
その後、アウリーをダンジョンの入り口近くに置いて、カノンたち一行はダンジョンを経由してギスギスタウンに向かう。
「ところでさ。ギスギスタウンって、どうして色違いに対する風当たりがひどいの?」
ダンジョンの道中、カノンが唐突に皆に尋ねる。それを聞いて、事情を知っているシュリンとナオは顔を見合わせ、話が得意なシュリンが話せとばかりにナオが目線を寄越す。
「え、えっとね。ここの地方の結婚式ってさ。どうしてポップコーンをばらまくか知ってる?」
上手く説明できるかどうかは分からないが、カノンの質問にはシュリンがそう切り出した。
「話を逸らさないでよ」
「逸らしていないよ。知ってるの?」
シュリンが話題を変えようとしないので、カノンは仕方なくこの国の結婚式の由来を言う。
「えっと……南の雪国で戦争が起こって、国を捨て落ち延びてきた姫と護衛が、この国で息絶えたんだよね? 姫様のツンベアーが『私には許嫁が居たけれど、もうそんな事はどうでもいい。本当は貴方が好きでした。ずっと結ばれたかった』って言って、護衛のマニューラも『えぇ、共に来世で結ばれましょう』って感じのお話をしたんだよね? それで、二人はその周囲に雪を降らせてから、毒を飲んで自害し……真っ白な雪に真っ赤な血を吐いて倒れたって。二人のいた場所は後に、常夏の北国でありながら雪が降る『常夏の永久凍土』というダンジョンになりました……と、そういう話だよね?
それ以来、解けない氷を模したポップコーンの上を歩き、血の代わりにマトマのジュースを吐きだすことで、今までの自分と別れを告げて、夫婦としての新しい人生を歩み、死してなお続く愛の絆を願うんでしょう? それがどうかしたの?」
「そう。その話とおんなじ……ポケモンの強い思いは時に不思議のダンジョンすら生み出してしまう。それで、常夏の永久凍土では、生まれ変わりを望む気持ちがダンジョンを生み出したわけ。ギスギスタウンもそうだった……かつてのギスギスタウンは、ニギヤカタウンっていって、その名の通り活気にあふれた良い町だったんだけれどね。でも、貴方と同じ色違いのポケモンが生まれてしまったの」
「うん、それで?」
「そのポケモンの母親は、タマゴを産むと同時に死んでいた……そして、父親が代わりにそのタマゴを温め続けていたの。父親は『妻よ、お前が残したこの子供は絶対に立派に育てるからな……』って、心に誓っていたことでしょう。でも、生まれた子供が運悪く色違いだから……周りの人が『死ね』とか、『殺せ!』とかって言ったわけ。周りの人にそんな事を言われたら、どう思うかしら?」
「そんなの、分かんないよ……辛いことしかわからない」
シュリンの問いにカノンは答える。
「そうね。辛いのよ。その父親は、一度町の近くにある谷底に子供を落として殺して……その後、悲しみに耐えきれずに、自身も谷底に身投げした。そしてそれ以降……そこにはダンジョンが出来たの。名前は『血塗られた川』って言ってね。血でうっすら赤く染まった水が流れるダンジョンとなった……そしてそれは、常夏の永久凍土と同じ。周囲にも影響を与えている。ニギヤカタウンの近くの川には赤い水が流れるようになったの」
「それは辛いね……なんというか、そんな水飲みたくないし」
カノンが率直な感想を言う。
「そう? 赤いお水ってなんだか素敵な響きなんだけれど」
「いや、それはテラー、貴方だけだから」
赤い水に嫌そうな反応を示すカノンに、テラーはとぼけた事を言ってカノンを困惑させる。
「しかも、悲劇はそれだけじゃない。血塗られた川は一つのフロアが広大で、その上階層もかなり深いダンジョンだった……その上、難易度も馬鹿みたいに高くって、私達みたいなハイパーランク以上の腕前がなければたちまちやられてしまう。不思議のダンジョンは私達ダンジョンエクスプローラーにとっては近道だけれど……そんな私達にとってでさえも、ダンジョンを通るのは困難を極めて、回り道をしなければ危険と言わしめるほどの難易度から、それが交易の妨げになっているのよ。
血塗られた川のせいで物資の運搬は滞り、ニギヤカタウンはそのうち活気がなくなり、ギスギスタウンとまで呼ばれるほどになってしまった……今は、旅人も寄り付かなくなって、薄汚れた空家が目立つゴーストタウンよ。
常夏の永久凍土は、周囲に害を振りまくどころか、その付近に雨を振りやすくさせて、森が形成されて近くに街も出来たくらいなんだけれどね。そう言うダンジョンは恵みのダンジョンって呼ばれて、血塗られた川のようなダンジョンは、呪われたダンジョンって呼ばれてる」
「で、それも色違いのせいなわけ?」
シュリンの説明を聞いて、カノンは思いっきり不満げに尋ねる。シュリンは気まずげに頷き、ナオの方を見る。
「悲しい事に、そういう風に言われている。悪いのは、子供を捨てざるを得ない状況に追い込んだ者達であると思うのだが……ギスギスタウンの連中は、自分に原因があるとは思いたくないのだろう。別に、色違いでなくとも、強い感情があればダンジョンが生成されることはあるというのに」
「……これだから信じられない。色違いを嫌う奴は信じられない……自分の罪から目を背けているだけじゃん。馬鹿ばっかり」
カノンは吐き捨てるように言う。
「なぁ、カノン。念を押しておくが、お前は攻撃をするなよ? 攻撃ならば俺達が何とかするからな、色違いの奴に傷付けられたとかって騒ぐ奴が出て来るから」
「貴方が私達より強くなろうとも、私達は貴方を守るために戦うから。母さんからの言いつけを守ろうね?」
パチキ、イレーヌは、不機嫌そうなカノンの心を察して念を押す。カノンは黙ってそれに頷いた。
そうして、カノン達一行はギスギスタウンへとたどり着く。数十キロの道のりを夜までに走破するのは骨が折れたが、ダンジョンを経由した分、すこしばかりはショートカットが出来た。
街の外で少しだけ休んでから、意を決して街へと入ると、ギスギスタウンはゴーストタウンと形容されている通り、活気に乏しく住んでいる住民も揃って暗い顔をしている。かつては市場があったであろう大通りも、今やすっかり寂れてしまって、閉じっぱなしのドアが目立つ。
助けを求めるニダンギルが居る家の区画もまた、酒場や宿が立ち並んでいた通りに面しており、かつては活気があった場所だろう事が分かる。彼女の家には人だかりが出来ていたため、場所の特定はすぐに終わり、あとやることはニダンギルとヒトツキの救出だ。
その準備に当たって、カノンはイレーヌにボディペインティングをされていた。そのペイントの内容は、もともと色違いの彼女の上に、さらに色違いの塗装を塗るというものである。しかし彼女の特徴的な花の一部には、通常色と同じ青を使っている。これをどのように使うかと言えば、茶番を演じるためである。
ニダンギルの家に群がるポケモン達から少し離れたところで、ユージンがわざとらしく大声を上げる。
「おいお前ら、そんな家に構っていないで見ろよ! ここに色違いのポケモンが居るぜ?」
彼はカノンがかぶっていた外套を剥ぎ取っており、その色違いの姿は民衆たちにあらわになる。
「お、おい……なんでこんなところに色違いのポケモンが居るんだよ?」
「しかも、もう大人に近いじゃないか……子供のうちに殺されなかったのか?」
ユージンがこの指とまれをして、カノンへ視線を集めると、ニダンギルの監視をしていた者達も一斉にカノンの方を向く。
「さて、なんでこんなところに色違いが居るでしょうねぇ? あんた達大の大人が、情けない事に女性を囲んでよろしくやっているからじゃないかしら?」
カノンが挑発するように言えば、ニダンギルの家を取り囲んでいたほとんどのポケモンがこちらの方を向いている。
「私も色違いの女の子だけれど、そんなに遊びたいのなら私が遊んであげましょうか? そんなニダンギルのガキなんて放っておいてさあ」
なおも挑発するカノンに、大小さまざまなポケモンが群がって行く。この指とまれをユージンがしたことにより、皆ニダンギルの事などすっかり忘れてカノンへ視線を向けるのだ。そんなポケモン達をあざ笑うようにカノンは相手に背を向けて逃げ出す。その際は、ふらふらと歩きながら道行く女性の影に入ったりなどして一般人を盾にして、遠距離攻撃を後ろから撃たせないようにしている。さりげなくパチキの影に入ったりもして、その際はパチキがカノンを追いかけ、盾になる。
そのため、飛行タイプのポケモンや、その他足の速いポケモンが先回りして攻撃しようとするのだが、カノンに攻撃をしようとすればパチキが睨みを利かせるため、誤射を恐れた飛行タイプのポケモンは攻撃できない。そうしてもたもたしている間に、彼女は悠々と酒場に逃げ込んでしまう。
お店の中で暴れるわけにもいかず、カノンを追いかけたポケモン達は店の中に入り込んでもカノンを攻撃することは出来なかった。酒場にいた客たちは、突然入り込んできた色違いのロゼリアに驚いており、どうすればいいのやらわからず動けないでいる。
「それにしても、君ら馬鹿だねー。私の腕はほら、見ての通りただ染めてもらっているだけなのに」
お店の中に逃げ込んで、殺気立った男たちに囲まれたあたりで、ようやくカノンは自分の腕の先にある花弁の、通常色に染められた部分を見せる。
「私は通常色のロゼリアだよ? その程度も分からない、おバカさん。あっはっは、釣られてやんのー」
カノンはそう言って、追いかけて来た者達をあざ笑う。本当は、通常色と同じ青く染められた部分もボディペインティングの賜物なのだが、頭に血が上った者達にはそれも気付かれないようだ。
「だ、騙したのかお前? ふざけるな! あの色違いニダンギルどもが逃げたらどうする気だ!?」
カノンを追ってきた男たちの一人、レディアンの男が憤って声をあげる。
「騙される方が悪いのよ。私に暴力を振るう気なら相手になるけれど……まさか店内で暴れる気じゃないわよねー?」
意地悪な笑みを浮かべてカノンは笑う。カノンは中身の入った酒瓶が並べられた棚を背にしており、うかつに攻撃をすれば大規模な被害が発生するであろう場所をわざわざ陣取るのだ。これでは、よっぽど冷静さを欠いていなければ攻撃は不可能だろう。
「それよりも、貴方が囲んでいたニダンギルのお母さんたち逃げているんじゃないかしら? おバカさんが引っかかっている間に、私の優秀な味方が連れて行っちゃったから」
カノンに言われてハッと気づいた頃にはもう遅い。ニダンギルの家を囲んでいた者達は、爆睡珠で眠らせ、ついでに釘付け珠で地面に縫い付けられている。シュリン達とニダンギルの行方を追えている者は誰もいない。
「おっと、ここから先は通行止めよ。あと数分でいいからこの街にいて欲しいのよね」
すぐさまニダンギル達を連れだした何者かを探そうとする男達だが、そこに立ちふさがるのはイレーヌとユージンである。遠くからきちんとパチキも見守っており、戦力的には心配なし。
「ここから先を通りたければ、私を倒してからにしてくれないかしら? なんて、ありがちかしらね?」
カノンはそう言って男達を挟み撃ちにする。とはいっても攻撃はせず、イレーヌが黒い眼差しをして足止めしているくらいで、実害を与えることは極力しない。
「どけ! 色違いの奴は殺さなければならない!」
エビワラーの男がイレーヌへ向けて凄む。だが、イレーヌは冷たい目線で射抜いたまま、全く動じる気配はない。
「なら、自分達が殺されることを覚悟の上で家に突入しなさいよ。その程度の根性もないくせに、使命感に燃えたようなセリフは恥ずかしいわよ? 相手を殺していいのは、自分も殺される覚悟がある奴だけって、よく言うでしょ?」
だがエビワラーがいくら凄んでも、イレーヌは全く動じることなく言ってのける。
「生意気な……女は黙ってろ!」
と、イレーヌ相手に殴りかかったエビワラー対し、イレーヌは身をかがめてパンチを躱し、頭突きとほぼ同時に『とどめ針』をへそに刺し込んだ。激痛のあまりその場に倒れ伏そうとするエビワラーを、イレーヌは頭で支えながら、イレーヌは針をぐりぐりと捩じって、自らの攻撃力にする。そのまま放り棄てたエビワラーを、イレーヌは彼を踏みつけていた。
「……黙ったげているんだから、何か言いなさいよ。女は黙って欲しいんでしょ?」
イレーヌ自身、この街の連中には心底ムカついているらしい。普段は見せないような態度を取って、他の者を威圧し、エビワラーの後頭部を踏みにじり続けている。
「へ、『何とか言いなさいよ』とか、一撃で叩きのめしておいてよく言うぜイレーヌ」
そう言ってユージンは笑い、周囲の民衆を睨む。
「で、どうするんだ? お前らがニダンギルのお母様を追いかけるって言うんなら俺が相手になるぜ?」
黒い眼差しであろうとも、ゴーストタイプであれば逃げ去ることは可能である。今もイレーヌが睨みつけているポケモンの中にミカルゲが居たのだが、どうにも臆病で飛び出す勇気もないのか、一向に動こうとしない。それも仕方がない、格闘タイプに相性が悪いはずのノーマルタイプのドーブルが、これまた格闘タイプに相性の悪い虫タイプの、しかも威力の低い『とどめ針』という技で一撃で叩きのめしたのだから、イレーヌが強いのは誰の目にも明らかなわけで、逃げ腰にもなる。
「ふん、どうやらそこのミカルゲは頭がいいようだな。この女の仲間が弱いはずがないって、分かっていらっしゃる。それでも、束になってかかれば俺を殺せるかもしれないが、やってみるかい? ほうら、この指とーまれっと」
ユージンが挑発すると、男たちは顔を見合わせる。ここまで舐められて引き下がってはいられないと思ったのだろう、敵はロゼリア、パチリス、ドーブルの三人程度、十人以上いる男達ならきっと大丈夫なはずと一斉にユージンへ飛びかかる。
そんな人数が小さなパチリスに飛びかかったところで渋滞が起きてしまう事は容易に予想できる。ユージンはまともに攻撃することも難しい状態の男達の攻撃をひらりひらりととかわしながら、高らかに叫ぶ。
「三秒後に放電だ、お前ら伏せてろよ! 3,2,1、ゼロ!!」
仲間に向けての注意喚起にしてはあまりに大っぴらなその掛け声、もちろんそれはフェイクである。追いかける男たちが放電を恐れて伏せた時に、カノンは伏せるどころかジャンプする。それはユージンも同じで、彼もまたジャンプしている。
イレーヌだけは、棒立ちのまま笑っていて、彼女の渾身の足踏みにより、ガツンという音が響けば石垣の地面に亀裂が入り込み、ぽっかりと口を開けた奈落の底に、伏せていた男たちが根こそぎ吸い込まれていく。飛行タイプのポケモンもいたが、放電を恐れて地面に伏せていたため、それらもそのまま落ちてしまう。亀裂が入った地面はすぐに閉じてしまい、地面に挟み込まれて身動きが取れなくなった男達は、蜘蛛の巣に捉えられた哀れな蝶のように動けずにいる。
それを見下ろしながら、カノンは唾を吐き捨てた。
「何が、『色違いは殺さねばならぬ』だ。自分が死ぬ覚悟もないくせにそんな事を言って、情けないったらありゃしない。そんな根性無しのくせに、殺すだなんてたいそれた言葉は恥なだけだよ」
そう言って彼女はバッグから青い珠を取り出し、起動する。発動した不思議珠の効果は洗濯珠と呼ばれるもので、本来は糊のように粘ついた粘液を被って使えなくなった道具を洗い流し、使用可能にするものだ。だが、今回の用途はイレーヌが施したボディペインティングを洗い流してしまうもの。大量の洗浄液が中空から降り注ぎ、きれいさっぱりに絵具を洗い流されたカノンの色は、当然のごとく色違い。
「私の正体を誰一人見抜けなかったくせに。私の事を、ただのペイントした通常色のロゼリアと思っていたくせに! 私が、災厄を運ぶ存在に見えたのか? みんな、体の一部を青く塗っておいただけで私の事を通常色だと思いこんで、ニダンギルの下に向かおうとしやがって! その程度の観察眼で、お前らは色以外の何を見ているんだ? この色か!? この花の色が災厄を運ぶのか!?」
カノンは地割れに挟み込まれた男や、地面タイプであったため伏せる事をせず、地割れを逃れた者達に問う。
「答えろ……私のこの花の色が、どうして災厄を運ぶんだ?」
カノンは難を逃れたトリトドンに花を押し付けて問う。
「この街に伝わる話だってそうだ! 身投げ自殺をした色違いの親と子供が血塗られた川とか言うダンジョンを作ったとして、身投げ自殺するきっかけを作ったのは誰だ!? お前達街の人間が追い込んだんじゃないのか? もしも……もしも、今回の事でニダンギルとヒトツキが絶望して街そのものを飲み込むようにダンジョンを作ったら、お前らはさらに色違いを恨む気だったのか!? 答えろ!!」
カノンは金切り声を挙げながらトリトドンに花を押し付ける。地面と水タイプの複合である彼が最も苦手とする草タイプのポケモンに詰め寄られて、相手は酷く怯えていた。
「そうやって、自分達の罪から目を逸らして、誰かのせいにして、さぞかし楽な人生ね。自分は悪い事をしていないって、そう思い込めるのなら責任も何も感じなくっていいもの。でもね、これからは自業自得って言葉を噛み締めながら、自分を責めて生きることね。その地割れに挟まれながら、災厄を連れてきたのは一体誰なのか、考えなさい!」
カノンはトリトドンから花弁を離し、仲間の下に歩き出す。
「帰りましょう。もうシュリン達も街の外まで逃げたはず」
周りには、カノンの事を恐れつつも興味を持って、多くの者が遠巻きに見守っている。だが、彼ら、彼女らにあるのは色違いが汚らわしいという漠然とした嫌悪感のみ。その視線は穢れた者を追い詰めて何が悪いとでも言いたげである。
「どうしたのかしらー? 色違いは殺さなきゃいけないんじゃないのー? いいですよ、この子を殺してもー! 出来るならねー! 私が全力で食い止めるから殺してくださーい」
カノン達が歩きだしても追いかけようとしない街の人間を見て、イレーヌが挑発するも、彼女らの強さを見てわざわざ挑もうとする者はいなかった。遠巻きに見守っていたパチキは、今更攻撃してくる者もいないだろうと肩の力を抜き、ため息をつきながらカノン達の後ろ姿を見送り、カノン達が街を出てから合流するのであった。
街を出る間、結局カノンを攻撃する者は誰一人としていなかった。所詮その程度の信念で、色違いを批判していたのかと思うと、カノンは本当に憎たらしい気分になる。刺し違えてでも殺すような、そんな気概があるのならばまだ、他人の人生を狂わせるくらいの資格もあるだろう。だが、そんな覚悟もなしに他人の人生を狂わせようとする奴らは、本当に卑怯で情けなくて、そして憎たらしかった。
「ばかばかしい……色違いかどうかにこだわる奴らが、本当に馬鹿らしい」
カノンは不満を隠すことなく口にして、町を出る。ここから先の道は、家の一つもなくなる、町の外。そこに差し掛かったあたりで、カノンはふと誰かに呼ばれたような気がして振り返る。
「何?」
振り返るも、誰もいない。
「どうした、カノン?」
「誰かいたかしら?」
ユージン、イレーヌ共に彼突然振り返ったカノンを心配して声をかけるが、彼女は首を横に振る。
「いや、何でもないみたい……なんだろ、パチキかな? パチキはしばらく後ろを警戒してくれるはずだし、その気配を感じることくらいはあると思うけれど……でも、それとは何か違う。少しだけ、何か……胸に、悲しい何かが」
カノンは自身の胸を押さえてそう語る。そう言って俯く彼女を見て、イレーヌは彼女を抱き上げた。
「そう。それは多分、貴方を罵倒したい誰かの視線か何かを感じたのよ……その、やっぱり罵倒されちゃったけれど、今回も貴方は全く手出しせずに、よくやったわ。本当は、貴方があいつらの鼻っ柱を殴ってやりたかったところでしょうけれど……よく我慢したわね」
イレーヌは胸に抱いた彼女をフォローする。カノンは控えめに頷いて、力のない笑みを浮かべた。
「もう慣れちゃったから……『カノンが攻撃したら、例え自業自得でも色違いのせいで傷ついたと被害妄想を抱く者がいる。だからあなたは攻撃しちゃだめ、どうしてもと言うのなら毒々や痺れ粉なら許可するわ。街中ならアロマセラピーや癒しの鈴を誰かしら使えるから』でしょ? どれほど効果があるのかはわからないけれど、ちゃんと守りますとも。
いつか。来る日があるかどうかわからないけれど、いつか、色違いがこの国に受け入れられるその日のために、さ」
言い終えてカノンはため息をついた。
「カノンみたいにかわいくっていい子が、なんでこんなに苦しまなきゃいけないんだろうね……世の中って不公平だわ」
同じくイレーヌもまたため息をつく。
「うん、そう思う。でも、仕方のない事だよ。母さんに出会えたことだけでも、私達は幸運なんだから、嫌なことは考えないようにして生きていかなきゃね」
言い終えて、カノンはふぅとため息をつく。
「そうだよ、楽しい事を考えろ。卒業したら俺と結婚するんだろ?」
ユージンが、イレーヌに抱き上げられたカノンに問うと、カノンは顔を赤らめて、うんと言う。
「あーあ、嫉妬しちゃうなぁ。私がカノンと結婚したいのに」
そんなカノンに、イレーヌは不穏な言葉を口走る。
「なんで、イレーヌ!? 私女の子だよ!?」
「いいじゃない、性別なんて細かい事は気にしないで。私達は色違いだとかそんな細かい事は気にしていないから、この際性別も気にしないでいいって」
「そ、そう……性別って細かいのかな?」
イレーヌに言われて、カノンは納得しないままに頷いた。
「でも、そうだよね……女だからって見下されるのは嫌だし、色違いだからって変な目で見られるのも嫌。私、いつかそういう事を気にせず付き合えるように、この国を変えたいな……どうやればいいのかわからないけれど。ってか、やっぱり性別は気にしてもいいんじゃない? ってかタマゴグループ違うし……いや、性別が同じなら関係ないか」
「ふふ、そうね。関係ないわね」
カノンに応える形でイレーヌがそう呟き、カノンを抱く力をちょっとだけ強くする。
「カノン……私も、貴方のため、色違いの子のために、出来ることがあれば協力するよ。パチキだってきっと……いや、ニコニコハウスの皆がきっと協力する。だからカノン、私とは結婚してもしなくっても、たとえ離れた町に住むことになろうとも、いつまでも一緒よ。心と、志はいつまでも一緒」
「俺達が居るってこと、忘れるなよ」
イレーヌとユージンに言われて、カノンは黙ってうなずいた。シュリン達がどうなっているかは分からないが、きっと無事に送り届けているであろうことを信じて、一行は帰路を急ぐ。
その間、カノンはずっと後ろから誰かに呼ばれているような気がして、言い知れない焦燥感を抱き続けていた。