シャムロックという女(本当は両性具有)
「ところで、ユージンは一体何の用でここに来たのかしら?」
早速、ニコニコハウスの案内と行く前に、シャムロックはユージンを見る。
「あ、俺ですか? 俺はただの市中見回りの最中ですよ……まー、平和な街なので、そこまでする必要もないのですがね。しかしながら、きちんと仕事をしないと示しがつきませんし、犯罪がなくとも困っていることがあれば相談に乗る義務があるから、見回りは欠かせません」
ユージンは誇らしげに語る。パチリスの小さな体だが、その堂々とした態度のおかげか、あまり小ささを感じない。
「そうか……貴方おかげで、カノンちゃんも少しだけ警戒を解いてくれたような気がするわ。私一人ではどうにも顔が怖いみたいで……今だけは貴方みたいに可愛くなりたいわ」
シャムロックはため息交じりにそう言って、ユージンを苦笑させる。
「怖いみたいというより怖いんですよ。母さんは眉間に縦じわが寄っていて、目付きが鋭いですし」
仕方ないですよ、という論調でユージンが言うと、シャムロックはしょげた顔をする。
「……全く、やはりメガシンカしたほうが愛嬌があっていいのかしら?」
「街を滅ぼす気ですか? 母さんは」
「あー……可愛くなりたい。皆に初対面で愛される私になりたい」
ユージンに歯に衣着せない物言いをされて、シャムロックは結局しょげてしまう。
「確かに初対面では威圧されるけれど、二回も会えば貴方の良さが分かりますよ。それじゃあ、カノンちゃん、シャムロックお姉さんをよろしくね。泣かないで、強く生きるんだよ」
年端もゆかない子供と会う時に、泣かれたり怖がられたり、警戒されたりしてしょげるのはいつもの事。シャムロックは放っておいて、ユージンはカノンにそう語りかけた、
「お兄さんも……昔はここで暮らしていたの?」
「うん、そうだよ。俺は卒業生だからね。君も、きっと俺みたいに強くなれるから、頑張って生きるんだよ」
「わかった。お母さんに心配されないようになる」
「よし、その意気だ」
ユージンがカノンの頭を撫でて微笑みを見せる。
「それじゃあ、ばいばい、カノンちゃん。また会おうね」
「ばいばい?」
「お別れの挨拶。また会おうねってことだよ」
この年齢になるまで無事でいたという事は、人里離れた場所に住んでいたか、ずっと家の中に押し込められていたという事。もしかしたらさようならとか、そういう言葉すら使わなかったのかもしれない。
哀れな子だなと思う反面、それでもこの家ならばともユージンは思う。頭の上で捩じられた手を振るカノンに、ユージンは手を振り返した。
「さて……母親の方はどうしているのやら」
カノンを見送ったユージンは、先ほどの母親を探す。なにもなければそれでよし、何かあるのならば、少しくらいは慰めてあげよう。そうやって人を元気づけるのも警備団の仕事である。そして、少し探すと、母親は案の定泣いていた。子供に泣く姿を見せないようにと気丈に振る舞ってはいても、やはり子供との別れは辛いことには変わりなく、子供の姿が見えなくなった途端に糸が切れたように泣き始めた。
美しい左右の花弁に珠のような水滴を落として、彼女は静かにうずくまっている。
「お母さん、大丈夫ですか?」
うずくまっているところを急に話しかけられ、ロゼリアの母親はびくりと体を震わせるが、顔を上げると先ほどのパチリスであると気付いたのか、安心して、しかし恥ずかしそうに顔を伏せる。
「ダメみたいです……」
小さく、消えそうな声で母親は言う。
「そういえば、お母さんお名前は? いつまでもお母さんと呼ぶわけにもいかないですし」
「ノブレス、です。見ての通り、ロゼリアという種族の」
「そうですか、ノブレスさん。えっと、ですね……俺の事を見てくださいよ。こう、俺ってすごく体も元気ですし、それに立派に働いているでしょう? あその、ニコニコハウスの……卒業生は皆そうやって活躍して、立派に働いているんです。ですから、心配しないでください。きっとあなたの子供も立派に育ちますって。後輩もみんないい子です、イジメもありません。
なので、寂しいとは思いますけれど、こまめにお手紙でも書いて、娘さんを元気づけてあげましょう。そうすれば、カノンちゃんもノブレスさんも、どちらも幸せになれると思いますよ」
「あの、私……主人もですけれど、読み書きが出来なくって……手紙は書ける自信が……」
「あ、あぁ……そうでしたか。うちの子、みんな勉強を教え合っているので、それが当り前じゃないって気づいていませんでしたね……でも、ニコニコハウスにお手紙を出したという事は……誰か、文字を書ける人が近くに?」
「はい。そのお方は色違いは災厄を引き起こすという言い伝えをあまり信じておらず、私の子にも好意的でいてくれたんです。その人に書いてもらったんです」
ノブレスは、少し恥ずかしそうに言う。
「そっか。文字を覚えるのは子供に先を越されてしまいそうですね」
そう言って、ユージンは苦笑する。
「ところで……あのお方。シャムロックさんは一体どういった方なんですか? ユージンさんは、すごく持ち上げているようですし……シャムロックさんに手紙を書いてくれた方も、すごく尊敬しているようなのですが」
「えー……あの人はねぇ。この街でもお年寄りには嫌われてる。この街も昔は色違いのポケモンに対する差別があったからさ。でも、あの人が力づくでそれを無くしたんだ。今はあの人は木を育てながら木を切って売る、木こりをやってニコニコハウスの経営資金を稼いでいてね……まぁ、変わり者だけれどいい人なんだ」
◇
シャムロックは、幾度となく子作りをした。最初の時はペンドラーの女性と。次はパンプジンの男性と。その次はゴローニャの女性と。シャムロックは男でもあり女でもあるため、彼とも彼女とも言えないシャムロック。自分のミュウツーという種族がどんなタマゴグループであるかもわからず、むしろ自分が子供を作れるのかどうかすらわからなかった。シャムロックに子供が出来ないまま三人の伴侶に先立たれた後は、もう手当たり次第に子作りをして、自身の子供を残そうと必死だった。
そうして、齢三百を超えた頃に、シャムロックもようやく諦める。千を超える数の者と、雄も雌もなく、無論両性のポケモンとも子作りをして、しかしその努力は一度も実ることはなく、シャムロックは疲れ果ててしまったのだ。
自分は、他社とあまりに違う。強すぎて、賢すぎて、肩を並べる者は誰もいない。人と人とのかかわりの中で満たされることは数多くあるが、満たされないことも多い。シャムロックにとって最も満たされない事は、自分に比類する存在がない事であった。だから、もしもシャムロックが子供を産むことが出来るのであらば、その子が自分と肩を並べる存在になってくれるのではないかと、そう思ったのだ。
しかしながら、結果は前述のとおり。満たされない思いは永遠に満たされないのだろうかと落胆して、シャムロックは一人当てのない旅をしていた。そんな時、出会ったのが、オノノクスの女性と色違いのキモリの女の子であった。
ゆるやかに流れる川を臨む森のある丘の道。その途中で、子供を抱きかかえている女性が泣いている。オノノクスの体に走る傷は、、血こそ止まっているが真新しい傷もあり、つい最近誰かに暴力を振るわれたのだろう事が分かる。荷物が少ないところを見ると、地元の人間か、それとも盗賊にでも奪われたのだろうか。心のくたびれたシャムロックでも、それを放っておくことは出来ず、思わず話しかける。
「どうした、そこの女、泣いているのか?」
「何でもありません……」
オノノクスの女性はそう言って顔を背け、抱きかかえている子供を隠す。色違いの子供など抱きかかえていたら、最悪自分まで暴力を振るわれかねないという事が、体に染み付いているのだろう。ただ、シャムロックはそういった母親の事情を考えずに相手の正面に拘束で回り込み、その子を見る。
白い布に包まれたその子は、青緑色を基調としたキモリである。普通のキモリは、体の大部分が黄緑色、お腹のあたりは赤、尻尾の葉っぱは深緑なのだが、この子はそれぞれ青緑、白、赤紫と言う、きつい色合いをしている。黄色い目の色だけは通常の色と同じだが、一目で色違いと判るその見た目は、子供を隠し通す事など不可能だろうとすぐに理解出来る。
「色違いか」
「そうですよ、悪いですか!? 色違いだからこの子を殺しにきたんです!! 崖から落として!! こんな子供いらないから!」
シャムロックに気付かれて、オノノクスの女性はこのまま自分までとばっちりを喰らってはたまらないと思ったのだろう。本当は殺したくはないが、家に残してきた子供達のためにも生きて帰らなければならず、心にもない事を口にして母親は自身を守ろうとする。
「殺しに来た割には、泣いていたように見えるが……どうやら殺したくはないようだな」
「自分の子供がこんなんで、泣かないわけがないじゃないですか!!」
「そうか。確かに悲しい……が、それは、『色違いで生まれた子供が情けないから泣いている』のか? それとも『色違いといえど子供を殺すのは悲しいから泣いている』のか? 殺さないと、自分や家族に迷惑がかかるから、『殺したくないけれど殺さなきゃいけないから泣いている』のか?」
「それは……殺したくないですよ。こんなのでも、私の子供です! 本気で殺したいって言う母親もいるかも知れませんけれど。街の皆に、責められた時私はこんな子供いらない、殺してやるって言ったけれど……そんなの、全部嘘! 育ててあげたいんです! でも無理なんです! もう放っておいてよ! 私にかまうな! 死ね! お前のせいで私はこんな目に逢っているんだ」
シャムロックに尋ねられて金切り声をあげるオノノクスの女性は、興奮しすぎているのだろうか、シャムロックに対して意味不明なことを口走る。自分でも言っていることがよくわかっているのか怪しい状態だ。
「そんな事を私に言われても困る。そもそも、お前の子供が色違いなのは誰のせいでもないだろう。私のせいじゃない」
「うるさい! もう私にかまうな!」
子供一人の生死にかかわる話題のため、ヒステリックになることも仕方がないとはいえ、その不躾な態度にシャムロックもどうしたものかと頭を悩ませる。母親が大声を上げるものだから、子供はすっかり大声で泣きわめいており、こうなってはなき止むのにも時間がかかりそうだ。
「おい、お前。その子を殺すくらいならば、私に寄越せ。ただ殺すのでは面白くない。私が育てる」
「はい……?」
シャムロックに命じられると、女性は一瞬言っている意味が理解できず、硬直する。
「嫌です!!」
しかし、シャムロックの言った言葉の意味をすぐに理解をしたのだろう、この子は絶対に渡さないと言わんばかりに体を捩じって子供を隠す。だが、それよりも早くシャムロックが回り込み、キモリの女の子の顔を覗く。
「すっかり泣いているじゃないか。優しく抱いてやれ」
驚き、オノノクスの女性は反対を振り向くも、そこにはすでにシャムロックがいる。
「あまり振り回すと、子供が驚くぞ?」
「やめてください!」
と、オノノクスがさらに振り返ってぎゅっとその子を抱きしめると、今度もシャムロックは彼女の背後に素早く回り込み、浮かび上がりながらささやきかける。
「別に、お前の子供を変な儀式に使うわけでもないし」
シャムロックの吐息が首に当たって、オノノクスの女性は振り向きながら尻もちをつく。
「その子を甚振って楽しむわけでもないし、ましてや乳児に欲情する趣味もない。私は、お前の代わりに。もしくはお前と共にその子を育てようと、そう思っているだけだ」
「そんなことできるわけないでしょ!? 出来るなら、やってる! そんな事をやっても殺されちゃうの! 石を投げられて、殴る蹴るで、殺されるの!」
「うむ、そうだろうな。色違いの子供に対してそういう事をする光景を見たことがある……私も、止めるべきかどうか迷ったことはあるのだが……結局、私はなにもしなかった。やろうと思えばできるが、あまりにその……アレなのでな。自分の子ならば、迷わず止めに入ったのだろうが」
「止めに入って、止められるなら苦労しない!!!」
オノノクスが金切り声を上げる。いまだに子供は泣き止まず、親に落ち着くことを求めている。すると、シャムロックはよそ見をする。よそ見をして、大きな木を五本ほど抜く。どれほど大きいかと言えば、高さはイワークと背比べしてちょうどいいくらい。太さは、ミロカロスが一周できるくらいだろうか。
それが五本、引き抜くだけでもありえない光景だが、シャムロックはそれをお手だまでもするようにふわふわと回していく。
「その通り、色違いの子供を非難する声を泊めるのは難しいだろう……だが、私を止めるのも案外難しいんだぞ? 昔な、私は村そのものが盗賊に襲われたことがあったんだ。盗賊と言っても、飢饉のせいで隣町の連中が食料を求めて襲い掛かって来ただけではあるが……私一人で対処したことがある」
対処した、と軽く語るシャムロックに、オノノクスはなんだこの詐欺師はと言わんばかりの懐疑の目でシャムロックを見る。
「その、まぁ……なんというのか。死に物狂いで食料を奪いにかかってくる者と言うのは、本当に手ごわいものなのだが。不退転の意志を持って向かってくる相手でも、これくらい出来る力があれば何とでもなるものだ」
ふぅ、とシャムロックは大木をもとに戻す。しかし、地面に戻しても、そのまま元通りになるわけもなく、土をかぶせてみた地面は酷く不格好であった。こういうところは、すこしばかりがさつなところがあるらしい。
「殺される、といったな。面白い、私を殺せるような奴を探しているんだ。この子を守っていれば誰かが殺しにくるというのなら、望むところだ。返り討ちにしてやる」
シャムロックはニヤリと口元を歪ませる。その表情のあまりの邪悪さに、オノノクスは閉口する。
「あの、それは……私の子供を餌にするという意味ですか?」
「いやぁ? まぁ、そりゃ数日は私を殺しにくるかもしれないが、それが何日も続くとは思っていないからなぁ。馬鹿でなければ、どうあがいても私に勝てぬことなど分かるはずだ。それが終われば穏やかな日常も戻るだろう。先ほど言った、色違いの子供を助けるかどうかというのは、出来るけれどしなかっただけの話で、結論から言えば出来るのだ。私が、私自身の力を見誤っていなければ、の話だがな」
シャムロックはそう言って改めてキモリの女の子の顔を見る。一瞬、その目が怪しく光ったかと思うと、女の子は急に死んだように眠ってしまう。
「やはり、寝顔の方が可愛い……が、こんな寝かしつけかたではいけないというのは分かっている。私が育てるとは言っても、子育ての仕方を知っている母親は必要だ。私がお前を助ける。だからお前も私を助けてほしい。もちろん、それはいばらの道になるだろうが、それでもかまわぬというのなら、手を貸そう」
色違いのポケモンは、災厄を連れてくる存在だと、まことしやかに語られている。もしかしたら、このシャムロックと言う人物そのものが災厄なのではないかとオノノクスの母親も思わないでもなかったが、娘を守るためになら、悪魔にでもなろうと彼女は思う。
「お願いします」
生まれたばかりの子供を捨てるくらいなら、悪魔に魂でも売ってやる。それが彼女の答えである。
「名前を聞こうか。私はシャムロック……この指がな、物をつまむ形をとると三つ葉のクローバーに見えるからそう名付けられたんだ」
「私は……ホリィです。この子の名前は……ロディ、です」
「そうか。きちんと子供の名前まで付けていたのに、殺そうとしていたのか? もったいない。ところで、その名前は誰が付けたんだ? 私の名前はな、ニンゲンが残した遺跡から私を見つけた冒険家が付けてくれ……」
ホリィが気を許したと判断したのか、シャムロックは久々の会話を楽しもうと世間話を始める。相手はそんな気分でない事に気付いて黙るまでに時間はかからず、シャムロックは徐々に声を小さくして気まずい思いをしながら街への案内を頼むのであった。
村に案内されたシャムロックは、ホリィとロディを連れて堂々と街を歩く。見たこともないようなポケモンが、色違いのポケモンを抱えて歩く光景。その異様さに、本当に災厄が歩いてきたと思って、そそくさと家に帰る者もいる。だが、血気盛んな若者は突っかかることが美徳だとでも言いたげに、シャムロックにちょっかいを出す。
「おい、そこのよそ者! 色違いのガキなんて抱いてどういうつもりだ!」
そう絡んできたのは、この街に住むリーフィアの青年だ。彼の大声で、せっかくすやすやと眠っていたロディが目を覚ましてしまい、訳も分からず泣きじゃくっている。
「抱いてどうするつもりかって……この街に住むつもりだが?」
大声で威圧するリーフィアの男に、シャムロックは眉一つ動かすことなく平然と返す。
「あぁん? てめぇ、正気か?」
そう言って、シャムロックの足にリーフブレードをくらわそうとしたが最後。彼はそのまま空中に釣り上げられてしまう。
「な、なんだよこれ!? ふざけんな」
普通のポケモンが使ったサイコキネシスならば、『念力の見えざる手』を振り払うことも簡単だろう。だが、シャムロックの操る見えざる手は固く握られており、どうあがいても振り払えそうになかった。
「おいお前、今すぐそいつを降ろせ!」
と、怒りに満ちた口調でズルズキンが詰め寄り、シャムロックの腕を掴もうとする。悪タイプだからサイコキネシスなど喰らわない……と言いたいところだがそんなわけはない。シャムロックの目が悪タイプの弱点を引きずり出し、そしてサイコキネシスで釣り上げる。いくらミラクルアイを使われたからと言って、つりさげられてそのままなんてことは、大人二人を相手には難しいはずだが。しかし、それでもズルズキンは逆さづりにされたまま動けない。
それで怖気づく者も多かったが、真っ向から立ち向かうのがダメならばと、後ろからストーンエッジを繰り出す者もいる。が、無駄で、ストーンエッジは地面に落とされた挙句、そのギガイアスも釣り上げられる。重くたって、シャムロックには関係ないのだ。
「なんだこの街は、不躾な奴らばっかりだな」
ふわぁ、とあくびをしながらシャムロックは悠然と歩く。三人も釣り下げながらそんな態度を取れてしまう事に、周りの皆は驚きを隠せない。やめろ、降ろせと言う悲鳴に近い怒号が飛び交っても、シャムロックは何ら意に介しはしない。
「子供相手に大人げない奴らだ。幼い子供に怖い顔をするのが、この街の大人のすることか?」
やれやれだと、シャムロックは首を振る。その横暴な態度に反発したいところだが、釣り下げられた三人があれだけもがいているのにサイコキネシスを振り払えないという事は、尋常ではない事態だ。
「さぁ、謝ろうか?」
シャムロックが釣り下げた者を自分の正面に持って行き、ようやく三人は地面に降ろされる。頭に血が上ってしまった三人は顔を真っ赤にして怯えた目をしており、それを棒立ちで見下ろすシャムロックの姿が、実物以上に大きく見える。
「謝れと言っている。『子供に大声を出してごめんなさい』、『子供を攻撃しようとしてごめんなさい』だろう?」
見下ろしながら、シャムロックは相手の謝罪を待ち続けた。
「色違いの子供なんかに……」
「ほほう? 色違いの子供に謝るのは嫌か? ならばお前の色も変えてやろうか? お前も同じ立場になれば上も下もなくなって謝りやすくなるだろうから……赤でも青でも黄色でも、やってやるぞ? 血塗れと、貧血と、小便塗れ、どれがいい? それとも茶色がいいか? あぁ、灰色と言うのもあるな」
言いながら、シャムロックは地面に落ちていた石を捻り壊し、すさまじい轟音を立てながら砕き、粉にする。その最中にさりげなくロディの耳の周囲に真空をつくり、音を防いでいるなど気遣いは欠かさない。
岩に岩をぶつけたり、サイコショックで叩き壊すというようなことであれば、エスパータイプならば誰でも出来るが、捻って壊すなどと言う行為は、腐った木の棒でもなければ固くてできやしない。まして、そのまま石を粉にするなど、この場にいる誰に対しても未知の攻撃だ。
「で、どうするんだ? 色を変えられてから謝るか、それともその色のまま謝るか。今ならサービスでたくさんの色が楽しめるマーブリングやパッチワーク、縞模様も受け付けるぞ?」
と、粉にした灰色の石をふわふわと浮かせながらシャムロックは言う。謝らなければ殺されると判断した三人は、一転して平身低頭で土下座する。
「ごめんなさい、私が悪かったです!」
「そうか、何が悪かった?」
その中で、ズルズキンに対してシャムロックが尋ねる。
「子供に対して乱暴な態度を取って、泣かせてしまった事が……」
「よろしい。お前らも同じことを謝りたいという事で判断しようか?」
シャムロックがにらみを利かせると、他の二人も焦ってはいと答える。
「うむ、反省は大事だぞ。立って良し、どこへでも行け」
シャムロックが満足げに言うと、ようやくその三人は解放される。精一杯の抵抗としてズルズキンは睨みつけたが、シャムロックに睨み返されて、すごすごと目を伏せて立ち去るしか出来なかった。
「さて、ここに集まっている人達にお尋ねしたいのだが……この街に大工はいるか? 家を建てて欲しい。もちろん、報酬はあるから強制だとは思わないでくれていい。あと、土地の持ち主にも話をつけて欲しい。この街の土地を買いたい」
空間に穴をあけて左手の平から銀貨を大量にジャラジャラと流し、シャムロックは言う。
「とりあえず、手付金ならこれくらいあるからな。金だけで仕事をしようと思うわけではないだろうが、我こそはと思う者から仕事を申し出ろ。だれか大工を紹介してくれても構わんぞ?」
周りを取り囲む聴衆にそう言って、シャムロックはあたりを見回す。しかしながら、当然申し出る者はおらず、シャムロックは不満そうにため息をついた。
「色違いと言うだけで、下らない事を気にするものだな」
いやだいやだと、呆れた顔をしていたシャムロックは、抱いていたロディをホリィに預けて、今度は両手で空間に穴をあけて、テントを中から取り出した。
「ホリィは家に帰って、他の子供の面倒を見ているといい。私は、ここで泊まって、生活の基盤を整える」
「あの……それはいいのですけれど、私の身の安全は大丈夫なのでしょうか?」
「だめかもしれないが、その場合はこの村もダメになるだけだ。このオノノクスやこのキモリ一人のために村がダメになりたいのならば是非どうぞ。私は一向にかまわんぞ? 村を滅ぼす気があるならいくらでもこの女性を傷つけるといい」
言いながら、シャムロックはその場にいる全員、少なくとも四〇以上の数がいたが、全員をサイコキネシスで持ち上げる。
「このまま、ひねりつぶすことも十分に可能なのだからな」
持ち上げただけでそれ以上のことはしなかったが、シャムロックのサイコキネシスを振り払えた者はわずかのみ。徒党を組んで襲い掛かったところで、殺すことが出来るかどうか怪しいという事は、これで誰もが理解できたことだろう。
たった一日で、この街は恐怖によってシャムロックに支配された。シャムロックはその足で、テントを置いた土地を管理する地主であるムーランドの元に直談判しに行く。もちろん、その手には色違いのキモリの赤ん坊、ロディを抱えており、それだけでも追い返したくなるが、追い返そうとすると『では、ここに住まわせてもらおう』と言って座り込むのだから性質が悪い。
もちろん、地主やその使用人はシャムロックを館から引きずり出そうとしてみたのだが彼に触れようとしても、まるで磁石が反発するように触れることが不可能なため、温かい室内で子供を抱いて眠るシャムロックに全く手を出すことが出来なかった。
その合間にシャムロックは食糧を買いに行くのだが、キモリを連れての買い物を断られても同じ方法で他の客の割り込みを防ぎ、店主が音を上げたところで適正価格で食料を購入し、その後また地主の家に戻って、仕事机の上に陣取り、それをベッド代わりにして眠るのであった。
そうやって彼に対してハイドロポンプで攻撃しても何事もなく軌道がそれていくため、地主も一日目の深夜には音をあげて、銀貨を受け取りシャムロックに土地を明け渡した。
次の日までには噂が待ち中に広がり、テントを遠巻きに見守る住民は多かった。朝靄の立ち込める早朝に目覚めてそこからはい出したシャムロックは、悪びれることなく遠巻きに見ていた者に対しておはようと言う。今日は、ホリィの家を尋ねるところから一日が始まる。昨晩の彼女は壮絶な夫婦げんかをしていたらしく、旦那のジュカインがハサミギロチンでも喰らったのだろうか胸に大きな横一文字の傷がついている。
アランと言う名前の彼は、シャムロックを見るなり、文句を言おうと詰め寄った。
「聞いたぞ、お前があのキモリを村に戻して一緒に暮らすとか言ったらしいな!? いったいなんなんだお前は!? 突然妻をたぶらかして……おかげで、白い目で見られっぱなしで、子供を外に出すことも出来やしない」
ジュカインの男がシャムロックに愚痴る。
「外に出すといい。もしもそれで理不尽な暴力を受けるのであれば、私がそいつらを消す。肉片すら残さん」
「そんな事をしたら街にいられなくなる! それに、そもそも弁当屋の客が全く来なくなったんだ……色違いの子供が生まれただけでも客足が遠のくのに、その上こうまで商売が邪魔されたら……子供に飯を食わす事すらできやしない!!」
「ふむ……それは確かに深刻かもしれないな。だが、その分他のお店が繁盛するとして、それだけで村の全員分の食事を捌けるわけがなかろう? お前の家に誰も客が来なかったら、昼食を食べられない者もいるのではないか?」
「昼食を抜いてでも俺達に抗議するつもりらしい。このままじゃ、俺の家族は何も出来ずに飢え死にだ」
「ふむ、分かった。対策を練ろう」
そう言って、シャムロックは朝の市場へと繰り出し、銀貨をばらまきながら八百屋や肉屋、弁当、外食関係等、食料を扱うお店全般から、非常食や酒も含めてすべての商品を根こそぎ買い取った。重ねて言うが、奪ったのではなく買い取った。
ただし、店主に拒否権などなく、シャムロックはお金を払ってこそいるものの、買い物風景は強盗にしか見えない。シャムロックを攻撃しようとする者もいたが、それは狙いがそれて流れ弾が別の者に当たってしまうだけなので、攻撃する者は誰もいない状態となってしまった。
一瞬で街から食糧が無くなり、食料を所有するのはシャムロックと、ホリィの家のみ。ロディに子供用の柔らかい芋虫を与えながらあやしているシャムロックに村の人間が抗議をするが、シャムロックは悪びれることなく、言ってのける。
「あー……まだ、あそこの家のジュカインの家には食料が残っているはずだぞ? あそこが売り切れたのならば、譲ることを考えてもいいが……そうか、みんなたしかあの家の商品は買いたくないのだったな……これは困った」
このシャムロックの一言で、アランとロディに対する一切の嫌がらせは自分達の首を絞めるだけだと、街の全員が理解することになる。結局、昼を迎える前にアランの家にある、処分しきれなかった昨日の分の弁当が買い取られていった。氷を詰めた冷蔵庫に保存しておいたため腐ってはいなかったが、すっかり米が固くなっていて、不味い出来のものであった。
ともかく、アランの家にある食料がすべてなくなったために、ようやくシャムロックも店の主に商品を返し、弁当屋にも食材を返した。当然、払った銀貨は正確に取り返している。元通りに返したとはいえ、弁当屋からは食材を根こそぎ奪ったため、弁当を次々と作り終えるころには、すでに昼飯時も過ぎてしまっていて、街の住人は腹をすかせたまま午後の仕事に出る者も多かったそうな。
ここまで壮絶な事が起こっても、まだシャムロックが訪れてから一日と少ししか経っていない。
そうして、すべての食糧を返し終え一仕事終えたシャムロックはアランの店とは違う場所で購入した弁当を、食べている。街を一望できる丘の上にて、大きな苔むした岩に腰かけながら、そよ風を感じて食べる昼食は、ただ食べるだけよりも何倍も美味しく感じる。シャムロックは街の住人が自分の強さを理解し、逆らう事を止めようという府に気になったことに満足して、和やかな時間を満喫している。そんな彼に忍び寄る白い影……それが彼の尻尾を素早く触る。
「やったぞ、触ったぞ!!」
それは、シャムロックに近づいて体に障る肝試しをしている、怖い物知らずなパチリスの少年であった。パチリスに敵意が無いので、シャムロックは触られるまで放っておいたが、いったい何をやっているのやらと、肩をすくめた。
「何をしているんだお前?」
「何って、勇者診断だよ! 大人の奴ら、何もされてないのに全員ビビっちゃってさ。お前に近寄っちゃダメとか言ってるんだよ。大人ってバカだよなー。確かにお前は強いのかもしれないけれど、だからと言って、危険な奴ならとっくにこの村の誰かが殺されてるだろ? 昨日だって、大人が手を出すから返り討ちにされたのに、だーれも怪我させてないじゃん。お前なんて怖くないんだよって、皆に証明したかったのさ! いや、怒られたら怖いだろうけれど、怒らなきゃ怖くないでしょ?
結果的に、俺が一番最初にお前に触れたんだ、大人は皆触る前に吹き飛ばされたとか浮かされたとか言っているけれど、そりゃいきなり殴りかかろうとしたらそうなるよなあ?」
シャムロックの体に触れられたことでよほど興奮しているのか、パチリスの少年は早口でまくしたてる。その度にチラチラと様子をうかがっている視線の先には、彼の事を遠巻きに見ている同年代の子供が居た。
「私に触るだけで勇敢だとか言うのなら、この子はもっと勇敢だな」
少年を見て、シャムロックは笑みを浮かべながらキモリを見る。キモリは目を開けてキャッキャとはしゃいでおり、機嫌は良さそうだ。
「いやいや、俺の方が勇敢だから」
「じゃあ、お前は私の肩に飛び乗ってみろ。この女の子もそこまではまだやったことがないぞ?」
「え……? いいの?」
「飛び乗って、この子の顔を見ろ」
シャムロックに言われて、パチリスの少年は恐る恐る彼の背中に飛び乗る。
「どうだ、普通の顔だろう?」
「そこは、可愛い顔って言うんじゃない?」
「子供は可愛らしいのが普通だ。この子もごく普通の顔じゃないか」
「そうだね……これが、この子が災厄を連れてくるのかな?」
「その時は、私がその災厄を跳ねのけてやるさ」
「すっげ、お姉さん……? いや、お兄さんかな? お前ってそんなに強いの?」
「強いさ。試してみるか?」
「いや、無理無理。勝てないから。大人が勝てなかったんでしょ?」
この街に来て、まともに会話が出来たのは、ホリィを除けばこのパチリスが初めてである。
◇
少し場所を移動した広場で食事をしながら、話を続けていた
「そのパチリスってのが俺の親父のスティーヴ。怖い物知らずで、出会って数分でシャムロックさんと仲良くなって……シャムロックさんの親友だった人だよ。それからも、シャムロックさんの周りではトラブルが起きるんだけれど、あの人はそれをすべて力づくで解決していったんだ。本当、尊敬に値する人だよ、あの人は」
シャムロックの魅力をノブレスへ語り終えて、ユージンは満足げに息をつく。
「そんな人なんだ、この先何があっても、シャムロックさんはニコニコハウスを守ってくれる。もちろん、カノンちゃんだ守ってくれるって信じてる。だから、本当に安心してくださいよ。俺も、協力しますから」
ユージンがノブレスを励ますと、彼女は目の端に涙を光らせながら、『はい』と頷いた。
「ところで、そのロディと言う子は、今どうしているんですか?」
「今は、行方不明です。孤児院を新しく作るって言って旅に出て……そのまま、消息を絶ってしまいました。もしかしたら、カノンちゃんも、この街から出たら同じ目にあうかもしれない。だから、この街を出るのは難しいとおもいます。だから、カノンちゃんがこちらから会いに行くのは難しいと思うので、彼女が大人になったら会いに来てあげてくださいね。もしよければノブレスさんもこの街に住むのもいいかもしれません……なんて、簡単に言っちゃだめですよね。
でも、きっと幸せになるとおもいます。このランランタウンでなら、それが出来るとおもいます。それを信じて、貴方も娘に負けないように、幸せに生きてください」
「えぇ、娘をお願いします。私も強く生きますから」
母親も腹を決め、迷いを振り払ったのだろう。ニコニコハウスの皆を信頼して、言葉によどみはなかった。この調子なら大丈夫だろうとユージンも確信して、彼女の前を去ることにした。
「それでは、私はパトロールに戻ります。何か困ったことがあれば呼んでください」
あとは、一人で泣くこともあるだろうが、その時は一人にしておいた方がいいだろう。母親のこれからの人生に幸があるようにと祈りながら、ユージンは彼女の背中を見送った、