マグナゲート短編集 - 短編
第六話:パラダイスの食糧事情
ランターンの海溝

 この宿場町の周辺の名物、ランターン料理。ランターンやチョンチーの内臓はどれも栄養価が高く滋養になり、食感も味もまるで違うために、様々な味が楽しめると評判である。
 そのランターンの採取には、水タイプのポケモンの中でも一部しか行う事が出来ず、そのためランターンの漁師は非常に賃金に恵まれた仕事であるといえる。と、言うのもランターンが存在するダンジョンは、完全に水没しているため、例えば水タイプであってもミジュマルなどといった肺呼吸しか出来ないタイプのポケモンではごく一部を除いて呼吸が続かないのだ。
 そして、メインで出現するポケモンが水タイプ相手には非常に有利に戦えるランターンが相手と言う事もあり、普通の水タイプにはきついのだ。この宿場町におけるランターン漁は、かつてGODと呼ばれた凄腕のヌオーのヌマンナが探検隊の引退後に趣味と実益を兼ねて行っていて、今は弟子であるマリルリのミズタマがその漁を行っている。
 彼女は現在探検隊向けの依頼掲示板の業務も合わせてやっており、早朝漁と朝から昼までの受付業務の二足の草鞋生活だ。優秀な彼女にはどちらの仕事も苦ではなく、というか一日実質5時間も働いていないので、結構楽な毎日であるそうだ。

 しかし、宿場町のポケモンを養うくらいであれば彼女一人で持ってこれるランターンの量、十数匹でも十分に足りる(と言っても、魚を好む住人が2日に1回魚を食べられるくらいであるが)のであるが、これからパラダイスに人が増えるとなれば、それだけでは足りなくなる可能性も出てくる。
 期待の新人が現れたのは、そんな時である。


「お初にお目にかかります! わたくし、スターミーのプラチナと申します。シュバッ!!」
 目、どこだろう。
「初めまして、スターミーさん。私はピカチュウのアメヒメです……私は種族名ではなく、名前で呼んでくれると嬉しい……かな」
「そうですか! いやぁ、アメヒメさん。噂は耳にしていますよ! 何でも、この荒地に新しく街を作るそうで! 私も、なんと言うかですね……この手で、街を開拓するとか、そういう開拓精神溢れる方の噂を聞いて、こう……胸が熱くなりましてですね! じっとしてられなかったのですよ!!」
 耳と手と胸、どこだろう。
「ともかく、私は力仕事は苦手ですが、幸いサイコキネシスであれば大の得意、腕に自信があります。出来る事があれば何でもおっしゃってくださいな!」
 腕はどこだろう……というかどれだろう。
「ふむ……こんなに、熱意がある人は初めてだね。ティーダ、この人にはどんな仕事をさせようか……エスパータイプ自体初めてだし、色々やれることはありそうだけれど」
 と、私はティーダに話を振る。
「ふむ……やっぱり、アレだな。何度も繰り返す事になるけれど、人を集めるにはまず食料ありきだ。で、俺達もダンジョンから戻ってくる際に、近場なら食料を持って帰ることもあるけれど……うん、俺の他にも魚肉を持ってこれる奴が必要だよな、やっぱり。主に俺が食べる分を増やすためにも。
 俺達、基本的に陸のダンジョンばっかりだから、肉と言っても陸上グループとか怪獣とかばっかりだし……だから、あれだ。スターミーさんは、戦い得意? 近場に漁ができる不思議のダンジョンがあるんだけれど」
 どうやらティーダはスターミーさんにランターン漁をさせたいらしい。あそこのダンジョン、結構強いけれど大丈夫なのかな?
「いやいや、得意かどうかと聞かれれば! ここに来るまでに4つのダンジョンを越えて来ましたとも! この戦闘の腕、ひとたび振るえば敵をサイコキネシスで浮かせて粉砕し、水タイプの攻撃は海を割る威力ですとも!」
 返って来たのは頼もしい答えだ。それで、腕はどこなのか。
「へぇ、凄い自信だね……じゃあ、プラチナさんに頼んじゃおっかな」
 と、ともかく腕とか目とかの位置を気にするよりも先に挨拶だよね。スマイルスマイル。
「やる気もあるようだし、いい人が入ってきてくれたな……よろしくお願いします……と、言いたいところだけれど」
 ティーダが思わせぶりに言いかける。私いい人材が入ってきたと期待が湧き上がるがしかし、ダンジョン探索は危険極まりない仕事。一応命の危険もあるので、はいそうですかと信じるわけにも行かない。
「ちょっとばかしでいいから、実力を見せてくれないか? 無様な戦い方をするようなら、ダンジョン仕事は紹介しないぞ! 使う技はお互い水タイプだけ。お互いむやみに傷つけるのは無しにして、ちょっとばかし戦いを見せてくれ」
「実力勝負ですかぁ、望むところです! 足が疼いて武者震いします!!」
 足と腕ってどこだろう……っていうかどれだろう?
「スターミーさんから攻めて来い。それまで俺は動かないからな」
「先攻を譲っていただけるとはありがたい。では、行きますよ! シュバッ!!」
 速い! それが第一印象である。いきなりスターミーの中心にあるコアの部分から熱水が飛び出し、その素早さにティーダも面食らう。ティーダはアクアジェットで全身を水で纏うことで熱を緩和、反撃するべく体当たりをかますもひらりとかわされる。
 まだ体があさっての方向を向いているうちから、ティーダはスターミーの方向へ顔を向け、決して視線を離さない。再び飛んできたのはハイドロポンプで、アクアジェットの終了間際を狙われたエグいタイミングだが、ティーダが着地した瞬間に止まらずにいたおかげで辛くも避けるが、一瞬でもスターミーから目を離していれば、タイミングを合わせられて当たっていたはず。しかも、威力はやはりミジュマルとは比べ物にならず、未進化故に素早さでかき回す戦法しか取れないティーダにとっては長所である素早さにほとんど優位が無いので、非常に戦いづらい。
 ティーダはシェルブレードを発動してホタチを投げつけ攻撃。
 スターミーは冷静に見切って避けるが、そこに迫るはティーダの拳。拳に纏わせた水の力を込めて、滝登りのアッパーカット。一撃貰ったスターミーが一瞬よろけるも、すぐに体勢を立て直して高速スピンで牽制し、ティーダの追撃を避ける。使う技はお互い水タイプだけって言ったのに……まぁ、いいか。
 更なる追撃を加えようとしたティーダは、一度離れて飛んでいったホタチを回収すべく背を向ける。敵が向き直って攻撃する前にホタチを回収した二人は再び正対する――が。
「やめようか……」
 ティーダはため息をつく。
「あんたは強い。けれど、どちらかが倒れるまで続けたら、手加減できなくってお互い大怪我しそうだ」
「はっはっは。私は怪我しても自己再生がありますゆえ、ご心配なく」
「ふふ、頼もしいじゃないか。仕事に就いたら貝類を多めに頼むぜ? ダンジョン漁職人がミズタマしかいないせいでいつもお魚が売り切れているんだ……お前なら安心して大量に任せられるだろうから、毎日の食卓に魚や貝を頼むぜ」
 ティーダ嬉しそう……あぁ、そういえばティーダはミジュマルだからか貝類好きだったな。よく売り切れるから、供給が増えるのが嬉しいのかな?
「お安い御用で! このスターミー、パラダイス発展のために粉骨砕身で尽くしますとも!」
 骨……あるのかな? しかし、本当にやる気のある人だこと。嬉しいなぁ。私達は早速彼をマリルリに紹介し、水中のダンジョンを職場とさせた。

 ◇

 そういう経緯で紹介されたらしいスターミーさん、元気な人だなぁ。ヌオーさんも、中々才能がありそうだと語っていますが、私は脳筋なので、一目見ただけでは筋肉以外の鍛えられ方はよく分かりません。ヌオーさんいわく、目の輝きが違うそうですが、どこですかそれ?
「いやはや、まさかアメヒメさんからダンジョン漁を紹介してもらえるとは。しかもランターンが取れるとは驚きで目を丸くする気分です!」
 いやだから目はどこでしょう……か? まぁ、やる気があるのはいいことで、アメヒメさんやティーダさんから戦闘能力はお墨付きを貰った事も合わせて、私にもヌオーさんにも第一印象は良好のようです。
「そうなんですよね。ここら辺の水は全部淡水なのに、なぜかダンジョンは海水になっているので、海のお魚が取れるんですよ」
「淡水が好きなワシにはちょっと辛いだぬ。そういう点でも、スターミーさんにはお勧めの職場だぬ」
 とヌオーさんがぼやく。確かに、ヌオーさんは肌からお水を吸収してしまいますからね。その分、スターミーさんは海のポケモンなので大丈夫そうです。
「いやぁ、しかしランターンですか……水タイプにとっては天敵。GODと呼ばれたヌオーさんは地面タイプも兼ねているのでともかくですが、マリルリさんも強いのですねぇ!」
 それにしても、目の前の人は物凄く饒舌だ。ティーダさんと比べるとお調子者ではないようですが。
「私は、水タイプの相手には主に力任せで何とかしていますので……まぁ、ヌオーさんみたくタイプ一致で地面タイプの技を放てるわけではないですし、電気が弱点なのでランターンは苦手ですが。ともかく、スターミーさんも頑張りましょうね! あと、死なないで下さい! 割とマジで……結構死者も少なくない漁場なんで」
「えぇ、このスターミー、真ん中のコアさえ砕けなければ不死身とすら言われておりますゆえ問題ありません! パラダイスの人口が増えたとしても、養えるように頑張りましょう。食糧事情は私たちの手にかかっているのです!」
 手、どこでしょう……。
「私達の手にかかっているというのは流石にそれは大げさですよぉ……でも、その意気ですね。ヌオーさんがダンジョニストを引退してからと言うもの漁獲量も減っておりますし、仲間が増えて、嬉しいです」
「こちらこそ! ダンジョン漁を任せられるとは、光栄で足が浮いてしまう気分です!」
 その地に着いているのが足でよろしいのでしょうか?
「それでは、準備は大丈夫ですね? これからいくダンジョンは全て水中、倒れてしまえば普通の探検隊からの救助は望めません。短いダンジョンなので入ってから脱出まで一時間もかかりませんが、マジで気をつけてください! 冗談抜きで死にますから」
「了解です、シュバッ! 私の実力が口だけじゃないこと、証明しますよ!」
 口……どこでしょう。
「ところで、マリルリさんは肺呼吸のポケモンですよね? そんな水中のダンジョンに入っていって、呼吸は続くのでしょうか?」
「あ、えぇ……それでしたら、私は泡を水中に持っていく事が出来るので、その泡を利用すれば行って帰ってくるまでの空気は確保できるんです。一応、何があってもいいように、穴抜けの珠は持っていってますが……」
「なーるほどぉ。それならば問題なさそうです。いやはや、マリルリというのは面白い力を持っておられるのですねぇ!」
「その能力で、人命救助もたまにやっているだぬ。実力は折り紙つきだから、胸を借りるつもりで頑張ってこいだぬ」
 いや、確かにスターミーさんに胸はないですけれど。借りないで下さいよ? 一応子供が生まれたらおっぱいあげなきゃいけないのですから。
「えーと、まぁ……ダンジョンはこちらです。少し歩くと、井戸のように小さな底なしの泉がありますので、そこから入れますよ。エラ呼吸できない人とかがその泉からダンジョンへ落ちると、ほぼ問答無用で溺死なんですよね。
 救助するにも助けを呼べる人もいませんし……なので、ゴーストタイプも結構多いんですよこれが……ブルンゲルがねぇ。私は大丈夫ですがスターミーさんは……エスパータイプですが大丈夫ですか?」
「はっはっは。苦手なタイプからは逃げればいいんです!」
「大丈夫そうですね。では、ここですよ!」
 そう言って足元を指し示すと、流石に緊張してきたのかスターミーさんも静かになる。
「健闘を祈るだぬ」
「はい、行ってまいります!」
「シュバッ!」
 と、私達は勇ましくダンジョンとなっている泉に飛び込みます。私は大量の気泡を引きつれ、スターミーさんは体一つで。


 最初は、結構不安でしたけれど、一緒にダンジョンに潜ってみれば、スターミーさんは強いこと強いこと。
「私の特性はアナライズなものでしてね。じっくり敵の攻撃を見切って、腰をすえて攻撃させてもらいますよー!!」
 腰、どこでしょう。なんて疑問は何のその。スターミーさんは後部の星を回転させることで発生する推進力から繰り出されるその素早い動きで敵を翻弄し、バスラオのアクアジェットを紙一重で避けたかと思えば、すれ違いざまに捉えたサイコキネシスで胸ビレを千切りにかかる。
 当然、それで千切れるほどやわではないのだが、その痛みによってまともに胸ビレが動かなくなったところを、彼は10万ボルトで冷静に焼き払う。なるほど、どこに口があるのかはわからないけれど、口だけではないわけですね。
 私も、アクアジェットに対抗して妖精ヘッドロックで締め落としてきたけれど、私に負けていないですね。
 ランターンを相手にする際も、電流相手にしっかりと守るを繰り出し、その間に私がタコ殴りをして怯ませ、さらにそこにサイコショックを叩き込むといった連係プレイで、2匹を相手にしても1人で1匹を相手にするよりぐっと楽な気分です。
 素早さの彼と力の私、なんだかいいコンビになれそうです。

 結果的に、念力で連れ帰った海ポケたちの収穫数は、いつもの倍ほどまでに膨れ上がってしまいました。
 これじゃちょっと値崩れしちゃうかもしれない……ですが、毎日売り切れる量てしまう現状ですし、漁獲量が増えたらパラダイスの人口が増えても安心そうですね。
「いやぁ、大量ですねぇ。運ぶときに腰を痛めないように注意しましょう!」
 いやだから、腰はどこでしょう?
「はい、でも私、こんな体型なので足腰を痛める心配はないのですよね。ですからご安心くださいな!」
「そうですか、でしたら安心ですね! 共に額に汗して働く間柄になるでしょうし、互いの健康には気遣ってまいりましょう! では、手と手を合わせてハイタッチと参りましょう!」
 そう言ってスターミーは手を構える。
 額ってどこだろう……? というか、手ってどれでしょう……あぁ、今構えているアレか、アレなのですか?。
「えぇ、頑張りましょうね!」
 スターミーに差し出された五芒星の一角に向かって私は手を差し出して、ぱちんと小気味良い音を鳴らす。
「さぁ、大収穫に胸を張って帰りましょうか!」
 胸、どこでしょうか……?


 この出会いからしばらく後に、パラダイスの中でもダンジョンが見つかり、近場でダンジョン漁が出来るようになったために、さらに魚採りが楽になりました。しかもそのダンジョンでは砂金が取れるので、お宝のサルベージで小遣い稼ぎをするにはにはもってこいなんです。これからは、街の食卓が海産物で潤うこととなるでしょうね。

お肉を食べたい人たちへ

 本日は、地面タイプや岩タイプが多いダンジョンへと依頼へ出かける。そんなわけで、電気タイプには少々危険……ということもあり、本日は珍しくアメヒメは別行動であり、俺とビリジオンがダンジョンへと旅立っている。
 依頼に際して、ビリジオンは体にがっちりとハーネスを取り付け、そりを引いて回るもので、敵さえ出てこなければともかく、敵が出てきた時は非常に邪魔そうな代物だ。
 まぁ、そこらへんはきちんと職人さんと相談して作っているおかげか、首周りの金具は蔦草一本を伸ばすだけで簡単に取り外せるような連結方法になっており、ひとたび荷物から開放されれば、彼女は悪鬼羅刹も裸足で逃げ回るくらいには強いので、ほとんど何もするまでもなく終わってしまうこともしばしば。
 もちろん、こちらがビリジオンを気遣って何もさせる前に終わらせることはあるが、基本的に初速以外は足もあちらが速いし、力もあっちの方が強いし。一対一ならばともかく、雑魚を多数相手にする場合はその処理数でビリジオンに勝てる気が一切しない。
 そんな恐ろしいまでの実力を持ったパートナー(正直アメヒメよりも頼りになる)を引き連れ、医者から依頼された薬草やらポケモンの体の一部やらを採取した俺達は、そろそろダンジョンも終盤と言うところに来て、別の仕事を行うこととなる。
 持って来たソリは、依頼された品物を運ぶには大きすぎる代物である。どうしてそんなものを持ってきたかといえば、最近はパラダイスに人も増えてきた事が関係している。パラダイスの近くにある宿場町は行商人が街から街へ穀物などを運んでいく中継点なので、これ幸いと荷物を軽くしていく者達も多い。
 宿場町に訪れる行商人の間でお馴染みの歌にも『街に着いたら早速商売開始だ さぁ荷物を軽くするぞ』という一説があることからもそれが伺える。
 そんなわけで、この町の食糧事情はそこまで深刻に困るものでも無いのだが、行商人が扱う食料品はやはり穀物や果実が多めで、肉は燻製や塩漬けにしたものが多い。それでも虫が湧いたりする寸前だから笑えない。わざわざ逐一冷凍して、新鮮なままに持ってくる猛者もいないことはないのだが、小数である。
 と、なれば当然生の肉や魚は自分たちで何とかするしかない。その結果が、近所のダンジョンに出かける際にビリジオンが引いて回るソリである。ビリジオンはなんというか、アレだけ体が大きい分無理難題も頼まれやすいようである。いやまぁ、頼んだのは自分なんだけれど。
 パラダイスには、草食のポケモンに比べれば数は少ないものの、当然肉食のポケモンも何人か移り住んできている。それらに農作業をやらせてもまぁ……自分がほとんど食べないためか意欲が薄く、別の仕事をやりたいと言われたりなど、食料に関して不満を持つポケモンは少なからずいるというわけだ、
 そういうポケモンのために、『俺達ダンジョニストは食料を取って来い!』というのが、俺の判断であった。自分で言ったことだから、自分でやっているんだ、うん。だが、肉食のポケモンが穀物を育ててもやる気が無いように、どこからどう見ても草食であるビリジオンもまた、肉を持ち帰る事にあまり乗り気ではない……などということはなく、彼女は嬉々としてヤドをはずされたイワパレス、ギガイアス、アーケオスなどの重量級のポケモンも含めて苦もなさそうに運んでいる。細い体だけれど、アレで結構力は強いんだよな、ビリジオン。
 いや、むしろ俺にそりを引くように頼まれた時から嬉しそうだった様な気がするな。そりを引くのが好きだなんて、元希族だというのに変わった奴だ。

「なんか嬉しそうだな、ビリジオン?」
「うふふ、ちょっと昔を思い出してね」
 彼女は笑顔で語る。例の貧乏希族自体の話のときは、彼女は決まって楽しそうだ。
「私はほら、昔は貧乏希族だったから、よく農作業していたのは前も話したとおりじゃない? でもほら、そこは私たちのパラダイスと同じで、肉食のポケモンもいるわけで、その子たちのためにこうしてダンジョンへ向かうこともあったのよ」
「へー……本当に色々やっていたんだな、お前って。ここの領主は関所を超えるのに結構な税金を搾り取るとかいうけれど、お前さんみたいに倹約できる領主だったらよかったのにな……いや、領主一人がどうこうしたくらいじゃそんなに変わらんか。領に10万人住んでりゃ、1人1ポケでも10万ポケだし……」
「あー、でもその気になれば10万ポケくらい1日で使い切れるそうよ? 使い切るっていうのはつまり、家とか宝石とか、腹の贅肉以外に後に残らないものに使うってことね。その気になれば1人当たり1日100ポケもあれば暮らせるけれど、使おうと思えばいくらでも使えるわ」
「俺は30ポケあれば生きていけるけれど……想像がつかないな。普段のお前さんの1000倍の暮らし。しかも、その上豪華な宝石やら山車やらを作ったら、その10万も軽く吹き飛ぶわけだろう?」
「そう。とはいえ、商売を円滑に進めるために道の整備をしたりとか、街の治安を守るため、そして兵の錬度を高めるために警備隊を配属するとか、一応公共のために使うべきお金を適切に使っていれば、たまにはそれくらいの贅沢をしてもいいんじゃないかしら。たまに、なら」
「それがたまにじゃない奴もいるんだね」
 ティーダはビリジオンの口ぶりからそれを察して苦笑する。
「えぇ。ちなみに、私達はたまにの贅沢で半年に2回1日2000ポケくらいのささやかなパーティーを、たった一人の従者や家族と共に楽しんだりするの。一人当たり400ポケくらいかしら」
「つつましい……」
 ティーダが脱力気味につぶやいた言葉に、ビリジオンはうんと頷いた。
「うん、しかもそのパーティーに並ぶような食事も、私達がダンジョンへ潜ったりして節約しているからこそできるものだったから。男爵なんて低い身分のところに来てくれた伯爵様の四男坊も、これには驚いちゃってさ。『足腰と実戦での鍛錬のためだ!』なんて説明でも強引に押し切る事が出来ずに『これが僕と同じ希族なのか……嘆かわしい』なんて嘆いちゃって。でも、あの子素直だから……いや、素直になるまで教育したから、すぐに慣れてくれたわ。
 私達希族はほら、他国との戦争ともなれば駆りだされる身分でしょう? 『領民のことよりもまず自分の身を守る手段を……』なんてお坊ちゃまに言われたけれど、私は毅然と反論したの。『領民も徴兵するのに、その領民を蔑ろにするとは何事か!!』って。
 そして、それでも反論する四男坊に、私は強制的に従わせたものよ。実力行使で」
「うわぁ、怖い怖い」
 ビリジオンって、結構乱暴なところがあるよなぁ。
「私はね、相手が水タイプなのを気遣って弱点の技も使わず、格闘技だけでねじ伏せたのよ? 怖いなんて言うけれど、私は優しく切り倒したから怖くないわ」
「余計怖いわ!」
 と、俺が突っ込んでも、ビリジオンはけらけらと笑うばかり、食えない女だ。……草が弱点じゃないってことは、エンペルトじゃないというわけか。ダイケンキの他に、剣の扱いが得意で水タイプで角があるポケモン……ケルディオと……まさか亜空切断を剣と言い張るわけじゃないだろうし、パルキアはないよなぁ、角ないし、希族どころか神だし。
「贅沢もせず、毎日働き通し。農民以上に過密な生活に、最初こそ『もう嫌だ』って泣き言ばっかりだったけれど……でも、性根は腐っていなかったのでしょうね。女であり、戦争が起こっても戦う義務のない私のほうがよっぽど強いという事実を認め、今の私のようにこうやってダンジョンで実戦訓練をするようになったの」
「でも、実戦と鍛錬って違うし、ダンジョンでの実戦もまた戦争とは違うよなぁ……」
「そうかしら? でもまぁ、それで私のほうが強かったわけだし、夫婦間の上下関係ではその事実だけが大事なのよ。私は、誰かのために戦い続けていたら強くなった……それって素敵なことじゃない? 私だってそりゃ、ダンジョンなんて怖くって疲れるし、嫌だった。けれど領民に感謝されるのも悪くないって思い始めるようになったのよ、いつしかね」
「人のために頑張る……そうやって手に入れた力か……優しい目的のための力って言うのは、格好いいよな」
「あら、そこは美しいって言ってくれなきゃ。そっちの方が、女性に喜ばれるわ、きっと」
「お前を見た目そのままに女性として扱うのは、逆に失礼な気がするんだ。強い女だから、男と同じく経緯をはらわなきゃ」
「あ、言ったわね。私は男じゃないわよ」
「いて!!」
 笑顔で言いながら、ビリジオンは地面から伸ばした蔦草を伸ばしてティーダの尻をはたく。
「レディーをレディーとして扱えない紳士さんは、お仕置きよぉ?」
「ちぇー……やっぱり凶暴じゃないか」
「うふふふ」
 不平をもらそうとも、ビリジオンは不適に笑うのみ。こういうところで悪びれないあたり、人との付き合い方、距離感をわきまえているところもあるようだけれど……何がどうして、出会ったときのように、あんなに冷たい態度をとるようになったのやら、訳が分からない。

「それでさ、婚約者は、婿養子になってうちに来る際、立派なお召し物を着ていたんだけれど……私の服よりもずっと立派な服だったわ」
「どんな?」
「美しく鮮やかなワインカラー染め上げられた服よ。よく似合ってた……対して、私は真っ白な無地の服……に泥汚れと赤と緑の血の染みを無数にチョイスしたもの」
 それがむしろ誇りであるかのようにビリジオンは語る。
「あちゃー……泥汚れって、そりゃ酷い。初見のときは驚きじゃすまなかったんじゃないの?」
「もちろん、発狂しかねない勢いでその装いを注意されたわ。『希族として相応しくない!』って」
 昔を懐かしみながら語るビリジオンにとっては、それもまたいい思い出のようで。顔が、どこまでもほころんでいる。
「でも、私は言い返した。『これが私なりの希望の証だ』ってね。『草も、木の実も、野菜も、穀物も……土が育ててくれるんだ。その土無しに作物を育てられるというのなら、作物無しに人が希望を抱けるというのなら、やってみろ!! そしてこの血はダンジョンで返り血と自らの血を浴びながらも、人のために頑張った証拠だ!!』って啖呵を切って。
 もちろん、私もきちんとした服は持っているのよ? お金があんまりないから一着だけだけれど、それだけで十分なの」
「それでも、普段着が汚れているとなると、許せない奴には許せないだろうなぁ……」
「それも含めて、例の勝負よ。間違っているのはどちらかを、実力で証明した……希族は戦うのが仕事だもの、喧嘩で勝てなきゃ、意見を言う権利はない。贅沢しているお坊ちゃまよりも、農民以上に働くつもりで日々を過ごす方が強いんだって。わからせてやった。
 文句は言わせなかったから、その代わりに婚約者にも汚れてもいいような服を用意したわ。服を着ることは人間のようになるという事。人間という希望を与えられる存在に近しくなること。希族であるという……そして、希望を与える者であるという誇りだけは失っちゃいけないからね」
 自慢げに語るビリジオンの言葉を聞いて、ティーダは満足げに頷いた。
「立派だな、お前」
 ティーダの言葉に、ビリジオンは首を横に振る。
「立派だという言葉は否定しないけれど……今は立派じゃない。『だった』って付けて。だから、今の私は服を着ていないの。誰かに希望を与える事なんて出来ないから」
 寂しげな表情を見せながら、ビリジオンは僅かに俯く。
「人生、色々あるさ。躓いたっていいだろ。またまっさらで綺麗な服よりも、転んでから立ち上がる事が誇りだよ。いつかまた、服を着て堂々と歩けるようになるといいな」
 ティーダはどう励ましていいかもわからず、適当に当たり障りの無い言葉でお茶を濁す。ビリジオンは何も答えなかった。このまま喋らないでいるのもばつが悪いので、ティーダは何でもいいから間を持たせようと、新しい話題を考える。

「ところでさ、ビリジオン。希族ってのは服を着るそうだけれど、それってあの縦糸のゼクロムとか、横糸のレシラム、縫い糸のキュレムとかと関係があるんだよな? でも、どうして理想とか真実とかが糸に例えられるようになったんだ?」
「あぁ、それはね……この世界の成り立ちに関わっているのよ」
「と、いうと?」
「ここら辺で信じられている神にして、この大陸を創りし者達、ゼクロム、レシラム、キュレムだけれど、この世界を作ったのはどんな神だか知っている?」
「いやぁ……ここら辺じゃその三柱のドラゴンへの信仰が盛んだから。それ以外は特に知る必要が無いってアメヒメに言われて……聖書もこの三柱に関するところしか観ていないんだわ」
「それじゃあ仕方ないわね」
 と、ビリジオンが笑う。
「この世界を作ったのはね。ディアルガとパルキアを従え……この世界を創造した神、アカギ様。服が希望の象徴とされているのは、アカギ様が人間だからなのよ」
 アカギ……聴いたことあるような気がするが、どこで聞いたんだっけか?
「あぁ、そういえば聖書でもそんな事を言っていたような……でも、詳しくは読んでいないからなぁ……」
「アカギ様は、邪神シロナや反骨する神ギラティナの妨害を受けながらも、二柱の神に世界を創りださせ、そしてその世界がギラティナに壊される前に世界を封印なされたの」
 あぁ、思い出した。アカギってシンオウ地方の銀河団とかいうテロリスト集団の頭領じゃないか。というか、アメヒメは創世神話については読ませないで、この大陸を作った神の事ばっかり朗読させたが……特にゼクロムの縦糸様に関しては熱心だったな。しかし、そんな創世神話があったとは。なんか間違って伝説が伝わっているっぽいが。あぁ、場所が変われば人の行動って評価されるものなんだな、うん。
「で、アカギ様は人間であるが故に服を纏っていたの。この世界に暮らすものにとって、人間というのは希望の象徴であり、また人間を象徴するのが肌を覆う『布』なの。故に、服は希望の象徴なのよ。
 人間はポケモンよりも弱く、だからこそ道具で、仲間との結束で、その弱さをカバーする。そして仲間との連携というのは、丁度横糸と縦糸と縫い糸が合わさって形作られる服のようなもの。アカギ様も、多くの部下と優秀な幹部たち無しにはこの世界を作るという偉業を成し遂げられなかったでしょうね。
 その部下達の一人一人が、縦糸であり横糸であったのよ」
 実際は……アカギって奴はその集団はほぼテロリストなんだけれどな……。まぁ、知らない方がいい事もあるし、言わないでおこう。
「そこから『服を着ること』は人間に近付くこと、希望そのものの存在となる事を意味しているの。衣服を含めた様々な道具というのも、決して人間1人の努力だけで開発出来るものではない英知の結晶。私たちも、そういった人間に近付こうという意識の表れが、服なの。
 私も、誰かの希望でありたかったから、希族時代は毎日服を纏っていたものよ。そうすることで、気が引き締まったから。
 原初の神であるアルセウスは創造神のアカギ様に命令し、ディアルガとパルキアにこの世界を作らせ、他の神たちにはホウオウに命、グラードンに太陽、カイオーガに海、ルギアに月、そしてレシラム、ゼクロム、キュレムに希望を作らせた。そして、それらの神はそれぞれ大陸や国を作り、そこを治めたの。希望という概念を三柱の神に作らせるということは……希望というものは、それほどまでに作るのが大変なのね。
 だから……希望は簡単には生み出せないって。私はそれを覚悟していたつもりなんだけれどね……今となっては、私は着る服も失ってしまった。昔は、こうやって、領民のためにダンジョン猟をしていたんだけれどね。貧乏希族なりに、戦争よりも良い方法で領を豊かにするつもりだったのに、失敗しちゃったの」
 ビリジオンの態度を見る限りじゃ、間違って伝説が伝わっているとはいえ……悪い伝説ではない。特にビリジオンのように、服を着ることで自身の立場を理解し、気を引き締めるようなタイプには、そんな伝説あってよかったと思う。

「ねぇ、ティーダ? 私って、服は似合うかしらね?」
「……デザインを見ない限りは見た目の面ではどうともいえないけれど、希望そのものになりたいって言う立派な心構えがあるのなら、ぜひとも着ておくべきじゃないのかな? お前なら似合うと思うよ。今のお前ならね」
 逆に、ヌオーさんは領主の権利を金で買った貴族だけれど、常にぬめっているから着ないそうだ。まぁ、貴族はともかく希族にはぬめっている奴なんていないと思うから大丈夫だと思うけれど。
「そう言っていただけると嬉しいけれど……ダメね、私は。昔の事を引きずってばかり。新しい恋でも探そうかしら?」
「今探しても見つからないぞ、多分。今のお前は、自分の評価が低すぎる」
「あら、お厳しい。どうしたら成功するのかしら?」
「パラダイスで頑張る事を、自分の領でがんばることと同じくらい意義のあることだと思えるようになった時。恋人は誰でもいいのだと気付けた時だ。選り好みをしていたら見つからないし……話を聞く限りじゃ、お前の婚約者さん、最初はいけ好かないお坊ちゃんなんだろ?」
「いけ好かないわけじゃなかったけれど、まぁ、間違ってはいないわ」
「じゃあ、適当な男を見つけて、その上でお前が好みの男になれるように教育するのが最善の方法だよ。あぁ、誰でもいいって言っても、ろくでなしには引っかかるなよ? 俺とか、ろくでなしだから気をつけろよ? 俺は、基本的に女はヤリ捨て、つまり特定の女を持つのは嫌いな主義だから」
 実際……女は面倒だから、一日限りが理想だと思っていたからなぁ……人間のころは。
「ティーダがろくでなしなら、私も……きっとろくでなしよ。きっとね」
「おっと、それはつまり俺とビリジオンはお似合いってわけかい? やめとけよ、俺は女なんてとっかえひっかえにした方が気軽でいいなんて思っているようなろくでなしだからさ。浮気がオッケーなら、恋人になってもいいけれどさ……お前にはきっと別のお似合いって物があるさ」
「ふーっ……それは残念」
 ただ、その一言だけ発して、ビリジオンは笑顔を取り繕う。少しばかり罪悪感が沸いたけれど、俺だって……色々悩んではいるんだからな。このまま、本当にアメヒメと仲良くなってもいい物なのか、とか。
 パラダイスへ届ける肉を運ぶビリジオンの後姿が、少し寂しげであった。

氷室のアイスホッケー

 魚と肉、二つの動物性たんぱく質を確保したことで、取り合えずパラダイスの食糧事情における懸念が少しだけ減った。
 パラダイスで働いている肉食のポケモン達、例えばちょっと事情があって当てのない旅に出ていたムーランドの夫婦とか、行商人をやっていたが、そろそろ体力がきつくなって定住する場所を探していたゴチルゼルとか。そういう存在が宿場町の食料需要を増やし元いた住民が食べる分を奪ってしまっているという事に、少なからず負い目があった。だが、ティーダが人を雇ったおかげで、それも気にする必要がなくなったというわけだ。
 それに連動して、出てきた問題があって、それは食料の貯蔵についてだ。穀物は土に生めて保存したり、袋につめて常温で保温したりと言うこともできるが、肉や葉物の野菜はそうも行かない。草食のポケモンにとって、野菜というのは生命線。
 ビリジオンは干草があれば生きていくことは出来るとはいうものの、他のものを食べないとやっぱり蹄が弱まってしまい、これは蹄鉄をつけなきゃならないかもしれない、それならアイアンクローも出来るようになるかしらと冗談めかして言っている。
 そんな事をしなくっても、ビリジオンはダンジョンの中で気ままに草を食べて(しかも土ごと)栄養を取っているので問題ないと思われるのだが、ダンジョンに赴かない者は与えられた草を食べるだけでは栄養不足が心配だ。胴でもいい事だけれど、土ごと食べるビリジオンの食事風景には、ノコッチが微妙にショックを受けていたな、あれ。

 ともかく、野菜だろうと肉だろうと、やはり冬に備えて貯蔵しておかなければならないということで、パラダイスには氷タイプのポケモンがほしい。攻撃力は手数などとかね合わせて総合的に決められるもの。単純な威力だけならば大きい奴ほど吹雪などの威力も上がるので、たとえ攻撃力が弱かろうとも大型の氷タイプが欲しい……という事になった。
「あぁ、氷タイプな。それなら知っているぞ? 昔、街の方で氷室の管理員をしていた、ポーラーって名前のツンベアーがいたんだが……どうにも変な女に手を出して美人局被害にあったとかで、今別の街に逃げている奴らしい。何でも、雨の日に川に飛び込んで逃げたそうで……すいすいの特性なんだとさ。今そいつは南にいる。南の暖かい地方には探しに来ないだろうと踏んだらしいけれど、逆に目立ってしまっていつばれるか気が気でないとか。
 しかも暑くって氷室の外に出るのがつらいから、目立ちたくないのとコンボが決まって、今は氷室を作って半ば引きこもり状態なんだとか……」
 と、ドテッコツは語る。そんな奴で大丈夫なのかなぁ……と思うと激しく不安だ。というか、今すいすいの特性ということは、クマシュン時代はビビリの特性だったのか? 今でもビビりなのか?
「同じ街にいるならともかく、逃げ回った挙句にそんなに遠くまで行ってしまったやつを追いかけるほどチンピラも暇じゃないと思うんだがなぁ。体はでかいくせに肝っ玉は小さい奴だぜ」
 俺は呆れたようにツンベアーをそう評した。
「はは、まさにその通りだね……」
 と、アメヒメは苦笑する。
「まぁ、アレだ。俺達で守ってやろうぜ? それにここら辺なら、夏は暑いけれど、冬はきちんと訪れるしよ。熱帯に暮らすよかずっとましだろ? しかも、南国って常に食料が取れるからそもそも貯蔵の習慣が薄いらしくってな、氷室屋さんは儲けも少しずつ落ちてきて引っ越したいって嘆いているそうなんだわ。さらに不幸なことに、なんでも最近はオーダイルが同じ商売を始めたらしく、しかも氷の訪問販売をしているそうで……引きこもりよりも売り上げが高いとか。
 まーったくよう、仕事ってのは腕で稼ぐのも大事だが、足で稼ぐのも大事だって言うのによぉ。そこんとこ分かっていない当たり、商売人としちゃ三流だな」
 と、祖鉄骨は笑う。
「そのツンベアーの人は、暑いせいで訪問販売できないわけね」
 呆れた口調でアメヒメが言った。いやぁ、なんというか空回りな人だなぁ……
「そういうこと。まったく、だらしねぇなぁ! ドゥワッハッハッハ!!」
 乾いた笑いしか出ない。まぁ、ドテッコツが楽しそうだし、それでいいか……。

 そんなわけで、俺とアメヒメでそのツンベアーのポーラーを迎えに来たのだが。
「はー……外出るのが辛いわしんどいは暑いわで、おまけにいつ奴らが来るかと思うと夜も眠れませんわ。そのおかげで寝不足で、今から旅に出るのはちょっと……」
 ツンベアーは中々氷室の内部から出ようとしない。まったく世話の焼ける奴である。
「いやね、だからこんな南国まで来るような暇な奴らなら、美人局なんてせずにもっと真面目に働くから。あなたは雪国から引っ越してきたんでしょう? どこの誰がこんなところまで請求に来るって言うんですか?」
 アメヒメが正論でツンベアーを諭す。あぁうん、こういう連中に正論って中々通じないものなんだよなぁ。
「そうなんですよー。これがもう、氷屋さんは儲かるのですが、暑過ぎて生きるのも大変で、しかも別の人が氷屋さんに目をつけて商売を奪われましてもう、商売上がったりですわ」
「だから、私たちのパラダイスに引っ越しましょうって言っているんですってば。道中も美人局からも、私達が守ってあげますから、ね?」
 アメヒメは引き下がらず説得する。
「うぐぐぐ……でも、歩きたくないです。行きは川を下ってきましたが、今度は逆流! 疲れます!! 夜に、馬車か龍の高速便で行きたいです!! せめて雨の日なら……すいすいがですね」
「分かった、血の雨を降らそうか?」
 アメヒメがイライラしてきたのであろうか、ドスの聞いた声で尋ねる。
「ひ、ひぃぃ……」
 たまらずツンベアーが悲鳴を上げた。
「引っ越したがっているって聞いたから、私達は来たんだけれどなー……確かに、金はあるわよ。龍の高速便を借りるお金くらいは。でも、最初から歩かない気でいるような奴に、乗らせる便はないわ」
「まぁ、そこまで厳しい事を言うつもりはないけれどさ。俺達のパラダイスは、まだ拓いたばかりでお金が無いんだわ。だから、自給自足して、外に何か品物を売ることで資金を溜めなきゃいけないの。
 そのために俺達代表が率先して依頼を受けたり、仕事をしたがっている人を呼んだり、指導を出来る職人を連れてきたりとか色々しているわけ。だからな、宿場町まで歩く程度で音をあげているようじゃ、俺達の仲間には不適格だぜ? あんたがパラダイスに入りたがっているって手紙を受け取ったからこんなところまで迎えに来たのに、無駄足だなんてそりゃないぜ?」
 実際、俺達二人は苦労している。住民達のために家を建てなければならないので、そのための資材はオノノクスのきこり達から苦労して仕入れている。流石にリア1人ではどうしようもないので、新たにパラダイスの仲間となったゼブライカやらイワパレスやらと、長い距離をそりで運び、川でいかだを組んで下り、パラダイスまで運んできたりとか。
 近所のダンジョンで取れる水色の石、ターコイズを加工するために、ギギギアルを動力とした回転ヤスリや石切用ののこぎりを導入したり。元職人であったズルッグも納得する資材を揃えるのは結構な額がかかったし。
 そのための資金はヌオーがかなりの低金利で貸してくれたが、返済に使ったお金にはビリジオンのリアやスターミーのプラチナなどのダンジョニストが持ってくる獲物とか、俺達探検隊チームの依頼受注で得たお金。そして、すでに店を持ち始めて収入を得ているパラダイスのみんなから税金として徴収されたお金など、血と汗の結晶のようなお金ばかりだ。
 秋の収穫期を終えれば、農業に従事する者たちからもお金を徴収する事になるだろう。その苦労は計り知れない。そのお金を、ただ楽したいからと言う理由で龍の高速便に使ってはいられない。

「そういうこと。で、どうするの? 歩きで体調が悪くなるくらいに足腰が弱いのならば仕方が無いけれど……まぁ、夜に出発したいと言う希望は、構わないわ。体調管理ばっかりは気をつけないといけないし」
「うぐぐ……歩きで、お願いします」
「よろしい」
 俺とアメヒメ、2人でまくし立てるように説明すると、ツンベアーは気圧された様子で頷いた。ふぅ、なんというか問題児よりな奴っぽいが大丈夫なのかね?

 道中は、その巨体に見合った遅さと言うか、鈍さと言うか。ダンジョンで『ガキ』((完全に理性を失ったポケモン達の事。逆に理性を持つポケモンを『人』と呼び、理性を失いかけのポケモンは『シュラ』と呼ばれる))となったポケモン達との戦いでは、まるで役に立たない感じだ。援護射撃に凍える風をしてくれるだけでも結構違うと言うのに、それすらしてくれない。これまで本当に戦いとは無縁な人生を歩んできた事が伺える。というか、これでよくまぁ熱帯まで1人で泳いでこれたものだ。
 川を下るコースは、ダンジョンを迂回するコースがあるらしいが、ダンジョンにいかなくっても死にそうなくらい頼りない。図体がでかいくせに情けない。スタミナも無いおかげですぐに休みたがるし……情けない。なんというかもう、俺も愚痴しか言っていないなこれは。
 連れて歩くだけで非常に疲れた旅を追え、ツンベアーはまだ荒地のままの小高い丘に掘った穴を住居兼仕事場として宛がわれる。季節は夏、灼熱の日差しがパラダイスを包んでいるものの、外界から遮断された洞窟となっているその場所は、根気よく冷やせば、ほうっておいても数ヶ月は氷が解けない氷室となるだろう。
 ツンベアーはそこの管理人となるのである。最初はティーダも一緒になって氷タイプの技で中を冷やし、氷付けに。そうすることで、冬よりも寒くなった室内は、肉を保存しても決して腐らないような場所となる。
 そこまで冷やすのに二日ほどかかってしまったが、これからはそんなに頑張らずとも冷やす事が出来るはずだ。
「で、結局お前は引きこもりか……」
「熱帯じゃなくっても暑いものは暑いんですよぉ……」
 反論など何一つないくらいにツンベアーのいう事はごもっともなのだが。これでは宿場町の人たちもわざわざ氷を買いにはくるまい。宿場町にも氷屋さんはいるが、もう年を食っていることもあってか訪問販売や貯蔵依頼は行っておらず、店頭販売のみ。ツンベアーが訪問販売が出来ればまだ何とか差別化も出来てお金を得られると思うのだが……まったく、この怠け者をどうするべきか。
 現在ツンベアーが行っているのは共有財産として貯蔵される食料の保管と固有財産として保存される食料のために氷の販売。それだけでは外からのお金は手に入らない。

「どうするべきかなぁ……」
 数日立っても改善しないツンベアーの態度に頭を抱えたままに、夕方の時間帯でティーダは氷室の中に入る。
「行くぜ、唸れ俺の電光石火!!」
 エモンガのものらしい勇ましい掛け声と共に、氷で作られた円盤が、一面銀板となった台の上で行ったり来たり。
「行け!」
「負けるか!」
 その掛け声と言うのも、エモンガのヒエンと、宿場町で暮らしているツンベアーである。どうやら、氷の板の上を、手に持ったパッドで打ち合いながら、より多くゴールに入れたほうが勝ちというルールらしい。要するにエアホッケーの真似事をしているのだ、こいつらは。ちなみに、ツンベアーはともかくエモンガの体格では手を伸ばして打ち合うなんて事は出来ないために、エモンガは台の上に乗って直接パッドを操って打ち合っている。本当に何をやっているのか……頭が痛い。
「お前ら……何をやっているんだ? 相手のゴールに氷をシューッしてエキセイティンしてるのか?」
 相当夢中だったのか、ティーダが言葉を失っていたとはいえ、気付いていないとは驚きだ。
「おっと、ティーダじゃん。いや、午前の仕事も俺達頑張ったからさ。だから、ちょっと息抜きに涼もうとしたら、ツンベアーの奴がこんなものを作っていたから……」
「そうか……というか、ツンベアー。お前は何を作っているんだ、お前は……?」
 ため息を深くつき、ティーダはツンベアーを睨みつける
「い、いえ……ずっと氷室に篭っているのも退屈なので、何かをやろうと思ったので、どうしたらいいか相談したらエモンガが……こんなのどうかと言ったので。ずっと作っていたんです」
「そうか……まぁ、作ってしまったものは仕方ない。だからそれはいい……壊せとは言わないが……だが、仕事中は辞めてくれ。そんなものをやるよりもだ、訪問販売をやってくれ、宿場町まで出かけて! あと、午後の仕事をサボってこんなものを作るな!」
 あきれ果てた様子でティーダが言うと、流石にエモンガもすまないと思ったのか、しゅんとして小さくなっていた。
「す、すまねぇ……」
「まぁ、エモンガは探検隊としての仕事でかなり儲けているからいいけれど……ツンベアー、お前。もう少し真面目にお金を稼ぐ方法を考えてくれ。何も、俺達の奴隷になってくれと言っているわけじゃないんだ……外が暑くっても我慢して仕事に出てくれないかな?
 朝だけでもいい……スターミーやマリルリさんが腐りやすい海産物を売りに行く時間とか。海産物なら腐りやすいものも多いし、この季節昼までに腐ることだってある。だから、氷をセットで売ってくれるとすごく助かるんだ。それに朝だからあんまり暑くないだろう、な?」
「むむむ……そうだ!」
「なんだ?」
 それでもまだ面倒そうなツンベアーが何かをひらめくも、ティーダは怪訝そうな表情で見上げる。
「この遊びを娯楽として提供すればいいんだ!」
「どうしてそうなった!?」
 と、ツッコミを入れるもティーダは考える。確かに、人間界でもゲームセンターのエアホッケーのように、これと似たような遊びはある。問題は、それを宿場町の連中やら行商人やらがやるのかと言うことだが……だが。
「よく見るとお前凄いな……造詣技術」
 このツンベアー、造詣技術が無駄に素晴らしく、氷室の中では氷を使って自身の全身像を作ったりなど、趣味に走ったときのエネルギーと言うか情熱はすさまじいもののようである。それを仕事に向けてくれればいいのだが……仕方あるまいか。
「そんなに言うなら、やってみろ。そのホッケーで儲けられるならそれに越したことはない」
 やけくそになって、ティーダはそう捨て台詞を吐いた。

 最初こそ、物珍しさで宿場町からたくさんの客が訪れて大盛況と言った感じだが、時が経つに連れ――意外にも宝石商とか、薬の商人とか、行商人の間でじわじわと流行ってきているのだ。今後穀物や果実の収穫が行われるようになれば、それらを扱う商人の間でも流行る事になるのかもしれない。
「いやぁ、これを始めてよかったですねぇ」
「おうよ、毎日のストレス解消にもってこいだ」
 カツーンカツーンと氷のパットを打ち鳴らしドテッコツと遊びに興じながらツンベアーは言う。
「あのさ……ツンベアーは客の相手をするのも仕事だからそれで良いけれど……」
「げ、ティーダ! こ、これはだな……」
 サボっているところを見つけられて、ドテッコツは焦る。
「ドテッコツ。遊ぶのは仕事が終わってからにしてくれ。まだ干草の貯蔵庫出来てないだろ……?」
 人を魅了してしまうこの遊戯の魅力に俺はため息をついた。

草食の皆のために

「そういえば、私はよくダンジョンに潜るから、そこで草を食べれば良いとして、他の人達ってどうするのかしら?」
 と、ビリジオンは尋ねる。
「一応、パラダイスでも野菜は育てているけれど、やはり野菜は割高だから……それを主食に――というのは難しいでしょ? パラダイス話まだまだ荒地だし、雑草を皆で食べていたらすぐに草も枯渇しちゃうでしょうし……。私なんかは、ダンジョンで草を食べているから、何度も同じ場所に行かなければ基本的に次に行くころには草が生えているし、ダンジョン内部であれば入るたびに形も変わるでしょ? その際に新しい草も生え変わっているから問題ないけれど。
 それを栄養たっぷりの土ごと食べるから、婚約者から希族には相応しくないと言われたけれど、私の蹄は非常に堅く頑健で……むしろ希族らしくやっていたら体が弱ると言うのが私の持論で……と、話が逸れたわ」
 と、話が脱線して来たあたりでビリジオンは本来の話に戻す。
「ともかく、牧草を育てる畑の作成、そして干草を貯蔵できる場所と、そのほかの食料を発酵させる施設があったほうがいいわ」
 食料、というのはビリジオンやゼブライカなどの草食のポケモンは、例えば草を与えられた場合俺達が食べられる部分のみならず、とても消化できないような部分まで平気で消化、分解して栄養にしてしまう。例えば、食物繊維と称される糖、セルロースなんかは人間にとっては栄養にもなりゃしないが、あいつらにとっては糖分である。にわかには信じがたいが、そういうことらしい。

「食料を発酵させると、こう……なんと言うか香りが違うのよねぇ。そして、発酵されているものは分解しやすいから、いちいち吐き戻す回数も少なくってもいいのよ。それに、腹持ちもいいから食べる量も少なくって良いのよ」
 吐き戻す……か。流石にビリジオンも人前ではやらないが反芻はノコッチにはあまり見せられない光景だな。結婚して同居したら平気で見せるとかそんなことは……ないと思うから考えないでおこう。
「発酵させた食品か……俺達にとっちゃ、チーズとかヨーグルトみたいなものか? まぁ、俺達にはよく分からんがおいしいのかもな……」
「あー、チーズは美味しいわよね」
 アメヒメがどうでもいい事に反応する。
「おーいしーいわよ。希族時代はよくお世話になったものだわ。婚約者なんて『ニンジンはどうした?』とか、そんな事を聞いてきたけれど、発酵した草は庶民の味方の食料だし、いくら食べても飽きないわ。そればっかり食べていると体が弱くなるけれど、美味しいものは美味しいわ」
「分かった分かった……」
 俺は苦笑する。人間界でそういうものを作った事がないわけではないが、その時に味が美味しいかどうかなんて気にした事もなかった。こっちの世界では人間が食べることのない食材で美味しさ議論などよくあることだが(この前もアメヒメとエモンガがダンゴムシの美味しさで議論していた)、まさかビリジオンからもそれが飛んでくるとは思わなかった。
「まぁ、言ってしまえば私は大丈夫。食料がなくなったらどっか適当なダンジョンに出かけて食べればいい話だし。でも、私が希族をやっていたころは、農民が気軽にどこかに出かけるようなことは許されるものじゃないし……義務として、土地に縛られちゃっているからね。
 ここの人達だって土地への縛りはずっと緩やかかもしれないけれど、だからといって草が少なくなる冬に旅に出て、ダンジョンを迂回しながら草を食べに遠出する……という行為は危険が付きまとうわ。追い剥ぎとかはもちろん、気をつけていてもダンジョンに迷い込んだりとか、危険な毒草を間違って食べてしまったりとか。
 ……いや、実際、私の領にも居たのよね。そういう目に遭ってしまう人が。だからこそ、希族という立場に胡坐をかいていたらいけなかったわけだけれど。食糧をダンジョンから取ってきていたのもそのため」
「ま、発酵させるとか、そのための施設はドテッコツたちに作ってもらうとしてだ……発酵させるのはどうするんだ? 誰に管理を任せようか……」
「ツボツボとか。ウチの領民のお世話を頼んでいた種族がそれだったわ」
 と、ビリジオンは言う。
「ツボツボ……ねぇ。確か、南の地方にいた気がするけれど……」
「そうなのよ……ウチにいたのは南の地方から訪れ、代々仕えてきたって……結婚するのもほぼ身内だから、ツボツボ族はこっちじゃ種族の拡散が起こっていないのよね……だから、ツボツボ族この地域ではほとんど見かけないから雇うのは難しそうね」
「じゃあ、他の候補は?」
「湿気があったほうが良いから湿り気のヌオーとか……でも、GODヌオーと呼ばれたヌマンナさんは貯水だし」

 逆に、湿り気だったらやらせていたのだろうか?
「うん、そうね。ならば、この地方に少なくないヒヤップがいればいいと思う……乾燥した環境は苦手らしいし、食料に水分を持たせて……そうだ、食料を粉砕して発酵しやすくする作業も必要ね」
「砕かれたものを食べたりして歯が弱くならないの?」
 アメヒメが尋ねるも、ビリジオンは笑った
「大丈夫よ、堅ーいトウモロコシの芯とかは、粉砕してもまだまだ噛み続けなきゃならないし……案外、歯が疲れるわよ、あれ」
「へぇ……私は雑食だから、そういう硬いところは食べないし、知らなかったな……」
 と、アメヒメは感心して続ける。
「ともかく、ヒヤップはそこらへんにいくらでもいるし、別に他の水タイプのポケモンだからといって特に不都合も無いよね?」
「まぁ、発酵させるだけなら、水分があれば何でもいいわけだし。ただ、悪いカビが腐敗させないように注意すればいいわ」
 と、俺が答えると、そこにリアがうんうんと頷く。
「すると、穀物を細かく砕くポケモンをどうするかよね?」
「アメヒメ、それは必要ないよ」
 俺がそう制止すると、アメヒメは「え?」と尋ね返す。
「そうね、必要ないわ。風車とか水車でその程度の作業は十分出来るもの」
 ティーダがアメヒメに答える前に、リアが言った。
「アメヒメ、パラダイスを大きくするために焦る気持ちはわかるが、何でも自分でやろうと思わないことはもとより、なんでも人の手でやらせる必要はないぜ? 頼れるものには、頼るべきだ」
「なるほど……確かに」
 まったく、アメヒメはこれだから頼りない。俺やビリジオンが居なかったらきっと……誰かが止めていたかもしれないけれど、そのままポケモンを雇ってその作業をさせていたかもしれない。
「それにしても、相変わらずの雨と太陽ね、貴方たちは。アメヒメちゃんが先走りそうなときは、ティーダが上手くフォローしてさ」
 ほら、茶化された。俺としては、もう少しアメヒメに任せて怠けていたいんだけれどね。こうやって茶化されている限りは、まだ俺があいつに必要っていう認識をされているのだろうなぁ。
「そうなると、ここら辺は水も豊富だし……水車がいいって事なのかな?」
「そうだな。でも、石材とか木材とか……また仕入れなきゃ。忙しい事になりそうだな。歯車を扱うとなると油も必要になるだろうし、大変だぜ。でもまぁ、やる価値はあるし……ドテッコツ組に相談しようぜ。話はそれからだ」
 と言って、ティーダはうんざりという態度をアピールするも、アメヒメは頑張ろうよと言って、あっけらかんとしている。やれやれと言いながらも、パラダイスの皆が付き合ってしまえるあたり、きっとアメヒメがそれだけ魅力的なんだろうなぁ。

塩は生命線

「そういやさ、冷蔵も干草も発酵もいいけれど、やっぱり保存食の王道って言ったら塩じゃね?」
 俺は、塩味の濃い食品が好きである。故に、そう言ったのだが。
「いやぁ……塩漬けは苦手かなぁ」
「腐らないほど塩味が濃いのはちょっとなぁ……冬は冬眠するのも一つの手だし」
「ボ、ボクは冬は冬眠したいです」
「私は、土ごと食べれば塩分の心配はないから……あぁ、そういえば婚約者は塩を舐めないとやっていけないって言っていたわねぇ。あいつは本当に都会っ子って感じだったわ」
 アメヒメ、エモンガ、ノコッチ、ビリジオンの順番でまくし立てるように言われる。
「そっか、俺だけ海のポケモンか……そうか、そうだな。そりゃ味覚が違うのも当たり前か」
「あ、あぁ……そういえば海水は無茶苦茶塩分が濃いんだっけか? ティーダは体が塩分を求めるように出来ているのかもな」
 エモンガがそうフォローをしてくれるものの……ティーダは困った事に気付いた。いや、今まで気付かないようにしていただけで、本当は気付いていた。ポケモンは基本的に汗をかかないのである。
 汗をかかないから塩分の消費も少なく、そうなるとあまり塩分の濃い食品は好まれないのである。座んな亭の料理は実は客に合わせて味の濃さをある程度調節してくれるため気にならなかったが、自炊をすればその塩分の濃度差にいつも苦しめられている。
「うーん……通りでティーダの作る料理は味が濃いわけだ。正直きつい」
「だよなぁ、おいしいっちゃおいしいんだけれど、なんというか味オンチじゃないかと疑ってかかっていたが……」
「まぁ、私だって肉の味とかわからないし、似たようなものでしょう?」
「ですです。味の好みも人それぞれですし!」
 アメヒメ、エモンガ、ビリジオン、ノコッチの順番で、俺の事なのに俺が蚊帳の外にいるような話をする。何だこの疎外感。
「ただまぁ、なんというか……ペリッパーとか、プラチナさんとか、あとツンベアーも海が故郷のポケモンだし……それを考えると塩漬けによる保存食もなくはないわね。
 ビリジオンさんやゼブライカの子達に干草やサイロを用意したわけだから、別の食性の人にもきちんと用意してあげなきゃ不公平だし……」
 アメヒメが考え込む。どうやら、話は悪い方向には進まないようであり、一安心だ。
「それじゃあ、塩なんだけれど……せっかく海水のダンジョンが近くにあることだし、そこの海水から塩を作って……別に行商人から買ってもいいけれど、基本的に自給自足がいいわよね?」
「でも、どうやって作るのかしら?」
 ビリジオンが尋ねる。
「それは……職人を呼ぶしかないわね。ともかく、私たちには何の知識も無いし、借りれる知恵や知識は最大限利用しないと……もしくは、砂漠のダンジョンに出かけたときに岩塩とかを採取できればいいんだけれど」
「とはいえ、塩を作るったって簡単じゃないぞ? ヘタしたら、塩が畑に流れ込んで作物が全滅……なんて事になったら笑えないし。農業と塩作りを一緒にやっているところってあるのかな……? そもそも、海水をどうする気だ? まさか、乾くまで天日干しで蒸発させるとか、煮立たせて塩を取り出すとか言うんじゃないだろうな? 燃料が馬鹿みたいに必要だぞ? そもそも、天日干しにしても、夏ならともかくそれ以外の季節となると厳しいし……どうしても天日干しで作るなら、常夏じゃないと厳しいんじゃないのか?
 少量くらいなら作れるかもしれないけれど……」
 みな、唸り声を上げて思い悩む。結局、妙案は出ず、普通に買うか岩塩の採取がいいだろうという結論に落ち着いた。

 ◇

 が、その数日後のこと……。
「いやぁ、塩漬けの内臓ってないいもんだ!」
「でしょう? シュバッ!! 思わず舌鼓を打つような味!!」
 舌……どこだろう。ティーダは、わざわざドテッコツに大きな凹面鏡を作らせ、それを利用して小さな鍋で海水を蒸発させて塩を作っていた。例え夏でなくともラッキーのタマゴで目玉焼きが焼けるほどの熱量を誇るあの凹面鏡。それを使えば天日干しとは比べ物にならないくらいに塩を作る事が出来るためか、最近では自分が食べる分によく塩を振っている光景を目にするようになる。
 結局、造られる量は少量なので儲けにはならないが、ティーダ本人達が満足しているのであればそれで良いのかもしれない。冬は、魚の内臓の塩漬けが彼らの食卓に上ることだろう。



Ring ( 2015/06/18(木) 20:33 )