短編
第五話:スワンナママのお店

スワンナママのお店、座んな亭。ここは、街から街を目指して険しい道を行く行商たちのための宿の一つ。
座んな亭は旅で疲れた行商達に、まず『まぁ、座んなよ』と声を掛けることから、誰が呼ぶでもなくそう呼ばれるようになった場所。
正式名称は普通にシラトリ亭なのだが、その名前も呼ばれなくなって久しいのだそうだ。
宿場町にある宿の中でも、とりわけ食事は美味しいとされ、行商の最盛期を過ぎて客足が途絶える季節となっても、料理目当てに宿場町の住民が訪れる人気店である。
この宿場町はたくさんのポケモンが行きかう町。客だって、種族も年齢もバラバラで、もちろん性格だって様々だ。
個性的なお客様が多い分、トラブルも絶えないし、色々思うところはあるけれど、経営はいつでも順調。
でも、個性的なお客様ばっかりだから、時と場合によっては印象に残る事があったりして……


 ……うん、色んな事があったわね。


ドテッコツ組の場合


 ドテッコツ組。かつては、弟子たちと一緒に面白おかしく大工仕事をしていたのだが、あるとき怪我をこさえて街に戻ってきて、それ以来腕を落としてしまい、その後愉快犯に完成したばかりの家を壊され、挙句の果てに金を払わずに逃げられてしまっ手からというもの、すっかり塞ぎこんでしまった。
 当時は酷いものだったのをよく思い出す。夜になる前から酒を飲み、気分が悪いときは暴れだす。エアスラッシュでずっと私のターンをしてからは、すっかり懲りて静かに酒を飲むだけになってくれたが、荒んだ心はつい最近まで戻ることは無かった。

 けれど、今は楽しそうにお酒を飲んでいる。理由は、そう。最近町にやって来たティーダとアメヒメという2人のおかげである。何があったのか詳しく聞くことはしなかったが、ぶん殴られて説教されて、正気に戻ったとの事。殴っては居ないけれど、暴力と説教なら私も使ったし、それで何とかならなかったのだから、よっぽど心に響く説教をしたのだろう。
 それで、今では2人のために家を作っている最中であり、真っ暗になって仕事が終われば、こうして店に食事を取りに来る。そういう生活になったわけだ。3人の表情は活き活きしているし、それはとてもいい事なんだけれど……

 ドテッコツはご機嫌に歌っている。
ドテッコツ「幼馴染は角材で!」
ドッコラー「幼馴染は角材で!」
ドテッコツ「今の彼女は鉄骨だ!」
ドッコラー「今の彼女は鉄骨だ!」
以下略「妻は2人の石柱で!」
以下略「妻は2人の石柱で!」
「一夫多妻のハーレムだ!」
「一夫多妻のハーレムだ!」
「角材よし!」
「角材よし!」
「鉄骨よし!」
「鉄骨よし!」
「石材よし!」
「石材よし!」
「全部よし!」
「全部よし!」

 うるさい。

「恋人抱いた数ならば!」
「恋人抱いた数ならば!」
「きっと俺らが世界一!」
「きっと俺らが世界一!」
「抱いてよし!」
「抱いてよし!」
「振ってよし!」
「振ってよし!」
「殴ってよし!」
「殴ってよし!」
「全部よし!」
「全部よし!」

 うるさい。とてもうるさい。楽しそうなことはおおいに結構なことなのだが。非常にうるさいのだ。宿泊客のみならず、飲んでいる客全般に迷惑が及んでいる。
 酒が入っているだけあって、物凄くご機嫌そうに歌うのはいいことなのだが……ドッコラーの2人は迷惑をかけている事がなんとなく分かっているのだろう、乗り気じゃないようなので顔が引きつっている。それでもお声で歌わないことにはドテッコツから何をされるか分かったものではないのでしぶしぶ従っている。
 そんな風に見えたから、ここは私の出番かしらね。まずは猛撃の種を飲んでから……。
「ねぇ、あんた達? 外で歌うか、それとも寝るか、選びなさい」
「あーんなんだー、スワンナママ? 一緒に歌おうぜー、元気に歌えばみんな幸せになるぜ、うん!」
 ダメだこいつ、早く何とかしないと。
「ドッコラーのお2人さん、どきなさい」
 何とかするには、実力行使に出ねば。
「え、あ、はい……あの、すみません」
「いいのよ。貴方達が大変なのは私も理解しているから」
 営業スマイルで言って、私はドテッコツの前に立つ。
「ドテッコツ、アンタ他のお客さんが迷惑そうにしていること、気付かない?」
「ん〜なんだぁ、そりゃ? 楽しく歌っていれば、そんなこと気付かないっての! ドゥワッハッハッハッハ!!」
「アンタは酔いを……」
 私は床を蹴って飛び上がりつつ、畳んでいた翼を広げ――
「覚ましなさい!!」
 振りぬいた。その直後舞い踊る空気の刃たち。狙い済ました空気の刃は、大切なフローリングの床に当たることもなく、正確にドテッコツの体を切り裂き、ふっとばした。酒で反応も遅れた上に効果は抜群、これでよしっと。
「……寝たわね?」
「あ、兄貴……大丈夫っすか?」
「もう……調子に乗って飲みすぎるから……」
 まったく、よく出来た弟子たちなのに、どうしてこうもダメなところが目立つのかしらね、この男は。ふぅ……

ティーダとアメヒメの場合

 また来ている……私は人知れずため息をついた。
「理想は縦糸。発展を目指し、希望へ向かい猛進する意欲の塊である。その反面、足回りのおろそかになりやすい危うさを秘めるものである。
 真実は横糸。現状を見据え、地道に積み重ねてゆく堅実さの手本である。その反面、道標を持たなければ、目的を見失い、迷走や失速をしかねない危うさを秘めている。
 ゆえに、縦糸と横糸。雨と太陽、その二つが合わさることで、世界は希望という名の(アイリス)を得る。透き通る透明な物体が生み出すそれを空に生み出すには、晴れの日が続いても、雨の日が続いても、不可能なことである。
 そして、布一枚では体を覆うには足りない。その(アイリス)を縫い合わせるは絆。布が合わさることで服が生まれ、服は身を守り、温める力となる。
 その絆が当たり前のものとなれば、服はほつれることの無い天衣無縫となり、この世には恒久の平穏。すなわちパラダイスが訪れるであろう」
 ミジュマルのティーダは、聖書の朗読をしていた。と、言うのも……ティーダは文字が読めないらしく、アメヒメと共にヌオーのヌマンナさんから本を借りて練習しているのだ。それはいい……それはいいのだけれど。
「ねぇ、お2人さん。喉乾かないかしら?」
 この2人、居る時間が長いのだ。今日は紅茶一杯で昼ごろから日暮れまで……日も長くなってきた春なのに、それだけの時間居座るは正直非常識すぎる。
「あぁ……そうだねぇ。それじゃあ、お冷やお願いできます?」
「ああ、俺も俺も。お願いします、スワンナママさん」
 ダメだこいつら。早く何とかしないと……値段が付いたものを頼んでよ、そこは。
 お店と言うのは、料理代のほかに、皿洗いなども含めての値段であるし、もっと言えば席代も含まれている。だが、例えばだ……同じ料理のサイズ違いがあったとして、その料理の量が大型と中型で半分だったとして……。
 困った事に、占領する席の面積は一緒なのに、料理の量に応じて値段を変えなければいけないのだ。2人は小型のポケモン……細かい作業をするため、高い声で歌を歌うため、食費を抑えるため。そういったことのために合えて進化しない者は多く、2人も当然小食である。つまり、場所代が高く取れない。
 困ったもので、お客さんがたくさんいて席が足りない状態でも気にせず本を読んでいる、図太い神経の持ち主だ。今はお客さんが少ないからいいけれど、せめてお客さんが多くなったときは遠慮してくれると助かるんだけれど……
「今度から、お冷も連続で頼んだ場合に限って有料にしようかしら……」
 残念ながら、この宿場町は水が豊富に流れるために、水は無料である。だから、条件付でそれを有料にしてやろうかと言う旨をぼそりと呟くと……
「あ、あとランキモ((ランターンの肝。美味しい))のお吸い物、ダブルスモールサイズで下さい」
「俺は内海の二枚貝盛り合わせ酒蒸しでお願いします。ダブルスモールサイズで」
「よろしい。かしこまりました、と」
 ま、こちらの言わんとしている事を察して慌てて注文してくれるあたり、ドテッコツよりも面倒じゃないし、そこまで悪い子じゃないんだけれど。
「ねぇ、2人とも。これからは、混んでいる時間は長居するのを避けて欲しいの……ちょっと、わがままかもしれないけれど……待っているお客さんに悪いから、ね?」
「あ、はい……すみません。今、家が無いもので……ここでしか勉強できる場所が……」
「うぅ……すみません」
 この子達はドテッコツたちと頑張って家を建てている最中だから、仕方のないところもあるし。何か料理を頼んでくれれば長居もよしとしますかね。早く家が完成するといいのだけれど……

コアルヒーの場合

「ママさん。もずく酢お願い」
 ちょっと乱暴な言葉遣いが特徴なこの子は、本人はまったく悪くないのにある悩みを抱えている。
「お、そういえばママさん。さっきから気になってたんだけれど、あの子は子供かい?」
 この街には多くの行商人が訪れる。この宿に初めて来た者があの子と居合わせると、ほぼ確実に同じ事を尋ねるのだ。そのたび、私とあの子で声を揃える。
「親子じゃないんですよ、それが」
「親子じゃねーよ!」
 まぁ、私よりも若干コアルヒーのほうがガラが悪い言い方をするのが通例だ。一応、このコアルヒーは遠縁の親戚には当たるのだけれど、私は自分の子供を持つとしても、あんな風にガラ悪い子ではなく、もう少し愛想の良い子に育てたいと思っているつもり。
 一方で、あちらはどう思っているのか知らないけれど……まぁ、迷惑を感じていることは間違いない。でも、親子かと聞かれるたとしても、私は悪くないわよ?
「まーったく。種族が同じってだけでどうしてああも反応するかねぇ……」
 愚痴を漏らすコアルヒー。口には出さないけれど、完全に同意ね。私は別に気にしていないし、あっちは完全にイライラしているみたいだけれど。
「タマゴグループが違うポケモンの顔は見分けがつきにくいって言うからねぇ。仕方のないところもあるんだろうけれどね。ま、気に病むよりも、笑い飛ばしてやりなさいよ」
「近寄るなよ! また親子だって誤解されるだろ?」
「はいはい、器の小さい男だねぇ」
「ほっとけ!」
 というか、このやり取りが余計に反抗期の親子みたいだというのに気付いていないのかしら? 気付いていないのでしょうね……。
 それでもこのお店に来るあたり、雰囲気や料理が気に入ってもらえているようで何よりね。

ヤブクロンの場合

 私には大切なお客さんの一人だけれど、あまり好まれていないのがヤブクロンのお客さん、ジャックである。
 まぁ、ヤブクロンというと悪臭のイメージがどうしてもあるのだろうし、特性が砕ける鎧だったとしても、ぽろぽろと体の一部を落とされるとなれば迷惑である。彼はまさにその悪臭の特性を持つヤブクロンなのだが、そもそも悪臭という特性は警戒心を抱いている際に、『誰にも近付いてほしくない』と、そういうサインの特性である。
 古くは縄張りの確認のためでもあるし、同種同士の求愛にも使われていたその特性。別に常時発動する特性でもないから、他のお客様も一緒にいてあげればいいのにと私は思う。

 ただ、やっぱりイメージの悪さは拭えないし、特にティーダが任せたあの仕事がまずかった。排泄物を集めて土を作るとか何とか言って、集める役と土を作る役を兼任するヤブクロンは、その悪臭が移っているんじゃないかとか、ちゃんと体が洗えていないんじゃないかとかそんなイメージで見られるようになって、他のお客様に煙たがられていたし、今でもあまり良い目で見られていない。
 そんなときでも一緒に居てあげるティーダやアメヒメは偉大だ。2人の仲間達も、ヤブクロンの事を煙たがったりせず、普通に接している。間近で暮らしているからこそ、ジャックというヤブクロンが体を清潔に保つ努力を怠っていない事が分かるのでしょうね。
 ヤブクロンが受け入れられるようになった事に一番大きく貢献しているのはビリジオンのリアさんかしら? この宿場町の中では憧れの存在である彼女が、毛嫌いされるヤブクロンと一緒に居る。その事が、町の人たちには大分衝撃的だったみたい。

 ただまぁ、確かにいつも悪臭を振りまくわけじゃないとはいえ、問題が無いわけではない。驚いた時、優しくされるなどして感情が高ぶったときは、ついつい悪臭が漏れ出してしまうのだ。例えば、誰かがくしゃみをしたときとか。
「ぶえぇぇぇっくしょん!!」
「ひょわ!!」
「ひゃっ! ちょ……兄貴……どうしてくしゃみだけでそんなに声が出るんですか」
 まぁ、その誰かと言うのが大抵ドテッコツなのだが。
「はわわわわ……今ので、びっくりして………悪臭が……クロン」
そんな大きな音がすると、流石にティーダもアメヒメもそそくさと料理を持って後ずさり。
「霧払いおねがいします……クロン」
「はいはい、了解よ」
 彼は、すっかり小さくなってそうお願いするのであった。

 例えば背後から大きな声で話しかけられたりとか。
「おいおいヤブクロン!」
 静かに飲んでいるヤブクロンの後ろから、ドテッコツが張り手のように背中を叩き、同時に背中を叩く。
「ひゃわう!?」
 そんな事をされたら当然驚く、誰だってそうだ。
「そんな風にちびちび飲んでたらせっかくの酒の味もわからねーぜ? 男ならこう、どばっと飲まないとなぁ!! ん、なんか臭うような……まぁ、いいか!!」
 良くないわよ、こっちの都合考えなさい。
「兄貴。絡み酒はまずいっすよ……」
「ほらほら、皆迷惑してますから……」
 弟子たちの言うとおり、他の客がみんな引いちゃうじゃないのよ!
「はぅぅぅ……霧払い、お願いしますクロン……何度も何度も……すみませんクロン」
「いいのよ、アンタのせいじゃないわ」
 こうなると慰めるのも疲れるのよね。驚かした本人がケロッとしているのが一番問題だわ。

 例えば大きな音を立てられたりとか。
「それでよ、傑作なのがさぁ!」
 気持ちよく飲んでいるドテッコツだが、酔った勢いかついつい手が滑ってしまって、持っている鉄骨がドンガラガッシャーンと。悪酔いしすぎだこいつは。
「ふみゃぁ!!」
 当然のようにびっくりしたヤブクロンは悪臭を放つ。
「うぅぅぅ。たびたびすみませんクロン……」
 涙声になってきてる。
「大丈夫大丈夫。誰もアンタを責めたりしないわよ」
 こちらもため息が出そうになるのを押さえて、私はヤブクロンに対応した。
「兄貴! 鉄骨は恋人なんでしょ!?」
「きちんと恋人はがっちり掴んで話さないようにしないと」
 ドッコラー2人がドテッコツに注意を喚起する。まったく持って2人の言う通りよ……もう。
「うーん……なんか臭うなあ」
 もう出入り禁止にしようかしら……ドテッコツのほうを。他のお客さんもきっと望んでいるわよね。取りあえず……霧払いしなきゃ。
「ねぇ、ドテッコツ」
 霧払いを終えたら、誘惑するような流し目でビリジオンが彼の元に近付いていったわ。
「今日の貴方、豪快に酒を飲んでいて素敵ね……ねぇ、お願い。私の目を見て……そう、真っ直ぐ」
 まるで誘惑しているかのような言い方だけれど、下からは草結びの草が伸びて、鉄骨を支えドテッコツの首をキュッ。ものの見事にドテッコツは気絶した。
「ドッコラーのお2人さん。鉄骨とドテッコツを回収して頂戴」
 顔色一つ変えずにビリジオンは言った。まだ若いのに恐ろしい子ね。
「さ、ヤブクロン。私と飲みなおしましょう? ブルーチーズ好きなんでしょ? どうせダブルスモールサイズだろうし奢るわよ?」
 そして、ビリジオンはにこやかに言った。最近はこの子も本当に丸くなったものだ。領民と一緒に畑を耕していた希族時代は、こんな感じだったのかしら?
「は、はい……クロン。あ、あの……スワンナママさん……本当に、何度も何度もすみません」
「いいのよ、別に。貴方単体では悪臭を出すこともなさそうだし……ほら、お酒は楽しく飲みなさい」
 ビリジオンが場を収めてくれたから何とかなったけれど……真面目にドテッコツの出入り禁止を検討しておきましょうかしらね。あぁ、今度問題を起こしたら酒を出さないようにしよう。

ラムパルドとチラチーノの場合

「スワンナママさん、こんばんは」
「今晩は。今日はよろしくお願いします」
 おや、宿の目の前の広場にお店を出しているお2人さんね。仕事も終わって一緒にお食事とは、珍しいわ。ラム君、どうにもチラチーノちゃんに惚れているみたいだけれど、体格差とグループ違いという茨の道の恋路。恋心は叶うのかしらね?
「そうそう、ママさん。私達今、接客する時の言葉遣いについて話していたんですよ」
 チラチーノは、自分達が先程していた会話の内容を嬉々として語る。
「言葉遣い? そういえば、ラム君は結構ぶっきらぼうな口調よね。チラチーノちゃんは丁寧だけれど」
 と、私は微笑む。
「なんですよぉ……」
「そうそう。それでな……俺はアレだ……はっきり言ってですます口調は似合わないと思うのだが、チラチーノちゃんはその……客商売ならですます口調の方がいいんじゃないかと言って来て……」
「いや、私も似合わないとは思っているんですけれどね……あはは。スワンナママさんとか、どう思っているのかなー……って」
 あらあら、2人で面白い事を話していたようね。
「うーん、そうねぇ。私もほら、ですます口調なんてかたっ苦しい感じでいまさら喋っても、違和感しかないじゃない? それに、ラム君の商売は箱割り屋でしょ? 力が強くなきゃ出来ないんだし、丁寧な口調で言うとなんとなーく破壊力を信用できない感じになっちゃいそうだわ。
 ちょっと想像してみなさいよ……『いらっしゃいませ。ここは箱割り屋です。中身を知りたい箱がありましたらご申し付けください。一つ150ポケにて受けたまわります』って……うわぁ、言っていて気持ち悪いくらい似合わないわよ」
 私が笑うと、つられるようにしてチラチーノちゃんも笑った。ラム君は少し照れているわね。
「うふふふ……ママさん、物まね似てないのに、想像しただけで笑っちゃったじゃないですかぁ。実際にラムさんがやったらどうなるんですか?」
「え、え、お、俺?」
 チラチーノちゃんに話を振られて焦るラム君。あら、図体の割りに可愛い仕草だこと。
「えーっと……『いらっしゃいませ、ここは箱割り屋です』……だーっ無理!! 俺にこの口調は無理!!」
 一言でギブアップしたラム君を見て、私達2人は覆いに笑いあった。
「じゃあ、逆に私がラムさんの口調で。『貰って嬉しい、送って嬉しい。ここはギフトショップだ。材料があれば有料で箱を作るぞ!』って感じですかね……あー私も無理! しかも似合わない!」
「うふふ、それじゃあ、無理にですます口調にしないほうがいいって事ね。その人の個性があった方が。きっとお店も賑わうわ」
「そうですね、さんせーい」
「そうだな。あの口調はやばい……」
 そう結論付けると、チラチーノちゃんもラム君も頷き、そう言った。

「それじゃあ、何を頼みますかねー? えーと……焙煎爆裂の種をまぶしたボンバーバタートーストとリンゴジュースで。もちろんどちらもダブルスモールサイズでお願いします」
「俺は……3種の虫と軽石のパリパリフライとラム酒でお願いするぞ。俺はどちらもラージサイズで」
「はいはーい。かしこまりまし、た。焙煎爆裂の種をまぶしたバタートーストとリンゴジュースのダブルスモールと、3種の虫と軽石のパリパリフライとラム酒のラージサイズでいいのね」
「はい」
「おう」
 と、2人の返答を受けたので、私は早速飲み物の用意に取り掛かろうとするのだが……。
「ヒェッヒェッヒェッ。スワンナママさん、ワシも何か頼んでいいですかな?」
 スワンッ!? 店の端っこに、いつの間にデスカーンが!! いつお店に入ってきたのかしら?
「え、えぇ……もちろん構わないわよ。というかほら、座んなさいよ……」
「ヒェッヒェッヒェッ。それが私の体型だと座れないのですよねぇ……」
「そ、そうだったわね……ごめん」
「おぉう、それでは……この川魚の塩焼き、レモン添えをおミディアムサイズで願いします、デリシャスな奴を期待してますぜ、おぉうデリシャスな奴!!」
「は、はい。かしこまりました」
 ……ところであの人は何口調と言うべきなのかしら? デスマス口調でもないし、デスカーン口調?

エモンガとノコッチの場合

 この2人は、ティーダやアメヒメと出会う前はたまに来る程度だったのだが、彼らと出会ってからは頻繁に訪れるようになり、今ではすっかり常連となった2人である。
 ノコッチのタイラー君は、同じく常連であるビリジオンさんが目的のようだけれど。この2人はいつもティーダと一緒に他愛のない会話で過ごしていて、前回の探検がどうだとか、畑の様子がどうとか。街で見かけた女性がどうとか、年頃の男子らしい会話も欠かさない。
 2人より年上っぽい雰囲気のティーダだけれど、彼は2人の話にもきちんと耳を傾けているあたり、社交性があるのか、それとも精神年齢が意外と低いのか。
「ところでよ。俺も色んな女の子を観察しちゃいるけれどよ、やっぱ、好みってものがあってさぁ……ついつい目がいっちゃうような種族がいるのよ。お前らにも好みのタイプとかそういうのってある?」
「え、えーと……僕は、そうだな。大人の女性って奴かな……こう、落ち着いていて、色っぽくって……」
 エモンガの問いかけにノコッチが答える。ふふ、ビリジオンさんのことね。
「えー、それじゃあアレだ。スワンナママさんはどうなんだよ? 落ち着いてるし、色っぽいし、大人の女性だぞ? おまけに料理も上手いと来た」
 カウンター近くの席だから聞こえてますわよ、エモンガ君。
「あ、えーと……そうだなぁ。僕としてはその、陸上グループの方が……他は申し分ないんだけれど、グループの関係で対象外かなぁ。ママさんが美人なのは分かるけれど」
「あら、残念」
 他は申し分ないとの言葉を聞いて、聞こえよがしに私は言う。
「え、あ……聞こえてたんですか……」
 ノコッチはばつが悪そうな顔をしているけれど、そんな必要もないのに。
「聞こえない振りをしていても良かったんだけれどね。ふふ、申し分ないといってくれたのは嬉しいわ。ちょっとだけサービスしちゃおうかしら?」
「あ、い、良いですよぉ……僕はその、本命は別の人だし……」
「あら、そ。残念ね」
 ビリジオンのことだなと思ってくすくす笑いつつ、私は引き下がる。

「まぁ、とりあえずビリジオンが好みというのはよく分かったな」
「うんうん、言わなくても分かってたことだけれど」
 エモンガとティーダは2人そろってそんな事を言って笑っている。まぁ、聞くまでもないことよね。大人の女性で色っぽくて落ち着いているといえば、あの子が一番に思いつくもの。
「でさ、俺の場合はやっぱあれよ。体格差は好きじゃないから、小さめの子がいいかな」
 と、エモンガは言う。あら、アメヒメちゃんとか、コジョフーちゃんかしら?
「それでそれで?」
 と、ティーダが急かす、
「それでやっぱり体の表面は艶やかな方がいいね。ほら、健康的な見た目じゃなきゃ嫌だろ?」
 あら、アメヒメちゃんね。あの子は体毛も艶やかで健康的だし。逆にコジョフーのほうは毎日泥だらけで艶が……いい子なんだけれどね。ティーダが強力なライバルになりそうだけれどエモンガとピカチュウならお似合いかしら?
「それとなにより、尻のエロさが重要だ」
「あー、分かる分かる。探検の最中とか、前に出てもらう時によく見えるもんなぁ」
「び、ビリジオンさんも……かなり、いい形だもんね」
 ティーダはともかくノコッチ君まで反応するとは……おーおー、下品な会話で盛り上がってらっしゃる。男の子は小さくて可愛い見た目でも皆同じね。
「まぁ、結論からいうとアイアントだ」
 そうきたか。いや、艶やかで小さめで尻がいい形という条件当てはまってるけれど。
「そ、そりゃまた変わった趣味だな……いや、尻のエロさなら確かに」
「へぇ……まぁ、悪くないんじゃないかな。でも、グループ違うから茨の道だよね」
 ティーダもノコッチもそこ納得するのね。男の子ってこうなのかしら……?

「ティーダはどうなんだ? 案外アメヒメといい関係になっちゃっているんじゃないの?」
「いやぁ、まだだよ。それに俺は、どちらかというと包容力のある女性が好みなんだ……そうだな、ヨノワールとか」
「へー。進化すればサイズも丁度いいかもな」
 エモンガ、そういう問題なのかしらね? まぁ、ダイケンキとヨノワール……悪くないけれど。
「あー……そういえば進化。羨ましいよね、ティーダは……体格差も気にしないでいけるもんね。はぁ、ビリジオンさん、小さい子と付き合うのが好きならいいけれど……僕もジャローダくらい大きくなりたかったなぁ」
 ノコッチまで……中々この子達は女性の許容範囲が広いのねぇ。
「あら、ジャローダみたいに大きくならなくったって、そのままでいいじゃない?」
 そんな会話の途中、割り込むのはビリジオンのリアであった。

ビリジオンの場合

 昔は貧乏希族だったと自称する彼女。詳しい理由が語られることはないものの、彼女は少し前まで心の奥を見せないように、表層以外までは心を閉ざしていた。今でも心の奥底までを見せようというそぶりは見せないが、彼女の仲に何歩か踏み込むことは許されるようになったらしい。
 その心の扉を開いたのは、他でもない。家を建て終え、ダンジョン探検家としての依頼をこなし始めたばかりのティーダとアメヒメだ。損得勘定を抜きにひたむきに頑張る2人の姿が、彼女の凍りついた心を溶かしたらしい。
 彼女は時折憂いげな表情を見せるが、それを誰かに見られている事に気付けば、すぐにいつもの明るい表情に戻る。ああいう仕草は、男女の別無しに美しいものねぇ。
「ママさん、肉骨粉のスープパスタをダブルラージサイズでお願いできるかしら?」
 ビリジオンは大柄故になかなか食べる量が多く、売り上げにはよく貢献くれている。
「私は燻製ゴーゴーチーズのサラダとライ麦パンを。ダブルスモールサイズで
 アメヒメは、体格相応と言ったところだろう
「はいはい、かしこまりました。繰り返すわね……」
 そんな彼女のお気に入り、肉骨粉のスープパスタ。肉骨粉から染み出た出汁がスープの味を彩り、またその栄養は草タイプには心地よいらしい。彼女はスープをすする姿もまた上品で、音一つ立てずにスープの水位が減っていくような感じだ。
 静かに食事を楽しむ様子、それだけで得になるような女性。しかも、よく味わってくれるのがわかるくらいにゆっくりだから、料理を出すこちらとしても嬉しいし。本当、男だけじゃなく女性でも放って置けなくなる子だわ。
 反面、一緒に食べているアメヒメちゃんはビリジオンと比べると食べかたが汚い……こっちはスラム出身だって聞いたけれど、育ちの違いって出るものねぇ。
 ビリジオンの凄いところは、セクハラを華麗にかわしたりと出来るスルースキルの高さ。どんな下品な会話にも平気で混ざったり出来る社交性。そして何よりその強さ。心はなんだかちょっとだけもろそうなところがあるけれど、そこを支えてあげられる男子ならハートを射止められそうね。
 アメヒメちゃんは逆に変なところで奥手だから、ビリジオンを見習った方がもう少し男連中と上手く付き合えそうかも。

「あら、ジャローダみたいに大きくならなくったって、そのままでいいじゃない?」
 エモンガ達とアメヒメ達。男女で二つのグループに分かれて食事をしていたけれど、ビリジオンは自分の事を話されていたせいか、黙っていられなくなったのかしら? 自分から話に飛び込んでいくとは、積極的な子。
「器の大きさで負けていなければ、女性のハートは射止められるわよ?」
「だってさ、ノコッチ。器を大きく持てよ」
 ティーダはそう言って茶化すも、エモンガはむっとしている。相変わらず素直じゃないのね。
「ところで、アメヒメはどうなのさ? 好きなタイプとか居るの?」
 意地悪にビリジオンが振る。見ていれば大体、アメヒメがティーダを好きなのは分かると思うけれど。
「わ、私は……その、横糸な人が……」
 横糸な人。つまり、計画が出来る人というか、堅実な考えかたが出来る人ね。レシラムのように、真実を見据えた行動を取れる人……まぁ、ティーダよね。
「ティーダね」
「ティーダか」
「仲がいいもんねぇ」
「まぁ、夜とか寒いってよく俺に甘えてくるしなぁ」
 ビリジオン、エモンガ、ノコッチ、ティーダのからかいコンボがアメヒメを襲う。アメヒメは頬から電気を漏らしながら、顔を熱くさせていた。静電気の特性だから、顔が熱くなると電流が漏れちゃうのね、可愛い。
 横糸といえば、ティーダはアメヒメがやたらめったら開拓したり施設を建てたがるのを上手くストッパーになってあげているんだっけ。まさに縦糸と横糸、(アイリス)ってチーム名がよく似合うわ。
「もう、皆嫌い!」
 好きなくせに。からかう方も悪いけれど、ここまで微笑ましい強がりだと笑っちゃいそうね。
「大体、そんなこと言って、ビリジオンさんはどうなんですか? 好みのタイプとか言ってみて下さいよ」
「私ぃ? そうねぇ……付き合いのいい人で……剣の扱いが得意で……光合成したい時に水をくれる、水タイプかしら?」
 そこまで言って、ビリジオンはティーダを見る。
「あら、ティーダなんて好みかも知れないわね」
「お?」
「えぇぇ!?」
 ティーダが素っ頓狂な声を上げ、ノコッチが大声を上げて驚く。
「へー、俺かぁ。参っちゃうねぇ、モテる男は辛いよ本当」
「あと、立派な角がある子は魅力的ね。ティーダがダイケンキになったらお願いするわ」
「おりょ、かと思いきや相手にされてないや」
 そうね、ティーダには脈無しだわ。条件に当てはまるのはエンペルトとダイケンキとケルディオあたりかしら?
「ほっ……」
 そんな思わせぶりに言っておいて、ビリジオンはティーダをまるで相手をしていないという風に突き放す。……こういう思わせぶりな会話の仕方も、なんというか上手いものね。ノコッチの安心した表情がかわいらしいけれど、貴方もあんまり相手にされていないっぽい気がするわ……まぁ、嫌われてはいないのが救いかしら?

「言葉だけの好みと、理屈じゃ計れない好みって違うものよね……ティーダは好みっぽいけれど何か違うのよねー」
「そりゃあれだ。案外……誰かの思い出が美化されているだけだったりして」
 ティーダが茶化すように言うと、ビリジオンは一瞬なんともいえないような顔をした。
「さて、どうかしら? それならそれで、誰かが私に昔の男を忘れさせてくれないと」
 そのビリジオンの態度に、ティーダは一瞬だけまずかったと怯むも、それを悟られないよう、彼もまた表情を整えた。
「だとよ、頑張れノコッチ。俺はアメヒメがい・る・か・ら」
「あ、うん……」
 ところで、ビリジオンの事になるとエモンガって本当に会話が少なくなるのね。
「あー、もうディーダってば……公衆の面前で……」
 しかし、いまだに素直になれないアメヒメは億てだこと。アメヒメはアメヒメで、ティーダの話になると口出しするのが照れて難しくなるらしく、今も電気が漏れるほど顔が熱くなっているようだ。本当、仲のいい5人組だわ。皆がお店を出るまで、ずっと微笑ましい気分になれるわね。

 ◇

 そんなビリジオンは、時折憂いげな表情で、深夜一人でこのお店に来ることもある。
「ママさん、今日は飲みたいの。お勧めのワインをくれないかしら?」
「東の地方のカレカレ草原周辺で取れたワインの5年物なんてどうかしら。値段は張るけれど味は保障するわよ」
 そのワインを出してあげると、彼女はしばらく目を潤ませながら静かに香りや味を堪能する。その間にも憂いげな表情は止まない。
「ねぇ、ビリジオン。このお店の店員とか、やってみる気ないかしら? アンタ、結構向いていると思うのよね……アメヒメから聞いたわ、草結びで料理までこなすくらい器用らしいじゃない?」
 寂しさを紛らわせるたびにそんな事を尋ねてみると――
「年取って体が言う事を聞かなくなるか、探検をやる意味を……無くしてしまったら考えます」
 前向きな、しかし別の部分に後ろ向きな思考を含む回答が帰ってきた。それは、逆に言えば『無くしてしまいそう』なのかしら?
 ティーダとアメヒメが開いたビリジオンの心だけれど……まだ心は完全に開けていないのかしら。いつか誰かが、彼女の心を開いてあげられればいいのだけれど。


Ring ( 2015/06/18(木) 19:56 )