短編
第一八話:道を開けろよ

 千里眼の力で、ムンナのやり取りを見ていた。予言には、彼女が裏切るという事などなかったが、その予言は見事に覆された。運命は変わらない。変わっても、誤差の範囲だと思っていたが、そろそろ誤差では済まない変化が起きている。特に最近は、異世界より呼び出されたニンゲン達のせいもあるのだろう予言がことごとく外れている。人間たちはこの世界の理から外れた存在、その力は私の予言の力を容易に覆してしまうが、ここまでの影響力を持つとは考えていなかった。
 そしてこの2人は、大結晶の塔と呼ばれるこのグレッシャーパレスの中でも最高難易度のダンジョンにて、ともに励まし合いながら進んでいる。ここへたどり着くまでの道のりでもっと簡単なダンジョンならばいくらでもあるのだが、ムンナ達が行った道の封鎖はこういうところで地味に効果を発揮している。今は裏切ってしまったが、部下としては非常に優秀だったというわけだ、あいつは。
 ムンナは他人を不幸にする仕事に嫌悪感を覚えつつも、しかしいざやるとなれば感情を捨てて仕事に徹する事が出来る一面もある。最初は、ティーダたちニンゲンを攻撃することにも躊躇していたというのに、それでもやり遂げる逞しい一面もあるものである。そのムンナを心変わりさせるとは、ニンゲン達は一体どれほどの影響力を持っているというのか。
 ともあれ、そうやって未来が変わり続けたせいなのだろうか、今はもはや未来が見えない。世界は滅びるとはいっても、この世界の者達が感情をなくすだけ。だから、人間たちが感情をなくして野生の赴くままに暮らす未来は見えたというのに。今は、世界が崩壊を守られる未来も、ましてや滅びの未来すら見えない。
 忌々しいニンゲンどもだ。

 なんにせよ、奴らが氷触体の元にたどり着くには、今私のいる場所を越えなければならない。ゆえに、ここで、なんとしても食い止める。
「ここが塔の頂上なのかな……かなり、広いけれど」
 息を切らしたアメヒメの声が聞こえてくる。これほど氷触体に近づいてなお、歩けるようになったか……やはり、アメヒメはムンナ達の後押しを受けて希望を背負う事で、氷触体への耐性を付けたな。
「大丈夫なのか、アメヒメ?」
「空気が薄くって、氷触体に近いだけ……大丈夫、まだまだ歩ける。だって、以前来た時よりも、体が軽いし……」
「そうか……これも、みんなの気持ちが一つになったからなのかな?」
「だと、いいね……はぁ……あ、ティーダあそこ! ほら、あそこに向かって風が動いているよ……あの先に、氷触体があるのかも! 行こう、ティーダ」
「待て」
 その先へと行こうとするアメヒメを制止するべく、声をかける。
「この声、キュレムか」
 ティーダがこちらを睨む。
「あともう少しのところだったのに……できればあんたとは会いたくなかったんだけれどな」
 アメヒメがため息交じりに言って、こちらを睨む。
「まぁ、そうだよね。すべての道はここに繋がるようにできているよね……」
 嫌味ったらしい口調で、アメヒメの独り言が冷たい室内に響き渡った。
「確かにこの広間の奥には、扉一枚を隔てて氷触体がある。 しかし、そこへ行くことは……許さん!!」
 我でも存分に走り回れるほどに大きな室内の奥にある巨大な扉。ティーダたちはそこを見ていた。
「あー、はいはい。分かってますよ。許さなくっていいから少し目を閉じていてくれないか。10秒目を閉じていてくれれば、大人しく引き下がるからさ」
 そう言って、ティーダはさっさと扉を抜けようと走る。
「ふざけるな!」
 と、冷凍ビームで氷柱を作り、ティーダの足止めをする。
「なんだよ、けち臭いな」
 ティーダはその冷凍ビームの威力に驚くでもなく、軽口を叩いてにらみつける。なんなんだこいつは……虚勢なのか?
「言ったはずだな、ティーダ。まだ世界の崩壊を防ぐ意志があるならば…… その時は全力で叩き潰すと!!」
 そうだ、言ったはずなのだ。なのに、こいつらのこの落ち着き払った態度はなんだ?
「たとえ、叩き潰されようが受け入れられるものか。この世界がなくなるなんて、悲しい結末を! 御託はいいから、道を開けろよ」
 吐き捨てるように顎をしゃくりあげ、ティーダは言う。
「諦めろ! どうあがこうが、未来は変えられぬ」
「違うよ。未来は自分で切り開くものだ」
 私の言葉に、アメヒメが毅然と反論する。こっちをまっすぐに見つめるいい目付きだ……だが、意志だけではどうにもできないこともある。
「確かに、小さな運命ならばその手で変わることもあるだろう。しかし、大きな運命の中では所詮誤差に過ぎぬ。演劇の中の多少のアドリブに過ぎぬ。大きな運命は定められたものなのだ!」
「そんなことない。誤差が重なれば、大きな運命だって変わる。奇跡という名前に変わる! 私はそうやって、そのつもりで生きてきたんだ」
 まっすぐな、理想に燃えた瞳だ……まるで、縦糸(ウォープ)の……ゼクロムのような瞳だ。
「ならば今、起こしてみろ! その、奇跡というものを!」
 熱くなって声を上げる。だが、それをティーダは冷ややかな目で見ていた。
「相変わらず血の気の多いやつだな、お前は……」
 一触即発のつもりですごんだところに、茶々を入れるティーダ。振り上げた翼を振り下ろす場所を失い、我は静かに翼を戻す。
「おうおう、オッサン。お前、一応話を聞けるくらいの理性は残っていたんだな」
「何のつもりだ?」
「前は、砂漠で言いたい放題言ってくれたじゃねぇか。こっちは体が居たくってまともに喋ることすらできなかったんでな……少しばかり、こちらにも言いたいことを言わせて欲しくってな。それに、時間を稼げた方がお前にとっちゃ好都合なんだろう?」
 なんだ、この落ち着き払ったティーダの態度は。何か、企んでいるのか? 気味の悪いその態度に警戒しつつも、最後に言い残す言葉くらいは聞いてやろうと、彼の行動を観察する。
「手に取って読んでみろ」
 言いながら投げてきたのは、真新しいノートであった。紙は貴重品だろうに、わざわざこのために用意したのか?
「これは……」
 パラパラとめくってみる限り、これは畑の管理日誌のようである。奴らが作っているというパラダイスの畑について、事細かに書かれている。
「それは、パラダイスの管理日誌さ。最初の方は畑の事ばかりだけれど、そこからどんどん毛皮やら石材やらの加工工房とか、いろいろ増えてくるんだ。だが、細かく読む必要はない……ここに乗り込むまでに急いで書き写した分しかないから、時間がなくって4ページしか写していなくってな」
「これを見て、どうしろと?」
「分からないか? それはね、日誌における最初の4ページを写したわけじゃない。どうしてこの作業を始めようと思ったかについて。成功したこと失敗したこととその様子。どうしてそうなったかに対する、原因から過程の考察などを書いているページなんだよ……文字が読めるならば、誰にでもわかるような言葉でな。あとから見返してもわかるように、誰かが覘いてもわかるように、それを心がけて書き記した日誌を、写してきたんだ。
 で、キュレム。お前はどうなんだ? 今すぐここにもってこいとは言わないが、あるのか……こういうの? お前が世界を救おうとして、そのためにやったことや経過の観察記録とか、そういうのはあるのか?」
 無い。
「そんなものは無いな……我は記憶力がいいのだ」
「ほう、それはすごい。で、その記憶を部下と共有する術でもあるのかい? 考察を纏める事を、頭の中だけでできるのか? どうしてダメだったのか、部下と一緒に考えたか? 誰かに実情を聞かせて相談したか? なぜ失敗したのか、きちんと考えたのか? お前が救いたい世界を、自分で歩いて調べたか? お前、『自分だけが世界を平和に出来るのだ』とか、そんなくだらない自信を根拠もなく持っているんじゃないか?」
 何を言っている……こいつは。まるで、自分なら世界を平和に出来るかのように。
「お前さ具体的にどういう風に世界を平和にしようとしたんだ? お前の伝説を称えた歌をいくつか聞かせてもらったが、本当に……本当に馬鹿みたいなことばっかりやっていたようにしか思えなかったぞ」
「具体的にも何も、悪いものを取り除き、そして残った者を矯正すれば世界はおのずと平和になろう。だから我は、私腹を肥やす独裁者を殺し、民衆たちにその不当な蓄えを分け与えたりしたのだ」
「ほう、頼んでもいないのに蓄えを分けたのか?」
 ティーダが、小馬鹿にしたような口調で尋ねる。
「こんな言葉を知っているかよ? 『飢えた者に魚を与えてはいけない。魚の取り方を教えてやれ』ってなぁ。どういう意味か分かるか? 魚を与えても、そんなもの一時凌ぎにしかならない。けれど、魚の取り方を教えてやれば、一生喰い続ける事が出来るんだ。だが、お前がしたことはなんだ? いきなり支配者を殺したんだって? そしていきなり食料を与えたんだって?」
「そうだが……それがどうした」
 なんなんだ、こいつは。何が言いたい……我に向かって、どうしてこんな口調で話を進められる?
「ほう、あの歌が事実だったとはな。そうか、いきなり悪党を殺したか……それで、人は何を学んだんだ?」
「何を……独裁をすれば、我が殺しにかかるかもしれないと……」
 我の言葉に、ティーダは大きくため息をついた。
「つくづく頭が悪いな、お前は。言ったろう? 領主、王様、皇帝、肩書はなんだっていいが、そいつら支配者に、どのように人をまとめ上げるか、そういうのは学ばせたのか? 民衆たちに、どうすれば政治の腐敗を防げるのかは学ばせたのか? どうすれば、飢饉などの災害を乗り越えられるか、学ばせたのか? キュレム……アンタのやっている事は、ことごとく的外れだ。
 アンタのやってることは、ことごとくその場しのぎなんだよ。そして、それについて何が悪かったかも反省しない、考えない。自分の独りよがりな考えに浸って、成功するはずもない空回りを続けているだけだ。その体たらくで神様気取りなら、俺だって神様になれるぜ。お前の所業に部下はなんて言っていたよ? お前に対して反論や注意はしなかったのか?」
「……く、黙れ!!」
「質問にも答えられないか……どうせ部下が何かを言ったら、そのたびに『口出しするな!』とかって怒鳴っていたんだろ? はん、神様は長生きな割に、人間のお話も黙って聞けないほど、せっかちで聞かん坊な奴なのか。なるほど、こんなにせっかちなら、世の中を長い目で見ることも不可能なわけだ」
「神様が聞いてあきれるね」
 声を荒げた私の言葉に、ティーダは鼻で笑った。アメヒメも、我を笑う。
「お前は、即効性の効果を求めた結果がその場しのぎなんだ、笑えない冗談だ。パンを求める奴っていうのは、本当はパンそのものではなく、パンを毎日買える状況を望んでいるんだ。例えば、仕事が欲しいとか、ムギを育てることが出来る肥えた土のある土地が欲しいとかね。キュレム、お前は親切心のつもりで、飢えている者にただ単に食料を持ち運んできたときもあったそうだな」
「あ、あぁ」
 ティーダの言葉に、我は慌てて肯定した。
「そんなので、お前はその先何をするつもりだった? 一生食料を運び続けるつもりだったのか? そんな一時凌ぎじゃ、神が手を貸してくれなくなったときに同じ危機が来た時に対応できない。それどころか、『苦しいときは神が助けてくれる』だなんて、楽観的な思考になるだけだ。
 そりゃ、一時凌ぎだってたまには必要さ。魚が食えなきゃ明日にも死んでしまう奴に魚の取り方を教えても、それを実行することは不可能かもしれないからな。だが、あんたのはそんな殊勝な考えの一つすらねぇ! ただの施し、ただの自己満足! そんなんだから、この世界がいつまでもママのおっぱい飲み続けてるガキに成り下がっちまうんだ! 歯が生えておっぱい卒業する年になってもネズミ一つ狩れない未熟者のままなんだ!
 この世界は滅ぶべきだと? あぁ、そうだよ……いい年して、仕事の一つもしないガキを育てちまったら、親が子供を殺したいと思いたくなるのも、思うのも納得だ! だがなぁ、それはお前がガキの口に餌運び過ぎたから起こったことだ。まともな母親なら、ある程度成長したら簡単な仕事から手伝わせる。そうやって、少しずつできることを増やしていくもんだろうがよ。
 お前は、子育てを間違いすぎた親が、子供が自立しないと泣き叫んで喚いているだけにしか見えないんだよ。世界を滅ぼそうとしている氷触体を守ろうとするのも、放蕩者のドラ息子と一緒に心中しようとしている馬鹿な母親のようにしか見えねぇ」
 ティーダの言葉に反論を思い浮かべようとして、しかし我は全く言葉が思い浮かばなかった。

「それにな……よしんばいい年して仕事を全くしない子供と心中したとして、あんたそこに何が残るっていうんだ? さっき見せた通り、失敗に対しては考察もしなきゃいけない。対策も講じなきゃいけない。手探りで、いくつも手段を見つけていかなきゃならない。あんたにとっちゃ失敗作かもしれないこんな世界にだって、俺には宝の山のように感じるね。
 そんな失敗すら消しちまったら、後には何も残らない。失敗すら残らないんだよ。俺は、人間世界で培った知識を、この世界で披露してきた。その知識だって数々の失敗と、涙と、餓死者の死体と、食糧を奪い合い、求めて殺し合った犠牲者達の死体の上に築かれた知識なんだ。この世界にだってそう言うのがいっぱいあるはずだぜ? その失敗すら捨て去って、あんた素晴らしい世界が作れるつもりかよ? 答えろ!!」
 ティーダとアメヒメが、我を見上げる。こんなに小さい者達に……見上げられているのに、見下ろされている気分だ。ティーダは、答えを長く待ちはしなかった。ただ一つため息をついて、続ける。
「あんたの寿命があと何百年、何千年と続くのかは知らねぇ。俺が1年畑を運営するような心構えで、100年の歴史を見守っているのかもしれねぇ。そうだとしても、そうじゃなくとも、なぜおまえは失敗を次に生かそうとしない? なぜ失敗から学ぼうとしない? それともお前、自分の間違いにすら気づいていなかったのか? お前は間違っていなかったのか? 間違ってきたのは、いつでも下界に生きるポケモン達か?」
「わ、我は……」
「お前は、周りにイエスマンしか居なかったんだな。思えば悲しいやつだよ。神と呼ばれる存在に失敗を指摘できる奴がいなかったんだろ? 神と呼ばれる存在に間違いを指摘できる奴がいなかったんだろ? 神と呼ばれる存在を叱れる奴がいなかったんだろ? 同情するぜ。叱ってもらえない奴がどんなろくでなしに育つか、俺は見たことがあるからな。
 でも俺はね、あんたの事……敵だとは思っているが、曲りなりにも世界の事を考えて生きてきたことだけは評価している。だからな。俺は世界を救うついでに、お前を救ってやる。間違いを正してやる」
 そこまで言って、ティーダは呼吸を整える。
「そのために……道を開けろよ、役立たず!」
「そうだ、道を開けろ!」
 ティーダとアメヒメが我を睨みつける。
「くっ……黙れ! その程度の言葉で、我が信念を揺るがしたつもりか?」
「いやまぁ、幼稚な正論だからなぁ。この程度に反論できないようじゃ、ラスボスとしちゃ物足りない。だが、こいつを見ても同じことを言えるか? お前が、出会ったことも考えたこともないものだよ」
「今度はなんだ」
「まぁ、受け取れよ! こいつをよく見てみろ……馬鹿でも、これが何だか分かるだろうよ」
 ティーダがトレジャーバックから、勝ち誇った顔で何かを投げる。それを受け取り、じっと見る。何かの木の実を加工した入れ物のようだが、それが何かはよくわからない。ティーダに言われたとおりにそれを注視していると、アメヒメの電撃波が我の眼前で『何か』に命中し、爆発、四散する。

 これは――目つぶしの種を粉に挽いたものを、爆裂の種で拡散させる代物……と、気付いたときにはすでに攻撃されていた。
「行くぞ! アメヒメ!」
「了解、ティーダ!」
 目が潰れた時には、すでに敵の声が響いている。
「お前が出会ったことも考えたこともないもの……それは、喧嘩だよ!」
 不覚にも吸い込んでしまったため、咳込んでしまいそうだ。
「舐めるなぁ!」
 と、大声を張り上げても、敵は全く怯むことなく、我の排泄孔を抉る。ホタチだろうか、鱗に覆われていないその場所を攻撃されれば、どんなに強固な私の外皮だろうとひとたまりもない。それだけで、我は激痛に襲われて膝をつき、蹲る。咳が止まらない。いや、これはそれだけの話じゃ……耐え難いくらいに息が苦しい。なんだこれは? 
「ウザったい!」
 アメヒメが、そう言いながら我の口に何かを投げこむ。口の中にぶつかった何かは、口の中で爆発して口の中を針山のようにする。喉の奥まで棘の生えた礫が爆風に乗って突き刺さり、激痛でもはや言葉すら出ない。
「がぁ……ぐぁ……が……ぐはっ」
 口の中、排泄孔に走る激痛と、全身に走る倦怠感と息苦しさ、そして止まらない咳で、我はたまらず蹲る。
「黙れ」
 アメヒメの声とともに苦い液体が舌の上に広がる。これは、毒々!?
「そうだ、黙れよ。お前にとっちゃ9歳の子供も34のおっさんも関係ないかもしれないが、俺は、年端もゆかない子供にも手を挙げたお前の行動には腸が煮えくり返っているんだ。自分が殴られる理由を理解しやがれ」
 次は、ホタチだった。先ほど刺し貫かれた排泄孔に、さらに深々と傷をつけ、仕上げとばかりに血管に直接毒々を投げ込んでくる。
「話し合いもなく、お前にいきなり踏みつけられて……あの小さな子が……お前のせいでおびえているんだ。どうすればよかったっていうんだよ! もしかしたら、話し合えたかもしれない、分かり合えたかもしれない。それをお前は、俺達が命の声の息がかかった者って理由だけで、よくまぁ盛大に痛めつけてくれたもんだなぁ!? ちょっとやそっとで、許してもらえると思うんじゃねーぞ?」
 まだ、絞り出すようにティーダとアメヒメの毒が降り注いでいる。こいつら程度の毒ならば我の全身は侵せないが……血管に直接、しかも執拗にやられるとなると話が違う。もう……これは、無理だ。下手に動けば毒が回って死ぬ。

「罰が怖いから、報復が怖いから、人は自分勝手な行動を慎むもんだ……アンタは違う」
 ティーダがホタチを振り上げる音がする。
「神だから、誰も注意できない。神だから、誰も立ち向かおうとしない。だれも神相手に卑怯なことも出来ない! 今まではそうだったんだろ、お前? ふん、楽な人生歩んでやがる」
 我を嘲るようにティーダが笑う。
「俺は、卑怯な真似も、された。自分が間違った行動やミスをしたら、それを注意された。意見がぶつかり合ったら口喧嘩になることもあった。全部やられた! でも俺は、口喧嘩に負けて、卑怯な行いのせいで撤退して、ミスをすれば謝った。そうやって、次は自分の意見を押し通せるように、次はミスしないように、次は卑怯な事をされても勝てるように、そうやって生きてきたんだ! お前はそれをしていない……そんなの、何も知らないのと一緒だ。
 喧嘩の仕方も知らない奴が、喧嘩を説いているようなもんだ。その状態で世界を救うなんて、あまりに滑稽でへそで茶を沸かせるぜ」
 笑えない冗談だな、とティーダがマトマの実を我の顔にぶちまける。
「ぐぅああぁぁ……」
 それが小さな傷口に沁み込んでうめいているところに、なおも容赦なくティーダは顔に傷を増やし続けた。
「お前さ、ボードゲームやったことあるか? コマを動かして、王をとったほうが勝つゲームとか……あれ、普通は上から見下ろすゲームだけれど……もし自分がコマになった時、王として同じように指揮できるか? 王を守るために、弱いコマとして強いコマを倒すために命投げだせるのか? 俺達は盤面のコマじゃねえんだ、そうやって同じ視点に立たなきゃ、分からないことだってあるんだ。お前はたまには負け犬の視点にでも立ってみろ。惨めな気持ちを理解できるかもしれんぞ?
 お前は、命の声を、『自分さえ生きていればいいというわがままな声。身勝手な意志』だと罵っていたが……お前は命の声の言葉に耳を傾けたのか? 一般市民が身勝手な考えを理解しようとしたのか? 理解したうえで、お前は何かしようとがんばったのか? 庶民がどう考えているのか。何を望んでいるかを、きちんと把握したのか? 命の声をあんな風に殺すお前じゃ……理解しようともしていないのだろうな」
 気が付けば、攻撃が止んだものの、私はピクリとも動けなかった。

「無様な姿だな、キュレム。俺達は、お前に一回負けた……戦闘に失敗したんだよ。けれどね、俺はその失敗を糧に、学んだ。対策を練った。俺はね、お前の強さがグレッシャーパレスと砂漠の時とで違う事を見つけた。だから、お前も氷触体の影響を受けるってことだ。
 その度合いも『自分に自信がなくなれば無くなるほど強くなるんじゃないか?』と思ったが、予想通りだ。最初に出会った時のお前は、自信満々だったものなぁ……だから、氷触体の近くでもあまり影響を受けなかったけれど、今のお前は俺に論破されて、本調子が出せない木偶の坊だ。そんなんじゃ雑魚同然だぜ。
 その仮説をたてられたのも……他人の意見を聞いたからだ。悔しいが、ウザったくって仕方のないビクティニのおかげだ。『氷触体の力なんて、明るい気持ちで吹き飛ばせるさ』ってね。勝利の神様が言うんだもの、間違いないよな。全く、面倒だらけの氷触体だが、今回ばかりはその存在に感謝だぜ。
 そうやって仮説を立てた俺は、お前の自信を失わせることで、俺はお前を弱体化させた。隙を突く方法も必死で考えて、あんな小細工の目つぶしだって用意した。あの目つぶしを卑怯なんて言うなよ? ムンナがやったことだって十分卑怯だし。お前は、その馬鹿みたいな強さがそもそも卑怯なんだからな。強大な力を打ち破るのが考える力だ。学ぶ力だ。他人のアイデアや意見を取り入れる力だ。
 考える力、学ぶ力ってのは、自分のやったことを顧みないお前には無い力だ。他人の意見を聞かないお前に無い力だ。そんな簡単な対策程度で俺に負けちまうようだから、お前は世界を救えないんだよ、キュレム。弱者の視点に立ったことがないお前は、弱者が考えることが分からない。弱い俺達が卑怯な行いをしてでも勝ちに来ることを予想出来ない。弱者を理解していないお前が、弱者を救おうだなんておこがましいにもほどがあるわ」
 ティーダに痛いところを突かれると、キュレムは歯を食いしばり、悔しげな表情を見せる。
「お前の悪い頭でも理解できたようだな? お前は今まで何年生きてきたか知らねえが、その長い人生の中でお前は何も学んでいないんだよ。でっかい赤ちゃんのままなんだ。お漏らししないようにオムツでもしているんだな。金さえくれりゃオムツくらいウチの職人に作らせてやる」
 ティーダの蹴りが喉にあたる。
「わかったら、俺が世界を崩壊から救うところをそこで指をくわえて黙ってみてろ……って、指が届かないか。スターミーみたいなこと言っちまった。ともかく、お前がこれ以上、俺達を邪魔する気がないのならば、見逃してやる。しかし、まだ俺達を止めようとする意志があるのなら、そんときゃ全力でお前を叩き潰すぜ、キュレム」
 我が沙漠にてティーダに叩き付けた言葉と似たような言葉を意趣返しのように突きつけられて、悔しいがしかし何も言い返せない自分に腹が立つ。
「さ、ティーダ。早く氷触体の所へ行こう」
 アメヒメは、もう我に脅威はないと判断したのか、その場を立ち去ろうとする。
「ま、待て……無駄だ、お前達」
 もはや口も動かないので、我はテレパシーにて声をかける。
「お前達の想いの強さは分かった……特にアメヒメは、この場所に居てまだ立っていられるだけでも称賛に値する」
「そりゃどうも」
 アメヒメが面倒そうに答える。
「だが、そんなお前たちがどんなにあがこうとも……それでもやはり、未来は変えられないのだ……」
「だとしても、それはこの世界の住人の話だ。俺はニンゲンだからな」
 ティーダが我の言葉を一笑に付す。
「そうだな。ならば、その想いの強さの先に何があるのか……」
 咳き込む。苦しい……まったく、厄介なことをしてくれたものだ。
「それを見てみたい気もする」
「キュレム……」
 アメヒメが我の種族名を呼ぶ。
「見せてみろ、お前達の意思を。お前達の魂を……」
「ふん、言われなくたって見せてやるさ。お前のような雑魚がラスボスじゃ、英雄の物語だって締まらねぇ。俺達にとっちゃ役不足だぜ」
 ティーダは、自信満々に答えた。ふん、頼もしい事だ。
「そこで見守っててよ、キュレム。私達の意思をさ……行こう、ティーダ」
「あぁ、行こう。氷触体を壊しに」
 2人は突き進む。今まで、我に勝てる者などいなかった。ましてやゼクロムとレシラムを取り込んだ今の我を倒す手段など存在しないと思っていたのに……。ティーダが取った行動は確かに卑怯な手段だったが、その策一つで負けるという事は、言われてみればそんなことを予見できない我の責任だ。今まで我に勝った者は皆無だったことを思えば、如何に卑怯な手段と言えども、偉業である。それを成し遂げた奴らならば、世界を導いてくれるかもしれないと、そう思えた。


Ring ( 2015/06/26(金) 22:00 )