短編
第一七話:救済を阻む者

 グレッシャーパレスは、浮き上がるのみではなく、さらに徐々に南下し始めてきていると、スウィング様はおっしゃられた。予想よりも早くこの段階まで行ったので、世界が滅び、救われるのもそう遠い未来ではないとスウィング様は付け加える。
「そうか……」
 謁見を終えた私は、万感の思いを込めて、つぶやいた。
「ついに……世界が。なくなった方がマシだと思っていたこの世界も…… とうとう……なくなる」
 これまで、長かった。何度も何度も死にたくなったけれど、自分たちの行いが世界を救うのだと思えば、頑張れた。そして、その頑張りにも終止符が打たれる。
 思えば、ゴールのない道をひたすら厚くというのは非常に苦痛である。いつ死ねるかもわからない、いつ終わるかもわからない苦痛のぬるま湯につかった毎日は、たとえ涼風が吹き込むような出来事があっても苦痛でしかない。終わりが見えているから……それを過ぎれば苦しくないから。だから頑張れた。
「ムンナ様!!」
 物思いにふけっていると、不意にそれを切り裂くような怒号が届く。
「ドクロッグ、どうした?」
 ドクロッグのクレス。彼が大層慌てた様子でこちらにやってきたという事は……侵入者か。
「ティーダが……ティーダたちがここにやってきているんですロッグ!!」
「このグレッシャーパレスにか? どうやって紛れ込んだのかはわからないが、懲りない奴らだ。しかし、どうやって……」
「な、何でも……氷河の手前で孤立していたティーダを襲い、返り討ちに遭ったシャンデラのマナとラナからの報告によると、マグナゲートが地脈を操ることで移動するものだから、空中にあるここにはたどり着けない。しかし、それなら地脈を空中に跳ね上げるカードを作ればいいとかどうとかで……マナとラナは、今ちょっと休ませていますが、ボーマンダ様は応急処置だけ済ませて、レイク様の檻の方を守りに向かってしまわれました……」
「……全く。幾らすぐに報告できない状態とはいえ、単独行動はよせとあれほど言ったのにな。返り討ちに遭うとは情けない……」
「と、ともかく、すでにブニャットがやられているロッグ! ニンゲンであるティーダなら氷触体を破壊できる可能性もあるロッグ……このまま野放しにしたらまずいロッグ!」
 慌ててまくしたてるドクロッグに、私は落ち着けという意味を込めて顎をしゃくりあげる。
「落ち着け、ドクロッグ。慌てることはない」
「へ、どうして?」
「ゲノウェア山の時とは違う。あの時は逃げる奴らを探したが、今回は奴らの目指す場所が分かっている。それに、ここは私達の本拠地だろう? ありったけの罠を起動させておけ」
「そ、それは……」
「どうした?」
 私が罠の起動を命じると、ドクロッグは難色を示す。
「こ、ここの罠は致死性が高いものが多いロッグ……しかし、その、ティーダの仲間の中には、どうにもリア様がいるようなんだロッグ……」
「……本当か?」
「ラナとマナはリア様を見たことがないロッグ……しかし、名前を呼んでいるのを見たし、種族の特徴とも一致するから間違いないロッグ……どうするロッグ? いくらなんでも、リア様を殺すのは……」
 なんで……。なんで、リア様も、レイク様も、私達の事を邪魔しに……来るというのだ。
「わかった」
 苦虫をかみつぶすような思いで、私は決断する。
「いくつかの道を封鎖し、奴らを誘い込んでそこで一気に叩く! そうだな、大結晶の塔へと続く道まで誘導するんだ。迅速にな。相手を怪我させ、体調を悪くさせるくらいの罠ならば使用を許可する……いいな? リア様は絶対に殺すなよ」
「ドクドクドク! 了解ですロッグ!! 皆にも伝えておきますロッグ!!」
 そう言って、ドクロッグは走り出してゆく。
「くそ……」
 歯がゆい思いに歯を食いしばった。どうして、あんなにすばらしいレイク様とリア様が、私達を肯定してくださらないのだ。本当に、私達は間違っていないのだろうか?
 考えると、もう何も考えたくなくなってくる。
「私も、封鎖を手伝わなきゃ……」
 せめて、体を動かして忘れてしまおう。そうしないと、自己嫌悪に飲み込まれそうな気がした。

 ◇

 世界が滅ぼうとしている前兆なのだろうか、先ほどから地響きが止まない。もうすぐ……もうすぐ終わるのに。でも、ここにそれを阻む奴らがいる……止めなくちゃ。
「なんとなく……なんとなく、雰囲気がちがうところに出てきた気がするけど……ここは一体……」
 息切れをしながらやって来るエモンガが先陣を切っていた。道具を腐らせたり、戦闘に支障をきたさせたりするべく、今回は粘着質な液体や、不潔な泥ををぶっかける罠を大量に仕掛けていた。道中洗濯珠を使用しているようだが、それ、も使いきってしまったらしい、彼らはエモンガに道具を持たせることをあきらめ、罠を確かめさせることにしたのだろう。リアは小さなエモンガの分も荷物を背負い、罠を一手に引き受けたエモンガはどろどろに汚れている。
 自分勝手なイメージのあるエモンガだったが、案外率先して罠の犠牲になれるだけの精神も持ち合わせているらしい。リア様がそのエモンガをタトリにしているのが、何だか私達が情けない気分だった。
「暗くて何も見えないわね」
 少しだけ遅れて、リア様の声が聞こえる。彼女は、草食のポケモンゆえの視野の広さと、後ろへの攻撃力の強さを買われてしんがりを務めている。アメヒメとティーダは真ん中で、特に氷触体の破壊に重要なティーダは他のメンバーにかばわれている節があった。
「みんな! 気をつけて! 何かいる」
 息をひそめて不意打ちを掛けるつもりだったが、こちらも見つかってしまったようだ。アメヒメはすぐに四足歩行の体勢となり、戦闘の準備をして頬から放電、威嚇をする。エモンガは立ったままバチバチと頬から放電し、リアは意外にリラックスした立ち姿で、気配を探っている。

「お前達!」
 仕方がない。暗い所でも、奴らはきっちりと私達の居場所を探り当てている。このまま不意打ちを仕掛けようとしても、逆に手痛い反撃を喰らうだけだろう。
「この声……ムンナか!?」
 アメヒメが私の声だと気付いたようだ。そりゃそうか、捕まった時にあれだけ声を聞かせたからな……。
「お前達……リア様も。こんな世界を救ってどうしようというのだ!?」
「なぜ私の名を……もしや、貴方は遊牧民族の一員かしら?」
 リア様が尋ねるが、今は私が質問しているんだ、こっちを優先してもらう。
「こんな冷え切った世界。壊れかけている世界を、どうして!!」
 質問を終えて、照明係のシャンデラに合図をするために指を鳴らす。すぐさまシャンデラは周囲に光をともし、真っ暗闇を明るくさせる。エモンガが少し驚いていた。
「……私が答えてもいいかしら?」
 周囲の者達が状況を確認している中、リアが澄んだ声でこの広い空間に声を響かせる。周囲は崖と壁に囲まれており、その崖は地面から突き出た氷柱が策の代わりをしてくれている。出入口は今彼女らが出てきたところと、上に続く通路のみ。奴らはそれらの状況を確認し、さらにこちら側のメンバーも確認している。幾らでもするがいいさ……どうせ、私達に勝つことはできない。何倍もの数の敵にだって勝てたことだってあるのだ。
「世界は、捨てたもんじゃないからと思ったからよ。だから、まだ死にたくないし、貴方達を死なせたくない」
 毅然とした態度でリア様は言う。なんですか、それ……そんな理由で……リア様は私達の事を拒絶するというのですか。
「そんなの、無いですよ……リア様。私達は、滅びなければいけないのです」
「本当かしら、それは? 貴方達が生きたい理由を見ないふりをしているだけじゃなくって?」
 リア様は、自分の言葉に一片の疑いも持っていないかのようなまなざしで私を見つめる。そんな目、しないでください……
「ここにいる私の仲間。こいつらは、みんな世界が嫌になってしまった者達だ! 理不尽な世界、不公平な世界! 正直者ばかりが損をして、悪どいの者が潤う世界! 人の不幸を蜜の味としてたしなむ者がいる世界! 黙っていても不幸がやってくる世界! 裏切り合う世界! ……自分も、不幸をばらまく者にならなければいられない世界! そんな世界なら、いらない! 無くなったほうがいい!」
「そうね、無くなったほうがいいわ」
 リア様は、口では私達の言葉に賛同するも、その声色や表情は、反対など一切していないと告げている。
「肯定なんてするくらいなら、私達に賛同しろ!!」
 リア様は、私の言葉を冷たい瞳で肯定する。
「貴方の言葉はおおむね肯定だわ、ムンナ。私も、もしあなたと出会うのが一年早かったら……そう言っていたかもしれない。それでも、貴方に見せたいものがある。あなたに伝えたい感動がある。貴方に思い出してほしい日々がある……だから、この世界は捨てたもんじゃないの。
 領を追い出されてからの日々は、私も辛かった。でも、貴方がもっと辛かったのを知っている……今のあなたの言葉で、貴方達が復讐したことそのものにも苦しんでいたこともわかった。それを全部忘れるっていう事は出来ないと思う。けれど、たまには……楽しいものだけ見つめていてもいいじゃない。辛いことを忘れて、生きてみるのもいいじゃない。私は、貴方達を救いたい。貴方達の罪も赦して、私も一緒に罪を背負って、足並み揃えて生きて行きたい!
 だから……自分を赦して! 赦せるように生きてみて! 貴方達が苦しむことは、罪の償いじゃないの。お願い……誰かを幸せにすることで罪を償って欲しいの。例え、それで許されることが無くても、そうやって生きて欲しいの!」
 リア様の潤んだ瞳から涙が零れ落ち、頬に線を描いている。
「苦しむことは、償いじゃない……なんて。そんなの、分かってる。分かっていても、どうしようもないんだ……私は、もう取り返しのつかないことを何度もやっている。だから、私はもう、自分が不幸になりたくないし……不幸になる人を作っちゃいけない。私はもう、何もしちゃいけないの……だから、世界を終わらせないといけないんだ。救わないと、いけないんだ……それを、邪魔するなら」
 私の涙が、凍り付いた床に滴り、見る見るうちに凍っていく。冷たい、涙だった。
「たとえ、リア様であろうと相手になる。みんな、準備はいいよね」
「ドクドク!」
「デラッシャー!」
「もちろんでゴワス!!」
 ドクロッグ、シャンデラ、ギガイアスの声が響く。集められたメンバーはこれだけしかいないけれど、勝てない相手ではない。それがリア様であろうと、勝つしかないんだ。大丈夫、リア様の苦しみも、消し去ってあげられる。

「皆! 来るよ!」
 アメヒメが仲間に警告する。お前も、ここで倒してやる。
「この世界は無くなるべきなんだ! だからお前達、この先は絶対に通さない! 絶対にだ! 皆、密集して守りを固めろ。葦となって、敵の攻撃を防ぐんだ!」
「了解ロッグ!」
 私は達は寄り集まる。敵の4人も寄り集まっているがその程度、私達の連携には及ばない。
「行くぞぉぉぉ!!」
「痺れちまいな」
 ティーダが声をあげてハイドロポンプ、エモンガが続いて放電を放つが、そんなの当然最前列のギガイアスの『守る』によって防いでもらう。
「くそ、前情報とおりね、私が行く!」
 私達の『守る』の連携をどこかで知っていたのだろう、アメヒメが駆け出し、前に出る。とっさにシャンデラが躍り出て、アメヒメの攻撃から守るも、まずは急速なブレーキでその守を不発にさせられる。やはりフェイント。それが来ることが分かっていても、アメヒメのフェイントのテクニックはよほどのものらしい。ギガイアスたちの岩雪崩を巧みにかわして、シャンデラの妨害をものともせずに『守る』の隙間を縫うようにして攻撃を加える。
 しかし、それもギガイアスにヒットしただけ。物理攻撃にはめっぽう強いギガイアスに、効果はいま一つのノーマル技を与えたところで、倒せるものではない。
「くあっ!!」
 アメヒメはドクロッグの不意打ちの餌食になるだけだ。リア様は、道具袋を漁って、小刻みに足を動かしながら種をがりがりと食べている……あの種はなんだ?
「やはり、やるしかないのね」
 そんな時、声が聞こえた。リア様の声だ。彼女もまた、岩雪崩をかいくぐり、シャンデラのオーバーヒートを華麗にかわしている。いつの間にか光の壁を張っているし、後ろにいるだけではなくサポートはきちんと行っているようだ。
(みんな、まずはリア様を狙うんだ! 何かする気だ!)
 念じる事で、全員に指示を伝える。
 リア様は、単体での強さならばティーダとかに劣るかもしれない。けれど、力の強さや足の最高速度など、単純な肉体のスペックであればこの場にいる誰よりも強力だ。それに、あの思わせぶりな言い方が気になってしまい、私はひとまずフェイントを使えるアメヒメの処理を捨てた。しかし、リア様は私が皆に下したの指示を察したのか私達を中心に反時計回りに回りながら、円の外側の方に逃げていく。これじゃ狙いがつけにくいぞ……くそ。
「させるかよ!」
 リア様を守るためか、電光石火のスピードでエモンガは私達の後ろに回りこんで、放電を仕掛けるも、それにいち早く気付いたギガイアスの思念が皆に伝わり、後ろ側に居たギガイアスが仲間ごと守る。ここぞとばかりにシャンデラのシャドーボールが飛んで、エモンガは避けようにも間に合わない。腕をかざしてなんとか耐え忍ぶも、ダメージはかなりのもののはず。
「なんだってんだよ、畜生。守りばっかり堅いやつらだ」
 毒づくエモンガにとどめを刺そうと、ストーンエッジを飛ばそうとするギガイアスに、忍び足で近寄ったティーダがシェルブレードを放たんとするが、そんなものが感覚を共有した私達に通じる筈もない。そもそも、遠くに一人視力の良いポケモンを配置させて、そいつに全体の動きを把握させているのだ、敵のすべての動きは全員が手に取るようにわかるのだ。
 ティーダのシェルブレードは体ごと弾き飛ばされて、ティーダは苦し紛れに空中でホタチを投げる。エモンガはストーンエッジの隙間を縫うようにかわし、やり過ごす。ティーダが投げたホタチは私達の仲間には当たらない起動だったが、ブーメランのように戻ってきたそれを後頭部から当てようという算段だろう――いや、ホタチが黒い、シェルブレードじゃないのか!?辻斬りならば一応シャンデラには通用するが……
「貴方達を救ってあげたいの……これが、その覚悟だ! アメヒメも、お願い」
 そういえば、いままでリア様は何をしていた? 種を食べて、その時の小刻みな足の動き……あれは、もしや剣の舞を最小限の動きでやっていたのか? リア様の呼びかけに応じて近寄ったアメヒメは、リア様のバッグをひったくる。今の技は泥棒……ティーダのあれは辻斬り。リア様が走り出したところに、エモンガの追い討ちが……これは全部悪タイプの攻撃じゃないか。つまり、リア様は仲間からの攻撃で正義の心の特性を発動させている?
「ぬおっ!!」
 ギガイアスが、リア様の渾身のインファイトを受け止める。一歩ごとに氷の床はひび割れ、フロア全体を揺るがすように地響きが鳴り響く強烈な足取り。いつも、足跡すらほとんど残さないようなゲノウェア山で見たリア様の軽い足取りからは想像もつかない力強い走りだった。ギガイアスがそれを受け止め、一安心したところで、それは間違いだと気付かされる。
「ムンナ。確かにあなたの守りは――」
 リア様は、ギガイアスに攻撃を受け止められてなお、勢いを衰えさせることなくそのまま押して押して押しまくる。
「攻略が不可能なほどに堅牢……」
 リア様が足に渾身の力を込める。『守る』によって発生した緑色の障壁の内部にいる者達にダメージはないものの、その慣性だけは容赦なく伝わってゆく。今のリア様の力ならば、障壁ごと押し出されてしまう。
「けれど、守ってばかりじゃ!」
 剣の舞と猛撃の種と正義の心の特性によって、常識を外れた膂力を得たリア様に、まるで玉突きのようにはじき出されたギガイアスはそのまま孤立するところまで押し出されてしまい、その後にいたギガイアスまでも、踏ん張り切れずに一緒に押し出されて孤立させられてしまった。
「ダメなのよ!」
リア様が通った跡は、まるで薄氷にタネマシンガンを掃射したかのように轍が出来、その轍を挟むようにして仲間が両断されている。
 そのまま、リア様が二人のギガイアスをグレッシャーパレスを支える柱の一つ、このフロアの出口近くにあるそれに叩き付ける。まだ守るがぎりぎり発動していたからギガイアスは何とかなったものの、あと少しでそのまま押しつぶされてやられてしまうところだった。
「前に進みなさい、ムンナ。数十の集落を壊滅させられた貴方なら、その力を正しい事にも使えるはず」
 気付けば、遠くで見張らせていた者も含めて誰もがリア様の事を見ていた。そこに、アメヒメとエモンガの放電が見舞われ、さらにティーダの波乗りが、皆を濁流に飲み込まんとする。守るを張りなおして、寸前で3人の攻撃を阻止したものの、ティーダは波乗りでそのままリア様が押し出したギガイアスの元に向かい、リア様の聖なるつるぎを見舞った。聖なる剣による攻撃の後に、ティーダによるホタチのシェルブレード、熱湯の追撃で、ギガイアスを2人撃破する。
「な、嘘だ……私達の守りがこれだけの少人数に敗れるわけがない!」
「嘘じゃ……ないわよ!」
 うろたえる私に、リア様は再びインファイトを放つべく、こちらに向かって突撃する。
「あんなの、反則じゃないか……」
 それを阻止せんと、私はサイコキネシスでリア様を宙に浮かせる。しかし、駆け抜けてきたアメヒメのフェイントにギガイアスが小突かれ、そうして無防備になったところでエモンガが私の顔面に張り付き、10万ボルトで私を焼く。私が目を白黒させているところに、リア様は肩から翼のように草の刃を析出させて、鞭のようにしなるその刃を操り味方に当たらないように私達を切り刻む。残った被害明日は頑丈の特性があるから耐えきれたが、おそらくはその一撃で本来なら残ったギガイアス2人がやられていたことだろう。
 少し上に退避した私だが、そこにティーダの熱湯が飛んできた。
「くあっ」
「いたぁぁ!!」
 エモンガと、私の声が重なる。どうやら、私に張り付いて攻撃していたエモンガも熱湯を喰らったようである。
「あぁ、すまねぇエモンガ! 誤射しちまった!」
 走りながらホタチを拾い、ティーダは私を足蹴にしてから、私を盾にしつつ私をホタチで何度も頭を殴る。仲間は、私が盾にされているためにティーダに手出しをできない。
「構うなティーダ! 誤射なんざよくあることだ、そんなことより、こいつを……うぐぁっ!」
 熱水をかぶったエモンガは、さらにシャンデラのオーバーヒートを喰らい、燃え盛る火炎を浴びてしまう。冷たい床にぬるま湯にされた水たまりがあるので、そこを転げまわることで何とか炎を消すことはできたものの、すでに彼は満身創痍。私も、ティーダに張り付かれたまま辻斬りを何回も当てられて意識があいまいだ……こうなってしまったことは一度もなかったが、おそらくすでにテレパシーによる意識の共有も出来なくなっている。
 そうなってしまえば、もうティーダたちに勝つの不可能だろう。エモンガはやられ、限界を遥かに超えた力を発揮していたリア様も倒れてしまったものの、アメヒメとティーダがまだ残っている。こっちの戦力は、ぎりぎりで生き残っていたギガイアスは2人とも倒れ、ドクロッグもいつの間にかやられている。残るはシャンデラのみ。それも、ティーダのシェルブレードのせいで簡単にやられてしまった。
 完敗だ……まさか、リア様があんな力押しの技で私達を分断して攻めるなんて……思いもしなかった。あんな力技をすれば、体はガタガタになるだろうに、それを承知の上でやったのなら、恐ろしい覚悟だ。勝てるわけがない。


「やった……勝った。ついに、ついに倒した……」
 荒い息をつきながら感嘆の声をあげるアメヒメに、立ち向かう気概がある者は誰もいない。私も含め、立ち上がろうとしてうめき声をあげるのが精一杯である。
 ティーダとアメヒメは私達への警戒を解くことなく、戦闘態勢をとり続けその間にリア様が這うようにして動けないエモンガを回収している。この戦闘で誤射を含め、一番ダメージを喰らった彼の体をいたわるように草結びの技で彼を抱きかかえ、背中に乗せる。心配そうなリア様の表情が、目をそらしたくなるほどに辛い。私達だって貴方を攻撃などしたくなかったのに……どうして、戦わなきゃいけないんだ。リア様も、レイク様も、戦いたくなどなかったのに。
 不意に、地響きが起こる。それを受けて、敵が会話をしているが、全く頭に入らない。
 もう少し……もう少しなんだ。だから、もう少しだけでいい……だから、ちゃっかり集合して先へ行こうとかいう会話をしている敵達を止めなきゃ。せめて、時間稼ぎだけでもしなきゃ。
「待て……お前達。先には、絶対行かせない……滅びの運命は、絶対に変えさせない!」
 かすれた声で呼びかける。アメヒメたちはしばし無言を貫いてこちらを見ていたが、大きな地響きが起ころうと私が意地でも目をそらさないのを見て、諦めたようにため息をついた。

「どうして……どうして君達はそこまでして……世界を滅ぼそうと……」
 アメヒメが私に問う。
「ここにいる私の仲間たちは……みな、世の中から捨てられた者達だ! 私も、そう……私も世の中に振り回され、裏切って……それに抗うために、さらに弱い者に同じことをした。そして、絶望した……そんなどん底の淵をさまよっていた時に、私は皆と……そしてスウィング様と出会い、この世界の運命も知った。何も持っていない私でも皆は優しく受け入れてくれた……心を通わせてくれた、赦してくれた。
 その時、私は決めたんだ。ここにいる仲間と、みんなと一緒に、この世界の運命とともに、静かに消えていこうと。世界が救われるのを見守りたいって……」
「君の絶望が……どれだけ深いものかはわからない。ビジリオンから君たちの話を聞いて、どんな聖人君主でもその状況じゃ正気を保っていられないだろうかとか、考えてしまったこともある。だから私も、君たちがやったことを、非難できない……私は同じことをしないと、胸を張って言い切ることは出来ない。けれど、でも……仲間をそこまで大切に思っているなら、尚更だよ。みんなが消えてしまう事は、本当に良いの?」
「な、何が言いたい?」
 五月蠅い……アメヒメの言葉が、五月蠅い。
「大切に思うなら消えて欲しくない。本当に大切なら、幸せになってほしいとか、そう願ったりはしないの?」
「そんなこと……言われなくたって分かってる!」
 裏返った涙声で私は叫ぶ。
「今の世界でどうやって幸せになれる!? 今の世界に在るのは苦痛な時間だけだ。だったら、せめて苦痛だけでも消す事が出来れば、それだけでも世界は好転するんだ。それでも、一人ずつ死んでいくなら、残された者達に悲しみが残る……でも、みんな一緒なら、悲しみすら残らない。何も、残しちゃいけないんだ。この世界の、絶望も、憎悪も……希望を得るために犠牲を生み出した罪も、何もかも存在しちゃいけない。
 皆、一緒ならいいんだ……仲間が大切だから、たとえ死んだって。感情を失ったって、一緒なら、大丈夫……ずっと、一緒に居られる。だから……たとえ、ここで死ぬことになろうとも構わない!! 行くぞ! いけ、皆!」
 私は、アメヒメ、ティーダ、リア様の三人にテレキネシスを掛け、空中へと浮かせる。
「大爆発だ! 君達が死んだら、私もすぐに後を追う! 寂しくないんだ!」
 私が叫ぶと、真意を理解したギガイアスとシャンデラが、ティーダたちへと殺到する。大爆発なら、今のきずついた奴らを仕留めることだって、出来るはず。
「いけない!」
 私達がやることをとっさに察知したのか、リア様が草結びで地面から草を伸ばし、アメヒメとティーダを自分の大きな体の後ろに退避させる。それを追ってギガイアスが大爆発を放った。大きな体でそれを受け止めたリア様。背中の上に乗っていたエモンガが吹っ飛ばされた。さらに、もう一人のギガイアスがリア様に躍り掛かる。リア様は『守る』を発動して自らの体に障壁を纏う……が、その守りが解けるタイミングを見計らい残った二人のギガイアスの大爆発と、シャンデラのオーバーヒートが残っている。誤射を恐れずに放たれたオーバーヒートがギガイアスごとリア様を焼き、とどめとばかりに大爆発が叩き込まれ、リア様はアメヒメとティーダをかばい切って、そのまま崩れ落ちる。シャンデラも、もはや限界だったのだろう、オーバーヒートを放った後は地面に落ちてしまったが、それが演技だったら困るとばかりに、アメヒメにとどめとして雷を落とされている。
 私も、ティーダの連続斬りによる追撃を受けて、ひっくり返された揚句に喉元にホタチを宛がわれている。
「このまま……とどめ刺してやろうか、てめぇ! 俺はお前達を生かして……一緒に生きようと思ったのに!」
 リア様に重傷を負わせたことで怒りに満ちているのだろう、ティーダが今にも襲い掛かってきそうであった。

「待って……待って、皆!」
 そこに、エーフィが現れる。体中傷だらけでフラフラだ。
「ブラッキー……エーフィ……」
 遅れて現れてきた、同じく満身創痍なブラッキーを見て、息も絶え絶えにエモンガが呟く。
「よかった、間に合ったみたい……でも、ビリジオンとエモンガが酷い怪我……早く治療しなきゃ……」
 エーフィとブラッキーが真っ先にリアとエモンガを心配する中、ビリジオンは瀕死になりながらも驚愕の目でその奥にる人物を見つめている。
「ケルディオ……レイク!」
 目の前の光景を信じられないといった様子でつぶやいた言葉は、ケルディオの名。
「ケルディオ、お前どうやって氷の塔から!!」
 あそこにはゴルーグ達に守らせていたはずなのに、ボーマンダ様もいたのに。このエーフィとブラッキーが、たった二人で倒したのか……やっぱり、厄介な奴らだった、この探検隊2人。
「今の世界の状況は、大体の事をブラッキーたちから聞いた。ムンナ……悪いけれど、ここはティーダ達を通させてもらうぞ」
 レイク様も、食糧は少なめだったせいもあってか、脚は頼りなく震えている。それでも、眼光だけは衰えることなく、私達を見ている。
「エーフィ、氷の塔って?」
「ケルディオがいた塔よ。ケルディオはグレッシャーパレスに閉じ込められていたの」
 アメヒメの問いにエーフィが答えるも、それは少し違う。
「違う、レイク様ははわざと捕まったんだ。私達を説得するために……」
 アメヒメとティーダが、声をあげながらケルディオを見る。
「レイク様は、初めてグレッシャーパレスに来た時……私達に発見されて、歓迎した。仲間になるようにも悟ったけれど、レイク様は断った……」
 リア様もだ。どうして、こうなるんだ……
「当然だよ。破滅する未来に、納得なんかいかないしね。一度、気絶したふりをして、命からがらなんとか逃げ延びたけれど……それ以来僕は、キュレムやムンナ達から追われるようになった。そして何度も危険な目にあった。ただ……追われているうちに少し疑問が沸いてきたんだ。いや、思えば最初からあった疑問だった。『ムンナ達は、破滅の未来について本当に納得しているのか?』という疑問だ。
 だから、仲間がいない時を見計らって、何度かあえて自分から話をしに行ったんだけど…… ムンナ達はぜんぜん聞いてくれなくてね。それで結局僕は捕まり、ここに閉じ込められてしまったんだ。
「当たり前よ! そんなの……聞けるワケがない!」
 レイク様の言葉に、私は反論する
「どうかな。僕にはそうは見えなかった。今でもね……だって、ここで僕と出会った時のあの時の反応は――」
「違う! 違う! あの時、嬉しかったのはレイク様と一緒に死ぬ事が出来るからだ! もし、風穴の丘で出会ったとしても……嬉しくなんてなかった。私はあの時、このグレッシャーパレスで出会えたからうれしいだけなんだ……私達にとって、今の世の中にはいい事なんか何一つない!! 皆が一緒なら悲しくないし、怖くもない!」
 仲間たちがすすり泣く声が聞こえる。そうだ、みんな苦しんでいるんだ、苦しんだ末に出した答えなんだ。それをどうして否定するんだ。
「だから、いい事なんてない世の中だから! 私達は消えるしかないんだぁ!!」
 金切声をあげたせいで、喉の奥が切れてしまいそうだった。涙が、止まらない……どうして、理解されないんだ。どうして、
「いいことがないだって? あるじゃないか……仲間がいるじゃないか」
 アメヒメの声が聞こえる。分かってる、そんなことわかっているんだ。
「やってることはどうであれ、仲間との絆は深いじゃないか。みんなと支え合って生きているじゃないか。お互い感謝し合って生きているんじゃないか!?」
 五月蠅い……アメヒメのいう事なんて、分かってる。
「このまま消えて本当に良いのかよ……俺は、仲間とはどんな時でも……一緒に居たいぜ」
 そうとも、エモンガの言う通りだ。けれど、どんな時って……あんな時でもか……お前は何も知らないくせに勝手なことを言うな。
「みんな、大切な仲間をなくしてまで本当に消えたいと思っているの!?」
 リア様……大切な仲間だからこそ、不幸にしたくないんだ。どうあがいても不幸なら、せめて、無になりたいんだ。
「ムンナの言いたいこともわかる。どんな仲間とだって、牢獄に居ちゃ生きているのも辛いかもしれない……今の世の中が、君にとって牢獄のように辛いのかもしれない、嫌かもしれない。でも、もし希望満ち溢れた世界に代わるのなら……もっと生きたいと思うんじゃないの?」
 アメヒメ……そんなこと、分かりきっている。なのに、どうしてそんなに何度も聞くんだ。黙って、消えたいだけなのに!
「そうだよ! その通りさ! でも、どうすればいいのさ……そんな世界を作ろうとして、スウィング様が無理だった。レイク様も、リア様も、出来なかった。希望に満ち溢れた世の中だって? そんな世界が、来るのか? もし、氷触体がなくなったとして、本当にそんな世界が!!」
 私はアメヒメにつかみかかる。凍った血液が一部剥がれ落ちて、アメヒメの顔にかかったが、彼女はそれを振り払うことなく、私の目をしっかりと見つめる。網膜の奥まで見透かすように、まっすぐと。
「きっと来る。私が作る。それじゃだめ?」
 なんで……こいつは。そんなことを言い張れるんだ。スウィング様ですら、無理と言ったのに。レイク様やリア様が無理だったのに……どうして。
「正確には、私だけじゃない。私とティーダと……そして、私とティーダが心を動かした、人達と……私とティーダが心を動かした人たちに心を動かされた人達と。私とティーダが心を動かした人たちに心を動かされた人達に心を動かされた人達と」
 アメヒメはそう言って、改めて私を見つめる。
「……そうやって、心は伝わる。思いは伝播するもんだぜ。結局、世界を救うのに必要なのは、一人の質じゃなく、数なんだ。でも、数を動かすのは暴力じゃ難しい……だから、俺達が率先して動くんだ。道しるべになるんだ。アメヒメが縦糸となり、俺が横糸になり、虹という道しるべを作るんだ。一人じゃ、無いんだよぜ……ムンナ。スウィング……キュレムは、仲間を作ろうとしたのか? 人を導いたのか? ただ、自分勝手な理想を押し付け、独りよがりの真実に絶望しただけじゃなかったか?」
 アメヒメの言葉を継ぐように、ティーダが諭した。

「もしも道に迷っているならば、私が導く。だから、目を覚まして……私の手を取ってよ、ムンナ」
 アメヒメが私の手を取る。今、このときならば……不意打ちでも何でもいい、アメヒメに致命傷を与えることだって出来る。今なら、出来る……なのに。
 体の奥底から震えがこみ上げて……涙が、溢れて……出来ない。殺せない……どうして。
 ひときわ大きな地響きにも、アメヒメは動じなかった。ずっと、私の手を取って、祈るように抱きしめている。
「アメヒメ、逃げて!」
 そんな時、聞こえた声。確かエーフィのものだったその声に反応して周囲を見ると、先ほどリア様がギガイアスをぶつけていた柱が、こちらに倒れてきている。このまま、アメヒメを、道連れに……
「畜生!!」
「うわああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 私が声を荒げてアメヒメとともに柱の向こう側。奥へと続く階段側に退避する。アメヒメの叫び声がフロアにこだまする。道連れにすることも、致命傷も与えられずに、私は落ちてきた柱から逃れた。避けるのが間に合わなくって、頭に鈍い音がした……柱がかすったらしい。
 それにしても、アメヒメを殺せなかった……チャンス、だったのに。周りの者達から、敵味方を問わずに驚く声が聞こえる。
「ムンナ! ムンナ! 大丈夫、ムンナ!?」
「敵の心配をするなんて……優しいやつだな、お前は」
 強がったセリフを、私は発していた。
「だって、敵だけれど……貴方は、悪党ではない。だから、いつか分かり合えるって信じてるから……」
「そうか……けど心配するな……大丈夫だ。それより、先に行け……」
 お人好しなアメヒメを後押しするような言葉を投げかけると、アメヒメは目を見開いて尋ね返す。
「私は、スウィング様に忠誠を誓った身だ……お前の手を貸すことはできない。でも、頼む……この世界を、救ってほしい。氷触体じゃない方法で……救ってほしいんだ」
「ムンナ、お前……」
 と、ティーダが私の顔を覗きこむ。その背中を、アメヒメが軽く手で叩いて、お互い顔を合わせて頷きあった。私の事を祝福するように笑顔だった。
「ティーダ、アメヒメ。僕は君達の事を良く知らないし、君達も僕の事を名前くらいしか知らないから、厚かましい願いかもしれないけれど……でも、僕からもお願いだ。この世界を……何より、ムンナ達を救ってあげて欲しい。この世界に生きることを、赦してあげて欲しい」
 レイク様が、そう言った。私を、救う……私を、赦す……いいのかな、私なんかが生きていても。どうして、レイク様はこんなに……私達のために頑張ってくれるんだ。これが、幸せだとでもいうのか……
「お……俺からも」
「おいどんも!」
「私からも、お願いです……世界を、頼みます」
 ドクロッグ、ギガイアス、シャンデラと、口々に声が上がる。
「ごめんな、ティーダ……俺達自身ボロボロだし、エモンガとリアの応急処置をしなくっちゃいけないから、一緒にはいけないけれど……でも、イーブイの得意技の手助けを世界の裏側まで送るつもりでやってやる。だから、頼むぜ」
 ブラッキーが言う。
「アメヒメ、頑張りなさいよ……」
 エーフィが力強く命令する。
「2人とも……しっかりやるのよ」
 リア様が、ぼろぼろになりながらも声を振り絞った。
「後は任せたぞ……ティーダ、アメヒメ。キュレムをぶん殴って、ついでに氷触体もぶっ壊して来い」
 満身創痍になりながら、エモンガが手を突き出して送り出す。
「……氷触体って、希望の力に弱いんだっけか」
 みんなの声援に満足して頷きながら、ティーダがアメヒメに訪ねる。
「うん、きっとそうだよ、ティーダ」
 皆からの激励に、ティーダの声が微笑んでいた、
「ムンナ。そして皆、ありがとう。私達、行ってくる。でも……私達が救うのは、世界じゃないよ。貴方達を、そしてキュレムも救うんだ。さぁ行こう、ティーダ」
 アメヒメの手がティーダの手を掴む。それをティーダがぎゅっと握り返す。
「あぁ、ちょっと英雄になって来る。その時はお前ら、誰でもいいから俺をたたえる歌を作ってくれよな。そしたら、メロエッタのやつに歌わせて、永遠に名を刻ませてやるぜ」
 ティーダは軽口をたたいて奥のフロアへと続く階段の向こうに消えた。

「行っちまったでゴワスな」
 ティーダたちが消えていった方向を見つめて、感慨深げにギガイアスが言う。
「そうだ、ムンナ様!!」
「ムンナ様、本当に大丈夫なんですか?」
「ムンナ様ぁ!!」
 ドクロッグも、ギガイアスもシャンデラも、思い出したように私の心配をする。
「五月蠅いな……大丈夫だって言っただろう……ティーダも、本気でやれば私を殺す事なんて簡単だったろうに……まったく、どいつもこいつも甘いやつらだ……私は、あいつらを殺そうとしたのに」
 その甘さが、奴らの強さなのだとしたら……どうか、勝ってほしい。世界の崩壊を回避して、マイナスをゼロに変えるよりもすばらしい結果にして欲しい……プラスの世界にしてほしい。
「ねぇ、ムンナ」
 損な事を考えていると、ふらふらとした足取りでレイク様が歩いてきた。
「心配してくれる人がいる。想ってくれる人がいる……慕ってくれる人がいる。それが幸せってものだと僕は思っている。そういう風にリアに教えられた、だから、僕は君達領民のことを想って政治をした。そして、君達に慕ってもらえた。君も同じだよ……随分と慕われているじゃないか。君は幸せ者だよ、ムンナ」
 レイク様の言葉に、私はどう反応すればいいのかわからない。ただ、ずっと無性に泣きたくなるこの気持ちが、もしかしたら幸せなのかもしれないと、そんなことをなんとなく考えた。

 ◇

 ふと、空を見る。東の空を横切っていたグレッシャーパレスは、今はもう南南東にある。どこへ行くのかは知らないが、いよいよなんだかやばそうな雰囲気だ。
「アイカ……変わったよな、お前。ティーダと話してから、キュレムに出会う前よりも、生き生きしている」
 アレクが私にそんな言葉をかける。私は、ティーダと別れた後、街の住民にとにかく生きたいと思える理由を探せと声をかけた。各々の努力は必要だが、『私は必ずこの街をもっといい街にして見せる』と宣言し、『だからお願い、生きたいと願ってくれ。ティーダの無事を祈ってくれ』と、頼み込んだ。そして、私はペリッパーの速達の手紙を受け取ってからは、街の外にも出かけ、となり街は小さな集落にも、片っ端から同じことを言って回った。
 とにかく、世界を良い方向に持って行くと宣言して、人々に前向きに生きてもらおうと頑張った。宗教上の理由でニンゲンが崇拝されているので、私自身の正体がニンゲンであることもまた、必要があれば触れて回った。どうも、行商人やメロエッタから事情を聴いているらしく、その正体を明かすと、驚くほどすんなりと受け入れてもらえた。
「うん……恐れる必要はなくなったから」
 速達の手紙によれば、ティーダ達はグレッシャーパレスに乗り込むと言っていた。それならば、キュレムも、その従者も私に構ってなんていられないだろうし、かまってくれるならそれはそれでティーダたち割かなければならない人員が減る。私がティーダの囮になれるなら本望だ。
「あそこに乗り込むことはできない……そんな弱い私でも、戦う事は出来る。助けになることはできる。弱いなりに、臆病なりに、ティーダを、助けなくっちゃ。信じてるよ、ティーダおじさん」
「……付き合うよ、アイカ。頑張ろう!」
 分かってる。でもその言葉は……私じゃない、誰よりも、ティーダさんに向けて放つべきだろう。
「頑張ってよ、ティーダさん。私も、頑張るから」



Ring ( 2015/06/26(金) 21:57 )