マグナゲート短編集 - 短編
第一三話:心に虹を
 ムンナに騙されてからの逃走劇。さらわれたアメヒメの救出。そして砂漠を突っ切る決死の逃走劇の果てに、俺は一度殺されかけた。
 夜の砂漠の寒さを、あざ笑うほどの強烈な冷気を伴って現れた巨大なドラゴンは、あの時、サザンドラのクロースちゃんを冷凍ビームで凍らせたのち、一撃でその体を粉砕した。彼女は自身の事を『ポケモンではない』と言っていたが、その意味が分かるくらいにあっさりと砕けた体は、肉片どころか地の利ひとつ残らず消え去った。いい女だったのに。
 その際に聞いた話を纏めると、こんなところ。
・俺達ニンゲンは、ムンナではなくサザンドラのクロースちゃんがこの世界に呼び出したという事。
・しかし、ムンナは夢に語りかける力が異常なほど強く、そのため命の声であるクロースでさえも俺たちに呼びかける事は出来ず、途方に暮れていたという事。
・クロースちゃんはやはりというべきか、俺意外にもニンゲンを呼び寄せていたという事。
・しかしそれらは俺がやられたのと同じ方法で始末されており……キュレム曰く、時折立ち上っていく山吹色の光は、そういったニンゲンがニンゲンの世界へと還っていく光であったという事。
・そして、この世界には氷触体という物質があるらしい。その氷触体というのは、世界を滅ぼす力がある物質らしく、人々の怒り、憎しみ、妬み、悲しみや絶望といった負の感情が生み出したものだそうだ。
・それが世界を滅ぼすと知っていてなお、キュレムはその氷触体を守っているらしい。彼はこの世界を一度リセットするつもりなのだとか。
・その理由は、この世界が今は非常に冷え切っているからだという。皆が各々の欲望のために動き、騙し合い、裏切り合い、弱いものが搾取・淘汰されるからだという。
・氷触体には、普通のポケモンは近づくことすらできない。それは、絶望の力が周囲に満ち溢れているからとかで、その力は以前グレッシャーパレスに乗り込んだ時に、アメヒメやリアなどがバタバタと倒れていったことで実証済みだ。
 だが、その影響って、もしかしたら……キュレム自身も? 砂漠でのあいつは、別人かと思うほど強い威圧感だったし。
・そして、ニンゲンにはその影響が少ないから氷触体を壊せるかもしれないという事。これも同様の理由で、仮説は正しそうだ。
・俺達人間が氷触体を壊せるかもしれないので、キュレムは俺達ニンゲンを殺していたらしい。もはや滅びの未来は決まっているというのがキュレムの言い分だ。
 しかし、この世界にとっての異物である俺達ならばそれを覆す可能性があるし、それをするなら容赦なく俺を殺すとの事。

 ただ、あの時の俺は戦意を喪失し、完全に恐れをなしていたため、見逃してもらった……くそ、情けねぇ。
 キュレムはこうも言っていた。命の声、サザンドラのクロースという存在も『この星に住むすべての生命の声』と聞けば聞こえは良いが、実際は『自分さえ無事ならばそれでいい』という身勝手な意志に過ぎないのだと。その声の中に、アメヒメの声は入っていないのだろうか? 少なくともあいつは、みんなを幸せにしたいと願っているというのに。
 そんなことを考えてしまうと、何ともやるせなかったし、キュレムの事が嫌いになった。世界を滅ぼしたいという目的も、迷惑だとかそういうことを差し置いても気に食わない。仲間からの応急処置や、エーフィ・ブラッキーからの『願い事』のおかげでわずかながらに体を癒し、意識を取り戻した俺は、いろんなことを思い出して悔しさに歯を食いしばった。
 治療してくれた皆は、どうやら命の声に導かれてこの付近に集まっていたらしく、しかし具体的な場所までは分からなかったため、集めるのには時間がかかってしまっていた。
 そして、最終的には声だけではなく、きらきらと光る者がエモンガたちの傍を横切って行ったらしく……それはおそらく、命の声の最後の力だったのだろう。
「命の声は、この星に住むすべての自然の声だって言ってたわよね? それが私達を導いたのだとしたら……命の声は、その化身であるサザンドラが砕かれてもなお、私達が世界を救う事を望んでいるのかもしれないわね」
 冥福を祈るように、綺麗な星空を見上げてエーフィが感慨深げにため息を漏らす。
「そうかもしれないが……」
 対照的に、ブラッキーは地面を見て落胆している。
「アメヒメから聞いたキュレムの話しからすると、この世界に住む人間達の身勝手な心が、この世界を冷えさせているって事だろう? 人間たちの負の意識が氷触体を生み出したという話は、サザンドラも言っていたわけだから間違いないだろう」
「そうね。神話でも、アカギ様は感情のない世界を望んでおられた……それが出来ないニンゲンの世界に絶望した彼がこの世界を作ったそうだし……感情をなくすための手段がその氷触体というのなら、神話との整合性も取れる」
 ブラッキーの言葉にリアが補足するように言う」
「そう……リアの言う通り。で、あれば……たとえ氷触体を壊せたとしても、何も変わらないんじゃないか? 今の世の中はポケモン同士のいざこざが絶えない。俺達はダンジョンに入り込んで、食料や資材を取ってこれる力がある……だから大丈夫だと楽観視していられるが、でも、一般市民にとっては将来も暗い。そんな風に、みんな不安に思っている奴も多いんじゃないか? そんな負の意識、心の熱がさめるような気持ちが世界にたくさん渦巻く限り、氷触体を壊したとしても、また生まれるんじゃないのか?
 そうなりゃ、結局は遅いか早いかの違いで……俺は、キュレムの言うような未来は変えられないという言葉に納得がいくけれどな。ティーダだって不老不死じゃないんだから、まさか氷触体が現れるたびにこんなことをするわけにもいかんだろう」
 何かを諦観し、悟ったような口調でブラッキーが口にする。
「おい、ブラッキー! お前は世界がなくなってもいいって言うのかよ?」
 それに、エモンガが突っかかる。
「そういう訳じゃない! たんにどうすることも出来ない、納得できるってだけだ」
「なんだそりゃ!? まるで余所事じゃねえか!」
「逆にこっちが聞きたいぜ、エモンガ。お前は思ったことがないのか? 全部がダメなら、すべて無しにして一からやりなおしゃいいとか……小さなことでなら、お前だって思ったことはあるんじゃないか? 粘土遊びで、上手くいかなくって、潰したことはないのか?」
「な……そんなの……あるよ、悪いか? 鍛冶屋で、いいものが出来なかった時に、もう一度鉄を溶かしてやり直したことだってある」
 エモンガは否定しようとするも、言葉が見つからない。それどころか、ブラッキーに論破されて口ごもった。
「例えば粘土で遊ぶなら、10分や20分の作業かもしれない。けれど、本当に絶望した人間は、1年だろうと、10年だろうと……なかったことにしたくなることがある。それを実行するかどうかは別として……俺にだってある」
「そうだな、確かに……その程度でならあるけれどよ。いいじゃねえか、粘土遊びなら……鉄器の修行くらいでなら」
 エモンガが反論するも、ブラッキーは首を振る。
「その通りだよ、粘土遊びなら問題ないさ。でも、粘土遊びじゃすまないときもある。俺とアスの真ん中の兄弟にキョウってやつがいたんだが……マグナゲートの研究の過程で、死んでしまったんだ。その時、俺は、自殺してしまいたいとすら思った。同じような状況になれば同じようなことを思うやつは確実にいる。俺より軽くも重くも考える奴もいる。けれど、少なからず……俺と同じく死にたいだとか、そういう気持ちを持つ者がいれば、それが氷触体の原因になるんだろ? 思いまでは、俺達だってどうしようもない」
「まだ……それはわかんないだろ?」
 エモンガは世界が滅びるのが納得いかず、悲観的なブラッキーたちの物言いをかたくなに受け入れない。
「そうね……。私達人間の心が世界を冷えさせていくというのならば、滅亡の運命は変えられないのかもしれない」
「エーフィ……お前まで何を言っているんだ……」
「経験があるからよ。世界を、運命を呪った経験が……兄さんと同じタイミングでね、死にたいと思ったことがある」
 エモンガの言葉に、エーフィはそう言った。
「私も、世界や運命を呪ったりもした」
 便乗するようにビリジオンが言う。
「けれど、私は諦めたくない」
 ビリジオンは苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
「あきらめたくないけれど、世の中が良くないのも事実……私の人生は大きな汚点があるし、それを思えば、そんな世の中をどうすれば変えられるというのか、自分がどうすべきかを考えてみても……正直途方に暮れてしまう。世の中を変える事なんてもう無理なんじゃないかと思ってしまう。
 であれば、あまり考えたくはないけれど、もしかしたら世界を一度壊して再生させるしか道はないのかもしれない……とも思う」
「ビ……ビリジオンも。お前ら何言っているんだよ! お、おれにはよくわからねぇよ、そんなの! アメヒメ、お前はどうなんだよ? まさか、みんなと同じこと言わねぇよな!?」
 エモンガが一人で焦っているのをずっと見守っていたアメヒメは、おずおずと口を開く。
「私は……ティーダがキュレムに痛めつけられた後……怖くなった」
「こ、怖く?」
「キュレムは言ったんだ。ティーダが再び世界を救おうとするならば、今度は全力で叩き潰すって。皆も見ればわかると思うけれど、ティーダは酷い怪我だ。ティーダがこれ以上傷つく姿を、私は見たくない……。だから、怖くなって、怖気づいている」
「アメヒメ……」
 俯くアメヒメ名をエモンガが呼ぶ。アメヒメは静かにかぶりを振った。
「でも、ティーダ……ごめん。傷ついたティーダはもう二度と見たくないけれど、でも、それ以上に私はやっぱり納得がいかない」
 声を荒げないように、しかし吐き出すような重みのある口調でアメヒメが歯を食いしばる。
「私は、なんとなく暗い今の世の中が嫌で……信頼し合える仲間が欲しくって、パラダイスを作ろうと思ったんだ。そして、皆が……仲間が出来た。人間同士騙し合うような世の中だけれど、少なくとも私は、ここにいるみんなとは心が通じ合えていると思っている。
 それなのに、私達は前を向いているはずなのに……負の意識とか、そんなもののせいで、みんな消してしまうのは……納得できない。断固として納得したくない」
 その言葉を聞いて、俺はうなずいた。アメヒメは俺の方を見ているわけでもないというのに、自然とそうしていた。
「ビリジオン……貴方はどうなの? ケルディオの手紙を見て、世の中に失望していたけれど……今はどうなの? 信じる気持ち、信じられるという気持ちを、思い出したんじゃないの?」
 ビリジオンは無言で返す。思い出しはしたのだろうが、逆に信じられなかった時の気持ちを思い出して、『滅びても仕方がないのかもしれない』とでも考えているのだろうか。
「ブラッキーやエーフィも、私達の仲間になってどう思っているの? ノコッチやえも……エモンガはいいや」
「おい、俺にもきちんと聞けよ!!」
「……君には聞かなくても大丈夫」
 一人だけ仲間はずれにされていることにエモンガは腹を立てていたが、アメヒメから信頼されていると思えば、その扱いも悪くないんじゃないかと。それに、真の仲間外れは俺だし。
「私は皆が大切だ! 私にとって皆は大切な宝物だよ。お互いに信じ合い、誰かが困ったら助け合う。その力は、心を動かすほど尊いものだと、私はティーダから、みんなから教えてもらったんだ……くそったれ! それをあきらめきれるわけないだろ」
 アメヒメ……そんなに、みんなの事を大切に思っていたんだな。
「なぁ、アメヒメ。そして、エモンガも。悪かった、その通りだと思う……」
「ブラッキー!」
 アメヒメの言葉に感化されたのだろう、ブラッキーが意見を改める。彼の言葉には、エモンガがそれはもう嬉しそうに声を上げた。
「世の中はどうであれ、少なくとも俺達は信じ合えている。失敗が続いた時、取り返しのつかない失敗をした時……それは辛いけれど、その分成功した時のうれしさ。そういう事まで忘れてしまうところだった。
 それでもって、それは俺達が特別だから知っていることじゃない。互いに信じ合えている者達は、俺たち以外にも必ずいる。世の中はいがみ合ったり、絶望している奴らばかりじゃないんだ」
「ブラッキー……そうだよ。それを、みんなに伝えていかないと」
「そうね。アメヒメの言う通り、それがほかの人達にも広がればいいのよね……滅亡への道が、私たち一人一人が作り出すものであれば……逆に、それを回避する道のりも、一人一人が作っていけるはず。皆の意識が変われば……信じ合う気持ちがもっと広がれば。より良い世界にする事が出来るかもしれない。氷触体なんていらないわ」
「エーフィ……」
 前向きなエーフィの発言にを聞いて、アメヒメが万感の思いを込めて彼女の名を呼んだ。
「そうね、エーフィ。今までは世の中を信じられなかった私も、変わる事が出来た。ノコッチ、貴方に酷いことも言った」
「う、うん……言っちゃ悪いけれど、あの時のビリジオンは、少し怖かった……」
「でも、貴方を思う仲間たちの行動を見て、私も貴方たちを信じられた。きっかけはどこにでもあるのだもの、他の人達に出来ないはずがないわ。みんなが前を向いて、希望を持つ事が出来れば」
「ビリジオン。そうだよね」
 アメヒメはビリジオンの言葉を聞いて、うっすら涙を浮かべて笑顔になった。
「お前ら、盛り上がっているところ悪いけれど……怪我した俺にも、少しくらい格好つけさせてくれ……俺だって、納得していない。お前らを、消したくはない」
「そうこなくっちゃ! ティーダ」
 俺の言葉に、エモンガが囃し立てた。
「僕だってへこたれないよ」
「そうさ、ノコッチ! あきらめる事なんて絶対に出来ねえよ!」
 ノコッチが奮い立つのを見て、エモンガも笑顔で頷いた。
「ノコッチもエモンガも……みんな、ありがとう。やっぱり、君達は最高だ!!」
「へへ、当り前よ」」
 アメヒメの褒め言葉に、エモンガは得意げに鼻息を漏らす。
「だからよ、アメヒメ。宿場町に戻ろうぜ! 街の広場にみんなを集めて、世界に危機が迫っていることを話すんだ」
「この世界の真実を話せば、みんなもきっとわかってくれるし、協力してくれるよ」
 と、エモンガが提案し、ノコッチがうなずく。
「そうだね、そうしよう。みんなが同じ気持ちになるのは難しいかもしれないけれど……それでも、真実を伝えることで、前を向くものが少しでも増えてくれれば、この状況だって改善されるかもしれない」
 そう言って、アメヒメは俺の方を見た。
「ティーダ……私は、この世界を救いたいんだ、でも、私達じゃ氷触体に近づくことすらできない……」
「そうだな」
「うん、だから氷触体を壊すには……ティーダ。ニンゲンである君の力が必要なんだ。無理強いは出来ない……けれど、それでも。キュレムと戦うことになっても、一緒に戦ってくれるかな?」
「もちろんだ」
 俺は力強く即答した。
「命の声に呼ばれたとか関係ない。俺はお前らが好きだ。だから救いたいし……何より俺は、こんな世界でもまだ捨てたもんじゃないと思っている。俺だって」
 自分に言い聞かせるように俺は言う。そうでもしないと、恐怖に押しつぶされそうな気がした。
「ありがとう、ティーダ。酷い目にあったのに、こんなことを頼んでごめんね……でも、私達にはティーダしかいないから……」
「気にするな。遅かれ早かれ死ぬのには変わりないし……俺はほら、死んでも……ニンゲンの世界に帰る場所がある。だから、やるだけやるさ。それこそ、文字通り死ぬ気でくらいついてやったっていい。むしろ気楽なもんだぜ」
 強がってもいたけれど、それが俺の本心である。
「ティーダさん……ありがとうございます。僕なんて意気地なしだから、そんな風に強い言葉を吐けるかどうか……」
「すげえな、ティーダは。これだけの怪我をしてもなお、一緒に戦ってくれる。お前の気持ちに、俺も応える。俺もついていくぜ」
 ノコッチとエモンガ、2人の言葉が温かい。
「もう一度キュレムに立ち向かうのは、勇気がいると思う……その勇気を振り絞ったんだ、すごいやつだよ、お前は。本当に、ありがとう。いつぞやの礼も、この体できっちりと返すぞ!」
「私も、ブラッキーと一緒に力の限りサポートするわ!」
「お2人さんに先を越されたけれど、ティーダの事は私が守るわ、絶対に! この体の大きさ、力の強さ。絶対に無駄にはしない。だから安心して戦って、ティーダ」
 ブラッキー、エーフィ、ビリジオンと、三人の言葉もこれまた心地が良い。
「皆……俺、お前らがいてくれてよかったよ」
 動かない体で皆の顔を見渡せば、皆笑顔である。負ける気がしないと、そう思える一瞬であった。
「よし、じゃあパラダイスに帰ろう!」
「そうね。それならティーダは私の背中に乗って。私は元から体重があるからそんなに問題もないわ。背中酔いしないように、優雅な足取りで歩いてあげるわ」
「恩に着るよ……希少種の背中に乗れる機会なんてそうそうない」
 ビリジオンはまるで、誘惑するように怪しく微笑んで言った。その態度に対して、俺は苦笑いしながら返すのが精いっぱいであった。
「キュレムは、破滅の未来がそんなに遠くないと言っていた。だから、急いで宿場町に行って、みんなに真実を話そう。みんなに真実を話せば、みんなで前を向いて戦える。私達は、まだやり直せるはずだ。だから、あきらめずに頑張ろう!」
 皆を鼓舞するアメヒメの言葉。それに応じて、皆が拳を高く掲げておぉーー! と声を張り上げる。そうだよ……自分たちは。この世界の住人はまだやり直せる。俺はそう信じてる。



 そうして、パラダイスに帰る間、俺たち2人はいろんなことを聞いた。俺達が旅立って以降、誰もあの光……もともと人間であった者達の最後の光を見ていないという事。ゾロアのカーネリアンがいつの間にか進化していたという事。幾らかの人数が新しくパラダイスに参入していたという事。逃走の旅で疲れ切った俺達には、悪いニュースがないことが唯一の救いであった。

 パラダイスに戻った俺達は、一日休んでから宿場町の中心にある広場に集めた皆にこの事実を伝えて、これからは皆で希望を持てる社会を作っていこうと進言するのだが。アメヒメやリアのカリスマで何とかなると思っていた俺の考えは甘かったようで、議論の方向はむしろ悪い方へと向かっていくことになる。
 ミネズミの男が『キュレムが滅びると言っているなら、どうせ世界は滅びるんじゃ?』と言えば、ダンゴロが『どうせ世界が滅びるならば、いっそ好き勝手なことをすればいいんじゃないか?』と言う。それに追従してズルッグも『おぉ、そりゃいいな』と言うものだから、広場は不穏な雰囲気に包まれてしまう。その際、スワンナママことベーラヤさんが『じゃあその時は私も、貴方たちに対して好き勝手お仕置きをしていいわけだね? どうせ滅びるなら後遺症が残るお仕置きでもいいのね? 楽しみだわ、男の子って睾丸を切り取られるとどんな顔をするのかしら』と、にっこりと笑って言うものだから、調子に乗って騒いでいた者達は押し黙り、ズルッグはと言えば『い、いや……貯金全部を使い果たす勢いで飲み食いするとか、そういう事だから目くじら立てるなよ』と、ばつが悪そうに言い訳をしていた。
 そうして、『じゃあどうすればいいんだ』と、声が上がる。まずできる事から始めなければいけないのだが、後先を考えていない発言が目立ち始める。とにもかくにも気持ちの問題なのだから、気持ちを強く持たなきゃいけないとアメヒメは説明するのだが、しかしそれは聞き入れてもらえなかった。
 そして、それ以上に性質が悪いのが、グレッシャーパレスに起きた異変であった。グレッシャーパレスにある氷触体は、物体を浮かび上がらせる不思議な力がある。それが、キュレムの言葉通り活性化しだしたのだろう、巨大なグレッシャーパレスが宙に浮かんでいた。それを目の当たりにした宿場町の住人は恐れをなして恐慌状態。まるで、巣の周りの蟻を踏みつぶして、警戒フェロモンをばらまかせた時のようにわたわたと慌てている。

 そんな中で、冷静にしているのはスワンナママさんだけ。みんなの事を『情けないねぇ』とあきれ返った目で見ていた。皆、世の中ににはうまくいかないことがあるとわかっているし、努力しても報われないことそれどころか努力して見たら逆にダメだったことなど、少なからず経験している。そんな挫折を何度も繰り返せば、次に何か困難に突き当たった時『またどうせだめだろう』とか『頑張っても無駄だ』とか、頭の中をよぎってしまうものだ。
 ならば、最初から頑張らないほうが、心も体も楽だろうと考えてしまう。そういうのは根が深い問題だから、難しいとビリジオンは語っていた。

 けれど、少なからず心を動かされるものもいた。出稼ぎに行っている両親の代わりに孫の世話をするハーデリアのおじいさんと、その孫ヨーテリー。ハーデリアは、自身の寿命はもう短いから、それについては世界が近々滅びようとも構わないという。しかしながら、孫の生きる世界がなくなるのは辛いと、そう語っていた。
 ヨーテリーの友達であるクルマユとその母親もまた同じように、子供がいるのだからあきらめきれないと。子供たちは、友達や保護者がいなくなるのは嫌だからと。遠方に浮かぶグレッシャーパレスに押しつぶされそうになりながらも、気丈に振る舞い、前を向いていた。
 もちろんのこと、パラダイスの住民たちも負けておらず。ヌオーのヌマンナ。いつの間にか進化していたゾロアークのカーネリアン、スターミーのプラチナにドテッコツ組の面々。ヤブクロンのジャック、コジョフーのジャノメ。その他もろもろ、アメヒメのパラダイスのおかげで身を持ち直した者達は、アメヒメのために、仲間のために。そして何より自分自身のために、前向きに生きていけるようにと、互い勇気づけあっていた。
 もちろん、ここにいない者達も、各々親しいものと話し合い、少しでも悩ましい状況を打破できるよう、これから何をすればいいのか、どうすればいいのか、そんなことを語り合っていたそうだ。
 とりあえず、俺は子供たちに対してこう言った。
「何をすればいいのか、俺も正直どうすればいいのかわからない。ただ……これから毎日をに希望をもって生きるためには、何でもいいから、毎日の成長を実感できるようになるといい……そうだ。お前ら、文字は読めるか?」
 そんな時俺は。アメヒメが俺に文字の読み書きを教えているときに、スワンナママさんが驚いていたことを思い出す。ママさん自身は、商売の記録のために文字を覚えたそうだが、アメヒメは文字の読み書きなんて出来ないとスワンナママに思われていたのだ。聞いてみれば、『この街にも、文字を読める人はそんなに多くない』と、ママさんは言っていた。なので、聖書の言葉というのも、一般市民にはほとんど口伝なのだとか。
「うぅん……」
「いや、僕は読めないよ」
 と、ヨーテリーもクルマユも同じような反応を返した。
「なら、覚えようぜ! それで、どんどん成長していけばいいんだ。きっと、明日が楽しくなる」
 俺は、子供たち2人に対して自然とそんな言葉があふれ出した。そうとも、俺が人間だったころに、健康食品の原材料生産ルート開拓のために訪ねて回った、外貨の獲得の手段がなく寂れた村では、子供どころか大人でもまともに読み書きできる人は少なかった。けれど、例えば面白そうな物語と一緒に。例えばいつも歌っている歌と一緒に読み書きを教えてあげれば、子供はすぐに文字を覚えてくれる。文字を読めればいつの間にか書けるようになってくれている。
 同じように、この子たちに伝えていけばいいのだ。そうすれば、希望はきっと手に入る。小さなものかもしれないが、子供が成長する姿で、きっと親もまた希望を見出してくれるに違いない。単純かもしれないけれど、俺が怪我で動けない間暇なのもあって、最適な手段だと思えた。
「文字読めると、楽しいの?」
 ヨーテリーが純真な瞳をきらきらと輝かせて訪ねる。
「あぁ、楽しい。保証する」
 俺は自信をもって即答した。確かに、求められなければ、文字を一切書かないような日だってあるだろう。しかし、日記を書いたり、手紙を書いたりと言ったことは、文字を操れなければ不可能なことである。とくに、俺はパラダイスの施設の管理のために、文字をバンバン使っている。
 それを読めなきゃ困るので、いくらかの人物に読み書きは教えているが、どうやらその経験が役に立ちそうだ。
「ハハコモリさん、ハーデリアさん。俺がこの子達に文字の読み書きを教えても構いませんよね?」
「えぇ、私からもぜひお頼みしたいくらいで」
「ワシもじゃ。いろいろ忙しいだろうに、そんなことまでやってくれるとは……感謝しきれないのう」
「いいのですよ。俺は、みんなの笑顔が好きですから、こんな調子で、希望を広げていきたいと思っていますし」
 言葉にしてみると、俺はそういう気質なのだと実感できた気がした。
「他の者も、ワシらと同じ気持ちが持てればいいんですかの?」
 ハーデリアの問いかけに、俺は『あぁ』と頷く。
「だったら私も みんなを説得できるようがんばるわ!」
 ハハコモリの言葉に、俺は大きく頷いた。

「うん! だったら! ティーダと私、そして仲間の何人かは、氷触体を壊すためにグレッシャーパレスに乗り込む。そして残った者達は一人でも多くの人が未来に対して前を向けるように、説得して回ろう。そうすれば、きっと流れは変わるはず」
 アメヒメの言葉にはいつになく熱がこもっている。彼女の眼には、いつになく光が籠っていた。


 そうして、その次の日から俺は2人に文字を教えることになる。ただし、その条件として『ヨーテリーとクルマユの2人が他の者にも文字を教えてあげる事』と、そう約束させた。俺は文字を教えるために、この世界で歌われている歌を文字として書き起こし、それを一緒に歌ってみたり、俺達の大氷河への冒険談を読み上げてみたり。
 目を輝かせながら歌を歌い、それに合わせて文字を覚える2人の表情は生き生きとしていて、見ているだけでも元気がもらえるようであった。俺がそうやって療養ついでに勉強を教えている間、アメヒメたちは少し離れた町まで滅びの事実を伝え歩いて回っていた。カーネリアンなども、ジャノメとともに遠くの街まで行ってはそれを伝えており北の大地に浮かぶものの正体を伝えるとともに、過度に心配する必要はないと伝える。
 楽観的でいればいい。明日への希望を持てるように、今日から何か新しいことを始めてみるといい。そんなことを伝えて回って、数日の時を過ごしていく。その間、エーフィとブラッキーは、宙に浮いてしまったグレッシャーパレスへと行く方法を探していた。大氷河には酷い乱気流が吹き荒れるため、飛行できるポケモンの力を借りても、到達は難しい。と、なればテレポートなのだが、距離が遠すぎて希少種クラスの力を持っていても難しいし、何よりその程度でグレッシャーパレスに行けるのであればマグナゲートは必要がない。
 そして、マグナゲートを使用するという方法だが、マグナゲートは地脈の流れを操作してダンジョンを通って目的地へとたどり着く技術である。宙に浮いているグレッシャーパレスは当然地脈なんて関係ないので、これも不可能。なので、エーフィとブラッキーはしばらくグレッシャーパレスへと行く方法を探すとのことだ。それが見つかるまでの間、俺達は希望を持てるようにいろいろ働きかけてくれとのことだった。

 そうして、文字を教え始めて3日目。パラダイスにいるタブンネに癒しの波動をかけてもらった結果、全身ヒビだらけだった骨も痛みが引き始めてようやく体も動き始めるようになってきたところに、今日もやってきた2人の元気っ子が、勉強そっちのけで見せたいものがあるからと、俺の手を引っ張った。まだ体が完治していない俺は、歩くならともかく走らされて、体の所々が悲鳴を上げるのを感じながら、2人についていく。情けないことに、2人についていくのが精いっぱいである。
 そこにいたのは、旅の希少種のメロエッタ(だが男だ)。どうにも、吟遊詩人らしい彼は、夜になったら広場にみんなを集めてリサイタルを開催したいのだとか。彼は本来希族の一員なのだが、修行というか、見聞を広めるためにこうして旅をしているらしく。その過程で、こうしてリサイタルを開いては、人々の心を動かす歌声を学んでいくらしい。肩書も希族ではなく吟遊詩人と名乗るのはそのためだ。
 また、この旅路は歌を集めるたびでもあり、現地で歌われており口伝で伝わるその歌を、楽譜と歌詞を紙に書くという方法で保存するのである。そのため、彼の一族の家には膨大な数の楽譜が眠っているそうで、彼の手荷物にもまた多くの楽譜が入っていた。この世界の楽譜は見方がよくわからなかったが、それでも歌詞を見てみればいろんな歌がこの世界にもあることが分かる。家の中にはもっとすごいものがあるのだと笑う彼の声は、鳥のように透き通ったソプラノボイス。性別に関係なく私の種族はそんな声なのだと、彼は笑っていた。きっと、親も同じような声なのだろう。
 これから楽しいものが始まるというのに、こんな話をするのは気が引けたが、世界が滅びようとしていることを伝えると、彼は問題ないと笑い飛ばした。
「なぜそう言える?」
「なぜって簡単ですよ。それは。この私がとても美しいから……じゃ、ダメですか?」
「ダメ」
「はいはいっと。それじゃあ真面目に答えますよー……私が、希望を振りまきますから、だから大丈夫なのです。そして、そういう希望を持てるような歌を歌いますから。そして、それを今日、ここで証明しますとも! あ、一応この宿場町には何日か滞在しますので、今日いない人もまた、楽しませてあげますとも」
 これがほかのポケモンだったならばともかく、目の前にいるのはメロエッタだ。確かこいつは、他人の感情を揺さぶるような歌を歌えるというし、それならば大丈夫と言う彼女の発言も信用に値するかもしれない。
「それだけ、前向きな発言が出来るなら……それなら、大丈夫か」
「えぇ、期待していてください。それと、情報をありがとうございます。世界にそんな危機が迫っているのでしたら私もいつも以上に元気の出る歌を歌ってみましょう」
「頼むよ、メロエッタさん」
 思えばリアとは違って現役の希族に対してこんな砕けた口調は少しばかり失礼かなとも思ったが、メロエッタは気に留めていないようである。とりあえず、重要な話も終わったので、俺達は家に戻って勉強を続ける。この二人はやっぱり子供ゆえに記憶力もよく、歌と一緒に覚えさせた文字は、すでに半分くらいが何も見ないでも書けるようになっている。幼い子は物覚えがいいとは思っていたが、ここまでとは思わなかった。全く、小学生は最高だぜ。
 お昼時に子供たちを返してから、食事をハハコモリの家で御厄介になり、午後からはタブンネの治療を受ける。夜になって俺達パラダイスの住人はぞろぞろと広場の方へと向かった。

「いやぁ、噂に聞いたメロエッタの歌声が聞けるとは、わたくし胸も躍り、足が弾む気分です! シュバッ!」
 胸と足、何処だろう。相変わらずこのスターミーの言う事はよくわからない。
「俺もちらっとメロエッタの姿を見たがよぉ……男なのが残念だな」
「おや、ドテッコツ。お前の恋人は鉄骨じゃなかったっけか?」
「ですよ、親方。メロエッタが男でもいいじゃないですかぁ。すでに鉄骨という恋人はいるんですし」
 ドテッコツのボヤキに、俺とドッコラーの1人がからかう。
「うるせぇ! 恋人が2人いたっていいだろうが! 一夫多妻制だ」
「はは、なるほど。でも、もう一人の妻はいつになる事やら」
「だぁぁぁぁぁ! ティーダ、そんなこと言うなら女紹介しろよ! 俺の、股間の鉄骨が! いつまでも研磨されずに錆びついているんだ!」
「いいからお前はその角材をしまえ。というか、俺は女は使い捨てする主義だから紹介できるわけないだろう」
 男だけの(スターミーは、うん、よくわからない)集団だからか、かわされる言葉はだいぶ下品だ。しかし、こういう会話も結構楽しいものだ。
「ところで、ツンベアー。お前はなんか調子が悪いな? 冬なんだからもっと元気出せよ」
「いえ……農作物の収穫も終わっちゃってからというもの旅人も少なくなっていまして、最近、ちょっと収入が減ってきてですねぇ……はぁ。魚とりでもするかな……」
 ツンベアーのポーラーは、ホッケーの遊技場で客を取っているが、旅人は少なくなるこの時期で、なおかつ冬という事で氷屋さんの常用も少なくなっている。そんなわけで懐も寒いようである。こいつ、計画性とかいろいろルーズだからなぁ、貯金していなかったのか。
「あー、なるほど。冬は氷屋さんももうからないし、大変だな。夏の時に貯金していおかないから悪いんだけれど。それだったらパラダイスに水路を引くのを手伝ったらどうだ? まだまだ、水路の支流はいくつも必要だからな。喧嘩は弱くとも力はあるんだろう?」
「うぅぅ……仕事は嫌いです。でも、毎日の食事が楽しみなので仕方なくやってるくらいなんですよぉ」
「ダメだこりゃ」
 こんな怠け者じゃ、前を向いて生きる事なんて出来なそうだ、とは思うのだが。飯を食う時は非常に幸せそうな顔をしているから案外希望をもって生きているのかもしれない。
 ぞろぞろと住民を連れ歩き、ズルッグやヌオー、マリルリなどと合流し、引き連れたその先にある広場へ。広場には住民が集い、スワンナママさんやチラチーノ、ラムパルドなどのおなじみの顔はもちろんのこと、偶然居合わせた運のいい行商人や、依頼の途中に立ち寄ったダンジョニストなど、顔ぶれは多彩だ。
 彼の歌声の素晴らしさを知っている者は少ないものの、知っている者達が興奮して騒ぎ立てるものだから、この広場に集まる住人の数は非常に多い。こんな時だからこそ空き巣に注意したいが……パラダイスにいる何人かには、それも踏まえて警備を人知れず頼んでいる。もちろん、ずっと警備と言うのも不公平なので、交代で警備をすることになっているのだが、交代での警備の時間をきちんと守ってくれるかどうかは、メロエッタの歌声次第と言ったところか。
 ワイワイガヤガヤと聴衆が五月蠅くなってきたところで、街のはずれの十字路の方からメロエッタがしずしずと歩いて入場する。足音一つ立てないその静かな所作は、すましているときのビリジオンに通じるところがある。今彼女がいないのが残念だ。ビリジオンの上にメロエッタが乗っても、きっと様になる事だろう。人垣をモーゼの十戒のように裂いてメロエッタが通る。
 普段は騒がしく、そして足音も自重しない者達が、それに気遣っているような気さえするほど静かな空間が出来上がっている。人がこんなにいるのに、こんなに静かだなんて考えられないことだ。ドテッコツは男じゃないとダメみたいなことを言っていたが、俺は男でもいいと思う。ここまで、美しさが集約された存在であれば俺だって惚れる。
 人垣の真ん中まで行くとメロエッタは下ろした手をわずかに広げ、手のひらで空気を包み込むように手を広げる。リラックスしている……ああしたほうが声が出るのだろうか。
「皆様……すでに私の歌声を知っている方も、初めて聞く方も、今宵はお集まりいただきありがとうございます」
 ハープから紡がれるように、流れるような声色でメロエッタが声を発する。それだけでにわかに感嘆の声が聞こえる。俺もため息が漏れる。
「すでにご存じの方もおりましょうが、改めて自己紹介を。私の名はヴァルツ卿が子息。メロエッタのルーヴィーと申します。此度は、歌と楽譜を集める旅の途中にて、集めた歌の披露と歌の収集を兼ねて、私の歌声を披露したいとする所存でございます。
 私の歌をお聞きになっていただき、その上で私に歌ってほしい歌があるのであれば、是非ともお教えください。私が責任を以ってその歌を後世に残し、そして伝えてゆこうと思います。構いませんね? よろしければ、どうぞと大声で叫んでください!」
 笑顔で皆に呼びかけると、静かな空間に突如巻き起こる『どうぞ!』の声。
「ありがとうございます。ではまず、一つ目の曲から……では王子、行きましょうぞ!」
 メロエッタが声を張り上げれば、彼女は一瞬のうちにフォルムチェンジを行う。
「かしこまりました、姫!」
 ボイスフォルムから一転、ステップフォルムとなった彼女は魅惑のテノールボイスの声を発している。そうして彼は再びボイスフォルムにチェンジすると、さっそく以って歌を歌い始める。誰もが息をのんだ。泣いている子もぴったりと泣き止みそうな澄み渡る音色。寒空の下にいるのに、興奮して体が熱くなるような気がしてくる。
 彼が発する高音は細やかなビブラートで彩られ、滑舌の良いすっきりとした歌声なのに、まるで大型のポケモンが吠えているかのように力強い声量がある。あの細見にどれほどの肺活量があるというのか、腹の底から声を出しているという事が非常にわかりやすい。
 交互に挟まれる男性と女性の掛け合いを、フォルムチェンジをすることで歌い分けるその技能は驚嘆せざるを得ず、時には男性と女性の声を同時に、別々に出すという離れ業もやってのける。一人なのに混声だなんて見たことがない。
 なんてことない寒い夜に響き渡る歌声は、誰もが拍手すら忘れるほどの静寂を伴い、終了する。深々と頭を下げたメロエッタに、拍手するべきだと気付くまでの数秒間。俺もまた、余韻に浸りすぎていて何も考えることはできないでいたことを気づかされる。
「どうでしたか、皆さん。と言っても、盛大な拍手をもらった以上、称賛と捕らえて間違いないようですね。ふふーん、それでは、気分もよいので、もう一曲」
 こんな調子で、メロエッタのリサイタルは続いてゆく。すべてをボイスフォルムで通す時もあれば、ステップフォルムで自然にテノールの声を出すこともあり。そのどれもが非の打ちどころはない歌声なので。みんな聞き入っていた。
「ふぅ……今日はたくさん歌って、大満足です。明日から、歌を記録したいと思いますので、もし歌ってほしい歌がある方は、どんどん申し出てくださいね」
 一通り歌い終えたメロエッタがそういうと、真っ先に前に出たのは、ヨーテリーであった。
「お兄さーん!」
「あら、どうしたの、おチビちゃん? 歌を教えてもらうのは明日からよ」
 メロエッタはヨーテリー相手に腰をかがめて応対する。
「いえ、そうじゃなくって……今日教えてもらった歌の、歌詞をもらいたいの」
「僕も」
 ヨーテリーの言葉に、クルマユも乗っかった。
「えー?」
 メロエッタは、困った顔で苦笑していた。
「君たちは読めないから、持ってても仕方ないよ」
「読めるぜ、その2人は。今は読めない単語も、俺が教えるさ」
 2人がこのまま無様な感じになるのも可愛そうなので、俺は助け舟を出す。
「はいな? この子達、文字の読み書きできるの?」
 と、メロエッタが聞き返す。
「俺が、文字を教えているところなんだ。まだ完璧じゃないけれど……明日までに全部おれが書き映すからさ。だから、その……教えちゃくれないか?」
「うーん……そうですね。そういう事ならば是非。というか、ティーダさんでしたっけ? 歌を教えるって、とっても尊いことをしているのですねー。それは非常に良い事です。文字は、声と違って感情を揺さぶる力は低いですが長く残りますから、たとえ伝えるものが居なくなろうとも、伝えるyことが出来るようになります。ですので私も、その恩恵にあずかっております」
「あぁ。文字は役に立つからな。だから……教えておこうと思って。それを褒めてもらえるならうれしいよ」
「けれど、だからこそきちんと保管してくださいよ? その楽譜と歌詞は、我らメロエッタ族にとって非常に大事なものなのですから……あ、そうだ、そういう事なら」
 と、メロエッタは立ち上がり、諸手を挙げて皆を見回した。
「それでしたら、おチビちゃん向けの簡単な歌を教えてあげましょう。子供でも歌いやすい、歌を。もう一曲、皆さんどうですか?」
 メロエッタが、声をかけると、民衆から湧き上がるのは『いいぞ!』とか『でかしたぞおチビちゃん!』とか、賛成意見ばかり。皆ももう一曲聞けるとは思っていなかったのだろう、広場は大いに盛り上がった。
「では、歌います。思えば、この地域に伝わる希望の虹。私も幼い頃に見たっきりで、今では全く見かけなりましたが……そんなときはみなさん、心に虹を掛ければいいのです。先日この曲を教えてくれたキバゴの女の子はそんなことを言っておりましてね。タイトルは七色アーチ。心に希望を携えるには、ちょうどいい歌ですね」
 にっこりとほほ笑んで、メロエッタは絹糸のような髪をかき上げる。
「いや、え……マジかよ」
 ミンアがその優雅な所作に魅了されている中、俺だけは驚きを隠せなかった。そのタイトルは、人間の頃に聞いたことのある歌だ。それを知っているキバゴって、それはつまり……俺と同じく人間の世界から連れてこられた存在なんじゃないだろうか、そんなことを考えている間にも、メロエッタは深呼吸をしてから、頭の中で楽譜を読み上げていた。
「青く晴れ渡る空に 輝くひとみ――」
 やっぱりだ。メロエッタが歌い始めるそれを聞いて、俺は確信した。ポケモン用にアレンジされているし、ところどころ歌詞があやふやではあるものの、それは確かに人間の世界に居た頃のもの。つまり、それを教えたのは元人間と言うわけだが……それでいて女の子となると、一人だけ心当たりがある。
 素晴らしい歌声なのに、それが頭に入ってこず。それを歌い終え拍手が鳴り響くまで、俺は自分の中で高鳴る胸の鼓動を抑えきれなかった。
「ティーダさん」
「は、はい!」
 メロエッタに話しかけられて、俺はかしこまる。
「今の曲の楽譜を貸してあげますので、この子たちに伝えてあげてください。こうやって、歌が残されていくという行為の尊さを、大事に噛み締めて歌を残しましょう」
「あ、あぁ……ところで……」
「はいな。なんですか?」
「その歌を教えてくれたキバゴの名前……もしかしてアイカって名前じゃないか? いつ出会ったんだ?」
「あれ、知り合いですかぁ? 出会ったのは10日ほど前ですけれど……」
「知り合いだ……そうか、10日か。なら、その期間、あの光は誰も見ていないという事になるし……」
 そういえば、まだ命の声にも、キュレムにも聞いていなかったんだ。この世界に人間を何人呼び出したのか、そしてキュレムは何人殺したのか、そもそも生き残りはいるのか? 聞いていなかったが……いるじゃないか、生き残りが。
「その街を、教えてくれ。ぜひ、話がしたいんだ」
 アイカちゃんが生きているのならば、会わなきゃ。会って話さなきゃ。アメヒメと一緒に、俺たちの思いを伝えなくちゃ。
「いいですよ。世界を救うのに、必要なのでしょう?」
 そう思って頼み込んだメロエッタは、笑顔で俺の頼みを聞いてくれた。



Ring ( 2015/06/22(月) 22:44 )