第一二話:絶望の底
ある日突然、私は太陽の光を奪われた。この土地の領主であるビリジオンのリア様が、戦争から帰還して半月ほどの時間がたっていた。
草が生い茂る高原を、僕はふわふわ浮いて、今日もいい天気だとかのんきなことを考えながら草を食んでいた。その時、奴らが突如として現れた。ハイロ卿の手のものだと名乗る者達は、リア様とレイク様を捕らえるための人質に使うと言って私達に一切の抵抗を許さなかった。抵抗したものは、首をバッサリと切られたり、火責めや水攻めで死んだり、それを見ただけで私は逃げるという発想どころか、意識を失い無様に無防備な姿をさらしてしまう始末だ。
そうして捕らえられた私達を見て、リア様とレイク様は、この領を去れという相手の要求に従ってしまう。中には、『私の事なんて構わずこいつらを殺してください!』などと叫ぶ者もいたが、リア様は、私達の命を尊重なされた。
自ら、この地を去ることを了承して、私達の解放する約束をとつけた。だが――奴らは一度は解放するそぶりを見せたものの、数日後にまた私達を捕らえた。奴らは、私達遊牧民が生きていても経済的にプラスになることはないから。そして、リアを尊敬するような態度が気に食わないからと、聞きたくもないような理由で私達を捕らえた。
それによって私達は、狭い穴倉の中へ押し込まれてしまった。単なる私怨で私達を巻き込み、こんなところに押しこめたことに対し、反論の一つもしたかったが、以前少しでも抵抗すれば惨殺されたことを覚えている私達は、抵抗すらできずにその立場に甘んじることになる。
そして、私達は燃料となった。最初は、意味が分からなかった。燃料と言えば私達の糞を乾燥させて、それを料理に使ったりとか、そういうことに使ったりはする。しかしながら私達が燃料になるとか言われても、意味が分からないし実感もわかない。それがどういうことか理解する前に、私達は鉱山の仕事に駆り出され、そしてその意味を知った。
頑丈な、金ぴか金属の籠にぎゅうぎゅう詰めに入れられた僕たちは、その籠の傍で待機していたシャンデラに、直接命を吸い取られ、命を燃やされる。まさに、文字通り燃料にされているというわけだ。
鉱山の内部に押し込まれたわけだから、すさまじい埃っぽさや息苦しさが私達をに襲いかかる。火山灰が降り注ぐ場所に生きてきたので、多少の埃っぽさには慣れたつもりだが、この圧迫感のある空間に気圧されるように、多くの同胞が体調を崩していった。
特に年を重ねた者や、まだ体が出来上がっていない幼子ほどその傾向は顕著で、数日持たずに死んでしまうのではないかというような衰弱具合を見せている者もいる。
もちろん、実際に働かされている者達も楽な仕事ではない。この交渉にある良質な金属を得るために先の戦争でと捕らえられた捕虜たちは、巨大な金属の爪や、岩の体で地盤を削っては、鉱石を拾っては運んでいる。最初こそ文句を垂れる元気もあったが、不平を言った際に振るわれる暴力は常軌を逸していて、その恐怖に老若男女だれも逆らう事は出来なかった。
「どうして俺達がこんな目に……どうして……」
誰もが当たり前に思っていることを、その日は兄が口にした。
「そんなことを口にしても、状況は何も変わらないよ」
兄に向って私は囁く。口喧嘩をするつもりはないが、聞いているだけでも煩わしい。
「分かってる……」
「なら、寝かせてよ……」
命を吸い取られている最中は、ずっと高い頃から落ちるような、不快な浮遊感と倦怠感が身を包む。そのせいで酷い吐き気まで併発して眠れやしない。例え、殺されるために生きているのだとしても、寝て休んでいたかった。
静かになったので、薄目を開けて覗いてみればムシャーナの兄、シャインは、虚ろな目をして天井を見上げている。兄さんには、恋人がいたのだが、その恋人はこの数日の間にみるみる弱ってゆき、今はもう意識を失い、物言わぬ燃料にされながら死を待つのみである。
「……そういえばだ」
そんな状況にあって、シャイン兄さんは何かを閃いた。ムシャーナに対して狸寝入りは無駄なあがきのようだ。
「こんなところで、燃料にされて生きていても仕方ない……だけれど、じっとしている以外に生きる道があるかと聞かれても思い浮かばない。けれど、確か……反乱を企てた者を告発したものは、褒美が与えられるとか言っていたよな……」
「それがどうしたの?」
「俺は死ぬ……反乱を起こすって嘘をついて死ぬ。それをお前が告発するんだ……そうすれば、お前は生き残れるんじゃないか?」
「そんなの、上手くいかないよ」
「やってみなきゃわからないさ」
「失敗したら死ぬんだけれど……」
「問題あるのか?」
「……ない」
確かに、この状態では、生きているのも死んでいるのもそう変わらない。ダメでもともと、もし死ぬならば早く死ねて苦痛が少なかったと思うくらいでいいのかもしれない。
「俺に大切なものなんてさ……もう、お前しかいないんだよ。ターニャ。死ぬ前に一度くらいは、女を守って死んだっていいじゃないか……」
「女か……ここに来てから、男も女もなくなっちゃった……どっちも、道具じゃないか」
「そうだな……酷い話だ」
時間が空虚に過ぎていく。話し合いらしい話し合いもなく、ぼーっとした意識のままに私と兄は起きていて、無為な時間を過ごしていた。
「いつでもいい……お前は、俺が反乱を企てようって相談したことにして、兵隊に報告するんだ……」
「でも、証拠とかがないと、信用してもらえないんじゃない?」
「そうかもしれないが、お前の待遇が良くなってせめてどうにか生き残っていてくれれば……俺はもうそれでいい。どうせ助けも希望もないんだ。誰かが生き残ってくれればそれでいい。一日ごとに、あの炎の野郎に命を吸い取られちまうんだ……実行は早いほどいい」
確かに、その通りであった。鉱山で仕事の時間ともなれば、刻一刻と命が削られてしまう。せっかく待遇が良くなったとしても、そのまま死んでしまっては意味がない。
ならば、明日。私の命が燃料にされている間に、シャンデラに告げ口をしよう。そうすれば……どんな風に待遇を良くしてくれるのかはわからないけれど、そういうことになるかもしれない。
別に死んでもいい。嘘がばれて死んだって構わない。そう思いながら、私は――
「すみません、ちょっといいですか?」
「なんだ……? 私は、監視で忙しいんだ。話しかけるな」
私が話しかけると、目に見えてシャンデラは不機嫌になる。見張りなんてそんなに大変なものでもなかろうに。どちらかというと、喋る気分ではないという感じだろうか。ここの重苦しい雰囲気に嫌気がさしているのかもしれない。
だが、私にはそんなことはどうでも良かった。
「仕事中なら、尚更ですよ……私の兄が、反乱を企てているんです……妹の私に、真っ先にそれを相談して……」
「なんだって?」
「お、おい……お前何を馬鹿なことを言って……秘密にしろって言ったじゃないか……あ」
問い返すシャンデラに、兄が口を滑らせた演技をする。
「い、今お前なんて言った? 秘密にしろだとかどうとか……」
それをシャンデラが問い詰める。証拠がどうとか言われる前に、兄がきちんと演技をしてくれたおかげで、なんとか上手くいきそうだ。
「兄さん言っていた……このまま死んでたまるかって。でも、私……逆らって死ぬなんていや。兄さんだけ、死んでよ」
「お前……家族が相手なら信用出来ると思って話したのに!」
「そんなの知らない! 死んでよ!」
「裏切るのかお前!」
「裏切ってなんかない! お兄ちゃんが勝手に話を持ち掛けてきただけでしょ!」
私と兄さんは、勢いに任せて鉱山内全体に響き渡るような大声で怒号を飛ばし合う。ぎゅうぎゅう詰めの折に入れられているというにそんな声で話すものだから、耳がキンキンと痛かった。臨場感を出すためなのか、兄さんは私につかみかかって暴力を振るおうとする。短い手足で懸命に私の体を締め上げて、痛かった。とても痛かった。
しかし、他の見張り達が当然それを許すはずもなく、兄さんは檻の中に居ながら祟り目を喰らって、もともと衰弱していたこともあって、その一撃で兄は倒れ伏してしまった。言い方は悪いが、そうして兄が死ねば本懐は達する事が出来たのかもしれない。しかし、現実というものはそんなにうまくいかないもので、確かに私の待遇はよくなったのかもしれない。ただ、その代償は大きかった。兄は、楽に死ぬことを許されなくなった。
私は、ただ一人労働も、燃料にされることもなく作業中は一人でポツンと寝床に居させられる。確かにそれも待遇が良くなったと言えるのだろうが、皆が命を吸われて帰ってきた際に私だけそのままで、命を吸われてぐったりとしているみんなの視線が痛く、このまま消えてしまいたいくらいだ。しかも、夜になれば昼のうちに命を吸われていた兄さんが、暴力にさらされてしまう。私はそれを目の前で見せつけられた。
「助けて……やめてくれ!」
かろうじて聞こえる言葉になっている言葉は、大半がそんな意味合いの物もの。実際は声にならない苦悶の声ばかりがあたりに響き、まともに聞き取れる言葉は少ない。兄は、あれ以来夜になると死なない程度に責め苦を受けていた。祟り目を受け、ひっぱたかれ、汚物で汚され、肌を焼かれ、呪いをかけられ。こんな場所での拷問だから出来る事にも限りがあるなと看守たちが漏らしていたことを考えると、本来ならばもっと苦しめる方法があったのかもしれない。
その時、兄は耐えかねて口にしてはならない言葉も口にした。本当は妹の待遇を良くするための狂言だったのだと口にして、苦痛から逃れようとしたり。それが真実なんだけれど、今度は私が同じ目に合うような気がして『はい、そうです』とは言えなかった。
私は『兄さんが悪いんだ』と、何度も何度も兄さんを罵った。『一人で勝手に死ね』と、何度も何度も罵った。『裏切り者』と言われても、『それはお前だ!』と返した。面白がって暴行している見張り達の声も、耳を塞げないのが苦しい。そのうち、一人で寝どこに居る時にまで兄の恨み節が聞こえてくるようだった。
昼は独りぼっち。夜は兄への暴行を見せられる。気が狂いそうな日々を過ごし、私は眠ろうとしても悪夢を見るばかりで眠る事が出来なくなった。ある日、私たちが騒いだ時に相手をしていたシャンデラが命を燃やしているときに兄はようやく死んだ。あの声を、あの悪態をもう聞かなくて良いのかと思うと、悲しみよりも先に安堵が湧いて出る。待遇が良くなったとか、もうそんなことはどうでも良く、むしろもういっそのこと殺してしまったほうが楽だったかもしれないとか、そんなことを考えるくらいには心が病んでいた。
そんな思いを抱えたまま、私は再び燃料にされる。このころになると、実際に穴を掘って働かされている奴隷たちの中にも、怪我や病気で動けなくなってしまった者がいて、それも同様に燃料にされていた。新しい犠牲者が加わるのを見ながら、私は自分がいつごろ死ぬのかを考える。いつ死ねるのだろうと、死を望みながら漠然と檻の中で朽ち果てていた。
そんな時、ふとシャンデラがこちらにアイコンタクトを送る。もう何もする気力も浮かばなかったが、やることもないので耳をそばだててみると、一言目に――
「すまなかった」
謝罪の声が聞こえた。
「みんな、本当はお前の兄の言葉が正しいってこと……実は狂言だったってことを気づいてた。気づいて面白がってやっていた……」
「なんで……」
思わず、そんな言葉が漏れる。
「面白がっていたからだ……正直、俺は見るに耐えなくって……だからすまん。お前の兄にとどめを刺したのも俺だ……殺さないようにって言われていたけれど、わざと殺した。はは、今月の給料を全員に分けなくっちゃいけなかったよ」
小声で、シャンデラは懺悔する。
「……こうやってお前らの命を燃やすのも、本当はそこまで意味はない……。窒息しないようにするには、炎を炊きすぎないことも重要だけれど、それ以上にただ単純に外の空気を送り込めばいいだけなのに、そっちの人員を削減して燃やしているのも、ただの見せしめの意味合いが強いんだ」
何を言っているのかよくわからなかったが、とりあえず外の空気をこちらに入れているポケモン達を増やせば、こうやって命を燃やす必要はないらしい。むしろ、怠ければこういう目にあうぞ、という見せしめのために酷いことをやられている。そういう事らしい。
「……俺だって本当は、こんなことしたくない。けれど……希族のお偉いさんが、リアやレイクが大切にしたものをメチャクチャにしないと気が済まないとか、そんなことを言ってな。俺の兄弟や、同僚のスカタンクも……もうやめたがっている」
なら、私たちを救ってほしい。なんて、言っても無駄だろう。この分だと、こいつも嫌々やらされているのだろう。
「じゃあ、救ってよ」
それでも、言ってしまった。
「無理だ……」
「だよね……」
無駄なことを言ってしまったと後悔して、私はその日一日を無為に過ごす。命を燃料にされながら、ゆっくりと少しずつ死に向かって歩んでいく。いつ死ねるのか。もはや待ち遠しく思っていた。
その日、私は夢を見た。自分の夢ではなく、シャンデラの夢を見た。突然、奴隷たち全員の檻が開き、奴隷たちの足かせが外されて、奴隷たちに殺される夢。シャンデラたちは自分が今までされたことを何倍にも圧縮して返されるように殴られ、蹴られ、刺され、噛みつかれ、ありとあらゆる苦痛を与えられる。そんなシャンデラの夢。
その夢は、私が、見た夢ではなく、シャンデラが見ている夢を私が覗き見ているだけのようだ。そのおかげで、私は彼もまた苦しんでいるのだという事を知った。
次の日には違うシャンデラの夢を見て、ほかにも苦しんでいるシャンデラがいることを知る。ただ、それを知って何をどうすればいいのか、分からないままに一日が終わった。次の日から、私の周りの状況は変わっていた。私の感覚が日を追うごとに鋭くなっていき、それによって、複数の夢が頭の中に流れ込んでくる。それが一つにまとめ上げられ、全員で同じ夢を見るようになる。
見張り役の会話が不穏だった。『最近反乱される夢をよく見るんだ』『あぁ俺も俺も』『どんな内容?』『それは――で』『それ、俺と全く同じ内容だ』と。私自身の夢は毎日のように悪夢であった。兄が私を呪う夢。呪って呪って、苦しみのたうち回りながら死ぬ夢。そんな夢から逃げるように他人の夢を見れば、その他人の夢もろくなものではない。見張り役が私達奴隷や燃料に殺される夢であったり、見張り役が逆に奴隷の女性へ暴行を加える夢であったり。
反吐が出るような夢を見て、そのたびに気分は悪くなった。これが兄の復讐なのかと思うと、兄を恨みたくもなって来るが、これが罰のようにも思える。
あくる日、今度は燃料としてとらえられているポケモン達と、その見張り達の会話を聞いていた。どちらの会話も似たようなもので、『俺達も同じ内容の夢を見ている』……と。私が繋いでしまった夢は、見張りも奴隷も関係なく、きっちりと全員に記憶されているらしい。
私の力は、日を追うごとに強くなり、その分他人の苦痛も一緒に背負い込むようになる。悪夢を見るという苦痛が何倍も高まって不快な日々であったが、こんな日々を繰り返して私は思う。
ムンナには夢の内容を覗いたりするのみならず、夢の内容をある程度改変する能力もあったはず。それがこれほどまでに拡散し、強化されているならば、この夢を改変して何かに利用できないか? 例えば……私達燃料組は、リア様を尊敬しているし、そうでなくと縦糸、横糸、縫い糸様への信仰は少なからずあるはず。ならば、夢の中にそれを登場させて、反乱をあおって……でも、それだけじゃダメだ。
足かせがある限りまともに戦えない。ならばそれを外すためのカギは見張りから手に入れるしかないが……私達のために動いてくれるとすれば、私達を傷つけるのに抵抗感のあるシャンデラやスカタンクくらいか。時間はいくらでもあったので、ただひたすらに考え続けた。その結果、私はとにかく、夢の中で見張り役の裏切りを煽り、焚き付け続けることにした。時には悪夢も見せて『私の言う通りにしなければこうなる』と脅し、シャンデラを裏切るように仕向け続け、その過程で鍵の形を覚えておけと何度も何度も繰り返し言い続けた。
その結果、シャンデラは日中意味もなく囚人の檻の鍵を見つめるようになる、これならいけると私は思った。
味方になりうる奴隷たちは、『立ちあがるべき日は近い』と、幼い頃に見せてもらった縦糸様や横糸様の絵を思い出して声をかける。
何度も何度も繰り返し夢を見せ、私は決行の日、シャンデラの夢を覗く。シャンデラには、夢の中でこう語りかけた。『鍵の形を思い浮かべるんだ。そうすれば、君は救われる』、昔リア様に見せてもらったレシラムの姿で語りかけた。私達ムンナには、夢の煙というもので、夢の中に出てきたものを具現化する力がある。だから、シャンデラに鍵の形を記憶させ、そうして思い浮かべられた鍵を具現化して、まだ眠っている皆の足枷を、檻のカギを、すべて外す。
見張り達はあくびの力でよく眠らせているせいか、周囲にいる者は誰一人として起きる気配はない。通りがかった見張りにもあくびを使ってみたが、上手い具合に居眠りをしているようで、ガチャガチャと多少の音を立てたくらいでは起きやしない。足枷のカギはサイズに応じて共通だが、檻のカギは一つ一つ違うので手こずりはしたものの、解放を終えるまでに時間はかからない。急増の掘立小屋を囲んでいた檻と枷の戒めは解かれ、その段階になって、まずは傷つけることに乗り気でなかった二人のシャンデラへ、夢の中で『絶対にしゃべらないように注意して牢屋を見ろ』と忠告して、起こす。
「……なんだこれは」
目を覚ますと、囚人が一人、檻を脱しているのだ。シャンデラもそれは驚いたことだろう。
「あぁ、シャンデラさん。あなたが見ていた夢から……鍵を作らせてもらったんだ……」
驚愕するシャンデラに、私は夢の煙を出して見せ、他人の夢から御馳走を取り出す。とても太いミミズや、ホカホカのパン、新鮮な魚など、形だけならなんでもを作り出せる。
「夢に見たものを、私達は具現化する力がある。シャンデラ……貴方が、この鍵を夢に見ていてくれたから……こうやって、脱出できた……ところでね、貴方は知らないかと思うけれど、この収容所のほぼ全員に……今日が反乱の時だという夢を見せている」
「どういう、事だ……」
「私は、誰かに夢を自由に見せる能力がある。だから、それを用いて……私は夢の中で皆を先導している。あなたが今まで見ていた、横糸様の夢も、縦糸様の夢も、全部……私が見せたものだ。貴方達は、ずっと私が見せる夢に踊らされていたのよ」
「つまり俺は利用され……」
「大きい声を出すな」
シャンデラが声を荒げそうになったところで、私は釘をさす。
「お前を直接裏切らせようとも思ったけれど、恐れをなしてもらっては困るから、今回は無理やり協力させた形になった。ただ……お前達はここで他人の命を燃料にして生きることを良しとしていないから。だから、チャンスをあげる……お前が味方を焼き殺せ。そうすれば、我々奴隷や燃料たちを解放してくれた人物として、後ろにいる私の仲間たちには命を助けて貰うように頼む。
もちろん、断ればお前と、他の二人……私達をしいたげることに乗り気じゃなかったシャンデラと、スカタンクも殺す。死ぬか殺すか二つに一つだ」
「仲間を裏切れって言うのか……」
「そうだ。それが出来ないなら死ぬしかないし……私達を救いたいと思うならば、そうして欲しい。それとも、私達が可愛そうで、なんとかしたいって思っていたのは、思っていただけ? 誰かが、リア様とハイロ卿だか何だかのごたごたを解決するのを、神に祈って、待っていたの? そんなんで、私達が救えるわけないじゃない……私たちを救いたいなら、裏切れ。仲間を裏切れ! 私達は世間知らずなんだ……お前の知恵が必要だ!」
「……それは……いや、分かった」
シャンデラは目をそらすなどして一通り動揺を見せるも、生き残るには従うしかないと思ったのか、それとも今までどっちつかずであった裏切る決心がついたのか、そう答える。
「裏切ればいいんだな?」
「うん、そうすれば命は保証する……でも、もし私達の敵になるのなら、私たち以上の苦痛を……覚悟しろ」
精一杯低い声で脅しをかけると、シャンデラはおずおずと頷いた。
「そういえば、お前の名前をまだ聞いていない……」
私の問いにシャンデラが恐る恐る口を開く。
「ラナ……ラナだ。もう一人の名前はロナ……俺の兄弟。そいつ以外は、お前をいじめるのを楽しんでいる……」
「そうか。そいつ以外を殺せばいいんだな?」
「殺さなきゃダメなのか? 出来れば、俺は……」
「当たり前だ。殺せないならお前も私達を虐げた奴らの仲間って事だろう! そんなの、許さない! 許さないんだ! 私達を虐げた奴らは、みんな等しく地獄に落としてやる! そうしないと気が済まない!」
それだけしか言わない。それ以上の言葉は必要ない。
「お前が殺した音を合図に、私は眠っている奴隷や燃料の全員を目覚めさせて、反乱を起こす。異論はないな……」
「わかった、覚悟は決める……」
ラナは歯を食いしばり、こめかみに力を込めている。苦虫を噛み潰したようなその表情は、やっぱり裏切るのに抵抗があるのだろう……けれど、ダメだ。誰かをしいたげる事を楽しんでいる奴なんて、殺すべきだ、生きていちゃいけない。そういう風に割り切らなきゃダメなんだ。
ほどなくして、シャンデラに寝込みを襲われた者達の叫び声が聞こえて、皆が飛び起きる。口々に今の事態について疑問を持つ言葉が流れていく。
「皆、静かに! 今、見張りのシャンデラの2人が、私達の反乱の手引きをしてくれた! 私達は自由になるために……戦うんだ。足枷のない今の状況なら、勝てるはずだ!」
鉱山の周辺でのんびり暮らしていた生活を奪われたギガイアスやドリュウズたち。危険予知が出来るからと、ここに連れてこられたドクロッグ。
私はそれら全員に、自由になって解放される夢を繰り返し見せていた。そして、今日反乱を実行することも夢に見せていたし、それを先導する糸の神の声も繰り返し聞かせていた。そのおかげだろうか、自由を渇望する意欲は、捕らえられて数日の頃よりも格段に向上しており、私の一言で全員の目がぎらついた。
「皆! 希望をつかみ取るために立ち上がるんだ! 声を張り上げろ! 敵に状況を確認する与える暇を与えるな! 敵の声を私達の声でかき消してやれ! 進め!!」
反乱の勝者など決まっていた。兵士でもないし、鍛えていない上に衰弱している私達は確かに弱いが、閉所で人数に囲まれてしまえば、屈強な兵士も脆いものである。それに皆の意思は、私のテレパシーによって、一つにまとめ上げられている。
いくら私がテレパシーの特性持ちだとはいえ、その時の私の意思疎通能力は異常だった、普通のムンナのそれよりもはるかに強大で、神がかっていた。私がみんなの意思を共有し合った私達は、不退転の意思を持った集団となり、ただただ相手を殺してしまえという狂気じみた思いが、私達を狂戦士のように殺戮へと突き動かしていた。痛みなど無視して、相手を殺す事だけを考えていた。
効果はそれのみならず、初めて協力し合った者同士だというのに、隣にいる人物の考えが手に取るようにわかり、それはまさしく一心同体と言った状態だ。
お互いがお互いにとって望ましい場所、望ましい相手を攻撃してくれるし、危ないときは誰かに促されるように身をかわしたりもした。当然、そこまで完璧に連携が取れた相手と戦うなんて、兵士たちには未知の状況であろう、人数の差もあって、なすすべもなく押されていく。
腹を決めたシャンデラの兄弟もスカタンクも、反乱に際して率先して同僚や上司、部下に手をかける。他の見張り役にとっては、むしろその三人の反乱が一番の脅威だったのかもしれない。
そうして反乱が終わる。まだ年端もゆかない子供はさすがに参加しなかったために無事だが、反乱に参加した大人は結構な数の犠牲を伴った。そして、自由になったはいいが、それから何をするべきか、分からない。
「……おい、ラナ」
夜が明けて、備蓄してあった食料をみんなで食している最中、これからどうすればいいのかがわからず途方に暮れて、私はラナに声をかける。
「これからどうすればいい……もう、元の生活に戻っても、また襲われてしまえばなすすべもない」
私がこれからの事を問うと、シャンデラのラナは呆れている。
「ターニャ……お前、そんなことも考えずに突っ走って反乱を起こしたのか?」
「悪かったな……もうやけくそだったんだよ。少しでも相手に嫌な思いをして欲しかったんだ……それともなんだ? 私達はあそこで永遠に……永遠に、虐げられていればよかったっていうのか?」
「そうは言ってない。だが、無鉄砲が過ぎるぞ……くそ、そんな風に悩むなら、事前に相談すればよかったものを」
「それをすれば、告げ口されて裏切られてしまう可能性がある。相談なんて出来なかったんだ」
「ったく、酷いジレンマだ」
ラナがため息をつく。
「……せっかくだ。このままハイロ卿の次男坊を殺してみたらどうだ?」
「そいつは悪いやつなのか?」
「俺達に……お前ら奴隷や燃料が苦痛を感じるようにどうすればいいかを、具体的な指示をしてきた男さ。もっと上の存在もいるが、一応すっきりはするんじゃないか?」
ラナは、もうやけくそと言った風な投げやりな口調で言う。
「そうか……ならば、私達に手を出したらどうなるか、教えなきゃ」
「結局……そうなるのか」
ラナはそんな状況になるとは思っていなかったのだろう、気まずく感じて顔をゆがめる。
「悪いのはあっちだ。先に手を出したのはあっちだ。まさか、復讐の危険性も考えずにあんなことをやるほど馬鹿だったとでもいうのか?」
「いいや、馬鹿だよ。あれは……まぎれもなく。権力を持って、その力に酔ってしまった……そういう馬鹿だよ」
あきらめたような口調でラナは言う。
「なら、体で分からせてやるしか……ないだろ、ラナ?」
私が問うと、ラナは控えめに頷いた。
「そうだろうな……だが、そんなことが許されるのだろうか。裏切るだなんて」
「……許されなくっていい。あいつが先に許されないことをしたんだ」
「こっちは裏切っているんだ! 出来る事なら、裏切らずに……」
声を荒げたラナだが、最後まで言い切ることなく言葉を内にとどめる。
「そうだな、兄人を裏切らずに、止める方法なんてなかったな。畜生」
「昨夜も言ったよね。神に祈っても、解決しないことはある。というか、そんなことばっかりだ……神は導いてくれることすらめったにないし、導いたとしても具体的に手を貸すことなどしない……私はそういう風に教えてもらったよ。裏切らずに、私たちを救いたかったの? 甘いよ、考えが甘いよ……せめて、こんなことはやめるべきだって抗議するべきだ」
「そうだな……俺達はお偉いさんのやることに抗議すらしてなかったな」
「お前が抗議しないから……」
私は、悔しさのあまりそれ以上言葉が続かなかった。言いたいことがありすぎて、何を言えばいいかもわからない。
「いや、俺が抗議しても聞きはしないだろうからね。最初から実力行使で正解かもしれない……ただ、心の準備が出来なかっただけで……でも、こんな方法は……さすがに想定していないよ」
「でも、じゃない。この方法以外で、有効に抗議する方法はあったの?」
「意地悪な質問はやめてくれ」
「なら、躊躇わなければいいのに……殺せばいいんだ」
ラナをはじめとする、もともと見張りであったポケモン3人は意気消沈している。安定した生活を失ったことや、今回の反乱のせいでもはや家族に会う事なども出来なくなってしまう事。わずかながらあった忠誠心や、同僚との友情が台無しになってしまったこと。犯罪者になってしまったことなど、今後の展望への不安は尽きない。
もともと何もなかった奴隷たちに比べると、失ったものは多すぎるほど多く、しかしもう後戻りはできない。その思いが、結局奴隷たちと同じ方向を向くこととなり、もともとリアの家であった現領主の家はいとも簡単に滅ぼされてしまう。
その後、定住している者達が住む村に寄って新しい領主の評判を尋ねてみれば、ハイロ卿の次男坊はリアやレイクと違って、税金の取り立ても厳しく自身が率先して働くこともなかったため評判は悪かった。出来る事ならすぐにでも殺してリア様やレイク様に帰ってきてほしいという意見しか聞けず、その意見がまた奴隷に落ちた者達の殺意を加速させた。
元リアの家に住んでいた次男坊は自分の罪を認めはしたものの、その上で命令だから仕方なくといった命乞いを行う。さらには、子供や従者はどうなってもいいから俺の命だけは助けてくれなどと薄情なことを言ったのが奴隷たちの癪に障り、何時間もかけてなぶり殺しにされることになる。そうして、さらなる戦果を挙げた奴隷たちは次のターゲットとしてハイロ卿を選ぶが、ラナたちの『警備の厳重さはここの比ではないだろう』という言葉で踏みとどまる。
何人も家族を殺された私達としては、復讐を止めるだなんて言語道断という雰囲気が支配的であったが、殺されに行くようなものだから、むしろ相手が喜ぶだけだというラナの警告を聞いて、渋々ながらあきらめた私達だが、この様子では指名手配も確実だろうと、人里に戻ることは不可能であった。
そのため、私達はダンジョンに周囲を囲まれた山奥でひっそりと暮らすことになる。決して恵まれているとは言えない生活であったが、元から遊牧生活を営んでいた者達には慣れたもの。テントなどの物資も失ってしまったため風雨に晒された時は風邪に苦しんだり、あまり広い範囲を動くことも出来ないために食糧をダンジョンから持ってこなければならず、不可抗力的にダンジョニストにならざるをえなかったり。
そうでなくとも、毛皮などいろいろな資材を仕入れるためにはダンジョンに入る必要があったために、実力に覚えのある大人たちが率先してダンジョンに入り込んでは、子供を優先して食料や寒さから身を守るすべを分けていった。その生活に耐えきれず。出て行ってしまう者もいたが、私達はそれを追いはしなかった。まだ家はテントすらない状況から、リア様が唱えたようにダンジョニストを基軸とした定住生活平行するには時間がかかる。
そんな余裕のない生活に、私達は抜けていくものに構っている暇もなく。幾ばくかの大人と、多く抱えた子供たちに集落の整備を頼み、13歳を超えている者はダンジョンへ向かわせた。戦いに才能がなかろうとも、いれば支援や補助、荷物運びくらいは出来ると、ほぼ全員がダンジョンへの出撃を行わされる日々だった。
半ば無理やりなところもあったが、反発よりも責任感が上手い事に芽生えてくれたのか、私達はより強固に、一つにまとまったような。そんな感覚を味わう事が出来た。そんな暮らしをして数日。鋼タイプのポケモンから金属を得て鉄器を作り、木材の加工も簡単なものから徐々に行い、やっとのことでテントくらいは作れ、全員分のテントが行き渡った。
そして、さらに十数日経った頃。集落が壊滅していた。
ありえなかった。ダンジョンに囲まれた辺鄙な土地であるこの場所は、遊牧民であっても訪れる者なんていないというのが私達の見解だったというのに、その予想に反して私達の集落は襲撃された。いくつかのダンジョンに分かれて探索していたことも悪かったのだろう、先に集落へと戻っていた分隊も殺されており、同じく私達も殺されることは想像に難くない。
「散れ! 散るんだ!」
強烈な殺意を感じて、私は叫んだ。その一瞬後に、周囲から放たれた攻撃が私達のいた場所を攻撃する。恐ろしい数だ。私達の5倍くらいの数はあるだろう。その上、相手は手練れと来た。ともかく一点でも突破しなければと思った私は、再度皆を集めるべく、今度はテレパシーで全員の意識を繋ぐ。そうすることで、皆の意識が共有されると、私達はもはやだれにも負けない集団となれる。
ポケモンの感覚器官は種によって大きく異なり同じ『見る』という行為でさえ、ある種によっては他の種に見えないものが見えたり、視野が異様なほど広かったり、ものを透かしてみる事が出来たりなど様々だ。『聴く』ことで敵の位置を感知する者もいる。そういった者と感覚を共有すれば、曲がり角の先にいる敵も感知でき、後ろから襲い掛かる敵にも気づくことが出来る。
要はその情報さえ処理すれば、私達はすべての感覚を、思考を共有した一つの生命体のように振る舞う事が出来るようだ。大規模に共有することはできないのだが、ピンチになって潜在能力が覚醒したのか、鉱山の時以来、感覚の共有を完全にコントロールできるようになったのだ。
例えばそれは守るという技を、誰が使えば良いかを冷静に判断し、最小限の力で守っては攻撃を防ぐ。『守る』は連続使用は出来ないものの、交代で使いながら守り合うことで、つつがなく逃走しながらの防御が行える。
私の力で一心同体になっていなければ、おそらく2回連続で成功させることすら難しいであろう『守り合い』を、交代し合うことで10以上連続で決め、私達へと攻撃してきた部隊の一つに肉薄。
その一角を、私達は全力で削り取った。敵軍は誤射を恐れてこちらへの攻撃はまばらになり、しかし私達の完璧な『守る』による防御は崩れることはない。一方的に攻撃していれば、当然のように相手の方だけが消耗していく。守るの連続でこちらの方も疲労はたまるが、一角を撃破し、囲みを抜けたときに、ぼろぼろになった敵を肉の盾にしてやれば、形成はこちらの物である。
半死半生の敵を盾にすれば、敵は攻撃を戸惑う。それだけで倒せるわけではなかったものの、肉の壁を手にする私達に対して再度包囲網を築こうとしている最中にこちらの援軍が到着する。別のダンジョンに出撃していた者達が千直として加わればこちらの勝利は揺るがない。
私は急いでそちらともテレパシーの網を繋ぐ。私がそれを行えば、囲まれた私達と増援のあちら側との波状攻撃により敵を蹴散らしていった。
私達は申し合わせたかのように統率が取れた動きで敵を圧倒し、敵も恐れを抱いて徐々に退いてゆく。相手が完全に退却の様子を見せると、私達はその場にへたり込んだ。体力自体は、まだ足の遅い種族を各個撃破するくらいには残っていたのだが、しかし、多くの子供が死に絶えたその光景を見て、追撃に移る気力のある者は少なかった。
「ドクドクドク……なんで……俺達が狙われなきゃならないんだロッグ……」
ヘドロウェーブを用いて多くの敵を毒で弱らせていたドクロッグが死体の山を見て、呆然自失になりながら嗚咽を漏らす。
そんな中、ドリュウズの1人が生き残った敵兵に尋問を加えている。苦しみぬいて死ぬか、それとも正直に本当のことを言って死ぬか選べと脅し、一か所に集めた3人に対して同じ質問をする。話した内容に重大な間違いがあるならば、その時はありったけの苦痛を与えてやると脅し、質問の答えは一人ずつ耳打ちで答えてもらい、そうすることで口裏合わせを出来ないようにしてやれば、得られる情報はおのずと正しいものになってゆく。
やはりというべきか、私達の集団を抜けた者が、この場所を密告したという答えが返ってきて、裏切り者への怒りが湧き上がる。だが、だからと言って、敵に攻め込めば返り討ちに合うだろう。そう思うと侵攻などというたいそれた行動は出来ない。だけれど、こちらは穏やかに生きようと思ったのに、わざわざこんな辺鄙なところまで攻め込むほど、相手は私達を目の敵にしているのが憎かった。
ならば、こちらも受けて立つとばかりに、私達の憎しみは膨れ上がった。再び燃え上がった復讐心を止めることはできなかった。その復讐心を晴らすために私達が選んだのは、ハイロ卿の領地でひたすら略奪と放火と、殺戮と、拷問と、凌辱を繰り返すというものである。そうやっていくつもの村を潰して言った。
農産物の生産量が減少すれば自然と国力は衰退する。そうなってしまえば、ハイロ卿もすべてを失わざるを得ない。例えその前に私達が全滅するとしても、もはやそれで構わない。
虐げられるか、それとも虐げるしかないのならば、虐げることを選ぶ。みんなの意見は一致している。
しかし、反対意見の者もいた。
「まてまてまて……それってつまり、無実の人間に対して危害を与えるって事じゃないのか? そんなことをしたら、奴らと同類というか……同じ穴の狢じゃないか」
私達の仲間の一人、燃料にされていたドンカラスがそう言った。いや、違うと私は考える。
「最初にやったのは奴らだろ……確かに私達がやっていることは、悪い事かもしれないけれど……私たちがやられたことを考えろ! 何も悪い事をしていないリア様が領を追放され、揚句私達は奴隷生活だ! いつもの当り前の幸福が、何の前触れもなく、逆恨みで奪われたのだぞ? リア様が。
その罪を思い知らせるのと、自分勝手な逆恨みで私達を巻き込むのとは違う! 断じて違うんだ! 私達は逆恨みじゃない……やられたことをやり返すだけだ! その権利はあるはずだ!」
私が毅然と反論すると、他の者達も口々に『そうだそうだ、奴らが悪い』と、そう答える。
「お前ら正気かよ……」
しかし、ドンカラスには返答をされた。分かってる……私たちがやっていることが、悪い事だなんて。でも、どうすればいいのだ……もう私達は指名手配をされている。普通の生活をする手段は断たれてしまっているんだ。こうやって集団で身を寄せて、生きる事しかできない。そして、穏やかに暮らしていたところで、以前のように命を狙う輩がいることは明らかなんだ。
そうなったら、遅かれ早かれ私達は討伐されてしまう。ならば……私達は力尽きるまで殺し続けるしかないのだ。
「それが間違っているんだ……もう、十分じゃないか。このまま遠くまで逃亡するか、南の国境を越えよう。言語だって同じなんだから、暮らすのにも不自由はないだろう? それが一番いいって……なぁ、もう終わりにしようぜ? 奴隷たちを怒らせたら大変な目に合うって、奴らも理解しただろうさ」
「奴らは……このままじゃ理解していない。だからと言って、理解させるために真正面からぶつかったら、さすがに勝ち目がない……だから、長い目で復讐しなきゃいけない……そのために、犠牲は必要だ。民衆を殺さないといけない」
「勝ち目がないから、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いの精神で、罪もない人々を殺すのかって言っているんだ!! 俺は……もう、たくさんだよ……例え復讐だって積みがない者の犠牲なんてあっていいものじゃない。そうだろ?」
ドンカラスの泣き言に、私は聞く耳を持ってやるつもりなんてない。私達は、もう生きる手段なんてないんだ。
「……なら、私達はなんだったんだ? 私達は犠牲じゃないのか? 私達の痛みも知らないで、ハイロ卿が自身の行いを反省するとでも思っているのか? 徹底的にやらなきゃ、同じことが繰り返される。私達と同じ立場の者が生まれる……その時にまたたくさんの罪のないものが死ぬ。そして、それが何回も繰り返される……なら、今罪のないものを復讐のために殺すことで、奴らにわからせてやった方が、よっぽど死人は少なくて済むだろう。違うの?」
「どうして、そこまで……お前は追いつめられているんだ」
ドンカラスは涙声になって、悔しげにかぶりを振る。
「わかった……もう止めないよ。でも、俺は付き合っていられない」
絞り出すようにそう言うと、ドンカラスは名残惜しげに踵を返し、こちらを振り返る。
「……さよならだ、ターニャ。奴隷から解放するために、君が力を振るってくれたことだけは、感謝してる。すごく感謝してる。奴隷生活から解放してくれたのは、本当にありがたかったよ」
「だめ……」
私は自然と声が漏れる。怖い、怖かった。
「引き留めるなら、考えを改めてくれ……」
「違う……私達を、裏切られるのが怖い。私達の居場所を密告されるのが怖い……」
ドンカラスの口調は寂しげな口調であった……だめだ。今、ドンカラスは心を閉ざしているから……だから、考えが読み取れない。
「俺はお前の事を恩人だと思っているから、そんなことは」
「恩人でも!!」
私は声を荒げる。その金切り声に、ドンカラスがビクンと体を震わせる。
「それでも、私達が疎ましければ、私達を裏切るかもしれない。それが怖いの……」
喉が避けてしまいそうな金切り声をあげて、私はドンカラスをにらむ。
「まさかお前……冗談じゃない」
言うなり、ドンカラスは大きな翼を広げて空に飛び立つ。
「皆、あいつを殺して! あいつを! あいつに密告される! 私達殺される!」
私は叫んだ。後ろから石が飛び、ドンカラスが落ちる。そこに大量の岩がなだれ込み、ドンカラスは血まみれの肉塊となった。
「貴方が逃げようとしたから悪い……私は、悪くない……私は、悪く……あいつが裏切ったから……」
声も体も振るわせて、私はいつも浮いているからだを地面に落として泣き崩れた。誰に向けるでもない自己弁護の声が、ずっと、ずっと鳴りやまなかった。自分も、最初に兄を裏切ったというのに、そんな権利がないことを知っていながら、私仲間を殺した罪から目をそらしていた。
そうして私達は小さな村を襲って、そこの食糧、財産を略奪する。村から物資を奪い、『ハイロ卿とグラハム卿への復讐のためだ。2人が死ぬか、自ら領を去るまで、私達は戦い続ける』と宣言しては大規模な放火を行い立ち去ってゆく。子供を殺し、女性を犯し、食糧は根こそぎ奪う。家を燃やし、水場や井戸には死体を放り込み、汚染した。そこに生きる者達が明日生活できなかろうと知ったことではない。
ただ、終わった後、熱狂に包まれている者もいれば、逆に呆然自失としている者も。熱狂している者は殺したことに満足感を覚え、また逃げ惑うものを追い、殺していく感覚に陶酔している。私は、達成感と虚無感に同時に襲われた。すっきりしたような気もするが、その裏で強い罪悪感に手が震え、血の匂いがいつまでたってもしみついていて、洗っても、日にちがたっても、どうあがいてもまとわりつき、こびりついているような気がした。
気がした、というのは本当に気がしただけで、他の鼻が利く者達に匂いをかがせても、全くそのようなことはないという。だがそれでも私は信じ切れず、水を長時間浴びて何度も風邪を引いた。正常な思考なんて何一つなかった私は、連日悪夢を見た。他人の悪夢を共有して、その度にうなされた。
そして、悪夢の中に出て来る怪物を知らず知らずのうちに夢の煙で具現化してしまい、這い出た恐ろしい物体や、殺した者達の肉塊に飲み込まれそうになる。しかも、多数の夢を共有しているためその量はすさまじく、私の体から出たとは思えないほどの蠢く肉塊が私の額から這い出ては、近くで眠っている仲間たちへにじり寄り、害をなそうとする。そのたびに仲間に叩き起こされて事なきを得てきたが、私は他人と同じ部屋で眠っていれば、自他ともに死の危険性すらあった。
何度か討伐隊の襲撃を撃退するたび、私が他の兵士たちへの指揮をとることで、私はすでにリーダーとしての位置を不動のものにしていた。そのおかげもあって、何か不都合が起こる度にに気遣われていたが、正直なんだか、もうどうでもよくなっていた。そのまま死んだところで、もう十分復讐を果たしたような気もするし、しかしまだハイロ卿が失脚していないことに不満のような気もする。
気がする、でしかないのなら、いっそのことすっぱりやめてしまえばよかったのに、私は倦怠感の残る体をむくりと起き上がらせ、略奪をどうしようかと考える。ドンカラスの一件で、誰も表立って離脱する者はなく。略奪の最中にダンジョンに紛れて逃亡したり、時に自殺したりと、そうやって逃げる者はちらほらいた。
軍隊の襲撃でも、人数が減ったせいだろうか、徐々にだが相手に押される展開も増えている。失うものはなにもなかったが、奪えるものも何もなくなっている気さえして、ついに『ハイロ卿がダゲキ、ナゲキら王族の勅命を受け、希族の称号をはく奪された』と言う知らせを聞いて、いよいよ私達はやることを失ってしまった。
そのまま、当てもなく旅をする。随分と遠回りをしたが、ようやくドンカラスの言う通りに、遠くへ逃げるという選択肢をとった私達だが、その足取りは振るわない。結局、だれも救う事が出来なかったという思いや、故郷から遠く離れなければいけないという状況。何より、私達のせいで国力の衰退した国境付近。
支配権をめぐって取り合っていたという国境付近の街も、私達のせいで旅人が途絶えて衰退し、今や価値は見る影もない。復讐のために払った犠牲は大きい。宣言通りの復讐を果たすために、結局自分たちは何を成したのか? そう考えると非常にやるせない。
そうして、私達は、遠くの土地。人里離れた土地。風穴の丘と呼ばれる、荒地のダンジョンの近くで身を寄せ、生活を始める。生活に必要で、なおかつ自作できない物資を得るために街へ下る必要があり、その際にいくつかあの土地のうわさも聞いた。どうやら私達のせいで故郷を失った者達に餓死者がカス\図多く出ているらしく、肉食のポケモンによる襲撃、略奪など、私達の復讐のためにそんな行為が連鎖的に起こっているらしい。
治安が最悪な状態も、しばらくすれば落ち着くだろうが、今それを一刻も早く終わらせるような腕のある希族もおるまい。
「私達……何のために生きているんだろう?」
荒れ果て、風食されつくした大地を見下ろして、私はふと声を漏らした。今でも相変わらず悪夢は続いている。自分が殺した者達が、自分たちを殺しに来る悪夢。かつて私が裏切ってしまった兄が、恨み言をひたすら口にする悪夢。自殺する悪夢。神が裁きに来る悪夢。どんな夢も私を殺す夢であることには変わらない。夢の煙は実際に私達を殺そうとして、首を絞めたり喉をふさいだりして来るのだ。
乾ききった大地を見ながら口にした言葉通り、生きている目的なんてどこにもなかった。農耕の経験もなければ、土地も痩せているここでは、ダンジョンに出かけて食料を取りでもしないと、とても食糧は足りない。その際ダンジョンを歩くときや、ダンジョンから帰ってきて今日は休みの仲間に対して事務的な声掛けを除けばほとんど会話らしい会話もなく。抜け殻のような毎日を送る。
空腹やのどの渇きと言った生理的な欲求に抗いがたくなったとき以外、何もする気が劣らず、まるでこのまま自分たちも風化して砂になってしまうような錯覚を覚えたりもした。独り言を発している者、寝床に入って目を閉じても眠れず、私のあくびによって眠らせてくれと頼む者。壊れかけの心と体が、風穴の丘の風景のように朽ち果てていく毎日。
後に、ある日偶然神に出会うまで、私は死んでいたのかもしれない。リア様が領を去ってからずっと止まっていた時間が、ゆっくりと動き出すように、神との出会いが私のすべてを変えるまで、長い時間であった。
◇
俺達スウィング様に仕える一団が、ティーダを暗殺しようと、パラダイスから遠い土地、ゲノウェア山までおびき寄せたはいいものの、ティーダにまんまと逃げられてしまってから数日。一人、穴を掘って目立たないようにして眠っているアメヒメを捕まえたはいいものの、アメヒメに人質の価値を失ってもらっても困るからと、アメヒメは丁重に扱われることとなり、ムンナ様の命令で、交代で彼女の世話をさせられることになってしまう。
特に、ターニャ様曰く、アメヒメが恐怖で気がふれてしまうのが一番怖く、それでティーダを怒らせて変な行動をとられてはいけないと、アメヒメへのもてなしは人質と言えど好待遇であった。連れてこられた初日は、俺が相手をすることになって、なんというか気が進まない。
捕まった当初こそ暴れていたものの、アメヒメは自分が大切な人質だとわかってからというもの、態度がでかくなっているし、こちらを全く恐れる様子がない。それはそれで、人質としての価値が薄れないので楽ではあるが。
「ねぇ、ところでさ、どうして私達を殺す場所をあの森に選んだの?」
牢屋の中、格子越しに、アメヒメは気安く話しかける。先ほどまで、指をさせる範囲にいる見張りやらムンナやらの名前を訪ねてきて、それに答えるのに疲れたというのに、こいつはまだ話をしたいのか……先が思いやられるロッグ。
「いい加減にしロッグ! 俺達の名前と年齢を聞いたら、次はそれか?」
「いいじゃん……退屈なんだ」
ムッとした様子のアメヒメは、自身が命の危険にあるという事をまるでわかっていないといった風である。
「答えてやれ、ドクロッグ」
あっけらかんとしたアメヒメの態度を見て、ターニャ様は呆れかえったように俺へ命令する。ドクドクドク……まぁ、いい、黙らせるなら答えてやるのが一番手っ取り早いロッグ。
「ゲノウェア山付近は……俺達の故郷に近い場所なんだロッグ。山のふもとのあたりを流れる川から南は、別の領で……山の全域が俺達が住んでいた領だロッグ」
「そっかぁ。私の故郷の街のダンゴロも、ここら辺が故郷だって言っていたよ。いいところなの?」
「ドクドク……何事もなければ、いいとこロッグ。何もない所だけれど……リア様がいて。レイク様がいて……2人に統治されていたころは毎日良い日々だったロッグ」
楽しかったころの事を思い出しながら、俺は差しさわりのない程度に語り始める。
「リア様……それって、まさかビリジオン?」
「ドクドク……知ってるのかロッグ? 今、リア様は何処で何をしているロッグ!?」
「うん、けれど、その話をしてほしいなら。私の質問にもちゃーんと答えてくれなきゃね。世の中、譲り合いが大事だよ」
「全く……意地悪だなロッグ」
「それはどっちだか」
つんとした態度でアメヒメは鼻息を漏らす。
「で、君達の目的って何? ビリジオンの事を知りたいならそれを教えてよ」
「……言えるわけ、ないロッグ。ですよね、ムンナ様?」
と、言っておいて俺はムンナ様を見る。
「言うなよ、ドクロッグ。絶対だ……リア様の事を聞きたいだろうが、あの方の事はもう忘れるんだ」
釘を刺されるまでもなくわかっていたことだが、こうやって釘を刺されると、逆にリア様やレイク様の事は気になってしまう。
「私に言えないような目的で、ティーダを殺そうっていうの?」
「悪いかロッグ?」
「当たり前でしょ? なんだっけ? ムンナ曰く『ティーダはこの世界に居ちゃいけない。だから排除するんだ』だっけ? ティーダは世界を滅ぼす悪魔だったりするとか? それだったらまぁ、殺されるのも仕方がないかなって言えるけれど。話せないってことは違うんでしょう? ダメもと私を味方に引き入れるためにでさえ話せない目的の割に、随分と崇高な目的なんだね。
論理的にわかりやすく、ティーダがこの世界を滅ぼす存在だって語ってくれるなら、私がティーダを殺す役割を追ってあげるけれど、それじゃダメ?」
「やっぱりお前には……言えないロッグ」
アメヒメから目をそらし、俺は口を閉ざす。
「ふーん、じゃあ、私もティーダの事を裏切るからさー。だから教えてよ」
「ドクドクドク……そんなこ――」
「今なんて言った! アメヒメ、お前……今なんて言った!?」
後ろから怒号が轟く。ターニャ様の声であった。
「ドクドク……何をムキになっているのですか、ターニャ様」
あぁもう、アメヒメの『裏切る』という言葉がムンナ様の逆鱗に触れてしまった。面倒な……
「五月蠅い! そうやって軽々しく『裏切るだ』なんて口にするな! お前みたいなやつがいるから……」
「何よ、冗談に決まってるじゃない。案外、ケツの穴の小さいムンナだね」
「ムンナ様! こいつは私達の反応を見て、腹を探っているだけですってば! こいつがティーダを裏切る事なんて……少なくとも、今の待遇じゃ絶対にないロッグ」
「くっ……」
俺の言葉にムンナ様は納得するも、アメヒメは逆にこちらの事を値踏みするような目で見る。
「あら嬉しい。そうなると、私を裏切らせるために何をするの? 美味しい食事をくれるとか? 私、チーズが大好物よ。チーズくれるなら私、ティーダを裏切ってもいいよ」
「お前……まだ言うか!!」
アメヒメの言葉に、またもやムンナ様がかみついた。
「ムンナ様! あぁ、もう……ドクドクドク」
またもや挑発するアメヒメも大概だが。まんまとそれに乗ってしまうムンナ様もムンナ様だ。
「……なぁ。アメヒメ。頼むからムンナ様を挑発するのはやめてくれよ」
「嫌だよ。だって、ムンナが何に怒るかを理解すれば、あの人が何を思ってこんなことをしているのか、分かるかもしれないじゃん。理解したいのよ、私は」
「ドクドクドク……なぜだロッグ?」
「あの子は、私の嫌いなタイプだから……だからこそ、理解してあげなきゃいけないの」
ドクドクドク……こいつは驚いた。アメヒメは人を嫌うような奴じゃないと思っていたこの女から、まさかムンナ様が嫌いなタイプだとはっきり口にされるとは思ってもみなかった。というか、明らかにムンナ様のほうが年上なのに、子ども扱いとは……アメヒメも口が悪いロッグ。
「そりゃ、気に障ることを言われて怒ることはあってもいいけれど、あんな安い挑発に乗るだなんて。よくもまぁ、ムンナは君たちの上に立っているね。しけた顔して、自分が世界で一番不幸とでも思っているのか……そんなに裏切られるのが怖いのかな?」
「ドクドク……アメヒメ。そうやってお前がしゃべりすぎると、相手するこっちとしちゃうっかり口を滑らせないように、何も喋られなくなるロッグ。もう、勘弁してくれないかロッグ?」
「退屈なのよ。人質の身に何かあったら、ティーダはきっと怒るわよ? 人脈の広い友達も多いから、1000人連れて貴方たちを殺しにかかるわよ?」
「ドクドク……その時はその時だロッグ。さすがに戦わずに逃げるロッグ……」
「ふぅん。まぁ、頑張ってよ……」
敵に、全く心がこもっていない励ましをされて、俺はますます気が滅入る。
「ドクドク……お前、殺されるかもしれない心配をしてないのかロッグ?」
「うん、していない。私は、ティーダの判断が間違ったところなんて見たことがない。だから、私が、見捨てられて殺されたとしても、それが間違った判断とは思わない。私はティーダをそれくらい信用しているんだ。だから、殺すなら殺すといい」
「ドクドク。ダメだこりゃ……ムンナ様。こいつが今後裏切るって言っても、反応を確かめているだけなんで目くじら立てないでほしいロッグ。やっぱりこいつは、ティーダを裏切ったりしないロッグ」
「そんなことは分かってる……こっちの反応を伺っているだけだって言うのは……だからこそ、気軽に嘘をつくのが気に障るんだ! 何が裏切るだ! 何が……」
「正論だけれど、先に嘘をついたあなたが言っていい言葉じゃないと思うの、ティーダに嘘をついていたのは、どこの誰でしたっけ?」
アメヒメが正論を返すと、ムンナ様はこちらを一瞥する際、歯を食いしばって悔しげにしていたロッグ。人をどこまでも信用できることが妬ましいのか、それともアメヒメの態度が気に食わないのか。アメヒメは正論だし、大事な人質だからうかつに暴力も振るえない、嫌なジレンマだロッグ。しばらくはこのアメヒメに振り回されそうで、ここから先、気が重かった。