短編
第一一話:私の人生の汚点

「ゲノウェア山。ゲノウェア山……か」
 ティーダにその地名を聞かされてからというもの、私はずっとその事ばっかり考えていた。
「ビリジオン、お前どうかしたのか?」
「なんか、様子が変だけれど……」
 ティーダが赴いたゲノウェア山。あそこには、私の人生の汚点が詰まっている。そこにティーダが赴くとなって、非常に気まずいというかなんというか。まぁ、私の悪評なんて口走る人は少ないのでしょうけれど……でも、辛いわ。そんなことを考えているのがつい態度に出てしまったらしい、今日の盗賊討伐依頼に連れてきたノコッチとゾロアは怪訝な表情をしている。
「あぁ、ゾロアにノコッチ。何でもない……って言い訳は通用しそうにないわね」
「そこまで様子がおかしいと、その言葉はどう考えてもおかしいな。そういえばゲノウェア山ったら、確か宿場町のダンゴロの出身地だっけ? ビリジオンも知っている土地なのか?」
 無邪気なゾロアの質問で心が痛い。知らないのにここまで気にしていたら病気でしょう。
「知ってる。というか、私の故郷でもあるの……やり残したことがたくさんある場所だわ」
「なんでこんなところに?」
「……レディの過去を、そんなに詮索するものじゃないわ、坊や」
「あぁ、すまん……」
 と、ゾロアに謝られたが、正直なところ私もティーダに言われたとおり、誰かに話しておいた方がいいと思った話だ。最初はエーフィやブラッキーに話そうかと思ったけれど、カーネリアン……このことはいろいろあったし、私の事を話しておこうかしら。」
「でもまぁ、いいわ。あなたになら話しても。あなたのお話はいくつも聞かせてもらっているわけだしね」
 正直、こんな子に話しても本当に気分が楽になるかはわからないけれど、それでも……ティーダの言う事だし、きっと大丈夫よね。

 ◇

 私は、ゲノウェア山から暁の山岳までの山脈地帯を統治する貧乏希族の跡取りとして生まれた。跡継ぎになるために男として生まれることを望まれた私だけれど、両親はなかなか子宝には恵まれず、母親はもう若くない年になってようやく生まれたのが私である。。それ以降両親は子供を授かることはなく、母親は先だってしまった。
 そうして生まれた私は大切に育てられ……しかし、箱入り娘というわけにはいかずに、強く育てられるように、いろんな場所へと連れて行かされた。貧乏である私たちの領地で、貧乏であることを隠そうともせず、税金の取り立ては緩く行って、領民の生活をできるだけ楽にしようと心掛けた。
 この大陸、この国の中では最南端近くのこの場所は、降り注ぐ火山灰のせいでまともな作物は育ちにくく、豊かなのは漁業に頼れる北西の海辺と、硫黄が立ち上る鉱山で働く少数の鋼タイプくらいだろうか。それ以外の者達は食糧に乏しい日々を生きねばならず……普通なら希族は領民からの税金で優雅に暮らすものなのに。私達は自らの足でダンジョンに赴き、そして食料をそこから取って領民に分けるという暮らしをしていた。
 それは、希族の本来の役割である他国との戦争へ向けての鍛錬という意味合いもあったがやっぱりメインは領民の笑顔のため。唯一の贅沢品である『服』を着ている希族という立場を考えれば、それは誇り高い目的であるように思えた。
 領民のみなからは慕われ、大抵の場所では笑顔で迎えられる。その代り、他の希族との会合やパーティーに(お情けで)呼ばれるときのような華やかで、豪華で、きらびやかな暮らしではなかったが。
 でも、私達には領民が笑顔であることが誇りであり、私の幸福であった。そんな私の振る舞いが、国に使える希族として恥であると考える他の希族も少なくはなく、お情けで呼ばれているパーティーも、どちらかというと、私達家族を嘲笑するのが目的のような感じで嫌だった。
 そんな私達だから、必然的に他の家との関係も疎遠になり、もともと人も少ない土地に居を構えていることも重なり、跡継ぎの問題は私のあずかり知らぬところでもめにもめた。このまま一般市民から婿養子を選ぼうなんてお話も出て、それではさすがにメンツがどうのこうのという話も飛び交った。
 私としては、領民の中でも数少ないダンジョニストの知り合いなどに気になる人がいたもので。絶対ではないけれど、そいつとならばアリかもしれないと、そんなことを漠然と考えていたりもした。気になる相手がいることをそれとなく親に伝えたり、領民に匂わせてみたりもした。別に私は身分の差なんてどうでもよかったのだ。
 貧乏希族なのだから、最初っから身分の差なんて有ってないようなものなのだから、身分なんかよりも実力とか容姿で選びたい。希少種でなければ希族ではないけれど、別にそんなのどうでも良いじゃない?
 そんなスタンスでいたのだが、縁談というのは突然にやってくるもので。私の結婚相手の候補として名乗り出る物好きな希族がいたのだ。それが、山を下り、闇夜の森が広がるあたりを統治する伯爵家、ハイロ卿の四男坊。ケルディオのレイクである。あちらは、私とは逆に子供が生まれすぎて嫁の貰い手がいないといった状況で、だからと言って平民と結婚するのは面子がどうのこうので、一応は希族である私に白羽の矢が立ったというわけだ。他にもいろいろ理由はあるみたいだけれど。
 『一応は』というのは明言されたわけではないが、それについてはなんとなく態度から推察できる。希族として身なりや体毛をきちんと整えた姿よりも、泥や血液で汚れた姿の時間のほうが長い私達は、泥臭い、血なまぐさいという、希族にとってはあるまじき姿。
 それでいて男爵家である私達は伯爵家よりも身分は低く、私自身そんなお相手と結婚するだなんて夢にも思っていなかった光栄な出来事である。ただ、どうあがいても価値観が違いすぎるような気がして不安は尽きない。どんな奴が相手でも引いてやる気はなかったが、夫婦生活が円満にいかないとなればそれはそれで寂しい。しばらくは、どんな相手なのかと不安と期待が入り混じる日々が続き――

「お前がリアか?」
 婚礼を済ます数日前に、ケルディオのレイクが護衛付きでやってきた。その第一声がこれだと思うと正直酷い。
 護衛は弱点の相性補完に優れたイワパレスで、私なんかよりもずっとしっかりしたふるまいでそっとあとをついてくる。ウチにも護衛兼使用人のような方はいるけれど、あんなんじゃなくってもっと砕けた感じ。第一に、私自身が希族なのにいわゆる庶民と感覚が近すぎるのも、使用人が砕けたような態度を取る原因の一つだろうが。まぁ、まじめな分には問題ないからいいか。
 ケルディオの視線はなんというべきか、値踏みをするような視線であり、何ともいやらしい。
「えぇ、こんな服でお出迎えしてごめんね。きれいな服はなるべくとっておきたいの」
 希族は人々を希望に導く存在だから、服は着ているけれど。ケルディオが着ているような絨毯のような分厚く立派で、裏地まで美しくて見惚れるような、そして手触りまで極上とか――そんなことはなく、泥で薄汚れた服である。一応余所行きのための綺麗な服はあるが、何着もあるわけではなく、正真正銘の一張羅である。その服を見た時の彼の反応は、なんというべきかはずれを引いたとでも言いたげだ。
「ここは、離れか何かか?」
 どうやら、本気で言っているようだ。うちはそう、確かに庶民の家とそう大差ない。家に使っている素材はさすがに少々高級な土を利用しているので、見栄えは悪くないが……悪くない、だけである。レイクの家は呼ばれたこともないので知らないが他の家はレンガ一つとっても光沢があるし、まっすぐにならされた固いレンガは角を研ぐにも使える程に堅牢だそうだ。
 私の家のレンガは、光沢もなければ近づいてみると小さな凸凹がある。窓はくすんだガラスの窓で、色とりどりのステンドグラスといったようなものはない。庭も、小さな花壇こそある物の、庭師が毎日綺麗に刈った植え込みの木があるとかそういうことはなくて、むしろ畑がある。
 というか、私達の体の大きさと力の強さに比例するように、畑はむしろ広いくらいだ。大家族の農民のそれに比べればさすがに劣るが、使用人を含めて三人家族家にしては大きい方だろう。要するに、農民が少しだけ背伸びして家を改修したかな? ぐらいの印象が私の家の印象だった。
「いいや、本堂というか、私の家はここに見えるものですべて。ここで私たちが暮らすのよ。小さい家だけれど、その分みんなが近くにいて、用がある時に探し回らなくっていいから便利だわ」
「これでは、開放感がないではないか」
「あら、そういう時には外に出ればいいわ。景色はきれいだし、広がる田園はなかなかに雄大よ」
「ここは山で空気が薄いし、それに土臭い場所なんて好かぬ。全く、こんな品位のない場所に僕を寄越すだなんて……父上も焼きが回ったものだ……」
 最初のケルディオの態度はこんな感じ。年齢とかはあまり気にしていないけれど、私よりもひとつ若い若輩者だというのに、まともな挨拶も出来ないのはカチンとくる。

「もうよい、イワパレス、下がっていろ。僕の部屋に、荷物を運びこんでおけ」
 目の前の状況に呆れ、落胆した様子を感じさせる、怒りの混じった口調だった。贅沢しないと死ぬ病気にでもかかっているんじゃないかと思うような傲慢な奴である。イワパレスは恭しく挨拶をしケルディオに言われたとおり、自らが引いていた車から荷物をいそいそと運び始めた。

「私は、馬車での移動に比べればまだこっちの方が居心地がいいと思うけれどね。パーティーやらなんやらに御呼ばれするよりかは、居心地がいいんじゃない?」
 どうせ、何かあるごとに遠征でもしているのだろうと、私は皮肉を言う。
「女が偉そうに口を利くな!」
「女がいなきゃ子供は産めないわよ、お坊ちゃん。子供の作り方、知っているかしら? それとも、私の意見を無視して子作りが出来ると思っているのなら、勘違いも甚だしいわ」
「何を言うか! 僕を愚弄するな! 大体、女は男の跡継ぎを残す手駒だろう!」
「そんなことを言って、貴方は愛人を囲むのではなくって? 私の事は手駒と呼んでおいて、さ」
「無礼者め……」
 ケルディオが蹄に力を籠め、わなわなと体毛を毛羽立たせる。食いしばった歯が怒りをこらえているのを伝え、その目にも怒りを孕んでいる。
「ひとつ言っておく。無礼者はどちらかしら?」
 私は思いっきりケルディオを見下ろす。侮蔑する眼で、まぶたを半開きに、じっと見下ろす。
「伯爵の子息である僕に、男爵令嬢の貴様が言えた言葉か!」
「残念だけれど――」
 ケルディオの足には、草結びの草。水タイプのこの子は、私の作る草結びを引きちぎったり解いたりするのは非常に難しいだろう。肩についた飾り毛を翼のように横に張り出して作ったリーフブレード。刃に柔軟さを求めるのならばこの場所から。肩から出した刃は、身長よりも長く伸び、鞭のように曲がって、針孔を通すように正確に首の毛をを切る。皮までは切らなかった。
「希族は戦争と政治がお仕事。ゆえにまず不意打ち一つで死ぬような奴に戦争は不可能」
 首に宛がったリーフブレードを散らして、私は流し目でケルディオを見る。
「今ので一回死んだわね。情けない、男爵様に殺されるだなんて。とても偉い伯爵様は、きっと死んでもお美しいのでしょう。ご無礼を働き申し訳ありません」
 自分が先ほど殺されかけていたことに気付いて、ケルディオの足はすくんでいる。それを見ながら私は草結びを解き、わざとらしい言葉とともに頭を下げる。
「――っ貴様!」
 激情に駆られて、ケルディオが声を上げる。彼の前足が引かれ、それを軸にくるりと回転して放った二度蹴りがリアを襲う。次に聞こえるたのは、ケルディオの蹄とリアの角がぶつかり、そして蹄が負ける音。さすがのリアもこれは首が痛かったが、体重差もあって何とか耐えられた。本当ならばリーフブレードで彼の蹄を叩き割っても良かったのだが、今回は力の差を分かりやすく理解してもらうためにも、聖なる剣でお相手をさせてもらった。
 ぶつかり合った結果は、ケルディオの蹄に走る痛み、ヒビが教えてくれた。そうして悶えているケルディオのすぐそばに、私はストーンエッジを突き出した。地面から墓標のように突き出した岩の柱は、ケルディオの鼻面のすぐそばに唐突にそびえ立ち、そしてすぐに崩れ落ちる。
「二回死んだわね。一回目は私の不意打ちだからまだしも、二回目は貴方が不意打ちして返り討ちにあった結果。情けないわね」
「くそっ……」
「そして、政治の仕事において、すぐに頭に血が上るようなものにどんな統治が任せられようものか。この貧乏希族の治める領地は、一見平和でも不満にあふれている。私や父の頑張りを認めてくれるようなところもあるけれど、顔を合わせるたびに無能だと声を上げる集落だってある。特に、女に対して厳しい村は、私しか産めなかった両親や、女として生まれてきた私を罵って来る。父上が怒りをこらえていなければ、今頃その集落は地図上になかったでしょうね」
 ふと見れば、イワパレスが見守っていた。助けに入るべきだとは思うが、そうしないのは私がむやみにケルディオを怪我をさせる意図がないのを分かっての事か。

「僕は……戦いの才能を指南役に褒められたのだぞ。貴様の言葉の一つ一つ……なんという屈辱だ」
「じゃあ、指南役も含めて才能がないんじゃなくって? 私の方が一つ年上だし、タイプも有利だけれど……不意打ちを同じ格闘タイプで受け止められてしまったことに対しては言い訳はできないくらいに酷い事よ」
「……僕の家を、男爵ごときが愚弄するなぁぁぁ!」
 いきり立ってとびかかる。ジャンプする際、普通はひざを折ってから跳ぶものだが、ケルディオは足から水を吹きあげてノーモーションでとびかかる。さすがに驚いたが、それも一発芸だ。顎先の小さなかわいらしい角が私の喉元を狙う。危なかった、かすり傷も追わずに済んだが、こいつ私を殺す気か? やはり、躾がなっていない。
 ケルディオの角突きをかわし、蹄から放たれる水しぶきが体の横を通りすぎる。ケルディオの方を見もせず、一目散に私は走り出し、それを追う形でケルディオが宙を行く。彼は空中からハイドロポンプを放とうとしているのが見えた。こういう追いかけっこなら慣れている……しかも、ケルディオなんかよりもはるかに速い鳥を相手にしたことだってある。
 ハイドロポンプを放たれたのを、視野の広い目で振り向くことなく視認すれば、そこからすぐさま電光石火で加速。空中にいるせいかケルディオは加減速の調節が地上より遅く、制動も難しいようだ。奴の体制も整えさせぬうちに、私は思念の頭突きをケルディオの鼻面に叩き込んだ。鼻血を吹きあげながらケルディオは倒れ、地面に転がる。私はケルディオの横腹を踏みつけ、見下ろす。
「弱い。相手の力量を測れないのは弱い証拠よ」
 これが最初に、私がケルディオのレイクを圧倒した瞬間であった。
「……イワパレスのお兄さん」
「ハイ、リアお嬢様。何か御用名でしょうか?」
「貴方、護衛兼使用人と聞いたけれど、手を出さなくて大丈夫なのかしら?」
「いえ、貴方が坊ちゃまを殺す事はないと信用しております。また、男爵家の令嬢に負けたとあれば坊ちゃまの名誉も傷つきましょうが、内輪で済ませれば外で名誉が傷つくことはありませんので、問題ないと判断いたしました。それに何より、夫婦喧嘩に使用人が介入すべきではないと思います」
「そう、よく出来た使用人ですね。名はなんと?」
「サンドマン=イワパレスと申します。お褒めに預かり光栄です」
「覚えておきます。旦那は私が運んでおきますので、ご心配なく」
「はい。落とさないようにお気をつけて」


 圧倒的な力の差を見せつけ、しかし彼はプライドが許さなかったらしい、目覚めてからというものこちらを見る目は親の仇でも見るかのようだ。家が狭いので案内もすぐに終わり、ふてくされているところに私は言う。
「食事に行くわよ」
「食事? どこかで食事を用意している様子はなかったし……行く、とは?」
「食べ歩くのよ。もしかして、食事は従者が勝手に出してくれると思ってた? それとも、お腹減っていない?」
 前者であることは分かっていたが、私はあえてそれを尋ねる。
「……生の草を食べろというのか」
「だから弱いんじゃないの? 柔らかい草は美味しいけれど、顎の力が育たない。強い技を放つ時に、顎をかみしめた経験はない?」
「ある……」
「じゃあ、もう一つ。あなたが食べている草に、土はついている?」
「そんなもの、ついているわけが……どこの誰ともわからないもの達が踏みしめた土など食べてたまるか」
「だから弱いのよ。汚い? まるで、虫を食べるのを嫌がる雌ね。女々しいったらありゃしない。土ごと食べるのが自然なのに、その自然を捨てたがゆえに弱くなる。お金持ちってのは無様だわ。堅い草を噛み締めることで顎も育つのに、柔らかい草ばっかり食べてちゃ弱くなるわよ」
「言わせておけば……お前はどこまで僕を侮辱すれば気が済むんだ!」
「私の方が一歳年上だし、成長期だからその一歳が重要なのは認めるけれど……貴方、自分の事を鏡で見てから言ったらどうかしら? 貴方のほうが私を侮辱しているし、そもそもこの縁談のきっかけは、貴方の父親が私たちの領を侮辱したせい」
「何が悲しくてこんな奴に……くそ、父上も焼きが回ったものだ」
 また言っている。まぁ、ただ焼きが回ったというのは本当だったりする。何でも、私の父親は自分の領を馬鹿にされ、訂正を求めているうちに決闘することにになったとかで。あちらが勝てば蹄を舐めてきれいに掃除すること。こちらが勝てば、謝罪と婿を寄越せというのが互いの要求であった。
 そして楽々と父が勝った。ダンジョンに出てくる敵自体はそれほど強くないが、それでも数に囲まれたり、不意打ちされたりで様々なシチュエーションを経験している父にとっては、レイクの父親など敵ではなかったようだ。
「食えるのは……草だけか? ニンジンとかじゃがいもはないのか?」
 味気ない雑草、固い雑草。道端に生えている草が美味しい味をしているわけもなく、それに対してケルディオが当然のように不平を漏らす。
「高い野菜を毎日食べられると思ってた? これが庶民の普通よ……というか、私達も庶民に迫るレベルで貧しいという事なんだけれど」
「これでよく、力が出せるもんだな」
「逆。これだから力を出せるのよ」
 もしゃもしゃと草をはみながら、二人は会話を続ける。
「庶民が何を食べているか、知らなかった?」
「まあな」
 私の言葉に答えたケルディオは、明らかに不満そうな口調である。
「大丈夫よ、夜には少しだけおいしいものも食べられるからさ。新鮮な野菜とか、発酵した干し草とか、パンとか。あと、ごくたまにだけれどバターたっぷりの焼き菓子やケーキ、そのほかいろいろ」
「だが、主食は道端の草なんだな」
「これでも、恵まれている方よ? こんなに大きな体の私達家族が十分に食べられるくらいには……普通の人は土地が狭いと、自分の家の周りの草じゃ足りないものね」
「これで、恵まれているのか……?」
 ケルディオは呆れたようにかぶりを振る。そこまでカルチャーショックだったというのか。
「そう……私の家は、敷地が広大だからいい。だけれど、集落を作るとなると、結構広大な敷地がとりづらくってね。ここら辺は土地がやせているし、寒いから作物も育ちにくい。結局定住できないから、テントを持ち寄って一定の住処を持たずに移動しながら生活する者たちもいる。私達のように定住しながらも広大な土地を与えられているのは裕福な方だし……広大な土地がなければ食糧が足りずに定住は難しい。
 けれど、定住していないと、色々不都合もあるというジレンマもあってね、こういう食糧関係もその一つ。まず、ありがちだけれどパンが食べられないというのは辛いわね。パンですら味に不満を持つ人はいるけれど、こういった草よりかははるかにおいしい。私は一日一回はパンを食べられるから、まだ恵まれているわ」
「お前の言う『恵まれている』は頭が痛い。レベルが低すぎる」
「それはすまないわね」
 皮肉たっぷりに、厭味ったらしく私は返す。
「それに、パンが食えないだけじゃなく、草食のポケモンは結構四足歩行が多いから、テントを立てるのに二足歩行のポケモンが必要。
 そういうのも結構なマイナスで……まぁ、そんなわけで、定住しないから財産を得ることもなく、そういう人が多いからこの領は貧しいまま。肉食のポケモンも定住できず、時に盗賊へと変貌することもある。そういった者たちに少しでも定住を促せるように、私たち自らダンジョニストとして、食糧の支援をしたり、同じくダンジョニストとして活躍できる人材を育成したり……私ひとりじゃ肉食のポケモンを養える数は、サイズにもよるけれど20人くらいがせいぜいだから、育成しないとどうにもならないしね。
 ただまぁ……本当は、遊牧民族を遊牧させたままにしておきたいとも思っているけれどね」
「なぜだ?」
「定住している者は、徴兵しにくいから。民を、兵隊として徴用するのは心が痛む私には、そっちの方がいい……まぁ、こんな辺鄙なところに誰も攻めてこれないからいいけれど」
「……そうだな。こんなところ、支配する価値もない。男爵が総べるにふさわしい」
「ムッと来る言い方ね」
「……くそっ、なんで民衆はこんなまずいものを食べていても不満一つ漏らさないのだ。馬鹿者め、文句を言って改善すればいいものを」
「それはないものねだりというものよ、ケルディオ。それに、不満をぶつける矛先が間違っている」

「もっとうまいのもが雑草のように生えるように努力しろ……くそったれめ!」
 ケルディオは不満を吐き出すように、まだ傷のついていない前足の蹄で地面を殴る。
「……僕は何に怒っているのだ、くそ」
 ひとしきり地面を殴り、地面が抉れたところで、ケルディオはため息をつきながら自己嫌悪をしている。
「さぁ? 私に怒りをぶつけられないから、八つ当たりじゃないかしら」
「そんなんじゃない。こんな場所のために戦う男爵ごときが、僕より強いことが気に食わないんだ。なんで僕は強くないんだ……」
「私達は場所のために戦っていないから。ここに住む人達のために戦っているのよ……だから強いの。私の父はそう言っていた」
 地面を穿り返しているケルディオに、私は言う。
「土地を守るためなら、住民なんて蔑ろでもいいけれどね。戦の備えばかりじゃ、民は疲弊する。ま、ここが線上になる心配がない事だけは少し感謝している。ここは平和よ……国境もあなたやエクレール卿の領に守られているし。あなた、一応戦いの才能はあると思うわ。だからさ、名誉とか戦争とか、そういうのを一度捨ててみないかしら?
 一度羞恥心を捨てて私と生活して見れば、また違う人生が歩めるかもしれないわ」
「僕は……兄達に領地をいう遺産をすべて取られる立場だ。だから、この領で武勲をたてて領地を……財産を、手にしたかったのにこれではそれは望むべくもないな」
「気分の悪い話だわ。みんな仲良く出来ればいいのに、貴方みたいな人がそういう考えをしているから、みんな仲良く出来ないのね。武勲なんて、くそくらえよ」
 私がそういうと、ケルディオは一瞬嫌そうな顔をしたが、すぐにその影も失せる。
「反論できないよ。草を食べさせられて、僕は怒った。なんでこんなものを食べさせられるんだって……まずい、この草はまず過ぎる。けれど、もしそれに民衆が文句を言ってきたら、見せしめに何人か首をはねていたかもしれない。僕の父上ならやりかねない……でも、それが当たり前なんだな」
「当たり前よ。草がそんなにおいしくないことなんてみんな知ってる……もちろん、民衆は首をはねられるのが嫌だった。怖かったというのもあるのでしょうけれど。美味しい食事なんてものは常に食べられるものではないし、だからと言って美味しい食事をするために何かを奪うなんてことはしちゃいけない。
 奪うという行為は被害者が出るし、奪う方だって疲れるし。得られる実がどれだけ美味かろうと……そのために失うものがあるし、罪悪感だってある。
 貴方は、常に奪う側だったから、奪われる側がどれだけ疲弊しようともそれでいいのかもしれないわね。でも、もし奪われる側に回るとしたら? そんな心配をするくらいなら、誰も奪ったり、奪われたりなんてないほうがいい。あなたの三つ上の次男坊のように、敵に捕縛されて高額な身代金を要求されたとかいうじゃない、そんなのがお好み?」
「あの出来そこないの次男坊の事は言うな……」
 いつもは奪う側であるケルディオの家だが、その兄の次男坊は戦争でへまをやらかして相手方の捕虜になってしまっていた。そのことをつついてやると、ケルディオは恥じたように目を背けた。
「土地がやせていて、時折奪わなければ明日をも知れなくなるようなこの領では、奪い合いが起こらないことへの有難さを実感できるわ。父親が積極的に動き回ったら、そう言った盗賊も減ったから、奪い奪われるなんて血なまぐさい事もなくなった。平和になるのよ、みんなで働くことが出来れば」
「だが、それでも奪う者はいる」
「だから、それに対抗するためにも、皆が一致団結して立ち向かえる気概を持たせるんじゃない?」
 意地悪に問いかけると、ケルディオは目を背けて歯を食いしばる。
「なんとでも言ってくれ。僕は決めた」
「何を決めたのかしら?」
「ダンジョニストであることでお前が強くなったというのなら、僕もダンジョニストになる。妻となるお前に、嫌とは言わせんぞ」
 プライドを捨てて、新たなプライドを作ろうと心に決めたケルディオは、毅然として私に命令を下す。
「ふふ、いいわよ、レイク。仰せの通りに。私に股を開かせるくらい、いい男になりなさい」
 私の、レイクを見下すような視線だった目つきが、対等のライバルを見るような目つきになり、言葉には少し棘が少なくなっていた。いい旦那に育ててあげようと、そう思えた。

 ◇

「まぁ、そんな感じだったわけよ。ケルディオとの馴れ初めは……」
「希族って色々厄介なんだな」
「というか、リアさんの大事な人だっていうからどんな人かと思ったら……話を聞く限りじゃかなりの問題児なんですね」
 ゾロアもノコッチも、いう事がもっともだ。
「まあね。厄介すぎて……でも、ケルディオは少しずつ変わっていって、まともになってね……このころは幸せだったわ。ケルディオがいて、家族がいて。従者も応援してくれて……すべてが私の味方をしているようだった」
「しっかし、やっぱりダンジョンってすごいよなー。どうしてこんなものが存在するんだ? これのおかげで、俺は草食のポケモンを食べないで済む。いやまぁ、ダンジョンに住んでいる奴のは喰うけれど、パラダイスで働いているポカブとかシママとかを喰わないで済むっていうのはすげぇよ」
「ははは……僕も肉食だし、同じ思いだよ。昔、ダンジョンが存在しなかった頃は、税金代わりに肉食のポケモンに草食のポケモンの体を差し出していたそうだけれど、そんな世の中想像もつかないなぁ……」
「……ダンジョンはね、創造神アカギ様が、肉食のポケモンが草食のポケモンに手を出さなくて済むように、破壊と誕生を超高速で行う場所として……破壊の神と生命の神に作られたものだって言われている。だからこそ、ダンジョンは入るたびに形を変えるといわれているのよ。喜びであれ怒りであれ、強い感情に触れることで、その形を成すんだって。
 わたしはまぁ、そのアカギ様の慈悲深い心遣いに甘えて、ダンジョンでどれほどのポケモンを狩ったことか。それにケルディオも加わってからというもの……たくさん餌を届け、たくさんダンジョニストを育て、定住者を増やしては、私の領の経済を豊かにしようと頑張ったわ」
「すごいなー……そんなことを何代も続けてきていたのか?」
「ううん、父親の代から。肉食のポケモン達に肉を与え、定住させることで草食のポケモン達を守る事が出来るっていう……夢に現れるサザンドラのお告げを聞いたとか言ってね。つまり、貴方が言った通り、ダンジョンってすごいってわけ。定住そのものがいい事かどうかは分からないけれど……例えば、遊牧民族なら徴兵されないからさ、それはいい事じゃない? だから、徴兵なんてされるくらいなら遊牧民族でありたいって考える層は一定以上いると思う」
「そりゃなぁ……戦争ってのがどんなものかは知らないけれど、遊牧民族が戦争に巻き込まれないならいいことだ」
 と、ゾロアが相槌を打つ。
「まあでも、遊牧民が戦争に巻き込まれないかと言えば、巻き込むし、巻き込まれるのよね、それが。徴兵は出来ないけれど、志願兵を募ることはできるし、攻め込むだけなら遊牧民でも出来るから。逆に遊牧民に攻め込んでも、財産はあんまりないから旨味は少ないし、逃げられやすいし、いいことが少ないのよね。そう、定住っていうのは、不動産を保持することが出来る。食糧の貯蔵も容易になる」
「そう言えば、食料も遊牧民族だと持ち運びに苦労するから、確かに食糧をため込むならば定住したほうがいいわけですね」
 ノコッチが当たり前の感想を口にする。その当たり前の感覚が大事なんだけれどね。
「そう。一定の住処を持たない民族が、物資を求めて戦争……盗賊と言っても語弊はないけれど、そういうのになりやすいのも、財産を蓄えることが難しいからって言うのがあると思う。うーん、いろいろ複雑でどれから話せばいいのやら。でも、とにもかくにも、ダンジョニストを増やすことが、そういった遊牧する肉食のポケモンの人狩り衝動を抑えることは十分可能だし、物が豊かになれば、ある程度抑えも聞くのよ」
「ふーん……土地が痩せているってのは本当にどうしようもないんだな。俺なんかは肉を食えない代わりにほとんど豆を喰わされていたけれど……」
 ゾロアは自分の幼少時代の事を想い返していう。
「私の住んでいた土地じゃ、豆程度じゃ養えないわよ、きっと。だから、ダンジョンに赴いた」
「大変なんだな……」
「うん、大変だった。でもその分、楽しかった……今の生活と同じ。今なら、ティーダがあんな所でも何とかしそうな気がするけれど……あそこを豊かにするのはきっと、ここよりも厳しいでしょうね」
 今からでもやり直したい気分になって、私はため息をつく。
「あの時に戻りたいって今でも思う……無理だけれどね」
 しばらく、沈黙が走る。その嫌な雰囲気を打破しようと、ゾロアが口を開いた。
「どうして今の生活になったんだ? 確か、話によると……そのケルディオってやつとは……喧嘩別れ? みたいな感じになっていたけれど、フリズムでは喧嘩別れするような雰囲気じゃなかったって」
 ゾロアの質問に、私の心がずきりと痛んだ。
「僕も聞いたよ、そのフリズムの会話……今すぐにでも、ケルディオはビリジオンに冒険の成果を聞かせてあげたい感じだった……」
 と、ノコッチは疑問を口にする。
「そうね、ノコッチ。でもそれは、後のお話……」
 本当に、あの話を、生の声で聴かせてもらいたかった。そう思わずにはいられなかった。
「まずは、私とケルディオが旅に出た理由から話さないと……これが、私とケルディオの人生の汚点。思い出したくもないけれど……背負わなきゃいけないこと」
 これを語るのは、本当にはじめての事だった。語りたくないくらいの黒歴史。話しているだけでも吐き気がしてくる。
「前は、庶民なんかじゃなく希族に生まれたかったって思っていたけれど……お前の話を聞いていると、俺は庶民でいいかなって思えてきた」
 ゾロアはそう言って苦笑する。
「それはきっと、アメヒメのおかげよ。言い方は悪いけれど、私は貴方が思い描く庶民にはなりたくないわ……働き過ぎて死ぬだなんて、考えたくもない」
「そうだね。宿場町はそれなりに豊かだから何とかなるけれど……ゾロアの故郷の庶民っていうのは、結構つらそうだ」
 私の言葉にノコッチが賛同する。
「そうねえ……私も、アメヒメのパラダイスに生まれるなら庶民のほうが良かったかも。アメヒメやティーダみたいに人をまとめる仕事は、私には荷が重すぎるから」
 私の言葉に、ノコッチとゾロアは笑った。
「本当、ビリジオンにはお疲れさまって言葉を贈りたいよ。貧乏希族なんて言っているから、どんな暮らしをしているのかと思ったけれど……すっごい苦労していたんだね」
「そうだな……俺もその日食うにも困る庶民の生活はもう嫌だし、だからと言って希族になって苦労するのも大変そうだ。どっちも経験しているビリジオンはすごいんだな」
「まぁ、ね」
 二人の言葉に、私は曖昧に答える。
「……そんな生活でも、ましに思える生活がないわけじゃないけれどね」
 ふぅ、と私はため息をつく。
「ケルディオが来てからも、しばらくは平和だったの。すごく、平和だった……」

 ◇

 私は、子供がなかなか生まれないという、似なくてもよい所が母親に似てしまったらしく、ケルディオのレイクと出会って2年、暇を見つけてはベッドを共にしているのだが、まだ子供は出来ないでいた。
 そんなある日の事。

「戦争を仕掛ける……なぜ?」
 崩壊のきっかけは一通の書状であった。私達の領は、ゲノウェア山と、そこから連なる山脈地帯で、ケルディオの実家はその南。国境付近の領を所有している。今回の書状によれば、ケルディオの父親、ハイロ卿は南にある国境の向こう側にある街の統治権を得たいという話だ。
「僕の父上が、そのように話を進めているらしい」
「それは質問に対する答えになっていないわ。なぜ、かを聞いているの……」
「知れたこと。国境付近のあの街は商売の要。そのうまい汁を吸っているのはあちらの国……それが父上の物になれば、領民は豊かになる。そういう事だろう」
 それは分かるが、リアには理解しがたいほどに単純すぎる理由だ。
「あの街に住む人はどうなるのよ!?」
「あそこは行商の入り乱れる街。定住する者が少し減ったくらいじゃ全く問題はないし……死ぬのは多分兵士くらいだろう。家の中に立てこもってさえいれば、父上もさすがに手を出させるような真似はするまい……。まぁ、よしんば父上の侵攻が成功した時に、こちら側の兵士の末端がどう動くかはわからんがな。
 家に押し入って略奪や強姦、惨殺をしなければよいが……いや、無理だな。眼に浮かぶ。戦闘中は手を出さないにしろ、戦闘が終われば何をするかはわからんな。むしろ、私は戦争の見学をした際に、兄上にそうやって童貞を捨てさせられたんだ。初体験が強姦というのも、今思えば情けない話だ」
 ケルディオは目を背けて俯いた。
「ど、通りで私との初めてが手馴れていると……貴方、そういうのは先に言っておきなさい」
 私と交わった時、童貞じゃなかったことを知って驚きと怒りもわいてこよう物だが、その時はそんな場合じゃなく
「あの時の君に言ったら、殺されそうな気がした……」
 ケルディオはそう言って顔を伏せる。問い詰めてやりたいが、そんな状況でもないし、昔の彼を思い出せばそんなこともあるだろうと私は思う。
「で……その援軍に、私達の領から出兵させろって、正気? 私の両親が死んだからって、舐めているのかしら?」
 婚姻したからと言って、私達は属国になるつもりはないというのに。ハイロ卿は何を考えているのやら。
「リアの両親が健在でもそうしただろう。リアの父親と僕の父親のように、個人間では君たちが勝利できても……集団での勝利は……まぁ、父上にあるだろうな。こっちの領は人員不足だから」
「私は嫌よ。領民を危険にさらすこと自体嫌」
「その危険に見合うだけの報酬は与えると書いてある……『奴隷と、利権の一部を報酬として与える』って。聞くまでもないけれど、それで気が変わることは……」
「ない。出来る事なら、『死ね』って一言だけ書いた書状を送りたいところだわ……」
「僕たちでせっかく4つの部族を定住させたというのに、そうしたらこれだものね。僕たちがどれだけ苦労してダンジョニストを育て上げたかも知らず、気楽なものだよ。要するに、僕の父上はこう言いたいんだ。『お前達の領は私の傘下にあり、生殺与奪は思いのまま。私が与える利益のために、進んで兵を出す弱い存在だ』って。要は、この援軍要請はただ、自尊心を得るためだけのものだ」
「くだらない、小さい男だわ。それ以上に、平和を脅かそうというのも気に食わない」
「平和じゃないんだよ。父上にしてみれば。自分の心が平和じゃなければ……どれだけ民衆が平和に暮らしていても意味がない」
「頭が痛いわね……とりあえず、領民を危険にさらすのは断固として反対の書状を送っておくけれど……でも、私達は参加することにしましょう?」
「僕達が? なぜ」
「義理立て。それ以上の意味合いはないし、ハイロ卿の兵士の行動を監視するためにも、私達二人は参加しましょう」
「……その言い方、僕の父親や兄弟が一切信用されていないって言うのが非常に情けないけれど、その通りだね。見張りを立てなきゃ」
「それに、最低限の義理立てはしないと……『顔を立てさせてやったのに!』とかって逆切れされてしまうわ。こんなところでも、失うものはあるんだってことは、あっちもきちんとわかっているだろうからね、相手は。いざとなればハイロ卿は私の領民を人質にするでしょう……」
「僕が君に毒されたおかげで、アレがろくでもない父親だって思えた事は本当に幸運だよ」
 かつての自分を思い出して、ケルディオはため息をついた。
「そうしよう。義理立てで我らも戦争に参加する。あと、一応徴兵はしないが志願兵の受け入れはしよう。それは構わないよな?」
「うん、あんまり戦争には参加して欲しくないけれど、自由意思までは私も止めはしないわ。そうね、書状にはそう書いておいて……私も、一応お触れは出してみる。協力しているふりだけはきちんとしないとね」
「……私も、もし父上が機嫌を損ねたときのためにご機嫌取りと、刺し違えるだけの準備はしておく」
「刺し違えたら、それで終わるのかしら?」
「いや、無理だろう。長男あたりが仇討ちをするやもしれない。ただ、その時はその時だ……僕もただでは死なない。一族を僕の手で絶やすことになろうとも、構わない」
「……つくづく困った事態ね」
 私はため息を抑えきれなかった。悪党に権力を持たせると、本当にろくなことがない。


 そうして書状を送って数日。お触れを出した私は、少数ながら志願兵も見つかった。戦士として活躍して一旗揚げようなどと考えていたのは、ダンジョニスト見習いの青年であった。まだ、戦闘にはほとんど加われず、雑用や仕留めた獲物の運搬ばかりを任せられていた青年は、馬鹿にされるのが悔しいとか、こんな生活を抜け出したいとか、そういう動機で志願するらしい。まずは生き延びることを考えるべきね。
 他にも、野良仕事をさぼることが多かったために、半ば追い出される形で志願させられたりとか、理由は様々だ。眼をぎらつかせていたり、生きる希望に乏しくやけくそで参加している感じだったりと、いろんな表情が垣間見える。定住生活の中で財産に恵まれず、それゆえに追い出される形で志願せざるを得なかったものに関しては同情するが、それ自体彼の怠慢が原因でもあるので自業自得というべきか。
 全体的には、やはり一旗揚げようというのが目的として多いらしく、そのほかただ単にダンジョンに出没する者とは違う、生の人間を殺してみたいという反吐が出るような理由もある。こういうやつがいるから、戦争がなくならないし、私達が監視をしなきゃならない。
 まだ貧しさが高じて盗まなければ明日をも知れない身であるというのならば、盗むという行為に同情と情状酌量の念も湧き起こるというものだが、こういった輩には同情どころか怒りすらこみ上げる。

 だが、やっぱり志願までは口出しするべきではないだろう。たった一五人という数では、伯爵様の要望の1割にも満たないが、領民の疲弊を言い訳にして何とか許してもらうしかなかろう。
 そうして始まった戦争だけれど、私達の育てたダンジョニストたちが予想外に強かったこともあり、それら精鋭を中心に兵をまとめられたおかげか、破竹の勢いで勝利を飾ることとなる。要するに、ダンジョニストはやっぱり強かったという事だ。しかし――
 勝負はついた街での戦闘は、すでに敵方兵士の残党狩りへと移行していた。その段階に至ってからは、こちら側の兵士には街を制圧するべく、各個の判断で動いてもらうことになる。今回、監視目的で参加した私もきちんと追い討ちに参加はしたものの、降伏した兵には決して手を出さず、私達の陣地に誘導した。そういった兵隊は、私達と一緒に暮らすうちにダンジョニストとして鍛え上げられてしまったサンドマンや、私の従者などに処遇と監視を任せる。手出しする者は警告を行う役目も兼ねている。

 ハイロ卿が用意した兵士が何か狼藉を働いていた時は、積極的にそれを叩き潰しもした。
「警告したはずよね。降伏した兵士に手を出さないこと、一般市民へ手を出さないこと、火事場泥棒はしないこと……破ったら、叩きのめすって」
 そんなセリフを吐きながら、リアとレイクは何人も締め上げた。時に後ろから忍び寄り、時に上から颯爽と現れて蹄で砕き壊すと言った不意打ちも交えながら。次々と粛清を加え――その毒牙は義兄にも及んだ。
「お義兄様。あなたまで下種の真似事とは嘆かわしい」
 彼女のつるぎは、ケルディオの兄であり、ハイロ卿の長男、テラキオンのグラハムをも捉えていた。
「何を……しやがる」
 彼は、ドアを壊して家に押し入り、怯える女性を突き飛ばして強引に事に及んでいる。被害女性の腫れ上がった頬や口から洩れる血が、彼の罪そのもののように見えてならない。私はそれに見合うだけの罰として、まずは一撃、額から出した渾身の聖なるつるぎにて、聖剣士の誇りである角をたたき折り、その痛みで目を白黒させている間に思念の頭突きであばら骨を叩き折る。
 そのラッシュを喰らった彼はすでに息も絶え絶えだ。
「……私は警告したはず。ハイロ卿が高らかに宣言した『この戦争の目的は民を傷つけるためにあらず、民を養うためにこの街を攻めるのだ』という言葉も信用し、『ならば、むやみに民を傷つけるような行動をしたものは許さない、粛清する』と。なのに、貴方は指揮官の位にありながら、それを裏切るのね」
 レイクの兄、グラハムはテラキオンで、母方の形質を受け継いで生まれてきた男である。当然、私の攻撃に対しては草でも格闘でも効果は抜群なので、彼女の攻撃を喰らってしまえば無事では済まないし、その二つのタイプ以外の攻撃であっても、ダンジョンで鍛え抜かれた私の攻撃を受けきることなど不可能だったであろう。警告したというのに、子供が見ている目の前でおびえた女性を強姦していた兄に同情の余地はなかった。
 女性が泣き叫ぶ様子を見て面白おかしく囃し立てている取り巻きも含め、リアは腕や耳を切り落としたり、睾丸を叩き潰す。そもそも、グラハムにも妻はいるのだ。女性との関係は私が初めてではなかったという衝撃の告白を聞かされた後とはいえ、結婚して以後は浮気を全くしないレイクのことを思えば、妻を放ってこんなところで強姦に現を抜かす男を許すつもりはない。
「跡継ぎもいるんだ。もうそれは必要ないし、貴方には過ぎた物よね……」
 もう、彼の男としての機能は全く使い物にならないだろう。自業自得だ。
 破裂した睾丸から飛び散った血液と精液で蹄を汚したリアは、唾を顔に吐き捨てる。
「ごめんなさいね。兵士にはこういうことはしないようにって、釘を刺していたんだけれど……これで許して下さい」
 私は残ったもうグラハムの頭に残っていたもう一本の角を、蹄から出したリーフブレードで叩き折り、強姦されていた女性に投げて渡す。女性は怯えてまともに話にならなかった。私は草結びでグラハムとその取り巻きを運んで家の外に出る。強姦されていた女性は、顔を見られるのも嫌だろうし、何も声をかけることはしないで置いた。
 私はグラハムを放置し、他の兵隊の行動を監視する。レイクも似たようなもので、命令を守れず一般市民に手を出したもの達を片っ端から叩きのめす。グラハムに大怪我させたのも兵隊に規律を持たせることを約束するという契約を一方的に破棄した相手が悪いのだと、何ら気にしていなかった。
 ただ、その判断がまずかったらしい。

 ◇

「それで、どうなったの?」
 ノコッチが尋ねる。ため息交じりに私は答える。
「民家を出た後、私は白目をむいていたグラハムを放置していた。そしたら敵兵に、お兄さんが捕らえられちゃってね……。多額の身代金を要求されるどころか、街と引き換えで無ければグラハムを返さないっていう話になったの。ハイロ卿は長男に対してだけはかなり子煩悩だったのね。見捨てればいいのに、見捨てなかったのよね」
「長男ってのは確かに重要な立ち位置だけれど……そんなに重要なもんかぁ? 俺だって、盗みはやったけれど、女に手を出すような奴なんて最低だと思うぜ? そんな奴のために、街なんて財産を諦めるものなのか」
「そうだよ、最低な男じゃん。ハイロ卿もわざわざ救うほどの事かなぁ?」
 ゾロアもノコッチも結構厳しい意見である
「うん、私も貴方たちと同じ意見よ。救う価値はないと思ってる」
「だよなぁ……」
 ゾロアはうんうんと頷いた。
「思えば、ゾロアの事も、略奪を繰り返しているからって、そうしなければいけなかった理由も知らずにいろいろ罵倒しちゃったわね。なんだかんだであなたは家族を守ろうとしただけだから……そういう盗みだったから、貴方の事は、ハイロ卿の息子たちと違って許せる」
「そう言ってもらえると、嬉しいやら恥ずかしいやら……俺に仕事を与えてくれたアメヒメさんには頭が上がらないな、本当に」
「私も……貴方と妹がまともな職につけたのも、アメヒメのおかげだしね」
 私は思わず笑みがこぼれた。ゾロアもまた笑みをこぼしていて、お互いそのことに気付き合うと、互いの笑顔を見てさらに口元が緩んでしまった。
「おっと、敵よ。倒せる? お2人さん」
 そんないい雰囲気を切り裂くかのように現れる敵。やっぱり、ダンジョンの敵は空気が読めなくって困る。
「余裕余裕」
「後衛は任せてよ、ゾロア」
 こんな話の最中でも、ダンジョンとなれば敵は出るし、敵が出たら戦わねばならない。だが、最近のゾロアはかなり強くなってきて、そのおかげか私の仕事も少なそうだ。まだ、コジョフーのジャノメに追いつくほどの力はないであろうが、一緒にダンジョンへと赴く日は遠くなさそうだ。
 彼は、攻め込んできたゴルーグのパンチを急ブレーキでタイミングをずらして避ける。地面に刺さったままの手に対し噛みつき、無機物の体を削り取る。ノコッチはそこにここぞとばかりに蛇睨み、ゴルーグをマヒさせる。
 あわてて地面から離したその手がどいたところで、ゾロアがどてっぱらに向けてナイトバースト。ゴルーグがたたらを踏んで後ろに下がったところを、私が草結びでノックアウトした。
「さすがね。あの程度の相手に怯まなくなっている」
「あったりまえさ。ティーダやスターミーさん、それにエモンガやノコッチ、いろんな人に鍛えてもいらっているんだ。負ける気がしないね」
「僕も、ビリジオンさんがいたからここまで強くなれたよ。今度はぼくが前に出られる相手がいいな。ゴーストタイプが相手じゃ、ゾロアに譲らざるを得ないもんね。まだまだ腕前はかなわないけれど、いつかはおいついてやるんだから」
 ゾロアもノコッチも得意げだった、早くに大人にならなければいけなかったゾロアだが、こうして得意げに笑う姿はやっぱり少年と言ったところ。この年の頃には夫とベッドを共にした私だけれど、やっぱり同じ年齢の子はまだ成長しきれていない子供なのだと実感する。
 ノコッチも、出会った当初は本当に情けなく、ダンジョニストだって三日もすれば諦めるんじゃないかと思ったものだけれど、ティーダを追いかけ、アメヒメについていき、エモンガに連れられ、大氷河に繰り出して、そうしてよくもここまで成長したほどだ。
 今ノコッチが、私の領に行ったならば、一家の大黒柱として囃し立てられるだけの実力は持っている。出会ってよかった相手だ。
「さーてと、どこまで話したかしらね。確か、私のせいで戦争に負けちゃったところだったかしら」
「そうそう、それだ。ケルディオの父親が意外に子煩悩だったとかで、オカマになっちまった長男のために戦争の勝利も身代金も逃しちゃったんだろ? 馬鹿だよなぁ……俺に弟がいても、女を暴行した弟なら、どうぞ殺してくださいって感じだぜ。子供を持つと変わるのかね?」
 ゾロアの無邪気な疑問が、心地いい。そういうふうに考えてもらえるだけでも人々の意識は変わるんだけれどね。
「違うわ、異国の人間は、苦しめてやればそれだけ誇りになるのよ。誇りを傷つけても抵抗させない圧倒的な強さこそが誇りなんだって。つまり、誇り高い長男だったのよ」
「は、最低の人間じゃないですか。お里が知れます……僕達とは正反対で、人を傷つけるほど誇れるだなんて……なんでそんな奴がお偉いさんになっちゃうんだか」
 やっぱり、ノコッチの感想は非常に当たり前の事だった。しかし、その当たり前というのが出来ないハイロ卿のことを想えば、やっぱり当たり前の感覚というのが大事なのだ。
「正面切ってそれを言えれば楽なんだけれどね……私ではなく、ハイロ卿の領の民衆が」
 それが出来ないから横暴を許したのだと思うと、悲しくなってくる。

「ともかく、それで怒りを買った私は……私は、領を追放された。酷い話よね。ハイロ卿が私達の領の集落を突然攻め込んだかと思うと、その集落を人質にとって退去を命じるのだもの」
「四男坊とはいえ実の子供のケルディオに対しても敵に回ったってことだよな?」
 ゾロアの問いに私はうなずく。
「うん……で、私達が追放された後、私達の領はハイロ卿の次男坊が爵位を受けて、統治することになったの」
 思いっきり嫌味っぽい口調で私は告げる。
「そして私の領に……先の商売のかなめとなる街で起こった戦争で捕虜となり、身代金を払ってもらえずに使い道のない奴隷が流入したのよ。ゲノウェア山に鉱床が見つかってね……奴隷はそこで働かされたの。でも、それだけじゃない……ハイロ卿は、『私の領民には手を出さない』という私との約束を破って、私の領でまだ遊牧を続けている者達を、片っ端から奴隷に落とした。
 その計画が進んでいたころは、私は放浪の身だったし、後でその事実を知ったところで私にはどうすることも出来なくってね……伯爵様の家に乗り込んで、皆殺しにでもすればよかったのかしらとか、たまに思う事があるわ。要するにね、私の人生の汚点はその奴隷たちを救えなかった事。何よりも、心残りでならないの」
「その奴隷たち、今はどうなっているんだ……? 出来るなら、アメヒメと俺達で救ってやりたいな」
「どうなったかっていうとね……私の領で遊牧生活を営んでいたものは、真っ先に燃料にされた」
「燃料?」
 私の言葉に、ノコッチが首をかしげた。
「うん、燃料。シャンデラに、炎の燃料にされたの。けが人や病人よりも優先されて、見せしめ代わりに燃やされた。
 鉱山で普通の炎を燃やすと窒息しちゃうけれど……命を燃やして灯った炎では、窒息はしないから……だから、燃料にされるの」
「嘘……そんなことが、許されるの?」
 ノコッチが血の気の引いた顔で尋ねる。
「許すんじゃない。反発を押さえつけていたのよ……遊牧民たちは、私を尊敬していたから。ハイロ卿に大恥をかかせた私を、尊敬していたから、ハイロ卿にとっては疎ましかったのよ。だから殺されたの。それは見せしめの意味もあるし、私への報復の意味もある。それに、遊牧民が死んでも、ハイロ卿から見れば経済的な損失は皆無と言ってもいいから……故郷がそんなことになっていたというのに、私は泣きながら逃げ回るだけで、彼らに何もしてやれなかった」
 私は口ごもる。言いたくなかった、恥ずかしかった。
「それをさすがに見かねたのでしょうね……監視役のシャンデラ。ハイロ卿の手の物であった彼らが裏切り、奴隷たちに加担し反乱がおこって……ハイロ卿の領より訪れ次男坊を殺した。その後で、ハイロ卿の領に移ったそいつらは、金品だけでなく純潔や誇り、命まで奪う性質の悪い盗賊になって……それどころか、街の全てに火を放って、家すら残らないような状態にしていた。
 その盗賊を倒すために何度か討伐隊が編成されたけれど、軍隊並みの武力をもってしても、その盗賊には勝利できなかったとか。盗賊団の幾らかは殺されたし、逮捕もされたそうだけれどね……でも、殲滅波導がんばっても出来なかったらしい。
 いつしか、突如として一切の目撃報告がなくなって、消息不明。それだけの力があればダンジョニストにも簡単になれる筈なのに、そうせずにひたすら盗賊をしていた理由は復讐のつもりだったのかもしれない。出なきゃ、盗む者が無くなった土地に火を放つなんて行為は必要ない。
 領民も、ダンジョニストも……何十人も犠牲になったから。必要のない怪我を負わされた者もいる。私が……あの時放置しなければよかったのか、それともあの時ケルディオの兄がしていたあの、強姦を見逃せばよかったのか? 私にはわからない」
 これで、私の曝け出せる汚点はすべて晒してしまった。あまりに情けなく、そして悔しくて、四肢にもまともに力が入らない気分であった。
「ビリジオンさんのせいじゃないです。貴方はたくさん頑張ったし」
「そうだぜ、お前のせいじゃねよ。悪い事は、していないし……」
 ノコッチもゾロアも、同じ意見だった。悪い事をしていないのが問題なんじゃない、やるべきことをしていなかったのではないかと悩んでいるのだけれどね……真意は伝わらないものね。
「ありがとう……」
 誰かに、『お前のせいじゃない』って、そう言ってほしかったのかな……私は。ケルディオにも何度も言われた。けれど心は癒されなかった。初めてこうやって過去を話して、こんな言葉を言われて、私の気分は本当に少しだけ楽になった気がした。

「それから私達は、当てもなく旅に出た。現実逃避のように、各地の秘境を回ったりなんかもした……楽しかったけれど……後の話は、まぁ、どこかで聞いた通りよ。ケルディオは現在行方不明でね。どこに居るのかもわからないの」
 楽しかった日々も、苦しかった日々も思い出して、私は涙を流した。
「……アメヒメと一緒に、そんな思いをする必要がない世界を作ろうよ。皆で頑張れば絶対大丈夫なはずだよ」
「だぜ、ビリジオン。俺も協力するからさ」
 その涙を見て絞り出された、ノコッチとゾロア、二人の慰めの声が嬉しくて、然し情けない気分になった、私には、パラダイスは作れなかったのだと思うと、やるせない。
「えぇ、頼むわ」
 やるせないからこそ、腐ってはいられない。今はアメヒメとティーダが導いてくれているのだ。それに乗っかる形だとしても、誰かの幸せを願い、そのために汗を流す事には誇りを持ってもいいはずだ。



Ring ( 2015/06/19(金) 23:48 )