短編
第一話:本心は胸の中
 ここ、宿場町は旅人や行商人が集まる街。とは言っても、ここはただの休憩地点であり目的地ではない。
 だから、あまり大規模な市場が形成されるわけでもなく、ここには一期一会の顔ばかりが毎日街を行き来している。
 そんな宿場町で、俺はしがない『箱割り屋』という商売を営んでいる。

 箱割り屋。それは、ダンジョンに潜らない人達にとっては、なじみが薄いものだろう。箱割り屋というのは、不思議のダンジョンでたまに手に入る、不思議な宝箱を開けるための一つの方法を実践する商売である。
 不思議のダンジョンで手に入る宝箱は、一般人が開けようと思っても簡単には開かない。そこで、その宝箱を開けるための商売が成立するわけである。その商売では、不思議な力(ミラクルアイ)を用いて鑑定することで箱を開ける者もいるようだが、俺はラムパルドとして生まれ持った他の数多のポケモンよりも高い攻撃能力を生かして、力尽くで強引に叩き割ることでその中身を(あらた)める方法を取っている。
 その時手に入るものは、木の実や種だったりすることもあれば、知識や技能が得られる事だってある。宝箱の中にそんなものが封印され、中身を(あらた)めさえすればそんなものが手に入ることこそ、不思議のダンジョンが『不思議』たる所以だ。
 一体どういう原理なのやら見当もつきやしないが、一説にはダンジョンで力尽きた者の念が篭っているとか何とか。そんな細かい原理はダンジョニストや俺達商売人にはどうでも良いことだ。
 要は宝箱を開けることでお客さんが喜んでくれるのは何より嬉しいことだし、お金も手に入るしで、皆が幸せになれる。順風満帆な今の生活は恵まれており、不満らしい不満もない毎日だ。

 ただ、不満というわけではないが……最近気になる人がいるのだ。というか、この場所に店を持ってからずっと気になっている人がいる。
 その気になる人と言うのも向かいのお店の、チラチーノの女の子だ。
 彼女の笑顔。背中の雲のような体毛が太陽の光を受けて白く煌きながら揺れる様。明るくはつらつとした挨拶。すべてが、そう……魅力的なのだ。
 しかもその魅力の秘訣は、彼女がメロメロボディだからではない。彼女の特性、それは紛れも無くテクニシャンである。
 彼女は、ギフトショップという商売を営んでおり、様々な行商、旅人が持ち寄った物や、独自のルートで手に入れた定番の贈り物を、それはもうお洒落な包装で飾り立てる達人である。
 客が訪れれば、まず最初にお客様からプレゼントを渡したい相手の人となりを丁寧に聞いてあげて、十数分かけて世間話をすることで送り主の人格も把握する。そうして、自身が仕入れた品や、お客様が渡そうと思っている品物をラッピングに取り掛かる。
 その指先の華麗な動きは、リボンがまるで舞を踊るかのように結ばれ、彩りも鮮やかに飾り立てられ、ただの細長い布、鮮やかな色の1の紙を瞬きのうちに芸術品に変える。
 包む品物、渡す人、渡される人に合わせて表情を変える彼女の手腕は、ただのテクニシャンを通り越して魔法と形容しても差し支えはないと思う。

 客が来ない間。人と人の隙間から覗き見られる彼女の一挙手一投足を見ていると、思わず見とれてしまう。そして、フィニッシュの『はい、どうぞ』と商品を差し出すときのあの表情、あの声色。客からありがとうと声を掛けられたときのあの嬉しそうな顔。
 それはまるで天使のようで、どこからどう見ても、彼女は魅力的な女性なのである。
 そして、何よりも魅力的なのが、俺が店を建てたときに、わざわざ無料で贈り物を包んでくれるような親切さ、優しさだ。
 まだ店を持てなかった頃、路上で行商やダンジョニストを捕まえては、箱を叩き割っていた苦節の日々。それを乗り越え店をもてた感動を、5割り増しにしてくれたあの時包んで貰ったオボンの実と、チラチーノちゃんの笑顔。もらったオボンの実の味は紛れもなくごく普通のオボンであったが、あの時の感動は今でも忘れられない。そして、その感動が今のようなもやもやした感情を生み出しているのだと思う。


 とある日。
 街はすっかり夕暮れ。店じまいを終えた俺は、宿場町ではおなじみの歌を歌いながら街を闊歩する。
「右を見て、左見て、前を見る♪ 前を見りゃ、坂道だ、気が滅入る それを越えた先に 一息つける宿 足を休めよう まだ先は長い♪」
 通り過ぎていく街並みを横目に見ながら、今日の飯は何にしようかと考えていると、穀物を扱う行商への列に、麗しきチラチーノちゃんの姿が。まだ夕食を何にするかまったく決めていなかった俺だけれど、ここは話し掛けるチャンスである。買い物を装って話しかけよう!
「や、やぁ……チラチーノちゃん」
「あら、ラムさん。今日はお買い物ですか?」
「あぁ……まぁな」
「しかし、こんな食材のお店に足を運ぶということは……ラムさんって外食派かと思ったのですが、自炊しているんですね」
「い、いやぁ……意外かなぁ?」
 確かに、いつも頭突きで強引に箱を開けている俺の姿からは、あまり料理というのは想像できないかもしれない……
「そうですね、ちょっと意外です」
 そう言って、チラチーノちゃんは微笑んだ。
「でも言われてみると、いつもあんな風に箱を割る要領で、堅い木の実を潰したり、マッシュポテトを作っている様子がなんだか浮かびます」
 チラチーノちゃんの言うとおり、おれは実際のところ料理といえるほどの料理はしていない。ジャガイモを適当に茹でたりとかして、それに適当に塩やバターをぶっかけるとか、そういう無骨で飾り気の無い男の料理だ。流石に頭突きでマッシュするようなことはしていないが。
「――だから、大体チラチーノちゃんの予想通り……なんだよな」
 と、俺は苦笑した。逆に、チラチーノちゃんはあれだ。繊細な手つきで色んな料理を美しく仕上げていそうな。そんな光景が目に浮かぶようだ。
「そうなんですかぁ……じゃあ、私と同じですね。私も結構料理は適当なんです」
 そんな光景を思い浮かべていたら、返ってきた言葉は予想外のもの。
「え……?」
「あー、そんなに意外ですか?」
 そう言って、チラチーノちゃんは悪戯っぽく笑う。
「私、自分のために頑張るのは苦手なので、自分が食べる料理はかなり妥協しちゃっているんですよ? お客様のためになら全力尽くせるんですけれど……私って変ですかね?」
「そういうこと……へぇ……じゃあ、誰かが食べるとなったら真面目に作るとか?」
 俺が聞き返すと、チラチーノちゃんの返事は……
「はい! 一応人並みくらいには……でも、根は面倒くさがりな物で」
 と、苦笑しながらも答えてくれた。
「なにをするにしても、喜んでくれる人がいないと、つまらないですからね」
「やっぱり、喜んでくれる人がいてくれるといいよね。だから、あんな仕事をしているの?」
「えぇ、はい……あ!」
 世間話の最中だったが、チラチーノちゃんの前にはもう誰もいなくなってしまった。食材屋さんと根切などの交渉をするためにmそこで話は一時中断である。


「お察し通り、私って誰かの笑顔を見るのが楽しみなんですよ」
 お互いの買い物が終わると、俺達2人は夕闇の中で路肩の草むらに座り、どうあがいても並ばない肩を並べて、おしゃべりを再開した。このとき、チラチーノちゃんとの距離は、彼女の真っ白い体毛がホワホワと俺の体に触れてしまうほど。
 少しで体を倒せば押しつぶしてしまいかねないくらいの距離というこの状況、なんだか非常に危うくてドギマギする。
「でも、私が見られるのは、プレゼントを渡す人までですからね……本当は、貰った人の笑顔も見たいんですよ、無理な話ですけれど。でも、お客さんが贈り物に成功したと報告をしてもらえれば、それだけでも嬉しい気分になるので、今も精一杯頑張っているんです。
 お客様が、相手に伝えたい思いとか、相手の好みとか、そういうのを踏まえたうえで……色や模様に秘めらたイメージから、さりげなく気持ちを伝えられるように。例えば桃色なら愛情、黒ならば高級感といった感じで。
 そういうことを色々考え抜いて、真心を込めて包んでみると、お客様がプロポーズに成功したとか、商談がうまくいったとか、そういう報告をしてくれるんです。その瞬間を思えば、やめられませんよ」
 そう語るチラチーノちゃんの笑顔が……この夕闇には眩しすぎるくらいだ。
「いやぁ、立派だなぁ……チラチーノちゃんは……」
「そんなことないですよ」
 チラチーノちゃんに見とれて、月並な褒め言葉しか出せない俺。なんと情けないことか……しかし、そんな情けない俺がしょげていると、チラチーノちゃんは笑顔で否定する。
「貴方がいつも、箱を割るときに絶妙な力加減で努力しているのを知っていますし、お客様が喜んだ時の貴方の反応も、私と同じじゃないですか。箱を作る私と、箱を割る貴方。正反対のようで、よく似ていますよね」
「あ、あ、うん」
「そういう人は好きですよ。みんなを笑顔に出来る人って、素敵です」
 客に向けるのとまったく変わらない笑顔から発せられたこのセリフの後、俺はそのあとの会話をよく覚えていられなかった。後になって気付いたのは、その時から妙に胸が苦しいって事。それが恋なんだと理解するには、一晩の時間が必要であった。

 それを意識してからというもの、俺はまともにチラチーノちゃんに目を合わせる事も出来ず、声を掛けようとすれば本心以外の言葉が流れ出てしまう始末。
 食事に誘おうと思っても。
「あ、あの……チラチーノちゃん。きょ、今日……」
「あら、ラムさん。どうしました?」
「今日もお世話になったお客様のために、ラムの実を包んで欲しいのですが……」
 この有様である。
「はい。でしたら感謝の気持ちのグラシデアモチーフのリボン飾りで大丈夫でしょうか?」
 しかし、チラチーノちゃんは笑顔でギフトを包んでくれて、俺はたくさんの宝箱を差し出してくれたお客様にそれを渡すのだ。『割れていない箱もたまにはいいものだろ?』なんていいながら、得意げな顔でそれを渡すと、お客様からはありがとうとの声が出る。
 俺がお客様に感謝の気持ちを伝えたいと思う気持ちに偽りはないし、だからこそチラチーノちゃんが包んでくれたこのギフトを渡してよかったと思える。
 けれど、けれど……俺が本当に伝えたい想いは、未だ胸の中にしまったままだ。誰よりも贈り物を贈ってあげたいのは、チラチーノちゃんだというのに、俺は未だに言葉ですら彼女に踏み込むことができないでいる。

 それ以来俺は、情けない自分に嫌悪して、ひたすら崖に向かって頭突きすることもあった。何度も送る言葉の練習もした。そして、今度こそ気持ちを伝えようとして、お祭りに誘おうとしても……
「あ、あのチラチーノちゃん」
「はい、なんでしょうか?」
「今日さ、お祭りじゃないか」
「えぇ、楽しみです。今日は春分ですからね」
「そうそう。それでさ、お、お……」
 『俺と一緒に踊らないかな……(体格差なんて気にせず)』というセリフを言おうとするも――
「お世話になった人達に、たくさんのプレゼントを渡したいから、ありったけのギフトを作って欲しいんだ」
 結局、俺は言いたい事も言えない。こんな世の中じゃ、ポイズン。
「え、え……? 構いませんが……ありったけって……?」
 勢いで言った言葉だもの、当然チラチーノちゃんは戸惑う。
「え、えと……この金で払える分だけ、だ」
 お祭りに誘おうとしてもこの始末である。
「あぁ、その……無理にお祭りに間に合わせる必要もないし、他のお客さんが来たらそっちを優先してもいいから、さ……」
 そして俺は、結局見栄を張ってかなりの1ヶ月分の稼ぎに匹敵する額をチラチーノちゃんに渡してしまう事になる。その日、チラチーノちゃんは一日中俺からの依頼のために、休む間も無く働く事になるのである。

 そうして昼食が終わった時点で店に届けられ積みあがったギフトの山を見て、俺はため息をつく。
「あー……畜生!!」
 ドガッ
「俺の馬鹿、馬鹿! 本当に馬鹿!!」
 ドガッドガッ、ドガガッ。先程から耳の右から左へと聞き流していたその破壊音は、思わず癖でしてしまった俺の頭突きによって店の壁が無残に壊れる音であった。
「あ……」
 正気に戻って、初めてその音の意味と重大さに気付く。
「しまったあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 気付いた俺は、叫び声を上げた。そうして俺は、お店の修理のためにしばらくお店を休みにしなければならず、ついでにチラチーノちゃんもラッピングの材料が切れてしまって、再入荷するまでの間まともに商売も出来なかったのである。
 あぁ、俺の馬鹿……。

Ring ( 2015/06/18(木) 19:21 )