星降る夜の山道にて
空気が綺麗で、さらに高い山もあるアローラ地方。この地方は天体観測に非常に適した地域であり、世界最大級の大きさを誇る鏡を有する天文台も存在する。
何億光年もの彼方にある天体すらも見渡すことが出来るアローラの空は、俺達一般人にもきらびやかな星を見せてくれる。
八月の中旬、アローラ地方ではアルセウス流星群が観測できる。たまにメテノが混じっている時もあって、もしも落ちてくるのを見た個体をゲット出来た者は、幸運を手にすることが出来るとアローラではまことしやかにささやかれている。運が良ければ狙ってみるのもいいかもしれない。
メテノのことがなくとも、アローラの流星群は見るだけで心が現れる程に感動的だといわれ、今までずっと行く機会を伺っていた場所である。
この山の登るのは過酷である。熱帯に属するアローラであっても険しい山の上には雪が積もるほど寒く、日中登山する際はただでさえきつい日差しは殺人的となる。サングラスと顔への日焼け止め無しでは火傷してしまうほどだ。
護衛のポケモンとしてゴチルゼルとゴーゴートを連れ、重い天体望遠鏡を背負って山頂付近を目指す。苦行ではあるが、それを乗り越えた先にある雄大な景色こそが、その苦行に見合った最高のご褒美だ。
時に垂直に近いような崖をゴーゴートと共に登り、不安定な足場を走破し、獰猛な肉食獣をポケモンと共に退けて、俺達は立ち入り禁止の禁足地を除いて、この山で最も高くそして空に近い場所へとたどり着く。そこは流石に空気も薄く、住んでいるポケモンもごくごくわずか。遠くからジジーロンが物珍し気にこちらを見ているくらいで、動く者はほとんどなかった。
空は晴天、天気予報もばっちりと今日の流星群を祝福してくれていて、ご機嫌な空はすでに夕焼け空になっている。俺はとりあえず腹ごしらえにレーションを食べて、来るべき夜を待つためポケモンと共に仮眠をした。
夜が深くなり、ちらほらと星が見えるようになった頃に、俺はテントを這い出る。今はまだ月が出ているからそれほどはっきり流れ星は見えないが、じっと見つめていれば、時折一本線がキラリと流れては落ちていく。大気との摩擦で星が瞬き消えていく様子はいつだって神秘的だ。
最高の一瞬はまだまだ取れないだろうが、あと数時間もすれば尽きも沈んで空の明かりは星だけになる。その時こそ、最高の夜空となるだろう。
しかし、何故だか雲行きが怪しい、天気予報では雨の可能性はほとんどなく、あったとしても夕立が少しくらいあるばかりだと聞いていたがそうも行かないようだ。山の天気は変わりやすいというが、立ちこめた暗雲は吹雪を呼び出して、見る間に雪が叩きつけるように降り注いでくる。まだ視界は確保できるものの、叩きつける雪の結晶はだんだん痛みを伴うようになってくる。テントへと避難しようかと思った矢先、目に飛び込んできたのは岩陰からひょっこりと顔を出していた真っ白なキュウコンであった。
「お、アローラのキュウコンだ……なんだよ、俺のことをじっと見てて? 餌ならやらんぞ?」
ポケモンが一緒だったとはいえ、我ながら無茶な場所に昇って来たもので。この山自体は多くの観光客が訪れるが、こんな絶壁の向こうにある秘境まで訪れるのはごくわずかだ。そのため、キュウコンは珍しがって様子を見に来たのだろう、可愛い奴だ。
物珍し気に見てはいるけれど、襲い掛かってくる様子もない、かと言って近寄ってくるでも無く、クォゥと甲高い声を上げるだけ。何か訴えているのだろうか?
気になって近づいてみると、突如後ろから強い風が吹き付け俺はよろめいてしまった。
「え……? マジ、かよ」
振り向いてみれば、どこからともなく飛んできたジジーロンが猛スピードで俺のテントにぶつかったらしい。この吹雪で視界が悪くなった……にしても、さすがに飛行がお粗末すぎやしないだろうか?
ジジーロンは体にまとわりついたテントの布を、体を振るって引きはがすと、謝りもせずにどこへともなく飛んでいく。何やってやがるんだアイツ……テントはもう滅茶苦茶だ。高い天体望遠鏡が無事だったのは良かったが、あのテントも結構な値段だというのに、思わず気分も凹んでしまう。
「あぁ、なんだ。君のおかげで助かったよ……はぁ」
キュウコンに近寄ろうとしたおかげで偶然助かったのはいいのだけれど、テントを失った精神的ダメージは大きい。吹雪が厳しい状態でしのげる場所もない今の状態では、一晩越せるかどうか心配だ。
雪に穴を掘ってこの吹雪を凌ぐしかないのか、しかしゴーゴートもゴチルゼルもそんな作業には不向きである。そんな時ふとキュウコンを見てみると、そいつは背中をこちらに向けつつ、首を回してこちらを見ている。
いかにもついて来いといわんばかりのその態度を見て、アローラでのキュウコンは穏やかな性格で、遭難者を助けることもあるという記述を思いだした。
もしやキュウコンの振る舞いは助けてくれるのだろうかと思い、テントの中に置いてあったリュックサックや置きっぱなしの天体望遠鏡などを回収してキュウコンの元まで走り寄る。すると、キュウコンは簡単に追い付けそうな速度で、ゆらゆらと尻尾を揺らめかせながら歩いていく。やはり、『ついて来い』という意思表示らしい。
吹雪はいよいよ激しくなり、目を開けるのも辛いほどになってきたので、ゴーグルを装着して付いていく。月明りと雪のおかげで恐ろしく明るいので懐中電灯の必要もなく、キュウコンの案内に付いていった。
キュウコンの巣は一〇分ほど歩いたところで到着した。穴を掘って作られた巣穴は、縄張りを示すためのマーキングの匂い、つまり尿の匂いや獣臭にまみれており、お世辞にも快適とは言い難いが、寒い場所だけに食べ物の腐った臭いがしないのはありがたい。
穴倉はL字型になっており、奥の方はほとんど光が届かないが、風も来ないので幾分か寒さはしのげるだろう。懐中電灯を用いて穴倉の奥の方を確認してみると、そこには親と同じ色をした、真っ白いロコンが眠っていた。
眠っていたといっても、その寝顔は安らかとは到底言い難い。どうやら何かの原因で付いた傷が悪化して膿んでおり、高熱にうなされているらしい・
「お前、これ……」
ロコンの姿を見てからキュウコンの顔を見ると、キュウコンは縋るような目でこちらを見る。助けを求めているのだろう、本来ならば野生のポケモンにこういう事をするのはいけないことだが、こちらも助けてもらったことだし仕方あるまい。
すごい傷薬や回復の薬はもちろん、オボンとラムの実もそこそこ用意してあるからある程度の怪我ならば何とかなるだろう。
ロコンの傷口にしみるスプレー式の薬剤をかけてあげると、痛かったのか意識が無い状態でも嫌そうに体をくねらせている。しかし、消毒をしなければ治るものも治らないので、我慢して耐えてもらう。
幸い、傷口はざっくりと裂けたようなものではなく、浅い傷のようなので、縫わなくても野生のポケモンならば何とかなるであろうか。ロコンへオボンとラムの実を噛み砕いてから分け与えると、本能的に喉の奥まで嚥下して胃袋に放り込んでいく。まだ熱は収まっていないが、これで幾分か楽になってくれるといいのだが。
ロコンはここ数日まともなものを食べていないのだろう、すこしやせ細っている。先ほど食べさせた木の実だけでは栄養も足りないだろうと、連れてきたゴーゴートのアレを絞ってミルクを出し、それをスプーンですくって根気よく飲ませていく。
よっぽどお腹が減っていたのだろうか、ロコンは目を閉じたまま少しずつ飲み込んでいく。やがて飲まずに吐きだしてしまうようになったので、ひとまずは大丈夫だろうか。
「はぁ」
と、ため息をつく。ようやくロコンへ出来る事が終わってみると、色んな事に気付く。そういえば傷口は随分きれいで、きっとキュウコンが根気よく舐めてくれていたおかげなのだろう。周りにはオレンなどの木の実も少しばかり転がっているところを見るに、このキュウコンはロコンの傷を治すためにきちんと手を尽くしていたようだ。
俺の処置が終わると、キュウコンは体温が上がりすぎないように、時折ロコンに冷たい息を吹きかけている。これのせいで随分寒かったが、ロコンを助けるためには仕方ない。
その光景をずっと見ていると、疲れもたまっていたり、空気も薄いしで急激に眠気が襲ってきた。外はまだ相変わらず吹雪いているし、やることもないので、俺はゴーゴートと寄り添って暖を取り、臭いのきつい洞窟内で眠りにつく。ロコンの傷口には強い治癒の効果があるオボンの実のすりおろし汁を塗っておいたから、明日には膿んだ傷口も幾分か治ってくれることを祈ろう。
そう思って眠ろうとして目を閉じるが、匂いの成果ロコンが心配な成果なかなか眠れない。そのうちキュウコンも眠ってしまい、その頃には吹雪も止んでいたが、あの殺人的な日差しを目覚まし代わりにするのも嫌なので、その穴倉の中で眠り続けることにした。
翌日、大きな地響きの音がして目が覚めると外は再び吹雪いている。さっきの音は何だったのか、どこかで雪崩でも起きたか、地震の技でも使われたのか?
そんなことはさて置いて、巣の内部にはジジーロンが居て、洞窟の出口を塞ぐようにして入り口付近に立ち、奥の方へと長い首を伸ばして鼻息を荒くこっちの様子をうかがっている。驚いて声も出なかったが、ジジーロンに敵意はないようだ。まぁ、草食のポケモンだし、子供に優しい性格のポケモンだから、きっとロコンを心配して来てくれただけなのだろう。こちらがよっぽどジジーロンを刺激をしない限りは攻撃されることもあるまいか。
肝心のロコンの様子はと言えば、昨日と比べると幾分か楽そうだった。
すっかり乾いてしまったオボンの実の擦り下ろし汁をキュウコンに舐め撮ってもらうように指示すると、彼女(昨日少し調べたら性別が分かった)はそれを理解してきちんと傷口についたそれを舐め取った。オボンの実の搾りかすを取り除いてみると、傷口の方は予想通りだいぶ良くなっている。もう一度処理をすればさらに状態も良くなるだろうと、雪を溶かして煮沸した水でもう一度念入りに洗い流し、傷薬とオボンの実でもう一度傷口を塞いだ。
最後にもう一度ラムの実も食べさせてあげて処置を終えると、ロコンの寝顔は先程と比べても違いが分かるくらいに穏やかなものになっている。野生のポケモンの治癒能力とは恐ろしいものだ。
あとは、最低限の応急処置用のアイテムだけ残して、回復用の木の実は置いていけばいずれは自力で治るはず。見れば、さっきまで激しかった吹雪ももう止んでいるし、これならもう放っておいても大丈夫だろう……あれ?
「……今、気づいたんだけれどさ。この吹雪、お前達にとってなにかと都合が良すぎないか?」
俺の近くにキュウコンが訪れた時に吹雪き始め、狙ったようにジジーロンがテントを壊し、おまけに俺が洞窟で眠った後、キュウコンも続けて眠り始めめた時には吹雪も止んでいた。というか、あの時にテントと接触事故を起こしたジジーロンは、こいつではないだろうか?
その事を問い詰めるようにキュウコンとジジーロンを睨みつけると、双方ともに俺と眼を合わせないようにサッと眼を逸らした。もはや答えを言っているようなものじゃないか、こいつらグルだったわけだ。ロコンを助けるために、人間の治療道具を当てにしたのだ。
「まったく……良くやるよ、お前らは」
怒りたくもなったけれど、子供を愛する大人の愛情を咎めることも出来まい。悔しいけれど、テントを壊されたことを泣き寝入りすることを決めて、俺はキュウコンの巣穴を出る。
明日も流星群は見られるだろうが、キュウコンに付き合ったおかげで食料も治療道具も余裕はないから、下山できるうちにしておかねばなるまい。テントの残骸を回収して帰ろうと、俺は昨夜陣取って居た場所へと向かう。そういえば、キュウコンはアローラでも神の使いとして畏怖されてきたのだっけ。ロコンを治してあげたお礼に何か御利益でもないかなと、俺は損した分を返してほしいがため、そんな都合のよい妄想を漠然と考えていた。
そうして、昨日俺が陣取って居た場所に来てみると、俺は腰を抜かした。
「御利益来るの、早過ぎだろ……」
そこにはさらに損傷の酷くなったテントと、出来たてのクレーターの中心で元気に跳ね回るメテノの姿があった。