エンジュ行きの勧進帳
寺が焼けて数日間は、爺ちゃんは僕の家に泊まった。
あの夜、
寺の火を消すために沢山の人が町からやってきてくれた。
出かけていて来られなかったらしいウツギ博士の、息子さんを初めとして、研究員の皆さんなど。
僕が着いたときは火は消えていたのだが、そこにいた人々の、煤で少し汚れた顔と焚き火のような臭いで、確かにそこが燃えていたということが分かった。
「ユキジ君。君も来てくれたのか?」
ふとワタルさんが話しかけたのは、…確かワカバに住むユキジという人。
子どもの頃は同じ学校に通っていたが、喋る機会はなかった。
最近はあまり見かけなかったが、確か僕と同じ年だった。
彼の顔は少し陰っていた。どうも消火に参加したみたいではなく、今着いたばかり、というような様子であった。
「いえ、見に来ただけで…。」
「そうか、すまないがワカバの皆に、火事は収まった事を伝えてくれないかな?」
「…はい」
ユキジは山を降りていった。
…連れていたヒノアラシの体が震えていたのは…気のせいだろうか。
僕はユキジが行った後暫くして、何も言わずにリオと家へ戻った。
あの夜の事を思い出す度に、修行の日々が走馬燈のように現れる。
窓からは斜めがけに日が射し込み、赤と白の模様に容赦なく照りつけている。
考えることは色々あったが、敢えて心を無にしようとして、いつもの習慣を途絶えさせていた。
誰かが死んだのでも無いのに、心は穴があいたように虚ろになった。
誰も死んではいないのに、心がゆっくり打ちつけられているようだった。
ベッドから起き上がり、ふと窓から外を眺めると、庭で爺ちゃんが手招きしている。
「なに?爺ちゃん」
「のぉ、リクや。なんや突然じゃが、旅に出てみる気はないかのぅ?」
…?
旅。
何を言っているんだ。
爺ちゃんは僕の気持ちを察したように、
「いいから、まずは降りてきてみらんかいな」
と言った。
下に降りると、爺ちゃんは庭先の花をぼぅっと眺めている。
「…元気ないの?」
「かっかっかっ、そんなわけあるかいの。ソーナン僧正は我慢よりカウンターの方が得意なんじゃよ」
「ん、?意味わかんないけど」「…ごほん、別に意味は無いわい。」
爺ちゃんは振り返り、空を仰ぎながら言った。