ポケモン 不思議のダンジョン 〜光の煌き 闇の誘い〜






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*第五章*Sign of disorder
第六十八話*優しさ
「ただいまぁ〜」

そんな間延びした声を発しながら、クローネはのんびりと笑顔を浮かべて家に帰ってきた。そして家に広がる夕食の良い匂いにパァァっと表情を輝かせる。台所に立ち、鍋の中身に調味料を足して味見をしていた嶺緒は、くるりと振り向いた。

「ん?……あぁ、なんだクローネか」

「あれ、嶺緒だけ?シェリルは?」

「帰ってすぐに「散歩」って言ってどっか行っちまった」

「そっか」

クローネはバッグを自分のベッドの横に置き、テーブルの前に座る。
しばしの沈黙がその場を包む。聞こえるのは、嶺緒が料理を作る音のみだ。

その沈黙を破ったのはクローネだった。ジッと嶺緒の背中を見つめていたが、唐突に口を開いたのだ。

「ねぇ、嶺緒。シェリルと何かあった?」

「は?」

突然のクローネの言葉に、思わず嶺緒は聞き返してしまう。クローネはジッと嶺緒と視線を合わせたまま、もう一度繰り返す。

「シェリルと何かあったの?」

「…なんで?」

「なんとなく」

その言葉に、嶺緒は黙り込んだ。お互い相手の目から視線を逸らさず、しばらくその状態が続いた。
先に視線を逸らしたのは、嶺緒だった。
今のクローネはおおよそ真剣味に欠ける表情に見えるが、それでもこんな表情の時は人の気持ちに敏感に察しがつくのだ。嶺緒はそれを知っている。
手を止めると、クローネと話しやすいようテーブルにつく。

「…「誰かを心配することができる、心配できる誰かがいるってことは…本当に良いことなのか」って言われた」

「心配できる…誰か」

クローネは言葉を吟味しながら復唱する。

「あの時のあいつは…消えそうな、泣きそうな表情に見えた。だから…どうしたらいいかわかんなくなったんだ」

嶺緒はそう呟いた。
クローネは少しの間押し黙っていたが、やがてそっと口を開いた。

「嶺緒もシェリルも…優しいね」

「は……?」

突然のクローネの意外な言葉に、嶺緒はきょとんとする。そんな嶺緒にクローネは微笑みかける。

「嶺緒は人が困ってるのを見るのが辛い優しい世話焼きなんだなって思う。だから、シェリルが時々辛そうにしてるのを見ると、きっとどうにかしてあげたいって思うんだよね。優しいから、助けてあげられないのが歯がゆい」

「……」

「シェリルは、きっと話して傷口をえぐり返すような真似をしてこれ以上傷つくのも嫌なんだろうけど、でも…それ以上に話して皆が辛い気持ちなるのが嫌なんだと思う。
だから…ボクは嶺緒の優しさもシェリルには必要だと思うし、シェリルの意見も尊重したいから…あまり思いつめないで今まで通りでいいと思うんだ」

クローネの言葉は、嶺緒の心に直接語りかけてくるかのように強く、印象に残った。だからこそ、背中を押される。
人の悩みに寄り添うのが得意な奴だな、と嶺緒は内心舌を巻きつつ、ふっと微笑んだ。


「……ねぇ」

突然少し離れたところから声がかかり、二匹は仰天してびくりと肩を揺らした。

仏頂面を崩さず入り口で佇んでいるのは今さっき話題に出ていたシェリル。そのことが余計に二匹の驚きを駆り立てる。
しかし、シェリルの口から出てきた言葉は先ほどの会話とは全く関係のないことであった。

「…夕飯まだなわけ」

「…あ、やべ。作りかけだった」

「…あんたらしくもないね。お腹空いてるんだからさっさとしてよ、手伝うなんて嫌だからね」

といいつつテーブルの上を片付けているのは、シェリルなりの気遣いなのだろう。本人は言われればキレるだろうが。

夕飯の盛り付けに入りつつ、嶺緒は二匹をこっそりと盗み見る。
また変な発言でもしたのだろうか、クローネはシェリルに両頬を引っ張られて「いひゃい〜」と悲鳴を上げている。

(……でも、俺はクローネの言うような「良い奴」じゃない)

嶺緒は手を止め、じっと盛り付けている最中の料理を眺める。

(……俺こそ自分のこと何一つ言ってないくせに、シェリルのことばっかり言えねぇよな)

誰もが自分自身をさらけ出せるわけではないのだ。
誰しもが、きっと嘘をつく。本当の姿を見せているとは限らない。

少し震えかけた前足をきゅっと握りしめ、無理やり鎮めると嶺緒は再び手を動かす。少しでも、平静を装うために――








「ほうひえはふぁ〜(そういえばさ〜)」

「食べてる最中に喋るな」

「ふぁーい(はーい)」

いまいち理解しているのか怪しいクローネはもぐもぐと咀嚼し口の中の食べ物を飲み込んでから喋りだす――

と思いきや、また料理を口の中に詰め込む。

「いや喋らねぇのかよ」

「あ…」

「……忘れてたな、今」

慌てて飲み込もうとするクローネに「落ち着いて飲み込まないと消化に悪いぞ」と注意する嶺緒にシェリルがボソッと「でたお母さんキャラ」と呟き、嶺緒に鋭い視線を向けられるとそっぽを向く。
クローネは口の中のものを飲み込むと、やっと喋れるといわんばかりに口を開く。

「シェリル、嶺緒。今日は本当にありがとね。二匹がついてきてくれたおかげで無事レヴィも助けられたし!」

突然の感謝の言葉に、シェリルも嶺緒もきょとんした表情を見せ、珍しく二匹で顔を見合わせる。予想外の言葉に、二匹とも驚いたようである。そしてシェリルはそっぽを向き、嶺緒はクローネに視線を向けて肩をすくめる。

「…まぁ、別に気にすんな」

「でも、あの時二匹とも何も言わなかったけど、ボクがメンバーに選んだらついてきてくれたから。ボク思い返したらなんだか嬉しくなっちゃって」

「…そうだったか?でもまぁ俺もレヴィを助けることに異論はなかったからな。本当に礼を言われるようなことはしてねぇし、気にしなくていい」

そういって微笑する嶺緒に、クローネはにっこりと笑顔を向ける。
それを横目で見つつスープを飲んでいたシェリルは、はぁ…と一つため息をつく。

「……僕の場合面倒くさいから巻き込まれないようにしてただけなんだけど。っていうか、どーせ僕が嫌だって言っても強制連行は目に見えてたけど」

「……!!それもそうだね!」

「なんで肯定すんだコノヤロ」

「い、いひゃい〜…!!」

「……はは、相変わらず通常運転だな」

シェリルの言葉に肯定の意を見せたクローネが蔓のムチで頬を引っ張られているのを見て、嶺緒は苦笑せざるを得ない。

暫く経った後、やっと解放されたクローネは頬をさすりつつ、食事を再開しだす。しかしすぐにその手を止めると、また口を開く。

「でもさ、レヴィが無事で本当に良かったよね〜」

「あぁ、そうだな」

「ボクさ、レヴィって最初出会った時はびっくりするくらいたくましいなって思ったんだけど…でもすごく真面目で、一生懸命なところもあって、それでいて涙もろいところもあってさ。それにアルもひたむきで…ボク、あの二匹のこと気に入っちゃった」

「それは俺も同じだな。あの二匹は研究に対してとても真面目でまっすぐな意志を持っている。純粋にすごいと思えた」

「……興味ない」

クローネの言葉に嶺緒が賛同を示し、シェリルは食事の手を止めずにぼそっと呟く。
クローネは何か思うところがあるらしく、少しの間考え込んでいたが、やがて彼なりの真剣な表情を見せる。その表情に、シェリルと嶺緒は揃ってクローネの方に視線を向ける。

「あのね…ボク達も、あの二匹の研究の手伝いをしない?やれることはきっと限られてるだろうけど……でもボク、『アストラル』としてアルとレヴィに協力したいんだ!どうかな?」

クローネの言葉に、二匹はこれも珍しいことにちらりと互いを見やる。そして嶺緒は少しの間考え込むそぶりを見せ、シェリルは食事を再開する。
やがて顔を上げた嶺緒は肩をすくめて返答する。

「…お前は一度こうだって言い出したら聞かないからな。ま、いいんじゃないか?」

「いいの…?」

「まぁ、できることが限られてるって理解してんなら十分だ。それでもやりたいってんなら俺がとめるべきじゃねぇだろ――」

「わーい、ありがとー!!」

「いたっ!?お、おいわかったから離せ――ぐえっ…!?」

嶺緒の言葉に感激したらしいクローネが嶺緒に飛びつき、思わぬ行動と力に嶺緒がクローネとともに椅子から転げ落ち、ギブアップというように床をバンバンと叩きながら死にかけたような声を漏らす。が、感激しているらしいクローネの耳に届いている様子はない。

「…ふん」

そんなじゃれ合いを見つつ、シェリルは呆れたように肩をすくめてお茶を啜るのだった――
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■筆者メッセージ
まさかの三ヶ月サボってしまいました……
ネタが浮かばず開いては断念し開いては断念し…を繰り返した結果こうなりました(((
楽しみにしていてくださった皆様、本当に申し訳ありませんでした。
また、私情を挟んで申し訳ないのですが、これからテスト期間がやってくるため、しばらく更新できるか非常に不安定です。本当に申し訳ありません。
レイン ( 2016/09/12(月) 00:17 )