第六十六話*がけっぷちの戦い
最初に動いたのはカーツィだった。
カーツィはその巨体からは想像もつかない速さで飛び掛かり、鋭い爪をクローネめがけて振るう。クローネは電光石火でカーツィの懐に避難し、電光石火の威力を利用してタックルする。カーツィは後ろにひっくり返りこそしたものの重量のために吹っ飛ばすことはできない。
クローネはすぐに間合いを取ると十万ボルトを溜め、カーツィめがけて放つが、ごろりと横に転がることで間一髪で避けられてしまう。その真上から、ルトが先程と同じようにスパークで攻撃を仕掛けるが、同じ手は何度も喰らわないとでも言わんばかりに避けられてしまった。
それを見ていた嶺緒は小さく苦々しげな溜め息をつく。
「はぁ…やっぱりそう簡単には当たってくれないか」
「余所見してる場合か!?毒突き!!」
「っと」
その隙にヴェレーノが嶺緒に向かって毒突きを仕掛けるが、嶺緒は素早いステップで攻撃を避ける。ヴェレーノはさらに連続で攻撃を仕掛けるが、嶺緒はその度に最小限の動きでサラリとかわしてしまう。そして苛立ちを見せたヴェレーノの単調で大ぶりな攻撃を避けた際に、電光石火を撃ち込む。
「…やっぱりお前バカだな」
「るせーロッグ!!」
嶺緒の挑発にあっさり引っかかったヴェレーノは苛立ちを露わにしている。
それをこっそりと覗き見ていたシェリルは溜め息を一つつく。怒りで頭に血が上っている敵二匹は、シェリルのことを完全に忘れている。
バカってああいうのを言うんだよなぁ、と頭の中で二匹をバカにしつつ、シェリルは気取られないようこっそりとレヴィの隠れている岩場まで歩いていく。
息を潜めていたレヴィに対して、「ねぇ」と無愛想な声音で話しかける。まさか戦闘の最中話しかけてくる者がいるとは思っていなかったらしく、レヴィは驚いたようにシェリルを見る。そしてその表情は驚きから怪訝そうなものへと変わる。おそらく、あまり体調が優れなさそうな表情とサングラスのせいだろう。
「…えっと、貴方は?」
「別にいいでしょ…あんたに名乗る名前なんて、ないよ」
「………」
「これ食べて引っ込んでて。万が一の時、逃げられるようにしとけってさ」
「あ、ありがとう…」
「別に。僕はあんたがやられようがなんだろうが全く興味ないしね」
オレンの実をレヴィに向けてポイッと投げると、シェリルは気怠げながらも岩場からこっそりと様子を窺い、此方に視線が向いてないのを確認すると別の岩場の後ろへと気配を隠しながら歩いていく。シェリルからすれば、さっさと終わらせてこんな体調不良になるところからはおさらばしたいのだ。岩場の後ろに隠れると、シェリルは溜め息を一つつき、こっそりと戦闘の様子を窺うのだった。
クローネとルトはカーツィの鋭い爪が繰り出す攻撃を掻い潜りながら攻撃を繰り出すが、カーツィも見た目からは想像もできない素早さで二匹の攻撃を避けていく。
クローネは特性“静電気”を利用しようと電光石火をメインに攻撃をしているのだが、先程の戦いでかなり警戒されているらしく、全く当たらない。
「チッ…やっぱりさっきので警戒されちまってるか」
「どうしよ…なんとか麻痺状態にしてから一気に叩けるといいんだけど…」
「あぁ、そうでもしねぇと攻撃が当たりやしねぇ」
クローネは運動神経が良いとは言えないが、それでも種族上かなり早く動ける方である。それはルトとて同じことである。
しかし、敵はそんな二匹の攻撃をいとも容易く避けてしまうのだ。
「相談してるなんて余裕にゃっと!ひっかく!!」
「うおわっ!?」
「わわっ…イタッ!?」
突然のカーツィの攻撃をルトは間一髪避け、クローネも横へ飛び退くことで避ける。しかしクローネは典型的なドジっぷりで飛び退いた先にあった石につまづいて転んだ。
「うわっクローネ!?」
「あら、格好の的にゃっと!!」
「わっ――」
咄嗟のことに動けないクローネに、カーツィは隙を与えず鋭い爪を振り下ろす。
――が。
「ぶにゃっ!?」
突如カーツィに襲いかかったのは虹色に輝く美しい葉。打ち出した張本人は死にかけの顔をしながらこちらを睨みつけている。
クローネは素早く起き上がりカーツィから離れると、その人物に声をかける。
「シェリル!!ありがとう!!」
「――うぅぅ…もう限界……死にそう……」
「って、戦線復帰できそうだから攻撃したんじゃないんかいっ!!」
突然戦闘に参加したものの、早々にグロッキーな状態のシェリルにルトがツッコミを入れる。ツッコまれた当の本人は全く聞いていなかったが。
「帰りたい…雪…雪欲しい」
「いや帰っても雪はねぇぞ」
いまだ戦闘中の嶺緒に代わりルトがしっかりツッコミを入れている。もっとも、完全にスルーされているが。
「てなわけで僕もう引っ込む…」
「早っ!?」
いそいそと岩陰に引っ込んでいくシェリルは途中「あ、そうそう」と呟き二匹に視線を向ける。
「生き物にとって死角って、基本的に背後と上らしいよ」
「「え?」」
二匹が疑問の声をあげるも、シェリルはそれ以上喋ろうとはせず、ふらふらと岩陰に隠れる。その様子から、どうやら先ほどは相当無理をして出てきたようだ。クローネは心の中で改めてシェリルに礼を述べた。
と、ふとクローネはある作戦を思いついた。上手くいくかはわからない、突飛な作戦だった。しかし、試してみる価値はある。
クローネはルトに手招きし、耳打ちをする。案の定、怪訝そうな表情をされる。クローネはそんなルトに笑顔を向けると、攻撃をかわしつつも着実にダメージを与えていっている嶺緒に声をかける。
「嶺緒!」
「あ?」
嶺緒は怪訝そうな声で返事を返しつつも、タイミングを見計らって近寄ってきてくれる。
「どうした?」
「ボク、ちょっとした作戦を思いついたんだけど…」
「?」
首を傾げる嶺緒に耳打ちをする。
「あらあら、作戦会議にゃっと?」
「格好の的だって気づかなかったのかロッグ!」
二匹が同時に飛びかかってきたが、途端「させるか!」と鋭い声が飛び、クローネ達の前に立ちはだかったルトが放電して二匹を足止めする。
その間にクローネは作戦を嶺緒に伝える。嶺緒が第一に見せた表情は、渋い顔つきだった。少し不安そうな表情ともとれる。
「…本気かよ、それ相当難しいぞ」
「でもできなくはない。上手くいったら勝機が見える」
嶺緒はじっとクローネの目を見つめる。その瞳には、揺るがぬ強い意志の光が輝いていた。
嶺緒は溜め息を一つつくと「わかった、やってみるさ」と了承の返事を告げる。
嶺緒は放電を終えて後ろに下がって間合いを取ったルトの隣へ行く。
「で、準備は良いな」
「いつでも!」
二匹とも視線は敵に向けたまま、互いに声を掛け合う。
二匹の目に宿る強い闘志に、カーツィとヴェレーノは警戒心を露わにする。
―― 一瞬の静寂。
刹那、嶺緒とルトが動いた。
ルトはカーツィに飛び掛かり、嶺緒はヴェレーノへと突っ込んでいく。
突然二匹が一直線に突っ込んでくるので、カーツィとヴェレーノは咄嗟に防御の構えを取る。
そのまま、二匹の電光石火がカーツィとヴェレーノに炸裂する。
「っ…!!」
「うぐっ……!!」
思った以上の衝撃がカーツィ達を襲う。それもそのはず、二匹は渾身の力を込めて電光石火で攻撃したのだ。全力でぶつかるぶん、力の消耗も激しいのだが。
反撃と言わんばかりに、カーツィはひっかくを、ヴェレーノは毒突きを間髪いれずに繰り出す。それを嶺緒はアイアンテールで、ルトはなんと電光石火を繰り出して体で受け止めると、驚いている二匹に再び電光石火で横腹にタックルする。
攻撃がくれば受け止め、再び力技を繰り出す。二匹の攻撃は、言うなれば捨て身の攻撃にしか見えない。普段なら血迷ったのだと馬鹿にするところだが、二匹の気迫と攻撃はそんな嘲る感情を生ませるどころか、むしろ逆に焦りを感じさせるものがある。
何かがおかしい。
そう感じるのだが、その何かが分からない。
そのせいで、余計に焦りが募っていく。たとえ相手が自分達より疲弊しきっているとしても。
そのせいだろうか。
二匹は突然背後に気配を感じ、しかも一瞬反応が遅れた。
(しまった!)
(背後か!)
二匹は気配を感じて初めて気づいた。先ほどからピカチュウ――クローネがいなかったことに。
「ひっかく!!」
「毒突き!!」
咄嗟に二匹は攻撃をしかける。判断が遅れたとはいえ、この距離での攻撃ならばクローネが攻撃をしかけるギリギリのタイミングに当たるはずだ。そう思ったのだ。
実際、そうなるはずだった。
――しかし。
「ぶにゃっ!?ぎゃぁぁあ!!」
「ロッグ!?ぐぇぇぇえ!!」
二匹が攻撃したのは、なんとお互い自身だったのだ。
そして、二匹の足下に空いた穴には頬の電気袋からバチバチと火花を散らすクローネの姿があった。
「いっけぇぇぇぇえ!!十万ボルト!!」
「「ぎゃぁぁぁぁぁぁあ!!」」
クローネの放った十万ボルトは激しく囀る千鳥の如き音を鳴らしながらカーツィとヴェレーノに直撃した――