第六十三話*マグナゲート
宿場町の丘の上。そこには先程のメンバーも加え、たくさんのポケモン達が集まっていた。通りがかったミネズミのディーアも「皆集まってどうしたんですか…?」と近づいていく。
さらに『アストラル』のメンバーには聞きなれた声も聞こえてくる。
「お?なんじゃこりゃ」
「団体で集まっていますが、これから何かあるんでしょうか?」
「お祭りみたいやねぇ」
「…!食べ物、出る?」
「いやどう見ても祭りじゃねぇだろ、出るわけないだろーが」
「…そう、なの?」
どこかズレた会話が特徴的な四匹――『昴』の面々が近づいてくる。もっとも、ズレた会話は『アストラル』でも日常茶飯事ではあるのだが。
「お、嶺緒じゃん。何してんだ?」
「あぁ、やたら騒がしいと思ったら沁刃か」
「お前もオレに辛辣だな!?」
「気のせいだ」
気さくに声をかける沁刃にさらっと毒を混ぜて返答する嶺緒。沁刃に対して辛辣と言うより、感覚が麻痺してきてるんだろうなと鏡刃がこっそりと考えていたのは別の話。
「で、何してるんですか」
「あぁ、実験みたいなもんだ」
「…何、するの?」
「口じゃ説明しづらい。なんてったってこの説明は他の奴にとって催眠術らしいからな」
「「「……?」」」
嶺緒の遠い目に、思わず首を傾げる沁刃、鏡刃、飛燕。由羅のみはのほほんと「面白そうやね」と呟いている。
「まぁ、なんとなく見世物みたいなものだと思えばいい」
「…雑だな」
「うるさい黙れ」
「やっぱ酷ぇ!?」
「…嶺緒、キャラ変わってますよ」
「いや、なんか同じツッコミ気質がいるとついツッコミを任せがちになるというか…」
「えぇ…なんだそれ、なんかオレめちゃくちゃ嫌な役回りさせられてねぇか…?」
「気のせいだ、多分」
「多分って何だ!?多分って!?」
「うるさい黙れ」
「二回目!?」
沁刃に対応する嶺緒の冷たい反応に、鏡刃が呆れたように指摘すると、嶺緒はそう説明する。それに対して顔を顰めた沁刃を嶺緒はまたもてきとうにあしらう。
と、其処へぶらぶらと歩き回っていたシェリルが来た。げっ、と言わんばかりの表情で。
「なんで女男二匹と棘と根暗がいるの」
「だーかーら!女男っていうの止めろ!!」
「そうですね、せめてバカとキルリアで呼び分けてほしいですね」
「それ確実にバカの方オレにしてるよな!?」
「私も棘、やのうてお姉さん、がええわ〜」
「お前は何でいっつもそんなのほほんとしながら切り返すんだよ!?」
「…お腹、すいた」
「オレに言うな!!」
シェリルの言葉にツッコむ沁刃はズレた発言をするメンバーに一生懸命ツッコミを入れていく。ご苦労なものである。
シェリルはそんなことは気にもとめず、「で?」と口を開く。
「何でいるの?」
「こんなに集まってりゃ嫌でも気になるわっ!」
「あっそ。まぁあんた達なんてどうでもいいけど、僕の近くにだけは来ないでよね。鬱陶しいから」
「お前は相っ変わらず毒舌だなっ!!」
「「うるさいバカ」」
「マジお前ら何なの!?」
「僕と被らないでくれるかなロイヤルグレート大バカツッコミチビ野郎」
「被っちまったんだから仕方ないだろ。つか、お前もいい加減俺のことチビっていうの止めろ」
「チビはチビだ。やーいチビー」
「だから小さくないっつってんだろ!?」
「……小さいじゃん」
「わざわざ横に並んで誇示しなくていいっつの!!」
沁刃と対峙していたはずなのだが、いつの間にかいつも通りシェリルと嶺緒の口げんかになっている。途中から放置されている沁刃はもはや呆れ顔で溜め息をついている。
と、人ごみの中からクローネが抜け出し、シェリルと嶺緒の姿を認めると「もうすぐ始まるみたい!」と笑顔で声をかける。
クローネは飛燕の姿を認めると「あ、飛燕だ!おはよ!」と笑顔で声をかけ、飛燕も「おはよ」と応じる。いつの間にか仲良くなっているようである。
シェリルとクローネ、嶺緒は当事者なので前の方で観覧させてもらえる。『昴』はさすがに遠慮して野次馬のポケモン達に混じり後ろの方で観覧しているが、メンバーの目はこれから行われることを見逃すまいと釘付けになっている。
アルは置いたボードの周りをグルグルと確認するようにまわっていたが、やがて「うん、此処がいい」と頷くと、周りに集まったポケモン達を見回す。
「皆、危ないから下がっててくれ」
アルの言葉に、その場にいたポケモン達は一歩ずつ下がる。その場にいるほとんどのポケモンがこれから起こるであろう何かを楽しみに思っているらしく、目がキラキラと輝いている。
アルは目を閉じて一つ呼吸すると、今度はしっかりと目を開く。真剣な表情で「いくぞ」と小さく呟く。
地に置いてある紫の縁の内側に複雑な模様が施された黒いボード。その四つの正方形のくぼみのうち、左上と右下にエンターカードが斜めになるようにはめた。残り二つのくぼみには何もはめない。
その瞬間、ボードにどんどんパワーが集まり、光を放ち出す。
「わわわわっ!ひ、光が!!」
「眩しっ……!よっ…と」
「だからって俺を盾にするな!俺だって眩しいんだからやめろっつの……」
ルトが慌てたような声を上げ、あまりの眩しさに思わず嶺緒を自分の前に引っ張り出し、盾にして光を遮ろうとするシェリルに嶺緒が文句を言う。他のポケモン達はただただ驚きに目を見開き、クローネは「わぁぁぁ…!!すごーい!」と場違いな楽しそうな声をあげている。
光は止む様子を見せず、むしろ強さを増していき、辺りはもっと眩しくなっていく。やがて強い光に包まれたボードは唐突に一筋の光の柱を作り出す。やがてそれが落ち着くと、地面には白と橙の光が織り成す一つの円ができていた。
「うわぁ………」
誰かが思わず感嘆の声を漏らした。息を呑む音、驚きに思わず出てくるびっくりしたような言葉にならない声がその場から聞こえる。
クローネは誰よりも目をキラキラと輝かせ、そっと近づいて円の中を覗き込み、次にアルに目を向ける。
「コレはいったい何なの?」
「“マグナゲート”。ダンジョンへの入り口だ」
「ダンジョンへの入り口ですって!?」
思わず驚きの声をあげるセシリア。
他の者達も驚きようは同じらしく、ざわざわとどよめきがその場に起こる。
アルは“マグナゲート”と呼んだ円を見つめながらさらに説明を続ける。
「とはいえ、まだ不完全だけど……読み取りたい地脈をエンターカードにあらかじめ細工し、カードの配置を組み替えることで地脈の流れを様々な形に変え、ダンジョンの入り口を作ることができるんだ。
特に今ここに現れているダンジョンの入り口は誰も呼び込んだことのない特別なもの…俺とレヴィが研究を重ねてやっと見つけ出したものだ。太陽と月の力を借りて複雑な地脈を操っている」
アルの説明に、理解したような表情の者は少なかった。ほとんどの者が首を傾げていたり戸惑っていたりしている。クローネは「へぇ〜!」と頷いてはいるが、ちゃんと理解しているかは不明である。
嶺緒はジッとマグナゲートを見ていたが、やがてアルに問いを投げかける。
「ということは、コレでダンジョンに行けるのか?」
「いや、今置いてあるエンターカードだけではパワーが足りない。入り口を完成させるためにはあと二枚のエンターカードが必要なんだ」
やがてマグナゲートは風を巻き込みながら光を弱めていき、そしてそれは始まった時と同じように唐突に収まった。そしていつの間にかエンターカードとボードはアルの手元に収まっている。
するとセシリアが「なるほどね」と呟いた。そして顔をあげるとアルに視線を向ける。
「なんとなく見えてきたわ。つまり残りはレヴィが持っているということね」
「あぁ…俺のエンターカードとレヴィのエンターカード。この組み合わせによって俺達の研究もやっと完成が見えてきたところだったんだ」
アルは手元のエンターカードを見つめる。そして俯いてしまう。
「襲われたのは…その直後だ。
だから敵の目的はエンターカードなんじゃないかと…俺は思う」
だからこそ今も逃げ回っているであろうレヴィのことがどうしても頭から離れないのだ。
俯いて口を閉ざしてしまったアル。
テアはそんなアルを気遣いながらもシェリル達に向かって口を開く。
「宿場町までは襲ってこないところを見ると、騒ぎは起こしたくないのかもしれないね」
「そいつはわからねぇぜ。そう思わせておいてガツンと来るかもしれん」
どんな敵なのかすらわからない者達である。だからこそガレットの言葉に全員が黙る。
敵の出方の把握などしようもないし、下手したら宿場町まで襲い掛かる可能性もあり得る。宿場町も安全とは言い切れないのだ。
セシリアはじっと黙って考え込んでいたが、やがて顔をあげ口を開く。
「とにかくアルは宿場町に残っていた方がいいわ。狙われている張本人だし、下手に動き回るより安全だわ」
「しかし、レヴィは……」
「それは私達『アストラル』がなんとかするわ」
「え…ほ、本当に……?」
「えぇ、任せて。ね、クローネ」
「うんっ!!ここまで聞いて助けないわけにはいかないよ!」
「困った奴を見捨てるわけにはいかねぇもんな」
「そうだよ!」
話を振られたクローネは大きく頷く。その表情は真剣そのものだ。その言葉に、ルトもエルムも同意を示す。
その言葉に、アルは嬉しそうに「ありがとう」と礼を述べる。
「この恩は必ず返すよ…本当にありがとう」
ぺこりと頭を下げたアルに向けて、「いいんだよ」と笑顔で答えたクローネは続いて疑問を投げかける。
「ねぇ、アル。レヴィが何処にいるかわかるかな?」
「多分【ドウコクの谷】辺りに逃げ込んだんじゃないかと思う。別の追手達が【ドウコクの谷】の方に行くのを見たから」
「【ドウコクの谷】だね。わかった」
「すまない、レヴィのことを頼む……」
「うん、任せて」
クローネは頷くと、視線を『アストラル』の方へと向ける。
「出撃メンバーは…シェリルとボクと嶺緒と……ルトで行こう。セシリアとエルムは皆と協力してアルを守っててくれるかな」
「はい!」
「わかったわ」
本当は捜索の方に『アストラル』の中でも強者であるセシリアも加えたいところだが、襲ってくる可能性も捨てきれないため、セシリアは宿場町に残すことにしたのだ。クローネの指示に、エルムとセシリアは頷く。
と、ふとクローネの前に飛燕が歩いてきた。
「俺、も…アル、守るの…手伝う」
「本当?ありがとう!」
飛燕の申し出にクローネは嬉しそうに微笑む。飛燕がちらりとメンバーに視線を向けると、鏡刃と由羅は構わないといったように頷き、沁刃は「しゃーねぇな…」と頭を掻きつつも了承する。
どうやら残り三匹も手伝ってくれるようである。クローネは「ありがとう」と礼を述べた。
一方のシェリルはぶつぶつと文句を言っている。どうやら出撃メンバーに加えられたことが面倒らしい。
嶺緒はシェリルがサボろうとする前にさっさと行こうと思い、「さっさと行くぞ」と声をかける。
「じゃあクローネ、お願いね」
「うん!セシリアもエルムもアルのことよろしくね!」
クローネは笑顔を向け、シェリルと嶺緒とルトを連れて宿場町を出ていくのであった。
【ドウコクの谷】へと向かう途中のことだ。
何かが飛んでくるのに気付いたのはルトだった。
「ん…?アレって…」
「…ペリッパー、だね」
視力に長けているシェリルがぼそりと呟く。
ペリッパーは四匹の真上に飛んでくると、一枚の紙を落としていく。そしてそのまま飛び去って行った。
「「「「………」」」」
何とも言えない表情でお互いの顔を見合う四匹。
なんだこれは。
全員が同時にそう思っていた。
やがてシェリルがその紙を拾う。離れて見ると紙に見えたが、どうやらペリッパーが落としていったのは便箋だったようだ。中身は手紙だけではないらしく、やたらとかさばんでいる。シェリルは裏を見て、送り主を確認し、やがてそれを嶺緒につきだした。
「…?なんだ?」
「真珠から、あんたに手紙」
「真珠姉さんから?」
嶺緒は首を傾げる。同時に真珠のあのにへら〜とした笑顔が頭に思い浮かぶ。
しかし嶺緒の記憶にある限り、真珠は筆まめなタイプではなく、滅多に手紙など送ってくることはない。その真珠が手紙を送ってきたということは、なにか重要なことでもあったのだろうか。そう思った嶺緒は急いで封を切る。途端、鮮やかな青色の便箋が目に映る。
『拝啓 嶺緒殿
おはよ!こんにちは!こんばんは!いつ嶺緒が見るかわかんないから全部のあいさつ書いとくね〜!
私は今南の地方にいます〜。海が綺麗なリゾートなんだよ、此処でパールを見つけてばーーーーんっ!!ってしようと思います。
手紙を書いたのは綺麗な便箋で何かしたかったからです!びっくりした?
そうそう、手紙にいれてある物はリゾート土産なのでよかったら使ってね!お花にしようと思ったんだけど、枯れちゃうからダメって地元の人に怒られたのでやめました!
クローネ達によろしくねぇ!!
真珠』
「………」
黙り込んでしまう嶺緒。
なんだこれは。
とてもそう言いたかった。
(なんだこの内容、なんだ嶺緒殿って、なんだばーーーーんっ!!って、便箋で何かって手紙しか使い道ないだろ、なんで花いれようと思ったんだよ、あぁぁぁすっげえツッコミどころしかねぇ!!)
重要な手紙かと思ったらたいした内容ではなく、しかもとても分かりにくい。そしてそっと後ろから覗き見していたルトとシェリルが読み終わった瞬間に素知らぬ顔でささっと逃げていくのも虚しい。
そして……
「…なんで土産コレにしたんだよ、姉さん」
入っていたお土産を見ながら思わずそう呟いてしまう。
何処で使うんだ、とツッコんでやりたいがあいにく本人は此処とは遠く離れた場所にいる。結果、溜め息をついてしまう嶺緒だった。
手紙とお土産をバッグにしまうと嶺緒は何も言わずに歩き出す。シェリルとルトの同情の目が向けられているが気にしない。気にしたら虚しいだけである。「どんな内容だったの?」と何も知らずに尋ねてくるクローネに「何でもない」と流すと、嶺緒は乾いた笑みを張り付けたまま歩いていくのであった。