第六十二話*エンターカード
シェリルと嶺緒が朝食を作り、クローネを起こして三匹で朝食を食べ、クローネと嶺緒が片づけをしている、そんないつも通りの朝。
しかし、日常というものは普段通りに訪れるとは限らない。
殊の外、何かが起こった次の日というのは。
「おーーーーーーいっ!!」
家の外からの大声。
クローネは首を傾げ、嶺緒は大きい声に顔を顰め、シェリルは「またか」と言わんばかりの不機嫌そうな表情を見せる。
嶺緒は入り口に向かい、外に出る。シェリルも不機嫌そうにその後をついていく。クローネも急いで片付けを終え、外に出てくる。
其処にいたのは、『アストラル』のメンバーではなく、何故かルシアであった。
珍しさに三匹は首を傾げる。嶺緒が不思議そうに尋ねた。
「ルシア?珍しいな、どうかしたのか?」
「それがさ、アル…って奴が話ができる状態まで回復したみたいなんだけどよ。だけど、すぐに宿場町を出るって言い出してよ……」
「えっ、もう!?」
驚いたようにクローネがつい大声を出してしまう。昨日あそこまで重症だったポケモンがそんなにすぐ回復するものだろうか。しかも、話ができる状態までは回復していると言っていたが、それぐらいの回復で宿場町の外を歩いていけるのだろうか。
と、嶺緒がルシアに疑問を投げかける。
「つまり…ちゃんと傷癒えてねぇんだな?」
「そうなんだよ。まだ無理するなって言ったんだが聞きやしねぇんだ。皆で制止してるんだが、焦った様子で理由を話そうともしないんだ。
それでクローネ達も呼んできてくれって、ママさんが……」
「そっか、わかった。皆も呼んでこよう!ボク呼んでくる!!」
「――ってちょっと待てクローネ!!お前方向音痴だろうが!!……ったく。シェリル、先行ってろ」
「は?ちょっ――」
ダッシュで駆けだしていくクローネ。
そんなクローネを嶺緒は慌てて止めようとしたが、既にクローネは走って行ってしまった…全く違う方向へ。嶺緒は溜め息をつき、シェリルに声をかけるとクローネを追いかけて行ってしまう。
そしてシェリルはルシアと残されてしまった。
「………」
「えーと、シェリル?行こうぜ?」
「チッ…また面倒なことに…」
おそるおそる、といったようにシェリルに話しかけるルシア。シェリルは面倒くさそうに溜め息を呟くと、ルシアを無視して歩きだす。その行動に一瞬ポカンとしたルシアだったが、やがてハッと我に返ると慌ててシェリルの後を追うのだった。
「ちょ、ちょっと待て!!まだ無理だろ、おい!」
「……でもっ…早く行かないと――っ!!」
宿場町の二階。
ブラッキー――アルテミスことアルはガレットの制止を無視し、足を引きずりながらも前に進もうとするが、途端に体に激痛が走る。
意識が戻り話せる程度には回復したものの、まだ体を動かせるほど傷が癒えてはいないのだ。
それでもアルはお世辞にも一歩とは言えないような動きながらも足を押し進めていく。
が、またしても体を動かしたことで激痛が彼を襲う。
「うぐっ……!!」
「あぁ、言わんこっちゃない。まだ無茶しちゃダメですって、もっと休んでいないと」
あまりの激痛にフラつくアルをガレット、アサザ、テアが慌てて支える。アサザが言葉をかけるも、なおもアルは足を進めようとする。「早く…早く行かないと…」と呟きながら。
と、その時シェリルとルシアが階段を上ってきた。
ルシアはその光景を見てやっぱりこうなっていたかと言わんばかりの表情を見せ、シェリルは呆れたような表情になる。
「……本当に話せる程度しか回復してないじゃん」
アルは新しいポケモンの介入に、少し驚いたように顔をあげる。そして、緋と深緑の目をした此方を睨むように見ているツタージャの姿が目に入る。
「あんた、そんなんで動こうなんて死ににいくようなもんでしょ。バカなの?ていうか、あんたのせいで僕がわざわざこんなところまで来なくちゃいけなくなったんだけど、迷惑マジ責任とれ」
最後は完全に私怨である。その毒舌な言葉にアルは一瞬ポカンとする。
が、すぐに真剣な表情に戻ると、「わるいけど」と口を開く。
「迷惑をかけたことはすまないと思う。だけど俺は行かなければならないんだ」
「レヴィシアって奴でも探しに行こうってのか?」
「!!」
「大事なことだからもう一回言ってやるよ、バカじゃないの?
まずあんたレヴィシアの居場所知ってるわけ?もし遠くにいたり不思議のダンジョンにいたりしたら、あんたのその傷でどうやって辿り着くわけ?今のあんたなら僕がぶん殴るだけで倒せますけど?何があったかなんて知らないし興味もないけど、今のあんたの状態で外に出ようってこと自体、こいつらにとっては迷惑でしかないってことさっさと思い知ったら?」
まくしたてられた一つ一つが突き刺さるようなシェリルの言葉に、アルはつい押し黙ってしまう。シェリルの言ったことは全て図星であることを、言葉にされることで痛感させられたからだ。
しかしそれでも、そんな事実では割り切れない気持ちがアルの中にはあった。レヴィシアを助けなければ。その思いは、例えシェリルの言ったことが全て事実であろうと、ここで踏みとどまるわけにはいかないという気持ちを湧き上がらせるのだ。
「わかってる。でも…此処で休んでる暇はないんだ」
一向に考えを曲げないアルの言葉にシェリルは「チッ」と舌打ちし、そして、
バシィィィンッ――!!
「っ!!」
床を思いっきり蔓のムチで叩き、鋭い音を出す。突然のことにアルをはじめ、その場にいた全員が思わずビクリと肩を揺らす。
シェリルの目からは、明確な苛立ちが見て取れる。思わず全員から冷や汗が流れるほどの黒いオーラも確実に立ち上っている、残念なことに。
「僕の話を理解できないほど無能だったってことなのかな、あぁ腹立たしい。
あのねぇ、あんたが此処で無理やりにでも進んでみろ。どっかのバカ共が結局あんたの捜索させるか、僕らをあんたに付き合わそうとする羽目になるんだよ。僕は重病人のお守りなんてまっぴらごめんなんだよ。面倒なことは大っ嫌いなんだ、それでも聞かないってんなら二度と動けないようにしてやろうか、あ゛ぁ?」
本気で苛立っているシェリルに、ルシアは思わず「マジで休んどけ、じゃないと確実に殺られる…!!」と失礼極まりないことを口走り、アサザもコクコクと本気で頷く。ガレットは完全に冷や汗を流し、テアは何故かのほほんとしている。謎である。
――と。
「お待たせーーー!!」
聞きなれた声がその場に響く。と騒がしい足音とともに、クローネと嶺緒、エルムにルト、そしてセシリアが二階に上がってくる。
「アル!!」
「…セシリア……君が誤解を解いてくれたらしいな……
ゆっくり礼を言いたいところだけど……今は急がないと……時間がないんだ」
そして歩を進めようとした途端、またしても激痛に襲われ「ぅぐっ……!?」という短い悲鳴と共に崩れかける。慌ててガレット達がそれを助け、「その体じゃまだ無理だよ」とテアが厳しく言う。
嶺緒はそれを見て怪我がほぼ癒えていないこと、そして重症のままアルが出ていこうとしているのを察し、「ワケありみたいだな」と声をかける。話を振って一時的にでも気を逸らさなければ。そう思ったのだ。
幸いその考えはセシリアにも伝わったらしく、「ねぇ」とアルに向かって口を開く。
「アル、よければ話を聞かせてくれないかしら?もしかしたら力になれるかもしれないわ」
「…………」
セシリアの真剣な眼差しに、アルはしばらく押し黙っていたが、やがて「……わかった」と小さく頷いた。そして立ったままでは辛いらしくその場に座り込む。
「まず…俺とレヴィは何者かにいきなり襲われたんだ」
「「「「「えぇっ!?」」」」」
「ふーん」
その場にいたほとんどのポケモンがその言葉に驚きを見せ、数名は思わず声を出してしまう。シェリルのみは興味なさげであるが、これはいつものことである。
「とにかく俺達はバラバラに逃げた。俺は運よく此処に逃げ込むことができたんだが……レヴィは…レヴィはまだ逃げ回ってるはずなんだ…
早く…見つけ出さないと……!!」
最後の方は悔しそうな、焦ったような声音になり、小さく歯ぎしりする。助けなければいけないのに、それができない自分に対してのもどかしさ、腹立たしさ。口には出さずとも後悔と自分への腹立たしさが見て取れた。
ルトはやっと納得がいったような、しかしどこか腑に落ちないといったような表情を見せ、「なるほどな、事情はわかった」と言い、そして疑問を投げかける。
「でもさ…なんでまたアル達は狙われたんだい?」
「それは……多分、コレを狙ったんじゃないかと……」
アルは自分のバッグをキョロキョロと探し、察したアサザがベッドの横に置いてあるバッグを渡すと小さく礼を述べてからある物を取り出す。
取り出したのは二枚の金属製のカード。それぞれに太陽の模様が施されているが、太陽の模様はどちらも異なっている。
じっと眺めていたクローネが首を傾げる。
「これは何なの?」
「見るのは初めてか?“エンターカード”っていうんだ」
キラキラと目を輝かせながら尋ねるクローネに、アルが答え、そしてエンターカードの説明を始める。
「ここらの土地の不思議なパワーには少なからず法則があって、それを地脈と言う。地脈の流れがその土地の不思議度を左右しているんだ。であれば、その地脈の流れを逆に操ることができないかと思い、我々ダンジョン研究家の間で考え出したものがこのエンターカードなんだ。
それでこのエンターカードでどんなことができるかというと――って皆寝てるし!?」
エンターカードを見ながら説明を続けていたアルがふと顔をあげると、ほぼ全員が寝ていた。うつらうつらと居眠りしかけている者もいれば、ぐっすりと眠っている者もいる。
シェリルと嶺緒は起きていた。シェリルの場合、聞く気がなさげに欠伸をしてはいるが。嶺緒は周りを見回し溜め息をつくと、思いっきり手をパンッ!!と鳴らして大きな音を響かせる。
その音に皆びっくりして目を覚ます。
「オレ達…寝てたのか……」
「あぁ……なんか強力な催眠術をかけられてたような気がするんだが……」
「私は良い夢が見れてすっきりしたよ」
「あのな……」
ガレットとルトがまだ眠そうに目をこすりながらそう呟き、テアはにっこりと笑いながらそんなことを言う。それを聞いた嶺緒は思わず溜め息がこぼれてしまう。シェリルは全員に「なんで寝てんだか」とバカにしたように呟いている。
ワンテンポ遅れて目を覚ましたクローネに至っては大きな欠伸をして「あれ、おはよぉ〜……」と寝ぼけている。
全員の様子を見て、アルは申し訳なさそうに「ごめん」と謝る。
「ちょっと説明が難しかったか……それなら実際見てもらった方がいいかもしれないな。外に行こう――っ!?」
立ち上がった瞬間、またも体に激痛が走ったらしくフラつくアル。
「大丈夫ですか!?」とエルムが心配そうに声をかける。
ガレットは弟子二匹に「オメェら、手伝ってやれ」と声をかけ、ルシアとアサザはこくりと頷くとフラつくアルを支える。そしてアルは両方向から支えられながらよろよろと外に向かっていく。他の者達も心配そうにしながら後をついていく。
最後に残ったシェリルとクローネと嶺緒。まだ動こうとしないシェリルに「ほら行くぞ」と嶺緒が声をかける。
その言葉にシェリルは面倒くさそうに顔を顰める。
「…もういいでしょ、僕帰りたいんだけど」
「文句言ってないで早く来い」
「文句じゃない、屁理屈だ」
「同じじゃねぇか!?」
ぷいっと顔を背けるシェリルに、嶺緒は溜め息をつく。
と、クローネがシェリルの手を引っ張り、「ほら早く行こ!」と笑顔で引っ張っていく。「はぁ?ふざけんな」とぶつぶつ文句を言いながら引っ張られていくシェリルを見て、嶺緒はまたしても溜め息をつくのであった。