ポケモン 不思議のダンジョン 〜光の煌き 闇の誘い〜






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*第五章*Sign of disorder
第六十一話*桐生一族
「ふぁ〜……」

「………」

昼を過ぎた頃、ポケモンパラダイス′嚼ン予定の荒地の一角にある、シェリルのお気に入りの崖。そこで欠伸をする一匹のポケモン。
そしてそれを不機嫌そうに見ているのは、誰あろうシェリルである。

「…何してんの、飛燕」

「……シェリル」

崖の端で座り、呼ばれたのに気づき視線を向けてくるポケモン――飛燕。
シェリルは少し離れたところに座る。しばらくの間、静寂がその場を包む。その静寂を破ったのはシェリルだった。

「…なんであんたが此処にいんの」

「…クローネに、頼んだ。…シェリル、仕事、は?」

「休み。面倒くさいから」

「……サボり?」

「別にいいだろ、なんだって」

飛燕はシェリルに向けていた視線を戻し、前の光景を見つめる。二匹が座っているところからは前に開拓した“さわやかな草原”が広がっている。

「……こういうの、見る、久しぶり」

「……あんたは、東方の出だったね。僕は雪景色しか見たことなかったけど……そっちは、どんな感じだったの?」

シェリルの問いに、飛燕は少し顔をあげた。シェリルをチラリと見ると、また視線を戻しぽつりぽつりと語りだす。

「東方、は…四季とか、ある。シェリルの、方は、極北…だから、無いけど。春、夏、秋、冬…どれも、綺麗。
…俺の、家の、近くは…森が、広がってる。自然豊か、で…綺麗。こんな草原も、あった」

「………」

「草原は…小さい頃、から、遊び場だった。任務、増えて…俺が、遊ばなくなる、頃には…弟が。弟が、修業、始める頃には…妹が」

「…兄弟、いたんだっけ」

「…前も、言ったような」

「忘れた」

「………」

表情こそ変わらないが、どうやら呆れられたらしい。
シェリルは肩をすくめる。同じ境遇であれど、シェリルにとって飛燕は所詮他人なのだ。いちいち覚えようとはしない。聞いていてあんまりな態度ではあるが。

「俺は、三兄弟、だよ。弟の、雲雀(ひばり)、と…妹の、(つぐみ)が、いる」

「…へー」

空返事のシェリル。またも静かになるその場。
飛燕は喋ること自体が得意ではないし、シェリルは人と関わることを好まない。そのためか、会話が進まない。
そして、その静寂を破ったのはまたもシェリルだった。眼下に広がる草原を眺めながら、呟くかのように疑問を口にする。


「……今も、会いたいと思う?家族に」

「………」

飛燕は、答えない。シェリルも黙ったままだ。

やがて、飛燕は口を開いた。その表情は鉄壁のように動かないのに、シェリルにはどこか寂しそうに見えた。

「……会いたいよ」

「………」

「俺は、暗殺の、仕事…別に、嫌とは、思わない。人の命…軽んじてる、仕事。人に、恨まれる…わかってる。でも、それしか、ないから。それが、俺の仕事。生き方。
だから、それしか道、示さなかった、親のことは…嫌っては、ない、けど…やっぱり、親とは、思わない。だから、別に、会いたい、とは…思わない」

でも、と飛燕はそのまま話を続ける。彼のトレードマークである純白のマフラーをぎゅっと握りしめながら。

「雲雀や、鶫は…こんな、俺でも、慕ってくれる。笑いかけてくれる。俺が、初めて守ろうって、そう、決めた人間。……だから、会いたい」

「………ふーん」

シェリルは何とも言えないような表情で小さく呟く。飛燕はそんなシェリルの表情をじっと見ていたが、やがて首を傾げながら口を開く。

「…シェリルは、いる?そういう、人」

「……それはわかってて聞いてるわけ?」

シェリルは不機嫌そうに皮肉を込めて言葉を投げつける。しかし、飛燕の表情が変わることはない。そして、その瞳の奥に隠れる鋭い光が消えることもなかった。
シェリルはその鋭い光が宿る瞳からしばらく目を逸らさずにいたが、やがて溜め息を一つつくと、フッと目を逸らす。

「いない、かな」

「……」

「もうそういうの、つくらないって決めたから」

シェリルの目からは、何処か寂しそうで、それでいて決意を感じられた。決して良いとは言えないその鋭い目つきは、しかし何かに揺らいでいた。
それを見ていた飛燕は、疑問を口にする。

「…シェリル、何か、悩んでる?」

「…別に」

飛燕はあまり人の感情に目ざとい方ではない。むしろそういう表情の変化には疎い方だ。
しかし、この時飛燕は気づいた。シェリルの表情は、これ以上探られ、関わられることを拒んでいるということに。

これ以上関わるな。

口には出さずとも、そう突きつけられたようだった。
そのため、飛燕は何も言わず口を閉ざしてしまう。
その話題を回避しようとしたのかは定かではないが、シェリルはふと「そういえば」と口を開いた。

「怪しいポケモン?っぽいの、見つかったってあんたは聞いたの?」

「あ…うん。宿、泊まってるから、見た。あのブラッキー、相当…辛そう、だった」

「………確かにね」

肯定し、呟くシェリル。

時刻は既に黄昏時へと入っており、赤く燃えるような西日が二匹を照らす。
そんな夕暮れの空をジッと見上げるシェリルに、飛燕は不意に「…ダメ」と声をかけた。
唐突なそのセリフに、シェリルは驚いたように飛燕の方を見つめる。
飛燕はその視線が向けられていることを知りながら直視しようとはしない。そうせずとも、自分が今口に出した否定の意味はシェリルであれば気づいているはずだ。だからこそ、何も言わず驚いたようにジッと此方を見ているのだ、と。飛燕は理解しているからこそ、あえて返事を求めるように視線を向けるといったことはしない。

「なんで、この世界に、呼ばれた、かは…わからない。いつ、戻れるかも、わからない。
でも、それまで、シェリルは…ただのシェリルで、いてほしい。【ルルーシュア】で、学んだ…でしょ」

「…………あんたが僕の何を知ってるっていうのさ。僕がどうしようと、僕の勝手だよ」

「それでも、だよ。シェリル、優しいから」

「だから僕は優しくなんかない。
僕は……自分の身だけが大切だ。他の奴がどうなろうと知ったことじゃないし、僕以外の奴がどうなろうと興味なんてない」

同じことを何度も言わせるな、と言わんばかりの苛立ちを露わにしつつ、シェリルは飛燕を睨む。
飛燕は何も言わず、静かに立ち上がる。燃ゆるかの如く赤い夕日の光がその虚無の中に鋭い光を宿すワインレッドの瞳を煌めかせ、流れる風が夕日に照らされ橙色に染まる純白のマフラーを靡かせる。
まだ少年らしさが残るアルトの声は、流れる風の中でも鋭く、厳かにシェリルの耳に確かに届いた。


「自分から、周りから、目を逸らさないで」

黄昏の中佇む飛燕の表情はどことなく寂し気で。まるで影の如く存在するのにどことなく光を感じさせる彼に、シェリルは思わずジッと見入った。

飛燕はくるりとシェリルに背を向けると、足音一つ立てずにその場を去っていく。その背中を、シェリルはジッと見送っていた。













「でね、でね!ルトったらよそ見してて木の根っこにつまずいてね!そしたら偶然ボクも同じところに引っかかって、ルトを下敷きにしちゃったんだー!あはははっ」

「それルトからしたら笑い事じゃねぇからな」

「………本当、雀百まで踊り忘れずって感じ。クローネはどこまで行ってもドジの天然バカってことでしょ」

「微妙に間違ってはいねぇけどそれクローネにいろいろと失礼だからな」

夜のこと。
楽しそうに今日の冒険の話を語るクローネとしれっと暴言を吐くシェリル、今日も今日とてツッコミを忘れない嶺緒。三匹はベッドに入ったが、明かりをつけたまま談笑中である。シェリルはクローネから借りた本を読みながら途中途中で会話に参加しているが。

「あ、そういえばさ!」

ふと思い出したことがあるらしく、クローネはシェリルに向かって「あのさ」と声をかける。シェリルは本から顔をあげることなく、ただ面倒くさそうに「…何」と返答する。

「今日ね、出かける前に飛燕が来たの!で、シェリルはいっつも何処にいるの?って聞かれたから、ポケモンパラダイス≠フ崖のところによくいるよって答えたんだ。そしたら、其処に行ってもいいかって聞かれたからいいよって答えたんだけど…会った?」

「会った。…チッ」

「いやなんでお前舌打ちしてんだよ」

「してない」

「いや普通に聞こえたぞ!?してただろーが」

「チッ……してないっつってんだろ」

「いやまたしただろ!!明らかにしてただろーが今のは!!」

本から顔をあげずに言い争う二匹。普段からこの調子なので会話が進まないのだが、あいにくそれにツッコむ者は残念ながらいない。
今回はクローネが「何話したの?」と尋ねたために何とか切りあがったが。

「…別に。あいつの地方の事とか聞いたような気はしなくもない」

「なんでそこ曖昧なんだ」

「そっか!極北育ちのシェリルと東方出身の飛燕とじゃ、育った環境って違うのか!」

かなり今さらのことを合点がいったと言わんばかりにポンと手を打つクローネ。シェリルはその姿を見てマヌケとはこういうのを言うんだなと思ったとか思わなかったとか。
クローネは納得がいったかのように何度も頷いていたが、やがてある一つの疑問に辿り着き、それを口にする。

「…そういえば、飛燕って暗殺者って言ってたよね」

「そうだよ」

クローネがなんとなく疑問を口にすれば、反応を見せたシェリル。クローネは続けて質問してみる。

「飛燕って、何者なの?」

その核心を突く疑問に、シェリルは今度こそ本から顔をあげた。ジッと、緋色と深緑の瞳がクローネを見据える。クローネもジッとシェリルを見つめ返す。その様子を、嶺緒はただ黙って見守る。
一番最初に口を開いたのは、シェリルだった。

「あいつは、暗殺の世界でも有名な一族、東方に住まう忍の桐生一族の末裔だよ」

「え…」

「…!」

「桐生一族は生まれてから暗殺に関する英才教育を施される。ほら、例えば…あいつ足音全然しないでしょ。あれは多分バレにくいように足音を立てないよう仕込まれてる。
そして遅くても十歳を越えれば、人を殺すことを躊躇わないよう、修行と言って感情を失くす訓練を受ける。もちろん、完全に感情が失われるわけじゃないけど、飛燕みたいに暗殺を請け負って任務を遂行しても何も思わないようになる。飛燕は割と幼い頃から任務を任されてたみたいだから、独りでいることも多いせいで話すことを疎かにしてたんだろうね、多分単語を繋いだような片言っぽい喋り方はそのせいじゃないかな。……だから根暗なんだよあの陰湿バカ。
……まぁそれは置いといて、それが彼ら桐生一族の定め。
そういやあの根暗は、弟や妹とかには感情を失ってほしくないみたいだけど、そのうち似たような感じには育てられるだろうね。特に、今の時代は暗殺者は重宝されてるから。
……僕が知ってるのは、こんなもんかな」

壮絶な飛燕の一族が背負う使命に、嶺緒はおろか、クローネも開いた口が塞がらない。
あの動くことのない鉄壁のような無表情も、一風変わったあの喋り方も、全ては変えられてしまったものだった。普通に生きるという選択肢を、生まれた時点で奪われてしまったことによるものだったのだ。そう思うと、いたたまれなかった。

「飛燕は…きっと大変な思いをして、生きてきたんだね」

「さあね。そんなの僕が知るわけないでしょ。
…でも、どんな奴にも生まれた時から定められた運命って、意外とあるものだよ。飛燕の場合、それは桐生一族として生まれたっていうことなんだろうね」

あまり漠然とした事柄を好むタチではないシェリルだが、珍しくもそんな漠然とした事柄に肯定の意を見せ肩をすくめる。
そしてこの話は終わりと言わんばかりに、手に持っていた本を枕元の横に置き、欠伸をする。
嶺緒はそれを見て、

「そろそろ寝るか」

と声をかける。
クローネが明かりを消し、三匹はベッドに潜り込み眠りにつく体勢に入る。



「ねぇ、シェリル」

「………何…?眠いから手短にしてよね…」

不意にクローネが声をかければ、まだ起きてはいたものの眠たげで不機嫌そうなシェリルの声。
クローネは、どうしても気になっていた疑問を投げかけた。

「今の時代は暗殺者が重宝されてる。それって、どういうことなの…?」

「…………」

返事はない。しかしそれは言いあぐねているだけなのだと、クローネは理解している。
根気強く、シェリルの返答を待つ。

やがて、シェリルは面倒くさそうに答えてくれた。


「…戦争」

「え…?」

「……大陸の南の方で、戦争…ってほど大規模じゃないと思うけど、似たようなことやってるから。ポケモンも、人間も。まぁ、人間が一方的にポケモンを利用してるとも言えるけど。そんなことやってるから、少しでも有利になるために御偉方を倒す方法をたくさんの奴らが模索してる。暗殺者は、まさにうってつけってわけ」

さらりと衝撃的なことを述べるシェリル。クローネは驚愕の表情を隠せない。
そして、やがてその表情は悲しそうに歪んでいき、クローネは思わず呟いた。

「悲しいことが起こってるんだね、【ルルーシュア】は」

「……うん」

シェリルから返ってきたのは、今までにないくらい素直な返答。背を向けているので表情は見えないが、心の底からの気持ちから返ってきたということだけはクローネは察することができた。
クローネは「変なこと聞いてごめん、明日も頑張ろうね。おやすみ」と言うと、瞬く間に眠りについた。その早さたるや、十秒にも満たないほどのスピードである。
小さく、誰にも聞こえないような溜め息をつくと、シェリルも同じように眠りについたのだった。

■筆者メッセージ
とりあえずウイルスバスターのおかげで何とか一話更新するまでに至りました。
ただ、若干受験ボケで文章がいまひとつまとまらないのが気になるところではありますが…ははは←

ネタに困って、こうなりゃ飛燕さん暴露の回にしようとか思ってこうなりました(意味不明
そして伏線回収のつもりだったのに何また伏線敷いてるんだ私((((
レイン ( 2016/02/08(月) 05:50 )