第五十八話*家族
「アルカーー!!」
アルカを探しながら三匹は進んでいく。クローネはアルカの名前を呼び、嶺緒は周りに気を配りながらアルカを探し、シェリルは退屈そうにその後ろをついていく。
「アルカー!いるー!?」
「……いねぇな。やっぱり【スズカゼ草原】の方か?そっちの方がいいけどな」
クローネは大声をあげ、嶺緒は小さく溜め息をつきながらも神経を尖らせて周りへの気配りを忘れない。
と、不機嫌そうな表情のシェリルが「…ねぇ」と前を歩く二匹に声をかける。二匹が揃って振り向くと、
「あそこ」
と不機嫌極まりないといったような表情のまま前を指差す。自然とクローネと嶺緒の視線は其方を向く。
「…お、広いところに出そうだな」
「あ、本当だ!!」
「…っておい、勝手に一匹で行くなよ!?」
早速駆けていくクローネを嶺緒が制止するもクローネが止まるはずもなく。嶺緒とシェリルは溜め息を吐くと面倒くさそうにクローネの後を追う。
道を抜けて広い場所に出ると、そこは驚くほど静寂に包まれており、聞こえるのは風に揺られる草木の音のみだ。
そして其処で立ち尽くす一匹のポケモンが三匹の目に止まった。
「あー!!アルカ発見!!」
「わぁぁぁぁ!?」
突然のクローネの大声に、アルカはビクッと肩を揺らして驚愕の声をあげ、シェリルは二匹の大声に顔を顰め、嶺緒は白い目で二匹を見る。
アルカは振り向き、三匹の姿を確認すると安堵の息をついた。
「な、なんだ…クローネお兄ちゃん達かぁ。びっくりさせないでよ…」
「いや「なんだ」じゃねぇだろうが」
「え、あ、びっくりしちゃった!?ごめんね!」
アルカの言葉に嶺緒は呆れたように溜め息をつき、クローネは慌てて謝る。嶺緒はアルカを見て怪我がないか確認し、特に目立った怪我が無いことがわかると「で?」と口を開く。
「お前、こんなところで何やってんだよ」
「え…あ、その…それは……」
嶺緒の質問に、アルカはあからさまに動揺した様子を見せ、視線を下で彷徨わせて口ごもってしまう。
明らかに動揺しているアルカに、クローネは首を傾げ、嶺緒は怪訝そうな表情を見せ、シェリルは興味なさげに視線すら向けていない。
言いたくなさげなアルカの表情を察したのか、クローネは声をかける。
「アルカ、ボク達はイベリスさんに頼まれて迎えに来たんだ。早く帰ろ?」
「迎え? ちょうど今、ボク帰ろうと思ってたんだけど…? 此処にもよく来るし、いつも平気だし。そんなに心配しなくても大丈夫だよ?」
クローネの言葉に、アルカはきょとんとして首を傾げながら答える。アルカの表情はわけがわからないといったような様子である。
そんなアルカを見て嶺緒は溜め息をつくと、「あのなぁ」と口を開く。
「外出注意っていうお知らせが出てるんだぞ?それはお前も理解してるよな?そんな時に一匹で外出なんかしたら、お前の母さんも心配するだろうが。そういう事はするもんじゃねぇんだぞ」
嶺緒の説教に、アルカは何とも言えない表情を見せる。どうにも飲み込めない様子である。しかし一応「…わかった」と返事を返す。
嶺緒はアルカがいまいちわかっておらず言っても無駄であると察したのか、呆れたように溜め息をつく。
クローネはよかったと言わんばかりの笑顔で、「とりあえず帰ろ!」と声をかける。そして四匹は帰路につく。
後ろをついて歩くアルカをシェリルはジッと見ていたが、やがて珍しくもシェリルから声をかける。
「…ねぇ、あんた誰かと会ったわけ?」
「えっ!?」
「さっきからずっとチラチラと一定の方向に視線向けてるから」
「…あ、会ってないよ?シェリルさんの気のせいじゃないかなぁ…?」
アルカの様子にシェリルは疑問の視線を投げかけていたが、やがて興味を失ったかのように「…あっそ」と呟き、アルカを無視してさっさと進んでいく。その様子を嶺緒は見ていたが、あえて無理に聞き出そうとはしなかった。
パラダイスセンターに四匹が着くと、其処にはイベリスとシュニーに加え、エルムとルトとセシリアがいた。
そして四匹が帰ってくると、全員の視線が此方を向く。イベリスは四匹の中にアルカの存在を確認すると、慌てて駆け寄ってくる。そしてそのままアルカをぎゅっと抱きしめ、焦燥と安堵の混じった声で心配そうにまくし立てる。
「アルカ、大丈夫だった!? 怪我はない!? 全く、心配したのよ……!!」
「ご、ごめんなさい、お母さん……」
涙声の母の様子に、アルカは初めて母親にどれだけの心配をかけたのかを自覚し、泣きそうになりながら謝る。
そして「あのね…」と言いづらそうに口ごもりつつも口を開く。
「僕ね、コレを取ってきたの」
「え…?」
アルカの言葉にイベリスは訝しげな表情を見せ、抱きしめるのをやめる。
そんなイベリスの前ににアルカは美しい輝きを見せる赤い石を置く。
きょとんとした表情のイベリスは「これは…?」と疑問の声をあげる。そんなイベリスに、アルカは嬉しそうに口を開く。
「赤い石だよ!コレ、なんか宝石みたいで綺麗でしょ? お母さん、今日誕生日だからコレあげる!
僕、お母さんの誕生日だし何かプレゼントしなきゃって思って…」
「まぁ……!」
嬉しそうなアルカの言葉に、イベリスは驚きに唖然とした表情を見せる。
自分の誕生日などすっかり忘れていたのだ。しかしアルカは誕生日を覚えており、【シキサイの森】のような危ない場所にまで行ってまでプレゼントを用意してくれたのだ。
怒らなければならない。お礼を言わなければならない。
イベリスは頭の隅でそんなことを考えたが、いろいろな感情がないまぜになり、上手く言葉にならない。そして言葉にする前に体が動き、気づけばアルカをしっかりと抱きしめていた。
「なんて子……バカね……
……でも、ありがとう…………」
力強く、優しく。イベリスは涙を流しながら大切な子供を抱きしめる。アルカは「お母さん、お誕生日おめでとう」と言い、イベリスを抱きしめ返す。
そしてシュニーは涙を溜めながらアルカに近寄る。怒ったような安堵したような表情で泣きそうになるのを堪えながら口を開く。
「僕も心配したんだよ!
何で一匹で行っちゃったんだよ〜…!プレゼント探しに行くなら、言ってくれよう……僕も一緒に行ったのに……!」
「ごめん、シュニー…」
長い間張っていた緊張が解けたらしく、ポロポロと涙を流し泣き出してしまったシュニー。母親との抱擁をやめ、アルカは同じように泣きながら抱きしめる。子供らしく号泣している二匹を、イベリスはそっと微笑み、頭を撫でる。
しばらくして、ようやく泣き止んだ二匹を横に、イベリスは『アストラル』に感謝の気持ちを込めて頭を下げた。アルカとシュニーもイベリスを見習い、慌てて頭を下げる。
「皆さん、この度はご迷惑をおかけして本当に申し訳ありませんでした。アルカを見つけていただき、本当にありがとうございました…! ささやかなのですが、これはお礼です」
「え?ボク達はアルカが心配だっただけだし、お礼なんて別にいいのに…!」
「いいえ、皆さんにはご迷惑をおかけしましたので。どうぞ受け取ってください」
クローネは純粋にアルカが心配で探したのでお礼はいらないと断ろうとしたが、イベリスは礼儀として500ポケと青い鍵を渡す。
さすがに渡されたものを無下に返すわけにもいかない。クローネは少し申し訳なさそうに、「ありがとう」とお礼を述べる。
「では失礼しますね。本当にご迷惑をおかけしました」
「皆、心配かけて、ごめんなさい……」
「『アストラル』さん、ありがとう! 」
イベリスはもう一度丁寧に頭を下げ、アルカは申し訳なさそうに謝り、シュニーは笑顔で礼を述べる。そしてイベリスに連れられ、二匹は宿場町の方向へと去っていった。
エルムはその背中を見送り、ほっと胸をなでおろす。
「いやーしかしアルカが無事で本当によかったぜ!」
「宿場町の皆も『昴』さんも一緒になって探してくれたけど、もう一時はどうなることかと……」
「そうね、後で『昴』にはお礼を言わなくちゃね」
セシリアはエルムににっこりと微笑むと、「それにしても」と口を開く。
「彼らは本当に仲が良いのね」
「…うん、そうだね」
セシリアが呟いた言葉に、クローネは同意を示した。
「ボク、なんか見てて和んじゃったなぁ。いいもんだね、家族や友達って……」
シェリルはそんなクローネをじっと見つめる。イベリス達が去っていった方を見つめるクローネの表情は、微笑みの中に何処か寂しさを感じとれて。それとともに、何処か羨ましそうな表情にも見えた。シェリルは訝しげに思いつつも、三匹が去っていった方向に目を向けた。
(家族や友達……)
シェリルは心の中でそう呟き、思い起こした顔をそっと追い払う。思いだしたくなかった。
と、ふとシェリルの中で小さな疑問が湧き上がる。
( ……そういや、クローネの家族ってどうしてるのかな。ポケモンパラダイス≠フ土地は自分でお金を貯めて買った、って言ってたしな……)
シェリルはチラリとクローネに視線を向ける。イベリス達が去っていった方向をずっと見つめ続けるクローネからは、答えを見つけることができなかった。
「さ、今日はもう解散しよ!ボクお腹すいたよ〜」
「それもそうだな!じゃ、また明日な!」
「おやすみなさい!」
「それじゃあね」
「あぁ。さて、さっさと飯作るか」
「わーい!楽しみ!!」
シェリルは、笑顔ではしゃぐクローネをただじっと見つめていた――