第五十五話*森の奥で
【シキサイの森】
三匹が捜索に来た【シキサイの森】は草木が生い茂る鬱蒼とした森だった。風が木々をざわめかせ、時折木の葉を舞い上がらせている。
【シキサイの森】の入り口らしき場所には一輪の花が咲いていた。
クローネと嶺緒はとりあえず周りにアルカがいないかを確認し、シェリルはジッと花を見つめている。それを見ていた嶺緒がシェリルに声をかける。
「…お前、花にも詳しかったりするのか?」
「……は?」
「いや、じっと見てるから。お前、宝石詳しいから花にも詳しいのかなって思ってな」
「宝石詳しいのは僕が宝石を持ってて綺麗で好きだったから。花なんか身近になかったし、興味すら湧かなかった。だから知らない」
「…でも【トントン山】でもめちゃくちゃ見てたじゃねぇか」
「だって見たことなかったし。それにこれは赤色綺麗だし、僕赤色好きだし。見ちゃ悪いのかよ銀色チビ」
「そんなこと言ってねぇよ。つか銀色チビって呼ぶの止めろ、小さくねぇっつってんだろうが」
結局酷いあだ名で呼ばれる嶺緒は、深い深い溜め息をつく。
クローネは一通り周りを探していたが見つからなかったらしく、戻ってきた。
「入り口付近にはいなかったよ…ダンジョンだろうけど、中に入ってアルカ探そう!」
「あぁ、そうだな。イベリスさんも心配してるしな」
「だから僕子供嫌いだし嫌なんだけど――って、聞く気ないだろ…」
シェリルが嫌がることはもはや日常茶飯事なので、聞く耳など持たずクローネも嶺緒も歩いていく。
シェリルはもはや嫌だというのも面倒になったらしく、顔を顰めて舌打ちすると嫌そうにその後をついていく。
【シキサイの森】は中がダンジョンになっているらしく、丸太や枝などががそこらに転がっていたり、切り株があったりと、進みにくい。
それらに注意を払いつつ、クローネと嶺緒は進んでいく。シェリルは持ち前の身体能力でそれらを軽々と避けたり足場にしながらスイスイと進んでいく。
「おーい、アルカー!!いるー?」
「クローネ…大声出したらポケモン寄ってくるだろうが」
「…もう手遅れだけどね」
太い丸太の上に立っていたシェリルが肩をすくめる。クローネと嶺緒が後ろを振り向くと、そこにはシママとウリムー、モンメンがいた。
それを見て嶺緒は思わず溜め息がこぼれる。
「ったく…」
「ごめん…とりあえず一匹ずつ相手にしよう!シェリルが――」
「僕シママやる。邪魔しないで」
「っておい!
…あいつ聞く気ゼロだな。仕方ない、相性的に俺がウリムーを倒す。あと頼んだぞ」
「うん!」
ダッシュでシママに向かっていくシェリルに、呆れたような表情を向けるも無駄だと悟った嶺緒はクローネに声をかけ、ウリムーに向かっていく。
突進してくるウリムーをギリギリまで引きつけると、嶺緒は直前でヒョイッとジャンプしてかわす。避けられることを想定せずそのままの勢いを保っていたウリムーは木に体当たりする羽目になる。そのウリムーに向かって嶺緒はシャドーボールを数発撃ち込み、倒す。
一方のクローネも元々の技の威力の高さも相成って、電気ショックを放ち、直撃したモンメンが怯んだ隙に電光石火でとどめをさす。
シェリルも蔓のムチをまるで舞うかのようにしならせ、シママを翻弄している。そしてシママが蔓のムチに気を取られているうちにマジカルリーフを放って撃沈させる。
「わぁ、シェリル凄いねぇ!面白い戦法!!」
「…この程度で?たいしたことないでしょ、あのシママが注意力散漫だっただけで、」
「でも凄いよ!!」
やたらと褒めちぎるクローネに、シェリルは何とも言えないような表情を見せる。しかもクローネの表情には嘘偽りなど感じられず、本気で感激しているのがわかる。「アホだろ」とシェリルは思わず呟いたのだった。
しばらく三匹が進むと、目の前が切り開けていた。そこを出ると、完全に様変わりした光景がそこには広がっていた。
先程の青々と茂る木々はどこへやら、一転してそこは秋のように紅葉した森が広がっている。
「わぁ、すごいね!」
「…これはこれで綺麗」
「お前ら見回してねぇでさっさとアルカ探すぞ…」
「「あ」」
「忘れてただろ…」
嶺緒は呆れたように二匹を見る。クローネは反省したような表情を見せ、辺りを捜索し始める。シェリルは反省した様子も見せず、捜索もしていないが。
嶺緒とクローネはアルカを呼びながら辺りの草を掻き分けたりしているが、どうにも見つからないらしい。シェリルはのんきに紅葉見物などしている。
「見つからないねぇ…」
「仕方ない、進むしかねぇな」
「…何処に?」
溜め息をつくクローネに嶺緒がそういうと、ぼ〜っとしていたシェリルがそう呟いた。その的確な台詞に嶺緒はつい押し黙ってしまう。
アルカを探している最中見つけた、入り口らしきものは三つ。その入り口にはそれぞれ赤、青、黄色の花。
アルカが何処を通ったのかは定かではない。だからこそどの道を通ればいいのかも誰も分からないのだ。
「…こうなったら、手分けするか」
嶺緒の台詞に、クローネは「賛成!」と頷き、シェリルは渋い顔をする。明らかに面倒くさがっている顔だ。
嶺緒はいちいち気にしても無駄だと悟っているらしく、シェリルの表情には気付かないふりをして口を開く。
「俺はあそこ、シェリルがあそこでクローネがあそこだ。なんかあっても無理せず下手な行動は避けろよお前ら」
「うん、わかった!」
「うっさい指図すんな」
クローネが赤い花、シェリルが黄色の花、嶺緒が青い花の咲いている場所へと進んでいく。
お互いに振り向くことはしなかった。
「「………」」
切り開いたところを抜け、そこで対峙した二匹は目を見開くと同時に何とも言えない表情となる。
そして一気に不機嫌そうになった片方――シェリルはもう片方に声をかける。
「……何で銀色大バカチビの助がここにいるわけ?鬱陶しい」
「とりあえず色で呼ぶなチビっていうな。
強制的に戻らされたっぽいな。おそらく、入り口に咲いている花がヒントだったんだろ。【シキサイの森】の入り口に咲いていた花は赤いチューリップ。つまり入り口にあった花と同じ花のところを進まなきゃいけないってことだ」
シェリルと顔を合わせた人物――嶺緒は何とも言えない表情で溜め息をつく。一方のシェリルは全く渋面を崩さない。
「ってことは…」
「あぁ。進んだのはクローネってことだ」
「じゃあもういいよね、僕帰る」
「アホか」
くるりと方向転換したシェリルに嶺緒が尻尾を掴んで止める。
「クローネは実力で言えばまだ心配はいらねぇ。だが…あいつは」
「――方向音痴」
「はぁ…信用ならねぇからさっさと行くぞ」
「やだ面倒くさい…って聞く気なしかよ銀色大バカチビ野郎が」
嶺緒は少し焦りを見せつつ急ぎ足で進んでいく。シェリルは不機嫌極まりないとでも言いたげな表情のまま、仕方なくその後についていった。
「うぅ…此処は何処……」
正解の道を選んだクローネだったが、今彼は頭を抱えていた。
また迷子になったのだ。
しかしここは進むしかない、そう思って大声を上げながらてくてくと進んでいく。
「アルカーーー!!いるーーー!?」
辺りを見回しながら声を上げ、進んでいく。
と、ガサッと音がした。クローネはもしかして、と思い向かっていく。
「アルカ――イテッ!!」
勢いよくそこを覗き込んだクローネは思いっきり石に躓いて転んだ。そして転んだ勢いでゴロゴロと転がり衝突した一匹のポケモン。
ギロリと鋭い視線で睨んでくるポケモン。クローネは顔を上げ――さぁっと血の気が引いていった。
そのポケモン――ウォーグルはぶつかってしまったからだろう、とても怒っているようであった。
このダンジョンにおいてウォーグルは脇道と呼ばれる場所にしか現れないと嶺緒が言っていたのを思い出す。しかし脇道は特定の条件をクリアしないと通れないのだ。そんな場所を通った覚えはない。
そしてそんなことを冷静に考えるほど、そして打開策を考えられるほどクローネは落ち着いていなかった。そしてそんな余裕を与えるほどウォーグルの様子は穏やかではなかった。
バサッと飛び上がるとクローネに狙いを定め、そして襲いかかる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「――世話が焼けるなぁ」