第五十一話*仲間なら
皆がそれぞれ名残惜しそうに去っていく中――嶺緒は一匹のポケモンの背後に立った。そのポケモンは仲間が宿場町に向かった後も蜃気楼から目を離さず、ただジッと佇んでいる。
そんなポケモンの後ろで、嶺緒はただその背中をジッと見つめ続けている。
帰り際、それに気付いたクローネは嶺緒に声をかけようと、近くに寄ろうとした。
――と。
「…何故、見てる。ジッと見られる、俺、好きじゃない」
嶺緒が凝視していたポケモン――飛燕は動こうともせず、そう背後の嶺緒に尋ねた。それに対し別段驚いた様子も見せず、嶺緒も口を開く。
「飛燕…でいいよな。お前は…シェリルと何か関係があるのか」
「………」
「え…?」
少し離れた場所で聞いていたクローネは首を傾げた。クローネが飛燕のことを知らなかったのもあるが、シェリルとの関連性を問いただされていることに疑問を抱いたのだ。
シェリルは人間である。
この事実を嶺緒が聞かされたということはクローネはまだ知らなかったのだ。
「…何故?」
「…あ?」
「何故お前、シェリル、知りたがる」
「知りたがっちゃいねぇよ。あいつのことはあいつ自身がいつか話してくれる。だから別に気にしてねぇ」
「……」
「ただ俺はあんたを警戒してるんだ。仲間じゃねぇし、仲間だったとしても俺があんたを簡単に信用するのは無理だ。『昴』の奴らを案内する時、あんたわざと残ったよな。あの時のあんたのシェリルを見る目は複雑そうだった。あの時残ったのは、シェリルと話すため。違うか?」
嶺緒の言葉に、飛燕はようやく嶺緒と向き直る。虚ろな瞳と嶺緒の真摯な瞳が交差する。しばし互いをジッと見つめた後、飛燕はフッと目を逸らした。そして後ろの方に佇んでいたクローネに視線を向けた。嶺緒は飛燕の言いたいことを察したらしく、「あいつはシェリルの相棒だ」と飛燕に向けて言うと、クローネの方を向き、手招きをする。クローネは一瞬躊躇いを見せたが、すぐに嶺緒のもとへと向かう。
クローネが嶺緒の隣に立ったのを見て、飛燕は再び嶺緒の方に視線を向け、口を開く。
「……俺、感情消す訓練、受ける。だから、わかりにくい、言われる。でも、わかりやすい…のか?」
「いや、わかりにくい」
「……」
嶺緒の即答に返す言葉がすぐに思いつかなかったらしく、飛燕は押し黙ってしまった。
が、沈黙を遮るようにまた口を開く。
「シェリル、人嫌い、そう言う」
「は?…あぁ、まぁ確かに言ってるな」
「え、あ、違うよ!!」
シェリルが誤解を受けていると勘違いしたらしいクローネが慌てて口を挟んだ。急に声を上げたクローネを、嶺緒が驚いたように、飛燕が興味深そうに見つめる。
「シェリルはホントは優しいんだよ!!だから――」
「知ってる」
シェリルを誤解されたくないらしく、焦ったように説明しようとするクローネを、飛燕が遮った。
「シェリル、本当…は、優しい。人のこと、大切、に…する」
「っ…!うんっ!!」
飛燕の言葉にいたく共感したらしく、何度も首を縦に振るクローネ。嶺緒はそれをじっと見ている。
と、「でも」と飛燕が口を開いた。その虚ろな表情からは、何を考えているのか読み取ることはできない。
「シェリル、人大切、そう思う。でも、人は…シェリル、のこと…嫌う」
「え…?」
「…?」
飛燕の言葉に、クローネは疑問の声をあげ、嶺緒は首を傾げる。
飛燕は言いたいことは言ったとでもいうようにその場を去ろうとする。
あまりに唐突な事だったため、嶺緒は少しぼーっとしていたが、「あ、おい!?」と慌てて声をかける。
と、歩みを止め、飛燕はそのまま口を開く。
「俺と、シェリル、同じ。人間、【ルルーシュア】に、いた。俺、暗殺者。シェリル、狙ってた。でも、やめた」
「……シェリルと同じ立場の奴ってことか」
嶺緒の言葉に、飛燕はこくりと頷く。嶺緒は飛燕にさらに質問を投げかける。
「…なんでシェリルを狙うのをやめたんだ?」
「シェリル、変わってる」
「…は?」
飛燕は少しだけ振り返り、そのワインレッドの瞳で疑問の声をあげた嶺緒達を見つめる。
「シェリル、寂しい人間。人を愛す、でも、愛されない。だから、殺さない。
仲間…なら、大切、するべき。
……これ以上は、シェリルから、聞く。俺、言っていいこと…違う」
飛燕はそれだけ言うと、今度こそ宿場町の広場に向かっていく。
その背中を、クローネと嶺緒はただ見守るしかできなかった。
やがて、クローネは嶺緒にそっと尋ねた。
「嶺緒、知ってたの?シェリルが人間ってこと」
「…ん?あぁ…昨日の夜、シェリルから聞いたんだ」
「あ、そうだったんだ」
クローネは納得したように頷く。そして、嶺緒に向けて再度尋ねる。
「シェリルののこと…やっぱり気になる?」
「…シェリルは確かに何か抱えてる。それだけはわかる。だが…どうしてやるのが一番いいのか、やっぱり俺はよくわからねぇ」
嶺緒は静かな声音でそう呟く。俯いているその表情には複雑な色が浮かんでいる。
クローネはそんな嶺緒をじっと見つめていたが、やがて微笑みを見せた。
「シェリルはさ、確かに前に何かあったのかもしれない。でも、生きていれば必ず何かにぶつかることってあるよ。ボク達にできるのは、シェリルのことを信じて、シェリルが辛くなった時に支える。それが飛燕…?が言ってた、仲間を大切にするってことなんじゃないかな?」
「……!」
クローネの言葉に少し驚いたように嶺緒は顔を上げ、クローネの顔を見る。そしてその澄んだ目を見つめ、やがてその表情にフッと笑みを浮かべた。
「そうだな。俺が言ったんだもんな、シェリルを信じて待つって…
くよくよ悩んでても仕方ねぇな」
「…!うん!!」
クローネはにっこりと笑顔を見せ、大きく頷く。
「皆待ってるからそろそろ行こっか!」とニコニコと歩きだすクローネの背中を見つめ、嶺緒は小さく呟く。
「…ありがとう、お前のおかげだ」
「え?嶺緒、なんか言ったー?」
「まぁな」
「え、何々?何言ったの!?」
「自分で考えろ」
「えー!?」