第五十話*蜃気楼
シェリルが飛燕を連れて丘の上までやってくると、そこには既に宿場町のポケモン達やルトやセシリア、そして先にやってきていた嶺緒と沁刃達三匹がいた。
「さすがに何匹かは集まってるか……チッ」
「シェリル、舌打ち…なんで?」
「してない」
「してた…」
「してないっつってんだろ野暮天が」
後ろからついてくる飛燕をそう罵倒すると、とりあえず目についた嶺緒と沁刃達の元へと歩いていく。罵倒されたことがいまいち理解できていないらしい飛燕は首を傾げつつもその後を歩いていく。
「ねぇ、女男二匹にトゲトゲ女。忘れ物、早く引き取ってくんない?迷惑だから」
「あ゛ぁ!?女男とはなんだテメェ!?」
「だから沁刃と一括りにするのよしてくれないかな」
「って、テメェもオレの敵になんのかよ!?」
「いややわぁトゲトゲ女なんて、次はバラの花束にしてくれへん?その方が綺麗やわ」
「いやそういう問題じゃねぇだろ!?」
「俺…忘れ物…?忘れられた…」
「いや違ェから!!頼むからお前まで俺を疲れさせねぇでくれ!!」
「…どんまい」
「いや傍観しないで助けてくれよ嶺緒!?」
騒がしい『昴』のメンバーを放置し、嶺緒はシェリルのもとへと歩いてくる。
「マジで来たな、来ないかと思ってた」
「来いって言った奴がそれ言ったら本末転倒でしょ。…根暗が迷子になりかけてずっと後ろついてくるから邪魔だし届けただけ」
シェリルは面倒くさそうに溜め息をつくと、そっぽを向いてしまう。嶺緒が何とも言えない表情で佇んでいると、不意に声が聞こえてきた。
「おーい、シェリル!嶺緒!!」
呼ばれたシェリルと嶺緒が声のした方を向くと、クローネがエルムに連れられ、此方へ一生懸命手を振っていた。
クローネは連れてきてくれたエルムに礼を述べると、シェリルと嶺緒の方へと走ってくる。
「あぁ、クローネか。やっぱり来たな」
「うん、ボク蜃気楼って見たことなくて!」
「今回は今までの中でも特に綺麗に見えてるって話だ。本当良いタイミングだよな」
嶺緒はどこか感慨深そうに呟く。
宿場町に割と長い間居座っていた嶺緒だが、蜃気楼を見たことが無いため、見れる機会を楽しみにしていたのだ。それが見れるというだけでなく、通常よりも綺麗に見える時にいることができたのだ。確かにとても良いタイミングだろう。
クローネは嶺緒の言葉にさらに目を輝かせた。
一方のシェリルは興味なさげな態度を取り、そっぽを向いてはいるが、やはり好奇心を刺激されているのかそわそわとしている。
「そうなんだ!楽しみだなぁ!!行こ、シェリル、嶺緒!!」
「なんで僕…僕は興味ない――って引っ張るな天然電気ネズミ」
シェリルは文句を言いかけたが、既に関心が蜃気楼にのみ向けられているクローネの耳に入るはずもなく、ズルズルと引っ張られていく。
嶺緒はもはや疲れた表情を隠すのも面倒らしく、大きく溜め息をついてから二匹の後をゆっくりと歩いていく。
良く見えそうな場所に移動したクローネとシェリル、嶺緒の傍にエルムとルト、セシリアが歩み寄ってきた。
「あ、皆!ねぇ、蜃気楼何処かなー?」
「あぁ、蜃気楼ならあそこ。結構くっきり見えるぜ」
ルトが指差す方向に、シェリルとクローネ、嶺緒は目を向けた。
その瞬間、三匹の目は驚愕に見開かれた。
美しく澄み渡る碧空にくっきりと映った、白く大きな何か。
それは雄大かつ神秘性を感じさせ、絶景と呼ぶに相応しいほど美しい光景だった。
その白い大きな何かは白い煙のようなものを放っており、それすらも認識することが可能なほど、はっきりと見ることができる。
「わぁぁぁ…!!すごいなぁ〜!!」
クローネがキラキラと目を輝かせ、感極まったと言わんばかりの歓声をあげる。
普段は表情を大袈裟に変えることのない嶺緒ですら、驚きに目を見開き「へぇ…すげぇ」と感想を述べている。
シェリルはもはや興味の無いフリすら忘れてじっと見入っている。
ふとシェリルがぼそっと疑問を口にする。
「…てか、何アレ。真っ白な…山々?」
「あれは北の大氷河よ」
「大氷河…」
シェリルの疑問に答えたのはセシリアであった。知っている者がいたことに少々驚きを感じつつも、シェリルは視線をセシリアに向けた。クローネも嶺緒も、エルムやルトもセシリアを見つめる。
しかし当の本人は蜃気楼から目を離すことなく、説明を続ける。
「この宿場町よりずっと北の方にある海辺に、巨大な氷河が広がっているの」
「へぇ…!そんな場所があるんだ!!」
セシリアの説明に、クローネが楽しそうな声を上げる。
「えぇ。私も海沿いの山の上から眺めたことがあるけど……その雄大な光景には本当に圧倒されたわ」
「すっ、凄いです! ボクも見てみたい!」
「ボクも!大氷河ってどんなとこだろ…なんかワクワクしちゃうなぁ!!」
エルムとクローネが目を輝かせ、楽しそうに無邪気にはしゃぐ。冒険が大好きな二匹としては、とても興味を惹かれる場所なのだろう。
シェリルは興味なさげな表情で「ふーん」と呟き、嶺緒は「面白そうではあるな」と少しだけ興味を示し、ルトは何とも言えない表情で「…寒そうだな」と呟いている。
そんな個性的な反応を示すチームメンバーを見て微笑みつつ、セシリアは「そうね…」と、話を続ける。
「あそこには氷の宝石があるとか、幻の大結晶があるとか色々言われているけれど……でも本当のところはまだ何もわかってないのよ」
「ど、どうしてですか?」
セシリアの言葉にエルムが首を傾げて尋ねる。他のメンバーも同じく疑問に思ったらしく、セシリアの言葉を待ち続ける。
セシリアは皆を見回すと、エルムの質問に答えるため口を開く。
「大氷河にまだ誰も行ったことがないからよ。……多分、誰も……ね……」
その消え入りそうな声に、シェリルはじっとセシリアを見つめた。
しかしセシリアは気付かなかったらしくすぐさま声のトーンを戻し、さらに説明を続ける。
「巨大なクレバスが行く手を遮っているのよ。
しかも不思議な土地の力がクレバスを不規則に変えるから、地図も作れない。空を飛んで行こうにも、凍てつく風が邪魔をして近づけないらしいわ」
「そっかぁ……そんな場所なら今のボク達の力じゃ尚更無理そうだね……」
クローネは目に見えて落胆した表情になる。心から興味を示した様子だったので、相当落胆したのだろう。
しかし、立ち直るのが速いのもクローネの良いところである。すぐにいつもの表情に戻ると、明るい声をあげる。
「でも!今は無理だけど、いつか行こうね!大氷河に!!」
「…別に、僕興味ないし」
「まぁ、行けたらの話だけどな」
「はいっ!」
「へへっ、そうだな!」
クローネの言葉に、シェリルはどうでもいいといった風にそっぽを向き、嶺緒は肩をすくめてそう呟き、エルムは目を輝かせて元気よく返事をし、ルトはニカッと笑顔を見せて明るく返事を返す。
とても個性的な返事ではあったが、それにクローネは嬉しそうに笑った。
「ボク達もその時のために修行して実力をつけなくちゃね! 皆、今日も頑張ろ! 」
クローネの言葉に、シェリルは肩をすくめ、嶺緒とセシリアは小さく微笑み、エルムとルトは元気よく頷くのだった。