第四十八話*再会
朝食後、依頼を選ぶためにシェリルと嶺緒は掲示板の前で立ち尽くしていた。
いや、正確には掲示板の前に立つポケモン達の後ろで立ち尽くしていた。
掲示板は冒険チームにとっては必要不可欠なものだ。その中から冒険の情報を手に入れたり、困った者達を助けたりお尋ね者などを退治したりする依頼を選抜するためである。
ポケモンパラダイス≠ノある掲示板はシュロによって建てられたものだが、それはここら一帯に掲示板が無かったからという理由であり、実際掲示板は大きな町を巡ればそこかしこに点在している。
掲示板は基本的に腕に自信がある者、冒険者を目指す者、チームとしてではなく単独で冒険する者、そして冒険チームなど以外が利用することは滅多にない。
したがってここの掲示板も『アストラル』以外に利用している者を見たことはなかったのだ。
その為、掲示板とにらめっこをしながらなにやら会話をしている目の前のポケモン達をシェリル達は凝視していた。
「……何あいつら」
「それは俺が聞きてぇよ」
「なんで知らない奴来てんの最悪」
「いやそれを俺に言うなよ」
シェリルが悪態をつき、嶺緒がツッコミを入れる。しかしシェリルの毒舌にも嶺緒のツッコミにも、驚きのせいかいまいちキレがない。二匹とも表情は驚きに満ちている。
「掲示板を使ってるってことは…少なからずダンジョンに心得がある奴らだな」
「四匹だから冒険チームだったりしてね、あぁウザい消えろ僕の視界から」
「あぁその可能性もあるな…って最後おかしいぞ」
シェリルと嶺緒がとりとめのない会話をしていると、依頼を手にした四匹が振り向いた。
そして一匹を除き、後ろにいたシェリル達を見て少し驚いたような表情を見せた。
「…どちらさん?」
四匹のうち、両手がバラの花のポケモン、ロゼリアが訛りのある言葉で尋ねる。
「それはこっちの台詞だな、まず自分から名乗るのが礼儀ってもんじゃねぇのか?」
嶺緒の言葉に反応したのは、ロゼリアではなく金の腕輪をしたキルリアだった。苛立ちを隠そうともしないあたり、かなり短気と見える。
「は?いいから名乗れよ!聞かれたことには答えましょうって習わなかったのかよこの礼儀知らず!」
「礼儀知らずはお前だバカ」
「ぎゃっ」
喧嘩腰のキルリアの頭を叩いて制したのは、銀の腕輪をしたキルリアだった。此方は冷静さが伺える、落ち着いた雰囲気の持ち主だ。
痛そうに頭を抱えるキルリアの頭を押さえつけて謝らせる。
「兄が失礼なことをしました、すみません」
「おい、オレがいつ失礼なことを」
「そんなんやからあんたはいつまでも子供なんよ」
「はぁ!?」
ロゼリアは若干キレたキルリアをスルーすると、シェリル達の方へと向き直る。もっとも、シェリルは関わりたくないとでもいいたげにそっぽを向いているが。
「私は
橘 由羅。種族は見ての通りロゼリア、名前からしてわかると思うけど、出身は東方なんよ。よろしゅうな」
独特な訛りのある言葉で挨拶をすると、ロゼリアはにっこりと笑いかける。
それにならって、銀の腕輪をしたキルリアも頭を下げて挨拶をする。
「ボクは
如月 鏡刃。この礼儀知らずなバカのキルリアとは双子です」
「なっ!?おいコラ鏡刃、礼儀知らずなバカはねーだろ!!?」
「本当のこといって何が悪いのかボクにはさっぱりわからないよ、沁刃」
「はいはい、茶番は終わりや!沁刃もさっさと名乗ればええやん」
今にも喧嘩を始めそうな二匹の仲裁に入る由羅。その笑顔は崩れていないが、視線はとても恐ろしい。
由羅の視線に気圧されたらしく、沁刃と呼ばれたキルリアは渋々名乗る。
「オレは
如月 沁刃。鏡刃とは双子」
「なんか…悪かったな。俺は月影 嶺緒、『アストラル』って冒険チームのメンバーだ」
不承不承といった様子の沁刃と疲れた様子の鏡刃に少し申し訳なさを感じつつ、嶺緒は名を名乗る。
と、嶺緒の名を聞いた瞬間、鏡刃は「月影……?」と反応を示した。その反応に、嶺緒は眉を顰める。
「…なんだ?」
「いや…聞き覚えがあった気がしただけです、気にしないでください」
「? あぁ」
ところで、と話題を逸らすように話しかける鏡刃。その視線は先ほどからそっぽを向き続けているシェリルに向けられている。
「そちらの方の名前は?」
「ん?あぁ、こいつか」
嶺緒は未だ此方を見ようとしないシェリルに、促すように視線を向ける。
が、シェリルは名乗る気などないと言いたげに明後日の方向を向き続ける。
溜め息をつくと嶺緒は声をかける。
「シェリル…せめて名乗れよ」
「やだ」
「なんでそこ即答!?」
「知らない奴に興味なんかないし名乗る名前なんてないね」
「そこ空気読めよ!?」
「やだ」
「いい加減即答止めろ!?」
ぷいっとそっぽを向き続けるシェリル。
と、その時沁刃達の後ろから「…シェリル?」と声がした。少年らしさが残る、綺麗な声だった。
シェリルは名前を呼ばれたことに驚きを隠せなかったのか、ようやく沁刃達の方へと向き直った、というよりはびっくりしたように振り返った。
そして、自らの名を呼んだポケモンを見て、さらに驚いたような表情を見せた。
「…根暗?」
わりと酷いあだ名で呼ぶ。
由羅の後ろから顔をのぞかせていた純白のマフラーを身にまとったリオル、飛燕はそのあだ名に首を傾げるも、小さく手を振る。無表情のままなので違和感ありまくりだが。
その様子を見ていた沁刃や鏡刃は驚いたような表情を見せ、由羅と嶺緒はきょとんとしている。
「飛燕、知り合いなん?」
「…うん。道…迷った時に、教えてもらった」
飛燕の説明に納得がいったように沁刃達三匹は頷くが、嶺緒は人嫌いのシェリルが道を教えたということにびっくりしていた。
飛燕は嶺緒の方に顔を向けると、先程皆が名乗っていたということもあり自分も名乗らなければと思ったのだろう、虚ろな無の表情を崩さないまま口を開く。
「…俺、
桐生 飛燕」
飛燕の独特の雰囲気に何か感じたのか嶺緒はしばらく呆けていたが、挨拶されていることに数秒遅れて気づき、慌てて「あ、あぁ。よろしくな」と返答する。
ついでに、と言わんばかりに嶺緒はシェリルを指差す。
「あ、こいつはシェリル・ソルテラージャな。こいつも『アストラル』のメンバーだ」
「何あんたまでクローネの真似事始めてんだ潰すよ」
「知るか。お前こそ何名乗らせっぱなしにしてんだ、名乗りかえすのが礼儀だろーが」
「そんなこと僕の知ったこっちゃないね、他人に名乗る名前なんてない」
「へーへー」
もはや面倒になったらしく投げやりな返答になる嶺緒。このまま続けていても無駄だと悟ったようだ。此方を傍観していた沁刃達に話を振る。
「…で?お前らここで何やってたんだ?」
「ん?あぁ、依頼探しだよ」
「これでも一応冒険チームを組んでいるんですよ」
「…お前らが?」
嶺緒は若干可能性は感じていたが、やはり驚きを隠せないらしく四匹をジッと見つめる。
沁刃も鏡刃もキルリアという種族上、愛くるしい見た目をしているのだが、互いにその愛くるしさを打ち消してしまうような喋り方や体制をとる。沁刃は頭の後ろで手を組み、かったるそうに話す。鏡刃は沁刃とは違い粗暴の悪さは欠片も感じられないが、冷静そうな口調と態度が種族上の可愛らしさを完全に打ち消している。
由羅は訛りの強い言葉を上品に話すため、穏やかな印象を抱かせるが、その割には隙がほとんど感じられない。
そしてなにより嶺緒が警戒を示しているのが飛燕である。
無表情、虚ろながらもどこか鋭い光を宿すワインレッドの目、一切の隙がない洗練された動き。掴みどころのないような独特の雰囲気を持ち、そんな隙のない飛燕だからこそ嶺緒ですら心のどこかでよく分からない警戒心を抱いてしまう。
そんな嶺緒の警戒を解こうとしたわけでもないだろうが、沁刃はにっと笑いかけ握手を求める。シェリルの方を見向きもせずに嶺緒に握手を求めたのは、シェリルの場合絶対に応じてもらえないだろうし嶺緒の方が柔軟に対応してくれると早々に悟ったからだろう。
「オレらはチーム『
昴』だ、よろしくな」
嶺緒は握手に応じつつ、チーム名を口の中で吟味する。
「『昴』…プレアデス星団からとってるのか」
「おっ、よく知ってるな!そうさ、漢字の意味も「ひとつにまとまる」、つまり団結していこうぜってことだ」
「バカの沁刃にしては随分と頑張って調べていたからね」
「鏡刃はいつも一言余計だっつの!!」
全く同じ顔でいがみ合う二匹。が、どう見ても冷静に対処する鏡刃に優勢があるように見える。
呆気にとられる嶺緒に、由羅が上品に微笑みながらのんびりと声をかける。
「気にしんとき。いっつもこんなんやから」
「沁刃、鏡刃…仲良い、あれでも。大丈夫…二匹の中で、ちゃんと…意思疎通、できるから」
由羅に続いて、飛燕も言葉をかける。相変わらず、片言ではあったが。
嶺緒は最初は呆気にとられていたが、徐々にどうでもよくなったらしい。言い争いを続ける二匹をスルーして掲示板に目を通し始めた。
シェリルはずっとそっぽを向いていたが、二匹がよほどうるさかったのかこちらに目を向けて鬱陶しそうに表情を歪める。
「…うっさいな、少しは黙れないのかよ…団栗の背比べなら余所でやれ。見た目完っ全に男の娘のくせして」
シェリルの毒舌(というか悪口)に沁刃と鏡刃は同時に青筋を浮かべ、由羅は「ぷっ」と吹き出し、嶺緒は「ごふっ」という妙な音とともに吹き出し、飛燕は首を傾げていた。
「おいコラ男の娘とはなんだ!!種族上の見た目をネタにバカにするなんてお前差別だぞ差別!!暴力反対だコノヤロー!!」
「は?別に暴力なんてふるってませんけど?
あ、もしかして心の暴力?うわ、、こんなんで傷つくなんてどんだけメンタル弱いの、だっさ」
「う、うぜぇ!!こいつめちゃくちゃうっぜぇ!!」
「というかボクとしては見た目のことより沁刃みたいなバカと一緒にされたことが腹立つんだけれどね」
「テメェはテメェで失礼だなおい!!」
「だって双子なんだし、いいじゃん似た者同士で。しょうもない言い争いしてる時点でどっちもガキだっつーの」
「なんか相当腹立つんだけど、おチビさん」
「は?あんたは頭の中身がチビなんじゃない」
「…不本意だけど沁刃に同意」
「だから一言多いっつの!!」
「今日も平和やねぇ」
「いやどこが!?」
沁刃と鏡刃両方を相手に言い争いを続けるシェリルを見て、由羅は何をどう思ったのかのほほんと呟き、沁刃がそれにツッコむ。嶺緒はもはや完全にスルーしている。
ギャーギャーと騒ぐ面々の中、ただ一匹飛燕のみは静かに佇んでいる。そのワインレッドの瞳は、虚ろな中に鋭い光を宿らせ、揺らぐことなくただじっと静かにシェリルに向けられていた――