第四十七話*信じる、って決めたから
「……は?」
シェリルの言葉に、嶺緒の口からはまず疑問の声が上がった。というよりも、あまりにも突飛な発言にその声を上げることが精一杯だったのだ。
「だから、僕が人間だったらどうする、って聞いてんの」
「いや…ちょっと待て、それはどういう――」
「僕は人間なんだよ。元、だけどね」
シェリルのこの発言に、嶺緒は今度こそ言葉を失った。そんな嶺緒を尻目に、シェリルは淡々と言葉を紡ぎ続ける。
「もともと、ここ【シェーレ】とは違う別の世界…【ルルーシュア】って世界の人間なんだよ、僕は。そこは一応ポケモンと人間が共存してる――――あくまで一応、ね。
僕は変な夢を見た後、この世界に呼ばれたっぽい。その際、何故かなんて知らないけどツタージャになってて、空から落ちた。で、不覚にも目を回してた時にクローネと出会った」
「………」
思考が追いついているのか否か、嶺緒はぽかんとした表情のままだ。
「……チビ?」
「……」
「うわ、チビって言ったのに返事がない。これは重症だな」
「お前の判断基準ってなんなんだよ」
「あれ生きてた」
「勝手に殺すな」
嶺緒のツッコミをシェリルは軽くスルーすると「話、理解できてんの?」と問いかける。途端、嶺緒の表情は複雑なものへと変わる。
「…つまり、シェリルはもともとこの世界【シェーレ】とは別にある【ルルーシュア】の人間。理由は不明だがこの世界に呼ばれ、そしてその時ツタージャになったってこと…か?」
「そう」
「……突拍子もない話…だな」
嶺緒のその発言に、シェリルは表情を変えることなく口を開く。
「……信じられない?」
「……ま、正直なところはな」
「だと思ったよ。まぁそりゃそうだろうね、僕だってこんな話されたら信じないし」
むしろいっそ清々しい表情のシェリルは肩をすくめる。わかりきっていた、とでも言いたげな諦めの表情だ。
「僕を不審がろうが妙な目で見ようが貶そうが、それはあんたの勝手だよ。別に否定しやしないさ。
ま、とりあえずこの話は――」
「――信じられないってのは確かに本当だ。……理性ではな」
忘れてくれ。
そう続けようとしたシェリルの言葉を遮り、嶺緒はそう言葉を綴った。その言葉に、シェリルの目は少し見開かれる。何を言っているんだ、という怪訝そうな感情が目に見え隠れしている。
「だが、俺の感情からしたら違う。
お前はむやみやたらに大法螺を吹くような奴じゃねえし、今お前は真剣な顔をしてた。それに、確かに信じられない話だし、今までのお前の態度からしてもそれを読み取ることなんてさらさらできなかったが…よくよく考えたら、わくわく冒険協会≠フこと知らなかったし、お前の話は結構不思議なものが多かったしな。納得できる箇所は何となくあるわけだし。
それにまぁ、言い合いは多いけどよ……俺はお前のこと、信じるって決めたしな」
「!!」
これには驚愕の表情を隠せないシェリル。先ほど嶺緒がシェリルのことを「仲間」だと言った時以上の驚きようだ。
「……信じるなんて、簡単に言うなよ」
「……?」
「思ってもないこと口にして、ご機嫌取りして、最後には蹴落として…自分だけが生き残ろうとする。どんな奴だって結局最後はそうだ…!」
「シェリル――」
「僕は……そんなことを言ってほしかったんじゃない。ただ……嫌ってくれれば、それでよかったんだよ」
「………」
目を合わせず、俯いてぼそりと呟くシェリルの言葉を、嶺緒はただ静かに聞いていた。
「…お喋りが過ぎた。僕は戻る」
シェリルは立ち上がると、ぐぐっと伸びをしてから歩いていく。そして軽やかな動きで崖を下りていく。
残された嶺緒はしばらくその後ろ姿を見送っていたが、やがて視線を月へと移した。
そして溜め息と共に一言、言葉を漏らす。
「……少しは、心を開いてくれるといいんだけどな。素直じゃねぇ奴」
次の日の朝、嶺緒は鼻孔をくすぐる芳しい匂いで目が覚めた。寝起きの頭をはっきりさせようと頭を振り、キッチンの方へと視線を移すと、そこには既にシェリルの姿があった。
いつも通り、低血圧のシェリルは文字通り仏頂面のまま黙々と料理を進めている。
「…はよ」
「…………」
嶺緒のあいさつにシェリルはいったん顔を上げ、そしてすぐに調理に戻る。眼中にないということではなく、昨日の会話で気まずいというわけでもなく、ただ単に朝に弱いシェリルはこの時間帯に口を開くのが途轍もなく面倒くさいだけなのである。
嶺緒も既にそれを理解しているらしく、挨拶が無くともすぐにシェリルの手伝いを始める。
少し寝坊してしまったらしく、料理はほぼ出来上がっていたので嶺緒は仕上げをするとさっさと朝食をテーブルへと運ぶ。
そしてシェリルが自分専用にお茶を淹れている間、嶺緒はクローネを起こしにかかる。毎日これを繰り返している為、最初はなんだかんだ言い合いをしながら行動についてはたがいに指示を出していたが、シェリルと嶺緒も言い合い自体はもはや日常茶飯事だが、行動に関しては互いに何も言わずともできるようになっていた。
「今日は何しよーかなぁ」
クローネは朝食を幸せそうに頬張りつつ、そう口にした。その言葉に、黙々と朝食を食べていたシェリルと嶺緒は顔を上げる。嶺緒はクローネに問いを投げかける。
「今日の予定は決まってないのか?」
「んー…いつも通り依頼しようとは思ってるんだけどね、そろそろパラダイスの方も発展させてかなきゃなーって思ってさ!だから、ボクはガレットのとこに寄ってから今日の依頼メンバーに加わろうと思って!」
「ああ、そういうことか」
クローネの説明に納得がいったように頷く嶺緒。依頼をこなすのも大切だが、そもそもの目的はパラダイスの発展なのである。
「今日の班編成はどうすんだ?」
「ルトとエルムは用事があるって言ってたから、ボクとシェリルと嶺緒とセシリアで!」
「ん、わかった。んじゃとりあえず俺とシェリルで依頼を決めとくから、クローネはガレットの所に行ってこい」
「うん、ありがとう嶺緒!!」
クローネの嬉しそうな笑顔に嶺緒は肩をすくめるという仕草で応答する。
と、ずっとお茶を啜っていたシェリルがここで口を開いた。
「発展って何すんの?まさかまた開拓?」
まさかまた一人に慣れる場所が減るのでは、と若干警戒しながら尋ねたシェリルだったが、クローネはそれに対し「ううん」と首を振る。
「そろそろこの前開拓した“さわやかな草原”に施設増やしていこうと思って!
とりあえず畑を作ろうかなって考えてるよ。自給自足…まではいかなくてもいろいろ畑で調達できたらいいなって思ってたし、それに作るのに必要な材料が揃ってて一番管理しやすいのって畑かなーって思うんだよね!」
普段はのんびりとしていて心配になるクローネだが、パラダイスのこととなると途端にしっかりし出す。その為、シェリルはもちろんのこと嶺緒も口出しは基本しない。
「っつっても、一匹は畑を管理する奴が必要だろ。それはどうすんだ?」
「んー…ボク、は早起き苦手だけど管理するポケモンがくるまで管理しようかな、とは思ってる」
途端心配になる嶺緒。確かにクローネほどパラダイスに対する意欲がある者はいないだろう。しかし、普段は起こさなけばずっと寝ていそうなクローネである、それ故に嶺緒は心配になってしまう。
と、またしてもシェリルが口を開いた。
「僕、適任そうな奴なら知ってるよ」
「え、本当に!?」
これには驚いた表情を見せるクローネと嶺緒。普段他人と関わるのを最も嫌がるシェリルが言うのである、驚きを隠せないのも頷けるだろう。
シェリルはお茶を一口啜ると、少し間を置いてからぼそりとそのポケモンの名を口に出す。
「ラシア。あいつ、多分畑仕事の経験あるよ」
「ラシアが?」
シェリルが挙げた名前を聞いて、クローネは首を傾げた。
ラシアは嶺緒の姉である月影 真珠から、彼女の大切な首飾りを生活費にするため盗ったラクシャの友人であるパチリスである。その件のお詫びと感謝の気持ちから、今はラクシャと二匹でシュロの店を手伝っている筈である。
「この前、パラダイスの端っこに花を植えてるのを見てたけど、あの手つきは土いじりに慣れてる奴の動きだね」
「へえ〜そうなんだ!じゃあ後で頼んでみようかな!!」
「……それに、これ以上知らない奴が増えるのはやだ」
「お前もっともらしい理由付けてたけど結局それが本音だろ!?」
「あれ、銀色チビでもわかるんだね、意外だな」
「テメェいい加減チビって呼ぶの止めろっつってんだろうが」
結局いつもの言い争いが起こる始末である。
クローネがそんな言い合いをしている二匹を見つつ、
(今日も平和だなぁ…)
などと、若干ズレたことを考えていたのはここだけの話。