第四十五話*知られざる世界の話
ルピアと別れ、依頼に向かおうとしていたシェリル、クローネ、嶺緒は「ちょっといいですか」というアサザの声に、歩みを止めた。
シェリルは怪訝そうに、クローネはきょとんとしながら、嶺緒は先程のやり取りで疲弊した様子を見せながらガレット達に向き直る。
「何かあったの?」
「おう。ついに開拓が終わったんだ」
「え、本当に!?」
ガレットの言葉を聞いた途端、クローネの瞳が輝きだす。
と、同時にシェリルの表情が複雑なものへと変わった。やっと自分の一人きりになれる場所からガレット達が退くという喜びと、開拓が進むにつれてどんどん一人になれる場所が減っていくという嫌悪の気持ちが混ざった何ともいえない表情である。
「やったぁ!!早速見に行こうよ!」
いいでしょ?というような視線を二匹に送るクローネ。シェリルは憮然とした表情でそっぽを向き、嶺緒は「別に構わねぇぞ」と肯定する。
ガレットは「こっちだ」と言うと、家の方へと向かい、家を通り過ぎてそのまま荒地の方へと進んでいく。その後を、弟子二匹と三匹がついていく。
「此処だ」とガレットが声をかけ止まると、クローネはひょいとガレットの横を通り抜け、そして目を丸くした。
「わぁぁ……!!」
「……へぇ」
「すげーじゃん」
その出来栄えに、クローネは感嘆の声を上げ、シェリルは興味なさげな声をあげながらも瞳を輝かせ、嶺緒は素直に賛辞の言葉を述べる。
そこには、此処が元々は荒地とは思えないほど美しい草原が広がっている。風に靡いて新緑に輝く草がサァァ…という音を奏でながら揺らめいてる。並の大工には到底作れないような見事な開拓がされていた。
ガレットが胸を張りながらクローネに声をかける。
「どうだ、クローネ! 」
「すごいよ!予想以上の出来でボク今すっごい感動してる!! 」
クローネはキラキラと瞳を輝かせ、。ガレットはその言葉がよほど嬉しかったのか、「そうだろう!」と胸を張った。そして何故かその目に涙を浮かべる。
「初めての開拓か……何だか妙に感動して泣けてきたぜ」
「ちょ、泣くな鬱陶しい」
「シェリル、今ぐらいそっとしてやれって…」
「うっさい銀」
「なんかものすごく短縮した呼び方だなおい!?」
嶺緒のツッコミにシェリルがフンとそっぽを向き、嶺緒は重い溜め息をつく。そして開拓された土地に目を移した。
「つか、よく1日で此処まで開拓できたな。俺は詳しくはねーけど、すげぇことだよな」
「まぁ大変でしたけど、ぼく達も張りきってましたから!」
「喜んでもらえて、頑張った甲斐があったぜ! ね、兄貴!」
「あぁ、我ながら良い出来栄えだしな」
嶺緒が賞賛すると、ルシアもアサザもそれに続いて賞賛の言葉をあげた。
そしてクローネが「あ!!」と声を上げる。
「じゃあこれで施設が作れる状態にまでなったってことだね!!」
「まぁ、いろいろと問題が残ってるからそれはまた今度になりそうだけどな」
「そっかー…」
忘れてた、と言わんばかりの表情を見せるクローネに、嶺緒がまた溜め息をつく。
「あ、ただし施設を作るのはドテッコツ組の所だけではできねぇからな。だから施設を作るときはオレ達を呼んで、どこに作るか教えてくれ。いいな」
「うん、わかった!」
ガレットが注意するとクローネは頷き、一変して「此処とかーあそことかー…うーん、悩むなぁ……!!」と楽しそうに呟く。もはや理解できているのかどうか定かではないクローネの態度に、今度はガレットが溜め息をつく。
「なぁ、そろそろ行かねぇと依頼をこなすのが遅くなるぞ」
楽しそうにウロウロするクローネの様子を見ていい加減止めないとまずいと思ったらしく、嶺緒が声をかける。
「あ、それもそうだね!!忘れてた!!」
「お前素直過ぎんだろ。つーかちょっとは覚えとけって」
「……天然アホたれお気楽電気ネズミ」
「聞こえてんだよその悪口。お前もちょっとは自重しろよ」
「やだ」
「だから即答止めろっつの!!」
シェリルと嶺緒の相変わらずのやり取りに、その場の誰もが苦笑せざるを得ないのであった。
「今日も探検楽しかったねぇ!!」
依頼をこなし、夕食を食べ終えた後、しばらくして布団に入ったクローネの開口一番の言葉がコレである。その言葉に、目を閉じていたシェリルと嶺緒は揃ってクローネの方を向く。シェリルは不機嫌そうな表情を崩さず、口を開いた。
「楽しい楽しいっていうけどさ、あんたいっつも同じこと言ってない?」
「あ、そういえばそうだね!」
「アホだ……」
「まぁ楽しくないよりはいいんじゃねぇか?クローネはそういうの好きみたいだしな」
「うん!未知の場所とかを探検したり、古文書とかを読み解いたり、そういうのってワクワクするんだ!!あ、御伽話も大好きだなぁ!昔は何度も何度も読み込んだりとかしたもん!」
「へぇ……俺はあまりそういうのに興味なかったからな。というか、そもそも御伽話とかの本自体、家になかったしな」
「えぇ!?勿体無いよー」
心底勿体無いという表情を見せるクローネに苦笑する嶺緒。
するとクローネの標的は次にシェリルへと向かう。
「ねぇシェリルは?御伽話とか好き?」
「面白いかどうかによる。物によっては読んでもいい。以上」
端的に言葉を投げつけるシェリルに、クローネは笑顔を崩さず「そっか!」と言う。
「じゃあ何か面白い話とか知らない?」
「なんで僕が……ってそういうことか。……まぁ、妥当かもしれないけど」
何故自分に向けられたのか。
シェリルはそう非難しようとしたが、自分の世界の話とこの世界の話では違う物がたくさんある可能性がある。だからこそクローネが話を振ってきたのだと気づき、溜め息をつく。
「面白い話は知らないけど、ずっと昔から覚えてる話はあるよ」
「へぇ!聞かせてよ!!」
「俺も興味あるな」
珍しく嶺緒も乗り気らしく、此方に耳を傾けている。
言わなきゃよかったな…などと後悔しつつ、シェリルは口を開く。
「面倒だから要約して話すよ。
――昔、無の世界に一つの卵が存在した。その卵からは一匹のポケモンが生まれ、そして世界を創造し始めた。そのポケモンはまず世界の理をつくる為に新たなポケモンを生み出していった。
時の神、空間の神と共にの一つの世界を、そしてそれらを支える裏の世界を新たに生み出した神と共に。
そしてその世界に生物を創り出し、その者達に『心』をもたらす為に精神を司る神々を。
様々な生き物を生み出した神は、やがて別の世界を創る。だから世界はこの空間以外にもたくさんの世界が広がっているんだってさ。
世界を創造し終えた神々はそれぞれに与えられた居場所に帰った。創造神は一つ目の世界に塔を立て、その頂上に自分の空間への入り口を創り――まぁ何故かは知らないけど――自身の魂を六つに分け、眠りについた。
……だけど、魂を分ける際に零れ落ちた創造の力の一端と魂の欠片から二つの神が生まれたんだ。その神達は別の創られた世界へと飛び去り、そしてその世界で今もひっそりと信仰されてる。
……終わり」
要約したにも関わらず長い話が締めくくられると、クローネは「ふぇぇ……!」と妙な感嘆の声をあげ、嶺緒は「面白い話っていうか、歴史の話だな」とコメントを残す。
「世界が広がっているって、なんか浪漫感じちゃうね!いつか行けたらいいなぁ」
「いや無茶だろ。世界を渡るのなんて早々できることじゃないし、一つ一つの世界が独立してて、行き来なんてそれこそ奇跡が起きたって無理だね」
クローネの言葉を、シェリルは容赦なく切り捨てる。それでも折れた様子を見せないのがクローネである。
「でもシェリルがこんな話を知ってるなんて意外だなぁ!」
「それバカにしてんの?……ま、僕としてはこの話は覚えてて当然だけどね」
伸びをしながらそう呟くシェリル。と、嶺緒は首を傾げながら口を開いた。
「途中までは俺の知ってる話とほぼ酷使してたけど、最後の創造神の魂の話は初めて聞く話だな」
「そりゃ知ってたらびっくりだよ」
「なんでだ?」
「企業秘密」
「企業じゃねぇだろお前……」
「今のとこ僕だけが知ってる秘密だから知ってたらおかしいって意味。わかったか銀色ロイヤルグレート大バカチビのすけ」
「なぁおいどんどん俺の呼び方雑になってねぇか?」
「バカでも少しはわかるんだね」
「今明確にバカにしたよな!?」
またしてもケンカが発展しそうなところを、クローネの「あのさシェリル」という言葉が遮った。
「…なに、まだなんか用なわけ?」
「今のお話ってシェリルだけが知ってるお話なんだよね?」
「……そうだけど」
「だったら…どうしてボク達に教えてくれたの?」
クローネの質問に、そういう質問をされるとは思っていなかったのか少しだけ目を見開くシェリル。
「……別に。ただの気まぐれ」
「……そっか!」
シェリルの返答にクローネは少しの間押し黙ったが、やがてにっこりと嬉しそうに笑い納得した様子を見せた。
シェリルはプイッとそっぽを向くと、面倒になったのか「喋り疲れた。もう寝るよ」と言って目を閉じる。
クローネも知らない話を聞けたことで満足したのか「おやすみー」と楽しそうに声をかけると、すぐさま寝息を立てる。
「………」
嶺緒は最後まで何ともいえないような表情でシェリルを見ていたが、やがて溜め息をつくと眠りに落ちる為に目を閉じた。
シェリルは二匹が寝たのを気配で感じ、目を開くと重い溜め息をついた。
(なんでこんな話ちゃったかな……なんでだろ。
僕の家に伝わるこの話……面白くもなんともない、でも僕にとっては大切な話……この話を口にしたのなんて何年ぶりだろ)
自分でも理解し難いらしく、シェリルは何とも言えない表情を浮かべつつ、複雑な気持ちを抱きながら夢の中へと意識を向けていった。