第四十四話*二度あることは六度ある
ルピアと名乗るポケモンが陽気に挨拶したものの、シェリルが放った一言によって場は更に妙な空気になってしまった。
先程まで全く空気を読まずに元気よく名乗っていたそのポケモンですら、シェリルの放った言葉で名乗った時の体制で固まっている。
しん…と静まり返った空気の中、その静寂を破ったのは嶺緒である。
「って何が「ルピア到来!!」だアホたれ!!危ねぇだろうが、人を殺す気かっ!!」
「ぎゃふっ」
嶺緒から喰らったツッコミという鋭い一撃によってそのポケモンが撃沈する。
「いたた…やーごめんごめん――」
「っじゃねぇだろアホが!!毎度毎度荒っぽいんだよテメェはっ!!下手したら謝ったぐらいじゃ済まねぇことになってんだぞ間抜けっ!!」
「ぎゃぴっ」
再び繰り出されたツッコミという一撃によって再度撃沈するそのポケモン。しかし刹那の如く復活を遂げる。
「うー嶺緒ったら意地悪だねぇ」
「人を死にかけさせた奴に言われたかねぇんだよ!!」
「ぎゃぺっ」
三度目となる嶺緒の一撃が繰り出される。
ルピアが三度撃沈したところで、ようやく他の者達の思考が追いついたらしい。
ガレットが溜め息を一つつくと、嶺緒の攻撃によって撃沈しているポケモンに向かって話しかける。
「なんだ、ルピアだったのか。びっくりさせやがって。
というか、此処に落ちてきたってことは…今年はここで店を開くつもりなのか」
「うん、此処に決めたんだ。僕が。勝手に。というわけでよろしくね!」
ルピアと呼ばれたポケモンは空中に浮かぶとくるりと一回転し、Vサインを作ってピシッとポーズを決め――
「Vルーレット!!」
刹那、空気が凍った。何とも言えない雰囲気に場が静寂に襲われる。
「わぁ、よろしくね――ふぎゃっ」
「ねぇ、そこの脳筋バカと銀色ツッコミ大バカチビはこのウザくて鬱陶しいアホの間抜け面の空気読めない大バカ野郎と知り合いなわけ?」
「その呼び方やめろっつってんだろ。つか、ルピアの呼び方すごいことになってんぞ」
「脳筋バカって……酷いな、おい。
まぁ…こいつのことはオレだけじゃなく、ここら一帯に住んでるポケモンは皆知ってるぜ」
「まぁこんな鬱陶しい奴、そう簡単に忘れられねぇだろ」
へにゃりと笑って挨拶をしようとしたクローネを叩きのめしたシェリルの凄まじいあだ名付きでの質問に、答えるガレットと嶺緒。
ニコニコと笑っているルピアを見て、まともな自己紹介が得られないと感じたのだろうか、嶺緒は溜め息をつくとルピアの紹介をし始める。
「こいつはルピア・ヴィクトワール。ビクティニって種族のポケモンだ。Xウェーブの季節になると必ずやってくるんだ。ま、俺が出会ったのは別の旅先でなんだがな。
まぁ、簡単に言うと面倒くさくてウザい奴だ」
「なんかバカにされてる気がするなぁ」
「してんだよ気づけバカ」
嶺緒の説明に笑顔のままルピアが首を傾げるが、嶺緒によって一蹴されてしまった。
と、ふと看板の横に置かれた代物に気づいたエルムが首を傾げる。
「あれは何なの?」
「あ、これ?」
エルムの一言によって突如ルピアの瞳がキラリと輝く。
「これは、僕の自慢の……」
途端、嶺緒の顔が露骨に顰められる。ガレットも心なしかどこかうんざりしたような表情を見せている。
が、そんな表情を向けられている張本人であるルピアは一切気にせず、
「Xルーレット!!」
登場した時と同じように決めポーズをしてみせる。
「僕の商売道具だよ」
そしてポーズを決めた時とは打って変わって、テンションも普通のものへと戻っていた。
それを見ていたシェリルの顔が露骨に顰められた。それこそ、先程嶺緒が見せた表情とは比べ物にならないほど表情が歪んでいる。どうやらシェリルの中でルピアの印象が「面倒くさい奴」そして「ウザい奴」とインプットされたようである。
それに気付いた嶺緒はシェリルに深く同情するとともに、また面倒なことが起こりそうな予感に頭痛がしてきていたのであった。
そんな二匹とは対称的に、クローネは表情をキラキラと輝かせていたが。
そんな各々の反応は気にもとめずにルピアは話を続ける。
「これを回すとね、今日のXウェーブが変えられるんだ」
「変えられる……!?それってもしかして、Vウェーブのタイプを変えられるってこと?」
クローネが驚いた表情を見せて尋ねると、ルピアは笑顔を見せてコクリと頷いた。
「うん。この……」
まさか。
咄嗟にそう感じ取ったシェリルと嶺緒、ガレットは三匹揃って顔を顰め、苦い表情を見せる。
「Xルーレット!!」
ルピアがハイテンションな決めポーズをビシィッと決める。
即座にシェリルは「ウザい、超ウザい」と呟き、嶺緒は頭痛がしてきたのか頭を押さえている。
エルムもルトも苦笑せざるを得ないらしく、ガレットは溜め息をついている。シュロとセシリアだけは平常通りの顔である。
ただ一匹、クローネだけは先ほど通りキラキラと目を輝かせていたが。
「……を回せばね」
やはり決めポーズを決める時とは違って落ち着いた様子で話すルピア。どうやら「Vルーレット!!」と叫ぶ時だけ妙にテンションが上がるようである。
平常のテンションに戻ったルピアは、「でも、」と続ける。
「でもタイプを変えられるかは運次第。誰にも分からないんだ」
「運次第かぁ…」
「あんたはやらない方がいいんじゃない、極度に運とかなさそうだから」
「それ完全に…とは言えねぇけど、お前の思い込みはいってんじゃねぇか」
クローネが腕を組んでそう呟くと、ルピアのテンションに仏頂面を隠そうともしないシェリルが言葉を投げつける。クローネのドジっぷりを知っている嶺緒は完全には否定できなかったがツッコミを入れる。
するとルピアはニコリと笑い「あと」と言葉を紡ぐ。そして空中でクルリと回った。それが何の行動の合図なのか分かったシェリルと嶺緒は揃って顔を顰める。
「Xルーレット!!」
やりやがった。クローネとシュロ以外の全員の顔がそう物語っていた。
シェリルは「ウザい、空気読めアホンダラ」とまたしても毒舌をかます。
そして、どうやらルピアは鬱陶しがられていることには微塵にも気がついていないようである。
「……を回すのは一日に一回だけ。チャンスは一回だからやるときは慎重にね。あとコレ、ポケをつぎ込めば好きなタイプに変えることが出来る……かもしれないからヨロシクね!」
「かも、なんだ。曖昧だな」
シェリルが顔を顰めながら呟く。
「Xルーレット!!」
「…しつこいっつってんだろ」
しつこい。そう言いたいであろう面々の気持ちを代弁したようにシェリルが思いっきり仏頂面になりながらぼそりと呟く。
もっとも、ルピア自身は全く気にしておらず、むしろ楽しんでいるようであったが。というか、シェリルの声が聞こえているかどうかさえ怪しい。
と、セシリアが微笑みながらルピアへと歩み寄る。
「ルピア!久しぶりね!!」
「あっ、セシリーだ! 久しぶりー! 今はここにいるんだね!」
どうやら知り合いだったらしく、セシリアが声をかけるとルピアはパァッと表情を輝かせ、嶺緒の姉である真珠と同じ呼び方でセシリアの名を呼ぶ。
セシリアは微笑を崩さず、話を続ける。
「ルピアは相変わらず元気ね。
でも…いちいち「Xルーレット!!」と言いながらポーズをとるのはどうかしら。ちょっとしつこいポケモンだと思われるかもしれないわよ」
「ちょっとどころかしつこすぎて反吐が出るわ」
「ウザいし面倒くさい」
セシリアの言葉に、全員が同意を示すかのようにコクコクと頷く。嶺緒とシェリルはストレートに棘のある言葉を投げつける。
セシリアに窘められたルピアは少し考え込んだ様子を見せ、やがてコクリと頷く。
「うん、そうだね。わかったよ。次からはやめるね」
その言葉に、安堵の息をつく面々。
「きっと。多分」
しかしルピアのこの言葉にほぼ全員の表情が固まる。
次の瞬間、
「Xルーレット!!」
「ってこのアホいい加減にしろっつってんだろーが!!少しは人の話を聞くってこと覚えやがれ、わかってんのか あぁ!?」
「あぎゃふっ」
恐ろしいほどキレのあるツッコミと言う名の渾身の一撃を嶺緒から喰らい、本日四度目の奇声を発してルピアは撃沈する。
と、セシリアがクローネに話しかけた。
「ルピアはノリはちょっと妙なんだけど……でもとても優しいポケモンだから安心して。ルピアはXウェーブで困っているポケモン達を助けたいと思って、あのXルーレットと一緒にいろんな地域を回っているのよ」
「はい!全国を回ってまーす! 僕もXルーレットも回ってまーす!
あはは! あはははははははっ!!」
「何回ってんだ気持ちわりぃ」
「あんたいつものツッコミ何処いった」
すばやく復活したルピアは空中でクルクルと回りながら笑い続ける。
嶺緒はストレートに言葉を投げつけ、シェリルはそんな嶺緒を冷たい目で見ながらツッコむ。
そんな毒舌にも全く堪えた様子を見せず、むしろ楽しそうにニコニコと笑いながら、
「Vルーレット!!」
と、またしてもポーズを決める。
もはや口で言っても効かないと思ったのか、嶺緒は無言のままルピアの後頭部に一撃を喰らわせる。再度ルピアが撃沈したのは言うまでもない。
セシリアは溜め息をつき、何ともいえない表情でクローネに話しかける。
「……まあ、とにかくXルーレットは必要な時、つまりどうしてもタイプを変えたい時にやればいいんじゃないかしら?」
「一日一回しかできねぇし、ルーレットをやるときには慎重にしろよ」
「うん、わかった!!」
セシリアと嶺緒の言葉に、とても良い笑顔で返答するクローネ。とはいっても何しろクローネなので、二匹の間には若干心配が残っていたが。
「…とりあえず、さっさと仕事行こうぜ。ここにいたらそのうちマジで高血圧になりそうだ」
「不本意だけど銀色チビに同意」
「不本意ってなんだ、失礼だなお前。あとその呼び方やめろっつってんだろいい加減聞きやがれ」
「やだ」
「即答かよ!?」
「Xルーレット!!」
「テメェもどさくさに紛れてポーズとってんじゃねぇよっ、しつこいっつってんだろーがいい加減黙りやがれぇぇぇぇぇぇっ!!!」
「ぐぎゃぴっ」
そして嶺緒の本日六度目となる渾身の一撃を受け、見事なまでに撃沈したルピアであった。