第四十三話*予想外なことが起きると人はまず唖然とする
夜が明け日が昇りだす頃、巨大な火の玉が流星の如きスピードで落ちていった。
勢いをとどめることなく、その火の玉が向かう落下点とは――
「眠い眠い眠い眠い眠い眠い」
「るせぇ!んなに眠いなら昨日さっさと寝ときゃよかっただろーが!!」
不機嫌そうに朝食を作りながらブツブツと文句を呟いているのは、毎度のことながらシェリルである。その文句にこれまた毎度のことながら律儀にツッコんでいるのは嶺緒である。
シェリルは嶺緒に冷たい視線を送りながらふん、と鼻を鳴らす。
「うるさいのはそっちだろ。僕がいつ寝ようが僕の勝手だろ、偉そうにすんな銀色大バカツッコミチビのくせに」
「だぁぁぁぁぁその呼び方やめろっつってんだろ!!」
「なんて呼ぼうが僕の勝手だろ。やーい、チビ チビ チビー」
「てめぇ…チビって呼ぶなっつってんだろーが!!!あとオレはチビじゃねぇ、イーブイの平均身長だっつーの!!」
「僕から見たら十分チビだけど」
「うるせぇっつーの!ていうか、人が気にしてること無遠慮に口に出すなっ」
「ふーん、なんだ気にしてたこと認めるんだ」
「もういいかげんにしろぉぉぉぉぉぉぉお!!!」
「うるさいっての」
シェリルと嶺緒は口喧嘩をしながらも朝食を作る手を止めない。そのため、毎度毎度口喧嘩しつつもなんだかんだで朝食は出来上がるのだ。それはおそらく、お互いに手だけは出さないことも関わってくるのだろう。シェリルはそこまで深く関わるのが嫌、嶺緒は手を上げることを好まないからだ。
なので、今日も今日とて定時刻には朝食が出来上がっているのだった。
「はいお終い。あとはそこで眠りこけてるアホンダラ起こせば終わりなんだからさっさと終わらせろよチビ」
「テメェいいかげんにしろ……っ」
苛立ちを隠せず顔を引きつらせる嶺緒を完全に無視すると、シェリルはさっさと自身の席へと座り、お茶を啜りはじめる。
嶺緒は溜息をつくと、クローネを起こしにかかる。寝ぼけ半分のクローネを引っ張って席に着かせると、各々が食事を始める。といっても無言が続くわけではなく、いつも沈黙を破るのはクローネである。
「やー昨日は楽しかったねぇ!開拓も進んでるみたいだし、ワクワクが止まらないよ!!」
「んー…まぁそうだな。開拓がどうなるのか興味があるってのは俺も同感だな。
……昨日が楽しかったかって聞かれると微妙だけど」
「え、なんで?楽しかったよ、昨日の冒険!!」
「少なくともあんたがあんなにドジを踏まなければもっとスムーズに進んでたと僕は思うけどね」
「クローネがドジなのは理解してたつもりだが、昨日は一段と酷かった気がする……」
シェリルがサンドイッチを頬張りつつ、さらりと文句を述べると、嶺緒の表情が一気に疲れへと変わる。一方のクローネはきょとんとした表情を見せる。
「そんなことないよ!ちょっと転んだりとかダンジョンのポケモンとぶつかったりとか、頭ぶつけたとか落ちてたもの踏んづけちゃったりとかしただけだから!!」
「十分だっつの」
「それを何回も繰り返してるから面倒だっつってんだよ脳天お気楽アホンダラ電気ネズミが」
「いやお前最後のはただ単に悪口だろ」
にっこりと笑顔を見せながら中々に壮絶な内容を話すクローネに嶺緒は即座にツッコみ、何でもないような顔でサラリと毒舌を漏らすシェリルにもしっかりとツッコミを入れる。相も変わらず無視されていたが。
会話が続くも、のんびりとしてもいられないのでさっさと食事を終える三匹。
いち早く支度を終えたシェリルは荷物を持ち、外へと出る。
と、ふといつもとは違う光景に気づき、首を傾げた。
「…何コレ」
変幻自在に流れ続ける軽やかな風に乗って、微小ながらも鮮やかに輝く数多の美しい光が舞っていたのである。
見たことのない光景に、表情こそ変わらないものの、シェリルの瞳はキラキラと輝いている。
続いて支度を終えて出てきたクローネと嶺緒も同様の反応を見せた。
「わぁぁ!!すごい綺麗!!」
「Vウェーブ……もうこんな時期なのか」
「爺くさい台詞だな。
……で、そのなんとかウェーブて何」
「お前今さりげなくバカにしただろ。
…なんとかウェーブじゃなくてVウェーブ」
ツッコミを入れつつ訂正を入れる嶺緒。と、そこでクローネが「あ、エルムとセシリアだ」と声を上げる。
ゆっくりと歩きながらやってくる二匹に「おはよー!」と笑顔を向けるクローネと「…はよ」と短く声をかける嶺緒。シェリルに至っては安定の無視である。
「おはようございます」
「おはよう。朝からクローネは元気ね」
「うん!…あれ、ルトは?」
「え?」
クローネの問いに首を傾げて辺りを見回すエルム。
「本当だ、いない……
おかしいな、さっきまで一緒だったんだけど……」
「迷子じゃね、あの単純ロイヤルグレートバカのことだし」
「だから悪口混ざってんぞ。てか、さすがに此処に来るのに迷子はねぇだろ、ほぼ毎日来てんだから」
シェリルの言葉に嶺緒はしっかりとツッコミを入れる。
と、クローネの思考はVウェーブなるものに移っているらしく、再び周りを漂う光を見ながらふにゃっと表情を崩す。気移りが甚だしいものである。
「にしても綺麗だねぇ、この……えと、Bウェーブ!!」
「おい待て違うものになってんぞ!?Vウェーブだ、Vウェーブ」
「そう、それ!」
先程名を聞いたばかりだというのに、既に名前がうろ覚えになっているクローネ。
慌てて訂正する嶺緒に、クローネは特に気にするわけでもなくニコニコとしている。嶺緒が疲れた表情になったのは言うまでもないだろう。
再び風が止むと、エルムが首を傾げる。
「なんだろ、この風…普通じゃない気がする」
「その通りよ。Vウェーブは特殊な風なの」
「「え?」」
「てか、これで普通の風ですとか言われても説得力ないけどね」
セシリアの言葉にクローネとエルムは揃って首を傾げ、シェリルはぼそりと言葉を吐き捨てる。
どうやらVウェーブについて知っているのは嶺緒とセシリアのみのようなので、二匹は顔を合わせると、嶺緒が代わって説明し始めた。
「Vウェーブってのはこの時期に吹き始める独特な風のことだ。例えば炎とか水といった、ポケモンのタイプごとのウェーブが流れてるんだ。んー…例えると、ある日に電気タイプのVウェーブが流れてるとするだろ。そうすると、電気タイプのポケモン…つまりはクローネやルトが強くなるんだ」
「ふーん…じゃあその日はボクとルトが有利になるわけだね」
クローネは楽しそうな表情を見せる。と、そこでエルムが首を傾げ疑問の声を上げる。
「じゃあ、もしかしてそのタイプ以外は損することになるの?」
「フフッ、そうなるわね。でもVウェーブは天候と一緒で、日によってコロコロ変わるものなのよ。だからいつまでも得をしたり、損をしたりということはないわ」
「てことは、その日のVウェーブが何タイプのものなのかわかれば冒険が有利に進められるわけね、もう特に興味なくなったけど」
Vウェーブが何なのか分かったらしいシェリルは興味が逸れたらしく退屈そうに欠伸をしている。こちらもこちらで、ある意味気移りが甚だしいものである。
すると、パラダイスセンターのある方から、「みんなー!」と大きな声を挙げながらルトが走ってきた。
エルムが「あ、ルト!」と真っ先に反応を示し、そして疑問を口にする。
「どこいってたの?」
「ちょっと声かけられてさ。シュロが皆をパラダイスセンターに連れてきてくれって言ってたんだ」
「シュロが?なんで?」
パラダイスセンターとはシュロの店、イリスのカウンターなどが立ち並んでいる区域のことだ。
突然挙げられた名前にクローネが疑問の声を上げると、「まぁ来てみりゃわかるからさ!」と急かされる。
全く興味の無さげなシェリル以外の面々は顔を見合わせると、急かすルトについていくのだった。そして残されたシェリルも、面倒な表情を見せつつ、マイペースにその後をついて行った。
『アストラル』のメンバーはドテッコツ組の店より少し奥に位置する場所にいた。そこにはメンバーの他にガレットやエトル、そして呼び出した本人であるシュロが立っている。
メンバーと、少し遅れてシェリルがやってきたのを確認すると、シュロは「ちょうどよかっただぬ、今できたところだぬ」と言った。
「Vウェーブの季節も来たことだし、これを建ててみただぬ」
シュロが指した看板。複数の紙が貼られており、
「これはXウェーブ予報図だ」
「Xウェーブ予報図?何それ?」
ガレットが口にした言葉をクローネが復唱し、首を傾げる。
他の面々も不思議そうな面持ちだ。
「なんだ、知らねぇのか?」
エトルの言葉に、全員の視線がエトルへと向く。
「仕方ねぇな。んじゃ、特別にオレ様が教えてやっても……」
「ん〜っ……?」
「ひぃっ…!?い、いえ是非ともお教えさせていただきます……!!」
横柄な態度で口を開いたエトルだったが、シュロの視線を感じ、恐怖に慄いた顔で慌てて丁寧な口調に変わった。
それに対して、クローネはきょとんとしているし、シェリルは嘲るようにフン、と鼻を鳴らし、嶺緒は呆れたような同情したような目で見ている。
そしてシュロは看板の前から退き、エトルが説明しはじめた。
「まず…Xウェーブのタイプは日によって変わる、つまりは天気みたいなもんなんだ。お前ら今日の天気とか、明日の天気とか気になるだろ? だから天気予報を見る。Xウェーブもそれと同じだ」
「えーと、つまりこのVウェーブ予報図は天気予報のVウェーブバージョンってわけなんだね?」
「その通りだ。Xウェーブ予報図は今日や明日のXウェーブ情報が見れる。とりあえずお前ら、看板を見てみろ」
エトルに促されて全員が看板を見ると、文字と絵が描かれた紙が複数貼られていた。それは決してわかりにくいものではなく、簡素化されているために見やすくてわかりやすい。
「Xウェーブの予報が見れるだろ?」
「あぁ。今日は格闘で、明日は電気。明後日は…水か」
嶺緒は看板に貼り出された紙を見ながら確認するように呟く。
「そうすると…今日は格闘だから、格闘タイプのポケモンが有利なんだね。僕や嶺緒はノーマルタイプだから格闘タイプに弱い。僕が今日冒険するとしたら……格闘タイプの敵ポケモンには要注意だってことだね」
エルムは看板を見ながら納得した様子で言う。その言葉に、「まぁでも」と口を開いたのはルトである。
「そのかわり次の日は電気タイプのXウェーブになるから、俺やクローネにとっては逆に有利になる。ずっとエルムが不利になることはないぜ」
ルトの言葉に「そうだな」と賛同を示したのは嶺緒だ。
「それに、どのタイプのXウェーブが出るかわかるわけだし、出撃メンバーはこれを見てから決めた方がいいだろうな。そうすれば各々不利な日と有利な日に応じて出撃できるからな」
「ん〜そうそう、そんな感じでXウェーブ予報図を利用していといいだぬ」
シュロの言葉に、クローネは「わかった、ありがとう!」と笑顔で礼を述べる。便利なこの看板の登場に、ルトやエルム、セシリアは嬉しそうに笑顔を見せているし、嶺緒は看板に興味津々である。シェリルだけは、つまらなさそうに欠伸をしていたが。
すると、ふいに地面がゴゴゴ……と、揺れ始めた。
突然の出来事に皆が驚きの表情を見せる。
「な、何!? 地震かな!?」
「地震っていうより地響きっぽいね。てか、それくらい見極めろ天然アホンダラ電気ネズミ。
これだから普段ぼけっとしてる奴は――」
「いや今バカにしてる場合じゃねぇだろうが!?ってかお前落ち着くの早すぎだろ!?
これは…おそらくアイツだな――」
「あ!見てシェリル、嶺緒!なんか落ちてくるよ!!」
「お前も楽しそうに眺めてんじゃねぇ!さっさと避難するぞ!!」
嶺緒の言葉に、全員が弾かれたようにそこから素早く逃げた。クローネは楽しそうに空から降ってくる物体を眺めていたので、嶺緒が慌てて引きずっていったが。
全員がその場から離れた次の瞬間、凄まじい音を立てながら地面に巨大な赤い炎の塊のような何かが落下した。
それは大きな揺れと大量の土煙をこの場にもたらし、視界を悪くさせる。その為、何が起こったのか全くわからなかった。
「う〜……いったい何が……?」
舞い上がる土煙の中、クローネが土煙を誤って吸ってしまいコホッと咳をしながら呟く。
少し経ち土煙が落ち着くと、そこは先程までとは全く異なっていた。
地味だった看板が、オレンジ色の縁取りが施された看板に変わり、下には桃色の絨毯が敷かれている。看板の隣には変わった代物が置かれており、その傍には一匹のポケモンが佇んでいた。
「じゃ〜〜〜〜んっ!!ルピア到来!!」
頭にある大きなオレンジ色のXに、クリーム色の体をしたその小さいポケモンは、妙に高いテンションでピースをしながら大きく陽気な声をあげた。
「「「「「「「「………………」」」」」」」」
「………うざ」
その妙に高い謎のテンションに誰もが唖然として反応がついていかなかったようで、それに即座に反応したのはシェリルくらいであった。