第四十二話*ドテッコツ組
「……暇だな」
荒地のポケモンパラダイス@\定地でシェリルがそう呟いたのはこれが何度目であったか。
何度呟いたところで変わることのない自分の退屈だという現状に、シェリルはこれまた何度目になるか分からない溜め息をつく。
本当ならばとっくに依頼をこなしに行っている時間なのだが、今日一緒に行くはずだったクローネと嶺緒が急な用事のため、午後から依頼をこなしに行く予定に切り替わったのだ。
そのため、特に依頼以外に予定のなかったシェリルは、こうしていつもの場所にて退屈しのぎにぼーっとしていたのだ。
しかし、いろいろと思想に耽ることとて一時しのぎにしかならず、今はこうして退屈な状態に戻っているわけである。
何をするわけでもなく、ただ虚空を見つめていたシェリルは、不意に近づいてきた気配を察知して自分の座っていた崖の上から、気配のした下を見た。
「よぉ、シェリル!!」
どうやらシェリルに気づいたらしく、崖の下からシェリルに向かって声をかけたそのポケモンの名を、シェリルは怪訝そうに呼ぶ――
「……筋肉セシリア好き変態バカ…プラスその他おまけ二匹?何してんの」
――わけがなかった。
シェリルは自分で勝手につけたあだ名で声をかけ、筋肉セシリア好き変態バカ…もといガレットと、その傍にいたその他おまけ二匹…もといルシアとアサザに尋ねる。
その酷いあだ名で呼ばれたガレット、ルシア、アサザは少々(?)落ち込みを見せる。
ガレットは少しへこんだ様子ながらも、シェリルの質問に答える。
「オレ達は『アストラル』に用があったんだがこの時間帯はオメェらいねぇからな、ポケモンパラダイス≠フ視察みてぇなもんだ。
というか、オメェらいつもはこの時間帯にいねぇのに、今日はなんかあったのか?」
シェリルは初めこそ疑問を解消するべくガレットの話を聞いていたが、話を理解していくごとに段々と面倒くさくなったらしい、最後は真面目に聞く気すら伺えない寝っ転がるという体勢をとっていた。
「クローネと銀色チビは用事あるらしいよ、だから依頼は午後から。ま、チビの方は多分テアの手伝いだろーけど。僕は予定ないから一人の時間を満喫中。だから邪魔しないでほしかったんだけど。なんで来るの、すごい迷惑」
寝っ転がって欠伸をしながら、面倒事を起こすなとでも言いたげに、その決して良いとは言えない目つきでガレット達を睨むシェリル。
そのあまりにも上から目線な態度にも慣れてしまったガレット達は苦笑しながら手招きをする。下りて来い、という意味だろう。
シェリルはより一層顔を顰めたが、自分が下りなければガレット達も去らないと悟ったのだろう、仕方なくと言ったようにスルスルと軽やかに崖を下りてくる。
「…で?何の用なのさ?手短に終わらせて、そしたらどっか行ってよね」
「ヘイヘイ。
とりあえず、まずは礼を言いに来たんだ。わざわざ“丈夫なツタ”を取ってきてくれてありがとな」
「僕何もしてないから関係ない。そーいうのはクローネにでも言えば」
感謝の言葉を述べるガレットに対し、辛辣な言葉を返すシェリル。しかしそっぽを向いて何とも言えない表情をしているところから、嫌な気持ちになっているわけではなく、ただ単に照れてどう返していいのかわからないだけのようである。何にせよシェリルのその癖を見抜いているわけではないガレット達には気付かれることはなかったが。
「それともう一つ。今日からドテッコツ組の店開きだ!!」
「……へー」
もはや完全に興味を示していないシェリルの声に、何ともいえない表情を見せるルシアとアサザ。ガレットは予想通りと言わんばかりの表情だ。
「……予想はしてたけどさぁ」
「…すごく反応薄いですね」
「興味ないから」
「即答止めてくれねぇか……割と傷つく」
「勝手に傷ついてろ」
あまりに反応の薄いシェリルに呆れた表情を隠せないルシアとアサザの呟きに即答するシェリル。その言葉に何とも言えない表情を見せるガレットに、シェリルはなんとも容赦なく言葉を投げつける。
「まぁ完全にとはいかねぇが、ちっとは大工の勘を取り戻せたんだ!」
「兄貴、昨日から寝ないで練習したんです」
「もちろんオレ達も練習に付き合ったんだぜ」
「……へー」
これまた興味の無さげな声を上げるシェリル。
そんなシェリルにガレットは臆することなく尚も話しかける。
「確かクローネはポケモンパラダイス≠作りたいとか言ってよな?施設とか建てたかったらこのドテッコツ組がやるぜ!腕はまだまだだが気持ちを込めて建てるからな!
あと、施設を建てるために必要な開拓も請け負うぜ!」
「……開拓?」
どんどん難しい表情になっていくシェリルが発した疑問の声にガレットが「そうだ」と頷く。
しかし、説明を続けようとしたガレットにシェリルは静止をかけた。
「僕キャパオーバー起こしそう。そろそろクローネ帰ってくるころだし、クローネに説明してよ」
要するにこれ以上興味の無い事柄を聞いてそれをクローネに説明するのが嫌になっただけなのだが、生憎それに気付かなかったらしい三匹はそれもそうだな、と頷き、歩き出したシェリルの後ろに続いてクローネの家の方へと向かった。
シェリル一行が家の前まで戻ってくると、そこにはちょうどクローネの姿があった。クローネはシェリルの姿を認めるとパァァァと笑顔を見せたが、直後その顔はシェリルにガレット、ルシアとアサザという今までにない組み合わせを見たためか、きょとんとした表情に変わった。
「あれ?ガレット達、シェリルと一緒にいるなんて意外だなぁ」
「あんたに用があるんだってさ。あんたがいなかったせいで僕のところまで来ちゃったんだよ責任とれ」
「え、ごめんね!?
……で、ボクに何の用事があったの?」
シェリルに即座に謝ると、クローネはすぐにガレットに尋ねる。ガレットがドテッコツ組の店開きを伝えると、クローネは再び表情を輝かせた。
「わぁ!おめでとう!!」
「これもオメェらのおかげだ、ありがとな」
礼を伝えると、ガレットは咳払いを一つして口を開いた。
「まずクローネ、ポケモンパラダイスを作るにあたってだ。
オメェが所有している土地は荒地だからな、まずその土地を開拓して普通の土地にしなければ施設が建てられねぇどころか先にも進めねぇだろ」
「そっか、それもそうだね。家の周りの土地だって普通に通れるような道すらないもんね、シェリルみたいに運動神経の良いポケモンならともかく、普通のポケモンじゃ進むのだって難しいもん」
クローネは眉間にしわを寄せて困ったような表情を見せる。
しかしそれとは正反対にガレットはにやりとした笑みを見せた。それを見てシェリルが「うわキモ」とかなんとか呟いていたが、あえてスルーされていた。
「ドテッコツ組は各区域ごとに荒地を開拓してやることができるんだ!まぁ材料とポケは必要だがな」
「えぇ!?そうなの!!?」
「おう。まず、オメェらが依頼をこなし、材料とポケを手に入れ、このメモからどんな風に開拓するかを選んでオレ達に依頼してくれれば、ドテッコツ組が総力を挙げてその土地を開拓する。あとは必要な材料を揃えてくれれば、その土地に施設を建ててやれる」
「わぁぁ…!!すごいわかりやすい説明ありがとう!なんとなくわかった!!」
「
すごくわかりやすい説明なのになんとなくしかわかんないのかよ」
「はいこれ、一応今できる範囲の開拓、施設一覧、材料についてまとめてあるからさ」
シェリルの毒舌を華麗にスルーすると、ルシアがクローネにメモを渡す。
クローネは受け取ったメモをぱらぱらと捲り、興味深げにじっと見ている。おそらくクローネの為だろう、わかりやすい表記の仕方で綺麗にまとめられている。
「今できる範囲しか書いてないけど、やっている内に慣れてくると思うからさ。できるモノが増えたら、追加でメモを渡すよ」
「何から何までありがとう!とにかく開拓は早いところ終わらせたいから……えーっと」
「“さわやかな草原”なら今ある材料だけでできる。何悩む必要があるのさ」
「そっか、“さわやかな草原”だね!じゃあ早速だけど頼んでもいいかな?」
クローネの問いにガレットは笑顔で答える。
「あぁ、開拓には1日〜3日ぐらい掛るかもしれねぇが、材料とポケさえくれればやるぜ! 」
「やった!じゃあ“ゆたかな土”と“積み立てハーブ”とってくるね!!シェリル、このメモ持ってて!!」
「なんで僕が……」
クローネは顔を顰めるシェリルにメモを渡すと、大急ぎで預かりボックスの方へと走っていく。
シェリルは顔を顰めつつ、メモを流し見している。と、ふと何かに気づいたらしく、ガレットに声をかける。
「施設って誰かしら運営する奴、管理人が必要になるんだよね。どーすんの」
「さぁ…知り合いに誰かいないのか?」
「ボク他人嫌いだって言ったよね。いるわけないだろ、バカじゃないの。
バイト雇うにしてもお金ないし、クローネとかあの銀色大バカ変人ツッコミチビとかこき使うにしても探検に支障でそうだし文句でそうだし」
「シェリル探検するのそんなに好きじゃないって言ってなかったか?オメェがやれば……」
「探検が嫌いなんじゃなくて他人と群れるのが嫌いなの。
それに、運営なんて向いてないし施設運営して他人と会わなきゃいけないなんてもっと嫌。そして何より面倒くさい」
「オメェ何だかんだ理由つけて、本当はただ面倒くさいだけじゃねぇのか……?」
「あれ、脳筋野郎でも少しぐらいは脳みそ詰まってたんだね、わー意外だなー」
「……酷ぇな、おい」
土地を開拓するのはいいとして、考えなしに施設を建てるのは良くないだろう。『アストラル』メンバーが施設運営に回るとしても、依頼をこなす方が疎かになってしまえばそもそも施設を続けることすら難しくなり、いずれは首も回らなくなってしまうだろう。とはいえ、クローネに説明するのが面倒なシェリルは、運営者を見つけるまではてきとうに簡易説明して下手に施設を建てさせないようにしなければな、と心の隅でなんとなく考えていた。
数分も経たないうちにクローネが駆け寄ってきた。
そして持ってきた材料とポケをガレットに手渡す。
「はいこれ、“ゆたかな土”と“積み立てハーブ”!で、これが300ポケ!!これで大丈夫だよね?」
「よしっ、“さわやかな草原”だな。お前ら!ドテッコツ組最初の開拓だ、気合入れていくぞ!!ドテッコーーーーーーーッツ!!」
「「おーーーーーッ!!」」
「うるさっ…」
元気良く声をあげる3匹にシェリルが顔を顰めるが、既に3匹は駆けていった後だった。
「開拓かぁ…!カッコいい響き!どんな風になるのか楽しみだね、シェリル!!」
「…僕としては一人になれる場所が減って最悪な気分だけどね」
「大丈夫だよシェリルなら!!」
「なにその根拠のない自信。
どっからでてくるわけその変な自信、意味不明なんだけど」
相変わらず顔を顰めているシェリルを連れ、クローネはまだ見ぬ開拓されるであろう土地に期待に胸を膨らませながら、ニコニコと宿場町へと向かっていった。