第四十一話*勘違い
「………あのさ」
「………」
掲示板の前で流れていた静寂を破ったのはシェリル。
そんなシェリルに声をかけられ、冷や汗をダラダラと流しているのは依頼人のラナス。
あの後、奥地にいたやたらと怪しいポケモンに声をかけ、妙に挙動不審だったそのポケモンが無意識のうちに自白して捕まえるまでに至った。
……のはよかったのだが。
「……なんであんたはツタージャとキモリを間違えるわけ?」
「…………」
「はぁ……やっぱりアホだな。っていうかまさか、どっちも緑色だからって理由じゃないよね?」
「………!」
ビクッと肩を揺らすラナス。それを見て呆れるシェリル。
「あーあ、図星なんだ。あんた本当いいかげんにしなよ、そのイカれた頭をさ。やっぱり燃えカス猿は頭まで燃えカスだったか」
淡々とバカにし続けるシェリル。
悔しくても自分に非があったことは認めているのだろう、言い返せないラナス。
さすがに可哀想に思えてきたのだろう、嶺緒が口を挟む。
「おいシェリル、そのへんにしとけ。面倒くせぇから」
「僕としてはあんたが口を挟まなければここで終わらせる気だったんだけどね」
「俺のせいかよ!?」
フン、とそっぽを向くシェリル。
その間にクローネはソルテからお礼である“じょうぶなツタ”を受け取る。
クローネとしては「仲が良いな」ぐらいにしか受け取っていないため、止めなくてもいいと判断したのだ。
そんな仲間達を見て、呆れたような表情をしているのはルトである。
「だいたいテメェは何でそうオレにケンカばっかり売るんだよ!?」
「燃えカス猿が鬱陶しいからに決まってんだろ」
「ねぇシェリル、これからボクとどっか遊びに行かないかい?」
「黙れウザいんだよ変態猿が」
「わー辛辣だねぇ」
「棒読みで言うな気持ち悪い。……気持ち悪い」
「あらら、二回も言われた」
「大事なことだから二回言ったんだよ」
「おいコラテメェらオレを無視して話を斜め方向に進めんじゃねぇ」
ヘラヘラと笑い続けるシャオンと、それを貶し続けるシェリル。延々と続きそうなこの会話をラナスの不機嫌そうなセリフが断つ。
「ま、まぁまぁ…ラナス、大切な道具も取り返せたんだし……もういい…でしょ?シャオンもあんまり…その、シェリルさんに迷惑かけちゃ、ダメ……だよ?」
「あんたのその喋り方なんとかならないの、面倒くさいんだけど」
「えっ…あ、そ、その……ご、ごめんなさいっ!!」
一気に顔を青ざめさせ、ペコペコと謝り続けるソルテを、呆れたような目で見ているシェリル。
と、空気を読んだわけでもなかろうが、クローネが満面の笑みでシェリルに話かける。
「見て見てシェリル!“丈夫なツタ”だよ!やっと手に入ったねぇ!!」
「興味ない」
「ボクさっそくガレットに届けてくるね!」
「そんなのいちいち僕に報告しなくてもいいんだけど。興味ないから」
シェリルの言葉が届いたか否かは定かではないが、クローネはまるで自分のことのように嬉しそうに走っていく。
「…本当変な奴」
「ま、素直で単純ってのがクローネの良いところだしな」
嶺緒は応答しながら捕まえたキモリをシュロに引渡すと、仕事は終わったと言わんばかりに去っていく。ルトも依頼人である三匹に「じゃな」と会釈すると、帰っていく。
シェリルは横目でそれを見届けると、ラナス達に対して呆れを含んだ目を向けながら「もう二度と来るな」としっかりと口にして宿場町へと向かっていく。
「……ってあいつはなんなんだよ!あの辛辣さどうにかなんないわけ!?つーかあいつらなんで諦めたみたいにそそくさと退散してんの!?」
「…ラナスがケンカ買うから………」
「あ゛ぁ!?」
「ひっ……ご、ごごごごめんなさいぃぃぃ……」
イライラとしているのを隠そうともしないラナスとそれにわりと本気で怯えるソルテ。しかし、普段なら仲裁に入る(というよりは独特ののんきな雰囲気で誤魔化してしまう)はずのシャオンは、何かを考え込んでいるらしく黙り続けている。
と、それに気付いたラナスが訝しげな様子で疑問を口にする。
「何してんだシャオン、さっきから黙り込みやがって」
「ん〜…シェリルのことなんだけどさ」
「?あいつがどうかしたのか」
「いや、特に気になる、とかじゃないんだけどね。知り合いから名前を聞いたことがあったな〜って思って」
「…有名な奴だったりとかするのか?あいつ」
訝しげに尋ねるラナスは、聞いておきながらそれだけはない、と思っているのが表情にありありと表れている。
そんなラナスの質問にフルフルと首を横に振るシャオン。
「そういうんじゃないんだけどね。その子、シェリルのことを何だか他の奴とは雰囲気が違うって言ってたからさ。まぁ、ボクにはそういうの全く分かんなかったんだけど」
「…………ふーん」
全く興味なさげなラナスに、珍しくも苦笑を漏らすシャオン。
と、ここで今まで黙っていたソルテが疑問の声を上げた。
「……そ、その…シャオンの知り合いって誰…なの…?」
「んー…一昨日くらいに会った奴だよ、覚えてない?」
シャオンはいつものようにヘラリとした笑みを二匹に向ける。
「“桐生 飛燕”だよ」
「…ックシュン!」
とある谷に、少年のくしゃみの声が響く。使い込んでいるというのに砂塵で汚れた様子すらないその純白のマフラーと感情を捉えにくいそのワインレッドの瞳が特徴的なリオル、飛燕である。
と、飛燕の隣を歩いていた少年は驚いたような表情を見せた。
「ンだよ飛燕、風邪か?」
「へぇ、珍しいもんやなぁ…飛燕でも風邪引くんやね」
今度は若干言葉に訛りのある少女がクスリと笑いながら口を開く。その少女の言葉に、少年は肩をすくめる。
「失礼だろ。でもまぁ、バカは風邪引かないっていうけどなー」
少年にとってはフォローしているつもりなのだろうが、フォローになっていないのが残念である。
「……風邪?」
「それこそ失礼だよ……全く。ついでに飛燕は愚鈍ではあるけど、バカではないよ」
今度は少年と似た少し低めの声色が聞こえる。こちらもフォローしているようで全く飛燕のことをフォローできていない。
「……バカに、されてる?俺」
「気にしんとき、飛燕。バカにしとんとちゃうわ、ただ単に飛燕の話しとっただけやからな」
「……へぇ」
明らかにバカにされているのだが、少女のその言葉に納得した様子の飛燕。
「さ、目的地までまだまだ道のりがあるんやから、さっさと行こ」
「……どうするの……あいつら」
「放っとけばええって。そのうち追いついてくるやろ」
「……ん、わかった。じゃあ由羅と、行く。先に」
「はいはい」
飛燕は由羅と共に、未だ口喧嘩を繰り広げている二匹を置いて、目的地へと向かうために歩きだした。
虚ろながらも鋭い光を宿したその目は、ジッと遠くにある何かを見据えていた。
所変わって宿場町の一角にあるテアの店では、カウンターの一番端でシェリルが顔を顰めながらお茶を飲んでいた。決してお茶が不味いというわけではなく、今日のシェリルの機嫌が悪いだけである。
お茶を飲む手を止め、溜め息を一つついたシェリルは一言呟いた。
「……疲れた」
「疲れるほど働くのは良いことじゃないか」
「違う、精神的に。それに僕が誰かのために疲れるほど働くなんて絶対に嫌だね。虫唾が走る」
「とかなんとか言って、やってる仕事は他の子達を助ける仕事なんだよねぇ」
「好きでやってるんじゃない。居候なわけだし、仕方ないから嫌々やってるだけ。だからいつも精神的に疲れるんだっての」
重い溜め息をつくシェリルをテアはジッと見つめ、やがて口を開いた。
「……一つ聞いてもいいかい?」
改まった態度で尋ねるテアに、シェリルは顔を顰めながら「……なんだよ」と先を促す。嫌々話を聞いているあたりがなんともシェリルらしい。
「じゃあ、なんでなんだかんだ言いながらクローネと一緒に冒険チームをやってるんだい?」
「家賃の代わり」
「そういうことじゃなくてね。なんで他の奴に関わることになる今の仕事……シェリルにとっては一番嫌なことをわざわざ手伝ってるのかなって思ったのさ。パラダイスで隠れて手伝える仕事だってあるだろう?」
テアの言葉に押し黙るシェリル。何かしら思うところがあったのだろう。視線を宙に彷徨わせ、思考を巡らせている。
「……僕、そういう内職は向いてないし。それに、多分……クローネには期待してるんだと思うよ」
「…期待?」
シェリルの口から呟かれた言葉に、驚きを覚えながらテアは尋ねる。シェリルはお茶を一口啜ると、再び口を開く。
「これからどれだけあいつが他の奴らの鬱陶しい考え方に潰され、その中でどれだけ今の信念を貫き通せるのか興味がある、ってとこかな。まぁ、はっきり言って現状では興味のあるクローネでも、所詮僕にとってはただの他人。興味がなくなったらすぐに切り捨てるさ」
「……素直じゃないねぇ」
「どうしてそうなるのさ」
不機嫌そうに呟くシェリル。テアはクスクスと笑うのみである。
あまりに楽しそうなテアに、シェリルはなんとも言えない表情を浮かべ、何も言わずにお茶を啜るのであった。