第四十話*疑い
「…………」
「…………」
とある森の中にて、二匹のポケモンによる威圧的な睨み合いが行われている。
その二匹の傍で状況を傍観している者は五匹。きょとんとしているピカチュウ、呆れたような表情の銀毛のイーブイ、面倒くさそうな表情のエモンガ、オロオロとしているヤナップ、ヘラヘラと笑っているヒヤップである。
そして、お互い一歩も譲らんと言わんばかりに相手から視線を一瞬たりとも逸らさず睨み合っている、緋色と深緑の目をしたツタージャと険しい表情のバオップ。
ツタージャの方は言わずもがな、シェリルである。
何故シェリルとバオップが睨み合っているのか、それは数分前にある。
「ねぇ、本当に依頼人と待ち合わせた場所ってこの森なわけ?」
不機嫌そうに眉を顰めながらシェリルはクローネに尋ねる。
シェリル達の選んだ依頼は、「依頼主と共に大切な道具を奪った盗人を捕まえてほしい」というものである。当然のごとくシェリルは拒絶を示したが、残念ながらお礼の品が“丈夫なツタ”である依頼はこれのみであったため、あっさりと決まったのだ。
そのため、現在進行形でシェリルは機嫌が悪いのだ。
それを見て溜め息をついているのは、嶺緒とルトである。
「うーん……イリスが間違ったダンジョンに連れて行くわけはないから、間違ってるわけないと思うけどなぁ」
「そうだぞ。クローネが道案内してるわけじゃあるまいし、そう簡単に迷子にはならねーだろ」
「だよね!」
呟くクローネに、さりげなく毒を混ぜて同意するルト。
シェリルは何気に同意したのか嘲るような表情を浮かべて欠伸をし、クローネは毒を吐かれたことを理解していないらしくにっこりと笑顔で頷き、嶺緒は疲れたような呆れたような表情を浮かべている。
「クローネ、さりげなく……もないが、貶されてるって気づいてるか?」
「え?」
「…諦めな、クローネって残念な単細胞だからわかるわけないし」
「ありがとう!」
「……褒めてもいないのにこうやってお礼言ってる時点で相当のバカってわかるだろ」
貶されているのだがにこりと笑顔を見せるクローネに、面倒くさそうに顔を顰めるシェリルは相手をするのも面倒だと言わんばかりにてきとうにクローネをバカにする。
「はぁ……またグダグダしてきたからここまでな。さっさと進むぞ」
「あんたに命令される筋合いとかないんだけど」
「うん、依頼人が待ってるだろうし早く進もっか!!」
「相変わらず素直さにおいては反対だよなー、お前ら」
「僕思ったことを素直に言ってるけど」
「マジかよ…性格悪ぃな、シェリル」
「どうとでも言え。僕は僕だ。文句は受けつけないよ」
「はいそこまで。進むっつってんだろ」
シェリルとルトの間に割り込み話に終止符を打つ嶺緒。
ルトには少し苦笑いしながら「悪ぃな」と謝られ、シェリルにはそっぽを向いてフン、とバカにしたような対応をとられたが。
と、不意にクローネが声を上げた。
「あ!依頼人ってあの三匹じゃないかなぁ!」
クローネが指差したのは、かたまって何やら話し込んでいるバオップ、ヤナップ、ヒヤップの三匹である。
「……多分な。まぁここはダンジョンでもあるから、野生のポケモンって可能性も考慮して迂闊に近寄らない方が、」
「おーい!ねぇ、キミ達が依頼人!?」
「………人の話は最後まで聞けよ」
「ざまあみろ」
嶺緒の話を聞かずに近寄っていったクローネは、こちらを振り向いて怪訝そうな表情を見せている三匹に笑顔を向けて話しかける。
「ボクらは冒険チーム『アストラル』!!キミ達が依頼人、で合ってる?」
「おう」
冒険チームとわかったからか、警戒を薄めた三匹。リーダー格と思わしきバオップがクローネの質問に返答する。
「ボクはクローネ!よろしくね」
「俺は月影 嶺緒。嶺緒でいい」
「オレはルト」
クローネが最初に名乗り、それに乗じて『アストラル』のメンバーは次々と名乗っていく。もちろん、他人と関わり合いを持ちたくないシェリルは別として、だが。
「オレはラナス。よろしくな」
「ボクはシャオンだよ。まぁよろしくね?」
「えっと、僕はソルテ……です」
若干上から目線な態度のバオップ、ヘラヘラと笑っているヒヤップ、オドオドとしたヤナップの順に名乗りを入れていく。
と、ここでシェリルが面倒くさそうに声を上げた。
「ねぇ、面倒な名乗りとかどうでもいいからさ。さっさと依頼終わらして帰りたいんだけど」
この発言に苦笑いを漏らすクローネ、「またか……」と頭を抱える嶺緒とルト。
と、ラナスとシャオン、ソルテの表情が変わった。ラナスは表情を歪め、シャオンは目を見開き、ソルテはオロオロとしだす。
三匹の視線の先にいるのは、もちろんシェリルだ。シェリルは不機嫌そうに口を開く。
「…何」
シェリルがそう呟いた瞬間、ラナスがシェリルに飛び掛かった。
『アストラル』の面々が驚きに目を見開く中、シェリルだけは表情を崩さずに軽い身のこなしでラナスを避ける。しかしラナスもすぐに着地すると、すばやく火の粉を放つ。シェリルはそれを咄嗟に空中へと跳ぶことによって避ける。
と、その時いきなりのことで放心していたクローネがハッと我に返り、慌ててラナスを止めにかかる。
「って、ちょっとストップストップ!!いきなり何してんの!?」
「うっせぇ!こいつが悪ぃんだろーが!!」
「は?冗談はそのイカれた頭だけにしてくれよ」
「んだと!?」
「シェリルもなんでケンカ売るのさ!?」
「僕は思ったことを口にしただけだけど」
「だからそれがマズいんだろうが」
「銀色スペシャル大バカチビに言われたくないね」
「だからその呼び方やめろっ!!」
「プッ……!銀色スペシャル大バカチビって……!!クククッ……!!」
「テメェも笑ってんじゃねぇ」
妙にカオスな状況下の中、シェリルは仏頂面になり、クローネは慌て、ラナスは怒りをあらわにし、シャオンは笑い転げ、最初シェリルにツッコんでいた嶺緒は急に笑いだしたシャオンを睨みつけ、ソルテは始終オロオロしているだけである。
「ねぇ、ラナス!シェリルがいったい何したの!?お互い面識なんてないよね!?」
「はぁッ!?ふざけんな、こいつはな、俺たちから大切な道具を奪った盗っ人なんだぞ!?」
この言葉に、その場はしんと静まり返った。
その沈黙を破ったのは怪訝そうにラナスを睨んでいる、今まさに疑いの目を向けられたシェリルだった。
「……はぁ?」
と、いかにも不機嫌極まりないとでも言いたげな声音で疑問の声を上げる。
「……何の話?」
「とぼけてんじゃねぇ!!テメェがオレ達から大切な道具を盗ったんだろうがっ!!?」
「なんでそんな非効率的なことをこの僕がしないといけないのさ、面倒くさい」
「あ゛ぁっ!?」
「先に言っとくけど僕は他人と関わり合うのが大っ嫌いだ。たとえそれが他人から物を盗むっていうこと関わり方であっても、ね。そんな非効率的なことするぐらいならもっと自分の理にかなったことをするし、そもそもそんな嫌なことをしてまで他の奴から物を盗るほどボクはひもじい思いはしてない。まぁひもじくたって他人と関わるようなこと絶対にしないけど」
これを真顔で言ってのけるシェリルに、思わず苦笑を漏らしてしまうクローネと自然と溜め息が出てしまう嶺緒とルト。
ソルテは唖然としているし、ラナスはさらに表情を歪めている。そして、間を置いてクツクツと笑いだすシャオン。
「……ってシャオン!?テメェなんで笑ってんだよ!?」
「クククッ……いやぁ、面白い心意気だな〜って思ってさぁ……ククッ……それを真顔で言ってのけるんだもんな……っ!!ハハハッ!!」
「ねぇあんた、僕のことバカにしてんなら今すぐそこに埋めるけど」
「ハハハハッ……い、いやいやこれでも褒めてるつもりなんだよっ……クククッ…!」
「どう聞いてもバカにしてるようにしか聞こえないのは僕だけじゃないよね」
「……おいシャオン、テメェが話に入るとどうにもややこしくなるから黙っとけ」
「あ〜あ、怒られちまったぁ……
でもまぁ…えーっと、シェリル、だっけ?キミの心意気、気にいったよ!よかったらボクとお友達にならないかい?あ、それと今度デートしようよ!」
「何こいつ気持ち悪い」
「ハハハ、即貶されたな!」
シェリルがすばやく貶してもヘラヘラと笑っているシャオン。シェリルはそれを見て痛々しい目を向けている。
と、嶺緒がシャオンに声をかける。
「デートって……お前、シェリルの性別知ってて言ってるのか?」
「いやぁ、気に入った相手だったら性別なんて別に気にしないさ!」
「何こいつウザい超気持ち悪い」
シャオンの発言に全員が引いたような目になり、シェリルが先程よりも酷い貶し方をする。
シャオンはその毒舌にすらヘラヘラと笑っている。その態度を見ていてどうやら毒気を抜かれたらしいラナスは呆れたような表情のままシェリルに視線を向けた。
「とりあえず、テメェが盗ったわけじゃないってことにはしとく。たが、疑いが晴れたってわけじゃねぇからな」
「どうぞご勝手に。僕のことを誰がどう思おうが関係ないし」
「だめだやっぱりテメェの態度は腹が立つ」
「僕もあんたのそのアホな頭に心底腹が立つよ」
こうして冒頭に戻るわけである。
そして『アストラル』のメンバーにラナス達三匹を加えて行動しているのだが、このカオスな状況に嶺緒とルトは先ほどから溜め息をつくばかりだった。
「おいコラ、戦ってる最中に邪魔するんじゃねぇ!!」
「は?邪魔なのはあんただよ、どっか行ってくんない?そして宇宙の塵と化してくれると途轍もなく好都合なんだけど」
「あ゛ぁん!?なんだとテメェ…もう一回言ってみろっ!!」
「あれ、聞こえなかった?要はどっかに消えろって言ってんだけど。そんなのも分からないなんてバカの極みだろ。さすがアホな頭してるだけはあるね、燃えカス猿」
「ざけんなテメェッ………!!」
「ブフッ……!も、燃えカス猿とか……すげーあだ名ッ…クククッ………!!」
「シャ、シャオン……そこで笑ったらラナスに失礼だよ……」
「ソルテ、そこは注意より否定してくれた方がありがてぇんだが…」
「へっ!?あ、ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃぃ!!」
「あんたが燃えカス猿ならこっちは謝り猿、ってとこか」
「んだとテメェ!?つーかいいかげん燃えカス猿ってのを訂正しろ!!」
「ブフフッ……!?あ、謝り猿とかッ…クククッ……!!」
「テメェも笑ってねぇで少しは反論しろ!!」
「うぅ…ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃぃ……!!」
「いやもういいから落ち着けソルテ!?」
そっぽを向きながらバカにするシェリル、食って掛かるラナス、何故か爆笑しているシャオン、ひたすら謝るソルテ。
この様子を傍観していた嶺緒は何度目かわからない溜め息をついた。
「なんだってんだよこのカオスな状況……」
「あはは、仲良さそうでいいよね!」
「コレを見てて仲良しだと思えんのはクローネだけだろーな」
「ルトに激しく同意」
「へ?なんで?」
きょとんとした表情のクローネに、彼を説得するのは骨が折れそうだと悟った嶺緒とルトは揃って溜め息をつく。
するとラナスと言い合いを繰り返していたシェリルが近寄ってきた。しかもその表情は確実に呆れを表している。そして若干バカにしているようにも見える。
「何してんの、辛気臭い顔して鬱陶しいったらありゃしない。溜め息ばっかりついてると幸せが逃げるって、昔一緒にいた奴が言ってたけど」
普段ならこの毒舌に言い返す嶺緒だが、この時嶺緒には別の興味が湧いた。
「一緒にいた奴?仲間か?」
「え、シェリル、仲間いないって言ってたけど実はいたの!?」
普段のように食って掛かってこなかった嶺緒に、若干驚きを隠せず一瞬動揺を見せたシェリルだが、すぐにその表情には平静を取り戻す。同じように興味を持ったらしいクローネとルトにチラリと視線を向けてから簡潔に答える。
「違うよ、昔僕があいつを匿ってただけ」
「……匿ってた?」
「そ、まぁ世の中いろんな輩がいるもんだからね。まぁ昔のことだし、あの時は小さかったから同情なんかしちゃって家に匿ってたのさ。
……まぁアレも、いくら品行の失われた奴らとはいえどさすがに人の私有地の中にまでは踏み込んでこなかったし、気持ちもわからなくはなかったし」
「は……?」
何が言いたい。
そんな表情をしたクローネと嶺緒とルト。シェリルはクローネに視線を向ける。
「クローネは名前くらい聞いたことあるよね、多分。ルトアだよ、ルトア」
「あ……」
そういえば出会った日の夜に友達の定義について話した時にシェリルが出していた名前だ、とクローネは頭の片隅でそんなことを思い出す。
シェリルは言いたいことは言ったとでも言いたげに、平然な態度で近くに来ていた野生のポケモンを倒しに行く。
まぁ、そこでもやはりラナスと言い争いになってはいたが。
「シェリルって……優しい子だよね!!」
「え!?今の話そんな感じで片付けられる話だった!?」
「……まぁ、ちゃんと話してくれるまではそれでいいんじゃねぇかな」
嶺緒は深く掘り下げないことを決めたのか、さっさと進んでいた依頼人のところへと歩いていく。
クローネもにっこりと微笑みながら「そうだね」と頷くと同じく依頼人のところへと走っていく。
「……あっさりしてんな、なんか」
ルトだけは何とも言えない表情のまま、それでも一応納得はしたのか、ゆっくりと面々の後を追っていった。