第三十八話*能天気なタイプは油断禁物
メルスのふとした提案から、一緒に行動しているクローネとメルスは森の中をハイペースで進んでいく。
少し薄暗い森の中を歩いていくクローネとメルスは、傍から見るとただ単に話題に花を咲かせているようにしか見えなかった。
「そっかぁ〜!メルスは妹がいるのかぁ」
「おう!それはもう可愛いのなんの!!大人しくて、でも好奇心旺盛で可愛いしなんだかんだでウチのこと気にかけてくれてる、それはもう途轍もなく可愛い妹なんだぜ!」
どうやらシスコンらしいメルスは、妹の事を細かに嬉しそうに話している。クローネは聞き飽きることなく、しっかり話を聞いてくれるのだからなおさらだろう。
といっても、クローネの中ではツタージャ=シェリルという謎の方程式が出来上がっていたので、メルスの妹のイメージを思い浮かべようとすると、どうしてもシェリルしか出てこない。しかも、メルスにはどこかシェリルと同じ面影を感じる気がしたのだ。しかし、メルスの話に出てくるのはシェリルとは似ても似つかない少女である。妙な感覚に襲われたクローネは、話の合間を見つけてメルスに質問してみた。
「ねぇ、もしかしてメルスの妹って、他人嫌いで他人と関わろうとしないクールで冷めた口調で……えっと…あ、あと一人称が「僕」のツタージャ?」
中世的な声色のシェリルの性別はクローネはおろか『アストラル』の面々ですら知らない。一人称や口調から男というイメージが強いとクローネは思っていたのだが、もしかしたら女である可能性とてある。
あえてシェリルの名を出さなかったのは、前にシェリルがいない時にシェリルの名を出したことがバレたために、こってりと怒られ、ついでに脅されたからだ。よってクローネはシェリルが傍にいる時以外はシェリルの名を簡単に明かさないことにしているのだ。
遠回しに質問したのもそのためだ。
多少なりの反応をクローネは期待していたのだが、メルスはきょとんとするだけだった。
「ん〜……ウチの妹とは違うんじゃねぇかな?たしかに人見知りではあったし多少なりともクールなとこはあったけど、そこまで他人が嫌いってわけでもねーから他の奴とは普通に接せるし、別に冷めた口調ではねぇし、そんでもって一人称は「私」だぜ?」
「ふ〜ん、そっかぁ」
どうやら別人だったようだ。
そしてよくよく考えてみれば、シェリルは別世界から来ているのだ。此方の世界のポケモンであるメルスと兄妹のわけがなかった。面影を感じたのだって、おそらく同じ種族だったからだろうとクローネは納得した。質問した後に気づいたクローネはちょっと失敗したなと、頭を掻いた。
とにかく話題を変えようと、何か話題になりそうなものを探す。
「そういえばさ、メルスって綺麗な目をしてるよね」
「おうっ!?い、いきなりだな!?
……でもサンキューな。あんまりウチの目のこと褒めてくれる奴っていないんだ。まぁ、通常とは違うし、仕方ねぇんだろーけど」
話題を変えるために何となく口にした言葉。
メルスの美しいエメラルドのような深緑の瞳を見て、クローネが率直に思ったことだ。クローネはそう思ったので素直に言葉にしたのだが、メルスは簡単に照れた。それと同時に、悲しそうな目をしているのがクローネにはわかった。
「ボクは好きだけどなぁ、メルスの目。本物のエメラルドみたい!」
「……ありがとな!そういってもらえると嬉しいぜ!」
ニカッと精悍な笑顔を見せるメルス。少し辛そうではあったが、それでも褒められて嬉しいという嘘偽りのない笑顔だった。
クローネは再び話題を探した。あまりメルスの心を抉らないような、しかし他愛のない話題を一生懸命頭の中で考える。その間にも静かな沈黙が流れていき、クローネは焦る。
そしてふと思いついた話題を急いで口にした。
「メルスは、どこら辺出身なの?」
「ん〜……辺境?」
「へ、辺境?」
「そ。多分言ってもわかんねぇだろうから言わねーけど」
何がおかしいのか楽しそうにくつくつと笑うメルス。何故笑われているのかわからないクローネは首を傾げる。
「なんでそんなに笑ってるの?ボク、笑われるようなことした?」
「ククッ…いや、わりぃ、そんな大笑いするほどじゃねーけど、あんたがあまりにも一生懸命話題を探してるもんだから、逆に面白くってな……クククッ」
「えぇ…!?だって話題が長続きしなさそうだし……。っていうか、いつまで笑ってるのさ!?」
「アハハハッ!!」
「ボク笑うのやめてって言ったのになんで逆効果になってるの!?」
「アハハハッ……!!わ、笑い過ぎて腹いてぇ……!!」
「もう!!そんなに馬鹿笑いしなくたっていいじゃんか!」
「わ、わりぃ……笑いが…止まんなくてさッ……!!クククッ……!」
クローネは頬を膨らませて抗議するが、一向にメルスの笑いは治まる様子を見せない。どうやら相当の笑い上戸らしい。
メルスはしばらくケラケラと笑っていたが、ようやく落ち着いてきたらしく、肩を揺らしながら息を整えていた。
「はぁっ……あー笑い死にするかと思った!」
「うぅ〜……だから笑いすぎだってば〜……」
「ハハッ、わりぃわりぃ」
笑顔を浮かべながら謝るメルス。全く誠意が込められていないようにも見えたが、クローネは頬を膨らませながらも許した。
「ところでさ、クローネ」
「ん?どうしたの?」
「アレさー…仲間、ではないと思うけど………明らかにこの森のポケモンじゃねーよな?」
「………え?」
メルスが指差した方向には、一匹のシンボラーがいた。クローネは数秒間それを見ていたが、やがて今日の逮捕するべきお尋ね者がシンボラーだったことを思い出した。
数秒の沈黙の後、クローネは急に叫んだ。
「……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!お尋ね者ーーーーーーーーーー!?」
「うわっ!?な、なんだよいきなり!?」
いきなり発されたクローネの大声に、驚いた表情を見せるメルス。唖然としたメルスは、次の瞬間「あ、ヤベ」と呟いた。その言葉に、きょとんとした表情のクローネはメルスの視線を追う。そして何故メルスがそんな言葉を呟いたのかわかり、顔を引きつらせた。
そこには此方をじっと睨みつけている、お尋ね者であるシンボラーの姿があった。
「あわわ……ど、どうしよ……」
「……ったく、しゃーねぇな……」
慌てるクローネとは対称的に、肩をすくめながら落ち着た雰囲気のメルス。
メルスの言葉に、クローネは「え?」と首を傾げた。
「おいそこの……変な奴!ウチが相手してやる、かかってきなよ」
挑発的な呼び方と言葉でシンボラーに話しかけるメルス。その言葉に、いとも簡単にシンボラーの表情が変わる。どうやら挑発に乗ってきたらしい。
メルスはそれを確認するとフッと不敵な笑みを浮かべた。
クローネは驚いた表情を隠せないでいる。ピンからキリの強さのお尋ね者たちの中でも、このシンボラーはまあまあの手練れであったはずだ。だからこそ念には念を入れて相性の良いクローネとルト、『アストラル』の中でも実力を誇るセシリアや嶺緒を組んできたのだ。
しかしメルスはそれを一匹で相手すると言っているのだ。しかも、負ける気など毛頭ないとでも言いたげな不適な笑顔を浮かべながら。
「メ、メルス!無茶だよ、ボクも戦うよ!!」
「ん?大丈夫だって、ウチまあまあ強いから♪無茶かどうかはやってみなきゃ分かんねーぜ?」
そう言って、メルスはにっこりと無邪気で精悍な笑顔を浮かべた。
やがてしんと静まり返った森の中で、クローネは呆然と立ち尽くしていた。
目の前に広がる、繰り広げられた戦闘の痕や、完膚なきまでに叩きのめされ倒れているシンボラー。そして、笑顔で伸びをしているメルス。
(ほ、本当にいとも簡単に倒しちゃった……)
お尋ね者であるシンボラーと余裕綽々のメルスが始まってというものの、形勢はあまりにも一方的だった。
相性からしても有利なのはシンボラーであるはずなのに、メルスは不敵で精悍な笑顔を崩すことなく、相性という不利な状況を見事に覆してみせた。
「おしっ!クローネの仕事完了だなっ!」
「えっ?あ、あぁ…うん、そうだね」
実際に倒したのはメルスなのに、その本人にそう言われたために妙な気分になるクローネ。
「にしても、お尋ね者を倒したのはいいとしてだ。お尋ね者っていう余計な荷物が増えたせいでクローネの仲間探しが面倒になったな」
「あはは……」
倒れているシンボラーをチラリと横目に見ているメルスが、お尋ね者を余計な荷物呼ばわりしたことに、クローネはもはや苦笑いしかできない。
「そもそもウチ、クローネの仲間を見つけたらそいつらに見られる前にささっと退散するつもりだったんだけどなぁ……」
「え?なんで?」
「ん?あぁ、ウチってこの目のせいで目立つだろ?ウチは…まぁいろいろと諸事情があって、あまり目立ちたくないんだ。だからクローネにもウチと会ったことは秘密にしてほしいんだ」
「メルスと会ったことを?」
「そ。……まぁ、どうしても秘密にできねぇってんならウチもあんたに対してそれ相応の対処をしなきゃなんねーんだけど?」
にっこりと笑顔のまま妙に気迫のこもった恐ろしい言葉をさらりと述べる。黒々としたオーラと言葉から脅しであると悟ったクローネは顔を青ざめさせコクコクと頷く。
「ん、ならいーや♪」
先程の黒い笑顔とは全く似ても似つかない無邪気な笑顔を向けるメルス。
「じゃあ、ウチはこれで!またどっかで会えるといーな、クローネ!」
「え?あ、ちょっ――――」
クローネは慌てて静止をかけたが、メルスはツタージャ特有の運動神経でさっさと森の中へと消えて行ってしまった。
「おーい、クローネーーーーーー!!」
ちょうどメルスが去ったタイミングで聞こえてくる、嶺緒の声。
まさかメルスはこれを読んであのタイミングで去っていったのだろうか。
クローネは驚いた表情を隠せずにはいられなかった。
そもそも、とクローネはある事実に気づき、首を傾げた。
「ボク…メルスに嶺緒達の種族教えたっけ……?」
種族が分かっていなければ、彼らがクローネの仲間かどうかすらわからないはずなのだが、メルスはそんな懸念すら抱かせない表情のまま去っていった。
「…おい、クローネ?」
「ふぇっ!?」
「大丈夫か?ボーっとしてたっぽいけど」
「え――あ、うん。大丈夫だよ」
一瞬メルスのことを口走りそうになったクローネだが、メルスとの約束(と脅し)を思い出し、何とか堪えて誤魔化した。
「うわっ!?お尋ね者じゃねぇかよ!?」
「まさかクローネ、貴方一匹で倒したの?」
「えっ違うよ!?」
メルスのことを言えない今、肯定するしかなかったのだが、反射的に否定してしまうクローネ。当然、否定した後に言葉に詰まることとなった。
しかし、逆に三匹は納得がいったようだった。
「……まぁ、やっぱりクローネ一匹ってのはさすがにキツいよな」
「まぁ、言えてるっちゃ言えてるな」
「そんな気はしてたけど……そうなると誰の仕業なのかしら?」
「アレじゃねーか?あのモンスターハウスを倒した奴」
「…まぁ、その可能性は高いだろうな」
「そうね。……とりあえず、お尋ね者を連れて行きましょう。目を覚まして戦闘になったら厄介だわ」
クローネには三匹の会話がさっぱりわからなかったが、それでも話の断片で思い起こされる人物は、間違いなくメルスだった。
嶺緒はシンボラーに向かってバッジを翳すと、「ほら、さっさと帰るぞ」と声をかける。その声にクローネとルト、セシリアはそれぞれ頷いた。
その様子を遠くの木の上からジッと見ている者がいた。四匹の様子を見て、フッと微笑む。
「いや〜よかったよかった!クローネが約束守ってくれて。まぁ、約束を守れなくても、ウチは別に危害を加える気はさらさらなかったけどな〜」
ケラケラと笑いながら四匹を見つめるツタージャ――メルス。
「冒険チーム『アストラル』……かぁ」
小さく呟きながらメルスは楽しそうに微笑み、その目に悪戯っぽい光を宿らせるのだった。