第三十五話*意外な人が怒ると怖かったりする
【林の横穴】
真珠が大切な首飾りを盗まれたという場所、【林の横穴】で、『アストラル』は盗んだポケモンを探しながらダンジョンを攻略していた。
「「シャドーボール!」」
同時に技を繰り出す真珠と嶺緒。二匹の技は襲いかかってきていたタツベイとオタマロに直撃し、戦闘不能へと追い込む。
「はぁ……」
「いやぁ、冒険はやっぱり楽しいねぇ〜!」
「ってのんきに冒険楽しんでんじゃねぇよ!?お前完全に目的忘れてんだろ!?」
「…あ」
「いや「あ」じゃねぇよ!?普通依頼主が目的を忘れるか!?」
「てへっ、ごめんねぇ〜♪」
「おい謝る気ねぇだろ!?」
そこへ、オタマロとバルチャイを倒してシェリルとクローネが戻ってくる。
クローネは仲が良いな〜などと考えながらこの様子を傍観しているし、シェリルは呆れたような目線で此方を眺めている。
「……こんなダンジョンのど真ん中でお喋りだなんて、よっぽど暇なんだね」
「いやちげぇよ!?」
「嶺緒とお喋りしてる時はなんだか不思議なテンポで話が進んでいくねぇ。あ、楽しくお喋りしてるからかなっ?」
「俺ツッコんでるんだけどな」
「ったく、天然の大バカが一人増えた」
「え、どこにっ!?」
「姉さんそこ目を輝かせるところじゃない。そしてシェリルが言ってるのは確実に姉さんだからな?」
呆れたような表情を隠しもせず、溜め息をつく嶺緒。
一方の嶺緒とは正反対に、ニコニコと笑顔を崩さない真珠。
二匹を交互に眺めていたクローネは首を傾げながら口を開いた。
「うーん…なんか、二匹ってあんまり似てないよね……」
「……まぁ、よく言われるよな」
「だねぇ〜。なんでだろーね〜?」
「間違いなくあんたの天然ぶりの酷さと銀色チビのツッコミ癖のせいだと僕は思うけどね」
「チビっていうなっ!あと色で呼ぶなっ!!」
「え〜?私は天然記念物じゃないよ〜?」
「姉さん、それは天然の意味が違う」
「あれ?」
「あ、自然ってことかな?」
「クローネそれはそれで意味が違う」
「……何この茶番」
「あはは、楽しくていいよね〜!」
「……はぁ」
きょとんとしている真珠、呆れたようにツッコむ嶺緒、そして何故か楽しそうに笑顔を見せているクローネを見て、シェリルは改めて面倒くさい組み合わせになったと溜め息をつくこととなったのだった。
「そういえば……」
ダンジョンを進む中、唐突に口を開いたのは嶺緒だった。
シェリルは怪訝そうに、クローネと真珠は首を傾げて嶺緒の方へと視線を向ける。
「姉さんのその首飾り、誰が盗ったのか覚えてないのか?」
「あ、そういえばそうだね!真珠、心当たりはないの?」
嶺緒のもっともな問いに、クローネも重ねて問いかける。真珠は真剣な表情(本人にとっては)をしながら一生懸命考えこんでいる。
その表情に、クローネも真剣な表情で続きを促し、嶺緒も珍しい姉の真剣な表情に少し真面目な顔つきになって真珠の答えを待つ。
やがて真珠はパァッと表情を明るくさせ、何故か楽しそうに声を上げた。
「うん、覚えてないや〜!」
そのあまりにも楽観的でさらりとした発言に、嶺緒はずっこけた。
クローネは真剣な表情(本人にとっては)で「そっかぁ〜」と呟いている。シェリルに至っては痛々しい視線を向けている。
「覚えてないって……」
「その時は眠くてね〜、眠る準備してウトウトしてる時だったからね〜」
「ウトウト?」
嶺緒が若干訝しげに聞き返すと、真珠はニパッと笑って答える。
「此処で野宿しようと思って寝る準備しててね〜、ウトウトしてた隙に持ってかれちゃったの〜。だから覚えてないんだよね〜」
「ちょっと待てダンジョンで野宿とか頭おかしいだろあんた」
シェリルのツッコミに真珠はきょとんとした表情で「え?なんで〜?」と首を傾げている。
その反応に、逆にシェリルが唖然とする。
どうやら本気でなぜ今ツッコまれたのか分からないようだ。まずダンジョンで野宿すること自体、危険を伴う。いつ何時襲われるかわからない状況下で寝るという精神がまず信じられないのだが。
呆れて何と言ったらいいのかわからないシェリルに、嶺緒は声をかけた。
「…諦めろ、これが姉さんだから。これ、続けててもキリがないから面倒くさくなったらてきとうな理由でも言って放置しとけ」
「十分面倒くさいんだけど」
顔を顰めるシェリルは、未だに首を傾げている真珠を放置して再び歩き出す。クローネはその後をついていく。
嶺緒は溜め息をつき、呆れ顔で真珠の方へと視線を向けた。
真珠は至って真面目な顔で嶺緒に視線を向け、口を開いた。
「ん〜…?嶺緒、ダンジョンで寝泊まりするのって普通だよね〜?」
「それだけはない」
やがてシェリル達は奥地に着いた。
今まで首飾りを取ったポケモンを真珠の曖昧な記憶をもとに探していたのだが、それらしきポケモンは見つからなかった。
出てくる野生ポケモンを倒し、首飾りを探したりしたのだが、一向に盗んだポケモンも首飾りも見つからない。
シェリルは奥地を見回し、首を傾げた。そして顔を顰め、口を開いた。
「やっぱり逃げたんじゃないの。いつまでも此処にいるわけないでしょ」
「まぁ、その可能性もあるにはあるな。もしくは見つからないように潜んでるかもしれねぇしな」
「うわ何ソレ。性格悪すぎだろ」
「少なくともお前に言われたくはねぇと思うけどな」
「それはあんたのことだろ、ツッコミ銀色チビ」
「オレはチビじゃねぇって何度言ったら分かんだよ!?あと色で呼ぶな!あと好きでツッコんでんじゃねぇっつーの!」
「じゃあツッコむのやめたら」
「少なくともお前がまともなこと言ってくれれば俺もツッコまずに済むんだけど!?」
「二匹は仲良いねぇ〜……は、まさか!?」
「少なくともあんたが考えてるような仲じゃないと思うよ」
「え、そうなの!?わくわくキラキラのドカーン!みたいな関係じゃないのかぁ〜………。
うーん、それじゃあ私には嶺緒とシェリルの関係が分からないなぁ〜」
「いや姉さんの頭ん中がさっぱり分かんねぇよ」
姉の不思議な発言にツッコむ嶺緒。ツッコむ対象が3つであるためか、もはや疲弊した顔を隠せていない。
「ともかく首飾りはねぇし、長居しても無駄だろうな」
だからさっさと帰るぞ。
そう言いかけた嶺緒の言葉は出なかった。いや、正確には妙に弾んだ調子の鼻歌が聞こえてきたことにより、拍子抜けして言葉が出てこなかったという方が正しいだろう。
怪訝そうな表情を見せたシェリルも、きょとんとした表情を見せたクローネと真珠も、呆れた反応しか見せることしかできない嶺緒も、全員が鼻歌の聞こえた方へと視線を向けた。
二つの影が見え、やってきたのはスバメとパチリスの二匹。鼻歌を歌っているのはスバメの方だ。一方のパチリスは呆れた表情である。
「なぁ、いい加減にしておけ」
「だってこれはお宝だぜ!?しかも滅多に見つかるもんじゃねぇし!」
「「「「………」」」」
目の前の二匹は何故か四匹に気づきもしていない。
スバメは未だに得意げに胸を張っている。彼が得意げに翳している、きらりと光る何か。
それこそが彼らの言っているお宝とやらだろう。
「だから、取り返しに来てたらどうするんだ」
「大丈夫だろ!あのポケモン、見た感じトロそうだし!それに、もしかしたら盗まれたこと自体気付いてねーかもよ?それに、オレに手さばきは完璧だし!計画も完璧!」
「……衝動的に盗ってきただけだろ、キラキラに反応して」
「ち、ちげーし!計画的にだし!」
「つーか俺達は――」
そこまで聞き取った時、嶺緒は恐ろしいオーラにゾクリと身を震わせた。
まずい。
本能がそう告げていた。シェリルも怪訝そうに視線を移し、そして唖然とした。クローネに至っては顔を引きつらせている。
と、スバメとパチリスも此方を向いた。そしてしっかりと顔を青ざめさせた。
スバメの方に至っては「うわ、ヤベェ」と声を漏らしていた。
此処にいる全員が表情を引きつらせている理由。その原因は、間違いなくスバメの持っているアクアマリンとアンバーをあしらった首飾りにあるだろう。
そのどす黒い雰囲気を醸し出している少女――真珠は、にっこりと黒い笑みを浮かべる。
「ねぇ……私の大事な首飾り盗ったの、あんた達だよねぇ〜…?」
声が若干低くなったためか、黒いオーラを浮かべながら笑っているせいか、恐ろしく怖い。
シェリルは若干顔を引きつらせ、クローネは思いっきり笑顔が引きつり、スバメとパチリスの二匹はかなり顔が青ざめている。弟である嶺緒ですら顔が青ざめている。というより、顔面蒼白だ。
「お、おい…ラクシャ……お前、あんな怖い人から盗ったのかよ……!?」
「う、うるせぇよラシア…!オ、オレだってこんなに怖いとは……ヒッ!?」
ラクシャと呼ばれたスバメと、ラシアと呼ばれたパチリスは嶺緒並みに顔面蒼白になり、真珠がにこっと微笑んだ瞬間に思わず悲鳴を口から漏らす。
「ちょ、チビ……何コレ、こんなの聞いてないんだけど」
「なんか急に真珠が怖くなったよ……!?」
「ちょ、とりあえずチビっていうな」
シェリルに先にツッコんでおくと、未だに顔を青ざめさせながら口を開く。
「真珠姉さんは……兄弟の中でも1〜2番を争うほど、怒らせたら怖ぇんだよ……」
「え、そんなに……!?」
「へぇ、意外」
「とりあえず……あいつらには、「ご愁傷様」としか言えねぇな……」
その後のシェリルとクローネ曰く、その時の嶺緒の目はすでに諦めきった遠い目そのものになっていたとか。
真珠は怯える二匹ににっこりと黒い笑みを見せた。
後々にシェリルは、その時の真珠の瞳を“悪魔みたいな目”と称していたりしていた。
「覚悟はいいよね♪」
「「ヒィィィィィィィィィイッ!?」」