ポケモン 不思議のダンジョン 〜光の煌き 闇の誘い〜






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*第四章*Resumption of accidental encounter and fate
第三十四話*姉弟
深夜のことだった。



















―― シェリル……!! ――
















「……っ……!」

ポケモンパラダイス≠フ一角にあるクローネ達の住む家。
深い眠りについていたはずのシェリルは、目を見開き跳ね起きた。震える体を落ち着かせるようにそっとさする。深い深い真夜中、誰もが寝静まる時間帯の中、シェリルの息切れの音だけが響く。

「…っ……なんでだよ……」

忌々しげにそう呟く。

忘れられない。

そんな思いが脳裏をよぎる。あの優しい声も、あの明るい笑顔も、彼の存在も、子供の頃の自分の浅はかでバカげた願いも。

もう捨てたはずなのに、何度も何度もよみがえってくる忌々しい記憶。苛立たしさに、シェリルは思わず舌打ちした。

「僕はもう…戻れるはずがないのに……もう、無理なのに……!何で、今更……」

頭を振り、忌々しい記憶を頭の片隅へと追いやる。二度と思い出したくもなかった。


ふと気を紛らわせるために隣のベッドを見ると、そこにいるはずの銀色のイーブイ――嶺緒の姿がなかった。

「……?」

首を傾げるシェリル。何故、嶺緒はいないのだろうか。
奥の方に視線を移すと、端の方に置いてあるもう一つのベッドでは、クローネが幸せそうに眠っている。

「…外か」

何だか目が冴えてしまったので、ベッドから起き上がって暇つぶし程度の気持ちで嶺緒を探しに行くことにしたシェリル。

さっさと家を出たシェリルは、まずどこを探そうかと悩むことになった。

(ん……パラダイスの方かな)

シェリルは朝、必ず誰もいないパラダイスの方へと向かう。そこで一通り散歩をしながら鼻歌を歌い、戻ってきて朝食の支度をするのだ。
シェリルは、まだ開拓もされていない荒れた大地をぐるりと一周してみた。しかし、嶺緒の姿はない。

いったん家の前まで戻ってくると、シェリルは腕を組んで首を傾げた。

(パラダイスの方にはいなかった……じゃあ、何処だろ)

最初は何となく見つけてみようかという気まぐれ程度だったのだが、パラダイスを一周してまで見つからないとなると、やはり見つけてみたくなる。

「……あ」

そういえば、とシェリルの頭に一つの考えが浮かんだ。
今は彼の姉である真珠が、宿場町にあるテアの営んでいる宿に泊まりこんでいるのだ。

もしかしたら、嶺緒は姉に会いに行っているのかもしれない。

そう考えたシェリルは、腕組みを解いて宿場町へと歩きはじめる。
さすがに真夜中なので、いつもは店を開いているシュロもエトルも、依頼の処理などをこなしてくれるイリスも見当たらない。逆にこの時間帯に此処にいたら驚きだが。

パラダイスを抜け、十字路の道へとやってくる。
シェリルが十字路を横断し、宿場町へと向かおうとした、その時だった。

ふと通り過ぎた十字路を誰かが横切ったような気がして、シェリルは振り返った。
確かに十字路の真ん中には、見知らぬ誰かが立っていた。

水色と黒色を基調としたしなやかな身体。ぴくりとも動くことのない無表情。ワインレッドに輝く瞳は虚ろながらも鋭い光を放っている。首には白いマフラーが巻かれている。
リオルと呼ばれる種族だ。

と、そのリオルはシェリルへと視線を移した。
リオルのワインレッドの瞳とシェリルの緋色と深緑の瞳が互いを見つめ合う。

リオルはシェリルから目を離さず、何故か歩み寄ってきた。足音を最小限まで殺しているのが、彼の妙な雰囲気を際立たせている。

ぴたりとシェリルの目の前で止まったそのリオルに、シェリルは怪訝そうな表情を隠しもせずに問いかける。

「あんた、誰」

「………桐生(きりゅう) 飛燕(ひえん)

「……飛燕?」

おそらく東方の名前と思わしき彼の名を復唱する。
こくりと頷く飛燕。もっとも、その表情は一ミリたりとも動くことはなかったが。
今度は飛燕が、独特の響きを持つまだ少年らしい高さの声で尋ねる。

「………名前」

「は?」

「………そっちの」

シェリルは怪訝そうな表情を見せ、少ししてからやっと、おそらく自分の名を聞いているのだと察した。
とはいえ、他人嫌いのシェリルが今し方出会ったばかりのこの少年を完全に信用できるわけでもない。いっそのこと名前を教えずに話を進めてしまおうかとも思ったが、それだと向こうが此方を呼んでも分かりにくくなるだろう。

「僕はシェリル」

「…………シェリル?」

あえて下の名を教えなかったのは、完全にこの少年を信用するには至らなかったためである。
こてん、と首を傾げる飛燕はやはり無表情そのもの。

「………聞きたいこと、ある」

「は?何、さっさと言ってくんない?根暗」

またもバカにしたような呼び方をするシェリル。
もっとも、飛燕のその鉄壁の無表情が崩れることはなかったが。

「………【荒れ果て谷】って、どっち」

「あっち」

「……………」

無言でシェリルの指差した方向を、そのワインレッドに輝く目で見つめる飛燕。それでも、一切の隙を見せないこの少年をシェリルは少し驚きの目で見ていた。
しかし飛燕も、多少此方は警戒していることだろう。シェリルとて一切の隙を見せていないのだ。隙を見せるほど、シェリルは生半可な気持ちで生きていない。

「………そう、助かる」

「あっそ」

「……………ありがと」

飛燕はぺこりと頭を下げると、【荒れ果て谷】の方へと去っていく。まるで影が闇の中へと溶け込み、消えていくかのように。虚ろな無表情のまま、足音すら立てずに歩み去っていく少年が、シェリルには影そのものに見えた。
















「………真珠もいなかったな」

宿から出てきて呟くシェリル。先ほど宿へと足を運び入れ、何故かこんな時間帯まで起きていたテアに尋ねたところ、真珠は今し方出て行ったところだという。

「…パラダイス以外でこんな時間帯に誰にも迷惑かけずに集まれるっていったら、あの丘くらいか」

宿場町にある眺めの良いあの丘なら、集まるくらいできるだろう。

何故シェリルがここまで嶺緒達にこだわるのかは、本人にもよく分からない。ただ、直感で動いているからだ。曖昧なことは嫌いなシェリルだが、自分の勘で動くことは多々ある。

あの姉弟には、何かある。

そう自身の勘が告げているからこそ、シェリルはあの二匹の行動を窺っていた。一見何もない普通(とはいえないが)の姉弟に見えるが、何かを隠していることだけは明白である。

「……はぁ」

シェリルはいかにも面倒くさい、と言わんばかりの溜め息をつく。
しかしこれから先、もしも嶺緒達が厄介な相手となるのなら今のうちに探っておきたい。そんなことを考えながらシェリルは丘へと向かう。




そして、予想通り二匹は丘にいた。


丘から見える美しい星空を眺めている、月の如く輝く銀色の毛並みのイーブイ――嶺緒と、淡い青色を基調とした美しい毛色のニンフィア――真珠。

シェリルは会話の聞こえる範囲にできる限り足音を殺しながら近づき、バレないように身を潜めた。此方に気づいた様子がないあたり、どうやらシェリルが近くにいることはバレてはいなさそうだ。

二匹はずっと沈黙を貫き通していたが、やがて嶺緒がその沈黙を破った。

「……懐かしいな。こうやって姉さんと星を眺めるのも」

「……うん、そうだね〜」

「数年ぶり、だな。姉さんが()()してから、一度も会ってないもんな」

「………うん」

短く返事を返す真珠。溜め息をついた嶺緒は、立ち上がった。それでも、座り込んだ真珠の方が目線は高いが。

「……なぁ、なんでいなくなったんだ」

「…………」

「……どうして、俺達の前から姿を消したんだ?」

「……………」

「…なんでなんだよッ!!」

突如声を荒げる嶺緒。真珠は小さく肩を揺らしたが、やはり口を閉ざしたままだった。
嶺緒は表情を歪ませたが、やがて小さく溜め息をついた。

「……嫌気が差したのか。俺達に」

「…………」

「それとも……“月影一族”の宿命に、か?」

「……っ…!」

俯く真珠。図星だったようだ。
嶺緒の表情は相変わらず月のように儚げなままだった。

「それなら……いいんだ。俺も、逃げ出したようなもんだから。姉さんばかりを責めたてることなんてできない」

でも、と言葉を綴り続ける嶺緒。

「せめて、一言ぐらいは言ってほしかった」

「………………」

「……生きててよかったよ」

「…!嶺緒……ごめんねぇ」

真珠の、桃色の瞳から涙が一粒こぼれ出る。
嗚咽を漏らしながらポロポロと涙をこぼし泣き続ける真珠を、嶺緒は困ったように微笑みながら彼女の背中をさすっていた。

「…泣くなよ」

「ひぐっ…だってぇ……嶺緒の方がっ…ひぐっ…本当は私、の何倍、も、我慢してたのに……!私、何もできなくて……ごめん、ごめんっ……!」

「…気にしないでくれ。それに、我慢しすぎは姉さんだろ。いっつも泣きたい時に我慢して他の奴を励ましたり、自分の身を犠牲にして他の奴のことを守ったりして……。
…でも、少しは自分のことも心配してくれ」

「うっ…うっ…」
嗚咽を漏らしながらなおも泣き続ける真珠に、嶺緒はあやす様に話しかけ、優しく背中をさすっている。

シェリルは、来た時と同じように嶺緒達に見つからないようそっと足早にこの場を去っていく。
去っていくシェリルの背中を、嶺緒はジッと見つめていた。











十字路まで足早に歩いてきたシェリルは、ふと立ち止まり空を見上げた。
輝く星空。星や月さえなければただ暗く静かな暗黒の世界なのに、星々がその空をまるで道標を作るかのように儚げに、そして優しく照らしている。
暗黒の空というキャンバスに描かれる、遠い遠い世界から光を届ける星々。それは人々に道を示し、希望をもたらす光のようだ。
シェリルはこの空を、そんな風に解釈した。もっとも、すぐにアホらしいとでも言いたげな表情を浮かべていたが。

「……希望なんて、あるわけないのにね」













小屋に戻ってきた嶺緒は、ベッドに入っていたシェリルを見て、苦笑した。
シェリルが丘から去っていった時、嶺緒はその微かな音からシェリルがいたことに気づいた。
その時、シェリルがまるで消えてなくなってしまいそうに儚い表情を浮かべていたのも、嶺緒の視界に映っていた。
シェリルは人の見ていないところでふと消えてしまいそうな表情を見せることがある。それをシェリル自身が自覚しているのかどうかは定かではないが、人前では決して見せることのないシェリルの儚い表情は、まるで人肌に触れてしまえば溶けてしまう雪のようだった。

「…ったく」

自然とため息が漏れ、気がつけば小さく苦笑していた。

シェリルについてはよく分からない。クローネに一回尋ねてみたが、曖昧な笑顔で「ボクもよくは知らないんだ」と返されてしまった。『アストラル』のメンバーはおろか、宿場町のポケモンですら信用していない節のあるシェリルは、自分のことをほとんど語ろうとはしない。暇つぶし程度や、ふと思い立った時に時々少しだけ語ったりはするが、それはほとんどクローネに向けてだ。

しかし最初の頃は、エルムやルト、セシリアとはあまり口もきいていなかったが、この頃はたまに喋っているところを見かける。それだけでも中々の進歩なのだろう。笑顔でその様子を見守っていたクローネ曰く、全く警戒心を解く様子はないとのことだが。

「はぁ…無茶だけは、してくれんなよ」

眠っているシェリルとクローネを見て、無茶ばかりの兄弟を見守るような気分で嶺緒は苦笑いをその表情に浮かべたのだった。


■筆者メッセージ
ふと思いついたお話。嶺緒達の伏線を敷くつもりがシェリルの伏線を敷きまくってしまった←
そして何気にオリキャラ『桐生 飛燕』さんが出てきましたね。一応重要なキャラ……のはず(え
男の子に「つばめ」という名を付けるのはあまりよろしくないそうですが、意図せず付けてしまったのであえてそこはスルーします(おい
そういう意味合い抜きで見ていただけると光栄です。

そして実はテスト中です(待て
更新ペースが著しく上が……冗談です、下がります。
来週の火曜日までテストがあり、そして来週の土曜日には文化部内での部活のライブがありますので、再来週までは更新スピードが下がるものと思われます。ご了承願います。
レイン ( 2014/05/21(水) 21:44 )