第三十二話*クリスタル と 天然
チーム『アストラル』が結成されてから早くも数日が過ぎ去った。
ここらでは顔見知りの多い嶺緒に加え、人気者であったセシリアがチームに加わったことにより、ここら辺りではすっかり有名になった。
クローネは特に昔の物事に詳しいハーデリアと仲が良いし、シェリルも何だかんだ文句を言いつつもバイトとして時々テアの店を手伝っている。
最初こそ宿場町の者達にとってシェリルは近づきがたい存在だったが、(シェリル曰くクローネが勝手に余計なことを吹き込んだため)今ではシェリルのこのキャラにも皆慣れてきたようだ。
そんなある日、クローネはいつもより早く目が覚めた。
両隣のベッドはすでに誰も寝ておらず、キッチンからは食欲をそそる良い匂いが漂ってくる。
ベッドから抜け出したクローネが視線を向けると、シェリルと嶺緒が言い争いをしながら料理をしている。クローネは火花を散らして言い争いをしながら料理を作っている二匹に声をかけた。
「おはよー」
「あれ、いつもはこの時間帯は寝ぼけてるアホが珍しく早起きだなんて、明日は雨か槍が降るね」
「いやさすがにそれは失礼だろ」
「えぇっ!?ボクってそんな特殊な能力があるの…!?」
「いやクローネそれは例えだからな?そんな本気で受け取らなくていいからな?」
「あるんじゃない?興味ないけど」
「お前も煽るなっ!」
さらりと放たれたシェリルの言葉に、びっくりしたような表情で目を見張りながら自分の手を見ているクローネの反応に焦った嶺緒は何とか誤解を解こうとするが、何気にあおったシェリルの言葉にまたツッコミを入れる羽目になっている。
結局ごたごたとしていたが何とか朝食を食べ終え片付けを済ます。その後、掲示板に向かう前にふとクローネにシェリルが尋ねた。
「そういや、今日のメンバーはどうすんの?」
「えーっとね、今日はセシリアとエルムとルトのチームと、ボクとシェリルと嶺緒のチームで行こうと思うんだ」
「あぁ、俺はわるいけどパス」
「あっそ」
「何か用事でもあるの?」
「あぁ、テアさんの店の手伝いを頼まれてんだ。わるいな」
「ううん、大丈夫だよ!頑張ってね!」
「そのまま帰ってこなくても僕としては別に構わないんだけどね」
「何でだよ」
そっぽを向いて表情一つ変えずにさらりと述べられたシェリルの言葉にツッコむ嶺緒。
呆れたような表情を見せながらも「じゃあな」と言って宿場町の方へと去っていった。
その後シェリルとクローネが掲示板の前に行くと、既にエルム達は依頼を見ている最中だった。
「おはよー」
クローネが挨拶をすると、それぞれが挨拶を返す。
「今日はボクとシェリルのチーム、セシリアとエルムとルトのチームで出撃するよ!嶺緒は手伝いが入ったから今日はお休みだって」
「チッ…なんでオレがセシリアなんかと…!」
「え?だって一番強いセシリアを中心にして組むとこのメンバーが一番バランスがいいんだ」
今まで実力を見た限りでは、このチームの中で一番強いのは旅をしてきて戦闘慣れしているセシリアと嶺緒だ。その逆にエルムは全く戦闘慣れしていないので戦闘には弱い。クローネやルトは中間といったところだろう。
シェリルに至ってはわかりにくい。戦闘はするが全くやる気がみえない辺り、戦闘値を計りにくいのだ。ただ、あまり戦闘に慣れている様子はないが運動神経だけはずば抜けて高い。
クローネの配分はかなり的確であるゆえに、ルトも文句は言えないらしかった。
何とも言えない表情を見せている。
「さ、早く依頼を決めちゃおう!」
「はいはい……」
クローネが笑顔で言った言葉にルトは気の抜けた返事をすると、依頼を選び始める。
シェリルは暇そうに虚空を仰ぎ、エルムはセシリアに話しかけられたので頬を赤らめつっかえながらも答えている。
「ボクはこれにしよっと」
「オレも決めたぜ」
ほぼ同時に依頼を決めて声を上げる二匹。依頼が決まるのを待っていた三匹の視線が一気に二匹に集まった。
「ルトは…救助の依頼なんだ」
「あぁ、まずは実践慣れしなきゃいけねぇからな。いきなりお尋ね者退治はキツいしな」
ルトはエルムのことを考慮して慎重に考えたようだ。
そしてクローネの持っている依頼のメモをざっと黙読し、口を開いた。
「お前らは…クリスタルを拾ってくる依頼か」
「うん!だから【トントン山】に行くよ」
クローネは何が楽しいのか笑顔で告げる。依頼メモをイリスに渡し、依頼ゲートを開いてもらう。
別の依頼に向かうエルム達にクローネは手を振ると(シェリルには「ガキだな」と呟かれていたが)シェリルと共に依頼ゲートをくぐり抜け、トントン山へと向かった。
【トントン山】
トントン山にやってくると、二匹は周りを見渡した。前回やってきた時は、エルムを救助することが目的だったので周りを眺めている余裕があまりなかったからだ。
シェリルは草木や花に視線を移している。
「これ、芝生だっけ」
「そうだよ!あ、この前は聞き忘れたけどシェリルは芝生知らないの?」
「言っただろ、僕は北方の寒いところ出身だし、外に出ないから雪景色や寒いところでも生き残れる針葉樹とかしか見たことないんだよ」
「そっか。じゃあ春ってわかる?」
「本とかで読んだことはあるけど、実際に体験したことはない」
「春っていうのはね、四季の中で一番花とかが咲いてるからすっごく綺麗で、しかもあったかくてウトウトしちゃう、ボクが一番好きな季節なんだ!」
「…すごくわかりにくい説明をどうも」
「どういたしまして!」
「今の皮肉混ぜたんだけど。わかりにくいってとこ聞き逃してるよね、確実に」
そんな会話をしながら、まっすぐ進む二匹。この前できた橋はまだそのまま残っていたため、わざわざまた橋を探しに行く必要性はないようだった。
二匹は真ん中の洞窟へと躊躇なく入っていった。
「電気ショック!」
「蔓のムチ」
現れたタブンネにクローネが近づいて得意技の電気ショックを放ち、止めと言わんばかりにシェリルが蔓のムチを繰り出した。反撃する間もなく戦闘不能になったタブンネ。
クローネはホッと一息つくと、無表情で歩き続けるシェリルに話しかけた。
「そういえば、二匹で行動するのってちょっと久しぶりだよね!」
「そう?【石の洞窟】以来だから、そんなに日は経ってないけど」
「うーん…嶺緒が一緒に行動することが多いから、そんな気がするだけかな?シェリルと嶺緒って仲良いから、見ててこっちまで和むよ!」
「よく言われるけどそれ酷く屈辱的だから。あと、あんたの和むポイントがおかしい」
実際ただのくだらない言い争いなのだが、クローネは見ていて和むらしい。クローネの和むポイントがおかしいのは気のせいではないだろう。
現れたオタマロを蔓のムチで倒しながらツッコむシェリル。
最近ツッコミを嶺緒に任せっぱなしだったので、随分と久しぶりな気がするな…とかシェリルが思ったのはここだけの話。
「だいたい、何度も聞くけどなんで僕があんな奴と仲が良いことになってんのさ?」
「え?だってシェリルはボクや嶺緒とはよく話してくれるけど、ボク達以外のポケモンとはあまり話してくれないじゃんか。特に嶺緒とはすっごく楽しそうに話してるし!」
「あんたら以外とあまり話してないのは事実だけど、あの銀色チビと楽しそうに話してるってとこだけは絶対認めない。あれは楽しそうに話してるんじゃなくて、言葉の戦闘なんだ」
「ふぇ?」
真顔のシェリルがさらりと述べた言葉に、首を傾げるクローネ。それを見てクローネに説明などとうてい無理だと悟ったシェリルであった。
楽しそうに歩いていたクローネだが、不意に足元にあった石に躓いて転んだ。
「うわっ!?」
「またか……」
天性のドジゆえか、それともここに何か妙な効力でもあるのか、【トントン山】では妙なくらい転ぶクローネに、シェリルは呆れた表情を見せるのだった。
やがてクリスタルのある、他の場所より少し広いところに出ると、クローネはまっすぐにクリスタルのあるところへと歩いていく。
「相変わらず綺麗なクリスタルだよね」
「珍しい純度の高い物だからね。そこらへんに出回っている純度の低いクリスタルよりよっぽど高値で取り引きされるんだ。
それに、こんな隠れた場所にあるからこのクリスタルも今までこんな風に勝手に取られることなく残ってたんだろーね」
「そっかぁ…だったらあんまり取らない方がいいね。
えっと…これでいっか」
クローネは落ちていた一つのクリスタルを拾い、シェリルに見てもらう。
傷が少ない良い代物であることを確認すると、シェリルは無言でクローネに手渡した。
クローネはそれをバッグにしまった。
「これで依頼完了だね!」
「何だろ…今日は無駄に疲れた」
「えっ……シェリル、まさかもう歳だったりするの!?だからキツいの…!?」
「爆ぜろ」
無事に任務を終え、パラダイスセンターに戻ってきたクローネとシェリルは、掲示板の前で見覚えのないポケモンが立っているのが視界に入った。
「あれ…あのポケモン、誰だろ?」
「…見たことないな」
片耳と首元にリボンのような触覚のある、薄い青色の毛並みのポケモン。そのポケモンは二匹が見たことすらないような種族だった。
二匹が近づいていくと、そのポケモンは振り向いた。どこかで見たことのあるような面影を持つそのポケモンは、二匹を見て首をこてんと傾げた。
「キミ達は〜…うん、会ったことないよね〜」
(クローネタイプの厄介な奴だ)
シェリルが直感で感じ取ったことである。ちなみにシェリル曰くクローネタイプとは、天然すぎて手の付けられない面倒くさいタイプである。
「キミは誰?」
クローネが首を傾げて尋ねると、そのポケモンは笑顔で返答した。
「私は
真珠っていうの、よろしくね〜。
ここに依頼を出したんだけど、ついさっき誰かが依頼をこなしてくれたみたいだから、その冒険家を待っているんだよね〜」
「え?それってどんな依頼なの?」
もしかしたら、という思いに駆られてクローネは真珠に尋ねた。
「?えっと、クリスタルを取ってきてほしいっていう依頼なんだけど〜……」
「あ、それって!きっとボク達のことだよ!」
「ふぇ?あぁ、そうだったの〜」
納得したように頷く真珠。未だに視線を合わせないように明後日の方向を向いているシェリルとにっこりと笑顔で笑いかけているクローネに「ありがとう〜」と礼を述べる。
バッグをあさり、【トントン山】で拾ってきたクリスタルを渡すと、嬉しそうに受け取った真珠は報酬である500ポケと爆裂の種、敵縛り玉をクローネに手渡した。受け取ったクローネもまた笑顔で礼を述べる。
「とりあえず名乗っておくね。ボクはクローネ・メレクディア!こっちのぶすっとしてるのがシェリル・ソルテラージャだよ!」
「おい、なんだその紹介の仕方は。っていうか、勝手に僕のことを教えるな」
「シェリルとクローネだね〜。改めて、依頼を受けてくれてありがと〜」
「ううん!…でも、なんでまたクリスタルが欲しかったの?」
「知りたい〜?」
いきなり真剣な表情になる真珠に、つられてクローネも真剣な表情になり、コクリと頷いた。シェリルだけは表情を変えることなく無表情である。
真珠はおもむろに大切なことを口にするかのように声を発した。
「実はこのクリスタルにはね……!」
「う、うん…!」
「……夢と希望と願いがいっぱい詰まってるんだよ〜!!」
「アホか」
即答でツッコむシェリル。
「えぇ〜本当なんだよ?キラキラしてるクリスタルは人々の夢がいっぱい詰まってるものなんだぁ!!」
「バカか、そんなのあるわけ――」
「そ、そうだったんだ!じゃあやっぱり、そのクリスタル使うとばーってなってドドーンッ!ってなるの!?」
「うん、きっと間違いないよ!その後はグラグラーってなった後にドッカーンってなるんだよぉ!」
「うわぁ、すごいねぇ!!」
「でしょでしょ〜!!」
「……もうやだこいつら」
疲れたように溜め息をつき、肩を落とすシェリル。天然二匹に手が付けられないようだ。
談笑している二匹を放置してシェリルが遠い目で虚空を仰いでいると、依頼を終えたらしいセシリア達が戻ってきていた。
すると、救助依頼を出したらしいゴチムとセシリア達に助けてもらったらしいタマゲタケがセシリア達に駆け寄り、礼を述べて報酬を手渡している。そして何度も何度も礼を述べながら帰っていった。
真珠はその様子に視線を移していた。クローネも三匹が帰ってきたことに気づき、駆け寄っていく。
「お帰り、エルム、ルト、セシリア!どうだった?」
「上々だったぜ。今日はエルムが一匹で果敢に敵に挑んでいったんだ!!それだけでも大きな収穫だよな!」
「いや、でも…ルト達のサポートが無かったら、ボク呆気なく倒されてた……まだまだ強いとは言えないなぁ……」
「それでも挑んでいけるようになったんでしょ!それだけでもすごいよ!」
落ち込むエルムに目を輝かせて励ますクローネ。お世辞などではなく、本心から言っているのがひしひしと伝わってくる。
すると、話に加わっていなかったセシリアは「あら」と声を上げた。すると真珠の方も「あ〜!」と声を上げる。何故かとても楽しそうに。
「貴方、真珠じゃない!」
「セシリーだぁ〜!懐かしいね〜!」
「セ、セシリー……?」
嬉々として声を上げた二匹。セシリアの不思議な呼ばれ方にクローネが首を傾げる。
苦笑するセシリア。
「真珠が付けた私のあだ名なのよ」
「二匹は知り合いだったの?」
「えぇ、昔あるダンジョンで出会ってね。一緒に組んでその洞窟を抜けたのよ。その時以来ね」
「へぇ〜…そうだったんだ」
「うん、懐かしいね〜」
にっこりと笑う真珠。
不意にシェリルが疑問をぶつけた。
「そういやあんた、見たことない種族だけど何の種族なのさ」
「あぁ、こっちの地方じゃ存在してないからね〜…私はニンフィアっていう種族でね、ここから遠い遠い地方で進化をしたんだ〜。まぁ、私は色違いだけどね〜。
元はイーブイだし、出身は東方だよ」
「ふーん」
シェリルは納得したらしく、また視線を空へと向けた。興味は失ったようである。またツッコむのが面倒くさいだけかもしれないが。
その時、タイミングよく嶺緒が帰ってきた。溜め息をつきながら歩いてきて、賑やかなその場に気づいて視線を向ける。
「あ、嶺緒!お帰りー!!」
「あぁ。ったくテアさんは――」
嶺緒は何かを言いかけ、動きを止めた。その視線は、真珠にしっかりと固定されている。
「なっ………!?」
唖然として口が塞がらない嶺緒。
真珠を視界に捉え、珍しい種族だから驚いたのだろう、と思ったクローネはとりあえず真珠の紹介をしておくべきか、と考え口を開いた。
「嶺緒、今日の依頼人さんだよ!ニンフィアっていうポケモンで、色違いなんだって!名前は
真珠っていうんだよ!」
それを聞いて嶺緒はさらに目を見開いた。
しかしそれは真珠も同じだった。
先程までのニコニコとした笑顔はどこへやら、驚きを隠せずぽかんとしている。
嶺緒はなんとか硬直から抜け出すと、大声で叫んだ。その声からは信じられないといった感情がひしひしと伝わってきた。
その嶺緒の言葉に、次の瞬間全員が驚愕することとなる。
「な、なんであんたがここにいるんだよ…!?
真珠姉さん!!」