第三十話*星のように
「ん…ふあぁ……」
エルムとルト、セシリアという新たな仲間を迎え入れた次の日、大きな欠伸を一つして嶺緒は起き上がった。隣を見ると、真ん中のベッドで寝ているクローネはまだ熟睡中であり、幸せそうな表情を浮かべながら何か寝言を呟いている。苦笑しながらさらに奥の方に目を向けた。一番端にあるベッドはすでに誰もいなかった。嶺緒は家の中を見回してみるが、誰もいない。
「〜〜〜♪」
すると、無表情のまま楽しそうに歌いながら家に入ってきたツタージャ――シェリル。元々綺麗な声をしているので(いつもの発言は酷いものだが)とても美しい歌声だった。そして嶺緒を見ると、何故か露骨に顔を顰めた。
「なんだ、起きてたの」
「まあな。朝飯作るんだろ、手伝う」
「あっそ。まぁ、起きてなかったら叩き起こすだけだけど」
「…起きててよかった」
心の底からそう思った嶺緒だった。布団から出ると、大きく伸びをしてキッチンへと向かう。シェリルは木の実を準備し、すでに料理に取り掛かっている。何度か目にしているが、相変わらず素晴らしい手さばきである。
嶺緒は手伝いながらそれをジッと見ている。そして不意に尋ねた。
「お前、なんでそんなに料理上手いわけ?」
「他に作ってくれる奴がいなかったから。あんたは?」
珍しく返答して尋ね返すシェリル。嶺緒は肩をすくめた。
「同じ。兄弟は多いんだが、皆あまり料理が得意じゃないし、唯一得意だった姉貴が教えてくれたんだ、覚えておいて損はないし一匹で人数分作るの大変だから手伝ってくれってな」
「ふーん。そういえば皆漢字の名前なんでしょ」
シェリルは手元から目を離さずに、嶺緒に尋ねた。シェリルから何度も質問を受けるのはとても珍しいので、嶺緒は少し目を丸くしつつも答える。
「ん?あぁ、まぁな。それがどうかしたか?」
「僕に似た兄弟がいるって聞いたんだけど」
「ん…?俺、お前に言ったか」
「言ってない。クローネから聞いた」
「あぁ、なるほどな」
教えた覚えがなく首を傾げた嶺緒だが、クローネから聞いたのなら納得だった。家を建てる時に教えたからだ。
「
琥珀兄さんのことだろ、お前が言いたいのは」
「琥珀…?」
「あぁ。ちょっと性格が捻くれてるだけで、別に悪いポケモンじゃないんだ。ただ、ちょっと他の奴から誤解を受けやすいけどな」
「………」
「…でも」
「でも?」
「琥珀兄さんがあんな風に他人嫌いになっちまったのは…
俺達のせいだから」
「は?」
目を伏せて呟いた嶺緒の言葉に、シェリルは思わず聞き返した。
嶺緒は、一瞬の間の後ハッと我に返ると少し焦りながら「何でもない」と首を振った。
「あっそ。まぁいいけど」
シェリルは疑惑に満ちた目を向けながらも、深くは追及しなかった。
「ふぇぁ〜…おはよ〜」
「何その変な声、気持ち悪いんだけど」
「はっきり言うよな、お前…」
朝食ができた後、嶺緒に起こされ開口一番変な声を漏らしたクローネに鋭い言葉を浴びせるシェリル。嶺緒は呆れたように呟く。
クローネはごめんね、と苦笑して謝ると身支度を整えてテーブルの近くに座った。その目は並べられた料理を見てキラキラと輝いている。シェリルはまだ毒を吐きながらも同じように座る。嶺緒は溜め息をつくとやはり同じように座る。
「いただきまーす!」
「いたただきます」
「……いただきます」
挨拶を済ませると皆黙々と料理を食べ始める。いや、クローネが食べながらも「ほいひぃ〜(美味しい〜)」と嬉しそうに言ったり、「食べるか喋るかどっちかにしろ」と嶺緒が注意したりしているため、黙々とは言えないだろう。黙々と食べているのはシェリルだけである。
食べ終えると、主にクローネが中心となって片付けを始める。嶺緒はそれを手伝い、シェリルはエルム達が来るまで暇なのでのんびりと読書中である。
「それにしても」と片付けを終えたクローネは楽しそうに言った。
「昨日は仲間が増えてうれしかったね!それも一気に三匹も!」
「まぁ、良かったよな」
「僕は全然嬉しくない」
「お前なら絶対そういうと思ったけどな」
顔を顰めてはっきり言ってのけるシェリルに間髪入れずにツッコむ嶺緒。そして「そういえば」とクローネに話を振った。
「クローネ、わくわく冒険協会≠ノはもう申請したのか?」
「うん!それはばっちりだよ!昨日のうちに終わらせといた!」
「なら、近いうちに返事が来るな」
「うん!早く来ないかなぁ!!」
当たり前のように繰り広げられている会話に、シェリルはついていけていない。おそらく何かの組織に申請したであろうことは会話から読み取れたが、それ以外はさっぱりである。
シェリルは首を傾げ、クローネと嶺緒に尋ねる。
「何、その……なんとか冒険協会って」
「あー…そっか、シェリルはわくわく冒険協会≠フこと知らないよね」
というか、知っていたらある意味おかしい。シェリルはこの世界【シェーレ】の者ではない。【シェーレ】にある制度を知っている筈がないのだ。
クローネはわかりやすいように言葉を選びながらゆっくりと説明し始める。
「えーっとね、冒険家の仕事はいろいろと大変なんだ。だからそれをサポートするために作られたのがわくわく冒険協会≠ネんだよ。良い名前だよね!」
「ダサい」
「……どっちの意見もおかしいからな?クローネはツッコミどころ満載だしシェリルは辛辣過ぎだからな?」
嶺緒は溜め息をついた。こいつらは何とかならないのか、と頭を抱えている。まぁ何とかなりそうにもないが。
嶺緒は肩をすくめてまた溜め息をつくと、クローネの説明を引き継いで話し始めた。
「まぁ、名前は妙だがちゃんとした組織だ。わくわく冒険協会≠ナはより安全に冒険できることをモットーに、四匹以上で結成した冒険グループをチームと認め、そのチームに冒険に役立つものをいろいろと提供している。つまり、チームとして認められるにはわくわく冒険協会≠ノ申請しなきゃならないってわけだ」
「面倒なシステムだな…そこまでしてやりたいの?だいたい、四匹以上なんて滅多に揃わないんじゃない?」
「まぁ、現状ではそうだね。こんな世の中だし、四匹以上探すのも苦労するから、冒険チームってあんまりいないんだよ」
「俺達はエルムとルト、セシリアが入ったから、一気に六匹になったんだ。つまり、チームとして申請できるってわけだ」
「ふーん」
シェリルが納得したように頷いた時、大きな声で家の外から呼びかけてきた者がいた。
「おはようございまーーす!!」
「あ、エルムの声だ!皆来たのかも!!」
クローネは目を輝かせると家を出る。シェリルは目を細めてから同じように家を出て、嶺緒は苦笑すると家を出る。
そこにはエルム、ルト、セシリアと共に何故かペリッパーがいた。
「皆、おはよ!」
「よぉ」
「………」
「フフッ、おはよう」
「おはようございます!」
「おはよう!」
クローネ達がそれぞれ挨拶すると(シェリルの場合挨拶になっていないが)皆それぞれ返事を返してくれた。
ルトがわくわくとした様子でニカッと精悍な笑顔を見せると、クローネに話しかけた。
「なぁクローネ。ペリッパーが郵便を届けに来たみたいだぜ」
「ホント!?」
クローネが目を輝かせて聞き返すと、ペリッパーはクローネに近づき一通の手紙を渡す。
手紙の送り主の欄に目を通し、クローネは再度目を輝かせた。
「わくわく冒険協会≠ゥらだ!」
「さっすが、仕事が早ぇな…」
嶺緒が呆れたように呟く。
「えーっと…「この手紙にチーム名を書いてわくわく冒険協会≠ノ送れば、チームとして登録されます」……だって!」
「ボク達チームになるんですか?」
「うん!前もって昨日のうちに申請しといたんだ!チームバッジがあれば冒険も有利になるしね!」
「とりあえずは…チーム名を考えなきゃいけねぇだろうな」
視線を虚空に彷徨わせながら呟く嶺緒。
すると、ルトが「そうだ!」と元気よく声を上げた。最高の案を思いついたとでも言いたげに瞳がキラキラと輝いていた。
「スーパーエモンガーズとか――」
「道踏み外したね。即答で却下できる自信あるんだけど」
「いろんな意味でコメントに困る」
「何なのお前ら!?否定の仕方がめちゃくちゃキツいんだけど!?」
最後まで言葉を言わせず案を否定したシェリルと嶺緒にルトがツッコむ。中々に言葉が辛辣である。
クローネが不意に呟いた。
「うーん…候補はあるんだけど……」
「へぇ…どんなのかしら?」
セシリアに尋ねられ、クローネは苦笑しながら答えた。
「…星にちなんだものがいいなって」
「星?」
聞き返したセシリアに、クローネは「うん」と短く答えた。シェリルも嶺緒もルトもエルムも話を聞いている。
「星の名前とかって、カッコいいものや綺麗な響き、いい意味を持つものが多いでしょ?だから、それにちなんだものがいいな〜って思ったんだけど…何せ星の名前って膨大な量だからまとめきれなくて」
「まぁ…いろいろあるしな。銀河一つにつき約二千億個、しかも宇宙には約千億個の銀河があるって言われてるくらいだしな」
「ふぇぇ…!な、なんか広大だねぇ……!!」
「それに、星の名前って一口に言っても、いろいろな名前があるしそれぞれにいろんな意味合いがあるんだ。うっかり変なのは選びたくないしな……」
クローネ達が談義している間、シェリルは虚空を見つめる。
(星…か。アルディアシティはいっつも雪が降っていたから…星なんて滅多に見られなかったからな。
……そういえば、星についての蔵書がいくつかあったけど…あんまり覚えてないしな)
何となく良いチーム名が浮かびそうなのだが、もう少しというところで引っかかっている感じである。
しかし、メンバーに視線を向けた瞬間、何故か考えていた名前がすんなりと浮かんできた。
「…あ」
不意にシェリルが声を上げたことによって、全員の視線がシェリルへと向けられる。
「シェリル、何か思いついたの?」
「…まぁ、あんたらが気に入るかどうかは微妙なところなんだけど」
「何々?言ってみてよ!!」
気になるらしく、クローネが詰め寄ってきた。それを一蹴すると、シェリルはふと思いついた名前を口にした。
「……アストラル」
「アストラル?」
シェリルの呟いた言葉を嶺緒が復唱して聞き返す。
「そう。異国語で「星の」「星のような」という意味。僕達が日常生活を営む三次元の物質世界から異なる、いわば第四の時空に存在するのもアストラル界と言ったりするけど。アストラル体は精神活動における"感情"を主に司ると言われてる。神秘学などの用語では「星の」と訳さず、アストラルと書くことが多いよ」
「へぇ〜」
クローネが尊敬の眼差しを向ける。
シェリルはそこまで話すと、話が逸れていることに気づいた。「とりあえず」と言って話を軌道修正する。
「星々を総称してるみたいな単語だと僕は感じてるし、何より「星のような」って言う意味が冒険チームには向いてると思ったんだけど。
星のように輝くチーム――『アストラル』…みたいな。どうすんの、僕の意見を取り入れるかどうかはあんたら次第だけど」
いつも通りのシェリルらしい言い方でそう締めくくる。そしてシェリルが口を閉ざすと、今まで聞いていたそれぞれが反応を示す。
「『アストラル』かぁ!!うん、すっごく良い名前だね!ボク気に入ったよ!」
「俺も星は好きだし、それなら意味もしっかりしてる。『アストラル』って響きも気に入った」
「ボクも良い名前だと思います!」
「私も異論はないわ。とても良い名前だと思う」
「だろ?やっぱり良い名前だよな、スーパーエモンガーズ――」
「ルトしつこいぞ。とりあえず意見一致で、俺達のチーム名は『アストラル』決定だ」
ルトは自分の案を推したいらしく最後まで渋っていたが嶺緒によってバッサリ切られた。
クローネとエルムは大賛成しており、嶺緒もセシリアも満更でもないなさそうである。
クローネは紙にあるチーム名の記入欄に『アストラル』と書き込む。チーム名の下の欄に目をやると、そこにはリーダーの名前を書き込む場所があった。
クローネは顔を上げると皆に尋ねる。
「ねぇ、リーダーはどうする?嶺緒とかどう?」
「はぁ?ふざけんな、俺は却下」
「うーん…じゃあシェリルは?」
「他人をまとめるなんて面倒なこと僕がするわけないだろ」
「あぅ…だめかー…そういうとは思ったけどさ」
嶺緒に即答で却下されたクローネはシェリルに話を振るがバッサリ切り捨てられた。
「エルムでもいいしルトでもいいよ?なんならセシリアでも大丈夫だよ?」
「いや、最初に冒険チームつくる発端はお前だろ。お前でいいじゃねぇか」
「えー…だってボクどう考えてもリーダー向いてないでしょ」
「いやそれはねぇだろ」
苦笑しながら反論するクローネにツッコんだ嶺緒の言葉は皆の思いを代弁している。クローネは性格こそ緩いものの、他人をまとめる才能と言い戦略を練る才能といい完全にリーダー気質だ。
「うーん…でもボク方向音痴だしなぁ…」
「リーダーっつっても別にどうせ名前だけみたいなもんだ。それは気にしなくていいと思うぞ」
「私はクローネが適任だと思うわよ」
「ボ、ボクもそう思いますよ?」
「オレもクローネでいいと思うぜ」
嶺緒の説得に加え、セシリアもエルムもルトもクローネを推奨するが、当の本人は渋い表情のままである。
すると、痺れを切らしたシェリルが鋭い声でクローネを説得、というより脅した。
「しつこいんだよ、ウジウジしてないでさっさと決めろ、YesかNoか!リーダーなんてどうせほとんど名だけなんだから早く選べ、さっさと返答しないと埋めるよ」
「うぇぇ!?わ、わかった、わかったよ!?だからそんな怖い顔しながら埋めようとしないで!?」
「はい決まった。さっさと紙に書けよ」
「……何かすげぇ」
渋っていたクローネに手っ取り早く返事を返させたシェリルを見て、呆然と呟いた嶺緒だったが、クローネの気が変わらないうちに、クローネの手から紙を奪い取りさっさとリーダーの欄に『クローネ・メレクディア』と書き連ねた。
ペリッパーは嶺緒から紙を受け取ると、さっさと飛び去っていった。それを渋い表情で見送るクローネ。
「ぅ〜…行っちゃった……」
「ウジウジしてるあんたが悪い。せっかくこの他人嫌いの僕がちょっとは干渉してチーム名考えたってのに。あんまりしつこいとアイディア料貰うよ」
「何でそっち方面の話にいった」
何故か軌道のズレたシェリルの言葉に嶺緒は思わずツッコんだ。
と、その時場違いな拍手が聞こえてきた。
「チーム『アストラル』!!おめでとうだぬ!」
「あ、シュロ!」
クローネがシュロの姿を視認し、名を呼んだ。拍手をしているのはもちろんシュロだ。
クローネ達の前に来ると歩みを止め、口を開いた。
「とうとうクローネ達もチームになったんだぬ。それで…チーム結成を記念して、ワシからまたプレゼントがあるだぬ」
「えぇ!?ま、また!?」
「またっすか…つーかシュロさん、よくやるよな……」
シュロの言葉に驚きを隠せないクローネと、驚きを通り越して呆れの表情を見せる嶺緒。シュロの世話焼きにもいいかげん慣れたようだ。
「こっちに来るだぬ」
そう言ってシュロは掲示板のある広場の方へと向かっていく。
クローネはすぐにシュロの後を追い、嶺緒は呆れた表情のまま歩いていく。セシリアもそれに倣い後をついていき、エルムとルトは顔を見合わせると後を追う。シェリルは顔を思いっきり顰めながらも渋々ついていく。
掲示板近くでシュロは立ち止まると、ある方向を指差した。その方向を見たクローネと嶺緒は、驚愕に目を見開くこととなった。
「えぇっ……!?」
「なっ……!?」
エルムとルト、セシリアは首を傾げた。当然だ、クローネ達が驚きを示したポケモンに心当たりがないのだから。
しかし、クローネと嶺緒には嫌という程心当たりがあった。
そこには、カゲロウ峠でのガレットの一件の際にシェリルに気圧され逃げ出した悪党である、エトルがいたのだ。