ポケモン 不思議のダンジョン 〜光の煌き 闇の誘い〜






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*第三章*The first request and a new friend
第二十九話*信頼すること
「か、勝った……」

瞳をキラキラと輝かせながら嬉しそうに呟くルト。

「オレ達…悪者を追っ払ったんだ!!」

皆が喜びを露わにしている様子を、シェリルは腕を組んで、嶺緒は溜め息交じりの苦笑と共に見ている。

「そういえば…あんたら、なんでここにいるのさ?」

不意にシェリルが口を開き、セシリア達に尋ねた。嶺緒も疑問に思っていたらしく、首を傾げている。

「確かにな。助かったのに変わりはないが、お前らは何でここにいるんだ?」

「セシリアちゃんが教えてくれたんだ。エルム達が危ねぇってな」

「…セシリアが?」

怪訝そうな表情でセシリアを見つめる嶺緒。その目は疑心に満ちていた。
シェリルは肩をすくめ、クローネは驚いたように目を丸くしている。
セシリアはその視線を気にせずに「見てたのよ」と言葉を紡いだ。

「たまたま貴方達がシュロと話しているところをね。全部聞いたわけじゃないけれど…それでも大体の察しはついたわ」

「そうなんだ…」

クローネが納得したような表情で頷く。
その時「お、終わった〜〜〜……」と、何とも気の抜けた声が一瞬静かになったその場に響いた。
全員の視線がそちらへと注がれる。声を発したのはエルムだった。長い緊張状態から一気に解放されたため、一気に疲れがやってきたのだろう。
クローネとルトがエルムに近づく。

「エルム、大丈夫?」

「うん……ボク、助かったんだね。
でもボク…安易に強くなろうとしちゃって…それであんなことに……。あぁ…やっぱりダメだね、ボクは…」

「そんなことないよ!!」

「クローネの言う通りだぜ。途中で気づいたんだろ、簡単に強くなんかなれねぇって。そうじゃなきゃこんな半端な場所で絡まれたりしねぇ。最後まで連れて行かなくて本当良かったぜ。さっきだって全く怖がらずに最後まで戦ってたじゃねぇか!すげぇよ!」

「それは…嶺緒のおかげ、かな」

「俺?」

この様子を傍観していた嶺緒は、いきなり自分の名が挙がったことに少々驚きを見せながら聞き返す。
エルムは「うん」と答えて頷いた。

「前にボクが早く強くなりたいって言った時に嶺緒が言ってたあの言葉」

――


『お願い嶺緒!ボクに強くなる方法を教えて!』

『あ?』

『ボク、すぐに強くなりたいんだ!!だからお願い!』

『…ふざけんな。そんな軽い気持ちの奴に教えること何ざ一つもねぇ』

『え………』

『すぐに、だと?ふざけるな。毎日毎日苦労して鍛錬を欠かさずに努力して…『力』ってのはそうやって苦労してやっと手に入るんだ。
それに、本当の目的を見つけられてない力ってのはやがて暴走する。今のお前には何のために力を手に入れるのか、っていう大事なことが欠けてる。そんな奴に俺は教えることなんてないね』

『………』

『だいたい…簡単に強くなれたら、誰だって苦労しねぇっつーの』


――

「あの時、嶺緒にああ言ってもらえなかったら…ボクは…今頃……」

「ふぇぇ…嶺緒カッコいいこと言うねぇ…!」

「それを今ここで言うか!?」

若干照れたようで、それを隠すためかエルムに叫ぶ嶺緒。シェリルに突っ込むとき以外はあまり取り乱すことのない嶺緒が叫んでいるのを見て、エルムは不謹慎だと思いつつもほんの少しだけ口元を綻ばせる。
それを見て嶺緒は若干複雑そうな表情になったが、「あー…」と呟きながら言葉を探す。

「まぁ…今回はお前もよく頑張ったと思う。正直あれには俺も驚いたし、すげぇと思った」

「嶺緒…」

思わず涙がこぼれそうになるエルム。嶺緒は人を甘やかさず滅多に褒めることもない。ドジな自分は褒められたことなど一度もなかった。その嶺緒に認めてもらえたことがエルムは嬉しかったのだ。
と、セシリアが一歩前へ進み出た。そして、頭を下げた。

「ごめんなさい。貴方に強さを求めさせてしまったのは私のせいだわ。だから、謝るわ」

突然のセシリアの行動に戸惑いを隠せないエルム。セシリアは頭を上げると「でも」と話し続けた。

「でも…悪い奴はそういった心の弱さにつけこんでくる。そしてあなたは簡単に相手を信用してしまう。それだと今は生きていけないわ。いい?今の世の中、信じちゃダメなのよ」

「そうかな……」

異論を唱えたのはクローネだった。全員の視線がそちらへと向いた。

「確かにすぐ信用しちゃうのはよくないと思うけどさ。
でも…相手を信用するのがいけないことだとはボクは思わないよ」

クローネは自分の意見を告げた。ただただまっすぐな瞳がセシリアの視線をとらえる。セシリアは視線を逸らさず、ただ黙ってクローネの言葉に耳を傾けている。

「確かに今は騙したりするポケモンが多いと思うよ。
でもまず…自分から相手に歩み寄らないと、相手も心を開いてくれないんじゃないかな?」

「………」

「確かにこう言っちゃ悪いかもしれないけど、エルムはそんなに強くないよ。
でも…信じる気持ちは持ってるよ。信じる気持ちが重なれば大きな力にも変わる。信頼し合うこと…それこそが本当の強さだと、ボクは思うんだ」

(…僕には理解できない…けど、本当にクローネって変わってるよな)

クローネの言葉に、シェリルはそう心の片隅で思った。
嶺緒はフッと小さく微笑んだ。
クローネは「だから」と言うと、エルムとルトの方へと向き直った。
表情は真剣なものである…と、思われる。本人は真剣な表情のつもりなのだろうが、やはりどこか締まりが無いのである。普段の緩い顔が原因だろうか。

「だからエルム、それにルトも。二匹とも…僕の仲間になってくれない?」

「えっ?」

「…はぁ?」

「は?」

「あ?」

これには指名を受けたエルムやルトのみならず、シェリルや嶺緒まで素っ頓狂な声を上げた。さすがにクローネも突飛な発言であることはわかっていたのでエルムやルトが声を上げることは予想していたのだが、まさかシェリルや嶺緒まで声を上げるとは思っていなかったらしく首を傾げたが、エルムとルトにそのまま話し続ける。

「ボクはね、ポケモンパラダイス≠チていう…んーとね、簡単に言うといろんな冒険をしてお宝も見つけて、皆でワクワクしながら楽しく暮らせる、まるで楽園みたいな場所を作るのがボクの夢なんだ!」

「わぁっ……!!」

クローネがまた長ったらしい説明をするのではないかと嶺緒やガレットと弟子二匹は身構えていたが、思った以上に簡素な説明だった。エルムはクローネの夢に感動したらしく、目をキラキラと輝かせる。

「そのためにも仲間が欲しいと思ってたんだ。キミ達みたいな仲間をさ!シェリルは絶対嫌だって言うからいいとして…嶺緒もいいでしょ?」

「…まぁ、俺は構わねぇけど」

シェリルの返答が予測できているクローネと嶺緒はあえてシェリルの返答を聞かなかった。他人嫌いのシェリルの返答は言うまでもなく「絶対嫌だ」である。だからこそエルムもルトもシェリルのことは触れなかった。当の本人は自分の意見が尊重されないであろうことは予想していたので、明後日の方向を向いている。

「い、いいんですか…?ボクなんかで…」

「うん!要は気持ち!入りたいって気持ちがあるんだったらボクは大歓迎だよ!!」

気持ちとは言うがシェリルは全くやる気なさそうだぞ?と心の中で思わず考えてしまう嶺緒だったが、そこはあえて言わなかった。というか、今言ったら絶対にこじれる。そう悟ってしまったからだったりする。
エルムは瞳を輝かせ、自分の意思を伝えるため大きく頷いた。

「だったらボク!仲間になりたいです!!」

「オレは…エルムがいいって言うなら構わねぇけどよ。嶺緒もいることだしな」

「あてにしない方がいい。俺どっかの誰かさんのせいでこの中だと相当意見を尊重されねぇから」

チラリとシェリルの方を少し恨めし気に見る嶺緒。刹那、思いっきり不機嫌な視線が此方を睨みつけてきたので、さっさと視線を逸らしたが。
クローネはそんな仲間二匹のやり取りには全く気付かず、歓喜の声を上げた。

「やったーーー!二匹とも、ありがとう!!これからよろしくね!!」

「はぁ…まぁ、とりあえずはよろしくってことで」

「チッ」

喜ぶ者が一匹、肩をすくめながら苦笑する者が一匹、明確に舌打ちする者が一匹。個性的な歓迎の仕方である。シェリルの場合、歓迎してるとは言いづらいが。というより舌打ちしている時点で全く歓迎していなかったりするのだが。
シェリルと嶺緒を除いた三匹が盛り上がっていると、セシリアが遠慮がちに話しかけてきた。

「あの…ちょっといいかしら?お願いがあるんだけど」

盛り上がっていたその場には一瞬で静寂が訪れた。シェリルはこの上なく不機嫌そうな表情を崩さず、クローネは不思議そうに首を傾げ、嶺緒は訝しげに顔を顰めている。他の面々も神妙な面持ちで聞いている。
そしてセシリアは、驚愕の一言を口にした。

「私も仲間に入れてもらえないかしら?」

この言葉にその場にいた一同が固まった。次の瞬間、

「「「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」」」」」」」

シェリルを除いた全員が大声を出した。シェリルは大声こそ上げないものの、露骨に顔を顰めている。最大限他人に干渉しないつもりのシェリルにとっては、ただでさえエルムとルトという他者が仲間に入ったという不機嫌極まりないことが起こっているというのに、これ以上仲間が増えるかもしれないということに、シェリルの機嫌はさらに悪くなるばかりである。
驚愕に目を見開くルシアとアサザが口を開いた。

「セ、セシリアちゃんが…!?」

「クローネさん達の仲間に!?」

「おい、何のつもりだよ!?友達はつくらないんじゃなかったのかよ!?どうせ気まぐれでモノ言ってんだろ!冷やかしなら御免だぜ!!」

ルトがセシリアに対して怒鳴った。あれだけエルムに酷いことを言ったセシリアを許すことができないようだ。瞳には拒絶の感情がありありと浮かんでいる。
セシリアは少し首を傾げ、それから何ともいえないような表情で口を開いた。

「冷やかし…そうね。言い訳もしないけど…それでも仲間に入れてくれないかしら?」

「オ、オレは嫌だからな!お前なんか!!おいクローネ!早く断っちまえよ!!」

「そっかー!仲間になりたかったんなら早く言ってくれればよかったのに!もちろん大歓迎だよ!!」

「なんか早くも打ち解けてる!?」

ニコニコと笑顔のクローネに、愕然とするルト。ルトは大反対なので、急いで共通の仲間を探している。

「な、なぁエルム!お前も嫌だろ!?」

「ボ、ボクは…ボクは……」

言うなり赤面するエルム。説得しても賛同を得るのは不可能だとルトは悟った。
慌てて嶺緒に視線を向ける。

「…言ったよな?俺はどっかの誰かさんのせいでこの中だと相当意見を尊重されねぇんだって。悪いが諦めてくれ」

「えぇ……!?」

諦めきった嶺緒の表情に、ルトは顔を引きつらせる。クローネは絶対に賛同を得るのは無理だろう。残るはシェリルだ。意外とシェリルならわかってくれるかもしれない、そう思ったルトは話を振る。

「お、おいシェリル…!!」

「話がないなら話しかけないでくれる?」

「いやあるから話しかけたんだけど!?」

「セシリアのことでしょ。僕は反対だよ」

「だ、だよな――」

「あんたもエルムもそうだけど、他人がこれ以上増えるのは反対」

苛立ったように呟くシェリルの剣幕に、下手をすれば自分やエルムが切り捨てられかねないと悟ったルトは、シェリルへの説得を諦めたのだった。
つまり結果的には誰一人として賛同を得られなかったわけだ。
静かになった場に、「でも」というクローネの声が響いた。

「仲間になるんだったら、皆を信じなくちゃ。皆を信頼すること、これが最低限の条件だよ。できる?」

「フフッ、努力するわ」

「じゃあ決まり!セシリアは今日からボクたちの仲間だよ!」

「ありがとう」

笑顔で迎えたクローネに、セシリアは笑顔で礼を述べる。ぽかんとしていた為に話についていけていなかったルトはハッと我に返ると、クローネに文句を言う。

「おい、クローネ!オレは嫌だからな!つーかだいたい、なんであいつを仲間になんかしたんだよ!?」

「え?だって向こうから仲間にしてくれって言われたの初めてだし。嬉しかったからつい!」

「な、なんじゃそりゃあ!?」

笑顔でつい、などと反省の色も見えない無邪気な笑顔にルトはもはや愕然とするしかない。
すると、今の今まで黙っていたシェリルが苛立ちを隠そうともせずに口を開いた。

「うるさいな、そんなに嫌なら二択を選ばせてやる。今すぐ黙るか、このまま【荒れ果て谷】に埋められたいか。どっちか選べ」

「なんでその二択なんだよ!?」

「あぁ埋められたいの。だったら今すぐ埋めてやる、そこ動くな」

「頼むから真顔で言うのやめてくれ何か物凄く怖いんだけど!?」

シェリルの言葉にツッコむルト。その肩をポンと叩く嶺緒。その視線からは間違いなく「諦めろ」という意思を感じた。

ギャーギャーと騒いでいる面々を見て、セシリアは困ったように苦笑した。

「あの…なんだか揉めてるみたいだけれど、皆これからよろしくね。じゃあ私、一足先に帰ってるわね」

セシリアは身を翻すと、その場から立ち去ろうとした。と、不意に何かを思い出したらしく、背を向けたまま動きを止めた。

「ガレット」

「何?セシリアちゃん」

先ほど駆けつけた時とは打って変わって、完全にメロメロ状態のガレットが返事する。セシリアは何かを思い出すように一瞬虚空に視線を彷徨わせた。

「あの時のあの言葉――エルムを助けるため、貴方に話した時のあの言葉……」



――――


食堂で、今までの過程とシュロ達が話していた内容から推察される予測を、セシリアはガレット達に話していた。

『なんだと!エルムが!?…わかった、オレも行こう!』

『兄貴、オレ達も!』

すぐに「助けに行く」と発言した三匹。セシリアは背を向け、小さく溜め息をついた。

『全く…相手をすぐに信じるからこんなことになるのに。場所は【荒れ果て谷】よ、すぐに来て』

セシリアは場所を告げ、食堂を出て行こうとした。その時だった。

『セシリアちゃん、ちょっと待った』

不意にガレットが真面目な声色でセシリアを引きとめた。セシリアは振り向くと、怪訝そうな表情を見せながら首を傾げる。
ガレットはそんなセシリアの目をまっすぐ見つめて口を開いた。

『あんた世の中を信じてないようだが…クローネ達だけは見くびるんじゃねぇぞ』

『…………』

「オレもセシリアちゃんと同じで、世の中を信用してなかった。しかもセシリアちゃんとは違って、オレは悪事も働いてきた。
……この間まではな」

ガレットは少し嬉しそうにフッと笑った。ルシアもアサザもあまり思い出したくはない話ではあるが、ガレットの言いたいことはわかっているらしく、まっすぐな目で此方を見つめている。
ガレットはそのまま話を続ける。

『……だが、クローネ達に出会って、考えが変わったんだ。アイツらを見てるといつも思うんだ。世の中…まだ捨てたもんじゃねぇってな』

『…………』

セシリアは何も言い返さず、ただ黙っていた。


――――



「あの時の貴方の言葉……ちょっとだけわかった気がするわ」

「フ、フンッ……オレ、そんなこと言ったかな……」

セシリアによって掘り返された自分のあの時の言葉に照れたらしいガレットは、若干頬を赤らめながら明後日の方向を向く。
セシリアは振り向くと、ふわりと微笑んだ。

「フフッ、素直じゃないわね。…まぁいいわ」

ニヤニヤと自分達の兄貴分を見ているルシアとアサザ。ガレットはそれに気づかず頬をかいている。

セシリアは未だに揉めているシェリル達の方に視線を向ける。

(宿場町もそろそろ出ようと思ってたんだけど…もう少しここにいてもいいかもね。
ここにいれば……もしかしたら見つけられそうな気がする。私が求めている……大切な何かを……)


大の他人嫌いで無愛想の、常にキツい口調で他人と接することを嫌うドライな性格のシェリル。
シェリルとは逆に、常に笑顔で他者に優しく信じることを大切にしている、性格の緩いクローネ。
溜め息や肩をすくめる呆れを表す動作が多い、何だかんだ言いつつお人好しの冷静な嶺緒。
人を簡単に信じてしまうのが長所であり欠点でもある、気は弱いがいざという時勇気のあるエルム。
仲間思いで情に厚く、明るく元気な性格のルト。

個性的なメンバーを見て何故か温かい気持ちに包まれたセシリアは、その表情にフッと優しい笑みを浮かべるのだった。


レイン ( 2014/04/19(土) 08:14 )