第二十七話*強さと変化
コマタナ兄弟の後をついていくエルムは、黙ったまま歩いていた。
一時は感情に流されていたが、黙ったままあの二匹の後をついてくうちに、頭はどんどん冷静になっていく。
何度も何度も、いろいろな者達に今まで言われた言葉が頭をよぎる。
――
『向いてないぐらいで諦められるぐらい軽い気持ちの夢ならそんな夢捨てなよ。
それだったら、たとえ方向音痴でお人好しですぐわけわかんないことしでかしたりわけわかんないこと言ったりする天然でバカな、それでも夢に向かって突っ走ってるクローネの方がマシだ。
本当に冒険家になりたいなら、そんなふうに簡単に諦めるような言葉を言うとは思えないけど。弱音吐くくらいなら諦めたら』
『いつもながらネガティブだな…ったく、いいかげんにその悲観的なところ直せないのか』
『そっか〜!ボクとはちょっと違うけど、良い夢だねぇ!』
――
命の恩人であるばかりか、逃げてばかりの自分を叱咤し、そして自分の大切な夢を褒めてくれた者達。
無愛想で他人嫌いなのに、遠回しではあるが「夢を簡単に諦めるな」と言ってくれたシェリル。いつも笑顔で、あこがれ続けた夢を「良い夢だね」と褒めてくれたクローネ。なんだかんだ文句を言いながらも何度も何度も助けてくれた嶺緒。
彼らのおかげで、ほんの少しでも勇気を持てた。
――
『残念だけど、こんな世の中だからね…友達とか信用してないの。せめて強ければ、友達として少しは考えてもいいんだけど。
強ければ、とりあえずお互い支え合えるからね』
『でも貴方…強くないでしょう?』
――
あの時のセシリアの言葉は、エルムの心に深く突き刺さった。
あれだけ酷いことを言われたのに、まだ心のどこかでセシリアに憧れ続けている自分がいることも。
今までも、何度も助けられている自分に嫌気がさして強くなりたいと思った。今回のことでその思いは急激に強くなった。セシリアに憧れ続ける思いは止まらなかった。
強くなれれば彼女の隣に並べる。
そんな思いが心の中で膨らみ続けていた。
そんな中、コマタナ達に持ちかけられた「簡単に強くなれる方法」は、エルムがまさしく求めていたものだった。
でも。
疑問はグルグルとまわっていた。それは時間が経ち、頭がどんどん冷静になっていくほどに強くなっていく。
そして歩くペースは段々と下がり、ついには立ち止まった。
エルムが止まったことに気づいたらしいコマタナ達は振り返り、訝しげな表情をして首を傾げる。
「ん?どうした?」
尋ねてきたコマタナに、エルムは勇気を振り絞って言葉を紡ぎだした。
「あの…ボク、やっぱり帰ります…」
小さな声だったが、コマタナ達には届いていたようだ。コマタナは驚きに微かに目を見開く。
「どうしたんだよ?」
「町にいたときはボクすごく慌てていて、コマタナさんの話を聞いて「すぐに強くなりたい!」って思ったからここまでついてきちゃったけど……
でも…簡単に強くなるのって、なんか違うかなって…」
「………」
改めて考えると、簡単に強くなれる方法など本当に存在するのだろうか。
―― 簡単に強くなれたら、誰だって苦労しねぇっつーの ――
昔嶺緒に助けてもらったとき、高い実力を持った嶺緒にすぐに強くなりたいと言ったときに返された言葉だ。あの時は何のことかわからなかったが、その後嶺緒に助けてもらった時に簡単に強くなどなれはしないと痛感したことがあった。
それなのに。
こんな怪しげな話に何故疑問を抱かなかったのか。深く考えればわかることだったはずだ。
なぜあの時全く疑問も抱かず、簡単についていってしまったのか。
それを考えると、後悔でいっぱいになる。不安と恐怖で声が震えてしまっているが、それでもこの場から逃げ出さなければならないと本能が告げていた。
だからこそ、言葉を紡ぎ続けた。
「そ、それに…よく考えたら、簡単に強くなんかなれる筈、ないよね…」
「…………」
「だ、だからボク…帰りますっ…!さ…さよならっ!!」
慌てて身を翻して元来た道を走り出す。
このまま何事もないうちに帰らなくては。そう思い全力で逃げ出そうとするが、それは叶わなかった。
「待て、坊主ッ!!」
「ひぃっ!!」
コマタナの鋭い一声に、逃げなければと思っていた心は一気に恐怖に満たされ、足はすくんで動かなくなってしまった。コマタナ達が近づいてくるのもわかったが、硬直した体は動かなかった。
「ヘヘヘッ、よく気がついた……と言いたいところだが、ちょっと遅すぎたとも思わないかい?」
「そうさ。お前の言う通り、簡単に強くなる方法なんてないんだよ」
コマタナ達の言う通りだった。ここに来るまでに気づけなかったのは遅かったと言える。
【荒れ果て谷】はその名の通り荒れ果てていて、普段は誰も近づかない。そのため、ここはすぐに不思議のダンジョンになってしまった。そのこともあって、【荒れ果て谷】に近づくポケモンなどほとんどいない。
恐怖に満ちた表情のエルムは、徐々に焦りを募らせていく。
「俺達が欲しいのは金だ。さぁ、金と持っている全ての道具を渡してもらおうか!
大人しく差し出せばここは大人しく見逃してやるぜ」
「うううっ…」
怖い。恐怖のせいか上手く言葉が出ない。
このままでは殺されてしまうかもしれない。急いで言う通りにしなければ。そう焦れば焦るほど体が硬直したまま動かないことに焦燥を覚える。
最悪の事態になる前に、早く。
エルムが焦っていたその時だった。
「エルムに触るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
聞き覚えのある怒号が響いてきた。
スパークを繰り出し、そのままコマタナ達に突っ込んでくる。慌てたように後方に跳んで避けるコマタナ達。
充分過ぎるほど見覚えのあるそのポケモンはエルムを隠すように前に立ち、キッとコマタナ達を睨みつけた。
「お前ら!オレの友達に手を出すなっ!!」
「ル、ルト…」
大切な友人が来てくれたおかげか、ほっとして緊張が緩んだエルムはポロポロと涙をこぼす。
威嚇し続けるルトを、コマタナは嘲笑して見下すしている。
「カカカッ…ふうん、友達ねぇ…」
「どうでもいいが戦うのか?勝てるのかよ、俺達に?」
「丁度いい。お前の分まで剥ぎ取ってやるぜ」
コマタナ達が構えた、その瞬間だった。
「エルムーーーーーーーーーー!!!」
またしても聞き覚えのある声が響いた。少し高めの綺麗な少年の声。
全員がそちらへ視線を移した。
こちらへと走ってくるクローネ、その後をついてくる無愛想な表情を崩さないシェリルと、面倒くさそうな表情を見せる嶺緒。
そして急いで走ってきていたクローネは……
転んだ。
それを助けようともせずに軽々と跳び越え此方にやってくるシェリルと、憐れんだ目で何も言わずに助ける嶺緒。
ぽかんとしたルトは、呆れたような表情を三匹に交互に向ける。シェリルはその視線を一切無視し、クローネは苦笑し、嶺緒は溜め息をついた後呆れたような目で見たルトを睨んだ。
が、こんな登場でもエルムには感動を呼んだらしい。感極まったような表情で三匹の名を呼ぶ。
「クローネさん、シェリルさん、嶺緒も…!!」
「よかった〜無事みたいだね!あ、エルム。町ではごめんね…」
「クローネ、さん…」
「お前ら…それ、ここでする会話か…?」
「とにかくエルムもルトも無事みたいだし!じゃ、帰ろっか!」
「いやいやいやいや!!敵目の前にいるだろ、何帰ろうとしてんだ!?」
「え?……あ」
「あ、じゃねぇよ何やってんだよ!?」
「プッ、だっさー。忘れられてるし」
「何の感情も込めずに無表情で淡々と敵を挑発すんのやめろ!!」
「何の感情も込めてないわけじゃない、ちゃんと滑稽だなーって思った」
「わかりにくいんだよお前は!!つーか今の発言に「ちゃんと」って言葉はいらねぇよ!?」
「敵が目の前でもシェリルと嶺緒は仲良いよねぇ…あ、もしかして見せつけるためにやってるの!?」
「「どう考えても違う!!」」
別に見せつけるもへったくれもないただの言い争いなのだが、クローネは斜め上の方向に勘違いしている。
ぎゃあぎゃあと言い争いをしているシェリル達を見て若干心配になったものの、ルトはにやりと笑って、この状況を傍観しているコマタナ達に話しかける。
「お前ら、どうするんだ?状況は変わったぜ!?」
先程までとは違う。今は2対5だ。シェリルはわかりにくいが、ここまで来たということはまぁ参加はしてくれるだろう。しかもこちらには相当の手練れである嶺緒がいる。どう考えても有利なのはこちらなのだ。
しかし、コマタナ達が見せた反応はルトが想像していたものとは違っていた。
「ヘヘヘヘッ!!」
「カカカカッ!!おい、ルトとやら!多勢に無勢ってことが言いたいのか、テメェはよ。つまり、数が多い方が勝てると思ってんだな?」
(…あーあ。面倒くさい展開になりそうだなぁ…)
シェリルだけがのんきにそんなことを考えている。クローネやエルム、ルトはコマタナ達が何が言いたいのかわからず首を傾げているし、嶺緒は気付いたのか顔を顰める。
「だったらよ……これでどうだ!!」
「…マジかよ」
「…面倒くさいことになってきた」
コマタナが手を上げ、何かを合図した瞬間、隠れていたらしいフシデとデンチュラが二体ずつ現れる。
嶺緒は呆れたように呟き、シェリルは面倒くさそうに顔を顰める。
「おい、ルトよ。また状況が変わったな?カカカッ」
「おい、どうした?数で俺達に勝つんじゃなかったのか?」
ニヤついたコマタナ達は、一歩ずつにじり寄り、クローネ達もそれに合わせて一歩ずつ後退する。
相手から目を離せばチャンスだと思われることは全員わかっているので、相手から目を離さず、背中合わせの状態になる。完全に囲まれてしまった。
嶺緒は本気で顔を顰めた。
(面倒なことになってきやがったな…いつもなら数で勝てると思うな、とは言えるんだが、向こうもこんなことを続けて長そうだからまぁ手慣れているだろう。何より相性からすれば、此方には有利な技を持ってるのはエルムしかいねぇし、そのエルムは全く戦闘慣れしてねぇし…
ちょっと、いや…だいぶ絶望的だな。全く打つ術がないわけじゃねぇが…あれは…)
ギュッと拳を固め、口を固く結ぶ嶺緒。
あれは、あまり使いたくない。
嶺緒がどうしたものかと思案していた、その時だった。
「皆!」
大声を上げたのは、他でもないエルムだった。
意外な者が大声を上げたことに全員が驚きつつも、敵から目を逸らすことなくエルムの言葉を聞いている。
「ボク…戦う!戦うよ!」
「…え」
その言葉に一番に反応したのはルトだった。彼の知る限り、今までエルムが自分から戦おうとすることなどなかった。ダンジョンに挑んでは、基本的に敵ポケモンから逃げていた。戦うといっても、自分が勝てそうな相手だけ。
そんなエルムが、まあまあ手練れであることは間違いないこの敵達に対して戦うと言ったのだ。
ルトは歓喜でいっぱいだった。
「守ってくれなくていい!ボク、絶対に怖がらずに戦うから!だから、皆も……!!」
「よく言ったぜ、エルム!」
「そう言ってもらえると安心できるな」
「うん!頑張ろう、エルム!」
「言われなくても僕は他人を守る気なんてさらさらないけどね」
「要約すると「まぁ勝手に頑張れば?」だって!」
「クローネ黙れ。誰もそんなこと言ってない」
「シェリルって「くーでれ」だよね…ってあだっ!?」
「今すぐ黙らないとその減らず口二度とたたけないようにしてやる」
なんだか最後はおかしなことになっていたが、とりあえず全員の闘志に火がついたようだ。
五匹は戦闘態勢に入り、いつ戦闘が開始されてもいいように構えている。
全員に燃えたぎっている闘志に気づいていないらしいコマタナは五匹を嘲笑する。
「あーあ…完全に囲まれちまったなぁ?」
「さて、そろそろお前らも終わりだ。
ヤローども!!一斉にかかれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
コマタナが叫び、今にも戦闘が始まりそうな一触即発状態の、その時だった。
「待ちなさい」
綺麗なソプラノの声がその場に響いた。驚きに全員が動きを止める。やがてその声の主は軽やかに歩いてきた。
そのポケモンを見て、全員が驚愕に目を見開いた。
「セ、セシリアさん……!?」
エルムが信じられないといったような声を上げる。
ルトも嶺緒も驚愕の表情を浮かべ、クローネも唖然としている。シェリルだけは、どうでもいいとでもいったようにセシリアから目を逸らし、敵を睨みつけている。
セシリアは五匹をちらりと見やると、コマタナに視線を移した。
「コマタナ。貴方さっき「完全に囲まれた」って言ってたわよね?
でも………囲まれているのはどっちかしら?」
セシリアの不敵な笑みと言葉に、全員(シェリルを除く)が首を傾げた。
「ドテッコーーーーーーーーーーーーーツッ!!!」
「ええぇ!?ガ、ガレット!?って、ルシアとアサザまで!?」
現れたのはガレットとルシア、アサザだ。予想外の人物の登場に驚きを隠せず声を上げるクローネ。
ガレットはニッとクローネ達に向けて笑うと、コマタナを鋭い瞳で睨みつける。そしてドスのきいた声で口を開いた。
「おい、コマタナ達よ。クローネ達はな、オレ達の大切なお客さんなんだ!!」
「もしそのお客さんに何かあったら……」
「ただじゃおかねぇぞッ!!!」
「み、みんなぁ……!」
クローネが感動したようにキラキラと瞳を輝かせ、歓喜の声を上げる。
嶺緒はフッと微笑んでいる。
シェリルだけは目線すら其方に向けてなどいないが。
セシリアはコマタナを見下したように冷徹な声で話しかけた。その表情は、エルムに見せたものよりさらに冷たかった。
「エルムの心の弱さにつけ込んでこんなことを企むなんて……貴方達、本当に最低ね」
「くっ……!お前らなんぞに負けてたまるかよ!!」
コマタナが合図すると、敵達は全員戦闘態勢に入る。それに対抗するように、クローネ達も解いていた戦闘態勢に再び入る。
「いくぞ、ヤローどもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」
「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」」
その掛け声が、戦闘の合図となった。