第二十六話*認めてもらいたいから
「エルム…いないね…」
クローネは困り果てたように呟く。とにかく宿場町の主立った場所は全て探し尽くしたのだ。しかし、エルムはおろかルトすら見つからない。
宿場町の入り口付近で集まっている三匹。
クローネは「どうしよう…」とぶつぶつと呟いている。
嶺緒もエルムが行きそうな場所を頭の中でできる限りピックアップしようとしている。
そして、シェリルはふと此方に向かって歩いてくる、見慣れたポケモンに気がついた。
「…シュロ」
「え、シュロ?…あ」
シェリルが呼んだ名に反応して、クローネは顔を上げ、短く声を上げた。
いつも通りぬぼーっとした感じで歩いてくるシュロの下へクローネは走っていく。もちろん、探している最中のエルムの事を尋ねるためだ。
「ねぇシュロ!エルムを見なかった?」
「エルム…?…あぁ、ヌシ達が助けたあのノコッチのことだぬな」
「そうです。今探してるんすよ」
「それなら、ちょっと前に見ただぬ」
「えぇっ!?ど、どこで!?」
慌てて詰め寄るクローネ。あまりに詰め寄るので、シュロは困ったような表情を向ける。嶺緒がさっさとクローネを引き離し、話の先を促す。
シュロは後ろを振り返って十字路の方を指差した。
「あっちの方ですれ違っただぬ。なんか、見知らぬポケモンもいただぬな…」
「見知らぬポケモン?」
首を傾げるクローネ。何故エルムが見知らぬポケモンなどと一緒にいるのか、疑問に思ったのだ。
「そうだぬ。確か…コマタナ兄弟と名乗っていただぬ」
シュロはその時の記憶を辿りながら、ゆっくりと口に出していく。
「ワシが歩いていたら、ちょうど三匹で話しているのが聞こえてきただぬ。あんまり立ち聞きするのもなんだと思ったんで、断片的にしか思い出せないだぬが…確か…「金はあるか」とか「【荒れ果て谷】で簡単に強くなれる修行がある」とかみたいな話をしてただぬ」
「…マジかよ」
「それって典型的な詐欺のパターンじゃん…引っかかる奴とかいないでしょ、普通…」
ぼそりと呟くシェリルと嶺緒。特にシェリルは呆れたような表情が窺える。
そんな二匹の呟きには気付かず、シュロは話を続ける。
「そんな話をした後、エルムはその二匹と一緒にどっかに行ってしまっただぬ」
「え、マジで…?騙される奴とかいるんだ…どんだけお人好しなんだ、エルムって…」
呆れたような表情のシェリル。こうも簡単に旨い話に乗るなど、信じられないといった顔つきである。
「っていうか、それってすごくマズくない!?」
「…そんなに驚くことだぬか?」
「何なんだこの天然野郎は…」
「諦めろ、シュロさんなんだから」
心底あり得ないといった目つきのシェリルを、溜め息をついた嶺緒は肩をすくめて諦めろと言う。その表情は、もはやそのポケモンに説明は無理だということをありありと表していた。
「わわわ…どうしようどうしよう!?これってマズいよね、エルムだいぶ窮地に陥ってるよね!?あたっ!?」
「落ち着けバカ」
慌て過ぎてパニックを起こしそうになっていたクローネを、シェリルが鎮める…いや、沈めた。
シュロは、先程まで慌てまくっていたクローネを見て何か思い出したらしく「そういえば」と声を発した。
「さっきもエルムのことを聞いてきて…えぇっと、あのエモンガ…ルトと言っただぬか?そのルトもエルムの話を聞いた瞬間ヌシ達と同じように驚いて、その後血相を変えてどこかに飛んでいっただぬ」
嶺緒は悟った。間違いなく事態は最悪の方向へと進んでいる。このままだとまず間違いなくエルムが危ない。ルトもそれに感づいたからこそ慌てて飛んでいったのだろう。
シェリルは溜め息をつくと、蔓のムチで未だ(シェリルのせいで)撃沈しているクローネを持ち上げると、嶺緒の方へと視線を向ける。
全くと言っていいほど乗り気ではないようだが、一応ついては来るのだろう。
「行き先はおそらく【荒れ果て谷】だ。俺達も急いで向かうぞ」
「はいはい」
まるで風のように十字路へと去っていく三匹をわけが分からないまま見送るシュロ。
三匹が去った後も、呆然とそこに立ち尽くしていた。
その後ろで、セシリアが密かに話を聞いていたことには誰も気づかなかった。
【荒れ果て谷】
【荒れ果て谷】は、空が曇り雑草は生え放題、地面も荒れていて凸凹している。
まさにその名の通り荒れ果てている状態なのだ。
現れたヒトモシは、シェリルの制裁から復活したクローネが嶺緒の手助けを受けて強化された電気ショックを放ち、いつの間におぼえたのか電光石火を決めることによって倒されている。素早さや瞬発力が一般的なピカチュウよりも劣っているクローネにとっては、相手より早く行動できる重宝すべき技だ。
少し離れたところでグレッグルと戦って勝利してきたシェリルが近づいてくる。
元々動きの素早いシェリルは、スピードで撹乱する戦い方を得意としている。その分技の威力がいまいちなのが悩みどころなのだが。
三匹は合流すると、できる限り早足でダンジョンの先へと進んで行く。
「…エルム、無事かなぁ」
「どうだろうな。ったく、どうしてこんな甘い言葉に誘われるんだかなぁ…」
「…やっぱり、セシリア関連なのは間違いないよね」
嶺緒は溜め息をついて複雑な表情を浮かべ、クローネは、こちらもまた複雑な表情を浮かべて首を傾げている。
すると、今まで口を閉ざしていたシェリルがぽつりと呟いた。
「案外、ただ単に認めてもらいたかっただけかもね」
「え?」
「…?」
「僕はセシリアの考え方は嫌い。でも、考え方は僕に否定することはできないからね。考え方なんて人それぞれだし。気に食わないけど。
今回のエルムの行動はどう考えてもセシリア関連だ。そしてコマタナ達の誘い文句は「強くなれる」だったんだから…」
「…つまり、あんな考え方をしているセシリアに強くなって認めてもらいたくて、あんな行動をとったのかもしれねぇってことか」
「そう。まぁ可能性の一つにすぎないんだけど。他人の思考なんて想像したくもない」
「したからそんな発言したんだけどな」
「うるさい黙れ銀色生意気大バカチビ」
「いろいろとツッコみたいがまず最初に言っとく、色で呼ぶな!そしてチビと呼ぶな!」
「じゃあ低身長」
「それチビと意味一緒じゃねぇか!?」
「あれ、わかったんだ?へぇ意外だね」
「お前どんだけ俺のことバカ扱いしてんの!?そんぐらい誰でもわかるわ!!」
「あっそ。あとうるさい、黙らないと口塞ぐよ」
「それどう意味で言ってんだよ!?永眠か、永眠の方なのか!?」
「あぁ…その手があったか。それでもいいね」
「あれ…墓穴掘っちまったのか俺!?」
「仲が良いよねぇ」
「クローネ、いいかげんにしないと殴るよ」
「なんでこいつと仲良いことになってんだよ!?」
こんな状況をニコニコと見守っていられるクローネもある意味すごいと言えるだろう。
最後はいつも通り、クローネが余計な口を挟んだことで二匹からのツッコミを受けている形である。当の本人はキョトンとしているだけだが。
そして、現れたダンジョンの敵ポケモン達に気づくと、戦う気満々で二匹を置いて走り出した。
シェリルと嶺緒は何とも言えないような表情になると、仕方なくクローネの後を追う。
対峙しているのはヒトモシ、タマゲタケ、シママの三匹である。
それを見て、シェリルは顔を顰めた。何しろシェリルには不利なポケモン達がいるからだ。
ヒトモシは苦手な炎タイプである上に、シェリルが持ち合わせている技で有効と言えるのは悪タイプの追い打ちくらいである。草タイプの技はあまり通用しないし、体当たりに至っては相性からして全く効果がない。
そしてタマゲタケは同じタイプであるゆえに得意とする草タイプの技ではあまり効果がない。さらに、シェリルの覚えている技では相性的に効果抜群のものが一つもない。
そしてシママにも効果抜群といえる技がない。シェリルの場合、技の威力がいまひとつなので、こうしたタイプ相性も考えて行動しなくてはいけないのだ。
「なんで面倒くさい奴ばっかり…っていっても、僕からして完全に有利って言えるポケモン、このダンジョンには出てきてないけど」
「あぁ…まぁ、確かにな」
頷く嶺緒。このダンジョンの敵ポケモン達の中で、シェリルが効果抜群のダメージを与えられるのはヒトモシだけだ。
しかしヒトモシは炎タイプであるゆえに、もし戦うとしても危険も隣り合わせの戦闘になるだろう。
クローネはそのことを考慮して二匹にある提案をした。
「うーん…じゃあシェリルがシママ、嶺緒がヒトモシ、ボクがタマゲタケを相手するっていうのはどうかな」
「意義なし」
「賛成だな」
実力からしても全員相手と同じくらい、もしくはそれ以上に戦える。
クローネはいろいろと少し心配だが。
なので素早さの高いシママは同じく素早さの高いシェリルが、ゴーストタイプを併せ持つヒトモシは効果抜群の悪タイプの技である噛みつくを覚えている嶺緒が、特性が『胞子』なので近距離戦は避けたいところであるタマゲタケは遠距離戦が得意であるクローネが担当することにしたのだ。
普段ヘラヘラしているようにも見えるクローネも配分は得意なようである。他者をしっかりと見ているクローネだからこそできる芸当だ。
「そうと決まればさっさと倒してエルム達に追いつかなくちゃ!」
「はいはい」
「了解」
返事を返すと、それぞれが相手するポケモンと対峙する。
嶺緒はヒトモシが相手だ。ノーマルタイプの技ではゴーストタイプを持つヒトモシには通じないし、逆にヒトモシもゴーストタイプの技は嶺緒には通じない。それでも嶺緒の技はいろいろなタイプのものが多いので充分に戦える。
「さっさと終わらせるか…」
先手必勝とばかりに電光石火で背後へ回り込むと、ヒトモシに此方の存在を気取られる前に噛みつくを繰り出す。その手際は鮮やかなものであり、電光石火のスピードも申し分ないものであったため、ヒトモシは諸に攻撃を喰らう。
しかしやられてばかりとはいかないようで、ヒトモシは少し距離を置いた嶺緒に向けて炎の渦を放つ。
「そんなの喰らってたまるか」
肩をすくめ、ヒョイッといとも簡単に炎の渦を避けた。
再び放たれた炎の渦をシャドーボールで相殺すると、ヒトモシが反応するより早く近づいて再び噛みつくを繰り出した。
効果抜群の技を二度も喰らって、ヒトモシは戦闘不能となって倒れる。
「ふぅ…さっさと終わってくれて助かったな」
一方のクローネはタマゲタケをジッと睨みつけている。目つきがそこまで鋭くないので怖さなど一欠片もないのだが。
タマゲタケの特性は『胞子』である。攻撃すると胞子が飛び散り、相手を状態異常に至らせる。さすがにそれは避けたいところである。
つまり、距離を置いて戦った方がいいとクローネは判断する。
「電気ショック!」
打ち出した電気ショックは、確実にタマゲタケへと向かっていった。…筈だった。
電気ショックが今にもタマゲタケに直撃しそうになった時、クローネが放った電撃は全て別方向へと引き寄せられていったのだ。
「え?」
呆然とするクローネ。何故こうなったのか。
その時、クローネに向かって何故かシェリルから罵声が飛んできた。
「チッ…お気楽天然ピカチュウ!!このシママ、特性が『避雷針』じゃないか!!」
「えぇっ!?ご、ごめん気づかなかった!!」
特性『避雷針』は電気技もしくは電磁波を受けたとき、ダメージを無効化して特攻を上げる。しかも、別のポケモンに放った電気技も全て吸収してしまう。飛んできた攻撃が先ほどより強かったことから察したシェリルは、ギリギリでかわしてクローネに罵声を投げつける。
つまりこの流れからすると、シェリルがシママを倒さない限りクローネはタマゲタケを遠距離から攻撃できない。近距離で挑んでもいいが、あまり『胞子』を喰らいたくはない。
シェリルは溜め息をつくと蔓のムチを使ってシママを転ばせると、追い打ちを繰り出した。
「ふぇぇ…また失敗したぁ…」
しゅんとして頭を抱えるクローネ。が、すぐに顔を上げると「シェリル頑張れー」と応援に切り替えた。
すると、ヒトモシを倒した嶺緒が何やってんだというような目で見てきた。いや、目線だけではなく口にも出してきた。
「…何やってんだ?」
「えっと…あ!嶺緒手伝って!!」
「は?ちょっ……あ、そういうことか」
シェリルの戦っている相手と、クローネを見て何となく察してくれたようである。
「ったく…シャドーボール」
攻撃を仕掛けようとしたタマゲタケより早く嶺緒がシャドーボールで攻撃して動きを止める。
その間に、シェリルが蔓のムチでシママを倒す。シママが倒れたことにより、『避雷針』による邪魔もなくなったため、クローネはタマゲタケに電気ショックを放つ。それはタマゲタケに直撃し、戦闘不能にさせる。
「終わったー…特性って面倒くさいなぁ…」
「まぁ仕方ないだろ、諦めな」
「そうなんだけどね…」
小さく溜め息をつくクローネとそれを見て肩をすくめる嶺緒。
その光景を呆れたように眺めていたシェリルが口を開いた。
「どうでもいいけどさ。さっさと先に行かないんだったら僕帰るからね」
「へ?あ…ごめん!エルム達を追ってるんだし、先にすぐ進まなきゃだね!」
「…忘れてたのかよ」
シェリルの言葉に一瞬きょとんとして、次第に慌て始めるクローネ。そのクローネの言葉に嶺緒は溜め息をついた。どうもクローネにはダンジョン攻略しているうちに目的を忘れることがあるようだ。それもこれもこの三匹で行動すると会話が全く無駄な言い合いになることが多いせいなのだろうが。
「とにかく急がないと!エルムにもしものことがあったら嫌だし…」
「まぁ…俺達もだいぶ進んできてるし、エルム達もそろそろ奥地に続く道に突入している可能性もある。向こうのペースはおそらく普通に歩く程度だと思うが、俺達は追いかけるために倍のスピードを出して急いで追いかけた方がいいかもな」
「それでいて、体力を消耗しすぎない程度で。戦闘になった場合のことも考慮しなきゃやられるかもしれないだろ」
「まぁ、確かにそうだな…」
「うーん…ねぇ、考えてる時間も惜しいし、早く行こう?」
「あんたの今の言葉は正論っちゃ正論だけど、今回は絶対話を理解しようとしてこんがらがったんだろ」
「え!?よくわかったね!?」
「「だと思った…」」
クローネの凄いなというような視線に、シェリルと嶺緒は同時に溜め息をつく。予想が見事過ぎるほどに的中してしまったためである。
クローネはわかりやすい。
シェリルと嶺緒は同時にそう感じたと共に、深い溜め息をついてしまうのだった。