第二十五話*信用
「そっかぁ…セシリアがこの町に来たのはつい最近で、今までも気ままに旅してたんだね」
クローネが最初にセシリアに話しかけて全員…自己紹介を終えると(勿論シェリルの紹介はクローネがしたので、蔓のムチで叩かれていたが)クローネはセシリアと話していた。
もっとも、シェリルは話す気はさらさらないとでも言いたげに腕を組み、別方向を向いている。話を聞いてはいるようだが。ルトはクローネの隣に立ち、エルムはクローネとルトの後ろに隠れながら話を聞いている。嶺緒は関わりたくないとでもいうように、カウンターの席に座ってテアの出したお茶を啜っている。つまり、主に話しているのはクローネということだ。
セシリアはクローネの言葉に「えぇ」と返答する。
「目的がないわけじゃないんだけど…でも結局のところは自由気ままに旅しているわね」
「へぇ〜!そうなんだ!ここにはどうして立ち寄ったの?」
「ここには希望の虹≠見に来たのよ」
「希望の…虹=c?」
聞きなれない単語を復唱し、首を傾げるクローネ。
すると、ルトが「あ」と短く声を上げた。
「希望の虹≠ゥ…!俺も聞いたことあるぞ!」
すると、最年長であるハーデリアが希望の虹≠ノついての説明をしてくれる。
「希望の虹≠ニはこの地方で名物だった虹じゃ。昔はこの町からよく見えたもんじゃ」
「なんで希望の虹≠ネんて名前なわけ?」
今まで沈黙を貫いていたシェリルがハーデリアに疑問に思っていたことをぶつけた。上から目線の質問にも、ハーデリアは「まぁ急かすな」とシェリルを説き伏せ、説明を付け加えて答えてくれた。
「虹が重なる不思議な光景は、とても美しく…見ていて惚れ惚れするもんじゃった。ここに住む者達は、いつものその虹を見て「次の日もまた虹が見れたら嬉しいな。よし、また見れるまで自分も頑張ろう」と…そう思いつつ明日への希望を抱いて毎日頑張っておったんじゃ。
虹を見ると、不思議と皆の希望が湧いてくる……それでいつの間にか希望の虹≠ニ呼ばれるようになったんじゃ」
「ふーん」
聞きたいことは聞けたとでも言うように、また視線を逸らすシェリル。
代わりにクローネがキラキラと瞳を輝かせ、ハーデリアに尋ねた。
「ねぇ、その虹って見られるの?ボクも見てみたい!」
その問いに、ハーデリアは表情を暗くさせ、「いいや」と首を横に振る。
「ここのところ、全く虹を見なくなったんじゃ。不思議のダンジョン化が進んだせいなのかどうかはわからんが…とにかく虹がかからなくなったんじゃ」
「虹が見られなくなったという噂は私も聞いてたんだけど…でも、どうしても見たくてね。行けばもしかしたら見られるかもと思って、ここまで来てみたんだけど…でもやっぱり見られなかったわ。仕方ないんだけどね…」
「そっかぁ…それは残念だなぁ。ボクも見たかったなぁ…ね、シェリル」
「興味ない」
希望の虹≠ノ関心のあったクローネはがっくりと肩を落とす。シェリルに話を振ってみるが、あっさり切り捨てられた。
それよりさ、とシェリルはクローネに話を振った。
「あんた、ここに来た目的を忘れたんじゃないよね?」
「…あ」
「これだからこいつの大丈夫は信用ならないんだ」
溜め息をつき、呆れたような視線をクローネに向けるシェリル。
あはは、と笑って誤魔化すクローネだが、シェリルからは未だにジト目で見られている。
「あのね、セシリアと友達になりたいってポケモンがいるんだ」
「…友達?」
「うん!」
クローネの発言に、訝しげな表情になるセシリア。
突然のクローネの発言に、驚いてビクリとし、顔を青くさせるエルム。
エルムの目の前に立っていたクローネとルトがサッと横に退く。隠れていたのに、前に立っていた二匹が横に退いてしまったので、慌てるエルム。
喋ることすら渋っていたのだが、シェリルの早くしろという鋭い視線に押され(?)ゆっくりとではあるが前に進みだし、セシリアに話しかける。
「あ、あのー…そのー…こ、これを…」
そう言って、セシリアの目の前に例のクリスタルをそっと置く。
そして持てる限りの勇気を振り絞って、ずっと言いたかったことを声に出した。
「こ、このクリスタルをセシリアさんにプレゼントします!お、お願いします!ボクとお友達になってください!」
エルムの言葉に、その場にいる全員(シェリルと嶺緒を除く)の視線がセシリアへと注がれる。当のセシリアは、ジッとエルムを見ている。
一時訪れた沈黙を破ったのは、セシリアだった。
「…ありがとう。嬉しいわ」
その言葉に、クローネとルトは内心「上手くいったのか」と喜んだ。だが、セシリアの次の言葉はその場にいたポケモン達に驚愕を与えた。
「でもごめんなさい。せっかくだけどプレゼントは受け取れないわ」
「えぇっ……!?」
その言葉は、エルムの心を打ちのめすには充分過ぎるものだった。
友達や恩人がせっかく作ってくれたタイミングと流れ。持てるだけの勇気を振り絞り、頑張って頼んだ。ここまで心を打ちのめされたということは、きっと心のどこかで自信もあったのだろう。
しかし、その結果の末に返ってきた言葉は、とても冷たいものだった。
そして、エルムを見るセシリアの目も、鋭く冷たいものへと変わっていた。
「私、友達は作らないことにしてるの」
「え…え…」
もはやパニックに陥っているエルム。
セシリアはそんなことにはお構いなしといったように続ける。その目は氷のように冷たい。
「残念だけど、こんな世の中だからね…友達とか信用してないの。せめて強ければ、友達として少しは考えてもいいんだけど。
強ければ、とりあえずお互い支え合えるからね」
しん…と空気が静まり、沈黙がその場を襲う。誰も何も言い返さなかった。エルムはパニックに陥っているし、クローネは珍しくも顔を顰めている。
そしてセシリアはエルムに向かって冷徹な言葉を紡いだ。
「でも貴方…強くないでしょう?」
「うぅっ…」
「エ、エルムーー」
ルトが話しかけようとするが、エルムには聞こえていなかった。セシリアに言い放たれた言葉がずっと頭の中をグルグルと駆け巡っていた。
「うぅっ…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」
大声を上げ、走り去っていくエルム。その瞳からは、涙がこぼれていた。まるで時が止まったかのようにしん…と静まり返る食堂。
ルトは一瞬呆気にとられていたが、ハッと我に返るとエルムを追いかけようとする。そして、その前にキッとセシリアを睨んだ。
「テメェ…何言ってんだよ!!友達くらい…なってやれよっ!!」
怒りすぎてその先の言葉がまとまらず、上手く全ての思いを伝えられないままルトはエルムを追いかける。
クローネが一歩前に進んだ。その表情は、いつも笑顔の彼からは信じられないような怒りの表情だった。キッとセシリアを睨みつけるクローネ。
「ルトの言う通りだよ!ちょっと酷過ぎるよ!!」
そんなクローネの怒りの言葉にも冷静な言葉を返すセシリア。
「今の世の中は騙し合いになってる。信用できないわ。
親切にされても…必ず下心がある。ちやほやされても信じられないの。友達をつくっても騙されてがっかりするだけよ。
だから私は友達をつくらないの。今の世の中なら…当然のことよね?」
「そ、それは…」
言葉に詰まるクローネ。確かにこの世の中は騙し合いになっているのだ。現状を嫌という程痛感していたクローネだからこそ、何も言い返せなかった。
セシリアは黙ってしまったクローネを見て、さっさと立ち去ろうとする。
その時だった。
「アホらし」
静まり返った食堂で、何ともバカにしたような声が響く。それは、視線すら此方に向けず、腕を組んだままクローネの隣に立っていたシェリルだった。
シェリルの言葉に、セシリアは首を傾げた。今の会話のどこに、シェリルの言う阿呆らしさというものがあったのか。その疑問は、皆同じようだった。クローネですら首を傾げている。
そんな空気はお構いなしに、シェリルはクローネに向かって「あぁ、そうだ」と話しかける。
「クローネ、前言撤回。僕やっぱり、こんな奴と似てるとか嫌だ。他人を信じてないって点では一緒だけど、こいつの考え方ウザい」
シェリルの撤回したがっている前言とは、セシリアとシェリルが似ているということだろう。
「…何が言いたいのかしら?」
考え方がウザいと言われたセシリアは、何故そうなったのかはなんとなく予想がついていた。おそらくシェリルが言いたいのは他の者達と同じく、人の信用云々の話だと思ったのだ。しかし、シェリルの反感を買ったのは、彼女が予想していたこととは違った。
「やっぱりあんたはお嬢様って感じ。世間知らずの大バカだ。…それに関しては僕も似てるとこあるんだろうけど。
でも…なんであんたらって何でもかんでも世の中のせいにするわけ?ほんっと低脳。何、あんたの精神はガキ並みなの?
世の中が騙し騙されて回ってるから他の奴らを信じないって言うんだったら…本当大バカだよ。世の中がこんなんだからって、すぐその考え方を肯定する。本当、あまりにバカバカしくて理解し難いね。
僕、あんたみたいな奴…大っ嫌いだ」
オブラートに包むことなく、悪態を織り交ぜて告げるシェリルの言葉。
悲しみと憎悪の混ざった、怒りの言葉だった。
それは、クローネや嶺緒、そしてガレットやルシア、アサザに【カゲロウ峠】での記憶を思い起こさせた。
――
『だってそうだろ。そうやって、何でもかんでも世の中や他人に合わせて…自分が何かやらかせば、世の中が悪い、他人が悪いって……
甘ったれてるんじゃないよ!!』
『他人がこうだから許される、なんて甘い考えを持つ奴が増えるから…結果、世の中がこうだから許される、なんてガキみたいな思考を持つバカが増えるんだ!
ふざけんな…そんな考え方で傷ついた奴が、いったいどれだけいると思ってるんだ!』
『僕は…あんたみたいな奴が一番大っ嫌いなんだよっ!!!』
――
「他人を信じないなら…どっか行きなよ。干渉されない、静かな場所にでもね。
…あー僕も行きたいな、誰にも干渉されない静かなとこ」
なーんて…あーあ、アホらし過ぎてここにいるの飽きてくる。
そんな言葉を吐き捨てると、シェリルはテアのいるカウンターの席に座って飲み物を要求している。つくづく不思議な者である。
セシリアはしばらく押し黙っていたが、やがて肩をすくめると出ていった。
静まり返る食堂内。あまりに静かで、シェリルと嶺緒がお茶を啜る音だけが聞こえる。
他の者はしばらく固まっていた。やがて、ガレットが大声で叫び出すまでは。
「ヒャッハーー!!フラれたぁーーーーーー!!」
「エルムがフラれたぁーーーーーーーーっ!!」
ガレットがまず最初に騒ぎ出し、それに合わせて食堂内の♂のポケモン達が一斉に騒ぎ出した。
クローネはわけがわからないといったように狼狽えている。
「えぇ…な、何なのさ…?」
「全員うるさい。今すぐ黙らないと全員崖に吊るすよ」
クローネの疑問に答えるものはいなかった。皆騒ぎ立てているからだ。
しかし、パシィンッと床をムチで叩く音と共に放たれたシェリルの言葉は耳に届いたようだ。一気に静かになった。
「もうっ!何なのさ!エルムをバカにしてるんだったらさすがにボクも怒るよ!」
「そ、そういうわけじゃねぇよ」
先ほどセシリアに怒りを見せた時とは違って、本人は怒っているつもりなのだろうが、怒っているのか少しわかりにくい表情のクローネに、ガレットは慌てて弁明した。クローネの怒ったような表情は今ひとつ締まりがなかったが、そこはあえてツッコまなかった。ツッコんでも無駄だということを早くも悟ったようである。
ガレットの言葉に怪訝そうに首を傾げるクローネに、ルシアが説明した。
「実はここにいる全員が、既にセシリアちゃんにフラれているんだ」
「……へ?」
いきなりの驚きのカミングアウトに、クローネは思わず素っ頓狂な声を出した。そして、頭が理解に追いついた瞬間、大声を上げてしまった。
「えぇぇぇぇぇ!?本当に!?
って…はっ!?全員ってことは…ま、まさか……」
クローネはとんでもないことに気づいてしまったとでもいいたげな表情になり、顔を引きつらせながらカウンターで此方の様子を傍観しているテアに視線を向けた。
「まさか、テアさんも…!?」
その言葉に、全員の視線がテアへと向けられる。
話を振られたテアは悪戯っぽく微笑んだ。クスクスと笑って、クローネに返答する。
「ウフフッ…さぁ?でも、あんな可愛い子…普通は放っておけないよねぇ……」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「うわ、引くわー」
「コラ、本人目の前にそういうこと言わない」
驚愕に目を見開き、完全にドン引きしているクローネ。
一方のシェリルは、表情こそ変わっていないものの、完全なる棒読みで呟き、テアに小言を言われている。
そして、不意にクローネはとある疑問が浮かんだ。
エルムとルトは今までセシリアと話したことはなかった。
クローネとシェリルは話はおろか、姿を見かけたことすらなかった。
しかし…旅人でありながら、それなりに長い期間ここに留まっている彼はどうなのか。特殊な理由があって苦手とは言っていたが。
気になってしかたがなくなったクローネは、思わず尋ねていた。
「ねぇ嶺緒!嶺緒はもしかして告白したの!?」
「ゴフゥッ!?」
思わず噴き出しそうになったのをギリギリで抑えたため、変な音が出てしまう嶺緒。さらに慌てて飲み込んだため、むせている。
「げほっ…げほっ…!な、何でそうなる!?苦手って言ったろ!?」
「いや、告白してフラれたから苦手になったのかと思ったの」
「「「「「ブフゥッ!!」」」」」
きょとんとして、途轍もない推測をさらりと言ってのけたクローネの言葉に、食堂内の♂ポケモン達が一斉にふき出し、笑い転げた。
「ざけんなっ!誰があんな奴に告白なんざするかボケッ!!」
顔を真っ赤にしてキレる嶺緒に、きょとんとしているクローネ。何故こんなに怒られているのかわかっていない。
すると、テアが嶺緒をフォローするように口を挟んだ。
「嶺緒は告白もアタックもしてないよ」
「そうだ!テアさんもそう言ってんだろ、そんな妙な視線をこっちに向けんな――」
「確か前に「あんな、兄貴と姉貴を足して二で割ったような奴、誰が告白なんかするか。寒気が走るわ」とか言ってたしねぇ」
「わかったか…って、ゲッ…!?テアさん、何いきなり暴露してんすか!?」
クローネへの説得を試みていた嶺緒は、テアのいきなりのカミングアウトに顔を引きつらせた。
つまり、それが嶺緒の言っていた“特殊な理由”というやつなのだろう。
シェリルは細い目で嶺緒をジト〜ッと見ている。
「あんたの言ってた特殊な理由って…そんなこと?」
「そんなことって言うな!しかもよりによって足して二で割ったような奴だぞ!?普通無理だそんなの!」
「いや、別にそこに興味はないから。思ったよりつまんない理由だなとか思ったけど言わないでおく」
「いや言ってるからな!?こっちをジト目で見ながらはっきり発言してるからな!?わざとか!?わざとなのか!?」
「よくわかったね」
「即答かよ!?」
いつの間にか普段通りくだらない言い合いになっているシェリルと嶺緒。
ちなみに、テアが暴露したことにより、嶺緒は食堂内のほとんどの♂ポケモン達からジトッ…とした視線をもらうこととなったのだった。
「とにかく」と、軌道が完全にズレていた話題を戻すガレット。
「セシリアちゃんにアタックしてフラれる……
それがここでは、もはやお祭り…恒例行事となってしまっているのだ。
まぁ早い話が…いちいちフラれる度に盛り上がらないと……やってられんのだ!」
「「「「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」」」」」」
「男が泣くとかむさ苦しいだけだからやめてくれない?…まぁ、女が泣いたらそれはそれでウザいだけだけど」
「なんかすごい修羅場だねぇ…」
「クローネ、それちょっと違うぞ…」
何とも言えない表情の三匹。シェリルに至ってはストレートに悪態をついている。
ちなみに、端の方でハーデリアが慌てたように「わしはアタックしとらんぞ!?」と必死に弁明していた。誰も聞いてはいなかったが。
「…でも盛り上がることで気が紛れるなら、まだいい方かも。エルムはここの皆と違って図太そうじゃないし…」
思わず呟いた言葉で、クローネは走り去っていく時のあの絶望したような表情のエルムを思い出していた。
それとともに、自分の行動も。
「ボク…余計なことしちゃったかな……」
「さあね。余計かどうかは別にして、それでも結局いつかはああなってたと思うけど。遅いか早いかの問題だよ、あんなの」
「ったく。らしくねぇぞクローネ。いつもみたいにヘラヘラ笑ってるお前の方がいいと俺は思うけどな」
二匹とも口は悪いが、どちらもクローネを励ましているようではあった。シェリルは励ます気があるのかどうかはさっぱりわからないが。
嶺緒はクリスタルをテアに託すと、クローネの背中をポンと叩いた。
「考えてたって埒が明かねぇからな。ルト一匹じゃエルムを探すのだって大変だろ。俺達も行こうぜ」
「…うん。エルムが心配だし、ここでのんびりしてても意味ないもんね。エルムを探しに行こう!」
「はいはい」
「りょーかい」
クローネの言葉に、雑に答える二匹だが、やる気はあるようだ。
三匹は食堂を出ると、エルムを捜索し出した。