第二十四話*夢と想いと贈り物
依頼を無事に終えて帰路に着いた五匹は、パラダイスにある掲示板の前へと戻ってきていた。
掲示板の前には、シェリル達の帰還を待っていたシュロの姿もある。
エルムは改めてシェリルとクローネ、嶺緒に向き直り、ぺこりと丁寧にお辞儀をした。
「シェリルさん、クローネさん、嶺緒。助けてくれて、本当にありがとうございます!」
丁寧に礼を述べ、依頼の報酬である100ポケと爆裂の種、そして赤い鍵をクローネに渡した。クローネはそれを満面の笑みで受け取ると、バッグにしまった。
それを見ていたシュロは、まるで自分のことのように歓喜の声を上げる。
「ん〜っ…初めての依頼が成功してよかっただぬ」
「うん!ありがとう、シュロ!」
クローネはシュロにとても嬉しそうに返答する。やはり初めての依頼が成功したことがとても嬉しいのだろう。二匹揃ってニコニコと笑っている。
それを見ているシェリルの視線がとても痛々しいものなのは、残念ながら気のせいではない。嶺緒はもはや気にも留めていない。いちいち気にしていたら負けだと悟ったのだろう。
不意にルトが「にしても」と複雑そうな、何とも言えない表情でエルムに話しかけた。
「本当に助かってよかったけどさぁ…でももう無茶するんじゃないぞ」
「うぅ…うん…」
目に見えて落ち込むエルム。
しゅんとして俯き、やがてぽつりぽつりと呟きだす。
「ボク本当は助ける方のポケモンになりたいんだけど…強くないし、すごく怖がりだから…肝心なところで勇気が出なくて…いつも失敗して逆に助けられてばかり……
やっぱりボク冒険家に向いてないのかな…」
「そ、そんなことないぜ!確かにエルムは臆病なところがあるから上手くいかないけど…気持ちはまっすぐじゃないか。今の世の中じゃ珍しいくらいにさ」
「簡単に諦められるんだったらそんな夢捨てなよ」
エルムにかけられたルトの友達思いな優しい言葉を打ち消すかのように発せられたシェリルの鋭い言葉。
言われた本人であるエルムはおろか、クローネや嶺緒、ルトまでこれには驚いた。
「向いてないぐらいで諦められるぐらい軽い気持ちの夢ならそんな夢捨てなよ。
それだったら、たとえ方向音痴でお人好しですぐわけわかんないことしでかしたりわけわかんないこと言ったりする天然でバカな、それでも夢に向かって突っ走ってるクローネの方がマシだ。
本当に冒険家になりたいなら、そんなふうに簡単に諦めるような言葉を言うとは思えないけど。弱音吐くくらいなら諦めたら」
「シェリルさん…」
エルムは、さりげなくクローネをバカにしているシェリルの言葉の裏側に隠された意味に心を打たれた。
クローネはいつものように微笑んでいる。彼にはシェリルの言葉の意味が分かっているからだ。
つまりは「夢を諦めるような弱音を簡単に吐くな」と言いたいのだろう。いつも捻くれた言い方であるゆえに誤解されやすいシェリルだが、その言葉の裏には隠された優しい一面もあるのだ。
しんと静まり返った空気の中、クローネはふと疑問に思ったことをエルムに尋ねた。
「エルムも冒険家になりたいんだ」
クローネの言葉に、エルムも元気よく答えた。
「はい!ボク、一流の冒険家になるのが夢なんです。冒険家としていろんな場所を探検するのもいいんですが……
それよりもボクは…世界中の困っているポケモンを助けたい!苦しんでいるポケモンに勇気や希望を与えたい!少しでも皆の役に立つポケモンになりたいんです!それがボクの夢なんです」
「そっか〜!ボクとはちょっと違うけど、良い夢だねぇ!」
夢を語るエルムの表情はキラキラと輝いていて。それはクローネが夢を語る時と似ているな、とふとシェリルは思った。
クローネの笑顔に、エルムもつられて笑顔を見せる。
しかし、次の瞬間にはその笑顔は沈んだ表情へと変わっていた。
「でも…理想と現実の差は激しく、何をやってもダメでして…」
「いつもながらネガティブだな…ったく、いいかげんにその悲観的なところ直せないのか」
呆れたように溜め息をつく嶺緒。確かにエルムは少し悲観的過ぎるところがある。
クローネもにっこりと笑顔を見せる。
「そんなことないって!とっても素敵な夢じゃないか!大丈夫、頑張ればきっと夢は叶うよ!」
「アホらし…」
クローネが笑顔でエルムを励ましている時に、シェリルが呆れたような表情でなかなかに酷い言葉をぼそりと呟いている。
不意にルトが「しかし」と、疑問に思ったことを口にした。
「どうしてまた【トントン山】なんかに行ったんだよ?」
「クリスタルが欲しかったんだ。【トントン山】にあるクリスタルがすごく綺麗だって話を聞いて…」
「「「…クリスタル?」」」
シェリルとクローネ、嶺緒は同時に口を揃えて復唱した。三匹とも、充分過ぎる程に心当たりがあったからだ。
それだけで三匹同時に声が揃うのもある意味すごいが。
クローネは「ちょっと待ってて」と言ってバッグをあさる。
やがて、バッグの中から【トントン山】で手に入れた、キラキラと輝くクリスタルを取り出した。
「【トントン山】を登る最中に拾ったんだけど…もしかして、コレかな?」
「わぁっ!そうです!コレです、ボクが欲しかったクリスタルは!」
「うぉっ…すげーな、コレ」
「なんて綺麗なんだろう…!!すごいなぁ…!!」
エルムもルトも、キラキラと日の光に煌めく美しいクリスタルに魅入っている。確かに、このクリスタルは不思議といろんな者を魅了する美しさがある。
クローネは「そっか」と言ってにっこりと笑顔を見せた。
「じゃあ、それエルムにあげる!」
「え…えぇっ!!?い、いいんですか!?」
「さっさと貰っとけ、エルム。早くしないと勝手にいらないと判断して、横からそれを奪う第三者が動き出すぞ」
「僕の行動を客観視して説明するのやめてくれない?」
嶺緒がジトッ…とした視線をチラリと向けた先にいるのはシェリル。そのシェリルも同じようにジト目で嶺緒を睨んでいる。いつも通り、二匹の間にはバチバチと火花が散っている状態である。
クローネはいつも通り温かい目でそれを見守ると、エルムにニコニコとした笑顔を向ける。
「いいんだよ。ボクも綺麗だったから何となく拾っただけだし、特に使い道もないからエルムにあげる!」
「早くしろ。いるの、いらないの、どっちなのさ?さっさとしないと僕が貰うよ」
「もーシェリル、脅しはダメだよー」
あはは、と笑っているクローネ。ある意味すごいと皆が思った。
クローネはクリスタルをエルムに手渡すために近づく。
その時だった。クリスタルがクローネの手から滑り落ちたのだ。
「「「「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!?」」」」
次の瞬間に起こるであろう悲劇を予想し、大声を上げるシェリルとシュロ以外の四匹。
滑り落ちたクリスタルが地面に叩きつけられそうになったその瞬間――
「…ったく」
クリスタルは音をたてて割れることなく、シェリルの蔓のムチによってギリギリ地面への落下を防がれていた。
シェリルは溜め息をついてクローネにクリスタルを手渡す。
「ふぇぇ…助かった…シェリル、ありがと〜…」
「はぁ…クリスタルは衝撃に弱いんだからもっと丁寧に扱うこと」
「うん、気をつける!」
「…反省する気あるの?」
「うん!大真面目!」
クローネの返答にシェリルは何とも言えないような表情を見せる。クローネは真面目な表情で言っているつもりなのだろうが、今ひとつ表情に締まりが無い。
クローネは今度こそ落とさないようにエルムに渡した。
「はい!」
「あ…ありがとう!わぁっ…!」
嬉しそうにクリスタルを受け取るエルム。日の光に翳したりして、歓喜の声を上げている。
それを見て微笑んでいるクローネとルト、そして表情一つ変えないシェリルと嶺緒。
喜んでいるエルムを眺めているうちに、ふと一つの疑問がクローネの頭をよぎった。
「でも、どうしてクリスタルが欲しかったの?」
「そっ…それは…!そのう……えと…」
「?」
口ごもり、背を背け俯くエルム。その様子はいかにも挙動不審で、頬も心なしか赤く染まっている。
こてん、と首を傾げるクローネ。なぜ尋ねただけでこんなに口ごもっているのかわからなかったのだ。
「あっ……」
「…まさか」
「………?」
「え?え?」
最初に声を上げたのはルト。すぐ後に嶺緒が顔を顰めて呟く。
シェリルはわけがわからないといったようにあからさまに顔を顰め、クローネは首を傾げている。
嶺緒は渋面のまま、掲示板の方を向いて顔を隠しているエルムに「…おい、まさか」と尋ねてみた。
「まさか…そういうことなのか?」
返答のないエルムに、嶺緒は何故か顔を引きつらせた。
「え…マジで?」
ルトはずっとニヤニヤしているし、嶺緒は渋い表情のままである。
それを見て、さらに首を傾げるクローネ。
「え…と?」
「まさかとは思うけど」
シェリルが怪訝そうに尋ねる。とても猜疑心に満ちた表情である。
「…それ使って詐欺とかやる気じゃないだろうね?」
「どうしてそうなる」
シェリルの謎の疑問に、嶺緒は溜め息をついてツッコミを入れる。
続いてクローネが驚愕の表情へと変わり、声を上げる。
「は…!ま、まさか…そのクリスタル使うとばーってなってドドーンッ!ってなるの!?」
「「さっぱりわからない」」
【宿場町】
賑わいを見せている宿場町へ、颯爽と歩いてくるポケモンがいた。ビリジオンと呼ばれるポケモンである。
優雅にビリジオンが歩いてくると、宿場町のポケモン達の視線は皆釘付けになっている。
「今日も凄いなぁ…」
「えぇ、眩しいです…」
「相変わらず別嬪だよなぁ」
「えぇ。本当にちょー美人さんですよねぇ」
「背が高くてクールで凛としていて……あぁもう…憧れちゃうよなぁ…」
颯爽と横切っていくビリジオンを眺めながら、男達はうっとりとして口々に呟く。中には口をパクパクと動かすだけで声すら出ていないポケモンや、あっけに取られているポケモンすらいる。
ビリジオンはそんなポケモン達を気にも留める事なく、食堂へと入っていった。すぐに食堂の中から歓喜の声が上がった。
ポケモン達はフラフラと食堂の入り口まで近づき、入り口から様子を伺う。
「あら、いらっしゃい!」
「あ、セシリアちゃん!!」
「わぁっ!セシリアちゃんだぁ!!」
セシリアと呼ばれたビリジオンはにっこりと微笑んだ。
テアはセシリアを歓迎し、ガレットと弟子二匹は声色が既にメロメロ状態である。
美しいソプラノの声でセシリアはガレットに尋ねる。
「そこ、空いているかしら?」
「ど、どうぞどうぞっ!」
セシリアはガレット達の座っている場所の空いている席へと座ったようだ。
それをジッと見ていたコアルヒーが声を上げる。
「オ、オレ達も行こうぜ!」
それを聞き届け、ビリジオンに見惚れていたポケモン達は一斉に食堂へと入っていった。すると歓喜の声に混じって楽しそうな声が食堂から聞こえてくることとなる。
一気に賑わいを見せた食堂にいるほとんどのポケモン達がセシリアが目的だったりするのだが。
「セシリアさん、今日はまた一段と麗しいですぅ〜」
「フフッ、ありがとう」
「ずっとこの町にいてくれよ、セシリアちゃん」
「う〜ん、考えておくわ」
にこりと微笑んだセシリアに、デレデレの大工三匹。負けじとワシボンが前に出てきてセシリアに話しかける。
「セシリアさん、今日はどちらまで行かれていたんですか?」
「東にある洞窟へ。
…でも空振り。残念ながら何も収穫がなかったわ。私、もしかして冒険家としての実力が落ちたのかしら…?」
表情を暗くさせるセシリア。途端に皆が慌てふためき、ワシボンが慌ててフォローの言葉をかける。
「そ、そんなことないです!きっとダンジョンがセシリアさんの魅力に嫉妬して、道具とか何も落とさなかったんだと思います!そうです、そうに決まってます!」
もはやわけのわからないことを言い出しているのだが、ポケモン達は誰もそのことはツッコまずに、一斉に頷いたり「そうだそうだ」と騒ぎ出す。
それを外で見ていたクローネ達はそれぞれが何とも言えないような表情になっている。
やがてクローネがぽつりと呟いた。
「何か…すごくモテモテなんだけど…」
「恋は盲目って言うけど、さすがにあいつらのアレは気持ち悪い」
「ストレート過ぎだろ、その言い方は」
さらりと毒を吐くシェリル。その表情は渋いものである。そしてそれにツッコむ嶺緒の表情も、同じくとても渋いものである。
クローネは苦笑すると、エルムに向き直って尋ねた。
「あのビリジオンがキミの言ってたセシリア・レフトール…?」
「……はい…………ぽっ」
エルムは肯定すると、頬を赤く染める。クローネは「そっかー」と微笑み、シェリルは顔を顰め、嶺緒に至ってはとても面倒くさそうな表情になっている。
何が楽しいのやら、ルトがニヤニヤと笑いながら説明する。
「エルムは一目見た時からセシリアに憧れてしまって…それで、友達になりたいと思ってるんだ」
「やっぱりクリスタルはセシリアにプレゼントするために欲しかったってわけか…ったく、そこまでやるか」
「あんたは興味ないの?あのモテモテの女には」
「…まぁ、ある特殊な理由により苦手だな」
「特殊な理由?」
シェリルの皮肉めいた言い方の質問に、嶺緒は顔を顰めて返答する。“特殊な理由”という言葉にクローネは首を傾げる。
途端に遠い目をした嶺緒を見て、これは聞かない方がいいかな、と思い追求はしなかったが。クローネにしては賢明な判断である。
「そういうシェリルはどうなんだ?…って、お前はいろんな意味でわからないけどな」
「何ソレ。僕の思考回路は至って単純、他人は嫌い」
「いやそういうこと言ってんじゃねーよ」
嶺緒が言いたかったのは性別の話だ。このシェリルというツタージャ、未だに男なのか女なのかわからないのだ。高めのソプラノの声ではあるがどちらかというと中性的で、一人称も『僕』なのでとても分かりづらいのだ。
クローネや嶺緒が悶々とそんなことを考えているとは知らず、シェリルはセシリアを見ながらぽつりと呟いた。
「でもまぁ…あいつはちょっと僕に似てる。そんな気がする」
「シェリルに?」
クローネは食堂の中で大勢のポケモン達に囲まれて微笑んでいるセシリアと、目の前でジト目+顰めっ面でセシリアを見ているシェリルを交互に見つめ、そして首を傾げた。
その視線に気づいたシェリルは「…外面的なこと言ってるんじゃないよ?」と付け加える。
ルトは先ほどの説明の後はずっと黙っていたが、やがてとても良い笑顔をエルムに向けた。そしてとても思いきった発言をした。
「よし!エルム、今がチャンスだぜ!クリスタルを持って行ってくるんだ!!」
「え…えぇぇぇぇぇ!?む、無理だよぉ〜〜〜…」
ルトの言葉に、情けない声を上げるエルム。しゅんとした表情のまま、消極的な言葉を並べたてる。
「セシリアさんとは友達になりたいけど!でも…やっぱり勇気が出ないよ……
どうせボクなんて相手にされない…」
「相変わらずのネガティブ思考だな、おい。いいかげん直せって」
呆れの表情を見せる嶺緒。
「大丈夫!当たって砕けろって言葉もあるでしょ!」
「砕けちゃダメだろ」
クローネは励ますために笑顔で言葉をかけたのだが、シェリルによってあえなくツッコまれる。
「うーん……あ!じゃあボクがきっかけを作るために行って話してくるから、エルムもついてきて!」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!?」
「大丈夫!上手くやるから!!」
「クローネが『大丈夫』って言ったってだけでこうも不安になるものなんだね」
表情一つ変えずに淡々と皮肉めいた言葉を述べるシェリル。
クローネはきょとんとして、それからにっこりと笑った。
「大丈夫!やってみなきゃわかんないよ!」
やけに自信たっぷりに言いきると、クローネは食堂へと入っていく。続いて、こちらも意気揚々としているルト、面倒くさそうな表情の嶺緒が入っていく。
シェリルは最後まで残っていたが、やがて肩をすくめて「…アホらし」と呟くと、食堂へと入っていった。
「え…ちょっ!み、みんなぁ…!」
自分が話を理解する前に事態がどんどん先に進んでいってしまい、まだ心の準備もできていないというのにエルムを残して全員が食堂へ入っていってしまった。
「うぅ…」
エルムは小さく呻くと、仕方なく、といったようにゆっくりと食堂に入っていくのだった。