第二十三話*発見
【トントン山 中央の穴】
「さっきとあんまり変わらないな」
中央の洞窟へと入った後、開口一番シェリルがぽつりと呟いた言葉。クローネも嶺緒も同感であった。
くさっても不思議のダンジョンであるため、やはり地形は違うのだが、それでも少し明るめの空間やら出てくるポケモン、落ちている道具の種類などは全て先ほどの左右の洞窟と何ら変わりなかった。
「何か…同じ場所を何度も攻略しに来てるみたいでつまらない」
タツベイに蔓のムチを仕掛け、追い打ちを繰り出して戦闘不能にすると、シェリルは溜め息をついた。要するに、ダンジョン攻略にスリルやら面白味が足りないと言っているのだろう。
嶺緒は肩をすくめながら返答する。
「諦めろ。今回の依頼はエルムを探すことなんだからな」
「…面倒くさい」
「ボクは楽しいけどなぁ」
「クローネ頼むから余計なことだけは言わないでくれ」
「え?ボク何か変なこと言った?」
「僕、全然楽しくない」
「…はぁ(絶対シェリルが反応すると思った)」
渋面のシェリル。楽しむ、ということがよくわかっていないのもあるが、最初に述べた通り何度も同じところを攻略している気分なのだろう。
渋い表情を見せているシェリルと首を傾げているクローネを見て、またまた溜め息をつく嶺緒。
現れたオタマロの繰り出したあわをとんぼ返りして避けると、蔓のムチで反撃する。間髪入れずに体当たりを仕掛け、オタマロを倒す。
さらに現れたオタマロはクローネがねこだましを繰り出して怯ませ、その隙に電気ショックを放つことによって倒される。
それを見ていたシェリルは小さく呟いた。
「クローネって技の威力高いよね」
「え、そうかな?」
「ピカチュウっていう種族は攻撃力が高いからな。個体差はあると思うが。クローネの場合、攻撃力に合わせて特殊攻撃…つまり、特攻も高いな。そのかわり、生まれ持っての反射神経と、素早さが…ちょっとな」
「ありがとう!」
「なんでそう発言するかに至ったかはあえて聞かないでおく、っていうか聞きたくない」
頭に疑問符を浮かべながら笑顔で礼を言うクローネに、もはや呆れの溜め息しか出ない嶺緒。
その反応に、またクローネは頭に疑問符を浮かべた。
シェリルがぼそりと呟く。
「天然ってこれだから面倒くさいんだ」
「へ?僕、天然?えっと…あれ?褒められてるのかな?」
「どう考えても褒めてない。面倒くさいって言ってる時点で普通気付くよね、バカじゃないの」
「あ!そっか、確かに面倒くさいって言われたらそんなに褒めてないよね!」
「そんなに、じゃなくて全然褒めてないんだけど」
やがて三匹が階段を上ると、少し広い場所に出た。
クローネはキョロキョロと周りを見渡し、しゅんとした。
「やっぱりいないねぇ…エルム」
もはや呼び捨てになっているクローネ。変に「さん」を付けるのが面倒になったようだ。
「まぁ、引き続き探すしかねぇか」
「あ」
「っていうか、すれ違いがないようにしないと――って、何やってんだシェリル?」
声を上げ、進もうとした方向とは違う脇道に逸れていったシェリルを、怪訝そうな表情で見る嶺緒。
「ここ」
「んー?あ、すっごい!綺麗だぁ!!」
シェリルの指差した場所――その壁には、キラキラとした透明な石が光っている。
クローネは楽しそうに駆け寄っていき、嶺緒も興味を引かれたのか傍まで寄ってくる。
「これ、すごい綺麗な石だねぇ!反射しててキラキラ光ってる!」
「クリスタル、だね」
「和名…まぁつまり俺の出身地で言えば、水晶だよな」
「そう。クリスタルの宝石言葉は氷の化石、純粋。弱点は衝撃と熱。
クリスタルはあらゆる面での最大の浄化力を持ち、全てに対しての調和を生むんだ。
特に原石なんかは浄化力が最大と言われてて、置いた場所を浄化し、正しいエネルギーへと調和して均衡を保つんだってさ。
クリスタルの魔除けのパワーは強力で、悪い気から守ってくれるし、悪いエネルギーをはね除け、感情的な心をコントロールして精神を安定させ、ポジティブな気持ちへ導いてくれるって」
ペラペラと詳しい説明をしていくシェリルに、クローネと嶺緒は驚く。
まさかこんなに詳しい説明を受けるとは思わなかったのだ。しかもシェリルから。
「わわ、シェリル詳しいね!」
「まぁ…宝石好きだし。パワーストーンとか、特に好きだから」
表情一つ変えずに淡々と述べるシェリルに、クローネは瞳を輝かせて尋ねる。その瞳は本気で尊敬の眼差しである。
「ねぇ!他にもクリスタルについて何か知ってるの?」
「他…ねぇ。あとは…鋭くカットされたクリスタルは邪気払いの効力が強く、丸みを帯びた形のものは、気を充実させてくれると言われてる。
それと良い方向へと流れを変え、生命力を高めて体力を増強して集中力とかやる気、想像力とか洞察力とか決断力を高めて持ち主の能力を引き出す。何となく気だるい気分に陥ってしまった時、絶対に失敗できない大切な時などに力になってくれる。
また、他の石の力を引き出すのにも役立つんだよね。
また、潜在能力や霊感を高めると言われてて、過去の情報や未来の予知も映し出してくれる石とされている。だから、占いとかで使われるのは水晶、つまりクリスタルが多いんだ」
「こ、細けぇ…」
唖然としている嶺緒。開いた口が塞がらないとはまさにこのことだろう。
「だてに何年間も引きこもってたわけじゃない」
「それ、威張れることじゃねぇよな…」
「ねえねえ!ここに立つと、鏡みたいに自分が映るよ!」
嶺緒は溜め息をついた。シェリルの先程の一言で、尊敬したらよいのかどうなのかわからなくなってきたようだ。
そんな中空気を読まないクローネの発言。まぁそのおかげで嶺緒としては助かったのだが。
「ほら、シェリルも立ってみなよ!」
「…引っ張らないでくれる?」
不満そうに文句を言いながらも、シェリルも先程までクローネが立っていた場所に立つ。
透明なクリスタルがどこかから漏れている光に反射して、キラキラと輝いている。そんな中に移りこむツタージャの姿。
緋色と深緑の瞳のツタージャは、感情を失くしたように無表情を決め込んでいる。なんとなくそれが変な感じでシェリルは表情を動かしてみる。口の端は上には吊り上らず笑顔になることはできなかったが、渋面を作り出すことはできた。
(今さらだけど…僕、やっぱりツタージャなんだな)
クリスタルの中にくっきりと映った自身の姿をジッと見つめ、思わずそんなことを思ってしまった。自分の姿が違うというのは、何とも違和感のあることである。動く分には慣れてきたが、こうして見ると、やはりどうしてもおかしな気分になる。
そして、この姿になっても変わらない自分のオッドアイ。嫌になるほど見飽きた、緋色と深緑の不思議な色合いの瞳。疎ましくて、無意識のうちに睨みつけてしまう。いつの間にか拳を握りしめていた。
それに気付いて、息を吸って、そして吐き、気持ちをすぐに落ち着かせると映り込んだ自分の姿を見る。そこには、先程と同じように無表情なツタージャが立っている。少し安堵した様子を見せるシェリル。
クローネはその間に、落ちていた一つのクリスタルを拾っていた。
「置いた場所を浄化して正しいエネルギーに調和して均衡を保つんだよね!これ、家に置くといいかも!一個持って帰ろうっと!」
シェリルもクローネと嶺緒が見ていない隙にクリスタルを一つ拾った。綺麗な石が好きなのだ。だから水色の石を拾いに行った時も自分のバックの中に水色の石を一個入れておいたりしていた。ちなみにあの水色の石は、シェリルが人間だった時に付けていたアクセサリー類と一緒にシェリルのベッドの下に隠してある。
嶺緒は肩をすくめ、そしてなんとなく疑問に思っていたことを口にした。
「まぁ…それは構わないが…お前ら、目的を忘れてないよな?」
「「あ」」
「…もうやだこいつら」
どうやら本当に忘れていたらしいシェリルとクローネが思わず同時に声を上げ、嶺緒はがっくりと肩を落としてしまうのだった。
「あれ、あそこに誰かいるよ!」
クローネが指差した先には、滝の前でウロウロとしている一匹のポケモンがいた。ノコッチと呼ばれる種族のポケモンである。
嶺緒は「あ」と声を上げた。
「あぁ…いた。あれがエルム・トーワだ」
「あれが他人に迷惑をかけまくったとかいうエルム・トーワなわけ?」
「ま…まぁ、そうだが。その言い方やめとけ、本人に悪気はないんだからな」
「悪気がなくても結果的に迷惑かけてるんじゃ意味ない」
「厳しいね、シェリル!」
「…なんなんだこいつら」
がっくりと肩を落とし、溜め息をつく嶺緒。一日に何度も溜め息をついているせいか、その姿は何となく見慣れてしまった。
三匹はそのまま近づいていく。そして未だに此方に背を向けてオロオロとしているエルムに、まず彼の知り合いである嶺緒が話しかける。
「おい、エルム」
「ひっ…!!」
急に声をかけられたせいか、ビクッと体を揺らすエルム。
慌てて此方を振り向き、そして安堵したような表情となった。
「あ、嶺緒…」
安心したようにホッと息をつく。先程まで挙動不審だったが、知り合いに出会えたためか、落ち着いたようだ。
そして腕組みをして此方をジト目で見ているシェリルと、ニコニコと微笑んでいるクローネを見て、首を傾げた。
「えっと…この方達は…?」
「あ、自己紹介してなかったよね!ボクはクローネ・メレクディア!嶺緒はボクらの仲間なんだ!よろしくね」
ニコニコと人懐っこい笑顔のクローネにエルムも安心したのか「よ、よろしくお願いします」と返事を返してもらえた。
「…シェリル・ソルテラージャ」
実に面倒くさそうに素っ気なく名乗る。
実のところシェリルは本当は挨拶する気すらなかったのだが、この流れからしてまたクローネが余計な言葉と共に自分を紹介するだろうと予測したのだ。だから珍しくも自分から名乗ったのだ、とても面倒くさそうに。
エルムもシェリルの素っ気ない態度にオロオロとしている。そこに、毎度のことながらクローネの余計な助言が入る。
「あ、シェリルは無愛想だけど良いポケモンなんだ!気にせずフレンドリーに対応して大丈夫だよ――あだっ!?」
「あんたがいっつも余計なことばっかり言うから今回はせっかく自分で名乗ったのにまた余計なわけわかんないこと言いやがって!大体僕はフレンドリーに接してほしくなんかないし接する気もないからねっ」
クローネを蔓のムチで叩き、苛立ちを隠しもせずに言うシェリル。結局いつものような会話になっている。
クローネは叩かれた頭を押さえつつ、苦笑する。そして白い目でこちらを呆れたように見ている嶺緒とぽかんとしているエルムを見て「あ、そうだ」と声を上げた。本来の目的を忘れていたようだ。
「えっと、ボク達はキミの出した依頼を見てここまで来たんだ!」
「えっ…あ、ありがとう…!ほ、本当に…助けに来てくれて…本当に、ありがとう、ございます…!!うわぁぁぁぁぁぁぁあんっ!!」
「いちいち泣くなって…ったく、そんなんじゃすぐに涙が枯れるぞ」
呆れたような表情の嶺緒は溜め息をつく。シェリルは何とも言えないような表情を見せ、クローネは「わわわ!?な、泣かないで〜!?」と慌てている。
未だに泣き止まないエルムに、どうしたもんかと手を焼いていたその時だった。
「エルム!!」
「え…?あ、ルト…」
聞き慣れた声に、エルムは泣き止み、駆け寄ってきたルトの名を呼ぶ。ルトは慌てて駆け寄ると、エルムの無事を確認し、ホッと溜め息をついた。
「よかった、ここにいたんだな。にしても…何度目だ?嶺緒に助けてもらったのは」
「ルトは二回くらい、エルムは…十回くらいか?」
「そっか…悪いな、毎度毎度。とにかくありがとな」
「まぁ、別に構わないさ」
肩をすくめる嶺緒。表情には既に諦めが浮かんでいるが。
ルトはシェリルとクローネに向き直る。
「シェリルとクローネもありがとな。おかげで助かったぜ」
「…知るか、僕は興味ないし。礼ならそっちのお気楽天然ピカチュウにでも言えば?」
「ううん、困ってる時はお互い様でしょ!!」
腕を組んで別方向を向き、此方を見向きもせずにいろいろと失礼な言葉を投げつけるシェリルと、ニコニコと笑顔を崩さずに返答するクローネ。
それを見て、本日何度目になるかわからない溜め息をつく嶺緒。
「とりあえず、帰ろっか」
「は、はい!」
「そうだな」
「帰るとするか」
「………」
クローネの言葉にエルム、ルト、嶺緒、シェリルの順に反応を見せ、五匹は帰宅の道を辿るのだった。