第二十一話*【トントン山】
エルムの依頼を受けてやって来た【トントン山】は、嶺緒がハイキング感覚で行く、と言っていただけあり、確かに良い所だった。
木々が所々に生え芝生が生い茂り、綺麗な花も咲いている。目の前の川は綺麗な水が悠々と流れており、二つの小さな滝から水が流れている。川には幾つかの岩が出っ張っている。
川を挟んだ向かい側には小さな洞窟の入り口が見受けられる。
「すっごく綺麗なとこだね!!なんか…わぁぁぁあ!って感じがする!」
「花って…本当に地面に咲くんだね」
「…お前らの言葉にまずどっからツッコんだらいいのかわからない」
瞳をキラキラとさせながら周りをキョロキョロと見回すクローネと、すぐ足下に咲いている花をジィッと観察しているシェリルに、嶺緒はもはや溜め息しか出せない。
「とりあえず、向かい側に行くにも川を渡る手段がねぇな…どうしたもんか…」
「これ、草だよね。こんなびっしり生えてるの初めて見たんだけど」
「それは芝生っていうんだよ〜!そんな感じで生えてるものなんだよ!春に芝生に埋もれてお昼寝するとすっごく気持ち良くてウトウトしちゃうんだぁ」
「…春、ねぇ。ウトウト…するもんなの?」
「しちゃうしちゃう!も〜眠くて仕方がないんだよね、暖かくてさ!」
「おいコラ真面目に依頼こなす気あるのかお前ら」
謎の会話を繰り広げているシェリルとクローネに耐えかねたのか嶺緒は思わずツッコむ。顔が怒りに引きつっているのは気のせいではない。
あ、忘れてた!と笑顔で言ってのけるクローネとうるさいとでも言いたげなジト目のシェリルの説得はもはや不可能だと感じたらしく、嶺緒は諦めたように溜め息をつくと右側を指差した。嶺緒の指した方向には洞窟の入り口があった。
ちなみに逆方向にも洞窟の入り口はあったりするが。
「とりあえず、右側の洞穴行ってみるぞ。ここで何もしないよりは収穫があるだろ」
「あの岩を伝っていけば?」
「お前の運動神経と俺らの運動神経一緒にするな」
「もしくは泳ぐ」
「お前泳げるのか?」
「いや泳いだことはないけど」
「ないのかよ!?」
真顔(というより無表情で)淡々と告げるシェリルに、嶺緒は思わず呆れた表情でツッコミを入れる。
それを見ていたクローネは何故か笑顔で言い切った。
「ボクは泳いだことあるよ!あんまり泳げないけどねっ」
「「威張ることじゃない」」
思わずツッコミが重なってしまうシェリルと嶺緒であった。
クローネはそれを見て「仲良いね〜」と呟き、すぐに二匹にどやされていたが。
【トントン山 東の穴】
「思ったより明るくてよかったね!って――ふぎゃっ!?」
「どうしてそこら辺に転がってる石程度で転ぶのさ」
「前を見てないせいだな」
「それってただのバカっていうんだよね」
前を見ずに石に躓いて転んだクローネに、シェリルと嶺緒の集中砲火が浴びせられる。
「う〜…なんか二匹の対応がいつもより酷いぃ…」
「何度も何度もこんな奴と仲が良いっていうからだ」
「諦めろ、クローネ。ダンジョン内で無駄にこけるお前が悪い」
そうなのだ。クローネが周りを見ずに転んだのはこれで四回目なのである。
もはやシェリルは視線すら向けずに毒舌をふるっているし、嶺緒は呆れた表情と共に疲れが見られる。
何故嶺緒が疲れているのかクローネはわからず「そんなに難しいダンジョンかな、ここ?」などと考えている始末である。嶺緒の疲れが体力的なものではなく精神的なものだということ、そして元凶の一部が自身であることにクローネは気付いていない。
「油断のしすぎだろ。敵が出てきたらどうするんだ」
「えっと…逃げる?」
「戦えよ」
嶺緒は嶺緒で苦労している。
シェリルは出てきたオタマロを蔓のムチで即座に倒すと、チラリと此方を見やり溜め息をつく。
「大丈夫だよ!ボクも頑張って戦うから!」
「あっそ。じゃ、ついでに報告しとくけどあんたの後ろにチュリネとクルミルがいるからね」
「へ――ぎゃっ!?」
シェリルの淡々とした報告にクローネは一瞬きょとんとしたが、後ろを振り向き、闘志を燃やしたチュリネとクルミルに気づき驚いて素っ頓狂な声を出す。
「草タイプか。…有利な技とかないな、とりあえずシェリルはクローネとチュリネを倒せ」
「命令するな」
「わかった!!」
顔を顰めるシェリルと笑顔で答えるクローネ。いろんな意味でとても心配である。
クローネはシェリルに何故かとても良い笑顔を向ける。
「シェリルは相性的に分が悪いから、ボクが頑張るね!」
「やめろ、逆に疲れそうだ。せめていつも通りサポートに回れよ」
「わかった!じゃあボクがサポートするね!」
「はいはいっと」
返事をしながらもシェリルはダッシュしてチュリネに体当たりする。
タイミングよくクローネが電気ショックを浴びせる。
チュリネはその攻撃に耐えきるとクローネに向かって宿り木の種を飛ばす。
こんなにすぐに反撃が来るとは思っていなかったクローネは慌てふためく。
「わわわ――」
「何やってんの」
クローネを突き飛ばしたシェリルにぶつかる宿り木の種。すぐに芽を出しシェリルに巻きつくが、シェリルはけろりとしている。
「シェリル、それ大丈夫なの?」
「草タイプに宿り木の種は効かないんだよ。常識だろ」
「へー!!草タイプじゃないから知らなかった!!」
「バカだこいつ」
シェリルは呆れたように溜め息をつく。草タイプに効果はないというだけあって宿り木をいとも簡単に引き離す。
「ったく、あんた探検隊になりたいなら――っと」
話している途中で、チュリネが吸いとるを仕掛けてきたため、強制的にセリフを中断させられるシェリル。避けた瞬間、ギロリとチュリネを睨みつける。
「僕が話してる時に邪魔するとはいい度胸だね?」
「シェリル、それ技の睨みつける?」
「素だけど」
「すごいねぇ…素でそんなに怖いなんて」
「褒めてんの?貶してんの?」
「褒めてる!」
「………あっそ」
何かを言いたげだったが、無駄だと悟ったのか結局は口を噤むシェリル。とても賢明な判断だと言えるだろう。
「はぁ…さっさと倒すよ」
「はーい!電磁波!」
「で、追い打ちっと」
状態異常に陥ったチュリネにシェリルが追い打ちを繰り出すことで、チュリネが受けるダメージは二倍となり、戦闘不能にする。
「完了」
「終わったぁー!」
再び腕を組み溜め息をつくシェリルと、楽しそうに笑うクローネ。何故笑っているのかは不明である。
一方の嶺緒は、スピードの遅いクルミル相手にさして苦労していなかった。
「電光石火」
速攻で電光石火を決めると、さらに噛みつくを繰り出す。
状況を挽回しようとしたらしいクルミルの糸を吐くを、軽々と避ける。
「これで終わりだ。シャドーボール」
シャドーボールを撃ちこみ、クルミルを戦闘不能に追い込む。
顔色一つ変えずに、小さく溜め息を一つつく。
シェリルとクローネの方へと向き直り、そして何とも言えない表情になった。
「ぴぎゃっ!?シェリル、ごめんーーーー!?」
「黙れ」
「そもそもなんでこうなってるのーーー!?」
「今のは完全にお前が悪いっ」
「ぎゃっ!?ちょ、シェリル!待って待ってもう止めようよ!?」
何故かシェリルの蔓のムチがクローネを叩いているという謎の光景に、嶺緒は人知れずまた溜め息をつくこととなったのだった。
ちなみにこのケンカの原因は、またしても転んでしまったクローネがシェリルにぶつかったことが原因だったとか。この上なくどうでもいいケンカ内容である。
「マジでもう…あともう一匹でいいから苦労を分かち合ってくれる奴が欲しい…」
ドライ過ぎるシェリルと緩過ぎるクローネを見て、嶺緒は心が折れそうになりつつ本気でそう願った。
【トントン山 東の丘】
なんだかんだと苦労しながらも洞窟を抜けた三匹。洞窟を抜けた先は、洞窟に入る前とあまり変わらなかった。奥に丸太が積み上げられているが、それにも特に目立った点はなく、進めそうな道もない。
クローネはがっかりしたように呟く。
「あ〜…ハズレかぁ」
「まぁ…消去法でこっちの道には何もないってことはわかったわけだしな…」
精神的にとても疲労している嶺緒。多少なりともそれが自分のせいだということにクローネは気づいていないが。
シェリルは腕を組むと、目を瞑って押し黙る。考え事をしているらしく、クローネと嶺緒の会話も完全にスルーである。
やがて目を開くと、丸太に近寄り思いっきり体当たりをした。シェリルがぶつかったことにより、積み上げられていた丸太は川に落ちて、流れていくと滝から落ちてしまった。
シェリルの奇怪な行動を唖然として見ていたクローネと嶺緒。
「お、おいシェリル。なんで丸太に体当たりしたんだ?なんか考えてたみたいだが、何かわかったのか?」
嶺緒のもっともな問いに、シェリルはけろりとこんな一言。
「いや、何もわからなかった。だからなんとなく体当たりしてみた。まぁ、気分でやってみただけだね」
「はぁ!?」
「別にいいだろ。ストレス発散になったんだし」
「ボクもやりたかったなぁ。丸太に体当たりって楽しそう!」
「どこをどう見てどう考えたらそんな考えに至るんだクローネ」
溜め息をついた嶺緒が丸太のあった場所を見て、不意にあることに気づき「あ」と短く声を上げた。
「積み上げられた丸太の下に、橋があったのか。これなら向こう岸に渡れるんじゃないか?」
「あ、本当だ!!すごい!」
「…どうしてこうなった」
感心したように頷く嶺緒と何故か嬉しそうに飛び跳ねるクローネを見て、シェリルは何とも言えない表情となる。
嶺緒は橋が壊れないかどうか心配なのか少しの間眺めていたが、溜め息をつくとさっさと渡り切る。
それを見て、シェリルはクローネより先に渡る。クローネより後だと身の危険を感じたからか。
クローネもニコニコと笑顔のまま渡り切る。クローネが無事に渡れたことに何気に安堵した二匹であった。
先に渡りきった嶺緒は、辺りを見回しあるものを見つけた。
「縄梯子があるぞ。これを使えば降りられそうだ」
「縄…梯子?つまり、縄でできた梯子?」
「え、知らないの?」
「本物を見たことはない」
「シェリルって…うーん」
「……何さ」
クローネは、シェリルって実はセレブなの?と尋ねたかったのだが、シェリルを見ているとどうしてもそのイメージと合わないのだ。
クローネの想像するセレブは優雅で優しく、微笑みながら紅茶を飲んでいるイメージだった。かたやドライで無愛想、普段から無表情が多く、表情を変えるとしても顔を顰めたりするばかりのシェリルとはイメージが合わないのだ。
顔を顰めてクローネの言葉の先を促すシェリルに「何でもないよ」と告げると、クローネは縄梯子を見た。
嶺緒は慣れているのかスルスルと降りていく。クローネも上手い具合にさっさと降りていく。
シェリルはゆっくり気をつけながら降りてくる。
と、突如縄梯子がブチッと音を立てて切れた。為す術もなくシェリルは落ちる。それだけだったらシェリルの運動神経ならば軽々と着地できるはずだった。しかし、シェリルが落ちたのは嶺緒の上だった。
「うげっ!?」
「うわっ!?」
シェリルの下敷きにされた嶺緒が奇声を上げ、シェリルも思わず声を上げる。
クローネは心配そうに「だ、大丈夫?」と尋ねる。
「痛ぇ…頼む、シェリル…どいてくれ」
「もう…ちょっと待って…イテテ」
どちらも痛そうに表情を歪めているシェリルと嶺緒。シェリルも痛いのか動けないようである。見かねたクローネが慌ててシェリルを起き上がるのを手伝う。
「縄梯子なんか二度と使いたくない…っ〜!」
「んなこと言ってもな…イテテ」
互いに苦痛に表情を歪めている。
すると、違う方向に目を向けていたクローネがあるものを見つけ「あ」と声を上げて川を指差した。
「見て見て!シェリルがさっき体当たりした丸太、あんなところに流れ着いてる!!」
「「え?」」
シェリルと嶺緒が同時に顔を上げると、そこには出っ張った岩に引っかかって留まっている丸太。
来た時にはあんなものはなかった筈なので、おそらくシェリルがなんとなく、という理由で体当たりし川に流した丸太で間違いないだろう。
「…ねぇ、銀色。あれ、もっと丸太があったら橋になると思わない?」
「…確かにな。あと、銀色っていうな」
「しかも、向こう側にも洞窟があるってことは、同じように丸太があるかもしれないよね?」
「無視かよ。まぁ…その可能性は十分にあるな」
シェリルと嶺緒は二匹で合点しているが、クローネは何を話しているのか理解できていないらしく、頭の上に疑問符を浮かべ続けている。
「左も同じ構造になっている可能性は捨てきれない。もしそうだとしたら、丸太だって同じようにあるかもしれない」
「つまり、その丸太を使えば橋を完成させられるってわけか」
「そういうことになるね」
「つまり、次の行き先は左側の洞窟ってわけだ」
普段の言い争いしている姿からは考えられないほど息が合っている二匹。これほど珍しいことはそうそうないだろう。ダンジョンだから呼吸が合っているのだろうか。
「…クローネ?話、理解してる?」
「う、うーんと…な、なんとなく!!」
「……………」
「ダメだこりゃ…」
慌てて思考を整理しているクローネは、シェリルからジト目を、嶺緒から呆れのセリフを貰うこととなった。
嶺緒は溜め息をつくと反対側の洞窟を指差した。
「とりあえず、次に行くのは向こう側の洞窟だ。いいな?」
「うん、わかった!!」
「異論はないよ」
全員意見が一致したため、とりあえずオレンの実で体力を回復させる。
そしてシェリルとクローネ、そして嶺緒は反対側の洞窟へと入っていった。