第八話*宿場町
「ん…」
翌日、シェリルはクローネよりも早く目覚めた。寝起きのせいなのか、もともと鋭い目つきが三割増しで鋭くなっている。
「…だめだ眠い」
そう呟くと、不機嫌そうに欠伸をする。元々寝起きが良くないようだ。
欠伸を一つすると、シェリルはクローネを見る。
クローネはまだ幸せそうにぐっすりと眠っている。
それを見たシェリルから鋭い舌打ちが聞こえたのはまた別の話。
「…起きなきゃ」
いつもとは違って、ベッドではなく藁を敷いて寝たせいか、体が慣れていないがゆえに少し体が変な感じがするのだ。加えて、ポケモンになったことも原因の一つだろう。尻尾があるが故にいつも通り仰向けに寝ることが出来ないのだ。
シェリルは肩慣らしをしながら起き上り、大きく伸びをする。
視線の低さ、緑色の自分の体をみて溜め息をつく。
「やっぱりここ…僕の家じゃないんだよね…しかも、僕ツタージャのままだし…やっぱりたちの悪い夢じゃなかったってことだよね…」
いつもとは違う朝に若干違和感を覚えながら、残った眠気を覚まそうとする。
すると、何かがこちらに向かって歩いてきているのが見えた。
水色のポケモン――どうやらシュロのようだった。
「おはようだぬ」
「シュロ…か」
「クローネは起きているだぬ?」
「見りゃわかるだろ、腹が立つくらいぐっすり寝てるよ」
突き放したような話し方をするが、これがシェリルなのである。
「クローネ、起きなよ。シュロが来てる」
「ぅ…あと5分…」
「チッ」
思いっきり鋭い舌打ちをするシェリル。
「…いいかげんにしなよ。それとも、冒険家になる前にここで朽ち果てるのがお望みなのかい?」
「ふぇっ!?」
さすがに恐ろしい脅し文句にクローネも飛び上がる。
「…シェリル?なんだか顔が怖いよ?」
「眠いんだよ」
目をこすりながら尋ねるクローネに即答で答えるシェリル。
途轍もなく不機嫌な表情からして、どうやら相当朝に弱いようだ。
「あ、シュロ…さん。おはよう」
「おはようだぬ。あと、シュロでいいだぬ」
「…今日はなんか用?用がないならどっか行ってくれない?」
シェリルの問いにシュロは、
「様子を見にきただぬ」
と答えた。簡潔である。
「昨夜はよく眠れただぬ?」
「まあまあ、かな。まぁ僕は、だけどね」
「う〜ん…ボクはあまり眠れなくて…」
「いや、あんたもどっちかっていうとぐっすり眠ってたけど」
「え、そうだった?でも寒くて…」
クローネの言葉に、シェリルは興味なさげに呟く。
「ま、僕は平気だとしても、考えてみたらクローネにはこれからも野宿はキツいんじゃない。
それに、ここら辺の土地なら雨とかだって降るだろ?雨に打たれ続けてたら風邪を引きやすいってどこかで聞いたことある」
雨を体験したことがないシェリルは、他人事のように呟く。
「そうだね…それに、やっぱり周りに何もないから寝る時に風がしのげないんだ」
クローネも困ったように話す。
「だから、まずは家を建てようかと思ってるんだけど…それでいいよね、シェリル?」
「勝手にすれば?」
「うん、わかった!」
普通の者ならこんな風に突き放されれば落ち込んだりしそうなものだが、クローネは笑顔で頷く。
傍から見ていると少し、いやかなりおかしな光景である。
「で、家を建てようと思うんだけど…どうしたらいいかな?」
すると、シュロはなにか心当たりがあるようだった。
「ぬおー!それなら!確か宿場町に大工がいたはずだぬ!」
「本当!?」
シュロは頷いて肯定する。
「本当だぬ。大工に頼めば家を建ててもらえるんでないかぬ」
シュロの言葉にクローネは目を輝かせる。
「宿場町はすぐ近くにあるだぬ。ちょっと会ってみるだぬか?」
「うん!」
嬉しそうに頷くクローネ。
「行こう、シェリル!大工さんにボク達の家を建ててもらおう!」
「え…僕も行くのか…」
嫌そうな表情をしながらも、クローネのキラキラと輝く瞳に押されて、最終的には溜め息をつきながらも肯定する。
シェリルが肯定したのを確認し、シュロはさっそく歩き出す。
その後ろをシェリルとクローネがついていく。
「こっちだぬーん」
(だぬ、ってやっぱり口癖なのか?)
シェリルの小さな疑問である。
「しかし、無駄にひろ…違った、なかなか広いんだぬーん」
「……(…今絶対、無駄に広いって言おうとしただろコイツ)」
シェリルの痛々しい視線がシュロに向けられていたりするが、鈍感なのか何なのか、シュロは気付いていないようだ。
「こっちなんだぬーん♪」
なぜか楽しそうに話すシュロ。
「ぬーん♪ぬーん♪ぬーん♪」
「……(…あれ、なんかの歌、なのか?)」
「ぬーん♪ぬーん♪ぬぬぬーん♪ぬぅーーーーん♪」
途中、昨日通った十字路となっている分かれ道にやってくる。
「この街道は、旅をするポケモン達がたくさん通るんだぬ。んで、そのポケモン達が休む場所として宿場町がつくられたんだぬ」
「…へぇ(宿場町…ねぇ。面倒くさそう)」
「へぇ〜!そうなんだ!」
「宿場町はこの先だぬ」
シュロが指した方向は、パラダイスとは逆の方向にあった。
「行ってみるだぬ」
「うん!!」
クローネはコクリと頷く。
3匹は再び歩き出す。
少しすると、沢山のポケモンで賑わっている場所へとやってきた。
澄んだ水、美しい自然、いろいろな店など、明るい雰囲気の似合う美しい宿場町である。
「へぇ〜…!もっとのどかなところかと思ったけど、意外と賑わってるんだね」
「ここは水がとても綺麗なところとして評判で、訪れたポケモン達はここの水を飲んで旅の疲れを癒すんだぬ。
だから、皆集まりやすいのかもしれないだぬ。あ、設備もいろいろあるだぬ」
「…ふーん(確かに水が綺麗だとは思ったけど。やっぱりどこでもあんなに綺麗な水が見られるってわけじゃないんだ)」
心の中ですら冷静に分析しているシェリルだが、実際は少しワクワクしていたりもする。
シェリル自身、飲み水など日常で使われる水以外は凍ったものしか見たことがないのだ。
自然も同じく、針葉樹などの木々に雪が積もっているものばかりしか見たことがない。
つまり、昨日見た川や水はシェリルにこれ以上ないほどの感激を与えたといってもいいのだ。
「あの紫色と黄色のへんてこな箱は『預かりボックス』というだぬ。道具やお金を預けたり取り出したりできるんだぬ」
「…っていうか、なんであんな変な形してんの?」
「それは…」
「それは?」
「…説明するのが面倒だからやめとくだぬ」
「いやそこまで言ったんなら説明しろよ」
シェリルのツッコミが入る。
そんなシェリルのツッコミを軽く受け流してシュロは説明を続ける。
「あそこはカクレオン商店。いろいろな道具を売ってるだぬ」
シュロが指したのは預かりボックスの隣にある、カクレオンが店頭に立っている店である。
「他にも宿とか食堂とかいろいろあるだぬ。ヌシ達も気軽に利用するといいだぬ」
「うん!ありがとう!」
クローネがシュロに向かって礼を述べた直後であった。
「何すんだよっ!!」
周りに響いた鋭い声が、広場の賑わいを止ませる。
3匹がそちらを見ると、ダンゴロとコアルヒーが言い争いをしていた。
先程の大声はこのダンゴロのものだろう。
「テメェ…今わざとぶつかったよな?痛ぇじゃねえか!!」
「ちょっとクチバシが触れただけだろっ!!いちいち大きな声出すなよっ!!」
「ふんっ!」
「フンッ!」
二匹は別々の方向を向いて、ダンゴロは奥の通りへ、コアルヒーは建て物の中へと去っていく。
「…何、あのガキみたいなケンカ」
シェリルは怪訝そうに眉をひそめる。
(ここも平和じゃないってことか?周りのポケモンも特に止めるそぶりを見せなかった。変だな、ふつうあんなことが起こったら止めるものなんだって小説だったかなんかに書いてあったけど)
クローネも複雑そうな表情となっている。
「最近は皆、なんかピリピリしているのか、ポケモン同士のいざこざが増えてるだぬ。
聞くところによると、皆の神経が尖っているのは各地に不思議のダンジョンが広がっているせいだと言われたりもするだぬが…本当のところはどうなんだぬぅ」
「とにかく、ポケモン同士の関係が最近何故かギクシャクしてるんだよね。自分勝手なポケモンがどんどん増えてきてるし…さっきのいざこざだって誰も止めようとしない。
ポケモン同士が信用できなくなっているんだ。皆、もっと仲良くしてくれればいいのに…」
少し悲しそうに語るクローネ。
「なんとなく、世の中が暗いんだぬ。明るい話題でもあればいいんだがぬぅ」
「ポケモンが自分勝手っていうのは、別に世の中がどうこうってわけじゃないと思うけどね」
「え?どういうこと?」
「生き物なんて皆そうだよ。結局は自分が生き残りたいが故に潰し合いが起こる。そんなもんだと僕は思うけどね」
「そんな!それは違うよ!」
「どうだかね」
「シェリルは…どうしてそんなこと思うの?」
クローネはこれ以上ないほど複雑そうに表情を歪ませている。対してシェリルは全く表情を動かさない。
「さあね。ずっと昔からそう思ってきたから。他の奴らなんて信用できない奴ばっかりだ、ってね」
肩をすくめるシェリル。
(ま、クローネの第一印象でなんだか無駄に平和ボケしてそうに見えたけど…【シェーレ】も結構不穏そうだな)
シュロは暗くなった雰囲気を変えようと話題を変える。
「まあまあ、それはおいといて。ところでヌシ達、大工を探しているところだったぬ?」
「え?あ、うん」
「ワシ、ちょっと探してくるから、その間ヌシ達は町をウロウロしてくるといいだぬ」
「…うん!ありがとう、シュロ!」
「………」
シュロは背を向けると、町中へと去っていった。
「さぁ、ボク達も行こっか!」
先程の空気はどこへやら、元気にシェリルに話しかけるクローネ。
その様子に肩をすくめながらも、シェリルは走り出したクローネの後をスタスタと歩きながら追いかけていった――