第十七話*人は見かけによらない
「ねぇガレット!これはっ…どこに置いた、らっ…いいの…?」
「ちょっと待てクローネそんなに持つなめちゃくちゃ危ないからな!?」
「それはあっちだ」
「わかったぁ…!ってうわっ!?」
「やめろこっちに倒れこんでくるなーーー!?」
木材を運んでいたクローネはフラフラと何とか歩いていたが、バランスを崩して嶺緒の方へと倒れこんでいく。
普段なら余裕でかわす嶺緒だが、こちらも木材を運んでいるので間一髪避けるのが精一杯である。
「ふぇぇ…びっくりしたぁ…!」
「こっちがな…」
はぁ…と溜め息をつく。
あの後、宿場町に戻ってきた一行は次の日、早速家を建て始めた。
ガレット、そしてルシアとアサザは家を建てるために黙々と作業を続け、手伝うと言ったクローネも木材を運んでいる。
嶺緒も「暇だから」という理由で手伝っているのだ。
そして、何故かシュロも手伝っている。
これから家を建てると報告すると、「手伝う」と言ってくれたのだ。
ただし、シェリルのみは朝から姿が見えない。元々手伝う気は全くないようだったが。
「お前もう少し考えて運べよ」
「だってまだあんなにあるからさ、沢山運んだ方がいいかと思って!」
「さっきみたいに倒れるくらいなら沢山運ばず少量をさっさと運べよ」
「はーい!」
こんなに良い笑顔を浮かべられても困るのだが。
嶺緒は重々しく溜め息をついた。説得を諦めたという方が正しいのだろうが。
「だいたい、シェリルはどこだ?あいつ、朝からいなくなりやがって」
「ボク、朝シェリルと会ったよ。『僕には関係ないだろ、なんで手伝わなきゃいけないのさ?』だって」
ニコニコと笑顔を崩さずに言うクローネ。
シェリルの言葉をクローネが笑顔で言うと何気に違和感があったりする。
「いかにもあいつらしいけどそこは無理矢理でも手伝わせろよ」
「うーん…これ、一応ボクの家だからシェリルに強制したら悪いかなーって思って」
「笑って流すとこじゃねぇ」
あはは、と苦笑するクローネにツッコむことさえ疲れている嶺緒。
「ったく…シュロさんが手伝ってくれてるとはいえ、それでもたった六匹だぞ?ただでさえ運ぶものが多いのに、人手不足ってヤバいだろ」
「それもそうだね。じゃあ、頑張ってシェリルに頼んでみる!」
「頼むからそうしてくれ…」
あまりにも緩いクローネに、もはや疲れている嶺緒。
ルシアとアサザが作業を続けつつ、嶺緒に声をかける。
「嶺緒、お前こんな個性的な人達の中でよく耐えられるな」
「慣れてるだけだ…」
「あぁ、兄弟が個性的なんでしたよね、すっごく」
「まーな…確か
兄弟姉妹ってやつなんだけどさ。クローネは姉貴に似てるし、シェリルも兄貴に似てる。
まぁ兄貴よりシェリルの方が性格キツいけどな」
「シェリルに似た兄とか…大変そうだな」
「まぁ…いろいろあってちょっと捻くれちまっただけだ。シェリルよりは優しいし、大丈夫だ」
「どう大丈夫なのかよくわかりませんけどね」
ルシアとアサザは苦笑して作業に戻る。
兄弟が個性的だとまともな人が疲れるんだな、と学んだ瞬間だった。
クローネは嶺緒と共に木材を運びながらそういえば、と尋ねる。
「嶺緒って何人兄弟なの?」
「俺も入れて、九兄弟だな」
「多っ!?大兄弟だね!?なに、嶺緒が一番上だったりするの?」
嶺緒があまりにもしっかりしているので、思わずそんな想像をしたのだが。
嶺緒は笑って肩をすくめる。
「俺、一番下。末っ子だよ」
「えぇ!?そんなにしっかりしてるのに!?」
「そんなに驚くことか?まぁ…しっかりしてるかは知らないが、上の兄弟姉妹の個性が強すぎて、俺は絶対まともに生きようと誓ったがな」
とても遠い目をする嶺緒。
一体何があったのやら、クローネは分からずに首を傾げるのだった。
「…あ!シェリル!!」
しばらくすると、宿場町から戻ってきたシェリルに嬉しそうに呼びかけるクローネ。
呼ばれたシェリルはただ短く「…何?」と不機嫌そうに答えた。
「シェリルにも家建てるの手伝ってほしいなーって思って!」
「やだ」
即答である。
「そんなこと言わずに、お願い!ね?」
「朝も言っただろ。なんで僕が手伝わなくちゃいけないんだ」
「…んなこと言わずに手伝えよ。人手不足だ」
「今すっごくムカついたから絶対やだ」
「なんでだよ!?」
シェリルの返答に思わずツッコむ嶺緒。
そんな嶺緒にお構いなしにそっぽを向くシェリル。
そんな中、空気を読まないクローネのお腹がグウ〜…と音をたてて鳴る。
「あはは!お腹が空いちゃった!」
「確かにもうすぐ昼時だぬ。わし、食堂に行ってなんか買ってきた方がいいだぬか?」
「…その必要はないと思うけど」
「「へ?」」
宿場町に向かおうとしたシュロに言ったシェリルの言葉に、クローネと嶺緒は同時に素っ頓狂な声を上げる。
その時、宿場町から一匹のポケモンがこちらに向かってきていることに気づく嶺緒。
その隙に、シェリルはさっさと奥の方に引っ込んでしまった。あくまで手伝う気はないのだろう。
嶺緒は、やってきたポケモンを見てその名を呼ぶ。
「テアさん?」
「嶺緒、一日ぶりだけど随分と元気そうじゃないか」
何故食堂の主、スワンナのテアが来ているのか。
嶺緒は怪訝そうな表情を見せる。
一方のクローネはテアのことを何となくしか思い出せないらしく、首を傾げている。
テアはクローネを見ると、ニッコリと微笑んだ。
「キミがクローネ・メレクディア?」
「うん、そうだよ。えっと…」
「テア・クロッカー。宿場町にある食堂と宿屋をやってる者だよ」
「そっか!よろしくね、テアさん!知ってると思うけどボク、クローネ・メレクディア!」
ニッコリと笑顔を見せるクローネ。
テアも微笑むと、おもむろにクローネと嶺緒に風呂敷を手渡した。
「…何だコレ?」
「なんか良い匂いがする!!」
「昼御飯、まだなんだろう?頼まれたから、持ってきたのさ」
「頼まれた?誰に?」
クスクスと笑っているテア。
何故テアが笑っているのかわからず、怪訝そうに首を傾げる嶺緒。
「その子がその昼御飯を作ったのさ。あまりに料理上手でびっくりしたもんだよ。『他人のことなんて手伝うのはおろか干渉することすら絶対に嫌だけど、家賃代わりのことはしておかないと後で面倒だから』…だってさ。素直じゃないねえ」
テアの言葉で、誰がこの料理を作り、テアに届けるよう頼んだのかは一目瞭然である。
嶺緒は驚きに目を見開き、クローネは楽しそうに笑う。
「シェリルが、ねぇ…」
風呂敷に対して大丈夫なのか、という視線を送る嶺緒。なかなかに失礼である。
「まぁシェリルはここで一緒に住むわけだし、家賃代わりっていうのはいかにもシェリルらしいよね。できる限り干渉せずに済む方法を考えるなんて、さすがシェリルだよね!」
「褒めてんのか、それ…?」
「え、褒めてる要素しかなかったと思ったんだけどなぁ…?」
「あーそうですか」
溜め息をつく嶺緒。すでにまともな回答を得られることを諦めている。
微笑みながら去っていったテアを見送る。
そして休憩に入ったガレットとルシア、アサザを呼ぶと、テアに渡された風呂敷を開く。
シュロは用があるらしく席を外しているが。
「わーーー!!」
「すげっ…」
「おぉ…」
「美味そうだな!」
「これ、食べていいんですか!?」
上から順に、クローネ、嶺緒、ガレット、ルシア、アサザである。
出てきたのはとても美味しそうな料理である。お菓子などが多いが。
見た目も美しく、味も素晴らしいほどに美味である。
「すごいねぇシェリル!料理の才能あったんだねぇ!」
「これ、シェリルさんが作ったんですか」
「めちゃくちゃ意外なの、オレだけかな…?」
「安心しろルシア。多分、皆意外だったと思う」
「それは言わねぇでやれよ、嶺緒…」
驚いたようなルシアに言った嶺緒の返答に、苦笑するガレット。
皆、何気に失礼である。
まぁシェリルの意外過ぎる特技のせいなのだが。
クローネは木の実を使ったパイを頬張りながらこの上なく表情を緩ませている。よほど美味しいらしい。
嶺緒も何だかんだ言いつつ、リンゴのケーキを食べている。
すると、シェリルが戻ってきた。
楽しいことでもあったのか、鼻歌を歌っている。表情は相変わらずの無表情だが。
「あ、シェリル〜!これすっごく美味しいよ〜!」
「なっ…」
シェリルは驚いたように目を見開く。そしてそれと共にぶつぶつと呟く。
「あんの白鳥バカ女…喋りやがったな…余計な真似しやがって…!」
「シェリル?どしたの?」
「うるさい」
シェリルはクローネをキッと睨みつけると、クローネの隣に座る。
目は、テアに対してだいぶ怒りを見せているが。
そういえば、とクローネがふと話題を振る。
「嶺緒はこの後旅に出るんだっけ?」
「ん?あぁ。あてがあるわけじゃないが…とりあえずお前の家を建て終わったらさっさと旅に出ようと思ってる。旅人ってのは放浪するもんだけど、ここにはだいぶ長居したからな」
「…ほっはぁ(そっかぁ)…はみひふはふへぇ(寂しくなるねぇ)」
「食べるか喋るかどっちかにしろ。行儀悪いだろ」
「はーい!」
「でた嶺緒のお母さん節」
「お母さん言うな」
ルシアの笑いを堪えながらの発言に不機嫌そうにツッコむ嶺緒。
「こいつがお母さんとか絶対耐えられないだろうね」
「お前いろいろと失礼だよな」
「自分より小さいお母さんとか何か嫌だ」
「まず俺♂だからな?つまり男だからな?今のはまずそっからまずおかしくないか?
っていうか小さいのは関係ねぇ」
シェリルと嶺緒の言い合いも相変わらずである。
ガレットもルシアもアサザも思わず苦笑する。
「はぁ…ところでクローネ。こんな荒れた土地で何する気だ?お前」
嶺緒はふと思いついた疑問をぶつけてみる。
クローネはパイを頬張ったまま嶺緒の方へと顔を向ける。
「ふぇ(え)?」
「飲み込んでから言え」
「…んぐっ。えっとね、ボクはここでポケモンパラダイス≠つくりたいんだ!!」
「ポ、ポケモンパラダイス=c?」
聞きなれない単語に、思わず聞き返す嶺緒。
表情が怪訝そうに歪んでいる、というか引いている。
クローネの表情が恐ろしくキラキラと輝いているせいだろうが。
「そう!ポケモンパラダイス≠チていうのはね――」
いきなりポケモンパラダイスとは何か、そしていかに素晴らしいものなのかを語り始める。
その勢いたるや、それはもう恐ろしいぐらいである。
若干、というより途轍もなくドン引きしている男が約四名。
それを見て心の中でしっかりと「ざまぁ」と嘲笑するのがシェリルである。
クローネの説明に逃げ腰になっている四匹を放置し、シェリルは自分で作ったリンゴのパイを口にし、いつの間に持っていたのか、カゴの実を使ったお茶を啜っている。
ようやく説明をし終えたクローネは「今の説明だけでわかった?」とニコニコと笑顔で尋ねている。
だけ、という言葉に説明を聞かされた四名は顔を青ざめさせていたが。
「い、いやもうわかったから…」
「だ、大丈夫だ」
「も、もう結構です…」
「っていうかシェリル、なんで普通でいられる」
「前に聞いたから。そこまで熱く語ってないやつだけどね」
「なら止めろよ…」
「…やっぱりこういうのはいいね。なんかすっごくうるさいけど…ま、BGMにはなるだろ」
「無視かよ!?っていうかBGM扱いすんじゃねぇ!!」
「幻聴みたいなのが聞こえるけど…あ、気のせいか」
「喋ってんだから聞けよっ!?」
「聞いてほしいとか…自己中かよ。寂しいなら他をあたってよ、気持ち悪いから」
「ちげぇよ!?つか寂しいわけじゃねぇ!!」
シェリルは嶺緒のツッコミにいちいち言葉を返しながらお茶を啜る。のんびりとしたものである。
「本当はおやつの時間にのんびりしたかったけど…ま、いっか」
シェリルの言葉に首を傾げる一同。
「…おやつってなんだ?」
「昼と夜の間の間食」
「そんなのがあるんだ!へぇ、楽しそう!」
「…ここにはないんだね。まぁ、僕が(いろんな意味で)特例だからなんだろうけど」
シェリルは呟きながらお茶を啜る。
そして急にそういえば、と話を振る。
「どこまでできたのさ?家」
「まあまあ形にはなってきたよ!土台もできてるし!数日後にはできるんじゃないかな!!」
「ふーん…早いんだか、遅いんだかわかんないけど」
「そう思うなら手伝え。一人だけのんびりしやがって」
「やだ。僕は日課の最中だから忙しい。そして他人と干渉するなんて本来なら死ぬほど嫌なんだ」
「日課ってなんだよ。そして他人と干渉したくないならなんで今ここにいんだよ」
「日課は日課。あとここにいるのは行くあてがないからに決まってる。そして今お腹がすいたからここにいるんだよ文句あるのか」
「全く分からない説明だぞそれ。あと決まってねぇよ別に。そして別に文句はねぇよ。腹が減るのはしょうがねぇんだからさ」
だんだん会話的に面倒くさいことになってきている。
それをのほほんと見ているクローネを見て、ガレットとルシア、アサザは密かに「この三匹大丈夫か?」と心配になったらしい。
「とにかく!日課が何だか知らねぇが、手伝えよ。人手不足だっつーの」
「日課をバカにするな。いつもやってることだから習慣になってるんだよ。あと人が多いところは嫌だ」
「バカにはしてねぇし。ってかお前人見知りかよ。っていってもたった六匹だぞ、それぐらい慣れろ」
「あんたの言動そのものがバカにしてるようにしか取れないんだけど?
そして僕は人に命令されるのが大っ嫌いなんだよ。嫌なことはしない主義だから」
「なんだそれ!?しかも嫌なことしない主義って…どんだけお気楽に過ごしてんだお前は!?」
「お気楽って言うな!明朗快活に生きてるって言え!」
「いろいろとちげぇよそれ!?」
どんどん会話がズレていっているのに気付いているのかいないのか。しかもだんだん本気で言い合いしているようにも見えてくる。
本気であせる三匹。もう一匹は相変わらずのほほんと見ているが。
「ねぇ、シェリルの日課って何?」
「は?」
いつまでも長続きしそうになったシェリルと嶺緒の会話は、クローネがシェリルにやんわりと質問することによって打ち切られた。
心の中でホッと溜め息をつく大工三人組。
質問に対し、シェリルは顔を顰めて答えない。
「教えてよ!ボクすっごく気になるからさ!」
「なんだっていいだろ…別に」
「えーいいじゃん!教えてよ!」
そんなにシェリルにいとも簡単に付きまとえることに、他の面子はある種の尊敬を交えて苦笑する。
そんなシェリルとクローネのやり取りは、休憩を終えて再び家作りに取り組みに行ったガレットや弟分の二匹がいなくなっても続けられている。
だんだんと表情を険しくさせていくシェリル。苛立っているらしい。
が、ついにはシェリルが折れた。半ばやけになったように叫ぶシェリル。
「あーもう!歌うことだよ!文句あんのか!」
「「へ?」」
同時にきょとんとするクローネと嶺緒。
それと同時にどんどん鋭くなっていくシェリルの視線。苛立っている、確実に。
「暇なときは歌う。これ信条。文句ある?」
「いや、文句はないけど意外だなぁって思った!」
「クローネ!?爆弾投下だぞ、その発言!?」
「よしあんたら二匹とも吊るす」
「どこにだ!?」
ギャーギャーと騒ぐ三匹。
この三匹はきっとずっとこんな感じなんだろうな〜…と心の何処かでなんとなく悟ってしまい、苦笑するより他ないガレット達であった。