第十五話*心を動かす、キミの言葉
「蔓のムチ」
シェリルの蔓のムチがウパーに直撃し、吹っ飛ばす。
吹っ飛ばした方向にいた嶺緒は「うげっ!?」と叫び、間一髪避けた。
「あ」
「あ、じゃねぇよ!?何やってんだテメェは!?」
「そこは空気を読んで直撃するべき」
「無茶だ!?」
言い合いをしているシェリルと嶺緒を見て、ルシアとアサザは若干頬を引きつらせている。
その様子をニコニコと見守っているクローネに恐る恐る話しかける。
「あ、あの…あれ、止めなくていいんですか?」
「え?なんで?すっごく楽しそうじゃん!」
「いやどこが!?」
思わずツッコんでしまったルシアに、言い合いを止め戻ってきた嶺緒は溜め息をつきながら言う。
「こいつら何言っても無駄だ。クローネは元々なんかすっごい緩いし、シェリルに至っては面倒くせぇ」
「あんた以上に面倒くさいポケモン、僕は他に知らないけどね」
「なんか異様に腹立つ」
嶺緒は重々しい溜め息をつく。その表情はシェリルの態度に対する諦めが混じっていたりする。
「ふぎゃっ!?」
「蔓のムチ」
ウパーの攻撃をもろに喰らうクローネと、吹っ飛ばされたクローネをサッと避けてかわすと、蔓のムチで攻撃し、あっという間に倒すシェリル。
「イテテ…」
「気を抜いてるからそんなことになるんだよ。ほんと、僕の邪魔だけはしないでくれ」
「うん、気を付けるよ!ごめんね」
口調も態度も悪い無愛想なシェリルと、そんなシェリルに鋭く言われてもニコニコと笑っている人懐っこいクローネ。
この真逆の2匹にツッコむことすら疲れている嶺緒を見て、ルシアもアサザも自然と表情が引きつる。
「嶺緒…今更ながらお前がすごい奴に見えてきた…」
「そんなこと言われても嬉しくない…」
「生まれながらのツッコミ気質ですもんね」
「違う、絶対違う」
即答で否定するが、あまり説得力が無かったりする。
「で、電気ショック――うわっ!?」
「アホ。蔓のムチ」
クローネの電気ショックを間一髪かわして攻撃を仕掛けたウパーを、クローネに対してさらりと悪態をついたシェリルが蔓のムチで倒す。
それを見ていた嶺緒がルシアとアサザに小声で話す。
「ちなみにシェリルは性格が悪いが戦闘力にはなる。クローネは性格は良いが戦闘力としてはいまいちだ」
嶺緒の発言に、2匹は揃って苦笑した。
「エトルがビビって逃げたところから見てたんだよ、オレ達」
「あまりにも修羅場だったんで、入るのは気が引けたんですけど…」
「なんだ、そうだったのか」
「シェリルさん、強いですよね。なんだか怒ってたみたいでしたけど…」
アサザが前方でクローネにツッコミを入れているシェリルを見ながら、呟く。
「怒ってた…か。確かにな…」
嶺緒は何とも言えないような表情でシェリルを見る。
あの時シェリルは間違いなく怒りを露わにしていた。
ガレットの裏切りにもシェリルは薄々気づいていた。気付いていながら、自分には関係ないとのことからクローネには言わなかった。利用されていたことに気づきながらも若干腹をたててはいたようだが、それを表情に出すことはほとんどなかった。
ガレットの過去の話にも、驚いたような反応や助言を与えたりはしていたが怒りを見せることはなく、むしろ冷静だった。
しかも、自分には関係ないと最後まで言っていた。
「……(そのシェリルが、あんなに怒った?何故?)」
深く考え込んでいた嶺緒は頭上にあるモノが忍び寄ってきていることに気づかなかった。
刹那、嶺緒の頭をベシンッと蔓のムチが叩いた。
「いっつ〜!?」
「何ぼ〜っとしてんの?はっきり言って迷惑。早くしないと置いてくからね」
冷たい言葉を投げかけてくるシェリルはいつも通りだ。
無表情で、冷たい光を宿した緋色と深緑の瞳でこちらを見据えてくる。
「あ、あぁ悪かった」
「…何素直に謝ってんの?なんか逆に気持ち悪いんだけど」
「素直に謝ったらこれかよ!?」
嶺緒の言葉にシェリルは肩をすくめてさっさと歩き出す。
嶺緒はルシアとアサザに追いつくと、溜め息を一つついた。
「…ほら、性格の悪さは折り紙つきだ」
「うるさいよ性悪チビ」
「チビって言うな」
「シェリル!嶺緒!あそこ見てよ!オレンの実が落ちてるよ!!」
「あ、バカ!そこにはタブンネが――」
「へ――ふぎゃっ!?」
「あぁもう!言わんこっちゃない…!」
「バーカ」
「…こんな感じでよくあの兄貴に勝てたよな…」
「僕もそう思いました…」
タブンネにぶつかったクローネを見て、呆れと苛立ちの混じった表情となる嶺緒と、クローネの方を見向きもしないで淡々と悪態をつくシェリル。
それを見ていたルシアとアサザは顔を引きつらせている。
「で、電気ショック!」
電気ショックのみでタブンネを倒してしまうのだから、それに対しては称賛に値するのだが。
「あはは!またやっちゃった」
「やっちゃった、じゃないよ。ふざけるのもいいかげんにしてくれない?じゃないと埋めるよ」
「あはは!ごめんごめん」
軽いノリで答えるクローネを見て溜め息をつくシェリル。
一見クローネが軽い性格に見えるかもしれないが、シェリルと付き合うにはこれぐらいの緩さでいかないととても耐えられないだろう。それを無意識のうちにこなしているクローネはある意味すごいと言える。
「お前らさ…いいかげんにしろよ」
それを見ていた嶺緒は呆れたように呟く。
再び歩き出した一行の沈黙を、シェリルが破った。
「ねぇ性悪ツッコミチビ」
「だからチビ言うな。そして俺は性悪じゃない。そしてツッコミもしたくてしてるんじゃない」
「じゃあしなきゃいいじゃん。それより、あんたさ。なんでこの事態を知ってたの?」
「は?」
素っ頓狂な声を上げる嶺緒。
何が言いたい、と言いたげな表情を浮かべている。
「だから、あんたは何でガレットの事を知ってたんだ、って聞いてんの」
「あぁ、そういうことか」
嶺緒は納得したように頷いた。
歩きながら話し始める。
「俺、まあまあ長い期間宿場町にいるし、こいつら、嫌でもわかるくらい悩みまくってたからな。まぁ、助けてやろうと思ったんだ。だから、留まってた。そんな折にお前らがガレットに依頼を頼んだから、言い方は悪いがチャンスだと思った。
…思ってた以上に、鋭いくせに分かりにくい行動をとる奴がいたからちょっと苦労したけどな」
ちらりとシェリルを見ながら、これが俺が宿場町に留まった理由だ、という言葉と共に話を締めくくる。
その視線に、シェリルは訝しげに顔を顰める。
「…あれ?じゃあ嶺緒は、この事態が片付いたら…」
クローネがふと思い立ったように疑問をぶつける。
「ん?あぁ、とりあえずまた旅に出ようかな、と思ってる。俺、旅人だしな」
「そうなんだ…」
しょぼんとするクローネに、怪訝そうな表情を向ける嶺緒。
「…どうした?」
「友達がいなくなるのは寂しいじゃん」
「…え?俺、いつお前の友達になったっけ?」
「え?」
素っ頓狂な声を上げるクローネ。
だって、とクローネは笑顔で続ける。その笑顔に嘘偽りは一つもない。
「友達の友達は、友達でしょ!!」
「……へ?」
今度は嶺緒が素っ頓狂な声を上げた。
ルシアとアサザも驚いたような表情をしているため、この二匹は除外できるだろう。
クローネは言った張本人なので、除外。
残るは……
「……何?」
「…え、こいつと?」
「うん!」
やはりクローネの笑顔には嘘偽りは一つもない、明るい笑顔だった。
「だって、シェリルと嶺緒って、友達でしょ!」
「「………」」
刹那、シェリルと嶺緒が同時に青筋をたてる。
「「どうしてこいつと友達なんだよ!?」」
シェリルと嶺緒の声が重なり、キッと睨み合う2匹。
シェリルの方が背が高いので、若干見下ろす形になっているが。
「…僕がこんな性悪のツッコミしかできない鬱陶しいチビと友達なわけないだろ」
「俺はまずチビじゃない!性悪じゃないしツッコミしかできないわけでもない!なんでこんな口も性格も悪い奴と友達なんだよ!?」
「知るか!僕はまずクローネと友達じゃない!!」
「はぁ!?じゃあなんで一緒にいるんだよ!?」
「行くあてがないからに決まってんだろ!!」
「いや決まってねぇよ!?」
この口喧嘩を見ていたルシアとアサザはふと思った。
喧嘩をさせる発端は、クローネだと。
友達云々の喧嘩から数分。
歩いていると不意にシェリルが「あ」と声を発し、隣にいた嶺緒は突然のシェリルの声に驚く。
「うぇっ!?い、いきなりなんだよ!?」
「は?僕がいつ声を出そうが僕の勝手だろ」
嶺緒が言い返すのは目に見えていたのだろう。
口を開きかけた嶺緒より先にシェリルは「それよりあそこ」と言葉を紡ぐ。
シェリルが指差した場所には、光が差し込んでいた。
「頂上が見えてきましたね…」
アサザがぽつりと呟く。
それに合わせ、ルシアも表情を険しくさせる。
「あそこにきっと、兄貴が…」
頂上に出ると、5匹はすぐに岩陰に隠れる。
ガレットの様子を探るためだ。
ガレットは、ただジッと満月を眺めていた。
それ以外の動きは一切見せない。
クローネは様子を伺い、4匹に状況を伝えると、簡素な説明をする。
「ボクとシェリルが行く。だからルシアとアサザはここにいてね」
で、とクローネは話を嶺緒に振る。ジッと、真剣な瞳で嶺緒を見つめる。
「嶺緒は、どうするの?」
その質問に、嶺緒はフッと微笑んで答える。
「ここで待ってるさ。俺はあくまでここまでのサポート。気持ちをぶつけるのは…お前の役目だろ。さすがに危なくなったら出ていくがな」
「嶺緒…ありがとう!ボク、頑張ってくる!」
「あぁ。…一応、シェリルもな」
「僕には、関係ない」
シェリルは腕を組んだまま、そっぽを向いて言ってのける。
シェリルとクローネは立ち上がると、ガレットの方へと向かっていく。
「………(どうしよっかな…)」
クローネはガレットに何と言えばいいか、考えていた。
どうすれば、自分の気持ちが一番に伝わるのか。どうすれば、ガレットの心を動かせるのか。
どうすればルシアとアサザの本当の気持ちが伝わるのか。
「……(本当にどうしよっかな…ボク、こういうのあまり考えたことないし…うーん)」
あまりに思いつめた顔のクローネを見て、シェリルはわけもなく溜め息が出た。
自分には関係のないことだが、居場所をもらっているだけの恩は返しておこうというのが、ここまでついてきた理由だった。でなければ、他人など、共にいるだけでも寒気が走るくらい大っ嫌いなシェリルである。絶対に近寄ることすらしなかっただろう。
それに、クローネの考え方は広まってほしいと思った。はっきり言ってクローネのような性格は苦手だが、その考え方は、シェリルですら興味を引かれた。
クローネは突然シェリルに背中を叩かれた。
「ふぎゃっ…!?」
シェリルは立ち止まると、横目でクローネをジッと見据えた。
「何してんのさ。いつまでもウジウジしてんじゃないよ。
余計なことは考えずに思ったことを素直に言いな。
無駄に言葉を着飾ったって、それは所詮上辺の言葉だ。上辺の言葉なんて人の心には響かないんだ。
あんたの言葉は誠心誠意伝えるからこそ人の心を動かすんだ」
励ましでもなく、優しい言い方でもなく、声色が優しげなわけでもない。
ただ、淡々と紡がれた言葉だ。
それでも、クローネの心にその言葉は響いてきた。それは、どんな励ましの言葉よりクローネを激励してくれた。
「うん…!ありがとう、シェリル」
「別に。僕には関係ないけど、ウジウジしてる奴は嫌いだ」
いつでもその言葉で締めくくるシェリルに苦笑を見せると、クローネは前方の背を向けているガレットの名をゆっくりと口にする。
彼を救うために、そして、彼の弟子達の願いを叶えるために。