ポケモン 不思議のダンジョン 〜光の煌き 闇の誘い〜






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*第二章*One step to a dream
第十四話*過去には
「お、オメェら…!?」

突然現れた2匹に、ガレットは驚きを隠せない。
ルシアとアサザは祈るように嘆願する。

「兄貴…お願いだ!」

「こんなことはもうやめてください!!」

「オメェら…」

ガレットは動揺と焦燥の入り混じったような表情となり、何かを考えている様子だった。

「どうしてオメェらがここに…?」

思考回路を巡らせるほど、ガレットの表情はどんどん険しくなる。
そして次の瞬間、驚きに目を見開く。

「そうか!!クローネ達にバラしたのは、他でもねぇ、オメェらだったんだな!!ドテッコーーーーーーーーーーツ!!!!」

「「ひぃっ!!?」」

大声で叫んだガレットの威圧に押され、ルシアとアサザは思わず悲鳴が漏れる。
クローネも大声にビクリと肩を震わせる。
シェリルは何か思うところがあるのだろう、ルシアとアサザを鋭く睨みつけている。
ルシアとアサザは気迫に負けそうになりながらもなんとか一歩前へ進み出る。

「あ、兄貴…!こんなことをやるのはもう最後にしましょうよ…!」

「なに…?」

ガレットの目は怒りの感情が宿り、鋭くルシアとアサザを見据えている。
だが、先程よりは威圧的ではなくなり、まだ話を聞いてはくれそうな状態だった。

「オレ達…もう嫌になったんだ。仕事もしないで悪いことばっかりやって。そんな兄貴を見てるのが…もう…」

ルシアは言葉を濁す。苦しみや辛さを必死にかみ殺している様子だった。

「昔の兄貴は違った…仕事もしたし、優しかったし…でも」

アサザは言葉を詰まらせながらも、なんとか言葉を紡ぐ。

「でも、今の兄貴は…兄貴じゃないです…」

クローネも嶺緒も、基本的に空気を読まないシェリルですら黙り込んでいる。
しかし、ガレットは違った。
アサザの言葉に、ガレットはむしろ苛立ちを増したようだった。

「オメェら…この俺にたてつくって言うのか!」

この言葉に、ルシアとアサザはビクリと肩を震わせ顔を強張らせる。
が、なんとか堪えると、今度はしっかりとガレットの目を見据える。

「オレ達、もう悪いことするのが嫌なんだ。お願いだ、兄貴。
もう一度…もう一度、昔みたいに仕事ができないかな?皆で楽しく…仕事を――」

「ふざけるなっ!!」

ルシアの言葉を、ガレットの声が遮った。
ギロリと憎悪の宿った瞳をルシアとアサザに向ける。

「昔みたいに仕事がしたいだと!?そんなことが無理なのは…オメェらだってよくわかってるだろ!!」

刹那、ガレットはルシアとアサザに襲いかかった。そのまま2匹を殴りつける。
クローネは驚愕に目を見開き、嶺緒は顔を顰める。シェリルだけは表情を変えず、その光景をずっと見つめている。
唖然とその光景を眺めていたクローネはハッと我に返ると声を上げる。

「な、何するんだよ!?」

クローネの問いには答えず、ガレットは起き上がれずにいるルシアとアサザに背を向ける。

「オメェら、覚えておけ」

先程とは違い、静かな威厳を含んだ声でぽつりと呟く。

「もう昔には…昔には戻れないんだよ」

それだけ言うと、沈黙したままの一同を尻目に奥へと去っていった。
静寂の中、シェリルがぽつりと呟いた。

「過去には戻れない…か」











「イテテ…」

起き上ったルシアとアサザに、クローネが慌てたように声をかける。

「だ、大丈夫!?」

「な、何とか…」

クローネと嶺緒が駆け寄り立ち上がるのを手助けする。
シェリルはその様子をじっと見ているだけだ。

「どうやら何か事情がありそうだね…聞かせてもらえる?」

動揺の走ったルシアとアサザの瞳を見て、シェリルが苛立ちを込めた声で面倒くさそうに言う。

「ねぇ、何でもいいからさっさと説明してくれない?あんた達が僕達を利用した訳をさ」

「ちょ、シェリル!?」

「…はぁ」

シェリルの不躾な言い方に、ルシアとアサザはビクリと肩を揺らし、クローネは(たしな)めるように声を上げ、嶺緒はシェリルの言い方の悪さに溜め息をつく。

「ご、ごめんね!シェリル、ちょっと口調が悪いから…!」

「いえ…いいんです。シェリルさんの言う通りですから…」

クローネが慌てて謝ると、アサザがとんでもないといったように首を振る。

「…それで、聞かせてもらえる、かな?」

「はい…」

力なく答えるアサザ。ルシアもアサザも落ち込んでいるのが目に見えてわかる。
自分たちの思いはガレットに伝わらず、儚い夢は砕けた。
クローネはその辛さを想像し、思わず顔を顰めた。

ルシアがゆっくりと話し出した。

「あれでも兄貴は…昔は腕のいい大工だったんだ。
兄貴が作る物はとても評判が良くて、オレ達もその腕に惚れ込んで弟子入りしたんだ。
兄貴と一緒にやる仕事は、それはとてもとても楽しかった……」

懐かしそうに瞳を輝かせ、笑顔を見せながら語るルシアを見ていると、こちらにまでその幸せだったであろう思いが伝わってくるようだった。

でも、とアサザが辛そうに続きを話し出す。

「ある時兄貴は、背中に大きな怪我を負ってしまって…それがきっかけで体が上手くいうことを聞かなくなってしまったんです」

「あ…」

シェリルとクローネ、嶺緒は同時にガレットの背中にあった大きな傷を思い起こした。
痛々しく残る、大きな傷。

「そのせいで、大工の仕事も上手くいかず…兄貴の腕前もどんどん落ちてしまって…」

それでも!とルシアは声を荒げる。

「たとえ腕が落ちようとも兄貴は必死で仕事をしたんだぜ!?仕事に誇りを持っていたんだ!」

信頼している大切な兄貴分だからだろう、必死にその本当の心を、ガレットの真意を伝えようとしているのが伝わってくる。

「でも…あんなことが起こって…」

「…あんなこと?」

シェリルが怪訝そうに尋ねる。

「…あるポケモンから、家を建てる注文がきたんです。
その時はもう仕事が減ってたんで…兄貴やオレ達は大喜びしました。そして魂を込めて…頑張って家を建てたんですが…」

唇を噛み締めるアサザ。涙目で何かを必死に堪えている様子だった。
沈黙がその間を襲い、早く説明しろと言わんばかりにシェリルが顔を顰めた時、今まで黙っていた嶺緒が口を開いた。

「壊したんだよ」

「…え?」

驚きに短く声を出したのは、クローネではなくシェリルだった。
クローネの方は唖然としている。

「そのポケモン、家の出来栄えにいちゃもんをつけて、挙句の果てにその家を壊したんだ。こいつらや、ガレットの前でな」

「……!」

「え…!?」

シェリルは驚愕に目を丸くし、クローネは信じられないといったような表情を見せる。
嶺緒も思うところがあるのだろう、顔を顰めている。

「最初は、オレ達の腕が悪いから壊されたんだと思ったさ…
それなら、仕方がない、と…」

でも!と沸々と湧いた怒りを抑えきれなくなったらしく、声を荒げるルシア。

「そうじゃなかった…!最初から…冷やかしだったんだ!!」

「え…!?ひ、冷やかし…!?」

「………」

クローネは唖然とする。そんな酷い話があっていいのか、と。
アサザが怒りを抑えるかのようにギュッと拳を握りしめながら、話を続ける。

「最初から壊すつもりで家を建てさせたんです…!
代金も…最初からいちゃもんをつけて踏み倒すつもりで…
そのポケモンは、兄貴が作った家をボロクソに罵り…ボロボロになるまで叩き壊したんです…」

「酷いよ…そんなの…」

「最低だな」

「……」

クローネが泣きそうな顔で呟く。
嶺緒は短く吐き捨て、シェリルも言葉こそ発しないものの、目が鋭く光っている。

「その日を境に兄貴は自信を失くし…やけになって仕事もしなくなり…
そして今みたいに悪どい事をするようになったんです…」

話し終わり、俯くルシアとアサザ。
そんな2匹に、クローネはある疑問をぶつける。

「でもさ、そのポケモンは最初から壊すつもりで家を建てさせたんでしょ?
だったら出来の悪さは関係ないんじゃないかな…?ガレットが自信を失くさなくてもいいと思うんだけど…」

クローネの問いに、ルシアとアサザは揃って首を振る。

「オレ達もそう言ったんだ。けど…全然聞いてくれなくてよ…
実際、腕が落ちているのは兄貴が一番感じていることだし…」

「それに…頑張って建てた家を目の前で壊されるあの光景…あれを見たら、自信を失くすのも仕方ないと思います…」

二人の落ち込みようと、その話から、余程酷い光景だったのだろう。
実際大工のことなど何一つ知らない3匹だが、それでも頑張って建てた家を目の前で壊されるというのは、酷く屈辱で悲しいことだろうと想像はつく。

それでも、とアサザは口を開いた。その瞳から涙が一つ零れる。

「悪事を働くのはよくないことです…!オレ達は兄貴にもう悪いことはしてほしくない…!
今回それを変えられるきっかけになればと思い、クローネさん達に打ち明けたのですが…」

「結局…兄貴は変わらないのかな…
オレ達はもう一度兄貴と仕事がしたい…!楽しく仕事をしていた、あの頃の兄貴に…戻ってほしいんだ…」

俯いて涙をポロポロと零す2匹。
静寂の中、口を開いたのは…腕組みをしてジッと話を聞いていたシェリルだった。

「無理だよ」

「え…」

「シェリル…?」

「ちょ、お前な…!」

嶺緒の静止を無視し、シェリルは腕組みを解いてルシアとアサザに向き直る。
深い闇を湛えた緋色と深緑の瞳が2匹をじっと見据える。

「過去のように戻るなんて、無理な話だ」


 ―― ごめんな、シェリル ――


一瞬頭をよぎった懐かしい声を振り払い、シェリルは言葉を紡ぐ。

「一度変わったら…元には戻れない。そんなものだよ、生き物なんて」

クローネには、何故かシェリルの瞳がフッと儚げに揺らいだように見えた。

「それでも…戻りたいんだろ。だったら…今の状態からまた、変わればいいだけだろ。手遅れになる前にね」

シェリルの言葉には不思議と信憑性があった。
鋭く心の奥を突き刺すような言い方、だからこそ聞いていれば本当のことのように聞こえてくる。

「ガレットは、まだ間に合う。でもこのまま放っておけば、本当に手遅れになるだろうね」

そう呟くと、再び腕を組んで別の方向を見つめる。

「ま、僕には関係ないことだけど」

「ってシェリル…それ言わなければカッコよかったのに…」

苦笑するクローネを「僕別にカッコよさとか求めてない」と一瞥するシェリル。
性格やら人への当たり方やらは相変わらずだが、シェリルの言葉に心を動かすものがあったのは確かである。

「あのね、ルシア、アサザ」

クローネがくるりとルシアとアサザの方へと向き直る。

「ボク、決めたんだ!ボク達の家は…やっぱりガレットに頼むことにする!」

「言うと思った…」

「…!」

「「えぇ〜〜〜!?」」

シェリルは肩をすくめ、嶺緒は驚いたらしく目を見開く。
ルシアとアサザに至っては、驚愕のあまり開いた口がふさがらない。

「いいよね?シェリル」

「勝手にすれば」

「ありがとう!」

シェリルの尖った言い方にも動じず、笑顔のクローネ。
ルシアとアサザはぽかんとした表情で2匹を見つめている。

「あ、あんなにひどい目にあったのに…どうして…!?」

「見てみたくなったんだ。ガレットやルシア、アサザが魂を込めて作った家を、ね」

笑顔で答えるクローネの言葉に、ルシアとアサザは戸惑いを隠せずにいる。

「ボク達、これからガレットに頼みに行くよ。断られても、頑張って頼んでみるよ」

それにね、とクローネは微笑みながら続ける。

「相手の心を動かすには…自分が本気でぶつかっていかなきゃ、相手だって理解してくれない。
ボクはそう思うし、それに…まだ希望はあるって、シェリルが教えてくれたから」

「「え…」」

全員の視線がシェリルへと向けられる。
相変わらず別の方向を向いたまま、こちらを見ようともしないシェリルは、短く言葉を発する。

「はっきり言っておくけど、僕は全く興味ないよ」

「こんなこと言ってるけど、手は貸してくれるってさ!それに、シェリルがまだガレットは変われるって言ったでしょ!なら、大丈夫だよ!」

「僕の言葉に信憑性を求めるのはおかしいと思うけど」

「え、でもシェリルって曖昧なこと嫌いでしょ?あんまり自信のない言葉は口にしないじゃん!」

「そうだけどさ…」

最早言い返すことすら面倒くさくなったらしいシェリルは、完全に背を向ける。
そんなシェリルを見て、クローネはにっこりと笑うと、もう一度ルシアとアサザに向き直る。

「ガレットも、きっとどこかで後悔してると思うんだ。だから、ボク頑張ってガレットを説得してみるよ!可能性は絶対あるからさ!」

クローネの言葉を聞いて、2匹の目から再び涙が零れ落ちる。
今度は我慢することなく、嗚咽が漏れ、ワッと泣き出す。

「ありがとうっ…本当にっ…本当に、ありがとうっ……!!」

「本当にっ…!ありがとう、ございますっ…!!」

泣きながら何度も何度も礼を述べるルシアとアサザを見て、嶺緒はその背中を優しくポンと叩いた。
クローネはにっこりと笑顔を見せ、シェリルは行動にも表情も見せなかったが、その様子をジッと見守っていた。

「行こう、ガレットのところへ!」


レイン ( 2014/03/19(水) 20:53 )