第十三話*怒り
最初に動きを見せたのはシェリルだった。
元々のツタージャの身体能力の高さに合わせて、シェリルの運動神経の高さが加わった分、素早い動きである。
シェリルが向かった相手はエトルである。それを瞬時に悟って嶺緒はガレットに立ち向かう。
「蔓のムチ」
シェリルの蔓のムチの攻撃を間一髪避けたエトルが、シェリルとの間を詰めると頭突きを繰り出す。
それを素早い身のこなしで避けると、体当たりを仕掛ける。
が、エトルも上手くかわす。が、シェリルはそれでもバランスを崩すことなく上手く体勢を立て直したかと思うと攻撃を仕掛ける。
「マジカルリーフ」
「なっ!?」
そこまですぐに体勢を立て直すとは思っていなかったエトルは、シェリルの鋭く無駄のない動きについていけず、マジカルリーフで吹っ飛ばされる。
エトルが吹っ飛ばされた方向は、ガレットが戦っているところである。
嶺緒が電光石火を決めたはいいものの、格闘タイプの技ばかりを仕掛けてくるガレットに嶺緒が中々近づけずにいるところに、エトルがガレットに衝突し、ガレットがバランスを崩した瞬間を狙ってクローネが電気ショックを仕掛け、エトルとガレットに直撃する。
「やった!」
「気を抜くな」
シェリルの言葉通り、エトルもガレットもすぐさま体勢を立て直すと攻撃を仕掛けてくる。
「ずつき!」
「かわらわり!」
「わっ!?」
「よっと」
エトルはクローネにずつきを繰り出し、クローネは間一髪で避ける。
一方のガレットは嶺緒に向かってかわらわりを繰り出す。
戦闘慣れしているらしい嶺緒は軽々と技を避けると、シャドーボールをガレットに向けて放つ。
それを角材で防ぐと、ガレットは嶺緒に攻撃を仕掛ける。
「かわらわり!」
「危ねぇなっと!」
ガレットの攻撃を余裕で避けている嶺緒。
「電磁波!」
「うぐっ!?」
刹那ガレットに微弱だが電撃が飛んでくる。
動きが鈍るガレットに嶺緒がシャドーボールを撃つ。
「嶺緒、大丈夫!?」
「あぁ」
クローネの放った電磁波により、麻痺状態となり動きが先ほどとは比べ物にならないほど遅いガレット。
「シェリルの方に行かなくていいのか?」
「うーん…なんかやっぱりボク、シェリルの動きについていけなくて。シェリルって素早いし、それを維持する体力もあるから強いんだろうけど、ボクとかノロいからついていけないんだよね」
アハハ、と対して何とも思っていないような笑顔で笑うクローネ。
「お前がノロいんじゃなくて、シェリルが速いんだけどな…」
何とも言えないような表情で肩をすくめる嶺緒。
逆鱗に触れている状態というのもあるが、シェリルの身体能力は恐ろしいほど高い。それが怒りによって引き出されている状態なのだろう。
「それにしてもシェリル怒ってるけど、なんかあったの?」
「いや知らねぇよ!?なんでそこで俺に聞くんだよ!?俺今日会ったばかりだぞ!?
普通お前の方が知ってそうだけど!?」
戦闘中なのにもかかわらず、思わずツッコミを入れる嶺緒。
その言葉にキョトンとすると、クローネは笑顔で答える。
「ううん、知らないよ?ボク、シェリルと昨日会ったばっかりだもん!」
「いや嬉しそうに言うなよ!?
っていうかマジかよ…一日であの独断行動魔と一緒に行動させるまでに至らせるとか…
まあ、昨日一緒にいるところは十字路に行こうとした時に見かけたけど…
やっぱすげぇなお前…」
「なんで?シェリル優しいよ?」
「…はぁ。もういい、なんか無駄に疲れた」
溜め息をついた瞬間、何かを感じたらしく、後方に飛ぶ嶺緒。
今まで嶺緒が立っていた場所には赤い角材が振り下ろされていた。
いきなり目の前に角材が振り下ろされたのを見てクローネは驚いて飛び退く。
目の前には青筋を浮かべるガレットの姿。敵なのに忘れられていたことに腹が立ったようである。
「れ、嶺緒!?」
「無事だから気を抜くなっ」
嶺緒の声に慌てて前を向くが、その時にはガレットの攻撃がクローネを吹っ飛ばしていた。
「うわっ!?」
「クローネ!チッ…!」
クローネに駆け寄ろうとするが、ガレットの赤い角材によりそれを阻まれる。
「…!!」
クローネに向けて振り回された赤い角材は、クローネに当たることなく地面を直撃する。
浮き上がって攻撃を回避していたクローネの腰あたりには蔓のムチが巻き付いていた。
すぐにクローネを離す蔓のムチ。
「シェリル、ごめんね。ありがとう!」
瞬間、シェリルは鋭い瞳をクローネに向けた。
「あんまり無駄な動きばかりするからそうなるんだよ。やられるのは勝手だけど、僕の邪魔だけはしないでよ」
「う…ごめんね」
しゅんとして謝る割には、あ〜やっちゃったな〜、と言いながら立ち上がるクローネ。
嶺緒が隙を見て駆け寄ってくる。
「おい、平気か」
「うん。ボクは平気だよ」
「ったく、何が邪魔だってんだよ」
嶺緒の呆れたような呟きにクローネはキョトンとして首を傾げる。
「え?だってあのまま飛ばされてたら軌道からしてもシェリル直撃してたし。戦況を変えたくないくらい好ましい状況下みたいだから、ボクに余計な真似はするなって言いたいんだと思うよ」
シェリルの方を見ると、意外というのか当然というべきかシェリルがエトルを押している。有利な状態である今の状況を変えたくないのだろう、と嶺緒も同じように推測した。
「…!へぇ、一応分析もできるんだな、お前」
「何で一応なの!?」
「細かいとこ喰らいついてくるな、お前…っと、シャドーボール」
話し込んでいる最中に攻撃を仕掛けてきたガレットに向けてシャドーボールを放つ。
一瞬動きの鈍ったガレットにクローネが電気ショックで畳み掛ける。
「ぐっ…!かわらわり!」
「うわわわ!?」
「バカッ…電光石火!」
クローネに向けて放たれたガレットの渾身の一撃を、慌てたように見ているだけのクローネを嶺緒が電光石火を利用して何とか避けさせる。
嶺緒に向かって振り下された角材を、クローネがアイアンテールで防ぐ。
「ぐっ…!オメェらに負けるわけには――うぐぉっ!!?」
刹那、ガレットの頭に直撃したのはシェリルの投げ飛ばしたエトル。
物凄い勢いで飛んできた為か、結構な大ダメージだったようである。倒れ込むガレット。
「エトル…何しやがるっ…」
「オレだって…飛ばされたくて飛ばされたんじゃねぇよっ…」
その傍に近寄るシェリル。
その姿に、嶺緒は違和感を感じ首を傾げた。何かが変だと感じた。
その違和感はひそかな疑問となって嶺緒の中で渦巻く。
「…どうすんの?もしかして、まだやりたい?次はこんなのじゃ済まさないけど…?」
シェリルから感じられるそのどす黒い殺気と憎悪を持ったオーラにエトルの顔がさっと引きつる。
「ひっ…!」
「さあ、どうするのさ?早く決めないと…肯定として判断して、勝手に戦闘を続けるけど?」
「ヒッ…ヒエェェェェェェェェェ!!」
シェリルの鋭く輝く緋色と深緑の瞳に、抑えかけた悲鳴を今度は最大限発しながら逃げていくエトル。
「あ、ちょっと…!?」
「放っておきなよ。ウザいから脅して追い払ったんだし」
「なんて言い方してんだ…」
慌てるクローネにてきとうに答えるシェリルを見て嶺緒は呆れる。
それに、、とシェリルはガレットを顎でしゃくる。
「本当に用があるのはこいつだろ。エトルに用があったのは水色の石についてだろ。でも、こいつが騙してたんだったら話は別だ。あんな奴放っておきなよ。
僕ああいう奴嫌いなんだ、あんまり関わりたくない」
「最初の意見は正論だが最後のは完全にお前の個人的意見だよな」
シェリルは肩をすくめ…横へ飛び退いた。
一瞬遅れて赤い角材がシェリルのいた場所を掠める。
シェリルは軽やかに着地すると、角材を杖代わりにして立ち上がるガレットを見据える。
その瞳は、一切の感情が見受けられない、いつものシェリルの瞳に戻っていた。
「あれ、まだ動けるんだ。クローネもチビも手を抜いて戦ったんだろ」
「どうしてそうなる」
嶺緒の何とも言えないような表情は、ガレットの呟いた一言でキッと引き締まる。
「オレは…負けん…!」
クローネや嶺緒の攻撃により、だいぶ体力を消費しているように見受けられるが、まだまだ闘志は燃え盛っているようだ。
「いくぞっ――」
「兄貴!!」
「もうやめてください!!」
闘志に火花を散らし、ピリピリとした静寂の空気の中、ガレットの言葉を遮ったのは――ルシアとアサザ、ガレットの弟子たちだった。