第十一話*信頼 と 疑心
「シェリル!早く早く!!」
「ちょっとは黙りなよ…」
十字路には喜びながら走るクローネと渋面を見せながら歩くシェリルの姿がある。
「あれ、シェリル?早く行こうよ?」
「(精神的に)疲れてるんだよ」
「え?なんで?」
「うん、主にあんたのせいだけどね」
「?」
クローネは首を傾げる。
シェリルは体力のある方だと思っていたし、【石の洞窟】では疲れた様子を見せなかったためだ。シェリルが疲れているのは、体力的にということではなく、精神的にだということをクローネは理解していなかったりする。
「とにかく早く食堂に行こうよ!」
「引きずるな…」
シェリルの手を引っ張ってズルズルと引きずっていくクローネ。
シェリルはもはやツッコミすらキレがない。
「はぁ…っていうか、なんで僕まで食堂行かなくちゃいけないんだ…?」
「いいじゃん!一緒に行った方が楽しいし」
「いや僕すっごい疲れるからね?あんたと一緒にいて現に疲れてるからね?」
「大丈夫だよ!ツッコめるくらいだし!!」
「あんたにとってのボクの健康基準って何なんだよ」
「ツッコめること!!」
「…わーなんだかすっごい腹立つ」
棒読みではあるが言葉の節々にどす黒いオーラが存在していたりする。
シェリルがぼそりと呟いた、その時だった。
「うわっ!?」
ドンッと何かがぶつかる音がした。
クローネが前から走ってきたポケモンとぶつかったのだ。
よほどすごい威力だったのか軽く吹っ飛ぶクローネ。
ズルッグと呼ばれる種族であるそのポケモンは、慌てたように謝る。
「す、すみません!ちょっと急いでいたもので…!!し、失礼しますっ!!」
「ちょっ…待てっ…!!」
風のように去っていくズルッグを、何に気づいたのかシェリルは追いかけようとした。
のだが……
「いてて…」
「へ…むぎゃっ!?」
先程軽く吹っ飛んだクローネに足を引っかけてしまい、素っ頓狂な声を上げて盛大にこけた。
「うぇぇ…シェリル痛いから蹴らないでよ…」
「誰が好き好んであんたなんか蹴るかアホッ!」
シェリルは慌てて顔を上げたがズルッグの姿はなし。
起き上ったクローネは、シェリルの周りに漂うどす黒いオーラに冷や汗が流れる。
「逃がしたじゃないかよ…!」
「ごめんね…でも、なんであのズルッグを追いかけようとしてたの?」
「…なんとなく」
「え?」
クローネは首を傾げた。シェリルはあまり曖昧な説明を好まない。むしろ嫌ってすらいた筈なのだが。
「…いや、気のせいだったかもしれないから」
「そうなの?うーん…とりあえず、食堂行こうか?」
「だからなんで僕まで…」
「一緒に行った方が楽しいから!」
「それさっき聞いた」
渋面のシェリルの手を引っ張りながらクローネは走っていく。
よほど早く家を建ててもらいたいのだろう。
十字路から宿場町へと入り、広場まで来ると、ちょうど一匹のポケモンが食堂から出てきたところだった。
見知ったそのローブを羽織ったイーブイは、広場から食堂へと向かっているシェリルとクローネに気づき、反応を示す。
「よぉ、今戻ってきたのか」
「…チッ」
「あ、嶺緒!」
嶺緒に対し、真逆の反応を見せるシェリルとクローネ。
「チビ、なんか用?」
「チビって言うな。身長の差たかだか0.3mだろーが」
「用がないなら行くよ」
「無視かよ!?」
シェリルはプイッと顔を背ける。お前の意見を聞く気はないといったような態度に嶺緒は溜め息をつく。
「で?どうだったんだ?」
「うん!ちゃんと5個見つけてきたよ!これで家が建ててもらえるんだ!」
「そっか、よかったな」
「それに、嶺緒にもらったスペシャルリボンとパワーバンダナもすごく役に立ったよ!ありがとう!」
「…!へぇ、そうか」
まさかシェリルが使うとは思わなかった嶺緒は少しだけ目を見張る。
シェリルに抱いていた印象から、シェリルなら使わずにクローネに持たせるだろうと思っていたのだが、今パワーバンダナはシェリルの首に巻かれている。
「…あんなのなくても僕は余裕だったけどね」
「あ、これ照れ隠しだから気にしないで!」
「地面に埋めるよ」
「やめて!?ごめんってば!」
嶺緒はシェリルとクローネの掛け合いを見て、微かに微笑む。
「コントやってる場合じゃないんじゃないか?さっさと水色の石渡してこいよ。ガレットもルシアもアサザも中にいるからさ」
「うるさい、指図するな」
「うん、わかった!」
シェリルとクローネのまたまた個性に溢れた返答に、嶺緒は苦笑すると十字路へと去っていく。
「さっさと終わらせるよ」
「うん!」
シェリルとクローネは食堂の中へと入る。
嶺緒の言った通り、ガレットと2匹のドッコラーは中にいた。
ガレットはすぐに2匹に気づくと声をかける。
「おっ、取ってきたのか?」
「うん!」
ガレットの傍まで来てクローネは笑顔で頷く。
シェリルはその近くで、腕組みをして別の方向を向いている。
「よし、じゃあ約束通り家を建ててやる」
「本当に!?」
「あぁ。とりあえず、石を渡してくれ」
「うん、わかった!!」
クローネは嬉々とした表情でバッグをあさる。
が、その表情は段々と焦りへと変わっていった。
「え?あれ…?」
その焦りに満ちた声に、自分とは関係ないといったように別方向に視線を向けていたシェリルはクローネに視線を向ける。
「…何してんの?」
「い、石がない…」
「…は?」
シェリルは思わず顔を顰めた。
クローネは動揺しながらもまたバッグをあさっている。
「なんで…!?そんな、確かに取ってきたのに…!!」
すると、突然ガレットが笑い出した。
「ドゥワッハッハッハ!!なんだ、石を取ってきてねぇのか!それじゃあ家を建ててやることはできねぇな!」
ガレットの言葉に、クローネの動揺はさらに酷くなる。
「そ、そんな!!ちゃんと取ってきたんだよ!」
「僕もクローネが石を拾うとこは見たよ。それに、帰り道は僕がクローネの後ろを歩いてたから、もし落としてたとしても気づいているはず」
「でも現にここにはない。そして今すぐオレに渡すことはできない。そうだろ?」
「それは…」
言葉を濁し、クローネをチラリと見やるシェリル。
クローネが石を失くしたというなら、確かに今ガレットに渡すことはできないからだ。
クローネの動揺しきった焦りの顔を見て、シェリルは溜め息をつくと、バッグをあさる。
バッグから取り出したのは一つの綺麗な水色の石だった。
これには皆が驚いた。シェリルはその石をガレットにつきだす。
「これでいったんは手を打ってくれないか」
「むっ…」
「…どうしたのさ?もしかして本当は手を打つことができない…とか」
「…!」
ガレットと、シェリルの鋭い瞳がぶつかる。
不穏な空気と沈黙がその場を包む。
「………」
「………」
しばらくの沈黙の後、やがて目を逸らしたのはガレットだった。
「そういうわけじゃねぇ。だが、そいつを受け取るのは石を5個持ってきたときにしてくれ。じゃないとややこしいからな」
「…ふーん」
シェリルは疑うような表情を崩さずに石をバッグにしまい込む。
「まぁ、また取ってくればいいだけの話だ。頑張ってくれ」
「……そんな」
落ち込むクローネを引っ張ったのはシェリルだ。
「……」
シェリルはただ無言でその鋭い瞳を一瞬だけガレットへ向け、クローネの手を引っ張って食堂を出ていった。
食堂を出て、2匹は歩きながら十字路へと向かう。
「…おかしいな…確かにあったのに」
「知ってる」
「ボク、ちゃんと拾ってきたのに…」
「知ってる」
「【石の洞窟】を出る時もちゃんと確認したのに…」
「知ってる」
「…シェリル、聞いてる?」
「聞いてる」
クローネの呟きにも質問にも簡素に答えるシェリル。
「…まぁ、過ぎたことだろ。この程度のことでくよくよしてるんだったら探検隊向いてないよ」
「シェリル…うん、ごめんね!仕方ないよね、もう一回頑張ろう!」
クローネはシェリルの言葉に元気を取り戻したようだ。
普通の者なら余計落ち込むと思われる言葉なのだが。
「はぁ…仕方ないね、僕もついていってやるよ」
「え?ついて来ないつもりだったの?」
「あれ僕ついて行くこと前提だったわけ?」
宿場町の出入り口付近までやってくると、一匹のポケモンがウロウロしているのが見えた。
「……あれは」
「あ、確かあの時ぶつかったポケモンだっけ?」
そのポケモンとは先程十字路でクローネとぶつかったズルッグである。
シェリルの元々鋭い瞳がさらに鋭くなる。
ズルッグはシェリル達には気づかず、十字路の方へと去っていった。
「……あいつを追いかけるよ」
「え?」
シェリルの唐突な言葉にクローネは首を傾げた。
「あいつクローネとぶつかっただろ。盗られたにしろ、ぶつかったときに落としたにしろ、何か知ってるかもしれない」
「盗られたって…」
クローネは何とも言えない表情になる。
だが実際シェリルは、クローネとズルッグがぶつかった時にキラリと何かが光ったのを見逃さなかった。
だが、シェリルはそれを気のせいだと割り切っていたのだ。
「早く追いかけるよ」
「え?あ、うん!」
2匹が走り出そうとした時だった。
「待ってください!」という声が2匹を引き止める。
何事かとシェリルとクローネが振り向く。
「あれ?ルシアとアサザ?どうかしたの?わるいんだけどボク達、今ものすっごく急いでるんだ!!」
「…わかっています。あのズルッグ…エトルの後を追うんでしょう?」
「エトル…って、あのズルッグのこと?」
シェリルの瞳が鋭くなる。クローネは首を傾げている。
ルシアとアサザは頷いた。
「あぁ。奴の行き先ならオレ達知ってるんだ」
「えっ!?」
クローネは驚愕の表情を見せる。一方シェリルは全く表情を崩さない。
「…で?その場所は?」
「【カゲロウ峠】です」
「ふーん」
クローネはシェリルが2匹を強く警戒しているのに気がついた。
シェリルの警戒心は強く、それを解くにはそうとう信用されなければだめだろう。シェリルはまず知り合った時点で相手を警戒するし、さらに警戒した人物の言葉はほとんど信用しない。はっきり言ってしまえば、まだ自分が警戒されているのにもクローネは気付いている。
「シェリル、どうしてこの2匹を最初より警戒してるの?」
「…!」
この言葉には、ルシアとアサザはおろか、当人であるシェリルですら驚きを見せた。
シェリルの場合、反応が薄いが。
ルシアとアサザは、最初から警戒されていたということに驚きを見せている。
「…なんだ、気づいてたんだ?」
「うん、ボクそういうのなんとなくわかるから。っていうかシェリルの場合、知り合った時点で全員警戒してるじゃないか」
「よくわかってることで」
シェリルは肩をすくめ、皮肉を込めて言う。
そして話題を変えるかのようにルシアとアサザに向き直る。
「だいたい、こいつらの今の言葉に警戒しない相手なんていないんじゃないか?いたとしてもよっぽどのバカだろ」
「え、なんで!?」
「…いたよここによっぽどのバカが」
シェリルはクローネの返答に溜め息をつく。だいぶ呆れたらしい。
「まず、なんでこいつらがエトルの行き先を知ってるんだ?仮にもしこいつらがエトルの仲間だったとしたら、僕達をおびき出すための罠かもしれない。
それに、まず僕達に居場所を教えてこいつらにメリットがあるのか?どっちにしろ、理由を話してその理由に対し僕が納得できない限り、僕はこいつらに対して警戒を解くつもりなんてないよ」
「シェリルって…屁理屈だよね」
「黙りなよ」
クローネは苦笑して誤魔化したが、確かにシェリルの言うことも一理ある。エトルの居場所を教えてルシアとアサザに何の得があるのだろうか。
「とにかく、理由を話してもらおうか?」
ルシアとアサザは顔を見合わせ、しばらくお互いの顔色を窺っていたが、やがてこちらに顔を向けた。
「あんた達…じゃなかった、貴方達を見込んでお願いがあるんだ!どうかエトルを追って、貴方達が盗まれた水色の石を取りかえしてきてくれ!!」
「………」
「え!?ぬ、盗まれた!?」
シェリルは全くと言っていいほど驚きを見せず、逆にクローネは驚愕の表情を見せている。
シェリルは肩をすくめ腕を組む。
「やっぱりね」
「って、えぇ!?シェリル知ってたの!?」
「薄々そんな気はしてたんだ。まぁ、それを気のせいだと割り切ってしまった僕にも非はあるんだろうけど」
「っていうか、あの一瞬で盗まれたってこと!?」
「できないことはないよ。ぶつかったことで相手の気を引いてその一瞬に物を盗むんだ」
「へぇ…そうなんだ…」
シェリルは表情を全く変えずに溜め息をつく。
「で?どうして僕達が盗まれた物を僕達で取り返しに行ってくれなんて頼まれなくちゃいけないんだよ?お前たちのメリットは?それとも何、話せないようなヤバいことなの?」
「そ、それは…」
ルシアとアサザの明らかな同様にシェリルは何かを悟った。
「す、すまん!勘弁してくれ!!」
「え!?ちょ、ちょっと!?」
「追いかけたところで無駄だよ。それより、さっさと行くよ」
風のように去っていったルシアとアサザを一瞥すると、シェリルは十字路へと向かっていく。
クローネは何とも言えない顔をしてシェリルについて行く。
十字路に着くと、見慣れたポケモンが佇んでいた。
クローネはそのポケモンを見て首を傾げる。
「あれ?嶺緒、どうしたの?」
「よぉ。お前ら【カゲロウ峠】に行くんだろ?」
「…何で知ってるんだよ?」
「…企業秘密」
「なんでだよ」
顔を顰めるシェリル。苛立ったようだ。
「で?何の用なんだよ?生意気なチビにかまってるほど暇じゃないんだけど」
「チビって言うな。で、用件としては、俺も一緒に【カゲロウ峠】に連れて行ってくれ」
「やだ」
「いいよ!」
真逆の言葉を同時に言うシェリルとクローネを見て、嶺緒は溜め息をつく。
「…どっちだ?」
「おいクローネ、なんでこんな怪しい奴連れて行かなくちゃいけないんだよ?」
「え?怪しいかなぁ…?」
「怪しいだろどう見ても。だいたい、こいつの目的が分からない以上連れてくわけにはいかないだろ。もしも僕達を裏切るような真似されたらどうするんだよ?」
「その時はその時だよ!」
「黙れ能天気お気楽ピカチュウ。とにかく、僕は反対だよ」
「うーん…じゃあ、理由がわかればいいんだよね?ねぇ嶺緒、なんでボク達についてくるの?」
「率直に聞くのかよ」
シェリルのツッコミ付きの質問に、嶺緒は一瞬悩むそぶりを見せたが、シェリルの鋭い視線に溜め息をつき、口に出した。
「…俺も、理由は少し違うがルシア達に頼まれたんだ。エトルを倒してくれってな」
「えっ、嶺緒も!?」
「…ふーん(理由は違う?)」
「だから、どうせならお前らの役に立てればと思った」
嶺緒の返答に、シェリルはジッと嶺緒を見据える。
その瞳は疑心に満ちている。
「信用ならないな。それ、あんたのメリットってあるわけ?」
「ない。だが必要ないとも思っている」
「…!なんで?」
信じられないといったようなシェリルの表情に、嶺緒は平然と言葉を返す。
「なんでって…人助けするのに理由なんているのか?」
「…!?」
「嶺緒…」
シェリルは目を見開き、クローネは感動したように瞳をキラキラと輝かせる。
「…ねぇシェリル!やっぱりボク、嶺緒を疑うなんてできないよ。なんていうのかな…ボク、嶺緒なら信頼できると思ったんだ!だからさ、一緒に連れて行こうよ!!」
「………」
シェリルの表情は曇ったまま、瞳は理解しがたいといったようにクローネと嶺緒を見ている。
「…どうなったって知らないからね。僕は…あんたたちの考え方なんて理解できない。だから、僕はこいつの真意が暴かれるまでこいつを信じたりなんか絶対しない」
シェリルはクローネと嶺緒を見据えながら言うと、プイッと顔を背ける。
「ありがとう、シェリル!!嶺緒、ついて来ていいって!!」
「え、ちょ、おい!?今の言葉のどこにありがとうって言える要素があった!?しかも今、ついて来ていいなんて意味が含まれた言葉がどこにあった!?」
「え、全部」
「はぁっ!?」
嶺緒の問いにクローネは首を傾げながら答え、その返答に対して嶺緒は素っ頓狂な声を上げる。
「あ、やっぱりわかりにくい?シェリルって言い方ひねくれてるから。つまりね、ボクや嶺緒のその理由や考え方は理解し難いから警戒は解けないけど、ついてくる分には構わないって言ってるんだよ!」
「今の一瞬でよくそこまで意味は間違ってない鈍感な推測できたな…ある意味すげぇ」
「へ?」
溜め息をつく嶺緒に、首を傾げるクローネ。
シェリルは横目でチラリとその様子を見ると、肩をすくめ歩き出す。
「シェリル?どこ行くの?」
「どこって…【カゲロウ峠】だけど。なに、君らは行かないの?」
「へ?い、いや行くよ!!」
「あ…おい」
クローネの返答を待たずにさっさと歩き出すシェリルを、クローネと嶺緒は慌てて追いかけた。