第十話*【石の洞窟】
シェリルが十字路に着くと、そこにはクローネとシュロが待っていた。
「あ、シェリル!遅かったけど、どうかしたの?」
「…別に。あんたには関係ないだろ」
「まぁ、それもそうだけどね!」
ずいぶんとあっけらかんとしているクローネ。
その態度にペースを崩されかけでもしたのだろうか、シェリルは何ともいえないような表情をする。
「とりあえず、【石の洞窟】はこの十字路から行けるだぬ」
ただし注意したいのは、とシュロは言葉を続ける。
「わかっていると思うだぬが、【石の洞窟】は不思議のダンジョンだということだぬ」
(不思議のダンジョン…ねぇ…昨日からたまに出てくる言葉だけど、なんなんだ?)
と、クローネはシェリルの怪訝そうな表情に気付いたのか、説明を始めた。
「ここらの土地は不思議なことがよく起こるんだ。行くたびに地形が変わったり、地下をくぐり抜けた先が思わぬ場所につながっていたりとかね。そんな不思議な場所だからこそきっと冒険も待ってる。そう思ったから、ボクもこの土地を買ったんだ」
キラキラと瞳を輝かせながら語るクローネ。
シュロも気持ちはわかるようで、うんうんと頷いている。
「確かにそれが楽しいところではあるだぬぅ〜…たまに珍しいお宝もあったりしてウハウハな時もあるだぬし」
「ふーん…てか、全く想像がつかないんだけど」
「まぁ、想像もつかないような突飛なことが起こるのが不思議のダンジョンだし、仕方がないよ」
顔を顰めるシェリルにクローネが苦笑しながら言う。
「ただ…逆に、凶暴な敵ポケモン達にいきなり襲われることもあるだぬし、とても危険なところだからそこは注意してほしいだぬ」
「危険…ねぇ。ま、想像はつかないにしても、どうやら簡単な仕事じゃないことだけは確かだね」
(まぁ、家を建てるのも大変だろーし、仕方がないのかもしれないけど。でもまぁ…どうにもおかしいんだけどね)
「まぁ、頑張って行ってみるだぬ」
シェリルの思考はシュロの言葉によって遮断された。
クローネが訝しげに尋ねる。
「ねぇ、シュロ。これからボク達が危険なところに行くってわかってるのに、どうしてそんなぬぼーっとした感じでいられるの?」
「は?他人事だからだろ」
「もう!シェリルはすぐそうやって捻くれた方向に考える!」
「別に捻くれてないだろ。っていうか、むしろ正論だろ」
シュロはシェリルとクローネの掛け合いをさらりとスルーして先程の質問に答える。
「ぬぼーっとした感じは生まれつきだから仕方ないだぬ。それに…」
「それに…?」
訝しげに続きを促すシェリル。
「ヌシ達なら何故かやり遂げる気がしてぬぅ…なんか安心してるだぬ。全く根拠ないだぬが」
「ないのかよ」
何とも言えない表情でシュロの言葉にツッコむシェリル。
「なんか、いいかげんだなぁ…でも家は建てたいし、頑張るしかないよね」
「ポジティブだな おい」
クローネは笑いながら肩をすくめる。
その様子にシェリルの方が溜め息をついてしまう。
「僕は…面倒くさい」
「あはは!大丈夫だって!」
「はっきり言って絶対大丈夫じゃない」
腕組みをして、溜め息をつくシェリル。
何度も言うが、何故か様になっている、何故か。
「じゃあ行こうか、シェリル!」
「待ちな」
クローネが歩き出そうとした瞬間、聞き覚えのある声が聞こえた。
シェリルとクローネが振り向くと、銀色のイーブイ――嶺緒がこちらへとやってきた。
「やれやれ…だんまりドッコラー兄弟の次は面倒くさいチビか」
「テメェ…チビっていうな」
やはりなんとなく険悪である。もしかしなくてもシェリルがふっかけているのが原因なのだが。
シェリルの場合は、からかっているのと、元々口が悪いこと、言いたいことが三割増しで酷くなって言葉として出てくるせいなのだが。
「んで?なんか用?何もないならさっさとどっかに行ってよ、邪魔だから」
「も〜…ごめんね、嶺緒。シェリルってば言いたいこと何割か増してキツく言っちゃうんだ。だから口調が悪く聞こえると思うけど、許してあげて」
「なんでこいつに許しを得なくちゃいけないんだよ」
不満そうな表情のシェリル。
「どうしただぬ?嶺緒」
どうやら嶺緒はシュロとも知り合いらしい。
「え?あぁ、こいつらに渡そうと思ったものがあるんすよ」
「…で?」
「あ?あぁ、これを持ってけ」
そう言って嶺緒はシェリルにバンダナを、クローネにはリボンを渡した。
「パワーバンダナとスペシャルリボンだ。それを付けると、パワーバンダナは攻撃力が、スペシャルリボンは特殊攻撃力、つまり特攻が上がる。それ、お前らにやるよ」
「え?どうして…?」
クローネは、嶺緒が何故こんな高価なものをくれるのかわからず狼狽えると、嶺緒は肩をすくめた。
「【石の洞窟】はまあまあ手強いダンジョンだ。準備はちゃんとしておいた方がいいだろ」
「…なんで僕達に渡した?こんなことをして、あんたに何かメリットでもあるっていうのか?」
「ん?…いや、ないけど?」
「なら、なんでだ?」
シェリルが嶺緒に対し警戒心を抱いているのを感じ取ったクローネは焦りを覚える。
ここでケンカなどしてほしくはないのだ。
「…まぁ、明確な理由もメリットも俺にはないけどさ。なんとなくだよ、なんとなく。お前らなら使いこなせるんじゃねーかな、と思っただけだ」
何故か顔を顰めるシェリル。
「…なんなんだよ。どいつもこいつも明確な理由一つ述べられないのかよ…」
ブツブツと呟くシェリルからは、なんとなく苛立ちを感じられる。
一方のクローネは笑顔で嶺緒に礼を述べる。
「そっかぁ!ありがとう、嶺緒!」
「…いや。まぁ、頑張ってきな」
「…あんたに言われるまでもないね」
「うん、頑張って行ってくる!」
シェリルとクローネ、返事の素直さがだいぶ真逆である。
クローネはリボンを付けると、渋るシェリルに苦笑しながら半ば無理やりバンダナを付けさせ、シェリルを引っ張って歩いて行った。
その様子を、嶺緒は複雑な表情で見ていた。
「シェリル…か。まさかとは思うが、気づいたのか…?」
【石の洞窟】
「邪魔だ邪魔だ…あーもう!」
シェリルのキレ気味の声が響く。
何に対してそんなにキレているのか。
「邪魔なんだよクローネ!そこどけっ」
「え?あ、ごめん!」
先程クローネに攻撃を仕掛け、逆にクローネの特性『静電気』のせいで麻痺状態になったゴチムに対し、シェリルはクローネを退かせると、おいうちをかける。
おいうちの技の特徴――状態異常などになったポケモンにこの技を使うと、二倍の力になる。
嶺緒にもらったパワーバンダナも合わせて、かなりの威力となったおいうちは一発でゴチムを倒す。
「……はぁ」
「さすがだね、シェリル!もう技の習得完璧だね!」
「あ″ぁ?」
「シェリル、そこらへんのゴロツキよりよっぽど怖いよ?」
「お前のせいだよ」
即答でツッコむ。
クローネの台詞から間髪入れずにツッコむシェリルは目つきが普段より鋭くなっている。(つまり睨んでいる)
「え?ボク?」
「戦闘中何度も何度も面倒くさいくらい技を出す直前の僕の目の前にポンポンとウザいくらい出てきやがったくせに何もなかったとは言わせないよ」
シェリルのツッコミに、何故かクローネはこんな一言。
「シェリルって肺活量すごいよね」
「…あんた今の聞いてた?」
「え?聞いてたよ?」
「聞いてたなら少しは直せこのバカッ」
クローネのとんちんかんな返答にシェリルは呆れて若干言葉を荒げる。
「うん、気を付けるよ!」
「その台詞何回目だと思ってんだよ」
「え?えーと…3回目、くらい?」
「8回目だよっ」
つまり、こんな掛け合いを8回は繰り返しているということである。
そんな中、目の前に現れた敵ポケモンであるモグリューはツッコみ続けて逆に苛立ちのメーターが上がってしまったシェリルの蔓のムチの餌食となってしまっていたりする。
「ちっ…雑魚しか出てこないくせに無駄なくらい数だけは多いな」
「シェリル…キャラ変わってる」
「あぁそうだねほとんどあんたのせいだけどね」
「なんか早口になってるっ!?」
やはりクローネの驚くポイントが違っている気がするシェリル。
「あぁもう、あんたとはペースが違うからほんと合わないな」
「え?あ…ありがとう?」
「貶してんだよっ何礼なんか述べてんだよバカかっ」
「え?えぇ!?な、なんかごめんね?」
「謝る理由がないなら謝るなっ」
「シェリルって切れ性だよね?」
「あんたのせいだよっ」
なんだか漫才のような会話を続けながら、2匹はダンジョンを進んでいった。
そのままダンジョンを進み続け、シェリルとクローネは奥地へと辿り着いた。
「あ!シェリル、見てよアレ!」
シェリル達の目前に広がる光景には、大小様々な大きさの水色の石があった。
「…!ふーん…」
「すごい綺麗だよね!!それに、これなら5個ぐらい余裕だよね!」
クローネがちょうどよさそうな石を探している間、シェリルはバックに石を一つ入れた。
何かに使う気なのだろう、顔が心なしか楽しそうに見える。
「よし!これで家を建ててもらえるね!!」
「僕としては家が建とうが建つまいが興味ないんだけどね。寒さとか関係ないから」
瞳を輝かせ、ワクワクとした表情を浮かべるクローネとは逆に、無表情を崩さないシェリル。
「どっちにしろ、帰ってガレットに石を渡すまで安心してたらダメだろ」
「そうだね!帰るまでが遠足だ、っていうもんね!」
「これ遠足じゃないんだけどね」
うきうきとした軽い足取りで帰るクローネとは対称的に、道中のクローネに対するツッコミで疲れたシェリルの足取りは何とも言えないくらい重かったのだった。