第九話*弟子と大工と旅人と
しばらくの間宿場町をフラフラと歩きまわっていたシェリルとクローネだが、食堂の入り口の前方にシュロが立っているのを見つける。
「おぉ、ヌシ達か。ちょうどよかっただぬ」
シュロは食堂の入り口付近に立っていたドッコラー達を指差す。
「あそこにいるドッコラー達は大工の弟分だぬ。彼らに聞いてみるといいだぬ」
3匹は食堂の入り口付近で何やら熱心に話し込んでいるドッコラー2匹に近寄り、代表でシュロが話しかける。
「ちょっといいかぬ?」
「え…あ、はい」
「ヌシ達の親方はどこにいるだぬ?」
「え…親方?」
ドッコラー達は一瞬顔を見合わせる。
「もしかして、兄貴……の、ことですか」
「そうだぬ」
「兄貴ならここの食堂にいるけどよ…」
そういってドッコラー2匹のうち、もう1匹よりも声が少し低めで口調が荒い方がなんとも気まずそうに食堂を指差す。
「その兄貴というのが大工さんなんだよね?ボク達、家を建てたいんだよ。兄貴のところに案内してくれないかな?」
ドッコラー達は何とも言い難いような表情をして顔を見合わせる。
が、やがて2匹は頷き合うと、3匹の方へと向き直る。
「わかりました。案内します」
もう1匹より少し高めの少年のような声で、丁寧口調のドッコラーの言葉に、クローネは目を輝かせる。
「本当!?ありがとう!!…えっと」
クローネが途中で言葉に詰まった理由は、まだ名前を聞いていなかったからだろう。
「あ、オレはルシア・ゲノム」
「ぼくはアサザ・ゲノム。ルシアの弟です」
比較的荒い口調なのがルシア、丁寧口調がアサザのようである。
「ボクはクローネ・メレクディア。…で、こっちが」
「……」
黙ったままのシェリル。その表情は感情が抜けているかのように無表情に近いが、威圧感だけはなぜかしっかりと醸し出している。
「シェリル・ソルテラージャだよ」
「だからさ、なんであんたが僕の紹介するのさ?」
眉間にしわを寄せながら尋ねるシェリル。
「え…えーっと」
「よろしくお願いします、クローネさんにシェリルさん」
「よろしくな」
言葉に詰まったクローネを見てルシアとアサザが助け舟を出す。
「…はぁ」
この流れ的に自分が不利だということが分かったシェリルは溜め息をつく。
「まぁ、よかっただぬ。頑張って大工にお願いしてくるだぬ」
「…なに、あんた行かないの?」
シュロはうぬ、と頷く。
「わかった!いろいろありがとう!」
クローネはシュロに礼を述べる。
「さ、こっちだ。ついてこい」
ルシアとアサザの後について2匹は食堂へと入っていく。
中は明るい内装となっており、とてもオシャレである。
食堂というだけあり、やはり何匹のポケモンが食事をとっている光景が見られる。
「ねぇ、兄貴はどこにいるの?」
クローネはキョロキョロと見回し、あるポケモンを指差す。
「もしかして、あそこにいるのが兄貴?」
クローネが指差したのはカウンターの中にいるスワンナ。
ルシアは呆れたような声になる。
「…全然違うぞ。兄貴じゃねえよ。ってか、どう見たらアレが大工に見えるんだよ…」
「あんたはあんたで今失礼なことサラリと言ったけどね」
あのポケモンをアレ呼ばわりしたことを言っているのだろう。
ルシアはばつが悪そうに頭を掻く。
「…うん、とりあえずあそこにいるのはテア・クロッカーさん。この食堂と宿の主。ママさんだ」
「へぇ〜…あ、じゃああのポケモン?」
次にクローネが指差したのは、カウンター近くの席に座っているフードをかぶった四つ足歩行のポケモンだ。
「…?」
何故か自分が話題にされていると気付いたらしいそのポケモンは俯かせていた顔を上げキョロキョロとあたりを見回し、こちらに視線を向ける。
「…いや、あの方も全然違います。だいたい、あんなに背が低いのに…よく大工っていうイメージを抱けましたよね…」
「あんたもあんたで丁寧口調だけどなかなか失礼だよな」
シェリルに突っ込まれたアサザも、ばつが悪そうに頭を掻く。
「…おいコラ、誰が小さいだと?」
いつの間にか近づいていたため聞こえていたらしい、フードのポケモンが苛立ちを込めた声で話しかけてくる。
その声は、少し低めの少年のような声だった。
「うわっ!?…す、すいません」
「……俺が小さいのは種族上仕方がないんだ。だから小さいって言うなって何度も言っただろ」
「なんだ、気にしてるんだ」
シェリルの一言で、周りの雰囲気が凍りついた。
一瞬殺気立ったフードのポケモンは、なんとか気を落ち着かせて怒りを抑えシェリルに話しかける。
「…お前、見ない顔だな。新しくここに来た旅のポケモンか?」
「僕は旅なんてしてないよ。こいつがここの近くの土地を買って、僕は一応仲間になっただけ」
シェリルは淡々と説明する。
「ふーん…そうか。ちなみに別に小さいのは気にしてないからな。種族上仕方がないだけだから、な」
「…この期に及んでまだ言い訳すんのかよ。ま、あんたの言い方はどう聞いても気にしてる奴の言い方にしか聞こえないけどね」
2匹の間に流れるなんともいえない空気に耐えられなくなったクローネがなんとか話題を変えようとする。
「え、えっと!キミ、名前なんて言うの?」
「相手に名を聞く前にまず自分から名乗りな。礼儀だろ」
「あ、ごめん!ボク、クローネ・メレクディア!」
フードのポケモンの視線がこちらに向けられたのを感じたシェリルはそっぽを向く。
「あ、この子はシェリル・ソルテラージャだよ!ごめんね、人見知りなんだ」
「この子って言うな 勝手に紹介すんな そして余計なことは言わなくていい」
一息で3つのツッコミをするシェリル。
「…まぁいいや。俺は
月影 嶺緒だ。種族はイーブイ、そんでもって旅人だ」
フードをとった銀色のイーブイ、嶺緒は顔色一つ変えず名乗る。
「あ、色違いだ!カッコいいね!!」
「!?あ、あぁ…お前、いきなりそれ言うのか。しかもカッコいいって…」
「え?だって色違いってカッコよくない?」
「…さぁな。まぁ、俺の一族は色違いが多いからな…」
「…『月影』って名字もそうだけど、珍しい名だよね」
「え?あれ…月影って名前じゃないの?あれ?」
「…唐突に話が変わったな。まあいいけど。俺は東方のある一族の出身だ。だから、昔人間が使っていたとされる『漢字』っていう文字を使った名なんだ」
「あぁ、漢字ね。なるほど、理解したよ」
シェリルはそれで納得がいったようだ。
が、クローネは首をひねっている様子から理解していないようだ。
「え…?えっと…?」
「…東方の一族だから、名前の表記の仕方が違うんだよ」
「そういうことだ。『月影』が名字で、『嶺緒』が名前だ。嶺緒でいい」
「う、うん。わかった。よろしくね、嶺緒」
クローネも拙いながらも納得いったようで、頷く。
「で、何してんだお前ら」
嶺緒がルシアとアサザに普通に話しかけている様子から、この3匹が知り合いだということが窺える。
「あ、いや、それが…」
ルシアが口ごもる。
アサザの視線はクローネに向けられている。
「あ、そうだ!兄貴、を探してたんだった!」
クローネはどうやら当初の目的を忘れていたようである。
「…兄貴?」
「…大工のことだよ」
「あぁ、ガレットを探してんのか」
「…ガレット?…あぁ、大工の名か」
「そ、ガレット・ゴルフェイム。まぁ大工の中でも有名っちゃ有名だったな」
「……?(だった?てきとうな言い回しでそうなっただけ?)」
「あ、わかった!あれが兄貴でしょ!!」
何故か先程ケンカをしていたコアルヒーを指すクローネ。
瞬間、クローネはシェリルによって頭をはたかれた。
「痛っ!?な、何するんだよシェリル!!」
「…ねぇ、あんたもはやわざとやってるようにしか見えなくなってきた」
シェリルは痛々しいクローネに向ける。
「…なぁ、お前よくあんなのと一緒にいられるな?」
嶺緒がぼそりとクローネに話しかける。
「へ?そう?シェリル良いポケモンだよ?」
「あんなに口悪いのにか?」
「えっとね、多分シェリルは俗にいう『つんでれ』…?いや、『くーでれ』ってやつだよ」
「吊るし上げ喰らいたくなかったらその言葉今すぐ撤回しな」
「…えと、シェリル?もう蔓のムチでボクと嶺緒のこと吊るし上げしてるよね?」
「なんで俺まで……」
「あ?あぁ、本当だ。ごめん、わざとだった」
「わざとかよっ!?」
「仕方ないな、おろしてやるよ」
といって蔓のムチで掴んでいたクローネの手と嶺緒の前足をパッと離す。
当然、そんなことをすれば落ちるのは必須である。
「痛っ!?」
「ってぇ〜!?何すんだ!?」
「は?おろしただけだけど」
「普通これは落としたって言うんだよ!!」
「あぁ、そうとも言うね」
「そうしか言わねぇよ!?」
シェリルは嶺緒の一言をさらりと無視し、一匹のドテッコツを指す。
「あそこにいる奴だろ、大工って」
「あ、あぁ」
「そうです、あそこにいるのがガレット・ゴルフェイム。兄貴です」
目つきの鋭いドテッコツは、傍から見れば途轍もなく怒っているようにも見える。
威圧があるせいかどうかはわからないが、ルシアとアサザはドテッコツを少々恐れているようにも見える。
ルシアがくるりとこちらを向き、念を押すように話す。
「い、いいか…?兄貴は荒っぽいところがあるからな…くれぐれも気を付けるんだぞ?」
あくまで慎重に、ということだろう。
「シェリルの話し方は棘があるからやめた方がいいってこと?」
「また吊るし上げ喰らいたい?」
「冗談ですごめんなさい」
「…ま、人(っていうかポケモンもだけど)と話すの嫌いだし、別にいいけど」
そのまま4匹+嶺緒はドテッコツのもとへとやってくる。
瞬間、ドテッコツに睨まれ、ルシアとアサザ、クローネはビクリとする。
「ひっ…」
思わず出そうになった悲鳴を懸命に堪えるルシアとアサザ。
「どうした、オメェら」
低音の独特の声で問うドテッコツのガレット。
「あ、兄貴…じ、実は…ここにいる奴らが…」
緊張のためか、声が裏返りかけているルシア。
ガレットは弟子の後ろにいる3匹を見て怪訝そうな表情となる。
「むっ…なんだ、その2匹は?…と、嶺緒」
どうやら嶺緒はガレットとも知り合いなようだ。
「ん?あぁ、俺は特に用はない、かな」
語尾を濁す嶺緒。
「で、そっちの2匹は何の用だ?もしかして、仕事の話か?」
「うん!ボクはクローネ・メレクディア!で、こっちが」
「………」
「…シェリル?」
「僕は話さない方がいいんだろ」
「別にそういうわけで言ったんじゃないんだけど…挨拶くらいは、ね?」
クローネは苦笑いし、シェリルは面倒くさそうに溜め息を一つつく。
「…シェリル・ソルテラージャ」
この上なく面倒くさそうに名乗るシェリル。
「いっつもこんな感じなんだ。ごめんね」
「別にかまわねぇ。オレはガレット・ゴルフェイムだ」
「よろしくね」
さっそく本題に入ろうとするクローネ。
「ボク達、家を建てたいんだ。大工さんにお願いすれば、きっと家が建てられるんじゃないかって思って…それで、ここに大工さんがいるって聞いてここまで来たんだ」
「………」
黙ったままのガレットに、クローネは内心焦りを覚えた。反応がないため、断られるのではないかと思ったのだ。
そこで、慌てて言葉を付け足す。
「あ、もちろんお礼はするよ?ボク達、住むところがなくて困ってるんだ。だからお願いだよ、ボク達の家を建ててもらえないかな?」
「…………」
クローネは頭を下げたが、やはりガレットからの反応は返ってこない。
シェリルはガレットの瞳をジッと見据えている。
嶺緒はなんともいえない複雑な表情で状況を見守っている。
「あ、兄貴…どうします?」
黙ったままのガレットに、アサザが恐る恐る尋ねる。
「……………」
やはり反応なしである。
クローネも嶺緒も、ルシアもアサザも、何とも言えない沈黙に冷や汗を流す。
ただ一匹、シェリルだけはとにかくガレットをジッと見据えていたが。
さすがに何の返答もないのを心配してか、この沈黙に耐えられなくなったのかは定かではないが、ルシアが呼びかける。
「兄貴…あ、兄貴?」
「ドテッコーーーーーーーーーーツッ!!!」
「「「ひぇっ!?」」」
「!?」
「………」
赤い角材を地面にドスンと置き大きな声を上げたため、クローネまでもがルシア達と共に驚く。
ちなみに上から順に、クローネとルシアとアサザ、嶺緒、シェリルの反応である。
更にいうと、嶺緒とシェリルの反応は薄い。特にシェリルは反応すら示さなかった。
そして、ガレットはゆっくり頷いた。
「わかった。引き受けるぜ」
「ほ、本当!?」
「あぁ、本当だ。オレァ大工だ。そして大工に二言はねえ」
「ありがとう!!」
クローネはシェリルの方を向き、歓喜の表情となる。
「シェリル、やったよ!ボク達の家が建てられるよ!!」
「…ん」
興奮からか目をキラキラと輝かせるクローネとは対照的に、訝しげな表情を崩さないシェリル。
そんなシェリルを、ジッと見つめる嶺緒。
「家を建てるにはお金が必要だよね。ボク達、まだお金がないから今から頑張って稼いでくるよ」
「いや、金はいらねぇ」
「…何故?まさかタダ働きするわけじゃないだろ?」
自分が喋らない方が話がこじれずに済むと自負はしていたのだが、どうしても気になったため、腕組みをしながら鋭い視線を向け尋ねるシェリル。
何故か様になっていたりする。
「あぁ、別に完全にタダ働きをするわけじゃねえが…とりあえず、金の代わりに取ってきてもらいたい物がある」
「…なに」
「この近くに【石の洞窟】というところがあるんだが…そこの一番奥深くにある石っころをいくつか取ってきてほしいんだ」
「石?」
何故石など取ってくるのかわからず、クローネは首を傾げた。
「あぁ、そうだ。水色をした石だ。家を作るには材料がいる。
水色の石はその材料と交換できるんだ。石の在り処は【石の洞窟】の奥まで行けばわかるはずだ」
「ふーん…」
「えーと…そうだな、小さい奴でも5個くらいあればじゅうぶんだな」
シェリルは微妙な表情をしている。そのくせ、瞳は妙に鋭く光っている。
一方のクローネは「【石の洞窟】の奥…水色の石を5個…」とブツブツ呟き、一生懸命忘れずに覚えようとしている。
「石を取ってきてくれれば、俺はその石をある場所へ行って材料に変えてくる。そしたら、家を建てることができるぜ」
クローネは嬉しそうに力強く頷いた。
「わかった。水色の石を5個取ってくればいいんだね!行こう、シェリル!!」
「…ていうか、僕も行くの…?」
渋るシェリルの手を取り引っ張るクローネ。
「ありがとう!ガレット、ルシア、アサザ!あ、あと嶺緒も!」
「俺はおまけかよ…」
「あんた何にもしてないんだからおまけでじゅうぶんだろ」
「いちいち癪に障る言い方すんなっ!」
「残念、これが素だから。諦めな」
「はぁーっ…」
大きく溜め息をついてしまう嶺緒なのだった。
「早く行こ、シェリル」
「わかったから引っ張るのやめてくれない?ウザいから」
「あ、ごめん!つい…ね?」
「『ね』?じゃねーよ埋めるよ」
「ごめんごめん!」
クローネが入り口まで走っていくのに対し、シェリルはマイペースに歩いていく。
途中、シェリルは振り返り、その何かを悟ったかのような鋭い瞳をガレットに向ける。
が、それもほんの少しの時間だけで、シェリルはさっさと去っていった。
「おぉ!どうだっただぬか?」
出て一番に尋ねてきたのはシュロである。
シュロの問いにクローネは満面の笑みで答える。
「大丈夫!快く引き受けてくれたよ!【石の洞窟】に行って頼まれた物を取ってくれば、ボク達の家を建ててくれるって!」
クローネが嬉しそうに説明する。
「そうだぬか!それはよかっただぬ!」
「【石の洞窟】の行き方知ってるの?クローネ」
シェリルの唐突な問いにクローネはピタリと動きを止める。
…どうやら知らないようだ。
「んーっ…【石の洞窟】ならこの先の十字路から行けるだぬ」
「そうなの!?よし!じゃあ、さっそく行こう!」
「はいはい…」
歩き出そうとした3匹を、アサザの「待ってください!」という声が引き止めた。
「あ、あの…」
「あれ?ルシアにアサザ?どうかしたの?」
クローネの問いに、ルシアもアサザも何かを言いたそうに口をモゴモゴと動かしている。
「ん?何か伝え忘れたことでもあるの?」
「い…いや、いいんです」
「すまん…何でもない。頑張って行ってきてくれ」
「うん、ありがとう!じゃ、頑張ってくるね!」
クローネが礼を述べ、シュロと喋りながら再び歩き出す。
ただ一匹、歩みを止めたままだったシェリルに、ルシアが恐る恐る話しかけた。
「…な、なぁシェリル」
「僕は他人に最大限干渉しないタイプだ。誰が何してようが…興味ないね」
クルリと振り返る。
その闇を湛えた鋭い瞳はルシアとアサザを射抜くかのように見据え、キッパリと言い切るシェリル。
言っていることは全く胸を張って言える内容ではないのだが。
複雑な表情をした大工の弟子を残し、シェリルは食堂を出ていった時のように、さっさと去っていった。
後に残された2匹は、何とも後ろめたそうな表情をしていた――